今回の話では、地味に独自設定で歴史の改変があります。
とは言え、それほど重要でもありませんので、軽く流して頂けましたら幸いです。
一分三秒の土下座負け。
それが桃香と白蓮の喧嘩における、短い記録であった。
「私が悪かったから、許して白蓮ちゃん!」
そもそもの発端は、桃香が転んで寝ていた白蓮に倒れた事にある。
それで目を覚まし痛みで機嫌の悪い白蓮に、酔っぱらった桃香が挑み、戦いの火ぶたは切って落とされたのだった。
両手をぐるぐると回して殴りにかかる桃香であったが、白蓮に頭を取られたせいで攻撃が届かず。
三十秒ほどで体力が底をつき、千鳥足でいったん距離を置こうと二、三歩ほど下がった瞬間。
足首をもつれさせ転んだ桃香は、自らの敗北を悟り白蓮に詫びをいれたのだ。
「いや、そこまで怒ってないけどさ。警邏に出すのが心配になるくらい、弱いな桃香は」
「今日は酔ってて調子が万全じゃなかっただけだよ。普段の私は凄いんだから。町に行くと子供に遊んでってせがまれるし、おばあちゃんはお小遣いを渡してくれるし、お店のおばさんは肉まんをただでおごってくれるんだよ」
「ただの人気者になっているだけじゃないか……あれっ。でも桃香が一番、犯罪者を捕まえていたような」
「仲良くなった人の中に、物取りや詐欺師の人がいたから、やり直すように説得して連れて来てたせいかな?」
「桃香が安心なのが、よくわかったよ」
人望で諍いまでに発展しないのか。と白蓮はうめいた。
「いいよな、その才能。どうせ私なんか……」
なぜか拗ねて飲み残しで一杯やり始めた白蓮に、桃香は首を傾げる。
「これくらい、みんなしてるんじゃないの?」
「でたよ、無自覚」
やだやだと言わんばかりに酒をあおった白蓮は、桃香へ返杯をする。
「……ほら」
「私はいいや。しばらくお酒、控えようと思う」
酔っていたとは言え、自分から暴力を振るおうとした事に桃香は少なからず衝撃を受けていた。
だから頭の冷えた今、白蓮の誘いを断り禁酒を誓う。
「そうか。ところでさ、どうするつもりだ?」
「何が?」
「ご主人ちゃまだよ」
「どうって。私、四番目だし」
「……私も三番――って、違う」
手酌で酒を杯に注いだ白蓮は、音を鳴らして壺を叩きつける。
「そっちじゃなくて、桃香の夢。みんなが処女じゃなくなるように、とか言っていたじゃないか」
「あ~、うん。そっちかぁ」
あまりその話題をする気が乗らなかった桃香は、適当に流そうと口を開いた。
「するにしても、私が終わってからじゃないと。ね?」
わかるでしょう。と言外に桃香は含みを持たせる。
事前慈悲の活動をするにしても、まずは自分があやかってから。
誰かの為に動ける桃香にも、人並みの欲望はあった。
処女喪失な世の中を謳っている桃香であるが、自身がそうなりたいから声に出している部分もある。
なのでまだ、願いを叶える時期ではないと桃香は思っている。
そう思いたかったから、桃香は夢を語りたくはなかったのだ。
「本当にそれだけか?」
だからこそ、迷いを見せる心へ投じられた白蓮の一石に、桃香はどきりとした。
「私もさ、男がいない頃には素直に感心したよ。桃香はとてつもない考えをするなって」
「え、えへへ。そ、そうかな」
「でもな、ご主人ちゃまと一緒に暮らして思い知らされたよ。最初は男がいれば満足だったのに、それだけだと足りなくなるんだ。あれもこれもしてもらいたい望みが増えて。私は自分で高望みのしない人間だと信じていたんだが、そうでもなかったみたいだ」
「でもそれで、ご主人様にお父さんへなってってせがむのは、業が深くない?」
「真面目な話をしてるんだ。茶化さないでくれ」
私も一度やらされたし、からかってないよ。
よほど桃香の方が真剣で深刻に受け止めていたのだが、ひとまずは真摯らしい白蓮の顔を立てて黙る。
「男で身持ちを崩した例なんて山ほどある。男に入れ込んで貢ぎに走り国を傾けたり、一目ぼれした男が欲しくて攻め込んだり。太守なんかやってると、よく耳にするよ」
白蓮ちゃんの自己紹介かな。
白蓮のいう自称太守は、桃香のよく知る友達の太守と酷似していた。
ご主人様に渡そうと趣向品をかき集めようとして叱られたり、そうかと思えばご主人様に何かを吹き込まれて募兵と訓練に精を出したり。
ご主人様と白蓮の性格上。こちらから宣戦布告をしたりはしなさそうなので桃香は黙認しているが、愛紗と星の見立てでは数年。
このまま軍備を強化すれば、防衛に限り袁紹と戦ってもどうにか痛み分けにできるらしい。
やったら総力戦になるので息が続かず、どのみち滅びる可能性は高いみたいだが。
その自覚がまるっきりない白蓮は、ぐさぐさと言葉の剣で己を刺しながら桃香へ熱弁を振るう。
「男が出来れば女は変わる、これは一つの真理だ。良いか悪いかは別にして」
女であれば、誰もが知っている言い回しだ。
しかしそれを知っていたつもりになっていた桃香には、耳が痛い。
自傷する白蓮が何を言わんとするのか。ここでようやく桃香はわかってきた。
「普通の男でそうなんだから、天の御遣いたるご主人ちゃまの影響は強いだろうさ。ましてや桃香は私より長くご主人ちゃまと一緒にいたんだし――くそう、どうして私の所へ一番に来てくれなかったんだよ、ご主人ちゃま!」
「白蓮ちゃん、真面目にやって」
「やってるよ!」
ほぞを噛み、床へだんっだんっと握り拳をぶつける不真面目な白蓮に、桃香は半眼で注意する。
その返答があれである。
友達の心遣いにお礼をいう気が失せた桃香は、白けたまま白蓮に問いかけた。
「でも私が夢に躊躇っているって、よくわかったね白蓮ちゃん」
「じゃんけんで負けて、静かに怒ってただろ。いつもの桃香なら笑って済ませそうなのに」
それに、と白蓮は手慰めに杯を回した。
「女神会で、みんなでの話し合いを決め、じゃんけんに最後まで渋っていたのも桃香だ。桃香らしいと言えばそれまでだけど、処女にしてはちぐはぐだ。本当は少しでも、先延ばしにしたかったんじゃないか?」
「……うん」
白蓮の推察通りである。
桃香はこれまでに一度も、ご主人様へ自らの夢を語った事がなかった。
最初は女性に襲われていたご主人様への配慮だった。
けれどもご主人様が、女性を怖がっていないと判明しても、桃香の口から願いが零れる事はなかった。
断られるのを、桃香が心配したのではない。
受け入れられると、桃香が困るようになったからだ。
「私……ご主人様とする時間が減るのが嫌で。後、ご主人様が他の女性を抱いていると思うと、もやっとするし」
「わかる!」
桃香の手を取り、白蓮は握る。
そうして、うんうん。とお互いに頷き合う。
しばしの友情を深めてから、白蓮はあぐらで座り直し桃香に言った。
「まぁ、慣れればそんな気もなくなるはずさ。桃香の夢がどうなるのか、私にはわからないけど、ゆっくり悩めばいい」
「そうだね」
黄巾の乱が終わった今、時間はたっぷりとある。
朗報はそれだけではない。
ご主人様いがいの天の御遣いが、現れそうなのだ。
というのも、ちかぢか皇帝が天の御遣いと婚姻するのではないかという噂が、洛陽から各地へと駆け巡っていた。
ご主人様との穏やかな生活を守る為、積極的に警邏に出て治安の維持に務めて桃香は、その話をしつこく幽州の民から聞かされている。
とうとつに湧いたこのお目出度がここまで早く浸透しているのは、やはり最近。血生臭い話題ばかりだったからであろう。
そもそも張角がなぜ黄巾の乱を引き起こしたのかと言えば、ひとえに朝廷の男遊びが酷かったからだ。
先帝がお隠れになり、後継者争いが勃発した際。それぞれの擁立者達が相手の陣営を切り崩す一角として、男性を使った取り込み合戦を行ったのだ。
こうして新たな皇帝は決まったが、限界までに不満が膨れ上がった処女の怨嗟が、骨肉の争いへと繋がった。
乱は鎮火したものの、元をたどれば原因の一因である新帝の支持が上がるはずもなく。
朝廷は嘘の御遣いを立て皇帝と結ばせる事で、権威を回復し世間へ威光を知らしめるつもりなのだ。と、桃香ら四人は睨んでいた。
噂話はその前準備という訳だ。
もっともそれが必ずしも悪い事ではない。
仮初とは言え皇帝に箔がつけば、世の太平に一歩近づくだろう。
もしもばれればとんでもない事になりそうだが、白蓮を騙した一個人とは違うのだ。
朝廷は総力を挙げてこの嘘を永劫の真実として語り継ぐであろうし、危険は少ないと予想できる。
だから四人は、現状の推移を見守る見方で一致していた。
もちろん皇帝の平和維持に手伝える事があれば、臣下として陰ながら助力をするつもりである。
もともと桃香が全ての女性の処女喪失を掲げていたのも、荒れ果てた時代を嘆いての行動だ。
膜が無くなれば余裕が生まれ、争いの種が減るのではないかと軽く考えていた。
だが自らが処女であったせいもあり、桃香が当初予定していた喪失の方法は、町の中心で女性を一人ずつ並べ、勃起したおちんちんに跨りながら、流れ作業で性交をさせるものだ。
今ならわかる、これは絶対に失敗すると。
たった一回の絶頂だけで自分が満足するはずがないのに、他の人達がこの約束にどうして従ってくれようか。
逆に性欲へ火が点いた女性達は、気が済むまで男性を襲おうとするだろう。
その男性役をご主人様に当てはめて想像すると、現在の桃香ならば、まず実行者へ愛紗をけしかけ制裁する自信があった。
それくらい無謀で浅はかな夢だったのだ。
なればこそ、もっと現実的で有用性に即し、なるべく桃香とご主人様はやらしく過ごしていられるような、完璧な夢を描くべきなのだろうが、これがなかなか難しい。
だらだらと酒を飲む白蓮を尻目に、まったりした空間でゆったり桃香が思考を巡らせる。
「う~ん、うう~ん」
なかなか妙案が着陸せずに、時間だけが無駄に経つ中。
剣呑な雰囲気をまとい、武器を手にした愛紗と星が謁見の間へ訪れた為、桃香の着想はひとまず停止された。
「白蓮殿。鍛錬場の使用許可を頂きたい」
「これからっ。明日でいいだろう?」
「今からでなくてはいけないのです」
何で二人がそうしたいのか。桃香にはまるで意味がわからなかったが、やる気のほどだけは伝わった。
愛紗はともかく、星までもいつもの服に着替えていたからだ。
でも一汗流して鍛錬をしようとする正々とした心意気ではなさそうだったので、ひとまず桃香は仲裁に入る。
「理由は。話してみて?」
「愛紗が悪い」
「星の責任です」
「話にならないなぁ」
互いに指をさし合い、決裂して見せた二人の態度に、どうするの。と桃香は白蓮に視線を投げた。
するとすでに匙を投げていた白蓮は、普通に二人へ戦闘許可を与えた。
「許す。でも夜も更けて皆に迷惑がかかるから、やるならここでするんだ」
「まじで?」
あまり本来の使用回数は多くないとは言え、おいそれと使っていい場所でもない。
愛紗と星が暴れて傷がついたら、それだけで一大事だ。
「ここならそう、無茶もしないと思うんだ……たぶん」
「そうかな?」
ご主人様の部屋を半壊させた前科があるので、桃香には二人の戦いに無害な想像がなかった。
だからこそいっそ。愛紗と星を外へと走らせ、どちらが多く山で賊を討伐できるか競わせた方が、桃香としてはまだましである気がした。
しかしこんな時にだけ息を合わせた二人は、それぞれに口をそろえる。
「その辺りは抑えます」
「ですな。何、殺し合いをする訳ではないのです。心配なさるな」
「本当だな、信じるぞ。裏切るなよ、信じたからな!」
とても頼りないお墨付きである。
それを信じる信じると連呼する白蓮が、最も二人を信じていなさそうではあったが、いちど自分で言い出したからにはもう後に引けない。
酒壺やらめんまが盛られた皿を抱え、桃香と並んで白蓮は安全な場所まで避難する。
そこで酒盛りを再開しながら、青竜刀を握る利き腕をぐるぐる回す愛紗と、両手で槍を掴んだまま屈伸する星を眺め、白蓮は桃香と勝負の行方を占った。
「どっちが勝つと思う?」
「愛紗ちゃん」
「……もぐもぐ、賭けにならないか」
これまでに及ぶ二人の戦歴を知れば、自ずと結果もわかっているようなものだ。
しかし負けを決定づけられたはずの星は、酷評した桃香と白蓮を鼻で笑った。
「ふっ」
そしておもむろに胸元をはだけ、むき出しになった乳房を揉みしだく。
すると星のおっぱいから、みるみると母乳が溢れたではないか。
「「!!!!!」」
男性との愛が究極まで高まると、女性はお乳を出す事があるらしい。
そうした閨での話は、桃香と白蓮もとうぜん耳にはしていた。
さらにその母乳を男性に飲ませて交われば、女性は確実に孕むとも言い伝わっている。
乳で父にするのだ。
ご主人様がここにいれば、駄洒落じゃないか。と呆れて馬鹿にするだろうが、桃香らにとって験担ぎとは大切なのである。
これをご主人様に力説すれば、賽銭箱に五円を入れるみたいなものか。と一定の理解を得られるだろうが、そこはあまり重要ではない。
大切なのは、ご主人様が星の母乳を飲んだかどうかだ。
もし少しでも舐めていたのであれば、ご主人様の童貞の童貞を奪われたばかりか、星に妊娠まで先を越されてしまう。
そんな未来図を予想すれば、あっさりと桃香の堪忍袋の緒は切れた。
「むきー!」
桃香は激怒した。
必ずかの、処女喪失を果たした星を除かねばならぬと決意した。
桃香には性交がわからぬ、桃香は処女である。
けれども胸とお尻の感度は、人一倍敏感だった。
竹馬の友である白蓮もまた、同じ気持ちであった。
だが桃香と白蓮が協力しても、星には届かぬ。
故に二人は、星を除ける唯一の存在を頼りに声援を送った。
殴れ、愛紗!
「いいか、愛紗。参ったと言わなければ、試合は続行だ。それを利用し、隙をついて馬乗りになったら、星の顔面をしこたま殴ってやれ!」
「駄目だよ白蓮ちゃん、それだとご主人様が心配しちゃう。愛紗ちゃん、顔は避けてお腹にするんだよ!」
「……弱い者を虐める趣味はないのですが」
「同感だな」
殺意のこもった応援に戸惑う愛紗を余所に、服を戻した星は悠々と槍を構えた。
「負け越しの割には、先ほどからずいぶんと余裕がある。秘策でもあるのか?」
慎重に青竜刀を握りしめる愛紗に、星はうそぶいた。
「……これが大人の女というものだ。処女とは違うのだよ、処女とは」
「ほざけっ!」
気合い一直線。
早々に距離を潰そうと飛びかかる愛紗へ、星は槍で迎撃する。
これを躱し愛紗の得意な間合いで戦うのが、いつもの必勝型であった。
こうして優位から有利へと勝負を傾け、勝利を掴むのがほぼお約束となっていたのだが、今日ばかりは勝手が違っていたようだ。
「なにっ!」
星の槍に捕まった愛紗を見て、白蓮が腰を浮かせる。
それほど異常事態なのである。
突進を阻まれた愛紗は、さらに星の降り注ぐ槍の連撃にその場で釘付けにされた。
「はいはいはいはいはいはいはい!」
防御を余儀なくされた愛紗を軽快な槍さばきで突いた星は、調子を確かめるよう足を運び、緩急を交える。
「ちっ!」
二人の獲物の差から、どうしても中遠での差し合いは星に分がある。
愛紗とてそれは身に染みて経験しているので、いい加減。槍の引き戻しに合わせ接近戦へと挑みたいのだが、いやらしい星の動きで取っ掛かりがつかめない。
そのせいでなかなか詰め寄れず、愛紗が不利を覆す手立てが未だ見つからぬ状況だ。
「遅い!」
反対に一方的な戦いを愛紗に敷いていた星は、完全に体が温まったのか。
一段と槍の鋭さが増し、華麗に繰り出された早業が愛紗の頬を裂いた。
ぴりっとした痛みが走り、血しぶきが飛翔する。
傷自体は浅く、戦闘に支障をきたすほどでもない。
しかし久方ぶりにもらった刃物の味に、己から狭めねばならぬ間合いを広げ、愛紗は仕切り直しをする。
「ど、どうなっているんだ。どうして急に、こんな……」
そんな現実に全く着いて行けない白蓮は、おろおろと言葉をこぼす。
凡人には及ばぬ領域へ舞い降りた星は、にやりと笑い白蓮へ教授する。
「覚醒を知っておりますかな、白蓮殿?」
「こ、言葉は知っているけど」
「天では武人が成長する際などにも、用いられるそうです」
「あ~、あった。そんな話も」
ご主人様が前に言っていた気がする。
桃香には無理な奴だ。
「えっ。じゃあ星は、天の意味で覚醒したのか?」
「ええ。主のちんちんで膜が破られ、私の肉体は重しを外したかのように身軽な物へと変貌を遂げたのです」
「性長したんだ……愛紗ちゃんを倒せるくらいに!」
「と、いうのは嘘でしてな」
「嘘かよ!」
ちょっと信じかけたじゃないか。と白蓮は叫ぶ。
その白蓮の様子に、白蓮ちゃんは白蓮ちゃんだと、桃香はほっこりした。
「本当はもっと別の要因があります。私が強くなったのではなく、愛紗が弱くなっただけかと」
「私が弱くなっただと……?」
「いつもより反応が悪い。初陣を恐れる新兵のごとくぎこちなさが残っておる。それで勝てる道理があるはずなかろう」
「そのような臆した気持ちなど、ないっ!」
逆上した愛紗が星に斬り込む。
しかし愛紗の青竜刀を避けず、太刀打ちで受け止めた星は、そのまま腰を入れて柄で胴を殴った。
「がっ!」
「そう言って、本当は怖いのだろう。悔しいのだろう」
槍を反対に持つ星は石づきで愛紗を追撃した。
たたらを踏んだ愛紗は、大きく上半身を反らす事でそれを見送る。が、槍を回した星は警戒されていなかった足を払い、愛紗を宙に浮かせる。
「ぐっ……」
かろうじて片手が床に届いた愛紗は、手首の力で体をひねりどうにか着地を成功させる。
だがそこにはすでに星の新たなる一手が迫っており、受け止めようとした愛紗の青竜刀を、器用に槍で絡めて弾き飛ばした。
「例えその身を奮い立たせようとも……処女の引け目は隠せんぞ!」
「しまっ――」
両腕を跳ね上げられた愛紗。
そんな絶好の機会を星が逃すはずもなく、服にある長い袖を活かして振るい、愛紗を巻き付けてから、己の元へと手繰り寄せる。
そして無防備に向かってくる愛紗の腹へ、星は曲げた足から蹴りを放った。
「い つ ぞ や の、恨みぃいいい!」
「――っ!」
まともにその蹴りをもらった愛紗の唇から、か細い呼吸が漏れる。
それでも底力を絞り、どうにか星の脚を捕らえた愛紗であったが、抵抗もそこまでだった。
「愛紗、上だ!」
白蓮の声にはっとし、面を上げた愛紗の目には、槍を支えに飛翔した星がさらなる蹴りの体勢を整えていた。
「ふあんっ!」
咄嗟に愛紗は首を横にしようとする。が――間に合わない。星の変則的な回し蹴りは、無情にも愛紗を刈り取った。
吹き飛ばされ壁に激突する愛紗は、そのままずるずると体を滑らせ倒れてしまう。
「…………」
物を言わなくなった愛紗を油断なく観察していた星は、十。二十と経っても立ち上がる気配のがない事でようやく構えを解き、槍を掲げて勝どきを上げた。
「ふはははははは。趙 子 龍 完 全 勝 利!」
久しぶりに降って湧いた勝ちが嬉しいのか。
上機嫌でぐるぐると槍を回す星は、それをびしっと突きつけて、無言の愛紗に言葉の鞭を打った。
「思い知ったか犬ころが。さんざん偉そうにしておきながら、しょせんはこの様よ。じゃんけんで仰いだニ君の一人を見捨て、挙句に負けた現実を寝取られに逃避するお主こそ、紛い物だ!」
星のいう紛い物とは何なのか。
桃香にはまるで不明だが、二人の奇妙な関係に割り込むつもりはなかった。
会話の前後からろくでもなさを感じ、桃香は聞いて聞かぬふりをする。
「これに懲りたら、二度と私に変態な趣味を垂れるな。そして大人の女である私に敬意を払い、真名の後にさんを付け、まいにち酒とめんまを買ってこい!」
「そうとう、調子に乗ってるな」
「うん。でもどうしよっか」
愛紗が敗れた今、星を止められる人材がいない。
これは不味いのでは。
愛紗の封印から放たれた星は、煽りに興奮してのぼせたのか。だんだんとそこへ邪悪な意思を交え、かつぜずが怪しくなり始めていた。
「私は最強だ。あるぢのぢんぢんはおりのものだー!」
「ぱんつはわたさん!」
「星ちゃんも白蓮ちゃんも、何を言ってるのか、ちょっとわかんないかな~」
一人だけ感染しなかった桃香が、冷静に意見を述べる。
それで我に返った白蓮は、誤魔化すように咳ばらいをした。
「んんっ。とにかく、星は落ち着け。嬉しいのわかるけど、はしゃぎすぎだって」
「……おや、白蓮殿。何かおっしゃりましたかな。すみません、どうにも処女の声が聴きづらくなりまして」
「こいつ腹立つなぁあ!」
「ほう。ではどうなさります?」
「聞こえているじゃないか、ちくしょう!」
にやにやとげす笑いを浮かべる星に、白蓮は落ちていた愛紗の愛刀を拾って対峙する。
「やってやる、やってやるぞ。私もそこそこの武人だ。ここまで舐められて、引き下がれるか!」
闘志を漲らせ星に青竜刀を向ける白蓮だが、どこか腰が引けている。これだけで桃香は、結末を察せられた。
きっとそう遠くない未来で、白蓮も床を転がるのは確定事項であろう。
そんな絶望的な戦いを前に、不思議な事が起こった。
余裕を崩さなかった星が、苦悶の表情に歪む。
そうして槍を手放したと思えば、両手で股間を押さえ、その場をぴょんぴょん飛び跳ねたのだ。
「ぐおお、何だこれは。死ぬほど、膣が、痛い!」
「……ああ、そうか」
「心当たりがあるの、白蓮ちゃん?」
桃香にはまるで見当もつかないが、腑に落ちた。と言わんばかりに顎をなでる白蓮は、星を襲った症状を教えてくれた。
「ほら、処女を失うと血がでるじゃないか。あれってたぶん、膣が傷ついて出るものだと思うんだよ」
「でも初めてが痛いって、みんな言わないよ」
「それ以上に気持ちいいみたいだしな。ただご主人ちゃまとやった後、休みもせずに星は愛紗とやり合っただろう」
「そ、それって……」
「激しい運動で傷口が開いて、星の膣はずたずたになっているんじゃないか」
「ひぃい!」
思わず桃香も股間を押さえる。
考えただけでも痛そうだ。
それを実際に受けている星は、まさに地獄の苦しみであろう。
「うん。ひょっとして、今なら私でも星に勝てる…………よしっ」
「その必要はありません」
千載一遇の好機に恵まれた白蓮は、いけると確信する。
するとどうだろう。
臆病風に吹かれていた体に、溢れるほどの力が満ちた。
これをそのまま星にぶつけてやろうとした白蓮は、そこで声を掛けられ邪魔された。
しかし苛立ちはない。むしろ驚きの方が勝ったくらいだ。
「愛紗、無事だったのか?」
「ええ、ご主人様が守って下さいました」
そう言って首枷をなでる愛紗は、どこか誇らしげであった。
どうやら星の放った最後の蹴りは、枷に当たって威力が相殺されたみたいだ。
そのおかげで愛紗はこうして立っていられる。
「後はお任せ下さい。私が責任を持って、星にお灸をすえますので」
「確かまだ、参ったと愛紗は口にしてなかったか。だったら、私の出る幕ではないな」
勝負はまだ着いていないと判断した白蓮は、愛紗に青竜刀を返して下がった。
「さて、続けようか。星」
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
武将交代。
ずっと股間を押さえて跳ねていた星は、口惜しそうに愛紗をうるんだ瞳で睨む。
だが未だ股から手が離せない星の姿は、どこか弱弱しい。
それに比べ、堂々と伸ばされた愛紗の背は頼もしさがあった。
しかしその後姿を見ていられなくなった桃香は、静かに目を反らした。
愛紗の佇まいに、犬の耳と尻尾を幻視したからだ。
義理とは言え、妹の心境を正確に見抜いた桃香は、ほろりと涙を流した。
愛紗ちゃん……とうとう身も心も、ご主人様の犬になっちゃったんだね。
「おのれ……おのれっ、おのれぇえええ!」
悪あがきとはわかっていようとも、ここで負けを認める星ではない。
槍をつかみ取った星は、自分ごと愛紗に突貫するが、その動きは桃香でも避けられそうであった。
つまり愛紗からすれば、蹴り足を見てから裏に回るなど楽勝である。
そこからさらに腰を踏み抜かれて潰された星は、手も足も出ずに悲鳴を上げた。
「ぴぎゅっ!」
「さて、と。貴様には色々と語りたい事があるが、その前に……そうだな。まずは全員分の酒とめんまを買って来てもらおうか。説教はその後だ」
「ふざけるなっ。どうして私が、お主らにわざわざ酒とめんまを。だいたい、この時間に開いておる店など――ひっ!」
星を踏みにじる足を折り曲げ、そこへ肘をかけた愛紗が星教育を始める。
さすがの星も、ここから逆転するのはどうあがいても不可能だ。
それでも愛紗の要求に反発しようとするが、首筋に青竜刀を突き立てれば、素直に従うしか道は残されていなかった。
「私は頼んでいるのではない。それをはき違えるなよ」
「わかった。酒とめんまを買ってこよう。そうすればいいのだな?」
「……ひとまずは、合格だ」
ようやく足蹴にされていた状態から解放された星は、死にかけた動物のようにふらついた足取りで出入り口へと向かう。
そしていざ謁見の間から出ようと寸前に、桃香らへと振り返り大声で罵倒した。
「こ、こここ、この、処女どもがっ。覚えておれよ!」
それから目を見張るほどの速度で、股をかばいつつも星は走り去って行った。
こうして過去最長の女神会は、終了したのだ。
その後で星が愛紗からどんな折檻をされたのか、桃香には不明だ。
ただ桃香が翌日に自室で目を覚ますと、寝具の元に酒とめんまが置かれており、愛紗をさん付けで呼ぶ星が目撃された。
「愛紗さん、おはようございます。本日も一日、ご指導をよろしくお願いします」
しばらくはこんな違和感の大きな態度であったが、そこは星。
三日も続かぬ内に、何食わぬ顔で元の星へと戻ってしまう。
「ふははははははは、ははははははは、はーっはっはっはっはっは――う゛っ、けほっ、けほっ!」
ちょっとは懲りようよ、星ちゃん。
「桃香様……お願いがあるのですがよろしいでしょうか……ご主人様との順番を代わって頂きたく……その時には是非ともこの首輪を身に着けて……はぁ、はぁ、はぁ。うぅ……」
そして愛紗ちゃんは、どこへ行きたいの?
三話でできなかった、メイン星回もようやく終わりました。
もともと蜀では一番好きなキャラでしたので、贔屓をするのは決めていましたが、長くなり過ぎました。
反省です。
でも次も長くなりそう……。