あっくんのお家に着いた。玄関を入ってすぐにキッチンゾーンがあって、キッチンの扉を開けるとお手洗いとお風呂場とがある。その奥には六畳一間フローリングの部屋がある。典型的なワンルームマンションであって、リビングにはあっくんと私で二人入れば結構いっぱいいっぱいになってしまう。
「風呂洗って洗濯物処理してくる」
あっくんは素早く自分の家事を消化し始める。その様子を横目に、私は手を洗い、雑多な荷物をリビングの端の方にちょこんと置き、コートをラックに掛けた。あっくんの部屋は荷物が少なく、やや無機質さも覚えてしまう。私は少しだけ悲しくなると同時に、小さな感謝の念も抱く。そしてそんなことを思う自分に少しだけバツの悪さを覚える。この整理癖はあっくんの昔からの気質で、ご両親がお亡くなりになられてから、あっくんは親戚の家を転々としていた。いつ自ら住んでいた家を追い出されるやもわからない。いつからか逆にいつ追い出されても良いように身辺を身軽にしてしまうようになったらしい。その過程で唯一残ったものが望遠鏡であり、それが私とあっくん、そしてひかりとを結びつけてくれたのだから。私と出会う前のあっくんを覗かせる所作だと思う。
そんな考えを巡らせながら、買ってきた食材をキッチンに上げていく。いつもの場所から私のエプロンとまな板と包丁とを取り出して、具材を切っていく。トントンとテンポ良く食材を切ることが出来ると先ほどの嫌な考えも消えて、たったそれだけで気分が良くなる。ベーコンや玉ねぎなどを刻み終わったら、鍋に油を引いてそれらを炒めていく。付き合い始めたばかりの時に私のお家でカレーを振る舞った時には、跳ねる油に私が怖気づいてあっくんに炒めをやってもらったこともあった。その時にはそのままキッチンであっくんに押し倒されちゃったな、と初々しかった頃の私を思い出してほほに熱を覚える。この熱は炒め火の放射熱だけではないと思う。
「あの時のあっくん、強引だったなあ」
独りごちる。元々はあっくんが私のお手洗いに乱入してきたことが発端だった気がするけれども、何故か我慢比べになってしまったのだった。私に「いい」と言わせるためにあの手この手の手段を取ってきていた。自分でも十分我慢したつもりだったけど、何だかんだあっくんにイジメられるのが私は好きだから仕方がない。変なことを考えていたら、なんだか少し変な気分になってしまった。
「いけないいけない」
何かに変な言い訳をして、首を横に振る。今は料理に集中しよう。油ハネを物ともせず、程よく炒めたお肉たちに野菜とトマト缶、ブイヨンと白ワインを入れ蓋をし、火にかける。後は程よく煮えたところで塩コショウで味を整えれば出来上がりだ。
「あっくん、お腹も空いているみたいだし……。スープスパゲティにしようかな」
増える手間はスパゲティを茹でるだけだ。さすがにあっくんでもスパゲティを茹でることが出来るのは確認済みだから、これで作り置きのミネストローネが十分主食になって、あっくんに沢山お野菜を食べてもらえる。
「いい香りだな」
匂いにつられてあっくんがキッチンに戻ってきた。
「もう洗濯物は大丈夫なの」
「終わった終わった。こっちを手伝おうかと思ったんだが」
両手を広げ、何かすることはあるか、と言わんばかりのあっくん。
「じゃあいつもインスタントラーメンとかを食べるのに使っている丼ぶりを出しておいて」
スープスパゲティは汁気が多い。平皿では厳しいと思った私はあっくんにそうお願いした。了解、と言い、あっくんはゴソゴソと食器棚を漁った。程よいサイズの丼ぶりが二つ出てきた。あっくんのお部屋には丼ぶりやお箸、取り回しのいい食器は2つ備え付けられている。私があっくんのお家に通い妻をしに来た時に使えるように、だ。他にも私のお風呂上がりの化粧水であったり、歯ブラシなどのアメニティだったりはあっくんのお家に常備されている。なんだか新婚さんみたいで、少しだけ照れる。いつかハーバータウンで売っているようなセンスのいい小物のペアルックを置ければな、という私の密かな野望があったりもする。
丼ぶりを両手に掲げ、あっくんが言う。
「うん、えっと。これでいいか」
「いいよー。ありがとう」
「どういたしまして、っと。じゃあ俺は向こうで食卓を整えているから」
あっくんがリビングの方へ行き、そちらから物音が聞こえてくる。私は鍋をもう一つ用意し、そこにお湯を張ってスパゲティを茹でた。そうこうしているうちにミネストローネが充分に煮込まれた。仕上げに塩と胡椒を少々入れ、あっくんをキッチンへ呼んだ。
「あっくん。味見をお願い」
そう言って私は鍋からお汁を少し取った。熱々のスープ故にそのままでは食べられない。ふうふうと私が吹いて冷ます。何故かあっくんが私の様子をじっと見ている。
「何かついてる?」
「いや別に」
あっくんがそっぽを向いた。何かあったのだろうか。とはいえそれを気にしても仕方がない。本来の目的である味見をしてもらうため、はいどうぞ、と私が小さなスプーンに取ってあっくんに渡した。
「いただきます」
もぐもぐと咀嚼するあっくん。塩加減とか大丈夫、と聞く私に対しあっくんは指で丸を作って頷く。どうやら問題ないらしい。
「酸味が効いていて少しお酒の香りも残っていて美味しい。沙夜って洋風ものも作れるんだな」
やった。満足してもらえた。あっくんの一言に小躍りする心とともに、気分良くスパゲティをあっくんの丼ぶりに盛り、ミネストローネを沢山かけた。私の分にはスパゲティは入っておらず、ただのミネストローネだ。そこまで沢山は食べられないから、麺無しでちょうどいい。出来上がった料理ををリビングに持っていく。調理で残ったワインもテーブルに移した。「せっかくだし、少しなら」ということで私も残ったワインを注いで貰うことにした。料理もドリンクも整った。気分はさながらイタリア料理店だ。バレンタインデートの時のお店とは雲泥の差だけど。私とあっくんとで向かい合って座る。そして二人で一緒に手を合わせて言う。
「いただきます」
私は丼ぶりの中身をスプーンによそう。あっくんはフォークでスパゲッティを絡め取っていく。スープの煮込まれたキャベツも柔らかそうで、具材全体にトマトの赤色が行き渡っている。あっくんが大きな口を開けて、一気に麺を食べる。熱くないのだろうか。少しだけ気になったりもする。あっくんがおお、と目を見開いた。
「スープだと思っていたけど、まさかスパゲッティが入っているとはなあ」
「うん。あっくん、お腹空いたーって言ってたから、ボリュームを出そうかなって」
あっくんがもう一口食べてから言う。
「結構ワインの香りが効いていているなあ。面白いスパゲッティだわ。いつもありがとうな」
「あうぅ」
私の頭をなでなでしてくれるあっくん。私はこれに弱い。あっくんに撫でられると全身が温かくなっていく。なんだかとろけてしまいそうになる。
気恥ずかしさもあって私のスープを取る手も進む。あっくんに撫でられたおかげで味もあんまり自分ではよくわからない。少し酸味と刺激が強いかな。スープも結構熱い。当然何かでお口の中を冷ましながら食べ進めていくわけで、それが何かと言えば、ワインしかない。丼ぶりが空になることには私のワインのカップも空になっていた。なんだがぼーっとする。全身があっくんに撫でられた時のようにドキドキしてかっかと暑い。暑い。
「沙夜、どうしたんだ」
あっくんのこえがきこえる。だきしめたい。ぎゅーっとしたい。こえのするほうへわたしはすりよっていった。
「あっくぅん……どきどきする……」