「うわあ、素敵なお洋服がたくさんありますね」
天女の服を買うためだ。
天女の服は、ショーツとブラジャーだけは替えを買ったが、その他のアウターは、配達された当日に買った一揃いしかない。
さすがに着たきりスズメという訳にはいかない。
洗濯もできない。
洗濯ができないのだが、不思議なことに天女の服は汚れない。
天女が着ている服は、汗臭くなったりしない。
日常の生活を見ていると、排泄はしているようだ。
なのに、ショーツには一点のシミも付かず、鼻を押し当てて匂いを嗅いでも平気だ。
悠生は、女性の下着の匂いを嗅ぐ趣味はなかった。
しかし、いつかショーツに匂いが付くのではないかと思い、洗濯に出された天女のショーツを毎日嗅いでしまう。
これはもう日課だ。
一日一回は天女のショーツの匂いを嗅がないと気が済まない。
「はいどうぞ。今日は匂いますか?」
天女も天女で、悠生が自分の下着の匂いを嗅いでいることを知ってからというもの、ニコニコしながら脱ぎたてのショーツを差し出すようになった。
「不思議ですね。今日も
天女のショーツに顔を埋めていた悠生が、顔からショーツを離して言った。
「パンツの匂いを嗅ぐのが好きって、絶対おかしいよね」
でも好きになってしまったものは仕方ない。
天女も嫌がっていない。
悠生は、これでいいのだと自分を納得させた。
「悠生さん?」
悠生は天女に呼ばれた。
「あ、
悠生は、天女の手を引いて原宿駅から竹下通りに向かった。
天女は、見るものすべてが珍しいらしく、左右をキョロキョロ見回している。
「天女さんの趣味に合うものだと、このお店あたりだと思うんです」
悠生は、竹下通りから細い突き当たりの路地を入った一番奥にある店を案内した。
その店は、ゴスパンの中でもかなり過激な商品を取り揃えているところだ。
「うわーっ、素敵です!」
天女が興奮で頬を紅潮させた。
二人は、あれこれ言いながら狭い店内をくまなく物色した。
結局、トップス3着、プリーツのミニスカート1着、ロングのパンツとホットパンツを1本ずつ買うことにした。
「あの、それは何ですの?」
会計のとき、レジを打っている女性の店員に天女が話しかけた。
「これはピアスですよ」
店員は、耳に開けたピアスホールに通した安全ピンを指で弾いて答えた。
「素敵ですね」
天女が憧れるような目で言った。
「あはは、ありがとうございます」
店員が少しはにかんだ。
「私もできるのですか?」
天女が悠生に訊いた。
その目は「ピアスを着けたい」と訴えている。
「え、ええ。穴を
「そうなのですね。悠生さん、あれ、お持ちですか?」
天女は、店員の耳に着いている安全ピンを指さした。
「あ、はい、ありますよ」
そう言って悠生は、ポーチの中から安全ピンを一つ取り出して天女に手渡した。
「こうすればいいのですね」
天女は、安全ピンの針を耳たぶに刺した。
「ちょっ! 天女さん!」
悠生と店員が慌てた。
「え、こうではないのですか?」
天女は涼しい顔をしている。
安全ピンが刺さった耳たぶは、赤く腫れている。
「あのですね、天女さん。ピアスというのは、あらかじめ穴を開けておくんです。それで、その穴に通すんですよ。安全ピンを直接
「そうだったのですね。すみません」
天女が悠生に謝った。
悠生と天女の会話を聞いていた店員が、ふたりのちぐはぐなやりとりに目を丸くしている。
二人は店を出た。
天女は、店の紙袋を大事そうに胸に抱えている。
「悠生さん、ありがとうございます」
天女は満面の笑みだ。
「何も説明しないで安全ピンを天女さんに渡してしまったのは私のミスでした。
悠生が天女に頭を下げた。
「おやめください。悠生さんは高御産巣日神タカミムスビ様の化身。私のような者に頭を下げる必要はありません」
天女が恐縮した。
「え、あ、まあ、高木神さんからお預かりしてはいますけど。でも、やっぱり間違ったときは謝らせてください。私の気持ちがすっきりしません」
「それも神命でしょうか?」
「はい、高木神の名をもって命じます」
「かしこまりました」
天女は深い平伏の礼をした。
天女の礼は、悠生が今までで見た礼の中で最も美しい所作だった。
こんなに美しい礼ができるものなのかと感動した。
悠生は、反射的に礼を返した。
その礼は、自然と最敬礼になっていた。
礼には礼で返す。
このとき、二人の絆が深まった。
「悠生さん」
「なんですか」
「私の髪型、買っていただいたお洋服に合いますでしょうか?」
「あー……」
気づいてしまったか。
悠生としては、今の清楚な雰囲気のままでいて欲しかった。
でも、ゴスパンを着るなら今の髪型ではエレガントすぎる。
かといって神様が金色や真っ赤な髪というのもいかがなものか。
悠生は逡巡した。
「雑誌のモデルさん
「ええ、かわいい女性でした」
「ゴスパンを着るなら、髪もあんな感じにした方が合うとは思います」
「そうなのですね。私も金髪にしてみたいです」
「うーん」
悠生は唸ってしまった。
今のふんわりとカールした長い髪を切るのは惜しい。
高木神の名を出せば簡単に禁止することができる。
髪型が神命を持ち出すほどの重要なことなのか。
預かり物ではあるが、持ち物ではない。
やはり天女の自由にさせてあげよう。
「
「よいのですか? 悠生さんは、今のこの髪の方がお好きだと承うかがっておりますが……」
「私のことは気にしないでください。高天原ではどうだったか分かりませんけど、ここでは天女さんの好きなように
悠生が自分の気持ちを伝えた。
「悠生さんは、神様のようなお方ですね」
天女が手を合わせて拝んだ。
「
悠生が手を左右に振った。
「それはそうなのですが、私は高天原から悠生さんの下に使いに出された身。悠生さんの好きなようにお使いください。私などにお気遣いは不要です」
そう言うとまた天女は悠生に深い平伏の礼をした。
「あ、そうだ」
悠生は、あることを思いついた。
「天女さん」
「はい」
「これから高木神の名により厳命します。よく聞いてください」
「はい」
天女が姿勢を正した。
「天女には、私を神と崇めることを禁ずる。対等の友として接せよ」
「畏れ多いことです」
天女は平伏した。
「ということで」
悠生は笑顔で話しかけた。
「ということで?」
天女が首をかしげた。
「ばっさり
「嬉しいです!」
悠生は、天女を行きつけの美容院に連れて行った。
「大和さん、こんにちは。おや、今日はお連れさんですか」
美容院の店長がにこやかに迎えてくれた。
「そうなんです。お友達の天女さん」
悠生が天女を紹介した。
「初めまして、天女と申します」
天女が礼をした。
「初めまして。いやあ、すごい綺麗なお辞儀ですね」
店長が天女の礼をほめた。
「私の礼、おかしかったですか?」
天女が小声で悠生に訊いた。
「はい、とても
「そうだったのですね。汚い礼と言われたような気がしました」
天女がほっとしたような顔をした。
「店長、今日は天女さんのカットとカラーリングをお願いします」
そう言って悠生は店のヘアカタログからパンク風のものを探して店長に見せた。
「こんな感じで」
「えっ、パンクですよ? こんなきれいな長い黒髪をギザギザの金髪にしちゃうんですか?」
店長が二の足を踏んだ。
「いいんです。天女さんの希望ですから。あ、あとですね、カットしている間、天女さんに話しかけないようにしてください。天女さん、人と話すのが苦手なんです」
「そうですか。分かりました」
「天女さんは、髪を切ってもらっている間、目の前に置かれている本を読んでいてください」
「はい、かしこまりました」
天女がにこやかに返事をした。
悠生は、天女が清楚な巫女から怒りをたたえたパンクに変わっていく様を興味深く見守った。
「できました。どうですか」
店長が天女に鏡を当てて仕上がりを見せた。
仕上がりは、ショートボブを基本にした金髪で、無造作に流れを出して荒さを演出している。
「素敵です!」
天女がうっとりしている。
「パンクでうっとりする人も珍しいですね」
店長が悠生に向かって苦笑した。
「気にしないでください」
悠生も苦笑しながら答えた。
「あと、この安全ピン、ほんとに刺してますよね?」
店長が耳のピアスに気づいた。
「気がついちゃいました? そうなんですよ、天女さんが自分で刺したんです」
悠生が普通のことのように説明した。
「ええーっ!? すごいですね。まさにロックですね」
店長が仰天した。
「ありがとうございました」
天女が店長に深々と礼をした。
「
悠生が天女を見上げた。
「高天原での窮屈な暮らしから解放されたようです」
天女の足取りがいつも以上に軽くなっていた。
天女は、パンクの意味を分かっていた。
分かっていたのかどうか定かではない。
神としての窮屈な束縛へのレジスタンスだったのかもしれない。
長い黒髪をばっさりと切り、金髪のショートボブになった天女は、それまでよりずっと活動的で若々しく見えた。
帰宅後も自分の姿を鏡に映してはうっとりと見入っている。
「あ、忘れていました。これ、どうぞ」
天女は、履いていたショーツを脱ぐと悠生に渡した。
「ありがとうございます」
天女のショーツを受け取った悠生は、それのクロッチ部分に鼻を押し当てて大きく息を吸った。
「今日も
「そうなのですね」
二人で笑った。
「下界では、みなさんパンツの匂いを嗅ぐのですか?」
天女が質問した。
「
悠生は、天女のショーツを洗濯機に放り込みながら答えた。
「あのお、悠生さん」
(来たっ)
悠生は予想していた。
「はい、なんですか」
「外では、厳しい言葉や態度を投げつけてくださって全然かまいません。でも、うちの中でくらいは優しくされたいと願うのは贅沢でしょうか?」
天女が悠生に迫った。
粘るような目で見つめられた。
「今日は性欲に代入されちゃったんだ」
悠生は取扱説令書を思い出した。
基本的に悠生は天女にきつく当たるようなことはない。
優しすぎるくらい優しく接している。
ところが、それが天女には厳しい態度だと映っている。
せめて家の中では優しくして欲しい。
ひっくり返すと、家の中では罵倒したり暴力を加えて欲しいということになる。
きっと天女は、そのぽんこつ具合を理解していない人や神から優しくされてきたのだろう。
普通であれば愛情を受けて育つとなるところだが、天女の場合は虐待され続けているようなものだ。
きっと辛い生活だったに違いない。
そう考えると、悠生は天女の希望を受け入れてあげたいと思うようになった。
自分が少し我慢すれば足りることだ。
「
悠生は、気分が悪くなるのを我慢して罵倒した。
「ああ、やはり悠生さんはお優しいのですね」
天女が気持ちよさそうにつぶやいた。
「あ、そうそう。こんな風に愛撫されてみたいのですが……」
天女が書棚から一冊の本を取り出して悠生に見せた。
「こ、これを、私にやれと……」
悠生は絶句した。
天女が見せたページに描かれていたのは、拘束された女性が男性からお腹に激しくパンチをされ、腹部が赤黒く変色し、涙を流しながら嘔吐しているものだった。
「やはりここまでの優しさを求めるのは甘え過ぎですか?」
天女が小首をかしげた。
「かわいい!」
悠生は、甘える天女の姿に萌え殺されそうになった。
「分かりました。ここまで激しくできるかどうか分かりませんけど、できる限り
「本当ですか! 悠生さん、好きです!」
天女が喜びながらシャツをめくってお腹を出した。
「お願いします」
ご褒美を待つ犬のようにきらきらした目で見つめられた。
正直なところ、悠生は気が重かった。
できれば殴りたくない。
でも、これは殴るんじゃなくて天女さんへの愛情表現だ。
考え方を変えることで自分を鼓舞した。
悠生は、両足を踏ん張って低い姿勢を作った。
右手の拳を天女の腹に当てがい力を込める。
「いきますよ」
「はい」
悠生は、ぎゅっと目を閉じた。
右の肘をゆっくりと引き、溜めを作った。
「ごめんなさい!」
そう叫ぶと思い切り拳を天女の腹に打ち込んだ。
悠生の拳が天女の柔らかい肉にめり込んだ。
なんとも言えない弾力が拳に伝わってきた。
「ぐえっ」
天女がカエルのような声を漏らしてその場にうずくまった。
「天女さん!」
悠生が慌てて天女に寄り添って声をかけた。
「はあ、はあ」
天女が息を荒くしている。
「天女さん、気持ちいい苦しいんですか?
天女は苦しそうに息をしながら笑みを浮かべている。
「なんて気持ちいいんでしょう。悠生さん、ありがとうございます」
そう言いながら天女はまたお腹を差し出した。
「もっと殴ってください」
天女の目は、苦しさを我慢している者のそれではなかった。
心底喜びを感じているのが分かった。
「あ、お待ちください。今、殴られたとき、思わずしゃがんでしまいました。申し訳ありません。次は、そうならないように私をどこかに縛り付けるなり何なりして動けないようにしてください」
天女が自分を拘束するように申し出た。
「え、
悠生が、部屋の中を見回した。
「うーん、それらしい物はありませんね」
天女も拘束は諦めざるを得なかった。
「では、これでどうでしょう。私が床に寝そべります。悠生さんは、私の上に乗ってください。それで私が動けなくなりますから、お好きなだけ殴ってください」
そう言って天女は床に仰向けに寝そべった。
「
悠生は、心底怖かった。
殴るのが怖いのもあったが、一発目で拳に感じた肉を潰す感触が気持ち悪くなかったからだ。
「私、変になっちゃったのかな?」
悠生は、自問した。
考えても結論は出ない。
今は天女の願いに寄り添うしかない。
「
悠生が顔を上げた。
「ありがとうございます」
天女が手を合わせた。
悠生は、仰向けに寝ている天女の骨盤の上に跨またがった。
そして、ゆっくりと腰を落とし、天女の腰をロックするように体重を乗せた。
悠生は、怖さで吐き気を感じていた。
右手の拳を天女のへそとみぞおちの間に当てた。
ゆっくりと肘を引き上げ、拳の位置を高くする。
悠生は、ぎゅっと目を閉じた。
「ほんと、ごめんなさい!」
悠生の拳が天女の腹を抉った。
天女の手足が跳ね上がった。
「ごぼっ」
天女の喉の奥の方から液体が逆流したような音が聞こえた。
「あぁ……」
天女が喜んだ。
「もっとお願いします」
今度は左の拳を振り下ろした。
「んぎゅ」
天女の口から胃液が飛び出した。
「すごいです悠生さん。とても落ち着きます」
天女の言葉に嘘はなかった。
「天女さん、
悠生が声をかけた。
「はい、こんなに優しくされて幸せです。もっとお願いできますか?」
「
悠生は、目を閉じて左右の拳で交互に天女の腹を殴り続けた。
天女の腹は赤黒く変色した。
心なしか腹が膨れているようにも見える。
おそらく内臓破裂で出血しているのだろう。
拳を振り下ろしたときに跳ね返すような弾力がなくなり、ぶよぶよしたゴム風船を殴っているような感触に変わった。
「ぐぼっ」
天女が血を吐いた。
その音で目を開いた悠生が愕然とした。
「天女さん!」
悠生が腰のロックを解除して天女の上半身にすがった。
「悠生さん、ありがとうございます。天女は幸せです」
天女は、しっかりとした口調で悠生に手を合わせた。
「今日は
悠生が天女の吐いた血を拭き取りながら言った。
「はい」
天女が笑顔で答えた。
起き上がった天女は、赤黒く変色した腹を愛おしそうに撫で回した。
「お掃除します」
ぶよぶよに膨れた腹のまま、天女は血で汚れた床の拭き掃除をした。
掃除をしている間にまた吐血した。
「あはは、また汚してしまいました」
天女が屈託なく笑った。
「もう、天女さんたら」
悠生もつられて笑ってしまった。
「天女さん、これから血が出るようなことをするときは、お風呂場で
悠生は、異常なことを普通に言った自分に驚いた。
「かしこまりました」
天女が深い礼をした。
そして、礼をした拍子にまた吐血した。
二人は笑いながら床を拭き続けた。
取扱説令書に項目が増えた。
3 普段のお手入れ
◯できるだけ過酷な暴力を与えてください。
◯標準的な辞書程度の語彙力を持っています。
◯ほめられることが罵倒に、罵倒されることがほめられることになります。
◯普通の人にとって痛いことが癒やしや愛情になります。
◯ときに痛みが性的快感に代入されますが、ランダムな確率です。
◯痛みは感じません。
◯怪我をさせても大丈夫。死なない限り自分で勝手に再生します。
◯痛みを求めたときは、できるだけ与えてあげましょう。
◯相手に災いをもたらす呪詛を使いますが、レベル感が分かっていません。
◯身を隠す呪詛を使います。
◯高御産巣日神の名をもって神命を下すことができます。
◯ファッションは、ゴスパンを好み、巫女さんの衣装を嫌います。
◯下着が汚れません。
◯自分でピアスを開けることができます。
◯高天原に対する反抗心を抱いています。
◯血を吐くまで殴れます。
◯吐いた血は自分で掃除させてください。