旧みかづき天文クラブ面々でお誕生日会をするお話です。
天ノ川沙夜ちゃん、お誕生日おめでとう!
なおR18シーンはありません。
「ハッピバースデイ、トゥーユー。ハッピバースデイ、トゥーユー」
「ハッピバースデイ、ディア沙ー夜」
「ハッピバースデイ、トゥーユー」
ひかりとあっくんの声が暗闇の中で聞こえた。目の前にあるものはゆらゆらと揺れるオレンジ色の小さなな光が複数個。淡い火によって部屋の隅に片付けておいたうさぎのぬいぐるみまでもが照らされていた。
「さあ沙夜、ろうそくの火を消して」
「わわっ」
ひかりが私を急かす。私は自らの唾液が極力飛んでいかないように、優しく目の前のろうそくに息を吹きかける。
「ふーっ」
「沙夜たんはこんなところまでおしとやかだなあ」
あたりが暗闇に包まれる。ひかりの声も聞こえてくる。もう、ひかりったら。そして部屋の出口の付近で物音がし、スイッチを入れる音がした。
LEDの照明に通電し、部屋がすぐに明るくなる。ここは私の家の私の部屋。そして薄クリーム色のカーペットに私とひかりが座っていて、目の前にはろうそくが沢山刺さったショートケーキが鎮座していた。そう、今日はあっくんとひかりが私のお誕生会を開いてくれたのだ。
「さあ、食べよう」
「ひかり、主賓を差し置くんじゃない」
「えー」
私の後ろからあっくんが呆れた声を挙げ、それにひかりがぶーぶーと文句を垂れる構図だった。むつらぼしの会も卒業し、三人とも別々の進路を選んでしまったため、中々三人で会う機会には恵まれない。私とあっくんとは定期的にお互いの家にお邪魔をして、私は通い妻を継続しているのだが。この雰囲気はなんとも懐かしく、胸に温かなものがこみ上げてくる。
「ふふっ。ありがとう、二人とも。これ、あっくんが作ったケーキだよね」
「おう」
あっくんがそっぽを向いてぶっきらぼうしている。かわいい。私は分かっている。このケーキは、あっくんがバレンタインデーにむつらぼしの会の面々から貰ったチョコレートのお返しに、とあっくんと私とで協力して作ったレシピのものだ。あっくんは決して物覚えが悪いわけではない。結構前のケーキのレシピであったが、覚えてくれていたらしい。
「沙夜のお母さんにも後でお礼を言っておかないとな、キッチン借りたし」
「そうだね」
我が家と言っても私とお母さんだけだが、家族ぐるみであっくんをよく知っている。私に話を通すことなく我が家のキッチンを使えたということは、おおよそひかり経由で話が行ったのだろう。
「そこー、カップルー、寂しい独り身のことを放っておくなー」
「ごめんごめん」
ひかりがうらめしやと言わんばかりだ。私は包丁を手に取って、ケーキを切り分けていく。ひかりとあっくんは沢山食べる。取り分けるケーキのサイズも大きい方が良いだろうと判断して、ホールケーキを八等分にした。
「二人とも、お皿頂戴」
私の号令に対し、我先にとひかりが皿を差し出してくる。私は彼女の皿に、八分の一カットのケーキを二つ載せた。
「おおっ」
「どうせひかりはすぐ食べちゃうでしょ」
「さっすが愛しの沙夜。わかってるぅ」
ケーキを持っていなかったら飛びついて抱きしめられそうなひかりの勢いだった。ひかりのおっぱいに埋もれた思い出が蘇る。大きなおっぱいは人を窒息させることが出来る。すごい。
「あっくんは一つでいいよね」
「ああ、ありがとう」
あっくんはそこまで甘いものが得意ではない。あっくんのためのバレンタインのチョコもビター気味に作った私は知っている。故におでんであればひかりと同程度に食べるであろう彼も、お菓子のたぐいは程々だ。
私も自分の皿に一ピースだけケーキを取り分けた。そして三人で手を合わせる。
「いただきます」
ミニフォークでケーキの先端を切り出し、それを口に含む。クリームの濃厚過ぎる部分が泡立てられてホイップになったことで中和され、口当たりが良くなっている。スポンジの焼き加減も完璧で、ふわふわとした食感が堪らない。全体的に甘さは控えめで、いわゆる重さを感じない。有り体に言ってしまえば、とても美味しいのだった。
「んんーっ、美味いっ」
ひかりは目を見開き、フォークを動かす手を早めている。あっくんも頷きながら食べ進めている。
「あっくん、ケーキ美味しいよ」
「良かった良かった。沙夜のレシピのおかげだ」
「えへへ、嬉しいな」
あっくんが私の頭を撫でてくれる。私はそのお返しに自らのケーキをフォークに刺し、彼の眼前に持っていく。
「はい、あーん」
「あーん」
あっくんが私の差し出したケーキを食んでいる。
「どう?」
私の質問に、あっくんは親指を立ててグーサインをする。口にケーキがあるので喋ることが出来ないからのようだ。
「おぉ……、さすがカップル」
ひかりが感嘆の声を挙げる。私はパタパタと手を振る。
「そんなに、感動することでもないよ」
「もうコロコロの時とは違うのね」
「そうだよ。もうそういうのとは違うんだから」
あっくんとのお付き合いを始めた時、私を恥ずかしがらせるためにひかりの入れ知恵であっくんがしたのが、コロコロで私のお尻についたコタちゃんの毛を取ることだった。あれから色々とあった結果、私はひかりへの申し訳無さが多少赦されたと思う。だからこそひかりにも別にこの様子を見せてしまってもいいのだと思う。とはいえ少しだけまだバツの悪さは残っている。
「ごちそうさまでした」
ケーキが空になった。私のお誕生会も終わりだろうかと思っていたら、そうではないらしい。
「というわけで、暁斗。アレ、取ってきて」
ひかりの号令にあっくんは頷いて、部屋を出ていった。私はその理由が気になってしまう。
「ひかり、アレってなに」
「いいからいいから」
何々、とひかりをせっつく私。ひかりはひかりで満面の笑みを浮かべながら私をあしらっている。大方何かのサプライズだろう。ひかりとあっくんがタッグを組んでやることだから、けが人は出ないだろうという意味での安心だけはある。
「……入っていいか」
十分もせずに、あっくんの声が部屋の外から聞こえてきた。少しだけいつもより声が上ずっている。何だろうか。
彼が扉を開けて入ってくる。黒色のスーツのようなものに身を包んだあっくんは目が泳いでいて、どうやら羞恥の様子だった。何だろうか、素材から高級感を覚えないので、黒服の何かのコスプレだと思うのだが。
「……」
「おお、いい感じじゃん」
無言で固まる私に対して、ひかりが拍手を彼に送る。何か言おうとするあっくんを手で制して、ひかりが私の手を取って立ち上がった。
「というわけで。暁斗、ちょっと待っててね」
「わわっ。どうしたのひかり」
私はひかりに引っ張られて部屋を出る。結果あっくんが私の部屋に一人取り残された形だ。部屋の扉を閉めて、隣の部屋へとひかりの先導で移動する。ひかりもひかりで私の家によく遊びに来ていたし、ケーキのことで私のお母さんを既に抱き込んでいるから、私の部屋以外を使ってもいいや、と私は判断した。
隣の部屋につくと、先ほどまであっくんが着ていたであろう服がまとめて置かれていた。少しだけ心を惹かれるものがあるが、今はひかりが居るのでガマンだ。
「パジャマパーティーをやりたい、って話。私が海外に行く前にあったじゃん」
「……。ああ、あったねぇ。懐かしいね」
あっくんとひかりとでパジャマパーティー、実現したら面白そうだなと思ったものだった。
「で、今回やろうって暁斗に言ったのよ。で色々話しているうちにどうせならもっと面白くしよう、という話になって」
「ゴクリ」
私は緊張で唾を飲み込む。あっくんとひかりがタッグを組んだときには大抵突拍子もないことが出てくる。真冬に寒中水泳していたり、露天風呂で混浴をしたりしたものだ。
「で、コスプレパーティなんて良いんじゃないかなってなって」
ああやはり。あっくんのあの黒服はコスプレで間違えていなかったようだ。ということは私たちも何らかのコスプレをして会の続きをやるのであろう。アイデアとしては面白そうだ。お互いに恥ずかしい思いをするならお相子であろう。しかし一つ問題がある。
「でも私何も用意してないよ」
「というわけで予め暁斗に、沙夜の分を買ってきてもらったのよ。これなんだけど」
「ええっ」
流石に驚いた。毛糸で出来ているのか、白いモコモコとしたものがついた外套を手渡される。
「ひかり、これ……、どうぶつ」
「ヤギ。沙夜山羊座だから」
あっけからんと言うひかり。流石だ、流石のひかりだ、と私は感嘆することしか出来なかった。
私の着替えは外套を纏い、フードのようになっている頭部分のパーツを被るだけなのですぐに終わってしまった。
「ふふっ、意外とモコモコしていて楽しいね」
「でしょうにー」
私の感想に、ひかりが合わせる。そのひかりの方を見ると彼女は着替え途中の様子だった。彼女の服は赤色を貴重として様々なパーツが有るようで、どうやら大変そうだった。
「大変そうだね。何のコスプレなの。手伝おっか」
「いや大丈夫、ありがと。なんかね、新年初夢の中でどこかの世界で私が最高レアリティの魔法少女になって敵をバッタバッタとなぎ倒していたのよ。なんかボスがぷりちー、とか言ってた。んで、それ」
「魔法少女」
「そう、魔法少女」
最早着いていけない感があった。私はひかりの思考を理解することを諦めて、自分のコスプレの出来を、部屋においてあった鏡で確認する。モコモコに覆われた胴体。フード部分はモコモコが抑え気味で、フードの顔部分にはモコモコが無くて、つぶらな瞳が縫い付けられている。頭の天辺からはフェルトか何かで出来ているのであろう柔らかな角が、くるくると何周かして伸びていた。
「フードの辺り、かわいいね」
「でしょうにー」
ひかりご自慢の品のようだ。確かに楽しい。……ってあれ、これは。
「ねえひかり、一つ聞いてもいい」
「どうかした」
あらかた着替えを済ませきったところのひかりに私は気がついてしまったことを質問する。
「これ、ヤギじゃなくて、ヒツジじゃ……」
「似たような見た目だし、いいかなーって」
「ぜんぜん違うよ! かわいいけどぜんぜん違うよ!」
モコモコの正体はヒツジだった。なるほど確かに毛刈りした後のヒツジとヤギは結構似ているような気もしないでもないが。
「ヒツジン沙夜たんすっごいかわいいー。モフモフさせて」
ひかりが抱きついてくる。魔法少女コスで普段の制服より強調されたおっぱいが私の眼前にあって、私を窒息させにかかる。なんだかもうヒツジとヤギの差が些細なものに思えてきた。
「むぎゅう。ひ、ひかり。息が」
「ヒツジン沙夜たん萌えー」
「むくく」
くるしい。
ひかりのおっぱいの暴力にプライドのような何かを破壊されたあと、私はおっぱいから開放された。そして二人で抱きしめられたあっくんが待つ私の部屋に戻る。ひかりが後ろから私を抱きながら歩いている構図だ。背中に柔らかな双丘があたる。
「じゃじゃーん」
ひかりの掛け声と共に扉が開け放たれた。ひかりも私を抱きしめるのを止めて、私と扉の隙間をするりと抜ける。あっくんの眼差しはひかりの方へと行く。あ、あっくんの鼻の下が緩んだ。嫉妬心が仄かに鎌首をもたげてくるものの、ひかりのおっぱいは目を引くから仕方がない。彼はすぐに首を横に振って、私の方を見てくれる。今度のあっくんの表情は笑顔で緩みきっていた。あっくんに喜んでもらえているようで嬉しいものの、ヒツジのコスプレなどはしたことがなく、少々気恥ずかしいものがある。
「あっくん……。どう、かな」
「沙夜って、何を着てもかわいいんだよな」
「えへへ」
しみじみと言うあっくんであった。一方でひかりもひかりで負けてはいない。
「ねえ暁斗。あたしはどうよ。魔法少女だぞ」
「ああ、似合ってる。かっこいいな」
ひかりの方を見るときのあっくんの視線は、ちらちらとおっぱいの辺りに行っていた。
「ありがと。でも女の子にかっこいいってのはどうなのかね暁斗さんや」
「可愛い彼女の前で、他の女の子に可愛いとは言いにくいな」
「くぅう。これがカップル。負けた」
握りこぶしまで作って、ひかりが悔しがっている。私までなんだか申し訳なくなってくる。
「あぅ……。ごめん、ひかり」
「ううん沙夜のせいじゃないから。暁斗にもう少し甲斐性があれば……」
「おいこら浮気を推奨するんじゃない」
ほろりと泣き真似をするひかりにあっくんがツッコミを追撃する。私の強烈な罪悪感の根源を、こうしてギャグとして消化してもいい空気にしてくれている。ひかりへの感謝の念が強くなると同時に、やはり申し訳無さも湧く。私はこの感情を一生忘れてはいけないのだと思う。
「ヒツジと、シツジって。プププっ」
しみじみとしていたら、ひかりのオヤジギャグが聞こえてきた。色々とぶち壊しである。
ひとしきりあっくんとひかりがヒツジコスの私を撫で回した上で、夜も遅いからと宴の終了を告げた。当然ひかりも今から実家に帰ることはなく、みかづき天文クラブメンバーでのお泊まり会になったわけだ。とはいえあっくんはすぐに階下に降りてしまった。
部屋のさり際にあっくんとひかりが二、三言葉をかわした。
「沙夜とひかりでベッドで寝な。俺は下のリビングで寝させてもらうから」
「いやあたしが降りるよ。沙夜と暁斗で寝なよ」
「沙夜も勿論だけど、幼馴染として大切なひかりを床で寝かせておいて、男の俺がベッドだなんてそんなことが出来るかよ」
「……ありがとう、暁斗」
「それに……。まあいいや」
実際私のベッドは密着すれば二人で寝ることが不可能ではない。あっくんにとっても私にとってもひかりは大切な親友だ。だから私は元からあっくんの下で寝る、という意見を受け入れていた。ひかりも彼の言葉と意見とを尊重することにしたようだった。
二人で布団に入り、電気を消す。壁に近いほうが私だった。夜の月明かりがカーテンの隙間から部屋に入ってくる。ひかりと私は向かい合っていた。幼い頃には幾度となく至近距離で見た彼女の顔は、夜闇と月明かりの影響もあってか、なんだか数段大人びて見えた。
突然ひかりが私に話を振ってきた。
「暁斗って、良いやつだよね」
「……。うん」
同意する。普段の少し抜けたようなところもかわいいし、他人のために頑張ってしまう彼も格好いい。星空を眺めて目をキラキラさせる彼は、星空と同じように輝いていた。
「暁斗を基準にしちゃうと、なかなかいい男がいなくてね」
「ひかり……」
ひかりもあっくんを好きだった。もしかするとひかりがあっくんに選ばれていたかもしれなかったし、そちらのほうがむしろ可能性は高かったし、そちらのほうが選ばれるべきだったように昔は思っていた。プロジェクト・スターライトの時の騒動のお陰で、その辺りは多少吹っ切れたものの、完全に切り捨てられはしない。
なんて声を掛けるべきか。「ごめん」も違うことは分かっているし、それはお互いの罪悪感を惹起する呪いだ。さっきも注意されてしまった。「ありがとう」も違う。何への感謝だ。譲って欲しかったわけではないし、ひかりも譲ったつもりは無いはずだ。私は答えが思いつかず黙り込んでしまう
「そう。聞いてくれているだけでいいのよ。私だって親友同士が幸せにやってるんだからそこは嬉しいんだし。お幸せにね」
ひかりはそれを肯定してくれる。本当に最高の親友だと思う。だからこそ親友の望みは絶対に叶えたい。それがお互いの親友へのバツの悪さを解消してくれる唯一の方法だと思うから。
「うん、幸せになるね」
私の強い決意に、ひかりも頷いてくれた。
「……。で、」
そして彼女はイタズラを思いついた時のように口角を持ち上げる。
「それで暁斗はどうなの。アッチの方は」
「……アッチの方って」
「アッチの方って決まってるじゃん。痛かったの。やっぱり痛いの、初めてって」
結構食い入るように聞いてくるひかりだった。こうした女子会トークで夜は拭けていくのだった。
(SS本編は年度末の手前くらいに書きます)