※この作品はR-18です。

嗜虐のぽんこつ神   作:ぬるでば

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第8話 キス (Fase 1)

「おはようございます」

 Tシャツ姿のが悠生(ゆみ)のベッドサイドに跪ひざまずいて顔を覗き込んだ。

 再生で黒に戻っていた髪が、鮮やかな赤いショートボブになっている。

 左耳の安全ピンも5個に増えた。

 天女が、軟骨にも遠慮なくピンを突き刺していた。

「え、あ、おはようございます」

 悠生が眩しそうに目を細めた。

「何時ですか?」

「6時です」

 天女がにこやかに答えた。

「ずいぶん早起きしたんですね」

 悠生が目をこすりながら天女に抱きついた。

「わくわくして眠れませんでした」

 天女も悠生を抱きしめた。

 天女は「眠れなかった」と言ったが、悠生は天女が寝ているところを見たことがない。

 悠生より先に寝ることはないし、悠生が目を覚ますときにはもう起きている。

 もしかしたら天女は寝ることがないのかもしれない。

 天女からは、生きているという印象をあまり受けない。

 神が人の姿を借りているが故なのだろうか。

 今日は、日曜日。

 約束していたアニメ関連のイベントがある大洗に出かける日だ。

 いつも自分の希望を口にしない天女が、珍しく自分から遊びに行きたいと言い出した。

 悠生もそのアニメ作品が好きだったので連れ立っていくことにした。

「悠生さん、いつものあれをお願いします」

 天女がベッドサイドにちょこんと正座した。

「あ、忘れるところでした」

 悠生は、ベッドの上に起き上がると天女に向き合って彼女の左頬をはたいた。

「ありがとうございます」

 天女が深々と座礼をした。

 朝の挨拶は、あまり強く叩かない。

 直るとはいえ、顔に内出血を作ってしまうと外出したときに困る。

「じゃあ着替えましょうか」

 悠生がベッドから立ち上がろうとして上体を前かがみにした拍子に、おでこを天女のおでこにぶつけてしまった。

 ベッドに腰かけた悠生と床に跪いた天女の顔の高さが同じくらいになるからだ。

「痛ーい」

 悠生と天女が顔を見合わせて笑った。

 笑いが収まったとき、天女と目が合い急に恥ずかしくなった。

 天女は、じっと悠生の目を見つめている。

 翡翠ひすいのような深い色をした吸い込まれそうな瞳だった。

 悠生は目を閉じた。

「あの……」

 天女が戸惑いながら声を出した。

「え?」

 悠生が目を開いた。

 目の前に天女の顔があって少し驚いた。

「少し心臓がドキドキします。こういうとき、どうすればよいのですか?」

 天女が小首を傾げた。

「あ、ご存知なかったんですね。こういう雰囲気になったときは、こうするんです。天女さん、目を閉じてください」

「こうですか」

 天女が目を閉じた。

「はい、そうです。そうしたら、天女さんの唇と私の唇を重ねます」

 そう説明して、悠生は天女の唇に自分の唇を重ねた。

 悠生にとって初めてのキスだった。

 天女の唇は、化粧もしていないのに吸い付くようにしっとりとして柔らかかった。

 天女の舌が滑り込んできた。

 彼女はキスを知っていたのだ。

 天女に遊ばれてしまった。

 悠生は、天女の舌を自分の舌で迎え入れた。

 二人の舌が生き物のように絡み合う。

 天女の睡液が流れ込んできた。

 彼女の睡液は、さらっとしていて甘い。

 悠生は、喉を鳴らして飲み干した。

 二人の唇が離れた。

 悠生は、目が虚ろになり息が荒くなっている。

 天女は、ニコニコしながら悠生を見守っている。

 悠生がぽーっと上気した顔をしていると、天女が軽く唇を重ねた。

「着替えましょう」

 天女が悠生を抱いて立ち上がらせた。

「ねえ天女さん」

 着替えながら悠生が天女に話しかけた。

「なんでしょうか」

 天女が丈の短いプリーツスカートを履きながら答えた。

「天女さんの舌も食べられるんですか?」

「食べたくなってしまいましたか?」

「はい」

「もちろん食べられます。舌を切り取っても窒息することはありませんから、ご心配には及びません」

 天女が丁寧に答えた。

「じゃあ、今度食べさせてください」

「はい、ぜひ召し上がってください」

 天女は、黒いプリーツスカートと黒い血まみれプリントのTシャツに黒いダメージ加工された着丈の短いジージャンを合わせた。

 ゴスパン少女のできあがりだ。

 化粧はしないが、真っ赤なショートボブの髪を乱雑に流すだけで十分にパンキッシュだ。

「じゃあ行きますか」

 悠生が天女を連れてマンションを出た。

 天女がゴスパンスタイルで街を歩くと、とにかく人目を引く。

 悠生は、ジーパンに薄手のフードつきパーカーというカジュアルな格好だ。

 二人の落差が大きくて、つい二度見したくなる。

 天女は、井の頭線以外の路線に乗ることがあまりない。

 原宿に服を買いに行ったときに山手線に乗ったくらいだろう。

 山手線の中では、中吊り広告を珍しそうに眺めている。

 上野で勝田行きの常磐線に乗り換えた。

 日暮里で乗り換えたほうが歩く距離が短くていいのだが、これから水戸までの旅になるので、できれば座りたい。

 だから始発駅の上野で乗り換えることにした。

 二人は四人掛けボックス席の進行方向に向いて並んで座った。

 天女を窓際に座らせ、悠生は通路側に座った。

 日曜日の朝なので、あまり乗客は多くなかった。

 対面のシートには誰も座らないまま電車が発車した。

 真っ赤な髪のゴスパン少女が陣取っている席には座りにくかったのかもしれない。

 天女は脚が長いので、反対側の席のすぐ手前まで膝が出てしまう。

 だから座りにくそうに見えた可能性もある。

 とにかく座りにくい雰囲気だったのは間違いない。

 天女は、車窓を流れる景色が珍しいらしく、窓に顔をくっつけるようにして外を眺めている。

「悠生さん、いくつも鉄橋を渡るんですね」

 悠生にとっては当たり前の光景を嬉しそうに話す天女がかわいくて仕方なかった。

 ゴスパンという尖った服装と子供っぽい天女の行動がミスマッチで、それがまたかわいさを引き立てた。

 なにしろまだ5歳なのだ。

 色々なことが珍しくて当然だろう。

「天女さん、お茶飲みますか?」

 悠生が買っておいたペットボトルのお茶を差し出した。

「ありがとうございます。いただきます」

 天女が礼を言ってペットボトルを受け取った。

 キャップをねじ切って、ボトルに口をつけお茶を一口飲んだ。

「ありがとうございました」

 天女はお茶を悠生に返した。

「ねえ天女さん」

 悠生が窓に食らいついている天女を呼んだ。

「あ、はい。なんでしようか」

 天女が姿勢を正して悠生に顔を向けた。

「天女さん、キスをご存知でしたよね?」

 悠生は、朝のことを思い出して天女に確認してみた。

「ええ、存じ上げております」

 天女は、あっさりと認めた。

「やっぱり。私をからかいましたね」

 悠生がわざと膨れっ面を作った。

「すみません」

 天女が悲しそうな顔をした。

「あ、怒ってないですよ。私も楽しかったですから」

 悠生が笑顔で両手を左右に振った。

「そうなのですか? よかったです」

 天女に笑顔が戻った。

 二人が笑いながら話をしているうちに、電車は千葉県内を走りぬけ利根川の陸橋に差し掛かった。

 利根川の陸橋を渡ると茨城県に入る。

 ボックス席の反対側には、まだ誰も座っていない。

 鉄橋を渡るとすぐに電車は取手駅に滑り込んで停車した。

 ここから先は、各駅に停車する。

 取手駅の次は、藤代駅だ。

 藤代駅構内には、電車に電気を供給する架線を流れる電流の交直切り替えを行うセクションがある。

 交流と直流を切り替えるセクションのことをデッドセクションという。

 藤代駅構内のデッドセクションは、上野駅から約45キロという首都圏に近いところに設けられている。

 デッドセクションは、大量輸送を行おうとするときの障害となる。

 そのようなデッドセクションを首都圏近くに置いたのは理由がある。

 それは、石岡市に地磁気観測所があり、その半径35キロ以内で大電流の直流電気を流すと地磁気データが影響を受けるからだ。

 藤代駅の次は佐貫駅に停車する。

「ずいぶん田舎の風景になってきましたね」

 天女が無邪気に毒を吐いた。

「そ、そうですね。一応法律で首都圏に入っている県なんですよ」

 悠生が苦笑した。

 電車が佐貫駅に停車した。

 ホームで電車を待っている人影はまばらだった。

「お、あそこ空いてるぜ」

 ドアを入ったところから若い女の声がした。

 声の主は、20歳前くらいのよく日焼けした健康そうな女性だった。

 背はあまり高くない。

 悠生と同じくらいか、少し高いくらいに見えた。

 髪は茶色に染められ前髪で片目を隠している。

 大柄のアニマルプリントが施されたTシャツに刺繍の施されたジャンパーを羽織り、ナイロン製のズボンを履いて、足許はヒールの高いサンダルをつっかけている。

 その女性がサンダルのヒールをかっぽんかっぽん鳴らしながら、男の手を引い て二人が座っている席に近づいてきた。

 手を引かれている男は、黒い詰襟の学生服を着ていて、天女より背が高いすらっとした好青年だった。

「んー、あたしが奥だなこりゃ」

 女が天女の膝の位置を見て一言つぶやいた。

「失礼します」

 その女性は、それまでの乱暴な口調とは打って変わった丁寧な言い方で悠生の前を横切り、天女の反対側に腰をかけた。

 それに続いて男が悠生の反対側に座った。

「なあ、水戸まで何分かかんだ?」

 女性が連れの男性に訊いた。

「えっと、だいたい1時間ちょっとくらいかな」

 男の話し方は、おっとりとして優しかった。

 そのボックス席に座った四人は、対面する二組の背丈がまったく逆の組み合わせになっていた。

 悠生は、背が低く足が短い。

 その反対側に座っている男は背が高く足が長い。

 天女は、背が高く足が長い。

 その反対側に座っている女は背が低く足が短い。

 うまく組み合わせができたので、対面に座っても膝がぶつからずに済んだ。

 悠生たちは水戸で鹿島臨海鉄道の大洗鹿島線線に乗り換える。

 反対側の二人連れも水戸まで行くような話をしている。

 とりあえず水戸までは一緒のようだ。

「この二人、全然雰囲気が違うけど、どういう関係なんだろう?」

 悠生が不思議に思っている反対側では、褐色に日焼けした女性も同じことを考えていた。

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