「見上げてごらん、夜空の星を」本編において、露天風呂で裸の見せ合いっこをしたあとに、天ノ川沙夜ちゃんがむつらぼしの会に加入するまでの心情変化を描いた小説です。
天ノ川沙夜ちゃん、お誕生日おめでとう!
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「もういいもん。ぷいっ」
私は何か内緒話をしている二人に声を掛けてそのまま歩き出した。
「待ってよ、沙夜」
「待てよ、おーい」
ひかりとあっくんが追いかけてくる。
あっくんと、ひかりと、わたしがまた3人揃って秘密の天文台で一晩過ごした夜。3人で突き刺さるような寒さを味わいながらカップラーメンを食べた夜。みかづき天文クラブが一時的に復活したかのような夜。夢のような一夜ももう明けた。
昨日はこうして3人で過ごしたけれど、あっくんとひかりとの間にはまだわだかまりがありそうだった。わたしが作り出してしまったわだかまりだった。もちろんそのことに贖罪の気持ちは今でもある。けれどもそのわだかまりに関して内緒話をしている二人に、わたしは嫉妬してしまう。せっかく3人で過ごせたのにわたしだけ仲間外れにされたみたいで、胸の奥がきゅっと痛んでしまう。
わたしはなんとなく合わせる顔がない気がして、少し歩みを早めた。獣道を降りていくのは難しい。冬場だから雑草が生い茂っているということは無いけれども、落ち葉が辺りに舞っていたり、木の根っこで道がでこぼこしていたりする。運動が苦手なわたしはそんなに早くは降りることが出来ない。
「はわわっ」
「沙夜っ」
落ち葉に足を滑らせたわたしの手を、ひかりが掴んで支えてくれた。振り返りながら横目で見たひかりのたなびくツインテールは木の枝を通り抜ける朝日を受けてキラキラと輝いていた。みかづき天文クラブのアクティビティ担当は流石の運動神経だった。どうやらすぐに追いつかれてしまったらしい。
「さっき夜に電車の屋根を登ろうとしたときもだけど、沙夜のおっちょこちょいは変わらないね」
「ありがと。でも、おっちょこちょいじゃないもん」
わたしはひかりの手を軽く叩きながら笑った。ひかりも笑っていた。ひかりも、わたしもどうやら変わっていないところもあるらしかった。
あっくんもわたし達が笑っている様子を見て笑みを浮かべていた。キャンピングセットを背負って獣道を悠々と降りてくるあっくんは男の子らしくてやっぱり格好よかったのだった。
「じゃあねー」
駅の改札を通り抜けてそのままひかりが駆けていった。都合よく電車が来ている時間だったらしい。そのままひかりは電車の中に飛び乗っていった。あっくんはそのまま星野第一の部室に戻るらしかった。背中の荷物もあるから当然だと思う。でもここでそのまま解散となってしまったら、わたしは彼にこの話をする機会を失ってしまうだろうと思った。ひかりに聞かれるわけにはいかない話。ひかりが帰ったこのときこそ、わたしはあっくんと話をしたかった。
「ねえ、あっくん」
どうした、とあっくんはわたしの方に振り返ってくれる。
「あっくんは、やっぱりまだ天文部を辞めるつもりなの」
どうしてもあっくんの気持ちを聞かなければ気が済まなかった。わたしの気持ち、願い。彼が「星を見ない天文部員」であっても、たまに何かに急かさせるように山へ入って星を眺めている。そんなときのキラキラと輝いていた顔はそのままでいてほしかった。これはわたしのエゴでしか無いのは重々承知していた。ああ、やっぱりわたしはイヤな子だ、と頭の片隅では考えてしまうのだった。
「ああ」
あっくんは短くうなずく。
「ひかりが戻ってきたけど、それでもなの」
彼は左手で頭を掻いていた。言いあぐねている様子だった。あっくんの星へのトラウマはひかりとの断絶に端を発するものだ。だからその断絶を作ったわたしがこれを彼に尋ねる、というのは厚顔無恥もいいところだと自重していた。
「っ」
そのときわたしは思いついてしまった。それは最低の思いつきだった。わたしが二人を引き離し、あっくんから星を奪った以上、そのひかりを差し置いてわたしがあっくんと天文活動をすることは、わたしの沽券に関わる問題だった。今まではそうだった。だからわたしはダム湖畔において一人でやっている星空観望を、あっくん含め誰にも言うことはしなかった。
けれどもひかりが戻ってきた以上、わたしが天文を公に再開する格好の言い訳が生まれたことになる。例え静泉女子天文部が漫画研究会の隠れ蓑になっていたとしても、わたしが「天文部員」になれば大手を振ってむつらぼしの会合に参加出来る。あっくんとひかりとわたしとでまた3人で星を見ることが出来る。
そんな悪魔の囁きにわたしは乗ろうと思った。けれどもこの流れでその思いつきを口にすることは流石に憚られた。あっくんが答えに窮している様子を見ていると、わたしの贖罪の念がもくもくと湧いてくるからだった。
「そっか」
わたしはそんな取ってつけたような言葉を口にすることしか出来なかった。冬めいてきた時期の朝は、まだまだ寒さを感じさせるものだった。
あっくんと別れて家路をたどる道すがら、わたしはトークアプリを起動した。宛先は勿論あっくんだった。面と向かって言えないことも携帯の画面越しに伝えることが出来る。幼い頃ひかりを経由してもらえないと渡せなかったラブレターのことを思うと、なんとも便利な世の中になったものだと思ったりもする。
「わたし天ノ川沙夜は静泉女子天文部に入部しようと存じます。そしてむつらぼしの会にも参加したいと存じますので、お手数ですがその旨会長さんにもお伝え願えませんか」
敬語だった。敬語にせざるを得なかった。1分も立たずすぐに既読マークが着いた。彼からの返信を今か今かと待ちわびる時間は、どうしてもわたしには実時間以上に長く感じられた。
たっぷり5分かけてあっくんから返信が来た。
「承知いたしました。会長の許可が出次第、グループトークに招待いたします」
こちらも敬語だった。そしてすぐに追伸が飛んできた。
「追伸、無理するなよ」
追伸はぶっきらぼうだった。敬語を辞めて、わたしも返信を返した。
「無理してないよ。決めたんだもん」
その日の帰り道は雲の上を歩いているかのようにわたしの足元が少しふわふわとしていたのだった。
翌日朝一番に静泉女子天文部顧問の先生の元に伺い、入部届の紙を貰った。入学して半年近い中途半端な時期に部活に入ろうとする学生がいた事に、先生は驚いていたようだった。入部届には自分のクラスと名前とを書く欄、そして入部先の部長のサインを書く欄があった。つまりわたしは「天文部部長」のサインを貰う必要があった。
だから放課後になるとすぐに天文部の部室へと向かった。
「うぅ……」
部室の扉の前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。何かのアニメの話題のようだった。「天文部」は漫画研究会の隠れ蓑と化していることは聞いていた。そして私はそんな「天文部」に、天文をやるために入部するつもりだった。
この事情を考えると、どうあがいても歓迎される気はしなかった。彼女たち漫画研究会の居場所を奪いかねない状況になるわけだから。
身震いを握りこぶしで包み隠して、目の前に立ちふさがる引き戸をノックした。
「すみませーん」
「はーい。あれ誰だろう。はいはい、ちょっと待ってくださいね」
扉の向こうから物音が聞こえた。ごそごそとなにかを片付けている様子だった。やがてそれも止まったので、わたしは部室に入ることにした。
「し、失礼しまーす」
そろりそろりと扉を開けた。立て付けは悪くないその戸は私が力を込めずとも、カラカラと小さな音を立てるだけで開いた。何人かの視線がわたしを射抜いた。その中の一人が立ち上がってわたしの方に声をかけてきた。
「天ノ川さん、だったかしら。天文部にどうかしましたか」
彼女は怪訝な様子だった。そしてわたしの名前はなんだかんだとここでも知られているようだった。
わたしは家で何回も練習した挨拶をそのまま口に出した。
「1年C組の天ノ川沙夜と申します。天文部に入部しようと思い、ここに来ました」
「え、入部」
彼女らの声に困惑の色が混じった。少し雰囲気が変わり彼女らはわたしを警戒する様子を見せていた。無理もない。隠れ蓑は隠れているから意味があるのだから。
そのピリッとした雰囲気にわたしの体は震えていた。内心では心臓がドキドキと素早く脈打っていた。少し逃げ出したい気持ちもわたしは覚えた。けれどもここで引くわけにはいかなかった。3人で星を見るためには、わたしは己の人見知り感情を克服して、入部する必要があった。
「天文をやりたくてここに来ました。みなさんの邪魔はしませんのでよろしくおねがいします」
そう伝えてクラスと名前を直筆で書いた入部届を「天文部員」に渡した。「天文部員」たちはお互いに顔を見合わせながら、少々逡巡し、最終的に部長さんらしき人がサインを書いた。その紙をわたしに差し出しながら、部長さんは質問してきた。
「一応、今のこの部の状況は知っているのよね」
「はい。みなさんが漫画を書かれていることは知っています。むつらぼしの会というほしのなか市内の学園が集まっている共同天文サークルに参加するために、ここに入部しようと思っています」
わたしの答えに、部長さんは頷いた。
「そう、天体観測。本職の方なのね。頑張ってね」
「ありがとうございます。みなさんも漫画、頑張ってください」
部長さんが右手を差し出してきた。彼女はどうやらわたしが想像するより友好的な人物であったようだ。わたしもそれに応え、二人で握手を交わした。いつの間にか体の震えは止まっていた。廊下の窓から差し込む陽の光が、わたしの背中を照らしていたのだった。
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天ノ川沙夜ちゃんの魅力の一つである「面倒くささ」が表現出来ていれば幸いです。