女子高生准査ヌルデバと萌える寄生虫の共生捜査本部 作:ぬるでば
「行こう」
茶々の腕を肩に担いだ龍生は、県警の特殊部隊が負傷者を移動させて道を空けた非常階段に入った。
「おい龍生。あたしは、どこも怪我してねえぞ。自分で歩けるから大丈夫だ」
茶々が龍生に申し訳なさそうに言った。
「こうしてるとちゃーちゃんとくっついていられっから」
龍生がにっこりと笑って茶々を見下ろした。
「ごじゃっぺバカ」
茶々がそっぽを向いた。
二人が再び階段を下り始めた。
そのとき、階段の遙か下の方から女性の叫び声が階段室を反響しながら届いた。
「アマネさん!」
さっき、外に飛び出したパンク少女の連れの女性らしい。
パンク少女の名前を呼んでいる。
「アマネさーん!!」
雄叫びに近い絶叫が響いた。
「連れがあんな死に方したら叫びたくもなるよな」
茶々が沈痛な面持ちになった。
「無理もないね。目の前で飛び降りて爆死だもんね」
龍生は、あれが茶々だったらと思うとぞっとした。
「なあ龍生」
「なに?」
「答えらんねえかもしれねえけど、お前、いつから准査やってんだ?」
茶々は、龍生が自分と同じ准査だったことをまったく知らなかった。
そんな考えに及んだこともない。
「ちゃーちゃんと同じ時期かなあ」
茶々を担いで階段をゆっくりと下りながら龍生が答えた。
「そうなんだ。お前もクラッカーだったんだな。あたしにもばれないなんて大したもんだよ」
茶々は、自分のスキルで把握できなかったクラッカーであれば大物に違いないと想像した。
「ところが俺はコンピューターの知識は人並みなんだよ」
龍生が他人事のようにさらっと言ってのけた。
「え、どういうことだよ? 准査は、クラッカーを集めたホワイトハッカーだろ?」
茶々が龍生の顔を見上げた。
「そうだね。main関数はホワイトハッカーだよ。でも、プログラムにはサブルーチンが必要になるでしょ。俺は、そのサブルーチンみたいなものかな」
「あ? お前、ちゃんとプログラムの知識もあるじゃねえか。なにが人並みだよ」
茶々が龍生を睨みつけた。
「ちゃーちゃんに睨まれるとドキドキするね。かわいくて」
龍生は、茶々に睨まれてもまったく動じない。
「うるせえ、うるせえ、うるせえ」
茶々が激しく顔を左右に振った。
「で、お前は、どんなサブルーチンなんだよ」
「知りたい?」
「知りたいに決まってんだろ。お前は、あたしの……」
そこまで言いかけて茶々は口を閉ざした。
「とにかく教えろ」
「分かったよ。俺は、ちゃーちゃんの身辺警戒要員だよ。ちゃーちゃんは、ニクシロンと対立する立場になったわけで、いつ狙われるか分からないでしょ。だから、常に一緒にいる人物として俺に白羽の矢が立ったっていうわけ」
「だからそんなでかい拳銃持ってたのか」
「まあそういうこと」
「いっつも持ち歩いてんのか?」
「そんなことないよ。学校に行くときは家の金庫にしまってある」
「いつも持ってなくていいのかよ?」
「あれ、拳銃をもらうとき説明されなかった? 四六時中持って歩く必要はない。危険が予想される任務のときだけ持てばいいって」
「聞いてねえな」
「あ、聞いてなかったんだね」
「そう、聞いて『ねえ』んだ」
茶々が笑った。
「そうは言っても、俺はちゃーちゃんのボディガードだから、なるべく持って歩くようにはしてるんだ」
「そうだったんだ。ありがとな」
「任務だから」
「任務じゃなかったら守ってくれねえのか?」
「愚問だなあ、それは」
「やっぱり?」
「うん」
「愛してる」
「俺も」
「『俺も』でごまかさないで」
「俺も愛してる」
「よし」
階段の踊り場で立ち止まった龍生が茶々を抱きしめた。
茶々も電柱にとまるセミのように龍生にしがみついた。
二人の目が合った。
茶々がそっと目を閉じた。
それが合図だった。
龍生が茶々と唇を重ねた。
「んー」
茶々が唸った。
萌が喉の奥から這い出して口の中に現れた。
絡み合う二人の舌に萌も絡んだ。
三人のキスは長く続いた。
生きていられたことを喜ぶようだった。
マリンタワーの周囲が騒がしくなってきた。
警察や消防の車両が大挙して集まってきたのだろう。
龍生が唇を離した。
「行こうか」
「うん」
茶々が龍生の学ランの裾をつまんで従った。
茶々たち准査は非公然部隊だ。
表だった捜査活動には加わらない。
その存在を知られないようにするため、できるだけ早く現場から去らなければならない。
階段で1階に下りた二人は外に出た。
外は凄惨な状況だった。
辺り一面に血と肉片が散らばっている。
上空からの血を浴びて呆然としている人もいる。
「パンクの子のお連れさん、いねえな」
茶々が周りを一瞥してぼそっとつぶやいた。
来るときの電車で一緒になり、ここでも一緒になった。
やはり気になる。
「いないね。もうどこかへ行っちゃったのかな」
龍生が答えにもなっていない答えをした。
それ以外答えようがなかった。
二人は、サイレンと怒号が飛び交う現場に背を向け、大洗駅に向かって歩き出した。
大通りに出た二人の横に黒塗りのセダンが停まった。
パトカーでも覆面パトカーでもなさそうな普通のセダンだった。
「ここは交通規制されてるはずなのに?」
龍生が警戒して学ランの前ボタンを外してホルスターに手を伸ばした。
「ヌルデバ、私だ」
助手席の窓が下りて、運転席の男が助手席の方に身体を乗り出すようにして声をかけた。
「あ、占部うらべさん」
茶々が笑顔になった。
「いつも面接している県警の占部さん」
茶々が龍生に紹介した。
占部という警察官は、県警の表と裏をつなぐ役割をしている。
「あ、初めまして」
龍生がホルスターから手を離して挨拶した。
「挨拶はいいから、乗れよ。さっさと現場を離れるんだ」
占部が後ろの席を指さした。
「はい」
二人は返事をして後部座席に乗り込んだ。
占部は、大洗駅に立ち寄らず車を高速道路に進めた。
「今回のことは本当にすまなかった。完全に県警の判断ミスだ」
高速道路を土浦方面に走りながら占部が県警のミスを詫びた。
「いいよ、いいよ。結局生きてんだから」
茶々が遠慮した。
「だが民間人を一人犠牲にしてしまった」
占部が悔しそうにハンドルを叩いた。
「私たちは、ニクシロンの一派をただのネットオタクの集まりと思っていた。それが間違いだった。あいつらは、革命を志していた。共産主義という言葉は使わなかったが、あいつらが目指した理想の自由社会というのは共産主義そのものだ」
「そして、もう一つ私たちが判断を間違えたのは、あいつらがネット以外の武器を持つことはないと盲信していたことだ。現実のテロを敢行する気概も能力もないと見積もっていた。その判断ミスが原因でお前たちを危険に曝さらしたばかりか、民間人に犠牲者を出すことに……」
占部は声を詰まらせた。
茶々は、かける言葉が見つからなかった。
龍生も押し黙ったままだった。
車内は重苦しい空気が漂っていた。
その後、占部は多くを語らなかった。
二人を竜ヶ崎駅に送り届け、軽く手を上げて走り去った。
茶々と龍生は、竜ヶ崎駅からそれぞれに自転車で帰宅した。
帰宅後、茶々はひどく疲れていたが、どうしても県警のエージェントと話がしたくてパソコンを立ち上げた。
/dev/null: おっさん
POLICE: 今日はすまなかった
/dev/null: おっさんがテロをやったわけじゃねえ。気にすんな
POLICE: すまないな。ところで何か用か
/dev/null: ああ、今日の現場が、あのあとどうなったのか知りたくてさ
POLICE: そうか。あの現場は不思議なことだらけだ
/dev/null: 不思議なこと?
POLICE: そうだ。まず犯人と一緒に飛び降りた女性の死体がない
/dev/null: 死体がない? どういうことだよ、一緒に爆発してバラバラになってたんだぞ
POLICE: そのとおりだ。だが、鑑識が現場をいくら探しても犯人以外の肉片が見当たらない。女性特有の器官の欠片もまったくない。女性は髪を赤く染めていたということだが、赤く染められた髪の一本すら見つけられない
/dev/null: どういうことだよ
POLICE: 我々にもさっぱり分からない
/dev/null: 他にも不思議なことがあったのか?
POLICE: 犯人と飛び降りた女性は、「アマネ」と呼ばれていたらしい。しかし、該当する戸籍が見当たらない。該当する外国人の入国履歴もない
/dev/null: てことは?
POLICE: この世に存在していない人間といえる
/dev/null: そんなことあるのかよ
POLICE: 考えられないことだがこれが現実だ
/dev/null: あとは?
POLICE: 聞き込みの結果、そのアマネという女性は事件の前、磯前神社に参拝に訪れていることが宮司の証言で分かった
/dev/null: ほら、やっぱり実在したんじゃん
POLICE: 宮司によると、アマネは自分を神だと言っていたそうだ
/dev/null: それって、ただのキチガイだろ
POLICE: そうかもしれんが、そうとも言い切れない
/dev/null: なんでだ?
POLICE: 参拝からの帰り、アマネは参道の桜の木を撫でたそうだ。そうしたら、その桜の木が季節外れの花をつけた。実際に捜査員が花を見ている
/dev/null: まるで神様みてえだな
POLICE: だから本人が神と言っているんだ
/dev/null: 神様があたしたちを助けてくれた……のか?
POLICE: そうかもしれんな
/dev/null: そういえば、そのアマネっていう人が「神は人間を支配しない」とか「神を人間を支配する道具に使うな」とか言って、すげえ怒ってたな
POLICE: そうか。本当に人間を愛している神だったのかもな
/dev/null: でもよ、そのアマネっていう人と一緒に背の低い女の人がいたぞ。その人はどうしたんだよ
POLICE: それは我々も把握している。しかし、直後に現場を走って立ち去り、その後の行方が分からなくなった
/dev/null: 神隠しみてえだな
POLICE: まったくだ。今日の現場は常識では考えられない現象ばかりだ
/dev/null: そうだな。色々教えてくれてありがとう
POLICE: とにかく無事でよかった
/dev/null: ああ、じゃあな
「あのパンクっ娘が神様だったのか……」
茶々は、アマネという女性が常磐線の中で車窓の風景を見て無邪気に喜んでいた姿を思い出した。