女子高生准査ヌルデバと萌える寄生虫の共生捜査本部 作:ぬるでば
部屋で薄汚い女の茶々が預金通帳を眺めてニヤニヤしている。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん」
入金された金額の桁を読み上げる。
「二十万円かよ。すげえな」
大洗事件のあと、県警から特別手当として二十万円が振り込まれていた。
龍生にも同額の手当が支給されたらしい。
「さて、どうすっか」
どうするかとつぶやいたが、どう使いたいかはすでに決まっている。
茶々は、タトゥーを入れようと思っている。
「でもあれか、龍生に黙ってやったらあいつ怒るかな」
両親にはもう話をつけている。
「あなたのお金だし、あなたの身体なんだから好きにしたらいいわ。でも、その結果いろいろ制約を受けたり、嫌な思いをすることもあるかもしれないから、そこはよく考えるのよ」
茶々の母親は、怒ることも嘆くこともなく、冷静にアドバイスをくれた 。
「ママ、ありがとう。龍生とも相談してみるね」
「そうね。一番大事なのは龍生君の気持ちだから」
「うん」
茶々は、龍生に相談することにした。
昼休みの別館屋上。
いつものフェンス際に並んで座る茶々と龍生の姿があった。
茶々の首から萌が顔を出し、それを龍生がつついて遊んでいる。
「なあ龍生、あたしがタトゥーを入れたらお前どうする?」
茶々が恐る恐る切り出した。
「へー、かっこいいね。どこに入れるの?」
龍生の反応は予想外のものだった。
もっとショックを受けたり、やめろと言われるものかと思っていた。
「え、止めないのかよ?」
茶々がきょとんとした。
「俺が止めたらやめるの?」
龍生が質問に質問で返した。
「当たり前だろ。あたしの身体はおまえのもんだ」
茶々としては、バンジージャンプ級のチャレンジ発言だった。
龍生に乳首ピアスを開けてもらったものの、それ以上の発展はない。
その段階で自分の身体を龍生のものだと断言するのは大冒険だ。
「ちゃーちゃん」
龍生が優しく呼びかけた。
「な、なんだよ」
茶々は、何かよくないことを言われるのてわはないかと身構えた。
「ちゃーちゃんはドMだから、俺に身体を好きにしていいって言ったんだと思うんだよね」
「ああ、そうだよ。お前の好きなようにされたいんだ」
茶々は、下を向いて恥ずかしそうに答えた。
「だったら、ちょっと考え違いをしてると思うよ」
「えっ、どういうこと?」
茶々が驚いて顔を上げて龍生を見た。
龍生は、変わらず穏やかな笑顔のままだ。
「ちゃーちゃんは、俺がやめろと言ったらやらないんだよね?」
「うん」
「俺が思う支配って、そういうことじゃないんだ」
「なんか難しい話になってきた」
とりあえず怒られるような雰囲気ではないことが分かり、茶々は笑顔を取り戻した。
「そもそも俺はちゃーちゃんを支配したいとは思ってないよ。俺は、ちゃーちゃんの自由を奪いたくない。だから、何かを禁止したりやめさせるようなことは望まない」
龍生は、茶々の意向を理解した上で、自分の考える理想的な二人の関係を披露した。
「そっか、お前ほんとに優しいな」
「気が弱いだけだよ」
龍生は頭をかいた。
「じゃあ、タトゥー入れていいか?」
それでも恐る恐る確認する茶々だった。
「俺は止めないよ。むしろ楽しみ。でも、タトゥーを入れるのは、一生もののボディアートだから、後悔しないようによーく考えて欲しいな」
龍生も母親と同じようなことを言った。
「なんだかお前、あたしのママみたいだな」
茶々が笑った。
「お母さんも同じようなことを?」
「ああ」
「もし入れるとしたら、どこに?」
実は龍生も興味津々だった。
「背中一面」
茶々がさらっと答えた。
「えっ、ずいぶん大きいね。ワンポイントとかじゃないんだ」
龍生が驚いた。
「そうだな、どうせ入れるなら大きく入れたい」
「そうなんだ。で、どんな絵にするかは決まってるの?」
「お前だよ」
「俺?」
「そう、お前」
「俺の似顔絵?」
「お前、バカか? いくら好きでもお前の顔を彫るわけねえだろ」
茶々が凶悪な目つきで龍生の胸ぐらをつかんだ。
「あはは、冗談だよ」
龍生は、茶々の怒りをまったく相手にしない。
「竜でしょ」
龍生が人指し指を立てて言った。
「分かってんじゃねえか。あたり」
「かっこいいね」
「だろ」
二人の間で合意が整った。
「そうだ、ちゃーちゃんのタトゥーを萌さんが破ったらどうなるんだろう?」
龍生は、萌が茶々の皮膚を破って外に出てくることを思い出した。
「あー、そうだよな。どうなるんだろ? あたしにも分からねえよ」
茶々が肩をすくめた。
「萌」
〝聞いてたわよ。私がタトゥーを破ったらどうなるかっていうことでしょ〟
「そうなの。どうなるか分かる?」
〝私は、宿主殿の身体をたくさん破ってるわよね。今もだけど〟
「うん、あちこち破ってもらってるね」
〝で、1か所でも傷跡が残ってるところがある?〟
「ない」
茶々は、自分の考える身体を隅々まで思い出した。
萌に破られたところは、何の痕跡もなく治っている。
特に、今も破られている首は数えきれないくらい破られているが、傷跡どころかシミひとつ残っていない。
〝でしょ。私が破ったところは、完全に元の皮膚に修復されるからタトゥーも絵柄が崩れることはないはずよ〟
「そうなんだ、ありがとう」
「萌が破っても元に戻るってさ」
茶々が安堵したような顔で龍生に伝えた。
「そうなんだ、よかったね」
「ああ、萌に破ってもらえねえのはつまんねえからな」
「好きだもんね。ちゃーちゃんは」
「まあな」
茶々がはにかんだ。
「さて、タトゥーを入れるのはいいけど、どこでやったらいいんだ」
茶々は、タトゥースタジオを探した。
なかなか自分がやりたいことに対応してくれるスタジオが見つからなかった。
ようやく自分の希望にマッチするスタジオを見つけ、施術の予約を入れた。
「なあ龍生、一緒に来てくれねえか」
茶々は、施術に龍生を誘った。
「いいけど、どうして?」
龍生は、いつものように穏やかな笑顔だ。
「あたしが針を刺されてるのをお前に見て欲しいんだ」
「見られたいの?」
「あ、ああ」
「分かった。見ててあげる」
「ありがとな」
茶々と龍生は、休みの日に世田谷区内のタトゥースタジオを訪ねた。
そのスタジオは、ふるびた狭い二階建ての貸し店舗のような造りだった。
「ボロい店だな、おい」
いつもの紫色のシャカパンに金色のミュールをつっかけた茶々が建物を見てつぶやいた。
「たしかに」
龍生も苦笑した。
「ちーっす」
茶々がドアを開けて顔を出した。
「はい、いらっしゃいませ」
店にいた女性が明るく迎えてくれた。
「予約してた白川です」
茶々の声が緊張していた。
「白川さんね。お待ちしてました。どうぞおかけください」
店の女性が二人に椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
二人が腰をかけた。
「今日、施術させていただくチアキといいます。よろしく。施術する前にお話を聞かせてください」
チアキが自己紹介した。
チアキは、タトゥーアーティストらしく、身体の見えているところはほとんどタトゥーで埋め尽くされている。
「まず、タトゥーは一生消えない傷を身体に刻むことです。その意味を理解して、覚悟はできていますか」
「はい、分かってます」
茶々が真剣な表情で答えた。
「それなら安心ね。最近は『すぐ消せるんでしょ』とか安易に考えてる子が多くて困っているのよ」
「私は消したくないです」
「そうなんだ。気に入ったわ」
チアキは、スケッチブックを用意しながら話を続けた。
「あと、年齢なんだけど、うちは18歳未満の子には施術しないよ」
「あ、私、警察官なんで年齢は大丈夫です」
茶々が胸元から警察手帳を出してチアキに見せた。
「そうだったんだ。全然警察官らしくないね。ま、警察官なら大丈夫か」
准査の存在を知らないチアキは、警察手帳で安心したらしい。
「メールで読んだんだけど、背中に竜のラインアートを入れたいっていうことね。UVインクで」
「はい、そうなんです」
「竜のラインアートは、私が得意とするところだから今日だけで仕上げられると思うよ。でも、ちょっと気になるのがUVインクっていうところかな」
「発がん性ですよね」
「そうそう、医学的に確かめられたことではないけど、UVインクは皮膚がんを引き起こす可能性があると言われてるから、普通のインクよりハイリスクと思って」
「分かりました」
「UVインクを使いたい理由はなんかあるの?」
「はい、私は見てのとおり日焼けで真っ黒じゃないですか。だから、暗闇で真っ黒な肌に紫外線で浮かび上がる竜がきれいだろうなと思ったんです」
「そうなんだ、確かにそれはきれいでしょうね。私も見てみたいわ」
「ぜひ見てください」
「ありがとう。絵柄なんだけど、用意してある?」
「いえ、あまり太くない線で昇り竜、っていうか空に舞い上がるドラゴンを彫って欲しいんです」
「分かったわ。ちょっと下絵を描くから待ってて」
そう言ってチアキはスケッチブックに鉛筆で絵を描き始めた。
さらさらとドラゴンの絵ができあがる。
「こんなイメージでどうかしら」
チアキがスケッチブックを反転させて茶々に見せた。
「わっ、かっこいい!あたしがイメージしてた竜にぴったりです」
茶々が興奮した。
スケッチブックには、細い流麗な線でドラゴンが描かれていた。
細部を描き込むのではなく、引き算によりこれ以上は引けないというくらいまで無駄な線を省略することでドラゴンの動きや迫力を表現している。
しかし、力強さよりも女性らしい柔らかさが伝わってくるドラゴンだった。
「これでお願いします」
茶々が元気に頼んだ。
「かしこまり!じゃあ早速やりましょうか。上半身裸になって、そこの施術台にうつ伏せになって」
チアキが道具の用意をしながら施術台を指差した。
「これが施術に使う針よ。袋に密閉された未使用品ね。これをオートクレーブで滅菌してあるから感染症の心配はないわ」
チアキは、針を茶々に見せた。
「あら、かわいい乳首ピアスじゃない」
裸になった茶々の乳首を見たチアキが歓声を上げた。
「ありがとうございます。こっちは自分で開けて、こっちは龍生に開けてもらったんです」
茶々は、龍生を指差した。
「なんと! 彼氏に開けてもらったの? 幸せ者め」
チアキが羨ましがった。
「へへへ」
茶々が照れながら頭をかいた。
「じゃあそこに寝て」
「はい」
茶々が施術台にうつ伏せになった。
チアキは、ラテックスの手袋をはめ、茶々の背中を消毒した。
次に下絵を反転させて背中にラインを転写した。
ニードルをタトゥーマシンにセットしてインクを皿に用意する。
ガガガガガ
マシンを動かしてニードルの固定具合を確かめる。
「じゃあ始めるわよ」
「お願いします」
うつ伏せの茶々が緊張ぎみにが答えた。
龍生は、施術台の側で食い入るように茶々の背中を見つめている。
チアキは、ニードルにインクをつけてマシンを動かした。
下絵に沿ってニードルを肌に当てる。
高速で往復するニードルが繰り返し肌に刺さる。
一瞬、茶々の顔が歪んだ。
しかし、すぐ元に戻り、むしろ心地よさそうな表情に変わった。
「痛くない?」
チアキが茶々に声をかけた。
「痛いです。でも、それが気持ちいいです」
「あら、白川さんたらドMなの?」
「はい……」
茶々が恥ずかしそうに答えた。
チアキは、ときどきインクとにじみ出た血をペーパータオルで拭き取りながら作業を進めた。
茶々は、目を閉じて針が背中に刺さる痛みを楽しんだ。
「このままずっと刺され続けたい」
施術しているのが龍生だったらと思うと興奮した。
「はい、できあがり!」
細部の仕上げを施したチアキが茶々の肩を軽く叩いて終りの合図をした。
茶々の背中は、真っ赤に腫れ上がっていた。
「あとは、手入れなんだけど、1週間くらいはオロナインとかワセリンとかを塗って乾かさないようにね。薬を塗った上からラップをかぶせるといいわ。しばらくするとかさぶたができると思うけど、自然にはがれるまで触っちゃダメよ。それから、今夜は熱が出るかもしれないからね」
チアキは、茶々の背中をラップで覆いながら説明した。
「全然色が着いてないんですけど、これでいいんですか?」
作業を見守っていた龍生がチアキに質問した。
「うん、今日、白川さんに使ったのはUVインクといって、インク自体には色がついてないの。それで、暗いところで紫外線に当たるとタトゥーが光るのよ」
チアキが説明した。
「そういうインクだったんですね」
龍生が感心した。
「ちょっと見てみる?」
そう言ってチアキは、スタジオの照明を落とした。
そして、ブラックライトを点けて茶々の背中にかざした。
「うわっ! すごい!」
龍生が驚いて声を上げた。
真っ黒い茶々の背中にドラゴンのラインアートが青白く浮かび上がったのだ。
「これはすごいな」
龍生がつばを飲み込んだ。
茶々が服を着て帰り支度を整えた。
施術代を支払って店を出ようとしたところでチアキに呼び止められた。
「末永くお幸せにね。あと、彼氏も入れたくなったらいつでもいらっしゃい」
そう言って手を振って見送ってくれた。
「タトゥーってすごく痛いって聞くけど、どうだった?」
帰り道、龍生が茶々の背中を気遣いながら訊いた。
「いや、全然たいしたことない。痛いっていうより気持ちよかった」
「それは、ちゃーちゃんだからでしょ。たとえば、俺がやったら耐えられそうにない痛さ?」
「あ? お前、タトゥー入れたくなったの?」
茶々が挑発的な目で龍生を見上げた。
「う、うん」
普段見えないインクならタトゥーを入れてもいいと思った。
入れるなら茶々とお揃いがいい。
「お前みたいなヘタレでも耐えられると思うよ」
「ちょ、ヘタレはないよ。大洗でちゃんとちゃーちゃんを守ったじゃん」
「ああ、そんなこともあったな」
茶々が遠い目をした。
「だけど、お前は将来がある若者だ。タトゥーを入れて後悔するようなことはやめとけよ」
「ちゃーちゃんは将来がないの?」
龍生が苦笑した。
「いや、そういうわけじゃねえけど。少なくともお前はあたしよりいい大学に行くだろうし、そしたらちゃんとした会社や役所に就職すんだろ? そんな奴が背中にがっつりタトゥーが入ってたら就職がパーになるじゃねえか」
茶々は、龍生の将来を案じた。
「そうだね。でも自分の人生には自分で責任を持つよ」
「そうか。そこまで言うならあたしはもう余計なことは言わねえよ」
「うん、ありがとう」
茶々と龍生は、手を繋ぎながらゆっくりとした足取りで家路についた。
「これでいつも龍生と一緒だぜ」
茶々が龍生の顔を見上げた。
「違うよ。萌さんもいるから三人一緒だよ」
龍生がにっこりと返した。