「ごちそうさまでした」
うどんを食べ終わって現在時刻はおよそ七時である。日ももう出ている頃合いだ。この時間なら洗濯機を回しても近隣にあまり迷惑にはならない。先日色々と汚れてしまったものたちをクリーニングしなくてはいけない。
「じゃああっくん、お布団よろしく」
「おう任せろ」
あっくんには一日使っていろいろな液で湿ってしまった布団をお願いする。やはり私は非力なので大物系の扱いはあっくんに頼みたい。彼が寝床の敷布団からシーツを引き剥がした。少しエッチな臭いが辺りに漂う。私は彼に洗濯ネットを手渡すと、今剥がしたシーツを手際よく折りたたんでネットに入れる。
「ありがと。洗うものもう無いよね」
「ああ」
「じゃあ回しちゃうね」
星野第一時代に私があっくんに通い妻をしていた頃とは違って、あっくんも大分自分の身の回りの家事は自分でこなせるようになった。これも一人暮らしの成果なのだろうか。「通い妻」ではなくて「新妻」に私も少しずつシフトしているのだろう。二人で協力して家事を回しているとそんなことを思ったりもする。洗濯機に雑多な衣類を入れスイッチを入れた。少し音を立てて洗濯槽が回転を始める。予定所要時間は五十分ほどらしい。私が自分の家で使っている洗剤とは異なるため、私のお気に入りの肌着はあっくんのお家の匂いになる。それがいいの。食器類もスポンジに泡を付けて軽く器をこすると、概ねすぐにキレイになる。ペアルックの丼ぶりやコップは少しだけ丁寧に洗う。汚れは残したくはない。
そうこうしているうちに洗濯機が洗い終わりを告げるビープ音を鳴らした。脱水をかけているとは言え水を吸った乾燥前の衣服は重い。運動が苦手で非力な私には結構な重さだ。だから本当は洗濯物干しをあっくんにやってもらった方が助かるのは事実だ。そうとはいえども私自身の下着をあっくんに干してもらうのは女の子の挟持が許さない。
「あっくん、洗濯終わったみたいだから手伝って」
「オッケー」
私はあっくんが洗濯物の回収に来る前に自らの下着類だけを回収する。女の子の肌着は繊細なので、洗濯機を回す際にネットを使用する。ネットごとパッと取ってしまえばそれでいいのだ。そしてあっくんが水を吸った衣類をテンポよく洗濯かごに移していく。流石男の子だ。あっくんがかごの中身をすべて物干し竿にかけたあと、私はその端の方に先ほど取り置いておいたものを干した。これで洗濯は終了で、現在時刻は朝九時前。夕方までフリータイムだ。
今から今日のデートプランについて相談しよう。私もあっくんにお願いしたいことがある。
「あっくん、今日なにかあるの」
「うむ」
腕を組んで少し悩むあっくん。どうやら特別行きたい場所やプランはないようだ。私もあっくんと一緒なら別に何処であっても、例えハーバータウンの高級小物雑貨店でのウィンドウショッピングであっても、楽しむことが出来る。幸いなことにあっくんも同じようなもので、ましてあっくんはあまり自分の服に頓着しないため、原宿だの渋谷だののよく聞く東京の街に服を買いに行くこともそうはない。実際バレンタインデートの時に来てきたフォーマルカジュアルなジャケットはタケくんから借りたものだと後々聞いた。私もそのときにはお母さんから借りた一張羅だった。背伸びはお互い様でお似合いだな、とタケくんに笑われたものだった。
「あっくん、あっくん」
私は彼の服を少しつまみ、彼の顔を見る。男の子のあっくんは私と比べて大きくて、自然と身長差から顔を見上げる形になる。
「あっくんに、お願いがあるの」
あっくんがゴクリと唾を飲み込む。最近すっかりご無沙汰だった、私の贅沢の一つ。
「あっくんが作ってくれる、あったかい夜食が食べたいの」
あらあっくんがズッコケた。単純な話で、彼が東京に来てからと言うもの秘密の展望台での観望はなされていない。東京の真ん中であるとそもそも星を見上げるのは結構厳しいし、ましてどこかの公園に深夜陣取りをするわけにもいかない。結果夜通しの観望は一回も行えていないため、自然とあっくんが作る夜食が披露されることはなくなった。キャンプ用キッドで作りうるものは熱々のポップコーンであったり、出来合いのお吸い物の元にお餅を入れたりの簡素なものではあるが、あっくんの夜食は私の学生時代の思い出の味だ。
「ここでか」
「うん」
夜食は深夜に食べるから美味しいのかもしれない。それは十分承知の上で、イマイチならばイマイチなりに笑いたいと思う。
「あー、じゃあ昼ごはんとしてでな」
「ありがとう、えへへ」
あっくんが頭をかいている。
「旨くなくても知らんよ」
「いいの、それでも」
それなら買い物に行かないとな、とごちるあっくん。私たちは外向きの服に着替えて買い出しに向かうことにした。時刻は九時をやや過ぎた辺りで近所のスーパーももう既に開いているだろう。私の大体の身繕いはあっくんがランニングをしている間に済ませてしまったから、そう時間はかからないだろう。
玄関の扉が金属音ときしみ音とをあげて閉まる。築年数を感じさせる音だ。幸いにしてお天気は悪くはなく、デートで歩き回るにも心地いい気候だ。あっくんが鍵を閉めてお買物デートの始まりだ。私はあっくんの手を取って、恋人握りをする。彼の手は大きくて昨日も感じたけれども頼れる男の子のそれだった。
「えへへ」
あっくんに触れるとなんだか幸せな気分になってくる。二週間頑張った私へのご褒美だ。けれども今更手を握った程度で胸のドキドキが早くなることはない。幼なじみとしてもう十年くらい過ごしてきた積み重ねがある。そう言えば付き合い始めの頃にはあっくんが私をドキドキさせようとして私にエッチなことをしようとしていたっけ。入れ知恵したひかりにも後で軽くお小言を言ったような気もする。
「さて、夜食と言っても、何が食べたいんだ」
「うーん」
今度は私が頭を悩ませる番だった。あっくんが作る夜食は基本的に簡素なアウトドアグッズで調達できるもので、温めたり火にかけたりお湯を注いだら出来上がるものが多かった。ポップコーンにカップラーメン、缶詰やレトルトのおかゆ、後はスープだろうか。ダイエットの敵ばかりだと私は少し笑う。他で帳尻を合わせれば良いのだ。私の自己管理力は折り紙付きだ。
「ポップコーンが良いなあ」
あっくんを一番感じることが出来る料理はやはりポップコーンだと思う。焼き加減といい、使うフレーバーの種類や量であったり、一番手が込んでいる。
「ポップコーンか。種もフレーバーも多分ゴリ・ラホーテに行かないと無いぞ」
ゴリ・ラホーテは秋場原の中心地にある大きなスーパーだ。ゴリ・ラホーテが入っているビルの上の方にはアイドルの劇場やゲームセンターがあったりする。一回だけあっくんと一緒に行ったことがあるが、ほしのなかには全く見られないような品揃えの幅広さと商品陳列の圧迫度合いと人の多さに結構驚いたものだった。人見知りには少々辛かったのは事実だ。
「俺は慣れているけど、沙夜は大丈夫か」
心配そうな顔をして私の方を見るあっくん。それに私はうんと頷き、彼の手をにぎる強さを少しだけ上げた。私は何だかんだとまだ人見知りの気がある。確かにあの人の密度は少し怖いものの、前回あっくんと一緒なら大丈夫だった。私はそのうち先生を目指して教育実習などに出ていくわけだが、そこで人見知りを起こしていたら今後に差し障る。ある種のショック療法というか、練習だと思おう。
「何あの目と髪。お人形さんみたいでカワイイ」
「うぅ」
ゴリ・ラホーテに近づくにつれて、明らかに人通りが多くなってきた。そして私に好奇の視線を向ける人が増えてきた。やはり世間の人とは違うこの銀髪と瞳とは、注目の的になってしまうようだ。通りすがりの二人組女性がすれ違いざまにそんな話を仲間内でしている。中学校であったり、静泉女子であったりであればやがてクラスメイト達も私の姿に慣れてくれるのだが、大都会だとそうもいかない。
私はあっくんの手を強く握った。あっくんの体温を感じる。本当はあっくんに抱きついてしまってせめて眼だけでも隠してしまいたいが、ますます衆目を集めてしまうことと将来の練習を鑑みるに私は耐えなければいけない。
「さっと買って、さっさと帰ろうな」
「うん。えへへ」
あっくんが私を心配してくれる。その事実が私を鼓舞する。笑顔笑顔。
目的のビルの中に入るとエスカレーターがある。ゴリ・ラホーテはビルの二階から四階までを占めている。ゴリ・ラホーテ店内にも人はそこそこいるものの、秋場原の大通りほどではない。一人分の少し幅が狭いエスカレーターに乗り込んだ。あっくんが先に、そこからワンステップも開けずに私が続く。
「はふぅ」
ここまで来ると緊張で抑え気味だった私の呼吸も緩めることが出来る。強く握っていたあっくんの手も少し緩めることが出来る。汗ばんでいた手が外気に冷やされて少し冷たさを覚える。
あっくんが私の方に振り返り、繋がれていない方の手で私の頭を撫でてくれる。人目もあるのであくまでさり気なくだが。この撫でが私は好きで、すぐふわふわとした気分になってしまう。エスカレーターが二階に辿り着くと同時にこの至福のひとときが終了し、あっくんは再び前を向いた。周りに聞こえないように小さな声であっくんが私に聞く。
「リラックスできたか」
「うんっ」
私は再び彼の手を強く握った。今度の気分には不安の文字はあまりなかった。