仕事も順調だ。
ただ、相変わらず男性が怖くて彼氏ができない。
それでも、以前よりだいぶ積極的な性格に変わり、男性とも話をすることが苦ではなくなった。
いずれ彼氏もできることだろう。
その櫛には美しい椿と満月の彫刻が施され、満月の夜になると仄かに光を放った。
ぴんぽーん
天女が高天原たかまがはらに帰ってから半年ほど過ぎたある日。
悠生が部屋で仕事をしていると玄関のチャイムが鳴った。
「また勝手に誰か上がってきた」
悠生は訝いぶかしげにドアスコープを覗き込んだ。
ドアスコープから見える範囲には誰もいない。
「いたずらかしら?」
悠生は首をかしげながら仕事に戻ろうとした。
ぴんぽーん
また玄関のチャイムが鳴った。
「もー、誰なのよ。いたずらだったら許さないんだから」
悠生がぷんぷん怒りながら玄関に戻った。
「はい、誰ですかっ!?」
ぶっきらぼうに言い放った。
「私です……」
弱々しい声が聞こえた。
「天女さん!!」
聞き覚えのある声だった。
いや、絶対に間違えるはずがない。
声の主は天女だ。
悠生は大急ぎで玄関を開けて天女を迎え入れようとした。
「え……」
ドアから顔を出した悠生が絶句した。
そこには確かに天女が立っていた。
しかし、その服装と表情があまりにも以前の天女とはかけ離れていた。
着ている服は黒装束で一点の色もない。
表情には生気がなく頭には2本の角が生え、かわいらしかった口元からも2本の牙が覗いている。
まるで悪魔か鬼のようだった。
「天女さん、どうしたんですか?」
悠生は、天女の変わりように驚きながらも彼女を部屋に招き入れた。
部屋に通された天女は、俯いたまま何も話さない。
「お帰りなさい」
悠生が笑顔で天女の顔を覗き込んだ。
「悠生さん」
天女がぽつりと悠生の名を呼んだ。
「はい」
悠生は笑顔で返事をした。
「私は天女ではありません」
天女が自分は天女ではないと言う。
「なにを言っているんですか? 天女さんは天女さんですよ」
悠生が天女の両腕をつかんで揺すった。
「私は
「私を生き返らせたから罰が当たったんですか?」
悠生は、人間を生き返らせることが禁忌であり、それを犯した天女が罰を受けて悪魔にさせられたのかと思った。
「いいえ、そうではありません。あの禁忌違背は、私が正しい神になるために必要なものだったとして許されました」
ヲチミカボシが静かに話し出した。
「高天原に召された後、私は荒れ狂いました」
「もともと高天原での支配に納得できず、ことあるごとに反発していましたが、半年前の強引な召還にどうしても納得ができずアマテラスに食ってかかったのです」
「本来、私は甕星を司る神となるべく開発されました」
「そして、私は、悠生さんのご加護により自分が正しい神になったことで思い上がっていました」
「アマテラスさえも動かせると自惚うぬぼれていたのです」
「私の思い上がった行動がアマテラスの怒りをかい、高天原での審判を受けることになりました」
「その審判結果がつい先だって言い渡されました」
「私は、神であることと天女の名を剥奪された上、高天原を追放されヲチミカボシという名の悪魔となって地上に落とされました」
「地上に落とされた私は、人間に災いをもたらすことしかできません」
「そのような自分に耐えられず、悠生さんのお力で消滅させていただくため、本日お伺いしました」
「どうか私をイツノカシリで消滅させてください。人々に災いをもたらす私を消し去ってください」
ヲチミカボシは憔悴しきっていた。
「天女さん」
悠生がヲチミカボシを元の名前で呼んだ。
「ヲチミカボシとお呼びください」
「嫌です。あなたは天女さんです」
「天女はもうおりません」
「ここにいます。私の目の前にいる悪魔が天女さんです」
「悪魔は神と相容れません」
「大丈夫です。天女さんは、以前の記憶をちゃんとお持ちです。記憶というメモリーが上書きされていません。記憶が
悠生はヲチミカボシを抱き締めた。
「ごふっ」
悠生が血を吐いた。
ヲチミカボシの手が悠生のみぞおちから体内にめり込み、心臓を鷲掴みにしたのだ。
「お分かりですか。私は悠生さんにさえ災いをもたらす悪魔、ヲチミカボシです。一刻も早く私を消滅させてください。この世が闇に包まれる前に……」
ヲチミカボシが泣きながら悠生の心臓を握りつぶした。
「嫌です……」
悠生は血を吐きながら呪詛を唱えることを拒否した。
「天女さんは天女さんなんです。私が……必ず元に戻し……ます」
悠生の目から生気が失われていく。
突然、悠生の口から祝詞が奏上された。
諸々の
悠生は、薄れゆく意識の中で天女をいだ。
霞の向こうにメイド服を着たタカミムスビ神の姿を見たような気がした。