星、復活
今日もご主人ちゃまの童貞について話し合う日がやってきた。
通称、女神会。
満足するまで性欲を発散した女は、誰にでも優しくなれる女神の時間がある。
その比喩を用いて、つけられたのが白蓮ら四人の集いであった。
開催場所は謁見の間。女中に聞かせられない内容の為、秘匿性を考えての選択である。
普段であれば開始と同時に、誰それがご主人ちゃまと合体したい。そんな主張がぶつかり、殴り合いに発展するのも珍しくないのだが、この日はいつもと異なり全員が寡黙であった。
やはり先ほどご主人ちゃまに言われた内容が、尾を引いているのは確かだろう。
しかしこのまま、こうしているのでは埒が明かない。意を決して白蓮が喋った。
「……まさか、ご主人ちゃまの童貞が複数あった何て」
正確には、ある年齢に達すれば増える。であるが。
どうも天の国では、一定のまま童貞でいると、童貞が増えるらしい。
さらにそこから年月を経ると、妖術使いになるとも。
「天の国は、摩訶不思議ですな」
「うん、本当だよね」
困ったように皿へ盛っためんまを箸で突っついていた星に、桃香も同調する。
一人。ずっと口をふさいでいる愛紗は、真っ黒な筆を手に、つづられた紙束に向けて文字を書いて翻した。
〈ですがご主人様の童貞がたくさんあるのなら全員、童貞で処女を卒業できるのでは?〉
「そうだけど、何で愛紗は口を使わず、わざわざ紙に言葉を書いているんだ?」
「おちんちんを舐めて出した精液を、許しが出るまで飲まないよう、ご主人様に命令されているんだって」
「それで口の替わりと主に与えられたのが、この筆と紙か」
わざわざ墨を塗らずに書ける筆と、良質な紙の束。
こんな者を私物で持っているのだから、つぐづくご主人ちゃまは天の御遣いなのだと白蓮は思った。
だからこそ、童貞が増えるのもあながち嘘ではないとも。
それは三人も似たり寄ったりな考えだろう。
ならば今回の議題はこれしかなかった。
「それで、どうする。順番による優劣はなくなった訳だが」
「私が先陣を切りましょう。一番槍はお任せあれ」
〈星は駄目だ〉
「どうしても最後になるよね」
「なぜだ!」
「星にやらせると、一人でぜんぶ食べてしまいそうだからなぁ」
事後。
主の童貞は、この趙子龍が食らいつくした。と、しくしく泣くご主人ちゃまの隣で、高笑いする星の姿が、あまりにも容易に想像できる。
となると、やはりここは――、
「普通に考えて、私か」
「普通に白蓮ちゃんはありえないよね」
〈ご主人様のおちんちんをしゃぶって、お乳の元をちょうだい。と言われるような方は、まともな人ではありません〉
「変態になじられておりますぞ、大きな童」
「お前らだって似たり寄ったりじゃないか!」
桃香はご主人ちゃまにお尻をほじくられ過ぎて血を流すし。
愛紗は言わずもがな。
星に至っては最近。ご主人ちゃまの前をわざわざ裸で通り、性欲を刺激する。などと、よくわからない露出を頻繁に行っている。
それに比べれば、ご主人ちゃまにお父さんとなってもらいたい白蓮の性癖は、まだまともと言えよう。
「だいたいおかしいだろう。私、太守でお前ら部下だ。少しは上の人間を敬ったらどうだ!」
「白蓮ちゃん。その前に私達は、一人の人間だよ。なのに権力を振りかざすのは、よくないと私は思うな」
「そうですな。いやはや、ごもっとも」
〈ええ。そして一人の女として、ご主人様と先に出会った者こそ、優先的な配慮を――〉
「さあ白蓮殿。聞き分けのない将を躾けるのも、王としての務めですぞ」
「ぐぬぬ!」
都合のいい時だけ、白蓮を主あつかいをして、こき使おうとする星の魂胆に白蓮は憤慨した。
ついでに言えば、ちゃっかりご主人ちゃまとたまたま最初に出会っただけで、笠に着る桃香と愛紗も憎たらしい。
もしも白蓮がこの四人の中でもっとも強かったら、このふざけた皆を引っ叩いてやれるのに。
愛紗と星に勝てない白蓮は、本気で悔しがった。
「ちくしょう!」
しかし武人として負けていようとも、女として同性に負けっぱなしではいられない。
一世一代の博打を、白蓮は仕掛ける。
「とにかく、ご主人ちゃまの童貞の童貞は、私がもらう。だからあれで勝負をしようじゃないか」
「でも白蓮ちゃん。あれは最後の手段だって、ご主人様が」
「今回ばかりは、私も白蓮殿に賛成だ。どうせ話し合いでは、平行線のまま決まらぬからな。それに私とて、みすみす主を妖術使いにはしたくない」
〈潮時、でしょうか?〉
「愛紗ちゃんまで……」
賛成三に、反対一。
女神会、初の最多賛同数である。
さらにいうなら、否定している者が桃香の時点で、流れはもう決定したようなものだった。
「う~ん。みんなそれでいいのなら私はもう止めないけど、本当にあれでいいの?」
「ああ、じゃんけんで白黒つけよう」
もしも話がこじれた時にと、ご主人ちゃまから託された決着法。
それが白蓮の口にした、じゃんけんだ。
すでにそのやり方をご主人ちゃまから伝授されていた白蓮達は、四人で円陣になり、最終確認を行う。
「約定は一回限りで、待ったとやり直しはなし。それでいいか?」
〈構いません〉
「ふはは、勝ったな。先に脱いでおこう」
「星ちゃん。幸薄いし、いの一番に脱落しそう」
大胆不敵に勝利宣言をして裸へなる星に、ぼそっと桃香が呟く。
白蓮の完全な主観になるが、確かにそう言えるだけの恵まれた素養が桃香にはあるような気がした。
桃香はたまに天に愛されたかのごとく、ありえない強運を呼び寄せる何かを持ち合わせているのだ。
ご主人ちゃまを見つけた件など、まさにその典型であろう。
けれども、じゃんけんを純粋な運の戦いとして推薦したご主人ちゃまや、それを何一つ疑っていない桃香は、根本的な思い違いをしている。
実はこのじゃんけんには、運を力でねじ伏せる勝ち筋が存在した。
そしてその必勝手段を知らぬ弱者から排除される、厳しい遊戯なのだ。
「じゃあいっくよ~最初はぐー。じゃんけんっっぽっん!」
桃香の掛け声に合わせ、白蓮達の手がそれぞれの形で競り合う。
場に現れたのは、ぱー、ちょき、ちょき、ちょきだった。
「ほえっ?」
唯一、ぱーを出した桃香は、この結果が信じられず、ぱちぱちと瞬きして己と皆の手を見比べた。
辛い現実を受け止める為の、僅かな時間。
その隙間を縫うかのごとく、白蓮と星と愛紗はそっと一歩前へと進み出て、円外へ桃香を弾く。
「えっ、待って。おかしい、おかしいよ。どうして私だけ、一人負けなの!」
置いてけぼりになった桃香が三人に縋りついて来るが、とうぜん白蓮らは取り合わない。
「往生際が悪いぞ、桃香。待ったは駄目だって言ったじゃないか」
「そうかもしれないけど、絶対に変だよ。不正……そう、皆きっとずるをしたよね!」
「正々堂々と戦ったというのに、その言い草は失礼では」
「そうだ。これは真面目にやった結果に過ぎない」
嘘ではなかった。
ただ白蓮達は、じゃんけんぽっん。
この間に桃香の指の動きを観察し、直前に勝てる役を作ったのである。
つまり武人としての鍛え上げた動体視力を使った訳であって、決してずるをしたのではないのだ。
〈ええ、ずるはありませんでした〉
「ほら見ろ。愛紗だってこう書いているぞ」
「嘘だよ。私、騙されないからね。というか、愛紗ちゃんまでどうして敵に回っているの。私達、盃を交えた姉妹でしょ?」
くるくるとぱーを振り回しながら怒る桃香。
特に主従を超え、妹分の愛紗が完全に敵対したこの状況に、かなりお冠だった。
「誓ったよね。みんなが処女喪失できる優しい世界を作るって。そして処女を卒業する時は、一緒にって、私と!」
そう言えば昔、私も桃香と似たような約束したなぁ。
蚊帳の外にいながらも、ふと懐かしい記憶を白蓮は思い出した。
だが桃香はわかっていない。
その誓いは近くに男がいないから成立したものであって、いざ卒業を控えた女には、これから破られる処女膜のごとく無価値に等しいのだ。
〈記憶にございません〉
「びえ~ん、ご主人様。愛紗ちゃんがまじやばい!」
最近、よく口にする天の言葉を口にしながら、おいよおいよと悲嘆にくれる桃香。
白蓮達からすれば、それは敗者の泣き言でしかないので、当然のごとく無視。
じゃんけんを再開させる。
「続きをしよう」
「ですな」
「…………」
しかし、ここからが難しい。
初戦は所詮、武とは無縁の桃香だから成功した戦法であり、白蓮よりも格上の星と愛紗にはまるで通用しないはずだ。
むしろ二人が白蓮の動きを見て、はめてくる事も十分にありえる。
だからこそ、ここで白蓮はとっておきの秘策を切った。
「星、愛紗。私は次にぐーを出そう」
「ほう」
自分の手の内をさらし、二人を混乱させる作戦だ。
まさか馬鹿正直に信じたりはしないだろう。
ぐーを信じてぱーを選べば、裏をかかれた際にちょきで負ける。
だったらここは裏の裏でぐー?
いや、でも万が一、裏の裏の裏の――と、悩めばきりがない。
「いくぞ!」
そうして二人の考えがまとまらない内に先手を取れば、白蓮の手を盗み見る余裕もあるまい。
何を出すかで、頭がいっぱいいっぱいなはずだ。
こうしてお膳立てをして、ようやく白蓮は二人と対等になれる。
ここからは完全に運否天賦に身を任せ、白蓮が二人を上回れるかどうかにかかっていた。
頼むぞ私の人生。
「最初はぐー。じゃんけんっぽん!」
と放り投げた先には、ぐー、ぱー、ぱーの光景が転がっていた。
「ちょきを出せ!」
ぐーの白蓮が、ぱーの二人に逆上する。
あんなに面倒な仕込みをしてあっさりと負けてしまえば、白蓮とて叫びたくもなる。
「おやおや、奇妙な事をおっしゃられますな。私はぐーを出すと言われたので、ぱーにしただけですぞ」
〈同じく〉
「少しくらい疑ってもいいだろう。私が裏をかいたらどうするつもりだったんだ!」
「白蓮殿ならそういうのはなさらないでしょう。そう思ったまででして……結果もごらんの有様でしたし」
「ぐふっ」
星の推測通り、ぐーを宣言した白蓮は、そのままぐーを出す方針で内心を固めていた。
たぶん、作戦は悪くなかった。
狙いもたぶん、的外れではなかった。
ただ白蓮は、己の生き様に敗北したのだ。
「おおおおぉぉぉ、ぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
崩れ落ち、慟哭を上げる白蓮に、星が無慈悲な追い打ちをかける。
「あわよくば相手の自滅を期待するところが、実に白蓮殿ですな」
「そうだね。それで自滅しちゃうのが、とっても白蓮ちゃん」
さらにここで、負けてからずっと一人で星が持ち込んだ酒でやけを起こしていた桃香が、ぽんっと白蓮の肩を叩く。
「負けちゃったねー、白蓮ちゃん。悔しい? 悔しいよねー、わかるよー…………私も同じ気持ちだから」
友好的だったのも数秒だけ。
最後の辺りでは、本当に桃香らしからぬ憎しみがこもった声音に、白蓮はぎょっとした。
「と、桃香?」
「ん~どうかした、白蓮ちゃん?」
「い、いや……」
顔を向けるとにこにこな桃香がいたが、いつもと同じような笑顔が、逆に白蓮を震わせた。
怖いって……もう嫌だ。ぜんぶ忘れて、ご主人ちゃまのおちんちんに帰りたい。
命運をかけた勝負に敗れ、不気味な桃香に絡まれた白蓮は、心底そう願った。
子を産むのは女の役割であるが、男がいなければ子を宿せない。
つまり女の子宮より男のおちんちんと金玉こそ、人が最も安らげる憩いの場なのだ。
そこでご主人ちゃまに優しく白蓮は包まれていたかった。
私は精液になりたい。
「さて、これが最後の勝負となるが……そうだな、愛紗よ。私はぐーを出すとしよう」
そんな退行気味な白蓮だったからこそ、自身の策を盗用する星に対し、何の文句も発しなかった。
むしろ桃香の方から一言あったくらいだ。
「白蓮ちゃんを真似るの。失敗するよ?」
「ふはは、それはどうかな」
桃香の不安をあおる言葉にも、星にはどこ吹く風。
軽やかに受け流す余裕がうかがえた。
「策は戦いを有利に導く為にあるが、実行に移すに者には向き不向きがある。白蓮殿には下策な案も、私にとっては上策に成りうるのだ」
「そうなの?」
「愛紗の様子を見るといい」
「…………」
星の指摘通り、愛紗は無言のまま表情を歪めていた。
良くも悪くも、根は真っ直ぐな白蓮とは比較にならぬほどひねくれた星がはったりを使えば、否応なしに相手は意識せざる得ない。
ようやく駆け引きの要素が生まれた証左である。
「白蓮ちゃんの時と、反応がぜんぜん違う」
「何せ私はぐーと言って、ちょきを出す女だからな。しかし気分によって、ぱーになるかもしれない。どうする、愛紗?」
「――っ!」
「ふっ、腹は決まったか。望むところだ、決着を」
静かに突き出される、星と愛紗の握り拳。
それが精液になろうと体を丸めた白蓮の頭上で、高速に上下する。
「最初はぐっ、じゃんけんぽん!」
目にも止まらぬ速さで繰り出されたのは、ぐーとちょき。
星の一抜け卒業が、確定した瞬間であった。
「ぐーだけはない。そう考えたのがお主の敗因よ」
候補がぱーとちょきならば、ちょきを出せば絶対に負けはない。
そうした愛紗の安全思考を狙い撃ちにした、星の読み勝ちである。
「ぐえっ、ごほっ、あああぁ……」
自らの敗北を悟った愛紗は、数刻ぶりに声を漏らした。
計り知れぬ衝撃に心を襲われ、うずくまりえずくばかりか、口に溜めていた精液をぽたぽたと愛紗はこぼした。
「愛紗ちゃん……汚い」
しかも長らく愛紗の口内で保管されていた精液は、予想以上の生臭さを発揮し、強烈な悪臭を放つ。
これにはつい鼻をつまむ桃香であったが、この匂いに心地よさを感じた白蓮などは、赤子のような寝息を立て、夢の中へと旅立って行った。
「すー、すー……」
「白蓮ちゃんは何なの?」
この期(ご)に及んで、幸せそうに眠る白蓮の神経が、桃香には本気で意味がわからなかった。
「さてと、主の部屋に急がねばな。おっと、それより風呂が先か……ふむ。風呂の前に一回、性欲を発散させておくのもいいかもしれんな」
その敗者三人衆を置き去りに、星が裸のまま外へと出る。
残された桃香は、愛紗と白蓮の惨状を見下ろし、ひとまず酒に逃避しようと杯を取った。
「ここにあるお酒、ぜんぶ飲んじゃおっと」
そうしよう、それがいい。
と、酒をぐびぐびあおる桃香は、さっきまでの蓄積された量もあり、すぐに酔いが回り始めた。
だからだろう。
ひっそりと我に返った愛紗の存在に、まるで気が付かなかった。
「はっ、私は……ぐっ、何という事だ。ご主人様から恵まれた精液をこぼすとは、不覚。はぁはぁ、はぁはぁ……新しく注いで頂かなくては」
そして四つん這いのまま、のそのそと愛紗は進む。
「きゃはははははは、はぁっ、おひぃ……………………あ~、お酒がなくなっちゃった。白蓮ちゃん、新しいの持ってきて。白蓮ちゃん、白蓮ちゃん。も~、何で寝てるの――ひゃわっ!」
その愛紗の裏で、唾液と精液のぬかるみに足を滑らせ、白蓮に飛び込む桃香の劇的な物語が誕生しようとしていた。
今日も女神会は、惨劇の雨が降りそうである。
久しぶりの投稿となりますが、前後編の前編のみとなります。
お待たせをして大変申し訳ございませんが、後編はしばらくお待ち頂きますようお願い致します。