女子高生准査ヌルデバと萌える寄生虫の共生捜査本部 作:ぬるでば
日焼けサロンから帰宅した茶々は、すぐにいつもの薄汚い女に戻った。
襟が伸び切ったヨレヨレのロングTシャツ。
コンタクトレンズを外して牛乳瓶の底のようなメガネに替える。
もちろんノーブラでたわわな乳房を揺らしている。
くわえ煙草で机の上に足を投げ出すのが基本スタイルだ。
このスタイルが一番落ち着く。
「ねえ萌」
〝なにかしら?〟
茶々が萌に対してきれいな、というか汚くない言葉を遣うようになって、萌の言葉もエレガントさを増してきた。
「萌は、一日何回ご飯を食べるの?」
聞こうと思いながら聞きそびれていたことだった。
〝ご飯の回数? そうねえ、一日何回と決まった食べ方じゃないわ〟
萌が茶々の鎖骨のあたりから皮膚を破って顔を出し、茶々を見ながら言った。
「あら、今度は鎖骨なの?」
茶々は、煙草の火を消して灰皿に突っ込み、嬉しそうに首を回して萌にキスをした。
〝煙草臭いキスは嫌〟
萌が頭を左右に振った。
「あはは、ごめん、ごめん。ところで、身体を外に出してて乾かないの?」
萌が乾燥に弱いということを思い出した。
〝身体の一部が宿主殿の中にあれば、露出してる部分の乾燥はかなり防げるのよ。だから、10分くらいなら全然問題ないわ〟
萌が身体を伸ばして茶々のうなじを撫でながら言った。
「ひゃっ、くすぐったい」
茶々が首をすくめた。
〝そうそう、ご飯の回数だったわね。私たちは、お腹が空いたら宿主の体液をもらうっていう食べ方なの〟
「へー、そうなんだ。で、お腹が空くのってどれくらいの間隔なの?」
〝運動量や使う能力によってお腹の空き方は変わってくるわね。特になにもしないで過ごしていれば、だいたい一週間くらいは食べなくても平気。でも、今日みたいに高速移動をしたり、こうしてお話をたくさんすると、結構お腹が空くものよ〟
〝よく動くときは、一日1回くらいはお食事をさせてもらいたいかなあ〟
「意外と少食なのね」
〝そう? 人間が食べ過ぎなのよ〟
萌が笑った。
〝あ、それでね、ちょっと覚えておいて欲しいことなんだけど、私たちって、徐々にお腹が空く生き物じゃなくてね。さっきの日焼けサロンでもわかったでしょ。急にお腹が空いて、そうなるとすぐに食事をいただかないと生命を維持できなくなってしまうという特性があるの〟
「そういうことだったのね。びっくりしたよ」
〝先に言っておけばよかったわね。ごめんなさい〟
「ううん、いいよ。結果オーライだったし」
茶々は、他人を責めない性格だった。
「え、じゃあ、ちょっと待って。もしかして、それって授業中だろうといつだろうと、前触れもなく突然来るってこと?」
茶々に焦りの色が浮かんだ。
〝そういうことだけど?〟
萌は、当たり前だろうというような声で答えた。
「えー、困るう」
茶々の眉が八の字に下がった。
「授業中の静かな教室でよ、萌に発情させられちゃうってことでしょ?」
〝うん、まあ〟
「ダメよ。声が出ちゃうもん」
〝ダメって言われても困るのよ。だってそうしないと私死んじゃうよ?〟
萌が茶々を脅迫した。
「死んじゃやだ! でも授業中は困るよ」
〝そう言われても……〟
萌も困ってしまった。
〝我慢できないの?〟
萌は茶々の顔を覗き込んだ。
「萌が調節してくれるなら我慢できなくはないかも」
〝調節するって何を?〟
「えっと、ほら、あれよ」
〝あれじゃ分からないよ〟
「えー、意地悪!」
茶々が身悶えした。
〝言っちゃいなさい〟
萌が耳許で囁いた。
茶々の耳が真っ赤に染まった。
「感じ方を調節してくれるなら我慢します」
〝あら、本当に我慢できるのかしら?〟
萌が畳み掛けた。
「我慢しなきゃダメなんでしょ? 我慢するよ」
〝そう。宿主殿は、いい子ね〟
「宿主殿って敬称で呼びながら、萌の方が絶対立場が上だよね?」
茶々が二人のポジションを確認した。
〝そんなことないわよ。宿主殿と私は対等。私が命令してるんじゃなくて、宿主殿が自分の意思で私に服従しているんでしょ?〟
萌がクスクスと笑った。
「そっか、言語化された思考は全部読まれてたのよね。負けたわ」
茶々が白旗を上げた。
「あっ、そうだ!」
茶々が手を叩いた。
〝どうしたの?〟
萌が驚いた。
「口の中に来てくれればいいのよ。さっきみたいに。そうすれば授業中でも体液をあげられるじゃない?」
茶々は、自分の発想の素晴らしさに鼻を膨らませて興奮している。
〝確かにいいアイデアね。でも、先生に指されたらどうする?〟
「あ……しゃべれない」
茶々が肩を落とした。
〝残念ねー。発想は良かったけど〟
萌が棒読みで他人事のように慰めた。
〝私もなるべく授業中は遠慮するから〟
萌の気休めだった。
POLICE: いるか
机の前のモニターにエージェントからのメッセージが出た。
「あ、おっさんからメッセージだ」
茶々が机から足をおろした。
〝おっさんて誰?〟
「あ、おっさんていうのは、県警の警察官で私を逮捕した人」
〝なによ、敵じゃない!〟
萌が敵対心を露わにした。
「大丈夫よ。今では仕事のパートナーだから。パートナーっていうより上司みたいな感じかな」
茶々が萌をなだめた。
〝それならよかった。じゃあ、私は乾いてきちゃったから潜るわね〟
そう言い残すと萌は破いた皮膚から茶々の体内に戻っていった。
萌は、体内に入ると茶々の鎖骨にぐるぐと巻きついて動かなくなった。
「変なところに落ち着いたね」
茶々は、萌が巻き付き、もこもこと波打つ鎖骨を撫でながら笑った。
〝骨に巻き付いてると安定するのよ〟
「言われてみればそうね」
茶々も納得した。
/dev/null: いるぜ
茶々は、萌以外の相手には、相変わらず口が悪い。
POLICE: ヌルデバ、仕事だ
/dev/null: えー、やだ
「痛い、痛い! いーたーい!!」
茶々の頭が締め付けられるように痛くなった。
茶々は、自分の首に埋め込まれたICチップでエージェントに支配されていることを忘れていた。
/dev/null: 仕事するから止めろよ、くそポリ公!
茶々が忌々しげにキーを叩いた。
POLICE: 「おやめろください」だろ
「くそっ、あたしの身体を支配してるからっていい気になりやがって」
そうは言っても頭の痛みは止まらない。
このままでは気が狂いそうだった。
/dev/null: おやめろください
POLICE: よく言った。だいたい、毎月小遣いをもらっておきながら、仕事が嫌とか税金泥棒だろう
/dev/null: 税金? あ、そうか。おっさんが小遣いをくれてたんじゃねえんだな
POLICE: 当たり前だ。なぜ私が愛人でもないヌルデバにお手当をやらなければならないんだ
/dev/null: 相変わらずえげつないこと言うな。お前、本当に警察官か?
POLICE: 私もヌルデバと同じ非公然部隊だが警察官だ
/dev/null: へー、おっさんもあたしと同じ犯罪者なんだ
POLICE: そういうことだ
/dev/null: なーんだ、早く言ってくれればいいのに
POLICE: 言ったら愛人になったか?
/dev/null: ぶっ殺すぞ、変態おやぢ
POLICE: 口が悪いぞ。どちらの立場が上なのか分かってないようだな
「ひゃー!」
茶々の乳首が硬直した。
「またこれなの? やめてよ、ほんとに。変態!」
茶々は、ふにゃふにゃの顔をして右手で固くなった乳首を、左手で口を押さえた。
乳首の鋭い快感が、歯茎にまで響いているような感じがしたからだ。
〝あら、宿主殿、オナニー? 愛液が出てきたわよ〟
愛液の気配に萌が反応した。
「違うの。悪いおやじに強制的に乳首を敏感にさせられたの」
〝私の他にも悪い虫が憑いてるのね〟
萌が茶々に淫靡な笑いを投げかけた。
「そいつは虫じゃなくて、私の首に埋め込んだICチップで私をコントロールするのよ」
〝あらあら、宿主殿って本当に支配されるのが好きなのね〟
「いや、そうじゃなくて。前に私がやった犯罪をもみ消してもらう代わりに警察の手先になったから」
〝そうなのね。でも、それで結局は喜んでいるんでしょ?〟
「なっ、そんなことないよ……」
〝ふふふ、そうね。そんなことないわよね〟
/dev/null: すまなかった。言い直すから止めてくれ
POLICE: いいだろう
/dev/null: 殺めて差し上げましょうか。特殊性癖の年上男性様
POLICE: ていねいに言えばいいというものでもないが、まあその着想に免じて許そう
/dev/null: ところで、おっさんもあたしと同じ准査なのか?
POLICE: 私は准査部長だ
/dev/null: へー!おっさん偉いんだな!
POLICE: どうだ、惚れたか?
/dev/null: 悪いな、あたしはおやじには興味ないんだ
POLICE: 私がおやじとは限らないだろう。ヌルデバのような高校生准査もいるんだからな
/dev/null: そっか。あたし、おっさんのことを県警のお巡りさんだと思ってたから、てっきりずっと年上だと思ってたよ
POLICE: さて、どうだろうな
いつの間にか茶々の頭痛と乳首の刺激も消えていた。
POLICE: さて、本題に入ろうか
/dev/null: おう、そうだな
POLICE: 今回の任務は、潜入による情報収集だ
/dev/null: いきなり潜入任務かよ。もっと簡単な仕事からやらせるもんじゃねえのか?
POLICE: もちろん簡単な任務だ
/dev/null: それならいいや。で、どんな任務?
POLICE: SECCONのCTFに潜入してもらいたい
/dev/null: SECCONは、別にUGなコミュニティでもなんでもない、ただのセキュリティイベントじゃん
CTFというのは、コンピュータセキュリティの知識や技能を競う競技だ。
この競技は、攻防戦形式で行われるものとクイズ形式で行われるもの、それらが同時に行われるものなどがある。
有名なところでは、毎年ラスベガスで開催される世界最大のコンピュータセキュリティ会議であるDEF CONの中で行われる競技がある。
日本でもホワイトハッカー育成を目指し、SECCONという名称でこの競技が行われている。
茶々は、話が長くなりそうな気配を感じたので、煙草を一本取り出して火を着けた。
くわえ煙草で軽快にキーを叩き続ける。
POLICE: それでだ。ヌルデバには女性限定のCTFに潜入してもらう
/dev/null: ああ、あれな。でも、なんでだよ?
POLICE: ヌルデバも私も、今ではなんの因果かマッポの手先でホワイトハッカーをやっているわけだ
/dev/null: そうだけど、そのネタは古すぎて若者にはわかんねえぞ
POLICE: お前に分かればいいんだ
/dev/null: あたしの歳で普通知ってるわけねえじゃん。あたしはたまたま知ってたけどよ
POLICE: たまたまじゃない。まあ細かいことは気にするな
/dev/null: 気になるようなこと言うなよ
POLICE: セキュリティに関わる人間は、我々のように表、裏、両方にまたがって棲息している奴が多い
/dev/null: いや、あたしたちは思いっきり裏だったじゃん
POLICE: 細かいことは気にするな
/dev/null: 意外と大雑把な奴だな
POLICE: 今回の任務は、女性限定のCTFに参加者として潜入し、他の参加者と接触することだ。そして、その中から裏側にいる人間を探してきてもらいたい
/dev/null: おしゃべりをして、話の中身からUGな子をみつければいいんだな
POLICE: そのとおり
/dev/null: お安い御用だ。いいぜ。経費は出るんだろうな?
POLICE: たぶん県警から出る。出なかったら自腹だ
/dev/null: おい、たぶんって何だよ。おっさん知らねえのかよ。いい加減なエージェントだな
茶々は腹が立ったが、エージェントの気の抜けようが妙に気持ちよく、怒る気になれなかった。
「なんだろう、この落ち着く感じ」
エージェントとチャットしていると、なぜか落ち着く。
昔から知っている間柄のように感じるのだ。
POLICE: それじゃあ頼んだぞ
エージェントは、一言メッセージを残してチャットからログアウトしていった。
茶々は、指定されたCTFに身分を隠して参加することになった。
会場は、都内某所。
CTF当日の朝。
茶々は、部屋で過ごす薄汚い女から女子高生に変身しなければならない。
まずシャワーを浴びる。
特にシャンプーは念入りにする。
髪に煙草の臭いが付いているからだ。
ドライヤーで髪を乾かして、いつものように右サイドをかき上げて耳にかける。
かき上げた髪が落ちてこないようにピンで留める。
化粧はしない。
リップで唇の血色を整える程度だ。
Eカップの乳房をブラジャーに収める。
いつ萌に発情させられるか分からないので、念のためショーツにナプキンを貼り付けた。
紫のシャカパンに大柄のアニマルプリントがあしらわれたTシャツを合わせた。
牛乳瓶の底のようなメガネからコンタクトレンズに替える。
足許は、5センチヒールの金色に輝くミュールをつっかける。
これが茶々の正装だ。
お世辞にもセンスがいいとは言えない。
学校の制服でもよかったのだが、龍生に事情を話したら止められた。
潜入任務とはいえ、情報収集だけなのでワルサーPPKは部屋に置いてきた。
もちろん、ベッドの上に投げ捨ててある。
警察手帳は、乳房の間に挟んでいるので他の人に見つかることはないだろう。
茶々は、自転車で関東鉄道竜ヶ崎線の竜ヶ崎駅に向かった。
日曜日の朝は、人通りも少なく自転車で走っていると気持ちがいい。
茶々は、鼻歌交じりに自転車を漕いだ。
駅に着くと、自転車置き場に自転車を停め、ミュールのかかとをかっぽんかっぽん鳴らしながら改札を通った。
竜ヶ崎線は、全部で3駅しかない「ド」が付く単線のローカル線だ。
竜ヶ崎─入地─佐貫の3駅だ。
列車が発車して加速するとき、ディーゼルエンジンの振動が腰に心地よく響く。
普段の通学では自転車を、日焼けサロンに行くときはひろちゃん号を使う茶々は、あまり竜ヶ崎線を使わない。
「ちゃーちゃん」
見慣れない車窓の風景をぼんやりと眺めていると、不意に自分を呼ぶ声がした。
萌の声ではない。
第一、萌は自分のことを「宿主殿」と呼ぶから呼び方が違う。
ただ、聞き覚えのある声ではあった。
茶々が声のした方を振り返ると、そこには龍生がにこにこしながら立っていた。
龍生は、白い開襟シャツに黒の学生ズボンを履いている。
つまり制服だ。
開襟シャツの左ポケットには、緑色のアイロンプリントで校章があしらわれている。
「あれえ、龍生じゃん。なにしてんの?」
無表情でぼんやりと外を見ていた茶々の凶悪な顔がふにゃっと柔らかくなった。
「いつもながら無表情のときの凶悪さと笑った顔のギャップがいいね」
龍生が嬉しそうに言った。
茶々は、顔を赤らめたが、それを見られるのが恥ずかしかったので、ぶっきらぼうに窓の外に顔を向けた。
「今日はどうしたの?」
龍生と電車で一緒になるなんて、めったにないことだったので嬉しかった。
態度は横柄にしていても、言葉の端々に嬉しさが出てしまう。
「模試」
龍生は短く答えた。
「相変わらず勉強熱心だな」
「ちゃーちゃんもそろそろ受験勉強始めないと間に合わないんじゃないの?」
「そうなんだよな。お前、どこ受けるんだ?」
「まだ決まってない」
「なんだよ、それで模試受けてどうすんだよ」
「あはは、まあ気分を盛り上げるためっていう感じかな。ちゃーちゃんは志望大学決まってるの?」
龍生が茶々の志望大学を訊いた。
実のところ、茶々は龍生と同じ大学に行きたかった。
だが、それを言うのは悔しかった。
高校受験のときも龍生の志望校に合わせて自分の受験校を決めた。
いま二人が通っている学校は、県内でも有数の進学校だ。
中3の夏、それを担任に伝えたところ、その学校はお前のレベルでは絶対に無理だと断言された。
それは茶々自身が一番良く分かっていた。
龍生は勉強ができる優等生タイプ。
自分は、半分落ちこぼれの黒ギャルだ。
それでも龍生と同じ学校に行きたくて、必死で勉強をした。
動機はいかがわしい方がいい。
モチベーションが続く。
かくして奇跡は起こった。
見事に龍生と同じ学校に合格することができたのだ。
おそらく合格者の偏差値の正規分布の中でも、茶々は左端の更に端に引っかかったくらいだろう。
そんな程度だったので入学してからも成績は超低空飛行を続けている。
龍生と同じ学校に通うことができていることで満足の茶々は、成績が振るわないことなど一向に気にならなかった。
しかし、次はそうもいかないと思っている。
高校に入ってから、茶々と龍生の成績は開く一方だった。
いくら茶々が頑張っても追いつける状況ではない。
「そうだなあ、あたしもまだ決めてないし、そもそも進学するかどうかもわからんよ」
茶々は、少し寂しそうに答えた。
「そうなんだ。決まったら教えてよ」
龍生は、茶々の進路が決まるのを楽しみにしているようだった。
「お前、なんでそんなに楽しそうなんだよ」
茶々が首をひねった。
「いや、特に理由はないよ。ちゃーちゃんがどこに行くのか気になっただけ」
「わけわかんねえ」
竜ヶ崎線は、途中に駅が一つしかない。
二人が話をしていると、あっという間に終点の佐貫駅に着いた。
茶々は、佐貫で上りの常磐線に乗り換える。
龍生は、下りの常磐線で土浦まで行くという。
CTFの会場は、都内某所にある大手IT企業のカンファレンスルームだ。
茶々にとって東京に出るというのは、一大イベントだ。
茶々は、都内の電車に乗り慣れていない。
常磐線でも柏より先に行くことは、めったにない。
柏が東京を感じることができる最先端の街だった。
「東京は嫌い!」
茶々には、乗り換えのダンジョンが難関で、なかなか目的の場所にたどり着けず泣きたくなった。
東京の大学に通うようになったら、毎日こんな苦労をしなければならないのかと思うとぞっとした。
紫のシャカパンにハイヒールのミュールをかっぽんかっぽん鳴らして、きょろきょろとあたりを見回しながら道に迷っている茶々の姿は、周囲の憐れみを誘っていたに違いない。
「あたしは茨城県警の警察官なんだぞ。なんで東京に行かなきゃならねえんだよ」
やっとの思いで会場に着いた茶々は、憤懣やるかたない様子だった。
会場に着いた茶々は、真っ先にトイレに駆け込んだ。
ずっとおしっこを我慢していたからだ。
「あんまり出ないなあ」
茶々は、自分が感じていた尿意と実際に出たおしっこの量の違いに違和感を覚えた。
おしっこは出し切ってしまったはずなのに、残尿感が強く残っている。
お腹に力を入れてみてもおしっこは出ない。
これが男性だったら前立腺肥大確定のところだ。
〝ふふっ〟
萌が笑った。
「なに、どうしたの?」
茶々は、残尿感を気にしながらも萌の声が聞けたことで和んだ。
〝おしっこしたいのに出ないみたいね〟
「そうよ。なんかおしっこが残ってるみたいな気がするんだけど、全然出ないのよ」
茶々が違和感を訴えた。
〝それ、おしっこじゃなくて私〟
「えっ!? どういうこと?」
〝私が宿主殿の膀胱の中にいるからじゃないかしら〟
萌がさらっと言った。
「もー、なんてことしてくれるのよ。やめてよー」
茶々がふにゃふにゃの笑顔を作りながら形だけの抗議をした。
自分の膀胱の中に萌がいることが分かった途端、それまでの違和感が快感に変わってしまったからだ。
「ねえ萌」
〝なにかしら〟
「動いてみて。麻酔なしで……」
膀胱の中で萌が動くところを想像したら息が苦しくなった。
〝変態さんなんだから〟
萌がくすくす笑った。
「ふ、ん……」
茶々が短く声を漏らした。
膀胱の中で萌が動いた。
膀胱の中でとぐろを巻いていた萌がぐにょぐにょと動き回っている。
強烈な尿意と体の中を虫が這いずり回る気持ちの悪さを受け続けることが嬉しかった。
萌という絶対的に信頼できる相手から与えられる不快感は、ひっくり返って快感になる。
不快感そのものが快感なのではない。
不快感を自分の意思で与えられ、それに耐えているという状況が快感をもたらす。
茶々のMっ気は、自虐の要素がとても強い。
最近は、その不快感を与えてくれるよう萌におねだりをしてしまう。
萌も茶々の願いを聞き入れてくれる。
「もう行かなきゃ。止まって」
肩で息をしながら萌に懇願した。
〝あらそうなの。残念ね〟
そう言いながら萌は動きを止めた。
「膀胱の中は、ずっとおしっこしたいみたいな感じが続くから許して」
これからCTFで勝負しようというのに、膀胱に萌を感じて続けていたのでは何も考えられなくなってしまう。
〝しょうがないわね。じゃあよそに移るわよ〟
「お願い」
膀胱の中に感じていた萌の形が消えた。
萌が麻酔成分を分泌したようだ。
このあと、萌は膀胱を破って体内の旅に出るのだろう。
そう思っていたところ、急に尿道を押し広げられるような感じがした。
「ちょっ……」
言葉にならなかった。
茶々は腰の力が抜けた。
萌は、尿道を通って外に顔を出した。
そして、尿道口のすぐ隣りにある膣の入り口から中に入っていった。
にゅるにゅると尿道から出る萌。
それがそのまま膣に入ってくる。
正体が萌だと分かっていても、異常過ぎる状況に茶々は混乱した。
〝何か出てるみたいだから、いただくわよ〟
「う、うん。どうぞ召し上がれ」
茶々が息も絶え絶えに答えた。
〝このあとは、ここでおとなしくしているから安心して〟
「わかった」
居場所を教えてくれるのは安心できる。
しかし、どこに萌がいるのかを意識してしまい、不意に興奮してしまうことがある。
良し悪しだ。
茶々は、少しふらつきながら会場に戻り席に着いた。
CTFは、コンピュータに関する幅広い知識が要求される。
リバースエンジニアリング、シェルコード、 Web技術、フォレンジック技術、ネットワーク、暗号理論、画像処理、公開鍵、プログラミング言語、データベース、OS、ファイルシステム、脆弱性とバグ、情報の秘匿(ステガノ)、ログ解析などなど幅広いというより、全般だ。
茶々は、暗号を不得手とする。
楕円曲線暗号がどうしても解けない。
もともと数学が苦手で、学校では赤点の常連だ。
チーム戦であれば、得意分野を担当分けすることで穴を開けずに戦える。
しかし、個人戦の場合、苦手分野は捨てざるを得ない。
どれだけ広い分野での知識を身につけ、穴を作らないかがCTFで勝つための肝となる。
茶々は、ときどき萌がいる下腹部をさすりながら競技に取り組んだ。
回りには、若い妊婦のように見えていたかもしれない。
競技では、得意のアタックやexploitといった分野で高得点をたたき出した。
しかし、やはり苦手の暗号が足を引っ張り、総合では上位入賞を逃した。
それでも17歳女子高生の奮闘ぶりは周囲の注目を集めた。
競技後の懇親会でも茶々はたくさんの人から話しかけられた。
主催者を含め参加者は、茶々がかつて大暴れしていたクラッカーのヌルデバだとは誰も知らない。
突如現れた黒ギャルハッカーといった目で見られた。
「だから、あたしはギャルじゃねえっつーの」
競技成績が芳しくなかったことよりも、黒ギャルに見られることの方が気に食わなかった。
結局、その日、自分と同じ匂いのする女性をみつけることはできなかった。
話が合った数人の女性と連絡先を交換して会場であるオフィスビルを出た。
そして、帰り道がわからず途方に暮れた。
自分が今どこにいて、どちらに向かえば最寄り駅に着けるのか、皆目見当がつかなかった。
茶々は、スマホを取り出して最寄り駅までの経路を検索した。
立ち止まってスマホの画面に集中している茶々の後ろから、白い1BOX車がゆっくりと近づいていた。