佐貫駅でボックス席の反対側に男女が座った。
足の長さに合わせて互い違いに座れたのは、偶然にしても面白いと思った。
電車が佐貫駅を出発した。
相変わらず天女あまねは、窓の外の景色に興奮している。
何か面白そうな物を見つけては、
しかし、それも電車が土浦、その先の石岡を通過するころには、さすがに飽きが来たようで、
「電車に酔ったのかな?」
悠生は、反対側の窓際に座っている女性が赤い顔をして俯いている様子が気になった。
土浦を出たあたりからずっと下を向いている。
よく見ると小刻みに震えているようだ。
その女性が身体をびくっと震わせ、何かを言ったように聞こえた。
「どうしたの?」
女性の隣に座っている男性が心配そうに声をかけた。
「なんでもない」
その女性は、俯いたまま頭かぶりを振った。
隣の男性は、なにか納得したような顔をして、その後、女性に声をかけることはなかった。
「ずいぶん時間がかかるんですね」
車窓の風景に飽きた天女が悠生の方を見て言った。
「そうですね、各駅停車ですしね」
悠生もそろそろ飽きてきた。
電車には飽きてきたが、目の前の黒ギャルの様子が気になって仕方がない。
本当に大丈夫なのだろうか。
そうこうしているうちに電車は水戸駅に着いた。
初めに通路側に座っていた男性が立ち上がった。
その男性が窓際に座っている黒ギャルの手を取って立ち上が らせようとした。
黒ギャルは、少し腰を浮かせたかと思ったら、またすぐへなへなと座り込んで しまった。
「ごめんなさい」
黒ギャルは、天女に謝ると男性の腕にすがるように立ち上がった。
「具合が悪いのですか?」
天女が心配そうに黒ギャルに声をかけた。
「あ、大丈夫です」
黒ギャルは、男性に支えられながら、ふらふらと電車を降りて行った。
「私たちも急ぎましょう」
悠生が立ち上がって天女の手を取った。
「はい」
天女が悠生に続いた。
水戸駅は、思ったよりたくさんの人であふれていた。
大洗のイベントに行く人たちだろう。
駅のホームに降り立つと、さっきふらふらと降りて行った黒ギャルが男性の腕につかまりながら上りのエスカレーターに乗っているのが見えた。
悠生と天女もエスカレーターの列に並んだ。
エスカレーターを上りきると、人ごみに紛れて黒ギャルの姿は見えなくなっていた。 悠生は、案内板で鹿島臨海鉄道の乗り場を探そうとした。
しかし、背が低い悠生は、人波に埋もれてしまい案内板を探せない。
「天女さん、すみませんが鹿島臨海鉄道大洗鹿島線という表示がある案内板を探してください」
背が高い天女に案内板を探してくれるように頼んだ。
「かしこまりました。鹿島臨海鉄道線ですね」
天女は、あたりを見回して案内板を探した。
「あ、ありました! あちらです」
天女が案内板をみつけて指をさした。
天女が指差した方向に人波は動いていた。
どうやら大洗に行く人でごった返していたようだ。
この人の流れに乗って歩けば乗換えができる。
人波に押されるように歩いて、階段を下った。
そこが鹿島臨海鉄道線大洗鹿島線のホームだった。
大洗鹿島線は、定員120名の車両が2両で一編成になっている。
電車は、かなりの混みようだった。
「すごい混んでますけど、大洗は三つ目の駅なんでしばらく我慢してください」
悠生が天女の腕につかまりながら言った。
悠生は、背が低いので満員電車では埋没する。
つり革にも手が届かないので天女につかまる。
「通勤の混雑と思えばどうということはありませんね」
井の頭線の混雑に鍛えられている天女は、余裕の表情だった。
ディーゼル車特有のエンジン音と振動を響かせながら列車が発車した。
「いつも乗る電車とは違う音がします」
天女が真下の悠生につぶやいた。
「そうですね。これは電車じゃなくてディーゼル車みたいです」
悠生が真上の天女に答えた。
悠生は、ほとんど天女の腰に抱きつくような形になっている。
天女は、片手でつり革をつかみ、残りの手で悠生を抱くようにエスコートしてくれる。
「私、天女さんの子供みたい」
悠生が上を向いて笑った。
「おやめください。悠生さんは私の主なのですから」
天女がかしこまった。
「でも、こうやって天女さんに抱かれてると安心しますよ」
「ありがとうございます。悠生さんの僕しもべではありますが、これでも神のはしくれですから」
天女が胸を張った。
ほどなくして列車は大洗駅に到着した。
人の流れに押し出されるように列車を降りた二人は、ゆっくりと改札に向かった。
改札を出ると、駅全体が例のアニメ一色といっていいくらいにイラストやグッズで埋め尽くされていた。
「すごいですねえ」
天女がきょろきょろと辺りを見回した。
「ほんと。私も初めて来ましたけど、すごいですね」
悠生も天女と同じようにきょろきょろしている。
二人は、駅前から循環バスに乗り磯前神社を目指した。
これは天女のリクエストで、御祭神の大国主に挨拶がしたいということだった。
「わっ、悠生さん見てください。あんなところに鳥居があります!」
バスの車窓から海岸線に立てられた鳥居を見つけた天女が興奮気味に悠生に話しかけた。
「あんなに激しく波が打ちつけるところにどうやって鳥居を建てたんでしょうね」
悠生が首をひねった。
間もなくバスは磯前神社前に到着した。
二人はバスを降り、上り坂の参道を歩いて境内に出た。
さすがアニメの舞台になっただけのことはある。
境内の絵馬掛けには、流麗なイラストが描かれた絵馬がたくさん掛けられていた。
「世の中には絵のお上手な方がたくさんいらっしゃるのですね」
「本当ですね。羨ましいです」
悠生と天女は、それらを一枚ずつ眺めては感心した。
絵馬を眺めた後は、神殿の前で参拝をした。
天女の参拝は完壁だ。
それを見ていた宮司が飛んできた。
「恐れ入りますが、どちらかの神職の方でいらっしゃいますか」
宮司が恐縮しながら声をかけてきた。
宮司としても見事な参拝をする少女が、真っ赤な髪にパンクファッションで身を固めている姿を見てしまえば、とても神職だとは思えなかった。
しかし、そうとしか考えられない完壁さだったのだ。
「いいえ、私が神です」
天女がにっこりと微笑んで答えた。
「え?」
宮司の口が閉じなくなった。
「ええ、ですから、私が神なのです」
天女がさらににっこりと微笑んだ。
宮司は言葉を失っている。
畏怖しているというより、信じられないという顔をしていた。
「宮司さん」
見かねた悠生が声をかけた。
「あ、はい」
宮司が我に帰って返事をした。
「こちらにいるのは、タカミムスビ神の遣いで、天女と書いてアマネさんといいます。今日は、大国主様にご挨拶のため伺いました」
「え、本当ですか!? 喪れ多いことです」
宮司が天女に拝礼した。
「いえ、とんでもないことです。私たち神は、神職や皆さまがいらっしゃればこそ存在できています。いつも感謝しております」
天女も拝礼した。
顔を上げた宮司は、神に会った興奮のためか顔を上気させている。
「それでは、私たちはこれで失礼いたします」
天女が宮司に礼をして神社を後にした。
宮司は、天女の姿が見えなくなるまで見送っていた。
天女は、帰り際、境内で一本の桜の木の枝を撫でた。
「大国主様は、お留守だったようです。いらっしゃいませんでした」
参道の坂道を下りながら天女が残念そうに言った。
「それは残念でしたね」
「仕方ありません。大国主様は人気者です。全国のあちらこちらに祀られていらっしゃいますのでお忙しいのでしょう」
天女が笑顔になった。
天女が立ち去った後、天女が撫でた桜が季節はずれの花を一輪咲かせていた。
磯前神社では、この桜を御神木「天女桜」として長く祭ることとした。