「一週間乗り切った、疲れた……。あ、大荷物。通い妻ちゃんまた彼氏のところ行くの? またねー」
大学の同級生である友人が私に手を振ってくれる。私もほほに熱を帯びる感覚とともに手を振り返す。もう散々からかわれたけれども、嬉しさと気恥ずかしさで一杯になってしまう。少し声も上ずってしまう。
「行ってきまぁす」
今日も大学の授業が終わった。大学の友人に別れを告げ校舎を後にし、足早に駅に向かう。あっくんとのお付き合いはまだまだ継続中だけど、残念ながらあっくんは東京の大学に進学してしまった。当然東京の大学にはほしのなか市からは通えないし、そもそも大学生になったあかつきにあっくんはコンビニさをとめを出て、東京で一人暮らしを始めた。離ればなれである。今までコンビニの余り物とさをとめでのご飯で糊口をしのいでいたあっくんが突然一人暮らしを始めたらどうなるか。多分星野第一天文部室に泊まり始めた時のように、偏った食生活を送るであろうことは想像に難くない。おでんを差し入れするようになったのはその時からだったか、とふと笑ってしまう。あのバレンタインデーのあの日にあっくんと話したことを今でも覚えている。
「もちろんだよ。地の果てだっておでんを届けるよ」
幸いにして私が通う大学がある築波から東京には「ちくばエクスプレス」という直通電車が通っていて、一時間程度で東京に出ることが出来る。差し入れと言っても高校生のころとは違って土鍋におでんを入れてちくばエクスプレスに乗るのは流石に恥ずかしい。というよりちくばエクスプレス終点に着いてから地上に上がるまでに間違いなく、土鍋の中身を零すだろう。秋場原駅はコンコースが地下深いのだ。
築波駅の改札で予め買っておいた回数券を使って駅構内に入る。いつもの時間。電光掲示板で発車番線を確認することもしない。使い慣れた駅と乗り慣れた電車だ。そのまま終点まで行く急行の秋場原行きに乗り込んだ。二週間に一回くらい、こうして金曜日の夜からあっくんのお家に押しかけている。大学の友人にもそのことが入学早々に知れ渡ってしまい、ここでも「通い妻ちゃん」のあだ名がついてしまった。多分静泉女子から築波大学に進学した他の子からの影響も有る気はする。恥ずかしかったけど、やはり嬉しかった。あっくんに通い妻するのは自分のアイデンティティでもあり、そして「通い妻ちゃん」と言われることは「あっくんと私との交際を好意的に見ている」ことに他ならない。やはりどうせなら恋路は応援されたいものだ。
電車に揺られる中で、いつも考えていることが二つある。一つがあっくんにどんな料理を作ってあげようか、ということだ。二週間に一回であるから別に毎回同じメニューでもあっくんが飽きることは無いと思うが、そこは「通い妻ちゃん」のプライドがかかっている。毎度おでんという訳にはいかない。男の子の一人暮らしでは大体ご飯はコンビニのお惣菜か、パスタ系の鍋ひとつで出来てしまうものか、と相場が決まっている。当然お野菜が全く足りない。だからお野菜を沢山食べることが出来、かつ冷凍しておくことで私がいない間にもあっくんのご飯になりうるものを、ということを考えなければならない。お母さんに教えてもらったロールキャベツはその点、大活躍するメニューのひとつだ。後はカレーもそう。ジャガイモさえ入れなければ冷蔵庫で数日は日持ちすることに加え、いざ食べるときにもお米さえあればいい。一人暮らしと通い妻の強い味方だ。
「ふふっ」
電車の中だと言うのに、少し笑ってしまう。最早考えていることがあっくんのお母さんのそれだ。なかなか無理難題なはずなのに、考えているだけで心が暖かくなる。あっくんはどんな料理でも美味しそうに食べてくれて、毎回毎回ちゃんとおのおの感想と感謝の言葉を述べてくれる。あっくんの笑顔が私の原動力なんだと改めて思う。
二つ目は私のアルバイトだ。私はハーバータウンのプラネタリウムで週に数回、投影の補助をするアルバイトをしている。多くはお客さんの誘導であったりするわけだけれど、時折来る小さなお客さんにちょっとした星のお話をすることは楽しい。小さなお客さんは興味好奇心からみんな目を輝かせている。その様子が幼い頃のあっくんやひかりを思い出させてくれる。アルバイトをしていてよかったと思う瞬間だ。そもそもガリレオ衛星の相互蝕を「惑星観測ノート」に書き記した時に触れた不思議、その不思議を実感として解き明かした時に感じた胸の昂ぶり、それらを誰かに教えたいと思ったから教育学部に進んだわけで。静泉女子を卒業した後、プラネタリウム館長の森田さんからアルバイトのお誘いを受けた時には「渡りに船だ」と思った。