目が覚めてまず目に映ったのはこの無人島に流れ着いてからのいつも通りの景色だった。
慌てて跳ね起きたせいで、ハンモックがギシギシと揺れている。
「今のは、いったい……」
僕は今日もここに来てから見るようになった不思議な夢を見た。
ただ一つ、いつもと決定的に違うのはその夢の内容がひどく悲惨なものであったことだ。
今まで夢に出てきた蒼髪の少女が自身よりも遥かに大きい屈強な男達に無理やり処女を散らされ、何度も輪姦される。
ひどい夢だ。胃に内容物があったなら吐いてしまっていただろう。その夢が、まるで現実にあったかのように感じてしまうのだからなおさらたちが悪い。なぜ自分がこんな夢を見てしまったのだろうか。まさか自分の中にそのような願望があるわけでもないのに。
このところ自分でも気づかないうちに疲れが溜まっていたとでもいうのだろうか。それにしたってあんな夢を見なくても。
しばらく考えごとをしていると
「お、アドル。今日はもう起きてたのか」
サハドが元気なあいさつと共に入ってくる。
「おはよう。サハド」
「おや、アドル。嬢ちゃんを知らないか? てっきりねぼすけなアドルのことを起こしに行ってると思ってたんだが」
言われてみて、ようやくすでに日が高く昇っていることに気づいた。いつもならすでにラクシャに起こされていてもおかしくない時間。
「まさか嬢ちゃんに限って寝坊なんてあるわけないしなぁ……」
ラクシャはセイレン島に来てからも基本的に規則正しい生活を送っている。それもそのはずで、ラクシャのような女性に夜の見張りを任せることなどない。夜更かしすることがあったとしても共に夜間探索が必要になった時ぐらいで、そんな日でも朝に強いサハドはともかくアドルよりも遅く起きてくることはない。
「部屋にいないか見てくるよ」
「おうよ。嬢ちゃんにも今朝釣った魚を食べさせてやらんとなぁ」
そう言ってサハドは広場へとのっそりと歩いていった。
サハドを見送った後、ラクシャを探しに部屋へと向かった。
現在、漂流村で居住スペースとしてりようしている洞窟には横穴がたくさんあり、そこに寝るための部屋をいくつか作っている。
ラクシャは昨晩、手前から七番目、現在利用している中では一奥の部屋で寝泊まりしたはずだ。
ちなみに部屋割りは手前の一番大きいへやに見張りで交代の多いアドルたち、その次にアリスンさんとエドさん、その次が広い一人部屋を用意しろと言ったカーラン卿、その次がキルゴール先生とレーヤ、その次がカトリーンさんとディナ、その次がミラルダさんとニアさん。基本的に漂流村へ合流した順に手前から入ってもらっている。
ただし昨日はアリスンさんの夫のエドさんが合流したため、いつもアリスンさんと部屋を共にしているラクシャが部屋を譲って自らが一番奥の新しい部屋を利用したのである。
一応将来合流するかもしれない漂流者のためにベッドは多めに用意しているはずだから部屋には何も問題なかったはずだが……
ラクシャの部屋の前にたどり着いた。かすかだが人の気配がする
「ラクシャ?」
アドルが部屋をノックする。かすかに布擦れの音。
これは珍しく寝坊したらしい。
「ラクシャ。起きているかい? 入るよ」
取っ手に手をかけ開けようとしたところ、ガバッと布を取り払う大きな音がした。
「ア、ア、ア、アドル・クリスティン! 駄目です! 待って下さい!」
ラクシャの大きな叫び声。驚き取っ手にかけた手が固まった。よほど動揺したのだろう、呼び方がフルネームに戻っている。
「今入って来てもらっては困ります! あのっ、そのっ、衣類を何もつけていないのでっ!」
今度は表情まで固まった。最初に出会った川原でみたラクシャの瑞々しい裸体を思い出す。まさか裸で寝ていたのだろうか。今までそのようなことなかったはずだが……
そこまで考えて、自分の間違いに気づく。当たり前ではないか。野外テントで男の隣で裸で寝る貴族がいるはずがない。きっと昨日は、久しぶりに一人で寝ることになったからリラックスして裸で寝たのだろう。そしてだからこそきっといつもより深く眠りについて寝坊したのだろう。
なに、裸で寝る貴族のお嬢様がいたっていいじゃないか。
「アドル。すみませんが準備ができ次第すぐに向かうので広場で待っていてくれないでしょうか」
相変わらず動揺した声のラクシャ。
「わかった。あわてなくていいよ」
苦笑い。ラクシャの新しい一面を見た気がして、昨夜見た不快な夢のことなど記憶の彼方へ飛んでいったしまった。
しばらくして身なりを整えたラクシャが広場へやってきた。
やはり慌てたのかいつもより服のシワが多い。
「やっと起きてきたか」
「おはようございます、サハド。それからアドル、先程は失礼しました」
「お、なんかあったのか?」
「い、いえ、いきなりアドルが起こしに来たのでびっくりしてしまいまして」
「ガハハ、いつもは嬢ちゃんがアドルのことを起こしにいくもんなぁ。それにしても珍しいじゃねぇか、嬢ちゃんがこんな時間まで寝てるなんて」
「それは……その、最近、自分でも思った以上に疲れが溜まっていたみたいです」
「おいおい、気をつけてくれよ。どうする? 今日の探索はやめにするか」
「いえ、問題ありません。お気遣い感謝します、サハド」
「おお、そうかい」
「あら、おはようラクシャちゃん」
ちょうど会話が一区切りついたところでミラルダさんが僕に朝食を持ってきてくれた。
「おはようございます、ミラルダさん」
「ラクシャちゃんも朝食、食べる? ……あら?」
「ええ、お願いします」
「うふふっ、そう。ならすぐに持って来るわね。そうそう今度の探索はしばらく帰ってこないんだっけ? なら記念にとても元気が出るお弁当用意しとくわね」
ミラルダさんはラクシャにウィンクをして厨房へと戻っていった。
「それでアドル。今日はどこを探索するんだ?」
朝食を食べながらサハドが聞いてくる
「北の方の渓谷を探索しようと思っているんだ」
「ああ、あの辺か。確か渓谷の中まではまだ調べてなかったなぁ。こりゃ今度は大変な探索になりそうだ。嬢ちゃんほんとに大丈夫か。体調が悪かったら村で休んでいても……」
「いえ、先程も申し上げたとおり問題ありません。それともサハドはわたくしが足手まといだと言っているのですか?」
「おお、そうじゃねぇけどなぁ……」
「失礼。冗談です。体調の方も問題ありません。朝食を食べたらさっそく探索に向かいましょう」
「ああ」
「おうよ」
本日の予定が決まってみんなでサハドの釣ってきた魚のご飯を食べた。
今日の探索は問題なく進み、時刻は夕刻、現在は浸食谷前の野営地でキャンプの準備をしている。
サハドが夕食を作る傍ら、ラクシャと協力して寝床の準備を整える。ラクシャも慣れたもので手際よく準備を進めている。ラクシャの体調の方もほとんど問題はなかったようだ。時折自身の体をきにしているような仕草が見られたものの獣を相手にした動きはいつも通りであった。
「お二人さん、できたぜぇ。メシにしようぜ」
サハドの呼びかけとともに大きなお腹の音がした。
「おっと、いけねぇいけねぇ。今日は古代種に遭遇しなかったから安心して腹も空いているらしい」
古代種。この島に生息する、異形の獣。ラクシャによれば、はるか昔に絶滅したはずらしい。それがなぜこの島では生きているのかこの島に来てからできた大きな謎の一つだ。
「まったく、あなたって人は……」
サハドの作った夕食を受取り三人で焚き火を囲む。
一時のまったりとした団欒の時間が過ぎる。
「そういえば、サハドは結婚していたのでしたね」
「おうよ。ワシにはもったいないくらいのべっぴんのかみさんだぜ」
「その……お子さんもいるとか」
「ああ、将来は嬢ちゃんぐらいべっぴんになるだろうかみさん似の娘が一人な」
「その娘があなたに似ないでよかったですね」
「ん? そりゃどーゆう意味だ?」
「いえ、深い意味はありません」
おほん。咳払いを一つした後続けてラクシャは質問する。
「話が逸れました、サハドはどうしてその方と結婚したのですか?」
「どうしてと言われてもなぁ。うちの村は狭いもんだし、共に過ごすうちに次第とってやつだな。なんだ嬢ちゃん、結婚に興味あるのか?」
「いえ、その……全くないわけではないのですが、やはりどういうものなのか気になってしまい……」
「さてな、結婚なんてもんで大事なのはは結局相手のことを愛してるかどうかってことだからな。相手のことを幸せにしたいか、その人とずっと一緒に暮らしていきたいか。ワシは貴族の結婚のことはわからんが結局同じなんじゃないか」
「愛……ですか……」
ラクシャが思案するようにうつむく。これまでラクシャの考え方に大きな変化をもたらしてきたサハドの言葉を自分の中で噛み砕こうとしている。
「嬢ちゃんにはそんな相手はいないのかい」
「いえ、わたくしにそのようなお相手など……」
ラクシャは目をそらすように静かに伏せた。
「まぁ、今はいなくても、嬢ちゃんが将来結婚するためにもこの島生きて脱出しないとな」
「結婚するために生きているのではありませんが……ええ、そうですね」
ラクシャが静かに頷く。
「その……もう一つお聞きしたいのですが、男の人は……いえ」
質問しようとしていたラクシャはこちらを見て急に考えを改めたのか口ごもる。
「これは貴方がたに聞くようなことではありませんでした」
「お?」
「サハド、ありがとうございました。夕食美味しかったです。さて後片付けをしましょう」
ラクシャは立ち上がり、後片付けを始める。
サハドと顔を見合わせ、ラクシャの態度を気にしながらも共にラクシャの手伝いを行った。
浸食谷の探索は三日かけて行った。
新たな漂流者を発見するにはいたらなかったが、これでこの周辺の地図は大分書き込めたと思う。
北方にそびえ立つ高き山々。後にジャンダルムと名付けられた山へ渡る手段は結局見つからなかった。あの山を越えた先に何か大事なものがある気がするのだが、渓谷を越える手段がない以上仕方がない。
漂流村に帰ってくると、ドギとバルバロス船長が海岸で脱出用の船の建造に取り掛かっていた。
最近は獣の襲撃も少なく、漂流村での生活も安定してきたため船を作る余裕ができてきたらしい。
「これもアドルが乗客のみなさんをお連れしてくれたおかげだな」
バルバロス船長に素直な賛辞を送られる。
「いえ、ラクシャにサハド、それにみんなの協力あってこそです」
「ガハハ、そうだな。ワシは船を作ることに関しては専門外だが協力できることがあったらなんでも言ってくれ」
「おお、この島を探索慣れしたアドル達にはこの近くでは取れない素材なんか集めてもらうことになるだろうから、その時はよろしく頼む」
「ああ」
快く了解する。
ようやく脱出のための糸口が見えた。
船が完成するにはまだ時間がかかるが、それでもここの住民たちにとってはようやく掴んだ希望となるだろう。
「まだ、見つかってない乗客の方たちがいるかもしれないからそちらも頼む」
「わかりました」
建造作業に加わったサハドを残し、広場に向かった。
「いい加減にしてください!」
広場に戻って来ると、ラクシャの怒鳴り声が聞こえてきた。
見ると何やらラクシャとカーラン卿が言い争いをしている。周囲には誰もおらず二人きりのようだ。
これはまずい。
思えばラクシャは最初からカーラン卿のことを嫌っていた。同じ貴族としてカーラン卿の非協力的な態度は許せないのだろう。いや、同じ貴族だからこそか。
今までは、他の人に配慮していたのか角が立つようなことは言わなかったし、ラクシャ自身がカーラン卿の話題を避けている節があった。
カーラン卿に対してはそっとしておく、それがこの村の住人の暗黙の了解のようなものであった。
しかし、原因はわからないがとうとうラクシャが切れたらしい。
せっかく船の建造という、みんなにとっては希望が見えてきたのだから、こんなところで揉め事を起こしている場合ではない。
カーラン卿はこれまで通り僕達の邪魔をしないようにしてくれていればいいのだ。
他の人が気づく前に場を鎮めなければ。
仲裁をするため二人のもとへと駆け出した。
「ラクシャ、何かあったのかい?」
「ア、アドル!」
「む、赤毛か」
落ち着いた様子のカーラン卿と顔を赤く染め動揺したラクシャ。二人の異なる反応を見て、これはまた素直なラクシャが激昂するような空気の読めない要求をしたんだろうなと想像する。
「カーラン卿。どうかされましたか?」
「なに、この娘に頼み事があったのだがな、見ての通り不敬にもいきなり怒鳴り散らしてきおったのだ」
「自分でよければ話を聞きますが」
「ふん、ワシにそっちの趣味はないわ」
どういう意味だろうか。
「赤毛よ。この娘に貴様からも言ってくれ、男性の……」
「カ、カーラン卿!」
カーラン卿の言葉を遮ってラクシャが大声を上げた。
「いえ、その、すみませんでした。カーラン卿、その話はあちらでゆっくり聞きますから……」
そう言ってラクシャは洞窟の方を指差す。
「ぐふふ。最初からそう言えばよいのだ」
カーラン卿が口元を釣り上げ笑みを作り洞窟へと一人歩いていった。
「アドルも、大声を上げて申し訳ありませんでした。こちらのことは大丈夫ですから、ええと、カトリーンさんに武器の手入れでもしてもらったどうですか」
「ほんとに大丈夫かい?」
「ええ、疲れで少し気が立っていたみたいです。すみませんでした。カーラン卿の要件はたいしたことないものなので」
「無理しないでくれよ。手伝えることがあったらなんでも言ってよ」
「……ええ、お気遣い感謝します」
そう言ってラクシャはカーラン卿の後を追う。
その後ろ姿はどこか淋しげなものに見えた。
深夜一人見張りをしていると、洞窟から二つの人影が出てくるのが見えた。その二つの影はまっすぐ海岸の方へと向かっていく。
こんな夜更けにいったいどうしたのだろうか。
しばらくして、なかなか戻ってこない二人を心配した僕は海岸に様子を見に行くことにした。
見張り台を降り、海岸へ。
虫の声と波の音が静かな夜を彩る。
二人はどこへ行ったのだろうか。
周囲をキョロキョロと見回していると波の音に混ざって、男女の切羽詰まったような息遣いがきこえてきた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
この声はまさにアレをしている時の息遣いじゃなかろうか。
男女の行う愛のある行為。
その声はちょうど目の前の岩裏から聞こえる。
見てはいけないという自制心と確認しなければという好奇心が心のなかでせめぎ合う。
心臓が高鳴る。
意を決して岩陰を除くとそこには……
ぱんぱんぱんぱん
「いい! いいわ! もっと!」
重なった一組の男女の影。砂浜の上でそれがいったいどれ程の役に立つのか、気持ちだけ添えられたシーツの上で一組の男女がまぐわっていた。
「くっ」
仰向けになった女性の上に男性が覆いかぶさるような形だ。
男は女の腰を掴みしきりに腰を打ち付けている。
二人の肌は赤みを帯び、互いの汗も混じり合い、もはや一つの存在といっていいようなものになっている。
「ア、アリスン……もう出そうだ」
男の声が苦しげに漏れる。
「……ええ、あなた来て」
男の体を包み込むように女は手を伸ばす。
「くぅ」
ぱんぱんぱんぱん
「いくぞ……アリスン……出すぞ……くぅぅ」
びゅるるるるるる!
「ああああああ」
男の精液を女は自分の中に迎え入れる。愛しい夫の子種。愛しい夫の子をもたらしてくれるもの。
男は繋がったまま女の上に倒れ、互いに抱き合っている。そしてお互いに貪り合うようなキス。
「すまない、アリスン。久しぶりだったから、その……」
「良いんですよ」
女の方、アリスンは再びキスをする。
「私は貴方が無事でいてくれて……再びつながることができて幸せでしたから」
「アリスン……」
男の方、アリスンの夫エドはアリスンの体を再び抱きしめる。
「アリスン。僕は決めたぞ。もう一つ夢ができた。この島を脱出したらすぐに子供を作って家族三人で楽しく暮らすんだ」
「ええ」
「君と僕、二人で作った服を子供に着せて」
「ええ」
「だから、絶対無事にこの島を脱出しような!」
「はい、あなた……」
二人は互いにそうするのがが当たり前であるかのように再び口づけをする。
二人のやり取りをアドルは岩陰から顔を真っ赤にしながら覗いていた。