ポップコーンはすぐに無くなって、そぼろご飯も私は数口だけ貰ったあとあっくんが全て食べてしまった。お昼ごはんもおしまいで、そろそろ午後一時に差し掛かろうかという時間で、あまり遠出は出来そうにない。
「あっくん、この後どうしよっか」
「そうだなぁ」
時計をちらりと確認したあっくんは、腕を組んで考える姿勢に入った。一分もせずに頷き始めた。すぐに何かを思いついたようであった。
「沙夜、なにかやりたいことあるか」
「私はあっくんのポップコーンが食べられたから満足したよ」
味は微妙であったけれども、あっくんの作ってくれた「夜食」は私の心を温めてくれる。
「それなら、夜食の後にはやっぱり星だよな」
「星……。いいね。プラネタリウムだね」
彼が首肯する。
「おう。まだ昼だし時間はあるし、この前行ったところじゃないところに行こうかと」
「ちなみに何処に行くつもり」
「勝鹿区の区立のプラネタリウム。結構いい番組だったし。たくさん見られる」
東京にはプラネタリウムがたくさんある。市町村が運営するプラネタリウムというものがあるらしく、一般に結構安価らしい。クオリティはピンからキリまで幅広いとあっくんは言っていた。私は一回も行ったことがない。一方で商業施設の中に存在するプラネタリウムは中々のお値段がする代わりに、随所に拘りが見られる。ゆえにそのプラネタリウムが何処をウリにしているのかを把握する必要がある。ハーバータウンのプラネタリウムでは館長の森田さんのこだわりで二球式の投影機を使った番組を扱っている。他にも例えばスカイトゥリーのところにある施設では投影の美しさと会場の雰囲気の良さを重視しているようだ。あっくんとのデートで一回だけ行ったことがあるが、結構な数のカップルが居た記憶があるし、カップルシートなる二人がけのソファ席もあった。
「たくさんって、どういうこと」
「ああ、そこは一日に何番組も投影しているんだ。で一番組辺りの値段も安い。だから三番組くらい見ても、スカイトゥリーのあそこと同じくらいだと思う」
具体的な値段をおおよそで聞く。流石の公共施設だ。お安い。大学生になる前からバイトをしてお金を貯めて、それで一人暮らしをしているあっくんのことを思うと、懐に優しいということは至上命題だった。
「いいね。ほしのなかでプラネタリウムといえば、ハーバータウンのあそこだけだったから、楽しみだね」
ほしのなか市には公共施設のプラネタリウムが無かった。よって私は一回もその手のプラネタリウムに訪れたことがない。
「じゃあ出発準備するか」
あっくんの号令で、身仕度が始まった。
ポップコーンの後片付けも終わり、二人で一緒に家を出て、再びあっくんが家の鍵を閉める。洗濯物の類はまだ乾いていなかったが、どうせ私は秋場原駅から帰ることになるので、築波エクスプレスで帰路につく前にもう一度あっくんの家に寄らせてもらえばいい。通い妻キットはお出かけで持ち歩くには少々多すぎる荷物だった。
大学の授業の様子がどうだ、といった他愛のない話をしながら歩いて行く。教養の第二外国語が厄介であることはどの大学でも変わらないものだ。折角の機会であるので、私は彼の手を握っている。
「どうやって行くの」
「このまま植野まで歩いて。で京西線に乗っていく」
「植野ならすぐだね」
東京ではひと駅ひと駅の間隔がとても狭い。現在地から植野まではUR数の山ノ手線で一区間と少しだし、実際にあっくんの家から彼が通う明示大学までは電車で一区間分以上あるが、彼は毎日電車を使わずに通っている。ほしのなかの辺りではUR数区間分を徒歩でいくことは考えられない。何時間かかることか。
植野駅周辺まで出てくると、さすがに人通りがかなり多い。土曜日であることも相まって博物館方面への人の流れがある。相変わらず私に視線が結構集まっていることを体感する。少しだけ怖い。私は彼の手を握って、その視線をやり過ごすことにした。
昔は電車に乗る前に切符を買っていたのだが、今はKABOCHAというIC切符が登場した。KABOCHAに予め現金をチャージしておけばいい。私も大学に通うために持っている。あっくんも普段から電車を使うわけではないが、電子マネー代わりに持っている。
改札を通り、目的地に向かう電車が待つプラットホームへ移動する。ホームにて一本空港行きの特急を見逃して、その後に続く各駅停車を待つ。五分も待たずに電車が来た。URと違って私鉄の特急は別に差額料金がない。ゆえに殆どの利用者は一本前の特急に乗っているため、この鈍行電車はかなり空いている。十五分もせずに目的の駅に着くらしい。人の視線から開放された私は両手を頭の上でバンザイし、身体を伸ばす。
「むくくっ。ふぅ」
ため息をついた私の頭をあっくんが頭を撫でてくれる。
「どうしたの」
「いや、伸びている沙夜がかわいかったから」
土曜日と言っても昼間の下りでしかも鈍行だと、途中駅でも殆ど利用者は乗ってこない。よってあっくんの好意の行為を私は止める理由がない。私はされるがままになりながら、電車に揺られていった。
お花茶店という駅で電車を降りた。お花が飾ってある茶屋でもあったのだろうか。周りも見渡しても老舗のように見える喫茶店のようなものは存在しなかった。不思議だね。そのまま駅の北側へと大通り沿いを歩いて行く。
「駅からどれくらい歩くの」
「十分もしない」
「そっか」
基本的に駅前には公園があって、少し離れるとマンションがあって、更に離れると一軒家が見え始める。東京におけるベッドタウン的な街なのだろう。ここも人通りは全然で、私は気楽に歩くことが出来る。
きょろきょろと私が周りを見ていると、電柱に貼り付けられた広告看板の下にこの辺りの住所が書いてあった。
「勝鹿区、白鳥……。スゴイね。白鳥って会長さんの苗字と同じだね」
「な。本人に知らせたらちょっと喜びそうだな、って思った」
やがてプラネタリウムでよくある球体のドーム状の屋根を持つ建物が見えてきた。
「あっくん、多分アレだよね」
彼が頷く。数階建ての建物の上に半球状のドームが生えていた。あっくんは私を連れて手慣れた様子で自動ドアをくぐり入っていく。
この施設のパンフレットがあったので、私はそれを一枚拝借した。入口右に券売機があって、あっくんはそこでチケットを買っている。
「あっくん、私が」
「さっきも言ったけど、ここは全然安いからな。いいよ」
「でも」
「それに俺はこれあるし」
彼が購入したチケットのたぐいを私に渡してきた。公共スペースでの押し問答は程々にしようと思い、私は引き下がる。彼の反対側の手には赤色のカードがあった。
「それは」
「ここの年パス。東京で星を見続けようと思うとどうしてもこういう所に来るしか無いからな」
プラネタリウムの年間パスポートを買っているということは、どうやらあっくんは東京に来ても夜空を見上げて、星をキレイだと思う気持ちは失っていないらしい。その事実が嬉しくて、私の心が暖かなもので満たされていく。彼の手を握る力を強める。今度は幸せな気持ちでだった。
係員さんに入場チケットをお見せして、建物中央の階段を登っていく。途中でキレイなステンドグラスのようなものが目の前に広がった。そして目的のプラネタリウムは三階にあった。プラネタリウムの入口には既に並んでいる人が数人いた。
「次の投影までは、二十分くらいか」
「あとどのくらいで入れるのかな」
「十分も待たないと思う」
そうならと、パンフレットを開き、二人で一緒に覗き込む。どうやらこの建物の二階は郷土博物館であるようで、三階に天文関係の展示があるようだった。屋上には大変口径が大きな望遠鏡がセットされているらしく、たまに利用者を招いて観望会をやっているらしい。
「観望会……。懐かしいね」
「ああ。プレアデス一号のデビュー戦だったな」
沁み入るものがある。あっくんは星が今も昔も大好きだ。そのあっくんが一時期意図的に避けていた星を、彼のもとに取り戻した契機が、あのむつらぼしの会のクリスマス観望会だった。彼は自分が苦しいときにはそれを一人で抱え込んでしまう。だまし討ちのような方法でもいいから、それを私たちに吐き出して欲しかった。クリスマスツリー星団を綺麗だとあっくんが言ったときには、私も本当に嬉しかったし、それは私の中で燦然と輝く学園時代の思い出だった。
「今日は観望会あるのかな」
「無いらしい。航空宇宙の専門の先生が講演をしに来るらしいから、そっちに人がかかりきりだと」
「そっか。残念」
間が少し悪かったようだ。本物の星空をあっくんと観望するのは次の機会に取っておこう。今はこれからまみえる仮想の星空を一緒に見よう。
そうこうするうちに入口で拝見した係員さんがプラネタリウムの前にいらっしゃった。
「今から入場を開始します。お手持ちのチケットにスタンプを押しますので、手元にお持ちください」
係員さんの案内の声が通り、先頭の人が係員さんにチケットを手渡した。そのチケットに係員さんがスタンプを押す。まるで昔の電車の切符切りのようだ。数人がそのままドームの中に吸い込まれる。私たちもチケットにスタンプを差し出す。係員さんは笑顔で言葉とスタンプとを返してくれる。
「お待たせしました。後にも投影はございますので本日は沢山お楽しみください」
「わわっ。どうもありがとうございます」
私もハーバータウンのプラネタリウムでアルバイトをしている身だが、ここの係員さんは自然な所作で私たちに声をかけてくれる。建物入口での会話や今の様子から、あっくんと私がカップルで、プラネタリウムデート中であることを見抜いているのだろう。人見知りがまだある私とではその実力は雲泥の差で、最終的な高みはお客さんを観察して彼彼女らが求めるものを把握することなのだと私は思った。
ドームは天井の半球が斜めにセットされていた。客用座席も階段状にセットされている。つまり上を向かなくても投影がよく見えるようになっているのだろう。座席がリクライニングするハーバータウンのプラネタリウムも良いがこういうのも良い。
「自由席だから上の方でいいよな」
あっくんの声に私は頷く。ベストポジションは大体決まっていて、投影を司っている係員さんの調光室から番組の最終チェックが行われる以上、そのの近くが投影を楽しむには良いはずだ。このプラネタリウムではそれは階段配置の一番上の部分に該当する。
私たちより先に入場した方数人も一目散に上を目指していた。
「えいしょっと」
私もあっくんに手を取ってもらいながら、上に行く。彼に手を引かれ星空観望に向かっていると思うと、なんだか本当に小さな頃に戻ったみたいだ。そして最上部の真ん中から少し下手側に外れた五席だけの島の中央より二席を取った。彼は当然島の端ではない方に座り、私が残った島の端に座る。彼のさりげない心遣いは、私の心に沁み入る。
「あと十分あるし、沙夜、お手洗いとか必要なら先に行ってきな」
「ありがと。あっくん、ちょっと待っててね」
私は彼にコートなどのちょっとした手荷物を預けて、座席を離れた。
色々な事前準備も終了し、二人並んで座席に腰掛ける。私たちが座る座席の島には、結局私たちと反対側の端に、妙齢の夫婦二人組が座っていた。年をとっても夫婦二人でプラネタリウムに来られるというのは素敵だと思う。
「いいなあ」
「どうかした」
「ううん。なんでもない。そろそろだよ」
私は少々強引に話を切り上げた。ちょうどチャイムと同時にドーム内の灯りが暗くなっていった。ざわついていたドーム内が一瞬で静謐な空間へと変わる。
「本日は当館ににお越しいただき誠にありがとうございます。これより我々が皆さまを星空の世界へご案内いたします。ですがその前に皆さまにいくつか注意事項をお伝えいたします」
マイクを通しても凛と通る声だった。暗くなるから途中入退室には特定の出口を目指してくれ、などの放送が流れる。
「星空の世界では携帯電話は通じません。電源を切るか、マナーモードに設定の上カバンの中などにお仕舞いください」
客席から一笑いが起こった。注意事項にユーモアを加えられるのはいいと思う。すぐにドーム内のざわつきは収まって、いよいよ投影の開始だ
「では皆さまを星の世界へお連れします。さあ目を閉じて。十、九、八……」
暗順応を軽くだけやらせようという試みだろう。ハーバータウンでもよくやる手法だ。とは言え隣にうっすらと見えていたあっくんの様子を、目を閉じてしまうと見えなくなってしまう。私はこっそり隣のあっくんにもたれかかりながら、その手を握った。
「ニ、一、ゼロ。皆さまお待たせしました。星の世界へ到着いたしました」
ナレーターの方の声に従い、目を開く。
「っ」
私の視界にはプロジェクト・スターライトのときの夜空が如き満天の星空が広がっていた。周囲も少しざわついている。あっくんと繋いだ手と、もたれかかったから肩から、彼の興奮の様子がありありと伝わってきていた。
「時刻は本日夜の十時の星空です」
星は、キレイだ。夏の星座であるはくちょう座などは天頂近くであり、アルビレオは充分にその存在を認識できる。そのまま私たちは公立の施設とは思えないクオリティのプラネタリウムに浸っているのであった。
やーみ多忙につき、次"話"更新は二月末になりそうです。
年度末までには完結させたいと思います。申し訳ありません。