女子高生准査ヌルデバと萌える寄生虫の共生捜査本部 作:ぬるでば
「宿主殿!」
「宿主殿!」
「茶々! !」
事故で路面に叩きつけられ意識を失った茶々に萌が必死に呼びかけた。
茶々の応答はなかった。
現場に救急車が到着し、救急隊員が茶々のバイタルチェックをした。
目立った外傷はなく、骨折や内臓の損傷を疑わせる症状は見られなかった。
しかし、意識が戻らないためそのまま救急車で病院に運ばれた。
病院に運ばれる途中も、萌は茶々を呼び続けた。
萌は、宿主の意識に働きかけると普段より多くの体力を消費する。
宿主である茶々の意識がない状態だと、萌の食餌である体液分泌を促進することができない。
口の中に移動して睡液の分泌を促すことはできる。
だが、病院でそれをやってしまうと萌が医療従事者に発見されてしまう。
見つかってしまったら最後、間違いなく駆除され、萌の命はない。
だからといって、このまま茶々の体内で彼女を呼び続けていたのでは、いずれ体力が尽きて死ぬ。
いずれにしても、茶々の意識が戻らない限り自分が生き長らえることはできない。
萌は死を覚悟した。
それでも茶々を呼び続けなければならない。
この事故の責任は、運転中に悪戯をした自分にある。
自分の命と引き換えにしてでも宿主の意識を取り戻すのだ。
「茶々……」
「宿主殿……」
「お願い、起きて……」
萌は、体力の低下をはっきりと感じながらも休むことなく呼び続けた。
病院に到着した茶々は、脳波検査とCTスキャンを受けた。
その結果、脳に損傷は認められないということだった。
半キャップという簡易なものではあっても、ヘルメットを被っていたことが幸 いした。
へルメットが路面と衝突した衝撃を吸収して割れることで、頭蓋骨や脳の損傷を防いでくれた。
「宿主殿……」
萌は、間もなく空腹を迎え急激に意識がなくなる時期が来ることを感じる中、 懸命に茶々を呼んだ。
「もうそろそろ私はダメ。宿主殿、本当にごめんなさい。私が死んでも何のお詫びにもならないけど。宿主殿は生きてね。宿主殿の幸せを祈っているわ」
萌は目前に迫った死を受け入れた。
そのときだった。
「ちゃーちゃん!」
萌の意識に龍生の声が飛び込んできた。
「龍生くん!?」
萌は茶々への呼びかけを止めた。
人の聴覚は、死の直前まで残っているといわれる。
茶々の聴覚も周りの音を信号として脳に伝え続けていた。
ただ、意識を失っている茶々が、それを感じ取れない状態にあるにすぎない。
だから茶々の言語野から情報を横取りしている萌には龍生の声が聞こえた。
警察からの連絡を受けた茶々の家族から彼女の事故を知らされた龍生が病院に駆けつけた。
「ちゃーちゃん!」
龍生は、茶々に呼びかけた。
萌が聞いたのは、この龍生の呼びかけだった。
措置を終えて救急外来のベッドに寝かされた茶々の側で、看護師が家族と龍生に茶々の状態を説明した。
看護師によると、頭部への強い衝撃で一時的に意識を失っているだけで、それ以外は特に問題ないということだった。
茶々の両親が医療費などの手続きのために一旦部屋を出た。
カーテンで仕切られた半個室の中には、茶々と龍生だけが残された。
「ちゃーちゃん」
龍生が茶々を呼んだ。
「たばこよこせ」
「ダメだよ。ここは病院なんだから」
龍生がいつものように茶々をたしなめた。
「えっ!?」
龍生が茶々を二度見した。
「お前はいつも固いな」
茶々が凶悪な目つきで龍生を睨んだ。
茶々が凶悪な目つきをしているのは、まだ意識が完全に戻っていないからだ。
無表情の茶々は、凶悪な目つきになる。
龍生は、誰よりもそれをよく知っているので、特に気にもしない。
「ちゃーちゃんもいつも無茶言うね」
龍生が茶々に笑いかけた。
「なんだよ、あたしは無茶々かよ」
茶々の目から徐々に凶悪さが消えていった。
「龍生、すまないな、心配かけちゃって」
茶々が事故を謝った。
「ほんとだよ。心配したよ。ちゃーちゃんは、ただの同級生じゃないんだから」
「ああ、気をつけるよ。またびしっと叱られちまったな。まあ、そうじゃなきゃ幼稚園からずっとお前のことを追いかけたりしねえし」
「そこまで言うなら告れよ」
茶々と龍生は、二人同時に思った。
「ところで萌さんは?」
龍生が萌の存在を思い出した。
「あ、そうだ。萌?」
茶々が萌を呼んだ。
〝宿主殿、無事でよかった〟
萌が涙声で答えた。
〝私が宿主殿を殺すところでした。本当にごめんなさい〟
「萌だけが悪いわけじゃないわ。私が萌を止めなかったのがいけないんだし」
〝でも、宿主殿を殺しかけた私はダメな寄生虫です。駆虫してください〟
「なに言ってるのよ! 萌を駆虫するなんてできるわけないでしょ!」
〝ダメです。私は取り返しのつかないことをしました〟
「ダメって言ったってダメなんだってば!」
茶々は涙を流した。
一言も発せずに泣いている茶々を見て、龍生は茶々と萌が重い会話をしていることを察した。
「ちゃーちゃん、俺、いない方がいいかな?」
龍生が茶々を気遣って席を外そうかと尋ねた。
「ねえ、どうしたらいい?」
茶々が泣きながら龍生にすがった。
「どうしたらって、何を?」
「萌がね、萌が、駆虫してくれって。あたし、そんなことできない」
「萌さんが駆虫してくれって? どうして?」
「今日の事故は自分の責任だからって」
「そうなの?」
「ううん。萌だけが悪いわけじゃない。二人で遊んでたから」
「そうなんだ。じゃあ駆虫しなきゃいけないほどのことでもないと思うけど」
「でしょ。でも、萌が駆虫しろって言い張って…… 萌はね、ただの虫じゃないの。私の中で生きてるのよ。私を食料にして生きてるの。私は萌に食べてもらえるのが嬉しいの。お腹に赤ちゃんがいるのと同じようなものなのに、それを私が殺すなんてできないわよ……」
茶々がしゃくり上げて言葉に詰まった。
「それだけ?」
龍生が優しく問いかけた。
「え?」
「萌さんと一緒にいたい理由。それだけ?」
茶々はドキリとした。
自分の意識の深いところを覗かれたような気がしたからだ。
「え、それだけってことでもないけど……」
茶々がとまどった。
「俺は聞かないから、萌さんに伝えてあげなよ」
龍生がためらっていた茶々の背中を押した。
「うん。ありがと」
茶々が目を閉じた。
「萌」
〝はい〟
「愛してる」
〝えっ〟
萌が絶句した。
「私は、萌を快感を与えてくれる道具として飼ってるつもりはないのよ。確かに私はドMの変態だわ。最初は快感が珍しくて面白がっていたのは事実。ごめんね。でもね、今はそうじゃなくなってるの。萌とは命を分け合って生きてるの。それを一言で言うと 『愛してる』なの。だからって駆虫を取り消してくれとは言わないわ。愛してるからとか、愛してるのにとは言いたくないの。それは、私が萌を縛り付けることになっちゃうから。私の気持ちは伝えたわ。最後は萌の気持ちに従うわよ」
〝茶々……〟
萌は動揺していた。
「はい」
〝初めてよ〟
「なにが?」
〝愛してるって言われたの〟
「そりゃそうでしょ。寄生虫を愛する人なんているわけないし」
茶々が笑った。
〝そうだけど。もし愛してくれていたとしても、その気持ちを読むことができないのよ、私は。だから、自分が愛されていると感じたのは、今が初めて〟
「そうなんだ。私も初めてよ、愛してるって告ったのは。人外だけじゃなく人間を含めてもね」
〝嬉しいわ。あ、でも、茶々には龍生君がいるじゃない。あなたの気持ちは読めないけど、それとなく勇囲気では分かるのよ〟
「ばれてたのね。あいつには絶対言わないけど、たしかに好きよ。でも、萌のことも愛してるわ。それも事実なの」
〝二股かけるの?〟
「うん。許されるなら」
〝悪女ね〟
「龍生なら分かってくれる。ていうか、たぶんばれてる」
〝それで許してくれるかしら?〟
「あいつは許してくれる。だから、騙すんじゃなくてきちんと説明するつもり」
〝わかった。私も茶々が好き。だから殺さないで。一緒に生かしてください〟
「よかったー」
茶々が胸をなでおろした。
「龍生」
茶々は目を開いた。
「ん、なに?」
二人の沈黙の会話をじっと見守っていた龍生が口を開いた。
「萌が駆虫を取り消してくれたよ」
「ほんと? よかったね!」
龍生が自分のことのように喜んだ。
「それでね」
茶々が起き上がって龍生の目をまっすぐに見つめた。
「あたし、萌を愛してる。これからもずっと一緒にいたい」
「知ってたよ」
「なんで知ってんのよ」
「なんとなく」
「怒んないの?」
「怒らないよ」
「寄生虫を愛してるなんて気が狂ったと思わないの?」
「思わないよ」
「なんで?」
「それがちゃーちゃんだから」
「ずるい」
「なんで?」
「その一言で全部説明しちゃった」
「でもさすがにきついなあ」
龍生が伸びをした。
「なにが?」
「人のあるがままを受け入れるって」
龍生のこの一言で茶々の浮かれた気分が暗転した。
龍生は傷ついている。
自分が萌を愛しているということが龍生にとって自明ではあっても、それを自分から正面切って言われたら傷つくのが普通だ。
なんでそんな簡単なことに気づかなかったのか。
なんで龍生なら許してもらえると決めつけたのか。
なんで……
なんで……
二人が押し黙った。
気まずい空気が二人に重くのしかかる。
そうこうしているうちに茶々の両親が戻ってきて、この話は中断せざるを得なくなった。
茶々は、目立った外傷もなく入院の必要もないということで、自宅に帰ることができた。
そして、翌日から普通に登校もできた。
しかし、学校に龍生の姿がない。
龍生の友達に尋ねても欠席の連絡を受けた者はいなかった。
龍生は、ほとんど学校を休むことがない。
まして、自分や友達に黙って休むのは初めてだ。
龍生にメールを送っても返信はなかった。
「終わったな……」
茶々は、龍生との仲が壊れたと思った。
すべては自分が萌の存在を龍生にばらしたことが原因だ。
自分のような異常者が受け入れられると思うなんて傲慢でしかない。
いま、自分はひどく暗い気分だ。
でも、龍生はもっと辛いだろう。
せめて最後に龍生に謝って終わらせたい。
もしかしたら、それすらも許してもらえないかもしれない。
土下座して頭を踏みつけられてもいい。
謝りたい。
その日、茶々は珍しく授業のノートを真剣にとっていた。
友達からはご乱心とからかわれた。
「まあな、たしかに乱心してるよ」
茶々は、腹で思った。
昼休みに別館の屋上に行ってみた。
そこに行けば龍生がいるんじゃないか、そう思ったからだ。
別館の屋上に龍生の姿はなかった。
茶々は、二人で並んで座った場所のフェンスにもたれて放心した。
涙は出なかった。
自分の愚かさに呆れて悲しささえ感じられなかった。
〝宿主殿〟
「なに?」
〝やっぱり私がいない方がいいみたいね〟
「本当にそう思う?」
〝え?〟
「本当に萌がいない方が私が喜ぶと思う?」
〝だって、私のせいで宿主殿と龍生君の仲がおかしくなってるのよ〟
「萌のせいじゃないわ」
〝でも……〟
「愛の形が違ったのよ」
〝愛の? 形?〟
「私は、萌も龍生も愛してる。同時に二人を愛したわ。でも、龍生は違った。一度に一人しか愛せない人だったのよ」
〝そうなの?〟
「たぶんね。愛の形が違う同士では愛し合えないわ。片方は相手から束縛を受けると感じるし、もう片方は常に浮気されてると感じる状態なんだもん。無理よ」
〝そうかもしれないけど……〟
〝じゃあ、やっぱり私がいなくなれば万事解決じゃない?〟
「ごじゃっぺ!」
「退ぐことで相手を幸せにするなんておかしいよ。そんなのただのエゴだっぺよ、はあ。自分に酔ってるだけだよ」
〝う、うん……〟
萌は、今までにない茶々の迫力に圧倒された。
いつものドMの茶々らしさは微塵もない。
〝宿主殿は、本当に龍生君のことが好きなのね〟
「うん、好き」
〝素敵だわ〟
「へへ」
〝ところで宿主殿〟
「なに?」
〝授業始まってるわよ〟
「やっべ!」
茶々が教室に走った。
放課後、茶々は龍生の家に立ち寄った。
「あら、ちゃーちゃんじゃない。珍しいわね、ちゃーちゃんがうちに来るなんて」
龍生の母親が歓迎してくれた。
そういえば龍生の家を訪ねるのは小学校の時以来だ。
「龍生ー、ちゃーちゃんが来てくれたわよ」
龍生の母親が2階の部屋にいる龍生を呼んだ。
「うぇーい」
2階から龍生の気の抜けた返事が聞こえた。
少しして、龍生が階段を下りて玄関に出てきた。
「ちゃーちゃん、珍しいね」
龍生は、いつもどおりの笑顔だった。
「今日はどうしたんだよ」
茶々は、抱きつきたくなったのを我慢して、いつものようにぶっきらぼうに言った。
「いや、参っちゃった。お腹壊しちゃって。ほら、俺って結構メンタル弱いじゃん。昨日のちゃーちゃんの事故でお腹壊して起きられなかったんだ」
龍生が頭をかいた。
「お前のどこがメンタル弱いんだよ。どうせ落ちてるものでも食ったんだろ」
本当は謝りにきたはずなのに、なぜか毒づいてしまう。
龍生を前にすると安心する。
「下痢っぴはしょうがねえけどさ、それなら連絡くらいよこせよ。みんな心配してんだぞ」
「あ、ごめん、ごめん。昨日、病院からの帰り、どっかでスマホを落としたらしくて、今日一日連絡手段がなかったんだよ。さっき警察から連絡があって、スマホがみつかったって」
龍生が恥ずかしそうにした。
「バカだな、相変わらず」
「あ、バカって言ったら自分がバカだよ」
龍生が笑った。
「ほら、これ」
茶々が赤いリュックサックの中から数冊のノートを取り出して差し出した。
「なに?」
龍生が首をひねった。
「なにじゃねえよ。見てわかんねえのかよ。ノートだよ、の・お・と!」
茶々が褐色の首筋を紅く染めた。
「またまたー、ちゃーちゃんがノート取るわけないじゃん」
そう言いながら龍生はノートのページをぱらぱらと繰くった。
あるページで龍生の手がぴたっと止まった。
無言でノートを凝視している。
「Sureもちろん!!」
龍生が言った。
龍生が見ていたのは、英語の授業のノートだった。
そこには、授業の板書を写したものと、手描きの枠の中に短い英文が書かれていた。
「I have always loved you since I was in elementary school. So I chased after you and came here. I will keep on going. Prepare.」
(小学生の時から好きだった。だからここまでお前のことを追いかけてきた。これからも付きまとうからな。覚悟しろ)
決してきれいな英語とは言えないが、茶々の精一杯の作文ラブレターだった。
「じゃあな」
茶々が龍生に背を向けて手を振った。
「ちゃーちゃん」
龍生が背後から呼んだ。
「なんだ?」
茶々が立ち止まった。
「俺もちゃーちゃんのごと
「
茶々の声が震えていた。