ご意見いただき、ありがとうございました。
そして今回は名前だけ出てくる、オリジナルキャラがいます。
読み方はそれぞれ、
徐李…じょり
龐程…ほうてい
といいます。
適当に三国志の登場人物から名前を作ったのですが、もしいたらすみません。
漆黒の森の中、一人の女が道なき道を走る。
身にまとう服は薄手で、枝をかき分け進む度。肌へ小さな傷跡を作った。
だが女の足は止まらない。止まるはずがない。
そうなれば自分は、化物に捕まり殺されてしまう。極限の恐怖に追い立てられて、女は必至の逃走劇を繰り広げた。
生と死の分水嶺に立たされたせいか、まるで永遠にも感じる一時を女は駆け抜ける。
月明りすらなき、希望の見えない闇。それでも夜目で慣れた視界に、女が暮らす拠点を捉えた。
「はひっ」
微かに漏れる安堵の吐息。ここまで来れればもう大丈夫。命拾いをしたと確信した女は、近くにあった木に背中を預け、呼吸を整えた。
「ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ」
全身が汗だくで、鉄を飲み込んだように体も鈍い。その苦しみが、女に命を強く認識させた。しかし胸中へと湧き上がる感情に喜びはなく、ただ理不尽な事柄による怒りだけが支配する。
「何なのよ、あいつは何だったのよ!」
女は百人の賊を従える、頭だった。
腕っぷしや頭脳に飛び抜けた才はなく、食い詰めた挙句、山賊へと身を落とした過去がある。
普通であれば使い走りの捨て駒として、あえなくその人生に幕を下ろされるのが関の山だが、幸か不幸か。女は他者より遥かに優れていたところがあった。
容姿だ。とにかく彼女は、男のような女だった。ご主人様がここにいれば、こいつもオネエかよ。と言いそうなくらい、女は男の見た目に片足を踏み込んでいた。
その特性を武器に、女は賊の女達を翻弄。時には肉体も用い、姉貴と慕われる事で集団を統べる頭の座へ上り詰めたのだ。
自分よりも強い女を顎で使い、弱者からは金や食い物を奪う日々は、とても楽しかった。
まるで姉貴を中心に、物事が回っていると錯覚するほどであった。
しかし、そんな夢は儚く砕けた。
各地で黄色い頭巾を巻いた賊が流行り、姉貴もそれを真似、さらに活動の幅を広げ欲をかいたのが運の尽き。
それが想像を絶する、化物を呼び寄せてしまったのだ。
「こんな時間に、一人でのこのこ歩いていたから襲ったのに、あんなに強いのが出てくる何て卑怯よ!」
初見では、旅に慣れていない馬鹿な女のだと侮っていた。
女の身なりはよく、抱えるほど大きな荷物を手にしていたので、金品を巻き上げてから、姉貴はその旅人を慰み者にしよう。と、捕らえてもいないに皮算用を始めるほどだ。
けれどもいざ、手下と獲物を囲んだ瞬間。女の解いた荷物から、青竜刀を持った化物が野に放たれたのだ。
それからはただの一方的な殺戮だった。手下は瞬く間に殺され、蛮勇で立ち向かった者どもも、あっさりと返り討ちにされる。
その光景に怯えた姉貴は残った数少ない手下も見捨て、一目散に拠点へと逃げ帰ったというのが、さっきまでの全容であった。
「せっかく今までうまくやれていたのに、どうしてくれるのよ!」
顎につけていた毛をむしり取り、姉貴は地面に叩きつける。
男に似せる便利な毛であったが、この時ばかりはむずむずした感触に苛立ちが募り、姉貴は不平不満をぶちまけながら、何度も何度も毛を踏みつける。
「くそっ、くそっ、くそっ。ちびやでぶもいないし、最初から一人でやり直せっていうの!」
「心配せずとも、貴様はここで終わりだ。再起の機会など、永遠に訪れん」
「――ひっ、ひぃいいい、化物!」
そうして八つ当たりを続ける姉貴の前に、血の滴る青竜刀を持った化物が再び現れる。
その姿は姉貴に、強力な死を連想させるに十分であった。
「化物とは失礼な。私はれっきとした人間だ」
「嘘よ、それならどうしてあんなにでたらめな強さがあるのよ!」
思い返されるのは、さっきまでのおぞましい戦い。
化物の青竜刀が振るわれる度に、舞い散る手下達。また、それに伴い腰から下に身に着けた衣類がめくれ、ちらりちらりと露わになる恥部。
「だいたい、人なら下着をはきなさいよ。なのにあなた丸出しにして、おかしいわ。化物じゃなければ、変態じゃない! ふんどしくらいは――」
「死ねぇえええええ!」
「いやぁあああああ!」
姉貴が化物の異常さを叫ぶと、一刀の元。化物は姉貴を斬り捨てる。
「誰が変態だ、誰が!」
「はいてないのは私も変態だと思うよ、愛紗ちゃん」
かつて姉貴だった屍にそう吐き捨てる、化物で変態だった愛紗は、近くで隠れ事の成り行きを見守っていた主君にも、同様の認定をされてしまう。
「と、桃香様までそんな事をいうのですか!」
「そもそもどうしてはいてないの?」
「私はただ、いつでもご主人様に触られてもいいよう、準備を済ませているだけです」
「明らかに空回りばっかりしている気がするけどなぁ、それ」
「問題ありません。そのじれったさが最近、よく思えるようになりましたので」
大問題だよ、愛紗ちゃん。
桃香はそう思ったが、口にはしなかった。ちゃくちゃくと尖った山道を歩む妹分に見切りをつけ、目先の利益に視線を向ける。
「取りあえず、ここが賊達の住処でいいんだよね。ひひひ、どれくらい貯め込んでいるのかな」
「わざと一人だけ逃がし、泳がせたので間違いはないでしょう。しかし、こうした盗人のような行いは、あまり気分のよいものではありません。これっきりにしたいのですが……」
「しょうがないよ。私達には、お金が必要なんだから」
桃香と愛紗がこうして金を稼いでいるのは、ある目的地へ向かう為であった。
「三人で幽州まで旅をしようと思ったら、それなりの路銀がないとね」
「公孫賛でしたか、桃香様のかつてのご学友は。疑うつもりはないのですが、我々が押しかけて、本当に雇ってもらえるのですか?」
「白蓮ちゃん、太守をやってるし平気だよ。いざとなったらご主人様に頼んで、ちょっと胸やお尻を触ってもらえば一発だし」
「……太守ならば、男性に不自由をしてないはずでは?」
「普通はそうだけど、白蓮ちゃんだからね」
眉をひそめる愛紗に、桃香は苦笑いを浮かべた。
そしてひとまずこの話題を打ち切るよう、ぱしっと手を鳴らす。
「とにかく。ここでお金を拾って幽州まで行けば、ご主人様の望んだ、安心して子作りの出来る環境が待ってるんだよ」
桃香達がこんなところで賊狩りをし、追いはぎをするのも全てはそこに集約された。
昔の伝手を頼りに、白蓮へ将として身内採用してもらえば、衣食住に心配する事もなくなる。
世間ではいま倒した賊の仲間。黄巾党という集団が暴れているので、幽州に行くのも一苦労。着いてからも白蓮の臣下になれば、同様の討伐を命じられてしまうだろうが、非処女の誘惑の前では全て些事である。
夢見る乙女のように、桃香は理想の初体験を思い描いた。すると必然、膣の奥が熱くなり、子宮が下りてしまう。
「…………愛紗ちゃん。そこの茂みで二十回くらい、かーにばるしてきてもいい?」
「え、ええ……」
「ごめんね、なるべくすぐに戻って来るから」
だらしなく鼻の下を伸ばし、太ももを擦り合わせる桃香に、愛紗は顔を引き攣らせ頷く。
しばしのお花を弄る許可をもらった桃香は、漏らすのを我慢して庵を目指す足取りで、闇夜の中へと溶けてゆく。
その情けない桃香の背中を見送った愛紗は、肩を落としてぼやいた。
「共に歩む覚悟はありましたが、最近の姉上は一人で険しい高みを登り、どうにも着いて行けなくて困る」
ご主人様がこれを聞いていたら、こう返しただろう。
お前らすでにイキ過ぎて、崖から落ちて致命傷だから。と。
十十十十十
優秀、ではなく幽州。
そんな不知の場所が、三国志にはあったらしい。
どんな産地有名な武将がいるかと桃香に尋ねれば、公孫賛とこれまた馴染みのない名前。
関西圏に修学旅行が決まったら、行先が和歌山になったような感じである。
いや、和歌山は悪くないけど、和歌山の名物って何よ。みかん?
肌と美容にそこまで情熱が湧かない俺は、まだまだ課題が山積みな家の改築を優先させたかったのだが、自分の人生が傾くとなれば話は別。
『近頃ぶっそうだし、安全な場所に引っ越そうよご主人様。私の友達がいる、幽州なら安心だよ』
『少し前まで、賊が多いからここにいようぜ。みたいな事、言ってなかったか?』
『それなのですが、想像以上に増えすぎまして。孤立して生活をする方が、危険が高くなったのです』
賊のインフレで、俺の命が買い叩かれそうでやばい。
なので数か月ぶりの旅、再開である。山を放浪していた以前と違い、今回はちゃんとした目的地がある分、軽い旅行気分で俺は出かけたのだが、思ったよりも中国大陸が広くてびびる。
しかも俺が人目に触れ、男だとばれないよう。常にローブを身にまとい、生活圏外な秘境ルートを突破するのが、前提の組み立てをされているし。
道中、愛紗におんぶされてなければ、俺の走破は叶わなかっただろう。
呪いのアイテム扱いですまんな。けど、愛紗がノーパンなのは、俺のせいじゃないよな?
そう信じたい。そしてまだ見ぬ公孫賛とやらは、是非ともまともな人種でいて欲しい。
しかし類は友を呼ぶ。とはよく言ったもので、公孫賛は桃香と仲がいいのである。つまり、この女もやっぱり普通ではなかった。
「やっほー、白蓮ちゃん」
「桃香、桃香じゃないか! 久しぶりだな、急に訪ねて来てどうしたんだ?」
ようやく待ち望んだ幽州の地へたどり着いた俺ら一行は、そこそこ栄えた町にある、そこそこ立派な建物の中へ入り、そこそこ美人な公孫賛と対面を果たした。
そして桃香と公孫賛がお互いの手を取り合い、キャッキャと楽しそうに旧交を温める傍ら。
俺はローブ装備のまま。なぜ桃香が、公孫賛を白蓮と呼ぶのか。その謎に迫っていた。
あだ名でいいのか、あれ?
まるでキャシーを、ジェシーというくらい脈絡がなさすぎる。もうそれ、別人じゃん。
ならその関連性のない隙間を埋め、メアリーを選んでも許されそうではあるが、俺は初対面の相手には強気に出られない謙虚な男。
俺の隣にいる愛紗がたびたび口にしていた、公孫賛にならい、公孫賛を公孫賛と呼びかける事にした。
もっとも。桃香と公孫賛の会話を眺めていると、しばらくは自己紹介もなさそうだが。
「お金ないからちょうだい」
「ええ……会っていきなりそれをいうのか」
「ちゃんと働くから。お願い、白蓮ちゃん」
「仕方がないな……と言いたいところだが、あいにく私も金欠気味でな。出来れば将として迎え入れてやりたいが、すまない。それも今は苦しいんだ」
雲行きが怪しくなってきた。てかこれ、大丈夫なのだろうか。
俺らがここに避難したのは、安全というのもあるが、桃香のコネを使って、仕事にありつけるからだ。
収入の当てがなくなれば、おんぶで来た道を、今度は抱っこで帰らなければならない。
長時間おんぶされると、アホみたいに体が痺れるからな。凄まじく後悔したわ。
だから次は抱っこしかありえないのだが、それはそれで愛紗の涎が垂れてきそうで嫌だと思った俺は、汚されたくない一心で、はらはらと成り行きを見守った。
「白蓮ちゃん。ひょっとしてまた、男の人にお金を貢いで逃げられたの?」
「み、貢いでいない。母親が病気だというから、貸しただけだ。教えてもらった出身地へ行ったら、そんな男はいないと言われたけど。それはたぶん伝え間違えがあっただけで、母親の容態がよくなれば、徐李は返しに絶対、戻って来るから!」
「そう言って、これで何回目? 前にも、誰だっけ。お店を出したいとか言って、女の人と逃げた――」
「龐程だ、忘れるなよ! 確かにお金を渡した後、村の幼馴染と一緒にいなくなったけど。それは強引に龐程が連れ去られただけで、あいつはきっと、私の助けのを今でも待っているはずだ!」
「こっちの女を騙して金を奪うとか、そいつら、たくましすぎだろう」
「だ、だまっ……そこの外套を被った奴、貴様に二人の何がわかるっていうんだ!」
むしろ俺でもわかるわ。反対にお前が気づけよ。
「色んな意味で大丈夫なのか、こいつ?」
「仕方がないよ、ご主人様。白蓮ちゃん、男の人を奪取する勇気もなくて、そこに住んでいる村にお金をばらまいて、気を引くだけしか出来ない、小心者の処女なんだから」
「ああ、自分に自信が持てない性格なのか。それで足りない分を、金で補おうとする。典型的な、ダメ女の思考だな」
「桃香様が前に言っておられましたが、処女をこじらせてしまうと、こんなにも哀れになるのでしょうか」
「お前ら、言いたい放題だな。いい加減、私も泣くぞ!」
ここで怒らず悲しむ辺り、公孫賛のネガティブさが透けて見える。
でもどうしよう。仮に泣かれたら、本気で面倒臭い。
ならば友達代表である桃香の出番なのだが、その張本人は、無情なアドバイスを俺に与えてきた。
「ご主人様、今だよ。男の人だと明かして、白蓮ちゃんを慰めれば、私達の将来は安泰だから」
「えっ、そこをばらすの? しかも俺が慰めるの?」
「心配しなくても、白蓮ちゃんなら襲わないし、平気平気」
熊を臆病な動物だから。と言われ、なでる奴はいないだろう。
それと同じで、幾ら公孫賛の取り扱いに詳しい桃香に太鼓判を押されても、俺は半信半疑だった。
「噛まれたらどうするんだよ?」
「その時は、私が噛み返します」
「なら安心だな」
熊すら屠れそうな、忠犬愛紗の心強い言に励まされた俺は、マントを脱いですねる公孫賛へと近づいた。
「私だって、好きで男にお金を渡しているんじゃないんだ。ただ、お金を渡すと男はみんな笑ってくれるから、こうすればいずれ好かれるんじゃないかと思って……」
それで失敗つづき何だから、そろそろ学べよ。
しかしその学習能力がないから、俺の世界でキャバクラに通うおっさん共は後を絶たないのであろう。
ならばその手法に則って、俺はホストをイメージし、公孫賛に接した。
「わかる、わかるよ。大変だったね」
「そうか、わかるかっ――て、誰だお前。やけに男みたいな顔をして!」
「俺、男だよ。天の御遣いって聞いた事ないかな。あれ、俺」
「えええ! て、天の御遣いって、占いにあったあの? えっ、えっ、本当なのか。どうしてここに?」
「そんなの、君に会いに来たからさ」
ごっふぉお!
何これ、俺のダメージが半端ないんだけど。ホストっていつもこんな諸刃の剣を振って、接客してたのか。
こんなの、付け焼刃の俺がぶん回していいものじゃない。
可及的速やかに店じまいをしたくなるが、公孫賛がごねるごねる。こいつ、泣いてなくても面倒だ。
「う、嘘だ。そんな幸運、私に訪れるはずがない。むしろ私はそれを、いつも指を加えて眺めている立場のはずだ!」
「困ったな。どうすれば、信じてもらえるの?」
「股間を調べさせろ」
「はあっ?」
「お前に男の証があるか、確認させてくれたら信じてやるよ!」
明らかにホストへ要求するサービスじゃない。これはオーナーに報告だ。
俺は責任者の桃香に目で助けを訴え、公孫賛を顎で指す。このサインに焦った桃香は、一目散にヘルプへ入ってくれた。
「ぱ、白蓮ちゃん。さすがにそれは駄目だよ。ご主人様が白蓮ちゃんに触るくらいで、我慢しよう。ね」
「もしその男が、実は女だったらどうするんだ。後で感触を思い出して自慰したら、私は間接的な同性愛者になってしまうんだぞ!」
自重すれば解決するぞ。
そして桃香。お前も俺が、お触りするのを前提で話すのを止めろ。
このままだとなし崩しに、追加のオプションをさせられそうな予感がしたので、俺は二人に釘を刺しておいた。
「申し訳ございませんが、健全で楽しい会話が当方の標語でございまして、性的なご奉仕は禁止させて頂いております」
「……なんの冗談だ、これは。桃香のところの御遣いは、私の胸も揉めないのか?」
「えっ、そ、そんなはずはないと思うんだけど。ご、ごめん、きっと何かの間違いだから。ほら、ご主人様も、白蓮ちゃんに謝って」
「ええ……」
何で悪質なクレーマーの言いなりになる、気弱な店長みたいな構図になってるんだよ。
しかも乳タッチを嫌がっていたのに、拒否されたらキレるって、DQN並みに意思疎通が困難だぞ。
こうなると、さすがの俺でもお手上げだ。ホストの道を断念し、ヤクザのようなやり口で全てを終わらせにかかった。
「あいしゃあ!」
「はっ」
おうおうおう。ウチの若い者は、暴れん坊じゃけんのう。覚悟せーや。
「目に物を見せてやるんじゃっちゃ!」
「はい!」
告げられた俺の命令を、愛紗はダイナミックに実行した。
俺の後ろに立ったと思ったら、ベルトの存在意義も無視し、トランクスごとガバッと下ろしたのだ。
俺のチンコは、当然のごとく外気にさらされる。
「おお、おおぉぉおおお!」
桃香と公孫賛の視線が息子に一点凝視され、約一名が大興奮の中。俺は怒りに震える声で愛紗に問いかけた。
「この愚行、どういうつもりだ?」
「触れず、ご主人様のおちんちんをご確認する手段を講じたのですが……いけなかったでしょうか?」
「誰が俺の、玉を出せと言った。この駄犬が!」
「あうっ」
二人のタマをとらんかい!
愛紗の頭頂部にチョップをお見舞いし、俺はシッシッと手で追い払う。
「ううう……」
突き放された愛紗はうつむき、とぼとぼ部屋の隅に移動し、そこからチラッと俺に縋る眼差しを向ける。
しかしそんな捨てられた子犬っぽさを真似ても、俺の保護欲が掻き立てられる事はない。
当分、そこで反省していろ。
「ったく」
俺は悪態をつきながらズボンをはき直すと、入れ代わり立ち代わり。新たな罪人が足元にしがみつき、懺悔を始めた。
「す、すまなかった。本気で疑うつもりはなかったんだ。身の丈を超えた幸運に怖くなって、あんな事を。それだけは信じて欲しい!」
嘘つけ。あのクレームっぷりは、絶対に不純な動機が混じっていたはずだ。
でも公孫賛はおざなりに許しちゃう。クレーマーは刺激しないのが一番なのだ。
「はいはいはいはい、信じまーす。これでいいか?」
「あ、ああ。いや~それにして、本物の天の御遣い様と出会えるとは。まだまだ私の人生も捨てたものではないな」
ガッツポーズして喜びを露わにする公孫賛に、俺は口元をひくつかせる。
こいつ、いい空気を吸ってんな。
しかし、そんな幸せ絶頂を味わう公孫賛の元。商売魂のたくましい悪魔がチャンスの臭いを嗅ぎつけ、誘惑という不確かな品と交換に、正規雇用の地位をかすめ取るとしていた。
この時ばかりは心が鬼になった俺は、黙って鴨とネギが切り刻まれ、鍋に煮られるのをただ眺めるに徹する。
「よかったね、白蓮ちゃん。でも会うだけで満足なの? さらにここで私を雇ってくれたら、ご主人様と毎日いられるよ」
「ま、毎日。そ、それって、あれもこれも思うがままに……いいのか?」
「そこは白蓮ちゃんの頑張り次第かな」
「よ、よし。私も太守だ。みんなまとめて世話をしてやる」
わーい。と契約を結んだ桃香は万歳をする。
くくく。と俺もゲス笑いを浮かべた。
これで公孫賛の期待を煽り、金を引っ張り出せれば、朝昼晩の食後に水ではなく、お茶をつける生活も約束されたようなもの。
全ては俺の手腕にかかっている――って、今度は俺、結婚詐欺師みたいな真似をしないといけないの?
しかもしばらくここで暮らすから、いざとなったら夜逃げも出来ないし。これはギリギリのチキンレースが開催される悪寒。
もうすでにバックレたいんですけど。
だがそれも、ゴールの景品を聞くまでだ。
参加するだけで、将来は安泰な伝手を作られると確信した俺は、アクセルをべた踏みをする決意を秘めた。
「桃香達が私の臣下になるのなら、趙雲も紹介した方がよさそうだな。少し待っててくれ」
えっ、趙雲がいんの。マジで?
三国志の趙雲と言えば、劉備の子供を救った逸話で有名だ。映画で見た。
でもいつ頃、劉備と一緒になったのかはあまり知らない。映画で説明されなかったし。
だがいずれ、劉備と合流できるきっかけとなる、超大物な英雄の登場に、俺のモチベーションは右肩上がりだった。
そして公孫賛が使いの者をパシらせ、いよいよこちらに来て最初の、三国志らしい一角の人物と対面が果たされた。
趙雲、趙雲、ちょう……うん?
「公孫賛殿。先ほど客人とお会いするとうかがっておりましたが、そちらの件はもうよろしいので?」
「ああ。それで話し合ってみて、ここで働く事になった。それで、お前達の顔合わせをしようと思ったんだ」
「そうでしたか――おや。そこの御仁は……」
俺に目を止め、怪訝そうな表情の趙雲。そりゃしかめっ面で俺が腕を組んでたら、趙雲もそうなる。
しかし俺の不機嫌な原因は、何を隠そう趙雲のせいであった。
最初に言っておくが、俺は女体化を反対してない。むしろこっちで男のままだと、産廃になってしまうので、だんぜん奨励派である。
しかしそこは趙雲。TSしても容姿に面影や威圧をほとばしる、歴戦の風格があってしかるべきはずなのに、女の趙雲には色気しかなかった。
せめて愛紗みたいに、厳格な見た目のスポーツ女子枠でいられなかったのかよ。
これ、絶対に誘惑とかしてくる奴だぞ。
俺の趙雲が、ショタやいたいけな童貞をたぶらかす、エッチなお姉さんのはずがない。
趙雲はもっと、ちゃんと趙雲しててくれよ。と俺は不満を募らせるのだが、それはお互いさま。趙雲も、俺に似たような感想を持っていたらしい。
「公孫賛殿。また下心で、男装した女性を雇われるおつもりですか」
「また? またって、前にもあったのか?」
俺にかかるその疑いはもう聞き飽きたが、今回は趙雲から興味深い情報がもたらされる。
「ええ。つい先日、天の御遣いを偽った輩がおりました。まぁ、その不届き者は私の機転で正体を暴かれましたが。公孫賛殿は当初、えらく入れ込んでおりましてな。贅の限りを尽くした、もてなしをしておりましたよ」
何回、公孫賛はカモられるんだよ。
「いや、でも、それはさ……天の御遣い様が私のところに来てくれた。ってなると、普通は感激して舞い上がるよな。な?」
「おかしいと思ったんだよね。白蓮ちゃんがさっき、あんなに強引だったの。でもそういう事情があったのなら、納得かな」
友人の桃香ですら、この評価。よく今まで生きてこられたな公孫賛。逆に感心するわ。
尻毛すらむしられてもたくましく壮健で、なお王座に君臨する公孫賛に、俺は尊敬の念すら抱いた。
その本人は、すがすがしいまでに小物だけど。
「だ、騙されてない。その女は結果的に捕まえて、牢屋に入れておいたから。私もやる時はやる女なんだ」
「ですからその切っ掛けは……いえ、もういいです。ですが、あまりにもこのような無様を続けてさらされるのでしたら、私もお暇を頂くのを考えねばなりませんな」
「待て待て待て、趙雲がいなくなったら、賊の討伐に手が回らなくなる。お願いだから落ち着くまでは、せめていてくれ」
必死に趙雲を引き留めようとする公孫賛の姿に、内心でくすぶる俺のモヤモヤは吹き飛んだ。
やはり趙雲は有能か。さすが器用万能選手の代表格である。
統率・武力、知力の三拍子がそろっているのならば、俺が金魚のフンをするのに相応しい。
これなら多少のエロスも、目をつぶっていられる。
「そうおっしゃられるが、股に木の棒がはみ出ていた光景は、二度も拝みたくはないのですが。せっかく高い酒で酔い潰し、鼻息を荒くさせ服を脱がした後の、あの絶望具合と言ったら。筆舌に尽くしがたいものがありましたぞ」
やっぱりエロい奴はダメだな。
趙雲の女郎。偽の御遣いを見破った功績を自慢げに語っていたのに、完全に怪我の功名じゃないか。
てか、トリプルスリーのアルハラレイプによる、豪快なスイングスタイルは止めろ。俺がやられたら、一発で童貞を失ってしまう。
桃香と愛紗で、趙雲が防げるとは思えないし。これはしばらく、俺の正体を隠匿しておいた方がいいのでは?
そう俺が検討していると、勝手に公孫賛が失策し、ボロを出してしまう。
「安心しろ。今回は一物を肉眼で確認した。この方は本物の御遣い様だ」
「何と!」
明らかに目の色を輝かせる趙雲に、公孫賛のカバーに回った桃香が、悪送球でさらにエラーを重ねた。
「天のおちんちんは凄いんだよ。一晩に5回は勃起するんだから」
「ほほう。それはそれは」
味方に足を引っ張られ、疑惑の牙城を打ち崩された俺は、流し目を送る趙雲を前に降板。愛紗のいるベンチへと下がろうとするが、ガシッと肩を捕まれた。
誰か俺と交代してくれ。握られた右肩に、微かな痛みがあるんだ。
「ふむ……ふむふむ」
しかし、心の中で弱音を吐く俺などお構いなしに、趙雲は下から上へと観察してくる。
値踏みのような、ぶしつけな視線だ。
このピンチに俺が震えていると、趙雲はたまらぬように息を漏らし、声たかだかに宣言した。
「ふはは、天の御遣い殿は、私がもらい受けた。今日からこの男は、私のちんちんだ」
悲報。趙雲、俺をマンコキャップにする。
けどこんなクソスレが認められるはずもなく、この場の管理人が、さっそく規制に乗り出した。
でもこの管理人、対応が下手だった。火消どころか、むしろ炎上させてしまう。
「いきなり何を言い出すんだ。そんなの駄目に決まっているじゃないか」
「駄目ではありませぬ。だいたい公孫賛殿だけは、私にその台詞をいう資格はないはずです。私が槍を預ける前、閨の条件を尋ねると、あなたは何とおっしゃった。働きに応じて、男を一晩かす。そう言われたではないですか」
「白蓮ちゃん、そんな豪語をしちゃったの?」
「太守なら、優秀な人材を囲う時の常とう手段だったし、その頃はちゃんと当てがあったんだ。あったはずだったけど、何ていうか……」
逃げられたんだな。みなまで言わずとも、すでにわかる。
「結局、そのまま私は二年も我慢し働きました。ですがもう限界です。天の御遣い殿が公孫賛殿の情夫になったのであれば、私に一番槍の権利があるはず。そうでしょう」
俺、公孫賛の情夫ではないと思うのだが……まぁ、それはいい。
俺がまずすべきなのは、趙雲が俺をマンコキャップにしようとする、その腐った性根を叩き潰す事だ。
趙雲よ。お前は俺の、チンコケースになるのがお似合いだ。
そんなチンコ補完計画を練る俺に、趙雲の魔の手が股間に忍び寄る。
「さて、御遣い殿のちんちんは……ほう、これは……ふはは、ここですか。ここがいいのでしょう?」
よくねえよ。
誰だ、趙雲がエッチなお姉さんとか言ったバカは。お兄さん、怒って殴るから名乗りを上げなさい。こいつ、完全にスケベなおっさんじゃないか。
俺のチンコを数回つっつき、それからなで回した挙句、ニヤニヤと笑い、気持ちがいいんだろう。とか問いかける趙雲は、生理的に気持ち悪い。
こんな趙雲、見とうなかった。
俺は泣いた。そして愛紗はキレた。
「趙雲、貴様ぁあああ!」
「やめろ愛紗、勝てるはずがない。こいつは伝説の趙雲なんだぞ!」
ずっと壁際で俺を待ち続けていた忠犬は、俺の涙で狂犬へと豹変。俺の心配もどこ吹く風で、趙雲に肉薄し、ぶっ飛ばそうと迫る。
「ふっ、怒りに身を任せるとは未熟。武力三十くらいの雑魚と見た」
もうダメだ……おしまいだあ……。
このままでは愛紗は軽く趙雲に料理され、チャオズな末路になってしまう。
「この、小童が!」
殴りかかる愛紗に、趙雲は余裕に構え応戦。
繰り出される拳の軌道を趙雲は読んで、体をひねり必殺のパンチを愛紗に放つ――が、
「ば、馬鹿な!」
愛紗の攻撃は途中でピタリと止まる。
生粋のカウンターパンチャーでも見抜けぬ、このフェイントに引っかかった趙雲は逆に空振り。それどころか愛紗の本命である膝蹴りに、みぞおちから飛び込んだ。
「ぐっ……おぉ……」
たまらず腹を押さえ、崩れ落ちる趙雲は、何度も嗚咽を繰り返し、ついに致命的な一言を吐いた。
「ぅ……う……うっぷ」
「待て、ここは不味い。吐くならせめて室外でやれ!」
「ぱ、白蓮ちゃん。私、処理してくれる人を呼んでくるね!」
「頼む桃香。ほら、趙雲こっちだ!」
趙雲は公孫賛の手によって、強制的に退場。桃香もその後始末に追われ、広間には俺と愛紗だけが残された。
…………趙雲、あんまり大した事ないな。愛紗に負けるとか。
「……! ……!」
そして趙雲から大金星をあげた愛紗は、少し頬を紅潮させながら、そわそわと落ち着きなく俺を見上げた。尻尾はないが、あればたぶんブンブンと振っていただろう。
「よーしよし、よーしよしよし」
「くぅ~ん、くぅ~ん」
ご褒美に頭をつかみ、髪をくしゃくしゃにしてなでてやると、愛紗はパアァッと顔を輝かせ、俺の肩に鼻を埋めた。
完全に犬へなりきっている。なら、どれだけ犬でいられるのか、実験をしてやろう。
「お手」
「わんっ!」
「おかわり」
「わんっ!」
「ちんちん」
「…………んん。はぁ、はぁ、はぁ」
幅広く知られる犬の芸を試してみるが、忘れていた事があった。愛紗、ノーパンだ。
おかげちんちんの体制へと移った愛紗のマンコが、俺の目下で御開帳される。
こうしたのが悦なのか。息をあらげ発情の兆候が見られる愛紗に、俺は飼い主として最低限の義務を果たそうとした。
「下着はけよ」
「嫌です」
「さようか」
どうすれば愛紗はパンツをはくようになるのか。俺はその躾に、しばし頭を悩ませるのであった。
今回はしんどかったです。
当初、予定していた流れを実際に書いてみるとぐちゃぐちゃで、二転三転と。
おかげで白蓮はクレーマーに、愛紗はワンワンへと変貌してしまいました。
二人ともただの貢ぐ女と、ノーパン戦士だったはずなのに、なぜこんな事に。
星のメイン回だった名残が、跡形もない…。