魔法少女は大学生
あれから数週間が経った。
父さんと母さんは、遺体どころか証拠すらなかったため行方不明になったと警察の人からは言われた。僕の両親は駆け落ちで結婚したため、親戚などのつきあいはなく、引き取ってくれる相手もいなかった。
僕は天涯孤独の身――になるはずだった。
「まさか、うちの学校の生徒にまで魔女の被害が出ちゃうなんてな」
「よっぽど運がなかったのね」
「レナちゃん、そんな言い方ないよ」
ため息をついている金髪のポニーテールの女の子、水色の髪をツインテールにした女の子、そして赤い髪をその子とお揃いの形にしている女の子の順で話している。
最初からだと、十咎ももこさん、水波レナさん、秋野かえでさん。彼女たちはリビングの広間に敷かれた座布団に座ってる。
三人とも、僕と同じ神浜市立大付属学校の生徒だ。だから今は見慣れた制服を身にまとっている。そして彼女たちもまたあのとき絶体絶命だった僕を助けてくれたあの人と同じ、魔法少女だ。
彼女たちは、数週間前に僕を襲った化け物――魔女を退治する使命を負った女の子達で、だからあのとき僕は助けられたんだ。
「そうよ。レナちゃん。もし一般人を魔女の被害に遭わせてしまったのなら。それは間違いなく私達の責任なのよ。・・・・・・この子の場合は特にね」
そして、僕達がここでくつろいでる家の持ち主であり、彼女たちと同じ魔法少女でもあり、僕の命の恩人の七海やちよさんが、居間の奥から出てきた。
「・・・す、すみません」
かえでさんに注意されてもあまり気にしていなかったのに、やちよさんに言われるとしゅんとしてしまうレナさん。助けてもらったときから思っていたけど、本当にすごい人なんだな。他の魔法少女達にもこんな風に尊敬されてるなんて。
僕はなんでこの家にいるかというと、ここが僕の家になってしまったからだ。
両親が死んで、親戚などの当てのない僕は元々どこかの児童養護施設に入れられるはずだった。それを、やちよさんが声をかけてくれてすべての状況が変った。僕は今、もともと下宿だったこの大きな家の一室で生活させてもらっている。
お金とかの生活費のこともあって、最初は僕も遠慮していたんだけど、大学生の傍ら、モデルの仕事もこなしているのでお金には困らないと言われ、施設に行くくらいならとやちよさんのところで住まわしてもらっているのだ。
国からはちゃんとした保険金のようなモノが支給されて、それは全部やちよさんに管理してもらっている。もちろん、父さんと母さんが遺していた貯金も。
ただでさえ、大学、モデルの仕事、しかも魔法少女までやっている忙しい身分なのに、僕のことをここまで気にかけてくれたのだから、せめてもの恩返しと思っている。
「私じゃなくて、彼に謝りなさい」
厳しい目でレナさんを見つめる。僕を助けてくれたときや、この前商店街で一緒に買い物したときは優しいお姉さんみたいだったけど、こういうところではすごく真剣に怒るんだ。
そのギャップのせいでちょっと怖いなって思ってしまうけど、それは心配してることの裏返しなんだなって、両親を亡くしたばかりの僕にはなんとなくわかった。
「うっ・・・、その、ごめん」
「大丈夫ですよ。気にしてないので。レナさんも悪気があって言ったわけじゃないんだし」
確かに、父さんや母さんを見捨てたことは引きずってる。僕だけが生き残ってしまったという罪悪感は捨てきれない。でも、やちよさんと生活を初めて数週間、大分気持ちの整理がついてきた。
「お前って、結構気前の良い奴なんだな。やちよさんから聞いた時はびっくりしちゃったけどなんか安心した」
「安心? どういうことかしら?」
今度はももこさんに向かってにらみつけるような目を向ける。やっぱり怖いな。今のところこの人を怒らせたことはしたことないけど、絶対にこの人を怒らせないようにしよう。
「えっ!? いや、それは・・・・・・」
ももこさんはレナさんに向いていた矛先が、自分に向いたせいで慌てる。そのせいでどう言い訳して良いのかも分からなくなってしまっているようだ。
やがて、聞くだけ野暮だと察したやちよさんはため息をつく。
「はぁ。全く、それじゃあみんな。報告会を始めるわよ」
そこからしばらくは、魔法少女のみんながどんなことをしたかとかそんな反省会のようなモノが開かれた。といっても、お菓子や紅茶を飲みながらの軽いモノで、女子会のような雰囲気だ。僕がいるとなんか違和感があるというか居心地が悪いと感じてしまうけど。
報告会が終われば、皆時間を見て帰って行った。確かにちょっと居心地は悪かったかもしれないけど、やちよさんの知り合いと仲良くなれてよかった。
ももこさんは気前が良くて、やちよさんみたいに頼りがいのある人だし、レナさんはちょっと口が悪いところもあるけど内心は皆――特にかえでちゃんのことを想っている人なんだなって印象を受けた。
かえでさんは、僕と同じで気が弱そうだから、気が合いそうだな。やちよさんから僕のことを紹介してもらったときは、植物とかが好きって言ってたっけ。
「そういえば、もう宿題は終わったの?」
皆がいなくなったあと、僕はお菓子の袋や食器の片付けをしているやちよさんの手伝いをしていたとき、やちよさんはそう話しかけてきた。
僕は一瞬ドキッとしたけど、下手に隠すと怒られるのは分かっていたので正直に話すことにした。
「その・・・半分はできてるんですけど、どうしてもわからないところがあって」
「そう。なら見せてちょうだい。教えてあげるから」
ちゃんと報告すると、やちよさんは優しく微笑んでくれた。それを見た僕はさっきとは違う意味でドキっとしてしまったけどそれは内緒にしておこう。
「ここ、計算間違ってるわよ」
さっきまで魔法少女の皆がお菓子を食べていたテーブルで、ぼくはやちよさんと向かい合って座っている。テーブルの上には数学のノートと参考書が広げられている。
「どこが間違ってるかわかる?」
そう言われて、指摘された問題と自分の解答を見つめ直す。えっと、この連立方程式は・・・あ、そうか。正と負の数字を入れ替えるのを忘れてたんだ。
だから・・・。
僕は見つけたところを修正して、もう一度答えを出す。するとさっき出した答えとは別の解答になった。
「正解よ。よく自分で見つけられたわね。ここは慣れてないと忘れがちだからちゃんと覚えておくのよ」
褒めてくれるやちよさんに、一瞬魅入ってしまった。嬉しいけど今は勉強に集中しないと。えっと次の問題は・・・図形の証明か。どう見たって合同なのに何を証明するんだ。
「あぁ、確かにそれは練習しないと難しいわね」
そう言うと、やちよさんは身を乗り出して、向かい合ってすわっている僕の参考書をペンで指さした。一瞬、やちよさんの顔が近くなったと思った僕は反射的にドギマギしてしまうけどその後、それを遙かに凌駕するモノが現れた。
「――っ!?」
やちよさんの今の格好は、初めて会ったときのワンピース。黒と白のモノトーンで大人っぽい印象を受けるその格好は、首や肩周りが結構はだけていた。
だから、前屈みになるとやちよさんの胸元が見えた。前屈みのせいで重力に引っ張られている胸。それを固定している黒のブラ。髪をかき上げたときにちらりと覗いた脇。一瞬鼻についた甘くバニラのような香り――それらが思考を埋め尽くした。
「――こことここが、平行で、それで錯角になってるから・・・ねぇ話聞いてるの?」
「あっ・・・すすすみませんっ!」
やちよさんに問い詰められた僕は慌てて目を問題の方に向ける。でも、さっきの光景が目に焼き付いてしまった。不意に下半身が熱くなっているのを感じる。
それでも意識を問題の方へと向けてなんとか宿題を進めていった。けど、問題を解いている合間でもさっきの光景が脳裏の浮かんでしまい、あの瞬間、自分が興奮しているということを自覚してしまった。
命の恩人に・・・あろうことか、欲情してしまうなんて。今の自分の立場を鑑みたときどうしようもない自己嫌悪に陥ってしまった。というか、しばらく立てないと思う。
「はぁ・・・・・・」
その夜。お風呂や夕食を終えた僕は用意してもらった自分の部屋に入った僕は、安堵のため息をついた。宿題はやちよさんが教えてくれたのですぐに終わったけど、まだ寝るにはちょっと早い時間だ。
スマホばかり弄ってたらデータ量がすぐなくなるし。
でもテレビとか見てたら、やちよさんに迷惑かけそうだしな。夜更かししそうだし、忙しいやちよさんの邪魔になるだろう。
「・・・・・・」
無言でベッドの上に寝転がった。
完全に手持ち無沙汰だ。やることがない。無言で天井を見上げていると、またあの光景がフラッシュバックする。
「・・・・・・」
うわ、どうしよう。下半身が熱くなってきた。寝間着としてきている緩いズボンも窮屈に感じる。辛い。今も頭の中がやちよさんでいっぱいになってしまってる。
やちよさん、綺麗なだしなぁ。いつもは冷静沈着というか、あまり表情を変えないけれど今日とか、たまに見せる優しい微笑みは本当に素敵だと思う。
あぁ、このままじゃ寝られないぞ。いつもなら気にすることはなかったんだけど、今日は違う。
思いっきり見ちゃったもんなぁ。
やちよさんの胸。
「・・・ちょっとくらい、いいよな」
そんな言い訳のようなことをつぶやきながら、僕は起き上がって、下半身を窮屈にしているズボンを脱ぎ捨てた。当然、下着の一緒にだ。
僕の下半身にある固くなったそれを見下ろした僕は、右手でそれをつかむ。
一応、中学生なのだから保健体育などで自慰行為の意味ややり方はわかる。ただ、今までは友達に貸してもらったグラビアとかでやっていたんだけど、こうして身近な人を想像することなんて夢にも思わなかった。
「・・・」
いきり立ったそれを上下に動かしていく。繰り返してく度にどんどん固くなっていくのが触れているからわかる。
「やちよさん・・・っ」
動かしながら頭に浮かんできた命の恩人の名前を呼ぶ。こんなことしてはいけない、そんな気持ちが確かにあるのにもかかわらず、それをしてしまうという――背徳感のようなものが、それを加速させていく。
「はぁ・・・やちよさん・・・・・・やちよさんっ・・・んっふ・・・やちよ・・・・・・さん・・・やちよさん・・・やちよさんやちよさんやちよさんっ・・・・・・」
頭の中が彼女だけになる。勉強中に見た胸元やブラ、首筋や脇、そしてたまに見せてくれるあの笑みにも興奮してしまっていた。
手の動きはどんどん速くなる。一番大きくふくれあがったそれからは、入り口の奥からナニカが溢れてきそうになる。
・・・・・・そろそろだ。
「うぅっ・・・やちよさん・・・ん、やちよさん、僕・・・やちよさんが・・・・・・っ!」
感覚が支配される。もうすぐ、もうすぐ・・・っ!
ついにそれがやってこようとしたそのときだった。
バンッ!
という音がした。
「――大丈夫!? 何があっ・・・・・・っ!?」
その声が聞こえたのと同時に僕はそれを迎えた。僕が握っていたものから白濁とした液体が飛び出した。すべて出し切った瞬間、僕は気づいてしまった。
ネグリジェ姿のやちよさんが僕の部屋の前で絶句しているのを。
「ぇ・・・ぁ、やちよさ・・・なんでっ・・・」
僕は頭の中が真っ白になってしまう。
み、見られた。一人でしているところを、しかも一番見られたくないところを!
「いや・・・その、これは――」
「――いいから早く片付けて」
やちよさんは自分の手で顔を覆い、僕の部屋から目を反らしている。でもその声色は、レナさんやももこさんに向けてはなった厳しい口調よりも恐怖を感じた。
「は――はいっ!」
その恐怖のせいか、パニックが打ち消されて自分の粗相をティッシュなどで片付け始める。そのあとすぐに脱ぎ捨ててあったズボンをはいた。
扉はいつの間にか閉まっていたけど、片付けが終わってからちょっと経つと扉の向こうから声が聞こる。
「・・・もう入って良いかしら?」
その声を聞いた瞬間僕は覚悟した。
終わった。色々終わった。
命の恩人をオカズにして、あろうことかイってるところまで見られるなんて。
こんなの追い出されても文句は言えない。
「・・・はい」
腹をくくった僕だけど、返事をする声は情けないほど弱々しいモノだった。
それでも聞こえたのか、それとも沈黙を肯定と取ったのか、やちよさんは再び僕の部屋の扉を開けて部屋に入ってきた。
「・・・」
やちよさんは何も言わない。僕は部屋の真ん中で正座をしていた。
数刻程度の沈黙が、僕にとっては数時間にすら感じることができた異様な空間を打ち破ったのはやちよさんだった。
「ねぇ、さっき何してたの?」
「・・・」
確かめるように訪ねてくる。でも僕はどう言って良いのか分からなくて何も黙りこくってしまう。それでも彼女は繰り返した。今度は冷たい声で。
「答えなさい」
「……オナニーしてました」
その声で言われると、答えてしまう。
というかもう現行犯なんだから供述とか尋問とかいらないと思うんだけど。
でもやちよさんの尋問はまだ終わっていなかった。
「誰でしてたの?」
「・・・や、やちよさん・・・です」
震えた声で白状する。あぁ、もう全部終わったんだな。そうだよな、これは天罰だよな。都合良く自分だけ助かってしまったことへの。
「・・・ふーん」
やちよさんの声色が、ちょっと変ったような気がした。さっきの冷たい声ではなく、どこか照れた感じの。でもうつむいている僕に、それを確かめる手段はない。
「あなたも男の子なんだし、女の人に興味があるのはわかるのよ。でも、命の恩人をそういう邪な目で見るのはどうかと思うのよね」
はい。全くのその通りです。
「・・・あの、僕は・・・どうなるんでしょうか?」
僕は命の恩人に欲情してしまう変態です。あぁもうここまで来るとすがすがしくなるな。
心が軽い。こんな気持ちになるなんて初めてだ。もう何も怖くない。
心して彼女の判決を受け入れよう。死んでいった父さんや母さんには土下座しても足りない。だからこの人達を代わりに僕を地獄に堕としてくれ。
やちよさんが近づいてくるのが足を音で分かる。そして、足音はうつむいたままの僕の目の前で止まった。
「そうね。そんなおませさんとは一緒に暮らせないから――」
上から聞こえていたはずの声が、突然、耳元でささやかれた。
「――私が教えてあげないとね」