「間もなく、秋場原、秋場原。終点です。UR線と地下鉄をご利用のお客様はお乗り換えです」
私は席を立ち、電車を降りた。あっくんが通っている明示大学は秋場原からUR線で一駅向こうにある。とは言えあの近辺はやや家賃が高いらしい。お金を節約したい、あっくんの住んでいるマンションは秋場原駅から大学と反対側に歩いていくことになる。
季節はもう十月。陽が落ちるのは結構速い。
「夜道を沙夜一人で歩かせるのは危険だから。三日月村でも心配だったのにましてや東京だから」
というのはあっくんの弁で、それゆえに秋場原駅まで迎えに来てくれる事になっている。落ち合う場所はエスカレーターで地上に上がった、ヨド○シカメラのセブンイ○ブンが近くにある方の入口の前と決まっている。そこを目指して改札を通り抜け、エスカレーターに乗り込んだ。待ち合わせにおいては幸いにして私の容姿は目立つ。右眼が黄色で、左眼が蒼色、そして長い銀髪。小学校低学年の頃は人と違うが故に嫌で仕方がなかったこの瞳も髪の毛も、あっくんやひかりと出会ってから受け入れられるようになった。特に群衆の中で銀髪はとても目立ち、待ち合わせの際には遠くからでも自分を見つけてもらうことにたいへん役に立つ。けれどもそれは遠距離通い妻を始めたばかりの頃の話で、幾度となく繰り返した待ち合わせだから、私から見てあっくんがどこにいるか、あっくんから見てどのタイミングで私が地上に上がってくるかはもうわかっている。別にもう待ち合わせにおいて目立つことは別にメリットでは特にはない。
「あっくーん。お待たせー」
エスカレーターを登りきった直後からあっくんと目が合う。いつもの場所であっくんが手を振っている。二週間ぶりのあっくんだ。やっぱりカッコイイ。嬉しさに心が小躍りして、ドキドキする。あっくんの元に駆け寄る。
「沙夜。二週間ぶりだな。荷物持つよ」
少しぶっきらぼうにそっぽを見ながら言うあっくん。夕暮れ時はもう終わったにもかかわらず、あっくんの顔も少し赤い。荷物の中には私の着替えのたぐいが入っている。通い妻ちゃんのお泊まりだ。
「ありがとう。じゃあ行こっか」
荷物を渡して、反対側のあっくんの手を取る。少しだけ冷えてしまった手にあっくんの体温が流れ込んで来る。大きい、そして暖かい。歩き始めた二人の歩幅は違う。あっくんは男の子で大きい。でもさり気なく歩数を落としてくれる。
「今日は何を作るんだ?」
「ミネストォォーーローネ!」
あっくんの疑問に、少しだけテンション高く答える私。
「洋風の何かか? 和風出汁系が多かったけど珍しいな」
「通い妻はいつだって進化しているんだよ。洋風も練習しているからね」
「沙夜の洋風料理か。楽しみだなあ」
見た目洋風な、和風料理好きの女の子が作る料理ってどういう感じになるんだろう、とあっくんが興味を示している。それに胸を張りながら返す私。あっくんの笑顔を見ているだけで、頑張って作ろうという決心が湧いてくる。この決心を込めて私は彼の手を握る力を私は強めた。
夕食の材料を買いに近所のスーパーマーケットにやってきた。二週間に一回のペースでこのスーパーに来る私はここのお店の常連と言っていいのだろうか。
「で、ミネスト……ローネ? って何を買えばいいんだ」
商品を入れるかごを取って、スーパーマーケットの入口で立ち止まってしまうあっくん。私の荷物で既に片手が塞がっているため、ここで繋いだ手は離れてしまう。ここからは私が先導していくことになる。
「えっとね。トマト缶でしょ。ベーコン、キャベツ、にんじん、玉ねぎ……。あ、あっくんセロリ大丈夫だっけ?」
「大丈夫大丈夫。なんならその辺の雑草でも食えるぞ」
「もー。お腹壊しちゃうよ」
はははと笑うあっくんと、少し呆れた目であっくんを見る私。いつも通り。
野菜売り場、缶詰、お肉売り場と回って、必要な材料をかごに入れていく。かごを持つのはあっくん。さすが男の子。私と比べて身体も大きいし、力持ちだ。大体の食材をかごに入れた辺りで、ふと気がついた。
「そう言えばあっくんのお家って、白ワイン無いよね?」
「ああ、無い。料理に必要なら買っておかないと」
あっくんは自分からあまりお酒を飲まない。嫌いというわけではないし、体質的に飲めないというわけでも無いようだけれど。「一人暮らしで酒にハマると大変なことになる」とはあっくんの弁だ。私にとってもそれは嬉しい。通い妻している身としては恋人がお酒に溺れていて欲しくはない。あっくんも私も一応二十歳。飲んでも全く問題ない年になった。お付き合いを始めたときにはお酒どころの話ではない年齢だったことを考えると、かなり経ったんだなあとこんなところからも感慨に耽ってしまう。
お酒売り場に移動した。色々なワインが並んでいる。
「そうだ、折角ならその洋風スープと一緒に今日買ったワインの残りを開けてしまうか」
「お酒、飲むの?」
意外なことをあっくんが言う。飲みたがりではないあっくんにしては珍しい。料理に使う用のお酒といえども調理酒とは違い、ワインならば別に充分飲用に足る。調理酒は酒税の兼ね合いで飲めないように結構塩味がつけられている。お母さんに教えてもらったお料理豆知識のひとつだ。
「いや、多分料理に使ってもワインは余っちゃうだろ? どうせ俺は一人では飲まないし、余ったワインは冷蔵庫の中で眠らせることになっちまう。勿体無いしそうするくらいなら沙夜と飲みたいな、って」
あっくんがぶっきらぼうしている。かわいい。
「でも、私、弱いよ?」
同級生の女の子に「女子会」というものに誘われたことがある。そのときはお酒がよくわからなかったのでカシスオレンジというものを頼んだ。非常にメジャーらしい。甘くてジュースみたいに飲みやすかったので、景気良くコップを開けていた。そして気がついたら飲んでいたお店からほど近い女子学生寮の同級生の部屋にいた。なんでもその同級生の子が私を運んでくれたらしい。その子いわく、私が五杯目のお酒を空にしたところで突然眠り始めてしまったと。埒が明かないので自分の部屋に回収してきた、と。自分がお酒に弱かった事はそこで初めて知った。程々のお酒の量というものを学習してから、もう女子会で醜態を晒すことはなくなった。
「いいよいいよ。余りそうなら俺が全部飲むから」
なんなら見てくれているだけでもいい、とのこと。それなら別にいいか、と白ワインをカゴの中に入れた。そのままレジへと移動し、会計をする。遠距離通い妻を始めた頃には私もお金を出そうとしたものだが、その時にあっくんに強く止められた。
「通い妻してもらっているんだから、こっちにいる間のお金くらい全部オレが持つ」
私も私で「好きで通い妻をしているだけだから、私にも払わせて欲しい」と主張したけれども、あっくんはそれを受け取らなかった。「その分美味しい料理を食べさせて欲しい。あとオレにもカッコつけさせて欲しい」というあっくんの一言で決着がついた。あっくんにぶっきらぼうされたら、私はもう降参するしかない。以来私はこの辺りのことに関してあっくんに任せきりである。
買ったものを袋に詰め、スーパーを出た。あっくんの右手は今買った食材、左手は私の荷物で塞がってしまっているため、手をつなぐことは出来ない。もう日没からしばらく経ち、大分涼しい風が吹くようになった。私は行く宛の無くなった少し冷えた手を自分のポケットにしまう。「ぐーっ」とお腹がなる音があっくんから聞こえた。少しのからかいを込めて私が聞く。
「お腹空いているの?」
「沙夜の料理が楽しみだからさ、毎回この金曜日にはお昼ごはんの量を大分減らすんだよね」
「そっか。じゃあ急いで作らなきゃね」
あっくんが左手で頭をかく。楽しみにしてもらえているのは嬉しい。幸いにして今回のスープは刻んで炒めて煮るだけだ。調理手順はそう多くない。頑張って作ろうと思う。