「同じのあったね」
廃駅でよく食べたポップコーンのシーズニングだが、なんとここに同じものが売っていた。数年経っても残っているこの商品はもしかすると売れ筋なのかもしれない。
ゴリ・ラホーテにおけるポップコーンの材料購入も終わり、レジも通した。スーパーマーケットだとよくあるレジ後ろの商品を詰め替える場所も、このお店にはない。圧縮陳列といい結構うるさい感じの店内になっているのがこのお店の特徴だ。上の方の階には手品キッドやらの忘年会グッズなども売っているようで、この騒々しさは私の目立つ姿かたちを隠してくれるのにはちょうどいい。
「よいしょっと。じゃあ帰ろうか」
購入した爆裂種のコーンと諸々のシーズニングや食料品の類などを詰めた袋をあっくんが右手に担ぐ。そして空いた左手を私の前に差し出してくれる。
「うんっ」
私は彼の手を握る。これからまた休日の秋場原の人混みを歩く羽目になるわけだ。重なっているあっくんと私の手の間も私の緊張で少しだけ汗ばんでしまう。エスカレーターを下り、出口付近の謎のアクセサリーショップやらを素通りして、大通りの歩道に合流する。歩道上ですれ違う人が次から次へと私のことを見ている。外国の方も結構多い秋場原であるが、やはり銀髪と私の瞳とは珍しいらしく、そういった方も私の方をチラチラと見ている。私はそんな視線を極力見なかったことにしようと思い、あっくんに話しかけた。
「あっくんは、ゴリ・ラホーテ、よく行くの」
「まあな。ちょっとした雑貨とかはあそこが一番便利だしな」
答えながらも歩みを緩めないあっくん。人の流れの都合上歩みを緩めるわけにもいかないのであろうし、一刻も早くこの場を抜けたい私の不安を、組んだ掌から汲み取ってくれているのかもしれない。
「あそこ、すごいよね。なんでもあるんじゃないかって思っちゃう」
「ああなんでもあるな。土地柄か知らないが、コスプレ衣装まであったりするもんな」
「すごいね。そんなのまであるんだね」
少し感心する。秋場原といえばいわゆるオタクな人たちが集まる場所でもある。私もツイッターをやっているのと静泉女子の実質漫画部兼天文部員だった同級生のおかげでわかる。勿論私のアカウントをあっくんは知らないはずだ。
そんなことを考えていると前を歩くあっくんが何かを頷いていた。
「どうしたの」
「いや、沙夜がコスプレしたら、それはもうスゴイんだろうなって」
「……あっくんは、そういうのが好きなの」
静泉女子漫画部のみんなに際どいコスチュームを着せられそうになった思い出が蘇る。その時の服は肩も丸出しで、背中まで大胆に切れ込みが入っていた。膨らんだスカートにはレースが沢山付いていて何かのお姫様のような衣装だった。とはいえ妙に露出が多くて着るのはかなり恥ずかしかったため、私は固辞させて貰ったのだった。
あっくんにもその手の趣味があるのだろうか。気にはなる。
「おう。というか男はみんなそうだ」
ぶっきらぼうをしているあっくんはかわいい。それは差し置いてこれが本当であるかは今後に影響するだろう。私としても新妻シチュエーションは大変盛り上がるが、あっくんとそれ以外にも色々なことをしてみたい思いがある。私も女の子で、女の子はキレイに着飾りたいものだ。それで彼が喜んでくれるのであれば願ったり叶ったりだ。
「ほんとに」
「ホントホント」
統計データがあるかのように断言するあっくん。裸エプロンときのデジャブを感じた。
「そうなんだ……」
「そういえば、沙夜の服のサイズってエスでいいんだよな」
「うん、そうだよ」
私はそれに首肯する。私はそこまで大柄ではない。むしろ小柄な方だ。おっぱいももう少し大きく膨らんで欲しかった気持ちもある。ひかりみたいに立派に育たなくても大丈夫だとのことで、あっくんの趣味が特殊で良かったとやはり思う。
わかったとあっくんが返事を返してきたときには、私たちは秋場原の目抜き通りを外れ近所のスーパーマーケットのすぐ近くまで来ていた。
「ポップコーンだけだとさすがにご飯にならないだろうから、なんか買うか」
「あっくんが必要なら」
お店の中に入ると、内側は暖房が少しだけ入っていて、外よりも暖かかった。私とあっくんの手はまだ繋がれたままで、そのうちじんわりと汗ばみそうだと思った。
「沙夜は昔からあんまり昼を食べないよな」
あっくんが言うことは正しくて、私は菓子パン一・二個とジュースのみでお昼を済ませてしまうことが多かった。もしかするとそれがおっぱいに影響してしまったのだろうか。さをとめのおばさんからたまに豚まんをいただいていたことを思い出した。
「うん、お母さんが朝用意してくれてたから」
「俺も店長と結構朝一緒してたんだけどな。昼どころかおやつにカップ麺だった」
「あっくんは育ちざかりの男の子だったし、朝も夜もいっぱいアルバイトをしていたからだよ」
あっくんは頑張っている。それは私が一番よく知っている。気恥ずかしいのか私から目線をそらしながらあっくんが言う。
「タケといい、男子学生はみんなそんなもんだ」
「えらい。あっくんはえらい。なでなで」
私は彼の頭を撫でる。彼とは身長差があるので私は背伸びをしながらだった。彼の両手は私の手と先程買ったポップコーンの材料とで塞がっていて、彼は目を細めながらされるがままだった。
「沙夜、そろそろ」
「あっ」
彼の頭を撫でている時間はものの十数秒だったと思うが、私とあっくんとを遠巻きにチラチラと眺める人もいた。ここはお外であるからこそ、そういうことは程々にしなければいけない。あっくんのこととなると私の中の優先順位が全ておかしくなってしまう。自重を覚えなければいけないだろう。
周囲に居た他のお客さんに軽く会釈をし、あっくんと私は買い物を再開した。彼と繋がっていた手も解かざるを得なかった。
「何を食いたい」
あっくんが私に尋ねてきた。
「ポップコーンでだいぶお腹いっぱいになっちゃうと思うから、少しだけ」
「ふむ。……おでん、は無いよなあ」
「どうして」
しみじみと言う彼と、それを不思議に思う私。
「おでんと言えば沙夜んちのおでんだったから。やっぱり違うんだよ」
やはりあっくんにとっては私のお母さんのおでんが青春の味ということなのだろう。私も幾度となく彼におでんを差し入れた。大学生になってからもたまに私があっくんのお家でおでんを作るものの、やはりお母さんが作るおでんの味とは違ってしまう。原因がどうしても判らずに、その理由をお母さんに聞いてみたものの、「娘の恋愛成就祈願と長年の勘よ」と適当にあしらわれてしまうのだった。
「今度お母さんにお願いして、タッパーに入れて持ってこようか」
「いや、俺の彼女は沙夜だから。沙夜の手料理が食べたい」
「あうぅ」
こんなことを真顔で言えるのだから、あっくんはモテモテになるのだと思う。彼は殆ど気がついていなかったようだけど。ひかりもそうだ。私が「通い妻ちゃん」と呼ばれ始める前には、星野第一にも彼を狙っていた女の子も居たらしい。
「……あっくんはモテモテだよね」
「そんなことはないぞ。沙夜に告白されるまでは独り身だったし」
突然の言葉に驚いて目を広げるあっくんだった。そういうことではないのだけれど。
結局彼と私は小さなそぼろご飯のようなものを買い、家路を目指した。お店を出た直後から私はあっくんの手を取った。彼の右手にはポップコーンの材料が、左手には今買ったご飯があったが、両方を今あっくんは片手の手首に掛けるようにして持っている。少しだけあっくんを自らに触れさせておきたかった。というのも中学時代や高校の最初の頃あっくんを狙っていた女の子への嫉妬心が私の中で鎌首をもたげかけていたからだ。やっぱり私にはまだイヤな女の子が少しだけ残っている。
「ねえあっくん」
「どうした」
「ぎゅーっ」
私は返事をする代わりに掴んでいた彼の腕を自分の胸に抱きしめた。本当は後ろから背中に抱きついてしまいたかった。今更こんなことをしてお互いに赤くなるような初々しいカップルではない私たちだけれども、二週間に一回の逢瀬の間くらいしっかりと恋人らしく出来たらと思う。
スーパーから程なくして、あっくんのお家に戻ってきた。十二時にも行っていないほどの時間で、やや早かったお昼ごはんを思うとちょうどいい時間だろう。あっくんが鍵を開け、扉を開いた。蝶番が控えめなきしみ音をたてる。
「ただいま」
「お邪魔します」
誰もいない事は分かりきっているが、二人で挨拶をする。扉を閉めると遠くの方から聞こえてくる車のエンジン音であったりが遮断され、一気に静けさが辺りを支配する。
「沙夜はあっちでゆっくりしてて」
あっくんが外向きのジャケットをラックに掛け、家に上がり、小さなフライパンを取り出した。私は彼の言葉に頷き、コートをラックに掛け、手を洗った上でリビングへといそいそと移動した。
台所の方からはコーンを容器に乗せているであろう音が聞こえてくる。私はそれを聞き流しながら彼の部屋をぐるりと見回した。望遠鏡が入っているケースが部屋の隅の方に置かれていた。始まりの望遠鏡、ご両親の形見の望遠鏡。星が殆ど見えないこの東京の都会において活躍の機会は余りにも少ないのであろう。ホコリを被ったりなどはしていないことを鑑みるに日々手入れをしてはいるのであろうが、その活躍頻度はなんとも悲しい。また衣類棚の上には見覚えのある小さな箱が置かれていた。
「あ、あれ」
見覚えがあるどころの話ではなくて、これは私があのバレンタインの時にあっくんにプレゼントしたチョコレートの外箱だった。あのデートはあまり形に残していなくて、私のスマホに入っているお料理の写真と、この箱程度のものだった。
「沙夜ー。ポップコーンの味、どうする」
台所からポップコーンがその名の通り弾ける音とあっくんの声とが聞こえてくる。
「えっとね、コンソメが食べたいな」
ひかりが帰ってきてから初めて三人で食べたポップコーンも私のリクエストでコンソメ味だった。
「オッケー」
台所から物音がする。大方彼がフライパンを振り、シーズニングを混ぜ合わせているのだろう。リビングの方まで洋風のいい匂いが漂ってきた。
「お待たせ」
「ありがとう」
洗い物を減らすために余計な皿は使わない。それが廃駅での鉄則で、今回もフライパンのままでポップコーンが来た。ホカホカと湯気を立てる様子は、やはりこれが冷えた冬山で食べるにうってつけのものであることを示していた。
スーパーで買ってきたそぼろご飯のパッケージも開ける。購入時に割り箸も二膳貰っていたため、この昼食での洗い物は殆ど無い。風情がある。
「いただきます」
二人で同時にポップコーンに手を伸ばす。ふわふわとした食感に少々エッジが利き過ぎている塩味が味覚を刺激する。コンソメの香りもかなり強く鼻を通り抜けている。これは味としては不味くはないが特別に美味しいものではない。
「ふふっ」
「おう」
私から笑顔が溢れる。あっくんもまた同じくだった。どうやらお互いにそこまで美味しいとは思っていないらしい。
「びみょう、だね」
「微妙、だな」
廃駅ではその場の雰囲気がいい調味料だったということなのだろう。私は全く経験がないが海の家の焼きそばに対してよく見かける評価に近いものだと思う。微妙と言いながらも箸で取っては口に含みを繰り返していくのだった。
「あーん」
あっくんの目前に私は自分の箸でポップコーンを出す。あっくんがそれを口で受け止め、咀嚼する。
「あっくん、美味しい」
「……微妙」
「そっか」
そういうものだ。巷で言う最高の調味料も過剰な塩味には勝てないし、勝ってはいけない。
「沙夜も。ほい」
「あーん」
「どうだ」
「……びみょう」
また二人で笑う。ポップコーンの味の感じ方の違いが、今と昔の差を表しているのかもしれなかった。