女子高生准査ヌルデバと萌える寄生虫の共生捜査本部 作:ぬるでば
午後2時50分。
「よし、やるか」
茶々の部屋で留守番をしていた龍生が茶々の机に向かって座り、気合いを入れた。
すでに立ち上げておいたパソコンで県警のエージェントにメッセージを送った。
/dev/null: おい、おっさん
すぐに返事は来なかった。
「いないのかな?」
龍生は少し不安になった。
POLICE: お、デブどうした。受験勉強じゃないのか
エージェントから応答があった。
/dev/null: デブって言うなし
POLICE: ここ最近ずっとデブで普通に返事していただろ
/dev/null: まあそうだけどよ。でも、あたしも乙女だ、気になるもんだぜ
POLICE: そうか。ところで何か用か?
/dev/null: この前、しばらく任務は遠慮したいって言ったんだけどよ、なけりゃないでなんか物足りなくてな
POLICE: そうだったか。任務はいくらでもあるぞ
龍生は、茶々の口調でエージェントと他愛もない会話を展開した。
茶々の口調を真似るのは、まったく苦にならなかった。
自分がしゃべっているのと同じようなものだ。
すらすら言葉が出てくる。
「ちゃーちゃん、あとはよろしく」
龍生が時計を見ながらつぶやいた。
同時刻、県庁地下駐車場に停めた車から茶々、占部、監察官室長の三人が降りた。
占部を先頭に三人は地下通路を通って県庁から県警本部の庁舎に入った。
県警本部の地下1階から荷物搬入用のエレベーターを使って生活安全部のフロアまで上がる。
そのフロアに何も表示がない部屋がある。
その部屋は、通常の部屋と異なりIDカードと暗証番号によるロックが施されている。
ドアの上には監視カメラがあって室外の様子をモニタしているようだ。
そして、その監視カメラの死角に入るように特殊部隊が壁に張り付いて待機している。
占部は、腕時計を確認した。
午後2時58分。
あと2分だ。
POLICE: 今日は日曜日で新しい任務を拾ってくることができない。明日以降なら見繕ってやるぞ
/dev/null: そうか。あんまり難しいのは勘弁してくれよ。受験があるからな
POLICE: 分かった
茶々の部屋では龍生が茶々に成りすましてエージェントと会話を続けている。
「そろそろか……」
龍生が時間を気にした。
県警本部では、占部と監察官室長の二人が腕時計を見て顔を見合わせ頷き合った。
時計の針が午後3時ちょうどを指した。
占部が右手を頭上に掲げ、静かに振り下ろした。
それが作戦開始の合図だった。
配電盤を開けていた特殊部隊員が、そのフロアのすべての電源を落とした。
廊下は真っ暗になった。
ヘルメットライトを点灯した特殊部隊の2人が丸太に取っ手が付いたようなブリーチングハンマーを重そうに持ってロックのかかったドアの前に移動した。
それに続くように他の隊員は自動小銃を両手で把持しながら音もなく近づいてくる。
ブリーチングハンマーを持った隊員がハンマーを大きく後ろに振り上げた。
高々と振り上げられたブリーチングハンマーが勢いよく振り下ろされ、ドアに打ち付けられた。
大音響とともにロックが破壊され、ドアが内側に開いた。
もともと外部からの強襲を想定したロックではないので、簡単に破壊することができた。
ブリーチングハンマーを持っていた隊員は、ドアを思い切り蹴り全開にした。
それと同時に他の隊員が小銃の照準を合わせて構え、部屋の中になだれ込んだ。
「監察官室だ! 動くな!」
中に入った隊員の一人が一喝した。
「安全!」
部屋の中から制圧と安全の確認を知らせる声が響いた。
「ヌルデバ行くぞ! お前は俺の後ろにいろ」
占部が茶々の手を引いて特殊部隊が解錠した部屋に走り出した。
茶々と監察官室長が占部に続く。
占部に隠れるようにして部屋に入ると、暗闇の中にヘルメットライトに照らされた男がひとり、豪奢ごうしゃな椅子に座っているのが見えた。
その男は、40歳くらいのガリガリに痩せた不健康そうな見た目をしている。
「電源復帰!」
特殊部隊のリーダーらしき男が大声で指示を出した。
「電源復帰」
部屋の外から命令を復唱する声が聞こえ、それと同時に部屋の照明が復旧した。
明るくなった部屋の中を見渡すと、部屋の中にはその痩せた男しかいないようだ。
広いデスクにたくさんのモニターが並べられ、ノートパソコンも何台か開かれている。
「監察官室長だ。特別監察を実施する。それにともない、ただ今からあなたの職務権限をすべて無期限に停止する」
監察官室長が宣言した。
一方、茶々の部屋では、龍生がパソコンのモニターを緊張の面持ちで睨んでいる。
「始まったな」
POLICE: お前に合いそうな任m
エージェントの発言は、そこで止まっていた。
県警本部では、茶々が占部の後ろから顔を出した。
「デブ……お前、家にいたはずじゃ……」
茶々に気づいた男が、幽霊でも見たかのような恐怖にひきつった顔をした。
「よっ、ニクシロン」
茶々が軽く右手を上げて挨拶をした。
男の顔面が蒼白になった。
男が直ちに反撃する気配を見せないことを確認した特殊部隊は、それまで男に向けていた銃口を上に向け、ドアの際に並んで待機の態勢をとった。
ニクシロンと名指しされた男は、唇をわなわなと震わせ、言葉も発することができない様子だった。
重苦しい静寂が続いた。
最初に口を開いたのはニクシロンと名指しされた男だった。
「私がニクシロンだと? おかしいだろう。ニクシロンはすでに逮捕されて刑務所の中だ」
男が声を震わせながら反論した。
「ばーか」
茶々が男に歩み寄る。
茶々の目は凶悪でありながら寂しさをたたえているようにも見えた。
茶々は、男のデスクに座りリュックサックから煙草を取り出して火を着けた。
「ニクシロンはユニットなんだよ」
煙草の煙を大きく吸った茶々は、煙を吐き出しながらぼそっと切り出した。
その言葉を聞いた男ががっくりと頭を下げた。
すべてを諦めたかのようだった。
「お前は、あたしに任務としてCTFに参加させた」
「その帰り、あたしはもうひとりのニクシロンに拉致られて大規模なクラック計画に加わるように迫られた」
「お前は、あたしが金と名声欲しさに計画に乗ってくると思ってたんだろうな」
「おあいにく様、あたしはお前に負けたお陰でアンダーグラウンドからきっぱり足を洗えたよ」
「まず、お前が間違えたのは、セキュリティイベントなんかしょっちゅう開かれているっていうことだ。そのたくさんあるイベント全部に張り込みをかけるなんて不可能だ。しかもだ、あの日は他にもイベントがあったよ。それなのにあのCTFに的を絞って待ち伏せしてたのはおかしいと思わないか?」
「あの待ち伏せは、あたしがそこに行くって知ってなきゃできないことだ」
「あの日、あそこに私が行くのを知っていたのは、お前とあたしの彼氏だけだ」
「その時点で犯人はお前か彼氏のどっちかに決まったんだよ」
「第二の失敗は、あたしが計画に加わると決めてかかったことだな」
「それで、捕まったニクシロンにペラペラと計画のことを話させた」
「ところがあたしが参加を拒否したことでお前の計画が狂ったんだよ」
「あたしに計画を知られた上に逃げられたんだからな」
「しかも、あたしは准査だ。計画のことが警察にばれたことになる」
「お前は、焦ったろうなあ。あたしを殺さないといけないって」
「それからというもの、お前らしくない雑なことばっかりやってくれた」
「まずお前は、あたしと会ったニクシロンを消した」
「これで世間的にはこの計画は頓挫したことになって、それ以上の追及はなくなった」
「それからは、あたしを殺そうと必死だったな」
「第三の失敗は、掲示板のトリップだ」
「これは最近気がついたんだけど、お前やあたしが使ってた掲示板があるだろ。あそこでお前はニクシロンのハンドルを使って書き込みをしてた」
「お前はハンドルにトリップを付けてたな。ニクシロンが逮捕された後、別のハンドルを使って書き込みをしたとき、お前は間違えてニクシロンのトリップを付けてたんだよ」
「あの掲示板のトリップは、crypt()関数を使って作ったハッシュだ。誰かが真似をして付けることはできない」
「だから、ニクシロンが逮捕されたはずなのに、ニクシロンのトリップで書き込みがあったってことは、逮捕されたニクシロン以外にまだニクシロンがいたってことだ」
「あたしがお前に負けたのもそうだけどよ、クラッカーは必ずどこかで致命的なミスを犯す。それを見つけるのがあたしたち准査の仕事なんだろ」
「あたしは任務を忠実に実行したわけだ」
茶々は、煙草を携帯吸殻入れに押し込んだ。
「その後は、色々と危ない現場に行かせてくれたな」
「シャブ中の男を使ってあたしをシャブ中にしようとしたり」
「逮捕されなかったニクシロンの残党にICチップを埋め込んでコントロールして爆弾テロをやらせて、あたしをその現場に行かせたな」
「そこでお前は第四の失敗を犯した」
「お前は、あたしに自分のことを准査だと言っていた」
「だけど、お前は県警の表の捜査状況に詳しすぎた」
「あたしたち准査は、表の捜査状況を提供されない。任務に関する最低限のことしか教えられないんだよ」
「それを大洗の捜査状況をその日のうちにお前はペラペラしゃべってたな」
「あの早さで表の捜査状況を知ることができるのは、准査じゃねえ」
「だから、あたしはお前が表の警察官だと確信した」
「もっともそんなことがなくてもお前の発信元はとっくの昔に特定してたがな。県警本部にいるってずっと前から知ってたよ」
「お前はしゃべりすぎる。それが第五の失敗だ」
「ついこの前、筑波サーキットの任務であたしを殺そうとしたけど失敗したな」
「お前があたしの監視役と思ってつけた彼氏に助けられた。皮肉なもんだな」
「あの事件は、車が全焼で丸焦げになって、車載コンピューターの解析なんてできるはずないのに、その日の夜のチャットでお前は制御システムの乗っ取りだったと断言した」
「ヤバイと思ったお前は、すぐあとに俺の見立てだとか苦しい言い訳をしてたな」
「そして、第六の失敗だ」
茶々は、髪をかきあげて首の後ろの真新しい手術痕を見せた。
「見たか」
「お前は、あたしにICチップを埋め込んで、あたしの居場所をモニタリングしていた」
「だから、こうやってあたしがお前の近くに迫ったときは、さっさと逃げ出すことができるはずだった」
「今日も、あたしが家にいると思って悠長にチャットに興じてたろ」
「あたしは、ICチップを取り出してもらって、スマホも何も持たずにここまで来た。お前に気づかれないようにするために」
「これがお前の失敗の数々だ」
茶々は、机から立ち上がり占部の隣に戻った。
「やっぱりお前が欲しかった」
ニクシロンが口を開いた。
「お前がいてくれれば、私の計画は間違いなく成功するはずだった」
「私と逮捕されたニクシロンは、二卵性双生児だ」
「二卵性の双生児だった私たちは、小さいときから性格が全然違っていた」
「あいつは目立ちたがりで社交的だった」
「私は根暗で人付き合いが苦手だ」
「ただ、二人ともコンピューターが好きで子供の頃からプログラムを作っては、どちらがうまくできたかを競いあっていた」
「そして、大学を出るころには、二人ともハッカーからクラッカーに成り下がってアンダーグラウンドな世界に浸りきっていた」
「これじゃいけないっていうことで、あいつは持ち前の社交性を発揮してセキュリティ会社を立ち上げ大成功した」
「私は県警にコンピューター犯罪捜査官として採用され、日々クラッカーと対峙することになった」
「もちろんニクシロンとしての活動は二人で続けていた」
「そして、二人で世界革命を志すようになり、その手始めとしてお前に話した計画を立てた」
「ところが、あいつがお前の勧誘に失敗して俺の計画が狂ったんだ。お前の言う通りだ」
「だから、表に出すぎていたあいつに消えてもらった。あいつには悪いことをした」
「その後、お前を殺そうとしたのも事実だ」
「それにしても、ICチップまで取り出して攻め込んで来るとは思わなかったな。完敗だ」
ニクシロンは、ゆらりと椅子から立ち上がった。
特殊部隊が小銃の銃口をニクシロンに向けた。
「なにもしない」
ニクシロンは両手を上げた。
「よし、これからは被疑者としての取り調べになる。あなたには、言いたくないことは言わなくていいという権利がある。よく分かっているな」
監察官室長がニクシロンに供述拒否権を告知した。
「ああ」
ニクシロンが頷いた。
「行こうか」
監察官室長が特殊部隊に護られながらニクシロンを連行して行った。
POLICE: 龍ちゃん
茶々の部屋のモニターに動きがあった。
それに気づいた龍生がモニターに食らいついた。
エージェントの端末から茶々がメッセージを送ってきた。
計画は成功したのだ。
/dev/null: お疲れさま! 終わったんだね
POLICE: 留守番ありがとな
/dev/null: 簡単だったよ
POLICE: そうか。あ、デブって言うなって言ってくれてサンキュ
/dev/null: だってちゃーちゃんデブじゃないもん。ちょっとぽっちゃりしてるだけだよ
POLICE: てめえ、ぶっ殺す
/dev/null: あー、怖い怖い
県警の現場検証が行われている中、茶々はふにゃふにゃの笑顔で龍生とのチャットに熱中した。