※この作品はR-18です。

恥丘征服   作:トラロック

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10 強者と精神支配

 

 全員の名乗りによって正体不明の武装集団『漆黒聖典』の事が少(・)し(・)分かってきた。とはいえ名前だけとも言える。

 ナコトがこの世界に来て数年が過ぎているが彼らの接点はクレマンティーヌだけ。

 皆殺しにしろ、だとか。因縁めいたエピソードは無い。だから彼らに個人的に思う事は無い。

 白黒こと『アンティリーネ・ヘラン・フーシェ』という少女を含めて実際の戦闘を目撃していないために強いのか弱いのか分からない。しかし、弱くはないと予想はしている。

 武装を床にそれぞれ置いたのを確認してから改めて鍛練内容を伝える。

 モンスター討伐以外に言うべきことは無い筈だが

 質問をある程度を受け付けて疑念を少しでも晴らしておく。秘密の部分は教えないけれど、と。

 

「皆さんの基準で言う『難度』で言えば二五〇近く。……実際にどれだけ強いのかはっきりしないので既に超えている方が居るかもしれません。なのでアルシェさんの基準で難度設定いたしました」

「……難度二五〇はアダマンタイト級でも脅威というか……、国家でいう所の災厄に近い。それだけの強さを得られるというのか、この施設で」

「単なる数字の変動です。実際の感覚はそれぞれで確かめてください」

 

 ナコトが簡単に言うものだから数字の変動程度である筈の無い難度設定について色々と紛糾する。

 アンティリーネは特に変化は無いがそれ以外は唸っていた。

 

「我々の最終目標である『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』はそれ以上の強さだと言われているわ。今から驚いても仕方がないじゃない」

 

 実際に戦ったことは無いので強いのかと聞かれても困るけれど、と小さな声でアンティリーネは言った。

 まだ見ぬ強敵は確かに存在する。しかし、そのまま何年も過ぎてしまえば弱体化するのは自分達だ。強い内に邪魔者を倒す。そうでなければ安定的に強くなれる方法を模索するしかない。そして、その方法をスレイン法国は持ち得ていないから今まで苦労してきた。

 奇跡ばかりに頼る時代は古臭いが捨てることも出来ない。

 しかし、ナコトは難度二〇〇越えをなんとも思っていないのが気になった。自分達の感覚では相当の努力でも到達不可能と言わしめる数値である。

 

「余裕をもって二五〇です。それ以上は個人能力を自分の意思とは関係なく束縛するようになってしまうので、残りは個人で努力してほしいです」

「……残りはって……。残りがあるのか?」

 

 強さに上限があるのか。それとも数値は巨大なものではないのか、と疑問が湧く。

 アンティリーネも槍使いである青年ザイヤー・ヴェレ・ウンドゥスも驚いた。彼は何を言っているんだ、と。

 単なる増強程度だから簡単に聞こえてしまう。しかし、その内容は本来であればあり得ないものだ。

 幾人かはアルシェを見る。

 この施設で強くなったらしい彼女はどう感じているのか。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 漆黒聖典の者達に見つめられた若き魔法詠唱者(マジック・キャスター)の少女は戸惑った。自分でも言葉にできないが確かに強くなった事をどう伝えればいいのかを。

 分かる範囲で説明するアルシェ・イーブ・リイル・フルト。

 見た目は冴えない元貴族の少女だが現時点ではアンティリーネ並みに強い。物理攻撃が高いわけではないので殴り合いでは戦士(ファイター)職(クラス)に劣るけれど。

 

「居残り組みの皆さんには寝床を用意しますが、食事に関して材料はありますが料理人は居りません。色々と危惧を用意するので各自で料理を作ってください。アルシェさんも手伝って下さい」

「はい」

「鍛練が終わったら都市に転移させますので。増強は一人か二人ずつになるかと思います。そこは了承してください。後でやり直せ、という文句は受けたくないので希望をある程度書いてください。出来る限り叶えます。……だからこそ皆さんの能力をある程度は知らなければなりません。人には向き不向きがありますから」

 

 淡々と告げていくナコト。

 相手に何も教えないまま強くなる、という事は今までと変わらない。ここは自分が伸ばしたい能力を局所的に増強できる可能性がある。

 彼の言葉がどれほどの信憑性を持っているのか。初めて来る場所であり、色々と戸惑う事も理解できる。その中でアンティリーネは『できる』と言い切るだけの確証があるのだと感じていた。後は自分達側が素直になるだけだが、簡単にはいかない事も理解している。であれば、どうすれば事態をスムーズに進められるのか。

 

 実際にやってみればいい。

 

 第一歩を踏み出して確認さえできれば不安は解消される。身の回りの世話をしようとしているアルシェという少女はそうして強くなった筈だから。

 ただ、アンティリーネも俄(にわ)かには信じられなかった。

 本当に短期間で強くなれるものかどうかを。

 

「口に出さずとも書面で各自提出して頑張りましょう。方向性を間違えた強さを手に入れてがっかりしたくないわ」

 

 各自に用紙を配ろうとしていたアルシェから何枚か紙を受け取るアンティリーネ。彼女に倣ってザイヤーも受け取った。

 市販されている紙とペンとインクは市民からすれば高額商品だ。それを惜しげも無く提供してくるところから資金面は割合豊富だと思われる。

 これだけの施設を用意したのだから何が起きても不思議は無い。

 

「といっても私達って……、本能で敵を倒してきたから方向性って考えたことなかったわ。皆は何か考えて行動していた?」

「私の場合は槍術を。魔法はそれぞれ得意とする系統を極めようとしていましたよ」

 

 中にはただ強くなりたい一心で武器を振るい続けた筋肉ダルマも居るようだけど、と第十席次ザングー・ビョンドル・デデッケームを見ながらアンティリーネは呟く。

 第七席次ノートリム・ヤイラム・セプリエンは遠隔地を調査する魔法の使い手でモンスター討伐には不向きだった。

 味方の補佐をする第四席次シリューネン・ミンツ・クオンタルス。

 防御に厚い第八席次セドラン。

 個人毎に鍛練する場合、確かに得意分野を伸ばすのが常道である。しかし、本心は別にある者も居るかもしれない。

 役割として使用していたが本人は別の能力を伸ばしたかった、という事もある。

 

「……最初の人以外は余裕をもって考えておいてください。武技と魔法は未完成ですが、作りかけの資料を参考にしてください。無理なものは無理だ、という事もあります。種族を竜(ドラゴン)にしろ、とか。最高位の魔法だけ修得したいとかは……無理です」

「……ちょっと期待してた」

 

 未完成という事は同時進行で調査中ということだ。

 ここで自分達が秘匿ばかりしていると有意義な能力を身に着けるにあたって障害になりやすくなってしまう。けれども教えたくない情報もまたある。そこら辺の妥協点の探り合いが続けば時間ばかりかかってしまう。

 アンティリーネは妥協して三日ほど滞在する予定だ。その間にどれだけの事が出来るのか。いや、その前にナコトは自分の期待にどれだけ応えてくれるのか知らなければならない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 一番最初に挑戦する権利を得ているアンティリーネは何の情報を書けばいいのか迷った。

 名前は言った。武器の事を書くべきか。まさか出生の秘密から始めなければならない事とかあるのか。それとも単純に自分の種族の事を書いていいのか。

 混乱してきたので手を上げた。

 

「……伸ばしたい能力だけを書けばいいの? それとも自分の生まれから事細かく書くの?」

「分かる範囲でいいので、自分が取得しているであろう職業(クラス)と特殊技術(スキル)。武技も重複を避けるために書いてほしいです。人間しか居ないと思いますが……、亜人や異形種は種族レベルを持っています。それによっては彼らと独自の能力を確保する事も可能です。……ということなので名前や出身地はあまり関係ないかと。食べ物関係位ですかね、それらは」

 

 流暢に述べられてアンティリーネは呆然とした。

 彼の知るべき事柄は本当に事務的だった事に。漆黒聖典がどうとか関係なかった。

 おそらくスレイン法国という国すらも能力の前では意味が無い、とでも言っているかのように。

 

「ならば槍から弓使いになりたい場合も叶えてくれると?」

「本人がなりたいと願えば……。その結果、既に修得している職業(クラス)との競合で実力が上手く出ない場合があります。何でもいいわけではありません。物事に得手不得手があるように能力も同じように起きます。そうそう。出来ない事をまずは教えておきましょう。全ての職業(クラス)と全ての魔法を覚える事は不可能です。……いや、出来るはずがない、というのは持論ですが……」

 

 資料作りは目的の一つだが無敵の存在になりたいわけではない。

 そうならざるを得ない事態も想定はしている。だが、精神面で大きく負荷が掛かる。これはチャタル・ヒュユクの存在で明らかになってしまった。

 

「職業(クラス)によっては理論的に全ての魔法を扱える可能性はありますが……。相当量の対価が必要になります」

「魔法のスクロールを大量に消費するからでしょう?」

 

 『占星千里』と呼ばれる女子高生風の服を着ているノートリムが言った。

 魔法のスクロールだけではなく鉱石のようなアイテムでも魔法を発動させられる。それらを扱う特殊技術(スキル)が存在する。

 当然、魔法一回に対して一枚のスクロールるが消費される。そのスクロールは購入するとなれば現地通貨で金貨一枚から。結構高額である。それを大量に持つということは余程、資金が潤沢でなければ無理だ。

 ナコトはそれを解決する為に素材から集めようとしている。

 自分で魔法のスクロールを作る。それに資料が必要となってくるというわけだ。そして、アンティリーネは施設が広大な理由も察しがついた。

 先程話題に出した竜(ドラゴン)が必要な事も理解できてしまった。

 

「……この施設、モンスター討伐以外にも利用価値があるのね」

「現時点では足りないものが多くありますが……。一番の問題は運営者が私一人だけ。お陰であちこち行ったり来たりが大変で」

 

 広大な施設を作り、他人を増強しつつ資料を作成する。では、その目的は何なのか。

 単なる情報による利益というには規模が大きい。これだけのものを一人で運営するのは些(いささ)か疑問だ。

 富の独占とも思えない。

 これだけの施設を以てして叶えるものは想像できないが分かりやすい例えでは国家だ。しかし、それをどこに作るのか。また目的は、と。

 スレイン法国に知られた以上は国家であるというのもおかしな話しだ。母国は少なくとも益にならなければ他国を滅ぼす事に躊躇いは無い。だからこそ六色聖典が組織された。

 いくらナコトが万能の能力者だとしても漆黒聖典が総力を挙げれば討伐出来ないわけがない。それだけの事を成しうる力があると自負している。

 

「これだけの施設を用意してまで貴方は何がしたいの? 単なる興味にしては規模が大きいわよ」

「確かにそうですね。他人様を強くしといて自分は何もしないわけがない。まあ、夢ですよ。それには資料がどうしても必要です。自分に無い能力をいくつか用意しなければなりませんから」

 

 アンティリーネの皮肉めいた質問に対し、ナコトは平然と答えた。

 漆黒聖典側の危惧を想定した上で。

 

「魔法や特殊技術(スキル)には夢があります。それを単なるモンスター討伐にだけ使うのは勿体ない。いくつかある魔法で可能かどうかの実証をしたいと思いまして。例えば空に城を作り上げる。……これは実例があるそうなのでいつか調べてみたいのですが……。もし、それが可能であればもっと大規模なものが作れるとは思いませんか?」

 

 スレイン法国より更に南方には広大な砂漠地帯が存在する。そこには巨大な城が宙に浮いている。都市の名は『エリュエンティウ』という。

 それ自体はアンティリーネとザイヤーも存在を知っていた。ただ、それがどうして存在しているかは知らない。

 

「国を作りたいわけではないのですが……。空中に巨大建造物を長期間……。少なくとも数百年も維持し続ける技術。これをまずは再現したい。空に物体を浮かせる魔法には限度があります。しかし、あればその枠組みから外れている。特別な魔法アイテムだと夢が無いのですが……」

「……重さと時間だな」

「はい。魔法にはもっと可能性があるんです。その一環としてこういう施設を作りました。大規模な実験をするために。……ただ、広すぎるゆえに生活するには大変でして……。何もない空間に長期間居ると具合が悪くなる」

 

 もっと快適化と思っていたが一人でいると辛くなる。

 大勢が居れば賑やかだが、その分管理が甚大になる。それぞれメリットとデメリットがあるので中々前に進めない。

 それらを解決するためには何名かの管理人や助手がどうしても必要だ。

 あるいはナコト自身が精神攻撃に対する完全耐性を身に着けるしかない。一番簡単なのは専用の種族になることだ。

 人間種ゆえに色々と弱点があるが異形種は肉体的にも精神的にも強靭なものが多い。しかし、それにはなりたくない。

 人間をやめると感じ方が変わる可能性があるからだ。そうなると折角の方向性が狂ってしまうおそれがある。

 

「……貴方の目的を達成するにはある程度の職業(クラス)や能力が必要になる。それって……、それ専用に自在に扱えるってことよね?」

 

 言葉足らずのアンティリーネの意見にナコトは首肯する。

 本来ならば秘匿情報である筈だか素直な反応に彼女は少し驚いた。他の者も様々な反応を示している。

 

「……つまり、貴方の邪魔をしない事を約束すれば私達は己の望むまま強くしてもらえるってことね」

 

 途中経過を省き、アンティリーネは結論を述べた。

 国としての責務は彼とて理解している。その上でこちらの意見に応えてくれた。

 増強と言っても自分の邪魔になる相手にまともな方法は取らない。それが一般的だ。それを成すには相手を騙すしかない。

 しかし、ナコトはそういう危惧を分かった上で話してくれたんだと思った。

 であるならば強さが中途半端という理由にも納得できる。

 

「本当に強くなりたければ……」

 

 自分でなるのが一番安全だ。非合法にはそれなりの対価が必要になる。

 だが、欲深いアンティリーネとしては何が起きるのか気になって仕方がない。ここはスレイン法国を犠牲にしてでも確かめたい。そう思うほどナコトに期待している。

 一番は無理だとしても近い位置には行きたい。だから、紙には秘匿せずに書こうと決めた。

 書くべき事柄は自分の種族と取得している職業(クラス)などだけでいいらしい。

 出身などを問われないのは気分的にもありがたいが、これだけでいいのかと逆に不安になる。武器の情報は要らないのか、と。

 その事を尋ねると装備できない武具はどうでもいいです、と興味なさげに応えてきた。思わず気の抜けた吐息が漏れた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 漆黒聖典がそれぞれ持つ武具は一級品揃いだ。並みの冒険者であれば気になるものとして注目される。それをナコトは興味が無いと言う。

 とても信じられなかった。

 確かに魔法にしか興味のない人間を彼らは知っている。その類(たぐい)の人種かと呆れてしまった。

 

「モンスター討伐の後で面談してから決めていきますので。討伐中にどんどん決まっていったりはしません」

「分かりました」

 

 勝手に強くなることは少なくとも防げる。それが分かって安心するのが半数ほど。残りはまだ理解に追い付いていない。

 彼らが戸惑っていようが期日が迫っている者(アンティリーネ)の為に立ち止まっている暇はない。ナコトはすぐさま準備にと取り掛かる。

 その前に作業をよ(・)り(・)効(・)率(・)化(・)するためのお願いをしなければならない。

 

「一番手であるアンティリーネさん。他の皆さんもそうですが、まずは私の仲間になる。またはチームの一員になると宣言してください。これは口頭で構いません。終わったら脱退しますと言うだけでいいです。途中で破ると身体(しんたい)的に罰則などは起きません」

「……仲間? 言うだけ?」

「経験上、その方が都合がいいので。それと武器はそのままでいいですか? 汚れたら困るとかならこちらが用意しますよ」

「特に制限は無いわ。このままでも構わない」

 

 一つ一つの事柄を事務的に処理する。その様子からも漆黒聖典の武具に興味があると感じ取れなかった。

 淡々と進むが仕事として割り切っているナコトの顔は無駄に読み解かなくても良いくらい何も無かった。感情が抜け落ちているかのように。

 それは幾多の修羅場を潜ってきた自分達と同様のような雰囲気があった。

 下手に感情を持っていたら汚い仕事は決してできない。完全に職人の顔。

 だからかは分からないが、仲間になるという文言を言う事にも抵抗を感じなかった。彼にはそれが必要で自分達は儀式のようなものと解釈する。そこに心からの忠誠は無い。

 

「待っている間に荒らされては困りますので全員には眠っていてもらいたいところです。けれども無理強いはしたくありません。平和的に解決するにはどうすればいいでしょうか?」

 

 言葉としては温和な雰囲気があるが暗に脅迫と変わらない文言をナコトは言った。

 確かに調査という名目であれば謎の施設を荒らしまわる事も辞さない。それだと困るのは当たり前し、鍛練に支障が出てしまう。であれば残りには眠って待っててもらった方が健康的だ。お互いの為にも。

 それに娯楽の無い空間に長期間起きたままでは退屈を感じてしまう。であれば確かに眠っている方が楽ではある。

 戦闘集団を前にしても強気の姿勢を維持するナコトは想定以上の傑物かもしれない。

 

「そういえば……、私達は名乗ったけれど貴方の名前は?」

「普段はナコトと名乗っています。冒険者としてはモーデです。あまり活動していないので知らない人が多くても不思議ではありません」

「ふーん」

 

 確かに聞き覚えが無い。しかも名前だけという事で貴族でもなく、洗礼名も無い。

 アルシェもモーデという名前しか知らなかったがナコトというのが本名だとしてもバハルス帝国では全く聞き覚えが無い。

 これといって何かに引っかかりそうな気配も無い。それなのにこれだけの施設を所有している。

 無名であり得るのか、という疑問が湧いた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 なし崩し的に名乗りはしたがナコトとしては隠す意味を無くした方が付き合いやすいと判断した。この名前で困る事は精々殺人くらいか、と。

 証拠はほぼ隠蔽している。それでも気になる者が居るとすれば物凄い執念深い者だけだ。だが、この世界にそれだけの存在が居るとも思えない。

 多くの冒険者や犯罪者が多数のさばっている異世界だ。ナコト程度は可愛い方だ。

 

「……んー、皆さんに効果があるかな? 〈集団人間種支配(マス・ドミネイトパースン)〉」

 

 範囲内に居る漆黒聖典の顔つきが変化する。その様相をナトコは一人ずつ確認すると二人が抵抗に成功した。第十二席次は見た目では分からないが態度で効果ありと判断した。

 効果範囲に居たアルシェも魔法を受けて固まっている。

 効果から逃れたのはアンティリーネとザイヤーだ。格の違いでもあるのか、それとも特別な装備のお陰か。

 白黒の彼女は平然としていたが槍使いのザイヤーは額から汗が滂沱(ぼうだ)の如く流れ出た。

 

「特に問題は無いようですね。効果があった人には……〈永遠のまどろみ(エンドレス・スランバー)〉」

 

 一人ずつ事務的に魔法をかけていく。その間、効果が無かった二人の事は気にせず淡々と作業を続ける。

 抵抗しなくなった相手に更なる魔法の行使は逃れられない悪夢のようだとザイヤーは胸の内で呟く。

 いとも簡単にやっているが聞いたことも無い高位の魔法であることは理解できた。特に最初に集団を黙らせたものは何なんだ、と。

 

「あははっ! 面白い。一気に全滅したわよ、うちの部隊」

 

 滅多に感情を露にしない番外席次たるアンティリーネが腹を抱えて笑い出す。

 自分の部隊がナコト一人にいいように扱われているのに心底楽しそうだ。対するザイヤーは己の槍を握る手に力がこもる。

 凡庸な相手だと侮ってはいなかったか、と自問するも今となってはどうしようもないとしか言いようがない。

 

「そうでなくちゃこれだけの施設は作れないわよー。俄然(がぜん)楽しみになってきたわ。モンスター討伐というのが」

「それほど面白くありませんよ。単純作業ですから。強くなったと実感してくれれば嬉しいです」

「あらそう? 鍛練なんてそんなものか……」

 

 尋常ではない事態に飛び出そうとするザイヤーをアンティリーネは腕力だけで椅子に押さえつける。その間の彼女の表情は酷く冷静であった。

 折角の楽しいひと時なのに、と口を尖らせる。

 

「皆さんには悪いのですが、装備品を外してもらえると助かります。特に魔法効果が付与されている物だけでも……。ここから先は武器だけで充分ですし、汚れては困りますでしょう?」

「そうね。でも、このままでいいわ。汚れを除去する魔法を使ってもらうから。……それとも他に何か目的でもあるのかしら?」

「例えば……、体内に爆弾とか魔法効果アイテムを仕込んでいる人は早めに言って下さい。ここでは皆さんに具合が悪くなっては困りますので。そういう自爆関係があると今後の作業に支障が出ます」

 

 アンティリーネの記憶では第十二席次以外は体内に爆弾は無い筈だった。それ以外では洗脳系に対する防衛として自害するような事があった程度だ。

 ほぼ洗脳されたような状態だが、まだ質問は受けていない。

 

「部隊や母国の情報は聞かないように。みんな死ぬと思うわ」

「分かりました。それでは始めるに当たって準備しなければなりません。その前に……、あなた方お二人は特別な武具だけ外してもらえますか?」

「洗脳されるのは嫌なのだけれど……。何か面白いものでも見せてくれるのかしら?」

 

 アンティリーネとザイヤー以外はもはや戦力外だ。それ以外でナコトが敵となる想定をするにしても相手の死が目的なのか、と疑問に思う。もしそうならもっと直接的な方法を取るのではないか。これだけの事が出来るのに殺すことが出来ない理由が思いつかない。

 装備品の奪取が無いのも実のところ疑問だった。本当に要らないと仮定すると納得できてしまうけれど。

 彼女の胸の内では国宝が目の前にあるのに無視されて悲しい、と嘆いていた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 いきなり漆黒聖典は敗北してしまった。ここから挽回するのに一苦労しそうだがナコト側は何とも思っていない。

 無駄な抵抗をするよりかは流れに任せた方が得策だとアンティリーネは思う。

 ゆえに特別な効果のある装備品だけ外してみる。それとザイヤーに槍を床に置くように頼んだ。これは命令より効果がある方法として選んだだけだ。

 

「時間が無いという事で強引な方法を取りましたが……。仕事はちゃんとやります。今頼んだのは少しでも効率を上げる為の措置です。後は私が何を言っても信じてくれそうにないので……」

 

 確かに相手を信じるには相当の努力が必要となる。短期間でナコトを仲間並みに扱う事はアンティリーネでも出来ない。

 強引な手には驚いたが実際に戦えばどうなるのか少し期待もしていた。

 これだけの事が出来る相手と出会えたのは何年振りになるか、というぐらいご無沙汰だった。

 力があっても使わなければ腐ってしまう。彼女は長い退屈な時間から解放されそうな予感に喜びを感じていた。しかし、当人は至って平和主義のようで期待外れに終わりそうな予感が強まった。

 特定の分野にしか興味が無い技術者気質はわりと信用に値する。彼は純然たる研究者なのだと感じた。

 

「無駄に抵抗するのも時間の無駄よね。……貴方は不確定要素を排する人のようで感心するわ」

 

 その点ではアルヘルの対極に位置する気がした。

 どんな子供が出来るのか。どんな能力が授かるのか。それらが全く分からないまま人間は世代を重ねて強くなってきた。低い確率ばかりでは思うようにいかないし、挫折感が多くなる一方だ。そう思うと理想は理想として存在していいが、やはりある程度は期待に応えてほしいと思う。

 無防備を演出し、次なる指令を待つ。その前に仲間になる誓いの楊物を立てなければならない事を思い出した。

 一時的とはいえそれが何を意味するのかは分からない。魔法であれば困るのだけれど、と危惧を伝えると魔法ではなく、強制力もないが言っておくと作業がしやすくなるだけでどうして必要かはよく分からない、と曖昧な言葉が返ってきた。

 何らかの事情があるにせよ、ナコト自身も理解していないようなので追求しても無意味だと悟った。

 

「たぶん本国に帰った後で同じことを言った場合は何の意味も無いと思います。この施設だけの特色と思って下さい」

「分かったわ。三日間だけの付き合いになると思うけれど、よろしく。……貴方もお願いしておきなさい」

「……分かりました」

 

 色々と不安要素があるけれど、それらを今追及しても意味が無いとザイヤーは悟る。何より番外席次が乗り気だ。機嫌を損ねたら本国で痛い目に遭うのは確実である。

 ここは素直に従っていた方がいいと判断した。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 良く分からない忠誠の儀のような事を済ませた後、いくつか魔法をかけられザイヤーは精神支配されてしまった。残ったアンティリーネは最後まで魔法に抵抗した。身体そのものが魔法に耐性を持っていると思われる。ナコトも無理に何らかの装備品がまだあるなら外せとは言わなかった。

 持ち武器は汚れてもいいなら、と十字槍の使用を許可した。

 

「鍛練場は今のところ『屠殺場』と呼んでいます。無抵抗のモンスターを倒すだけですので」

「そりゃあ……無抵抗? そ、それでどんなモンスターが相手なのかしら?」

「……強い人間型モンスターです。同じ顔がたくさんあるので気にしなければ大丈夫です」

「……人間型……」

 

 人間種の防り手が人間を狩る。それはそれで滑稽ではあるが自分達の役割としては問題ない。

 国に不利益になる相手は例え人間でも殺す。それに特化した集団なのが六色聖典だ。

 しかし、同じ顔という部分が気になった。

 

「効率的に強くなる方法がそれってわけね。だからこそ……」

 

 潰されては困る。主に効率的に強くなる方法として作り上げたものだから。

 本当にそうなのかは確かめてみればいいだけだ。

 亜人の類(たぐい)なのか。それとも本当に人間なのか。

 どちらであってもアンティリーネには然程の問題も無い。久しぶりに武器が振るえるのだから。

 

「……無理に力(りき)むのをやめたいけど……。この緊張感……、不思議だわ」

 

 あらゆる事態に対し、番外席次に不可能は無い。それは自分自身もそうだと思うほどの自負があった。だから、何が起きても怖いと思った事は無い。

 それが今や得体の知れない人間の姿をした何者かに恐れている。初めて感じる恐怖のようなもの。

 普段であれば隠すところだが、今はあえて感情をむき出しにしている。

 久しぶりの自由な時間だから。それに仲間は全員ナコトに掌握された。だから、気兼ねなく本音を見せられる。

 

「単純作業なのでモンスターに期待しないでください。大事なことは自身がどれだけ強くなったかと希望の能力を得られるか、だけです」

「……ま、まあ、そうよね。勝てそうにない強敵でも居るのかと期待していたわ」

「外ではそうなのでしょうけれど、ここでは確実に倒してもらわないと駄目なので。勝てそうにない相手と戦っても経験は微増といったところです。新しい技を覚えるのには最適かもしれませんが……、それでも時間は膨大にかかると思います」

 

 何を聞いても事務的だ。それはそれで面白くないけれど、逆に怖くもある。

 番外席次たる自分すらここでは単なる利用者の一人に過ぎない。特別視されてばかりだったスレイン法国とは雲泥の差と言える。

 だからこそ何の気兼ねも無く話せるのは嬉しかった。

 部隊を全滅させられたような状態にあって心に余裕が出来るのは些(いささ)か不思議な気分だったけれど、と。

 

「最後というか協力してくれるお礼として約束できる事を伝えておきましょう。できれば、そちらも守ってほしいですが……」

「内容に拠るわね。……でも、なんとなくは分かるわ。邪魔するなってことでしょう?」

「似たようなものです。鍛練を無事に終え、それ以降、現時点といった方がいいのかは分かりませんが……。急に追いかけてこないで下さい。秘密保持が大事なのは理解できますが……」

 

 本国からの指令が出されると番外席次でも拒否できない事がある。その点から妥協する事はある程度出来そうには思っている。だから、次を促せた。

 早い話しがナコトを地の果てまで追いかけて証拠隠滅などを謀(はか)るな、という事だ。

 その代わり国を滅ぼそうとしない事を約束する、と。

 

「私や彼らが口を噤(つぐ)んでいればいいだけだし。それに……」

 

 漆黒聖典が討伐すべき最終目標はもっと邪悪で凶悪なモンスターだ。それこそ国や世界に危機を与えるほど。

 ナコトも多少は危険人物に見えなくもないけれど、利用できる人材としては有益かもしれない。その点があれば番外席次として無理を通すことは可能である。

 何にしても今は口約束しか出来ないけれど、双方の言い分は互いに聞いた。

 三の部屋(ルヴァ)こと屠殺場に向かうナコトと番外席次アンティリーネと大人しくなた第一席次ザイヤー。

 彼女は後方に置いてきた漆黒聖典はもはや居ないものとして判断している。

 元々別行動が多いし、協調性があるとも言えない。

 

「……そういえば、強さの方向性は決まっていますか? 持ち武器に合わせた戦法か、魔法主体か、という意味で」

「んー。細かくは決めていないわ。ただ強ければいい。それだけだった。そして、私は強いし、それでいいと思って戦ってきた」

 

 それはそれで何も考えていない莫迦と同様だ。

 せっかく鍛練できるのだから自分の強さを決めておくのは悪い考えではない。本国も特に魔法を伸ばす様に、という命令はしていなかった。

 ザイヤーは槍を主体にしている。戦士系統に特化している。であれば自分も十字槍を持っているから彼と同様の強さを目指せばいいのか。

 今まで考えてこなかった事柄だからすぐに結論は出せなかった。

 

「ある程度決めてから戦闘をすると能力が伸びやすいです。能力を変更したい場合は弱体化するのが一番ですが……。それはどうします?」

「……能力の低下は困るわね。それが最善かもしれないけれど……」

 

 ナコトは簡単に言っているが弱体化とは下手をすれば死ぬことに直結する。おそらく、対処が可能なのだと思う。

 それが出来るからこそ能力について質問を続けている。

 今までやってきたことが無い事柄が多くて混乱してきた。とはいえ、ナコトをスレイン法国に招くことも難しい。この施設を新たに作れ、と言って本国の神官達が首肯するのか、という疑問がある。

 

「……今は普段のまま戦わせてもらうわ」

「分かりました」

 

 細かい調整は後でいくらでもできる。そう判断し、次の部屋に向かう。

 白い外壁と魔法の光りのお陰で室内は明るいが、本当にここは何処なのかとアンティリーネは疑問に思う。

 現場につくまでの間に聞けるだけ尋てみた。邪魔する相手はほぼ居ないので。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 施設の名前は『チャタル・ヒュユク』といい、スレイン法国寄りの地下施設。

 水源は山から引いているので山岳地帯。と、ここまで教えてくれた。

 リ・エスティーゼ王国と荒野の間には長大な山岳と森林地帯が広がっている。隠れるとすれば打って付けだ。だが、それを人知れず出来るのかと言われれば難しい。

 現地の土木関係者を招いて作らせたようだが、これだけの規模の情報をスレイン法国は察知出来なかった。

 

「大抵はどこかしら情報は洩れるものよね」

 

 大量の人員を処分していれば多少なりとも騒ぎになる。いくら精神支配が出来るとしても。しかし、小都市を丸ごと抱き込むほどの力を持っていた場合はどうなるのか。

 本国でそういう噂が出ない以上、ここで詮索しても意味は無いけれど。

 あとは彼から施設を奪った時に運営できるか、という問題だ。それについては実際に体験して確かめなければならない。

 なにより何処から大量のモンスターを用意したのか、という点と彼らが無防備である理由だ。本当にそうかはまだ確認していないので断言は出来ない。

 そうして上ったり下りたりを数回繰り返す。

 部屋数は少ないが交差する通路の兼ね合いから階段が少しだけ入り組んでいた。

 施設の中で一番複雑な構造は壁と四つの部屋の中心点だとか。

 目的の部屋も多くのモンスターを倒すために広く作られているが天井が高いので勿体ない、とナコトがぼやいた。

 激しい戦闘行為が起きると予想し、落盤を防ぐために吹き抜け構造になっている。

 

「今までは武器以外の装備を外し、目隠しをしてもらっていました。そうしないと単純作業やモンスターを見て行動が止まるので」

 

 出来ればアンティリーネにもそうしたいが魔法が通用しなかった。

 本当は外部からの魔法攻撃を防ぐ装備品があり、身体的な理由とは関係なかった。元より完全耐性ではなく抵抗力が強いだけ。もう少しナコトが努力すれば番外席次の精神を支配する事は可能である。

 

「私も無防備になるのに抵抗があるから。一日目は大目に見てもらうわ」

 

 それに一緒に来ているザイヤーの様子が心配になってきた。ここまで大人しい彼の姿はアンティリーネにも覚えが無い。

 いつもの小言が無いから寂しいなと少しだけ思った。しかし、憂いは一瞬。

 現場に到着し、軽く呼吸を整える。

 ここより先に多くの気配があった。扉の向こうは既にモンスターの巣窟。

 

「数は足りておりませんが、討伐している内に追加を準備してきます」

「準備? ……まあ、いいけど」

 

 ナコトは扉を開ける。すると微かな血臭が漂ってきた。

 音は静か。

 アンティリーネとザイヤーが扉の向こうに足を進める。するとそこにはたくさんの人型モンスターが待ち構えていた。

 割る範囲だけでも数百体。しかし、彼らは大人しくていた。

 部屋の広さは先ほど自分達が居たところに似ている。つまり相当に広い事が分かった。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 モンスターは南方の亜人種が多くいた。それは大体想定通りだが、問題は一向に襲ってこない事と静かな事だ。しかし、死んでいるわけではなく、一様に顔をアンティリーネ達に向けてきた。

 

「……これから追加される存在はモンスターです。彼らと同様に大人しく、こちらの問い掛けには何も答えませんし、襲ってきません。攻撃に対して無防備でもあります。だから、お好きな倒し続けてください」

「……へー」

 

 ただ突っ立っているだけの木偶の坊たちを倒し続ける。一見すると楽なのだが、生きている生物だ。黙って殺される事があり得るのか。

 アンティリーネは武器を持つ手に自然と力がこもる。

 見た目は確かに亜人種だ。しかし、彼ら一匹一匹の気配は尋常ではない。難度は想定よりも高い気がした。それが数百匹も居る。

 ナコトがどういう方法で用意したのか知らないが、何なんだこの施設はとアンティリーネは驚愕した。

 

「……倒していいのよね? 殺していいのよね?」

「ええ、とうぞ。好きなだけ。三日しか無いので出来るだけ多く倒してください。効率的に首を落としたり、心臓を突くことをお勧めします」

「……ええ、ええっ? そうよね、首を落とせばすぐ死ぬ……」

 

 ナコトがザイヤーに指示を送れば即座に駆け出して亜人を一匹討伐した。

 至極あっさりとやってのける。精神支配されているせいもあるが、見た目には簡単に行(おこな)った。しかし、実際の戦闘ではここまで簡単には出来ない。

 改めて見る現場は想定を何倍か超えていた。アンティリーネはそれだけは理解した。

 精神支配された方が楽な理由も分かり、目隠しが必要である事も同時に。

 

「……んふふ。なーに、この施設……。こんなに面白い建物があるなんて……」

 

 戦闘訓練ではない。紛れもなく実戦である。しかも強い生き物だ。それを好きなだけ殺せる。

 無防備であることを除けば理想ですらあった。だが、鍛練だ。

 アンティリーネはわざと軌道をずらした攻撃を仕掛けてみた。案の定、亜人の肉体が強固で一断ちとはいかなかった。

 番外席次の渾身の一撃をかろうじて受け止めた。それだけでも驚きに値する。

 

「……こういう事をするから精神支配するのね。これは困ったわ。自我を保ったまま戦闘訓練が出来ると思ってたのに……。これだけの事はスレイン法国でも出来なかった」

 

 普通の人間であれば忌避する行為だが漆黒聖典は人間の敵に対して容赦はしない。それがどれだけいようとも。

 しかもここでは好き放題に殺していい。亜人だから、異形だからとこだわりがあるわけではない。

 予想では人間も居る気がする。これだけの事が出来るナコトの事だ。居ないと考えるのは果たして正しいのかと心が訴えている。

 胸の奥底から歓喜の感情が沸き起こる。殺害行為が好きかと問われれば率先してまでは好きではない程度だ。

 十字槍を無造作に頭に叩き込むと相手の命が消えたのが手から伝わる。

 単なる人形ではなく命ある生命体であることは感触で察していた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 仲間以外は好き放題倒していいが、意識はしっかり持つように言われた。それはおそらく淡々とした作業が原因だ。

 膨大な数の敵が無抵抗で無防備でいるのだから疑心暗鬼が高まり、精神的にも不安が溜まる。精神支配された状態であれば実に楽な作業だ。

 ザイヤーが支配から脱した途端に暴れ出す気がするが、今は彼の事は興味は無い。

 ナコトはアンティリーネに施設を壊さないように厳命をしたのち、追加のモンスターを用意する為に部屋から去る。

 残った二人は立っているモンスターを最初は作業のように倒し続けた。そのうちに無駄なケガを負わせることが疲労に繋がると感じ始め、彼の言う通りに急所を狙う様になってきた。

 確かに効率を考えれば無駄な動きは疲労に繋がる。

 

「……あー、精神支配されていると会話が無くなるわね」

 

 無駄話しするより敵を倒す。それは確かに大事な事だ。しかし、自我を保つアンティリーネは黙っているのが耐えられない。独り言が自然と多くなる。

 それと自分の記憶が確かであればザイヤーは自分が今している事を覚えている。

 魔法が解呪された時の反動はきっと面白いものになると思いつつナコトの存在に意識が少し傾く。

 最強の戦闘集団をあっさりと掌握した。もし敵に回れば脅威だ。例え『神人』であっても勝てるかどうかは五分五分。そんな相手と友好関係を結べたら有益である。しかし、完全に信用も出来ない。

 

「……だけれど、それで私達が強くなれるのであれば利用しない手は無い。……毒だと分かっていても……」

 

 見た感じでは強そうには思えない。物理以外に特徴があるのか。それとも魔法特化か。

 それらでもなければただの凡庸なつまらない男でしかない。人によって困れるかもしれないがアンティリーネにとっては魅力は感じない。

 あくまで自分より強いと感じさせる存在以外は興味が無い。だが、知識は貰いたい。

 

「難度二〇〇超えのモンスターがこんなに居るのも不思議だけど……。それを簡単に用意してくる手腕は捨てるには惜しい」

 

 通常の亜人とは比べ物にならないくらい強いのは感触で分かった。

 これだけの強敵を無防備に、ただ殺すためだけに用意する。それがとても信じられない。

 ここに居るモンスターだけでスレイン法国や他の国々も充分に滅ぼせそうなのに。

 鍛練で使い潰しているそれが実に勿体ないと思う気持ちが僅かにあった。

 欲のない人間とは思えないが。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 半数以上が倒れる頃に階下から新たなモンスターが昇ってきた。

 それだけ見れば無防備で無抵抗であるのが信じられない。彼らはちゃんと自分の脚で歩いている。それがある地点まで来ると身構えたまま止まる。

 そんな相手を倒す、というか殺すことにどんな意味があるのか。いや、強くなるために必要な事だとは聞いている。それでも理解できない。

 難しい事を考えるとイライラする。だからこそ無心で倒し続ける。

 精神支配されている方が楽な理由も理解できた。

 

「……確かに面白くは無いわね。単なる単純作業というのがよく分かったわ」

 

 怪しんだせいで動きが自然と鈍ってきた。こんな事なら抵抗しないようにすればよかったかな、と今更ながら後悔した。

 だが、最初の一日目だ。明日から少し考えよう。アンティリーネは思考を少しずつ放棄していった。

 数時間が経過する頃、休まずに討伐を続けていた為に疲れを覚えてきた。

 ただでさえ外皮が強固な亜人達だ。疲労と共に斬撃が押しとどめられてくる。

 

「大技を使わずに単なる攻撃だけだから数があまり稼げていない……。一日でこれほど疲れるのは久しぶりよ、全く……」

 

 モンスターは今も下から出てくる。どれだけ居るのか知らないが、死体が山になってきて邪魔に思えてきた。

 それにしても目いっぱい倒せた。スレイン法国ではろくに戦闘が出来なかったので。

 単なる運動不足だと思った。

 自分の身なりは血にまみれていた。これなら裸で戦闘した方が洗うのが楽だ。

 そこで最初の装備品を外せ、という言葉を思い出す。

 

「……あの人、本当に効率の事しか考えてなかったのね。あー、ゆっくりと風呂に入りたいわー。あーもう。ゾロゾロとまだ出てくる」

 

 文句を言いつつも自分に向かってくる亜人を薙ぎ倒す。ふとザイヤーに顔を向ければ顔色が悪い。休息無しで戦闘を続けている上に精神支配によって自分の意思が働かない。

 休みたくても休めないのは拷問に似ていた。

 痛めつければ魔法は解除される。それを知って放置し、彼が困る姿は見ていて面白かった。

 戦闘続きで疲れたのでその場にしゃがみ込む。その間にもモンスターは屍を乗り越えながら指定の位置に向かう。

 彼らは決まった場所に行くように命令されている以外で気になる動きは見せなかった。中には躓いて他のモンスターに踏まれている者も居る。

 

「無理しなくてもいいのか」

 

 モンスターだから迎撃してきたが単なる討伐訓練であれば無理をする必要は無い。

 ただ、本物であるがゆえに油断が出来ない。身体はそう簡単に割り切らなかった。

 数百体の亜人モンスター。これだけではないと思われるが、とにかく数が多い。話しかけても無反応。

 精神支配なら痛めつけたら正気に戻るものだ。それなのにモンスターは一向に正気に戻らない。というか痛がったり喋ったりしない。

 ただただ所定の位置に向かい、攻撃を受けて死んでいく。

 単純作業ではあるが頭がおかしくなりそうだ、とアンティリーネは精神的にきつい意味を理解した。

 

「うあー。たあー。とりゃー」

 

 無心で武器を振るい、数十体のモンスターを吹き飛ばす。

 手ごたえ自体はいつもと変わらない。普段の鍛練とはなるで趣(おもむき)が違う事に頭や身体か混乱している。

 肉体はともかく精神は鍛えられている気がする。これを三日もやらなければならない。

 期間が限られているからまだ楽かもしれない。一日程度と軽く考えてはいけない。

 鍛練でここまで多くのモンスターを倒す事はしない。基本的に倒される側は狡猾なものだ。無防備である筈が無い。

 特に難度二〇〇超えを簡単に倒せる事に疑問を覚える。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 無言で武器を振るうより掛け声があった方が気分的にも楽になる。ほんの僅かなものでしかないけれど。

 それにしても通常のモンスターより強化されているのか、重く感じる。

 相手が動かない事は通常ではありえない。それぞれ特有の動きを取るからこそ今までの経験で身体が自然に動いた。今回はそれを無しにしているせいで調子が狂っている。

 変に意識するからダメだと気づき、深呼吸したのち無心で武器を振るった。

 何も考えない方が楽に動ける。あまり相手の事を考えないのは非人間的だが致し方ない。

 

「………」

 

 面白みを求めたい気持ちと戦闘は真面目にするべきだ、という意見がぶつかるかが今は我慢する。

 結果がどうなるかによって次の行動を変えていけばいい。

 この戦闘は無意味なものだ。何らかの意味があるかもしれないがアンティリーネ自身には窺い知れない。

 予定された日数を消化するまで続けるだけだ。

 そうして一時間以上は続けた。そろそろ飲み物や食べ物が恋しくなる。ザイヤーもずっと動き続けているので休ませないと身体を壊す。

 

「……声掛けは無駄か……。それにしても倒した倒した。ここまで好き放題に殺せるとは思わなかったわ」

 

 数は不明だが五〇〇体は越えたかな、という程度だ。死体が邪魔になって新たなモンスターが困っているような感じだ。

 これが召喚物なら消滅する。消えないのはどういうことなのか不明だが、当人(ナコト)に聞けばいいか、と思ってアンティリーネは奇麗な死体の上に腰掛ける。

 久ぶりに運動したから息が上がっていた。鍛練自体は続けていたが、やはり戦闘は訓練より実戦がいい。

 今は技も無く急所を突くだけの簡単な仕事だが。

 そうして休んでいると階下からナコトが手荷物を携えて現れた。

 

「ご苦労様です」

「……どうも」

 

 周りの死体に一切構わず凡庸な顔のまま近づくナコト。今ほど彼を怖いと思った事は無い。それくらいそこが知れない存在に映っていた。

 持ってきたのは食べ物と飲み物一式。

 それと彼の背後から水色の粘体(スライム)が出てきた。それは死体にとりつき、とんどん下に運んでいく。

 アンティリーネの知る粘体(スライム)より強そうだった。なにより多くの亜人達の死体をまとめて運んでいるのだから弱いわけがない。

 

「……数十体をまとめて運ぶ粘体(スライム)なんて初めて見たわ」

「……そうですか? 助手が居ない間は粘体(スライム)に頑張ってもらっています」

 

 色んなモンスターが居るものだと感心する。

 ナコトはザイヤーに命令を下すと彼は漸(ようや)く戦闘を中断し、その場にへたり込んだ。

 漆黒聖典第一席次もここでは形無しであった。

 

「序盤にしてはまずまずの成果です。延々と倒し続けるので精神的に疲れたでしょう?」

「……ええ、まあそれなりに。彼のように精神支配の方が楽だったと今は思うけれど……。それはそれで沽券にかかわるから何とも言えないんだけどね」

 

 気が付けば自分の得物である十字槍が酷く重く感じた。それだけ疲れたのか、それとも気分が重いのか。

 何にしても施設の主の顔が見られただけで幾分か気が楽になった。

 もし自分一人でこの施設を使おうものなら発狂位しそうな予感さえする。それだけここは危険だ。はっきりと言い切れるほどに。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 外の景色は分からないが時間的に昼は過ぎている。夕方近くかもしれない。

 アンティリーネは高い天井を見上げつつ思った。

 光源は全て魔法。身体についた血は魔法で浄化された。低位の魔法なので特別なものでは無かったけれど、用意がいいところは感心した。

 たくさんの亜人と戦ったわけだが本命は別に居る筈だ。これで終わりなわけが無い。

 それを促す事はおそらく悪手。もし、それを望むのであれば精神支配された方がましだと思う。であれば敗北だ。

 少なくとも負ける事は嫌いだ。勝ち続けてこそ番外席次たる存在に価値が出る。

 

「辛いのはこういう単純作業です。既定の数をとにかく倒し続けていくだけ。それが終われば面談だけです」

「……倒す作業はどうしても必要?」

「そうですね。必要です。……まだ初日です。一ヶ月丸々こもるようであれば相当の疲労が蓄積しますが……、延々と続けるわけではありません。いずれは新しい技を覚えるような内容にもしていきたいと思っています」

 

 そう話しながらも死体はどんどん減っていく。

 ナコトは濡れタオルでザイヤーの顔を拭いたりした。

 今の内容のまま数か月も籠(こも)るのはさすがにアンティリーネとて勘弁願いたいと思った。何の面白みも無いからだ。それが分かっても自分の能力向上に必要であればやるしかない。

 その辺りの兼ね合いに困惑している。

 

「じゃあ……、あとどれくらい倒せばいいのかしら?」

「……うーんと、三〇〇〇体ほどでしょうか? 強者の増強はとにかく数が多くなりがちです」

 

 数を聞いて気が遠のくのを感じた。下手をすれば本当に一ヶ月はこもらなければならない。しかし、その数を用意する方も大変の筈だ。というかどうやって用意しているのか。

 屠殺場に地下があるとは思わなかった。いや、別の部屋から連れてこられただけで地下ではないかもしれない。実地調査をしたわけではないので確証はないけれど、色々と謎がありそうな施設で面白い。

 部屋数は少ないが各部屋に繋がる通路は多い。それと地下空間がある部屋も存在している。

 戸惑いつつも多くのモンスターを討伐しているアンティリーネにナコトは感心していた。

 初日は何かと挫折しやすい。精神支配無しでここまで戦える相手は立派な強敵と言える。だからといって倒したりはしないが。

 

「……雑魚討伐と侮っていたわね。でも、暗に精神支配を受けるのも負けた気がするし」

 

 作業としては楽になる。何も悩まず、無心でモンスターを倒す。それが理想なのは分かっている。

 おそらく意地になって最後までやり遂げても達成感は無い。それはそれで勿体ない気がするけれど。

 無駄に披露して何も得られなかったら、それこそ時間の無駄としか言いようがない。せっかく外に出られたのに、と。

 かといって街中で大量のモンスターを倒すわけにもいかない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 提供された昼食を食べた後、新たにモンスターが湧き出てくる。今のところ変わった個体は現れていない。

 気持ちに配慮して出してこないのでは、と思ったアンティリーネは側に居るナコトに隠さなくていいと告げてみた。おそらく人間が居る筈だ。

 戦って分かった事は同一個体のモンスターがたくさん居る。どういう方法かは知らないが、それらは何らかの手段で生産されたものだと予想する。であれば人間も同様にできると考えるのが自然ではないか。

 しかし、短期間で大量生産する方法が全く思い浮かばない。それが出来ればスレイン法国でも同様の事が出来るはずだ。

 

「……私達に配慮して亜人にしているんじゃないの? 確かに精神的にきついけど私は耐えられるわ」

 

 強がりだけど、とは言えないが。

 正直に言えば精神的に参っている。たかがモンスター退治なのに。他に何か原因があるのかもしれない。

 

「ああ、今の無し。……もし慣れちゃうと本国で大量殺人に発展しそう……」

 

 ここでの討伐によって感覚が狂い、見る者全てがモンスターに思えてしまっては困る。

 施設の中だけの問題で収めなければ。

 その点で言えば精神支配は正に理想の方策。であれば魔法を受けた方が精神的な負担は軽減されるのではないか。とは思うもののナコトの術中にはまるようで気分的には嫌だった。でも、このままでは途中でへたばる。

 たかが鍛練に時間を無駄に消費するのは馬鹿みたい、とアンティリーネはため息をつく。

 強敵と相まみえるような場面ではない。単なるモンスター討伐だ。しかも事務的だ。

 相手の策にはまるのも退屈しのぎにはなるか、と今は非番であった事を思い出す。

 少し刺激的な時間を過ごさないと勿体ない。自分を倒すほどの強敵と相まみえることが理想なのだから。戦ってはいないがナコトはおそらく強い。

 戦うとすれば洗脳された漆黒聖典全員とも戦う気がする。多勢に無勢。大いに結構。

 十字槍の標的をナコトに定めて振りかぶる。離れた位置に居るザイヤーは間に合わない。ならば邪魔者は亜人だけ。彼らは物の数には入らない。

 

「………」

 

 ナコトは何もない筈の空間から刀身が分厚い短剣を取り出し、アンティリーネの武器の穂先を受け止める。

 自然な仕草だけで行(おこな)ったものだが、番外席次は大いに驚いた。

 割りと本気だった攻撃を凡庸な人間の男が受け止めた。そんな光景を見ながら驚き、胸の内が熱くなる。こんな気持ちは数十年と味わってこなかった。

 少なくともザイヤーくらいしか相手にならないと思っていた。

 

「……へー。それなりに戦えるのね」

「……あまり得意というほどではありませんが……」

 

 切り返しに柄で突こうとしたが簡単に避けられた。

 ナコトの身のこなしは軽く野盗(ローグ)か野伏(レンジャー)のようだと試算する。

 小回りの利く職業(クラス)だが攻撃力は低い。ただし、手数が多いので熟練だと手間取る。そして、ナコトは熟達者(マスター)クラスだと見積もった。

 単純作業による疲労など嘘のように身体を動かすアンティリーネ。これは別腹だと言わんばかりに十字槍を回転させる。

 

「やっぱりモンスターは動いていないと面白くないわ。必要な事だとは分かっているけれど物足りない。気分的には全然……」

 

 周りのモンスターとザイヤーが襲ってくる気配はない。というか彼(ザイヤー)は今も作業としてモンスターを倒していた。

 周りを利用しないで一対一で出来るのか、と少しだけ危惧しつつ突進する。

 槍は基本的に刺突に長けた武器だ。振り回す場合は相当な腕力が必要となる。特にアンティリーネは片手で振り回す。

 空振りになると無駄に体力を消耗するが構わず振りかぶる。それが出来るほどの体力と実力が備わっている。なにせ『神人』だからと自画自賛しつつ。

 

「〈剛撃〉~」

 

 通常の上段攻撃よりも強力な一撃を繰り出す。

 物理法則を平然と覆す魔法に似た武術の特殊技術(スキル)をこの世界では『武技(ぶぎ)』と呼ぶ。ナコトにとっては知らない技術体系である。

 ユグドラシル由来の数々の設(・)定(・)がある事は確認済みなのでゲームの世界が具現化したような錯覚を覚える。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ナコトがゲームの世界と思うのは自身の身体が『仮想分身(アバター)』であること。

 魔法やアイテムをここでも使える。先ほどのように異空間の倉庫(インベントリ)も扱える。

 それでもここがゲームの世界ではないのはウインドウの存在が無い。何らかの法則変更が起こり、現実世界の生物がゲームの技術を獲得した。

 仮の話しになるが彼らの身体データはとてもゲーム会社が用意できるほどのデータ量を割かれているとは思えない。それを可能にするには最低でも『月』をまるごとデータサーバにでもしないかぎり不可能だ。

 一企業にそんな技術は無いし、オンラインゲームを提供する会社は一社だけではない。

 更に運営が撤退する事が決まっているゲームが都合よく新しい世界を構築する事など天文学的数字の確率だ。数々の奇跡を使用してまでこの世界を人為的に構築する理由が浮かばない。

 よくある軍関係者だとか加速世界だとか他にも理由は考えられるが。

 ナコトの考えでは元々別世界の存在があり、素直な転移という結果だ。ただし、各プレイヤーには時差があり最古のプレイヤーが持ち込んだアイテムによって世界が変質、または順応した結果の一つである。

 ウインドウが出せるのはナコトのようなプレイヤーやNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だけで、各拠点にあるウインドウはプレイヤーに世界が応えた結果である。

 そのような仮説が真実であれば星から脱出しても機能はあらゆることに適応される。

 つまりは地球に対しても同様の結果を起こせる。今はまだ仮説を一つずつ実証している最中であるが。

 

「……その技は……」

 

 確かにユグドラシルには存在しない。けれども、元となった世界観が現実に落とし込まれている。であれば、その原典の技術を知る者からすれば未知など無いに等しい。

 現にユグドラシルには無い魔法であっても知識に存在しているのであれば、それは紛れもなく『創作物』の技術だ。

 そうであれば同じ世界観に落とし込まれているナコトに扱えない筈が無い。

 分厚い短剣でアンティリーネの十字槍の武技を受け止める。しかし、その手に加わる衝撃は強かった。

 

「……へー、それ結構丈夫なのね」

「いくら攻撃力が強くとも……」

 

 彼女自身のステータスは確かに他の者より高いかもしれない。まだ確認していないが、それでも想定を上回ってはいない。

 ナコトにとって常識的な数値である。ただ、強さを数値だけで判断していいのかは迷うところだ。

 力比べでは僅かばかりアンティリーネが強い。だが、その程度だ。

 

「〈飛竜足〉」

 

 死体を踏み台にして高く飛び跳ねる。

 それは通常の跳躍を上回る武技。そのままアンティリーネは下降に居るナコトに狙いを付ける。

 

「〈天空絶死〉」

 

 口元を歪ませつつ、けれども思考は冷静。

 一部の武技は自身の立ち位置によって発動の可否が決まる。ただ技名を言えばいいわけではない。その点は魔法と同じだ。

 つまり戦士系の魔法が武技である。その使用には『集中力』を消費すると言われているが現実にはMP(マジックポイント)だ。

 戦士達は彼らと区別する為に集中力と言い換えているだけで本質は同じである。

 空からの一撃に対し、ナコトは良ければいいのに武器で受ける事にした。

 曲がりなりにもナコトはプレイヤーだ。戦闘をしたことが無いわけではない。

 防御力を上げる魔法を展開し、アンティリーネの武技を受け止める。すると近くにあった死体が吹き飛んでいった。

 

「……んー」

 

 重い衝撃が身体の中を通過する。多少なりともダメージが伝わったようだ。

 痛みの感じ具合は現実よりも緩和されているとはいえ、痛いものは痛い。今のところは耐えられている。

 治癒魔法も扱えるナコトにとっては些事に過ぎないと判断。

 

「〈六光連斬〉っ!」

 

 つい楽しくなって本気を少しだけ見せるアンティリーネ。

 上空から着地してすぐに次の武技を発動する。

 大きな十字槍を軽い得物のように振り回す腕力にものを言わせる。これが出来るのはアンティリーネが恵まれたステータスを持っているがゆえだ。

 一振りで六つの軌跡を描く斬撃がナコトに襲い掛かる。

 技の発動と共に身体を縦回転させて発生させる攻撃だ。武技の発動と共に繰り出されるのだが、技名が表す通り、六つの斬撃を同時に発生させるような見栄えが派手なものとなっている。

 大きな十字槍で放った為に攻撃力は剣よりも大きく重い。普通に受け止めようとすれば武器が壊れ、相手の身体も切り刻まる。

 

 素直に受け止めれば、の話しだが。

 

 身軽な職業(クラス)構成であるナコトは一般の戦士のような立ち居振る舞いはしない。技を確認した後は当然避ける。受けてもよかった気はするが、強力な攻撃を見て怯んでしまった。元より職業(クラス)からして防御が薄めなので仕方がない。

 小柄な体型から強力な技を繰り出すアンティリーネに思わず感嘆する。

 まだ職業(クラス)配分をしていない状態でここまで強(・)そ(・)う(・)な(・)技を出すとは思わなかった。しかもまだ本気ではないようだ。顔の表情からも余裕が窺える。

 急な戦闘に入ったがストレス発散であれば付き合って上げるのも施設の管理者としての責務だ。そうナコトは思い、文句を言わずに対応した。

 少女と思われる体形から繰り出されるには物騒な技が多い。間違いなく受ければ死ぬレベルだ。

 手持ちの武器は特別なものではないが耐久的には心許ない。少し本気を出してあげないと失礼かなと思い、武器を変更する。

 ユグドラシル時代は特に拘りは無く、のんびりとした冒険に終始した。可もなく不可も無く。

 数万人の中でも平凡であることを自負するくらいに。

 たまたま異世界に来てしまったが、他のプレイヤーが居ないわけではない筈だと思う。

 身に覚えのある数々の能力や技術が溢れている。偶々(たまたま)一致しているだけで別物という線もある。元よりこの技術は多くの創作物に影響を与えている。ユグドラシルオリジナルと言い張れるものはなかなか見つからないくらいに。

 新たに出した武器は『データクリスタル』を内蔵させた特別性だ。そう簡単には破壊されない。

 この世界には未だに見当たらないがモンスターを倒すと基本的に金貨とデータクリスタル、それと特殊なアイテムを落とすのが主流である。

 多くのモンスターを取り扱ってきたが金貨が落ちるような現象は確認できなかった。

 生物としての死を迎えた彼らが落とすのは己の死骸のみ。

 治癒魔法を使うと一部の部位は光りの粒子となって消滅する。

 

「武技を初見で躱(かわ)すとか……、貴方もそれなりにやるじゃない」

「どうも」

 

 アンティリーネの無邪気な顔を見ると可愛いと思える。もし、別の人間が見れば邪悪な笑顔と評するかもしれない。先程まで血まみれだったから仕方がないけれど。

 重い武器を振り回す膂力は大したものだ。それでも長時間は無理だ。生物である限り、体力が無限であることは決して無い。

 身体がアバターでも体力の低下は存在し、疲れを覚える。それを無視するようなアイテムがあるが、それでも永遠ではない。でも、永続効果があったりするのが疑問だ。

 

「……戦闘は血の通ったものでなければ……。〈猛禽急襲〉……っと避けられた」

 

 自分より大きな体格相手に効果を発揮する武技を発動するも簡単に避けられ、口を尖らせる。

 それなりに本気だったのに、と不満が溜まっていく。だが、悪い気分ではなかった。

 続けざまに複数の武技を繰り出すもののナコトは悉(ことごと)く躱したり、武器で受けたりする。

 それなりに強いと自負していた番外席次もナコトの技量の高さに驚きを表す。

 並みのモンスターであれば受ける事すら困難な筈なのに小娘の攻撃など通用しない、とばかりに簡単にいなされる。こんな経験は今までの人生でそう何度も味わった事が無い。

 ナコトは強い。本気を出せば施設を半壊か、完全に落盤までさせるのではないかと。

 それはそれで困る。仲間が潰れてしまう。特に今は精神支配を受けている。そのまま潰れると漆黒聖典としては間抜けな最期だ。

 

「私と戦っても強くはなれませんよ」

「いいの。気分の問題だから。……え、強くなれないの?」

 

 戦闘しながら意外な言葉に驚くアンティリーネ。しかし、手は止めない。これはこれ。別腹という風に攻め続ける。

 第一席次であるザイヤー意外でここまで戦える存在はついぞ知らない。だからこそ楽しくて仕方がない。

 迂闊に殺せなくとも多少の実力が発揮できる相手は貴重である。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 数合の打ち合いが続くもナコトの表情は変わらない。おそらく彼も実力を出していないとアンティリーネは思った。

 余裕ぶった相手は何人か見てきたが、どれもが最初の一撃で大体は表情を変える。ザイヤー並みか、それ以上でもない限り自分の実力を見て驚かなかった相手は久方ぶりと言える。

 これだけの猛者であれば顔も知らない父(・)上(・)とやらも倒せるのではないか。そう思い始めてきた。

 人間種しか居ない中で自分だけが周りと違うのは一緒の疎外感があったが、今はそれを気にしなくていいほどに楽しくて仕方がない。

 特別だなどと思われない施設がここにある。

 

「殺し合いは駄目よね。楽しみは取っておかないと……」

 

 ここに来たのは強くなるためではなく娯楽を得る事だ。アンティリーネにとっては今以上の強さは副産物程度の認識しかない。けれども、本格的に自覚できると気が変わる可能性は充分にある。

 ナコトのような強さは貴重であると同時に勿体ない。

 クレマンティーヌの事を尋ねようという計画もあるにはあったが無視していいと思えるほどに。

 本国との義理はここでは意味をなさない。であれば本能に従う方が楽しい。

 

「いいわ。気持ちが頗(すこぶ)る昂(たかぶ)るのが分かる。……あは。だけど……、これでも漆黒聖典番外席次としての矜持(きょうじ)があるのよね。私より強い存在は無視できないの」

「……んー。鍛練が無駄になりますよ」

「それはそれ。私にはどうでもいいことだから……、というのはさっきまでの話し。違うわね。強い貴方に興味があるわ。ここまで私と戦って潰れなかったのは漆黒聖典くらいだと思ってたのに」

 

 肝心の漆黒聖典は番外を除けば全滅した。その結果に些(いささ)か失望が無いわけではない。この程度か、自分の部隊は、と。

 鍛練なのだからこれから強くなるかもしれない。しかし、それは自分達の意志ではない。

 赤の他人の手によるものだ。それを受け入れるかは個人で違うとしても。

 強襲してくるアンティリーネに嫌気がさしたのか、ナコトは少しずつ苛ついてきた。

 時間が無いから急いでいたのに襲い掛かってくる。それをいつまでも許している程、心は広くない。と、思ってすぐに焦る理由が無いのに苛立つ自分に驚く。

 ここしばらく平坦で変わり映えのしない単純作業ばかりだった。彼女のお陰で喜怒哀楽が少し戻ってきたような気さえする。

 人生に張り合いがある方がいいと思っていたのに無味乾燥な日常ばかり。それを忘れてきたからこそ娯楽を求めた。

 

「……だからって殺し合いは感心しません」

「そう? 私はただ強い生き物が好き。それがどんな化け物だろうとね」

 

 美醜を問わないと言いつつも女だから実際に目にしたら躊躇うかもしれない、とアンティリーネは胸の内で苦笑する。

 もし、子供が授かるなら可愛げがある方がいい。そうでなければ愛着が持てない。

 妊娠願望を持つ女としては夫は誰でもいい、とは言いたくない。

 

「貴方も血の通った人間だったのね。いい顔になってきたわ」

「どうも」

 

 大振りの攻撃はわざだとしてもそう何度も出来る事ではない。

 体力が無駄に消費されてしまうから。

 いくつか装備品を外してしまったのは失態だったかと、この程度の条件付けは許容範囲内か、と思うのが半々。

 既に武技を使ってまで攻めているのに決定打を与えられていない。それとナコトが変えた武器が異常に頑丈だ。十字槍が悲鳴を上げ始めている。

 この得物(十字槍)はそう簡単に壊れないとしても相手の獲物もそれなりの業物(わざもの)のようだ。見た目は平凡なブロードソードなのに。

 

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 相手を殺さないのはナコトも同様で、どうやって戦いを止めさせるか思案に暮れていた。

 精神支配を今一度試すか、躍起になって攻撃を継続するか。

 黙らせるのは変わらない。しかし、相手が同意していないと色々と不都合なことがあるから悩んでいた。

 あまり思い通りにならない方がいいと思っていたので。

 

「我儘な子にはお仕置きが必要だ」

「それは期待しちゃうわねー」

 

 予定外の戦闘に入ってしまったが相手は楽しそうだ。であれば期待とやらに応えないわけにはいかない。

 久しぶりの戦闘だからナコトとしては調子が狂う。別に戦いが好きな訳ではない。必要だからするだけだ。

 その淡白な思考が欠点なのだが、現代人であるナコトは創作物の様な熱血漢に憧れていないわけではない。恥ずかしいと思っているだけだ。良い大人が、と。

 ここは地球の日本ではない。今更ではあるが多少の羞恥心を持つがゆえの弊害である。

 暇だからゲームをする。ただそれだけの日常だった。それが今は血沸き肉躍る死闘の真っ最中だ。

 自然と武器を持つ手に力が入る。

 

「……勝負事は面倒が多いから好きじゃないんだけどな」

 

 他人との関りを苦手とするものは多い。ナコトも多少は苦手だ。

 そんな彼に襲い掛かるのが白黒の少女アンティリーネだ。今も首を狩ろうと大きな武器を振るってくる。

 完全に標的と定められてしまったナコトは少し戸惑う。今までそうならないように努めて行動していたので。

 ここから切り返すのは難題かもしれない。だが、やらなければ殺されてしまう。下準備もしていないのに死んでは全てが水泡に帰す。それは是非とも阻止しなければならない。

 

「……うん。貴方は強い」

 

 アンティリーネは未だに決定打が与えられないナコトを称賛する。

 手加減は多少しているとはいえ、ここまで攻め込めない相手は見たことが無い。

 何らかの魔法で身体強化を図ってから更に攻めにくくなった。

 小手先に定評のある野盗(ローグ)は熟練ともなればここまで苦戦するものか。少し冷や汗をかき始める。

 

「……後の武技は動きが犠牲になる。受け手に回ると……、更に不味いわね」

 

 大きな武器はもはや邪魔になってきたとさえいえる。

 番外席次が窮地に陥る事はスレイン法国にとってゆゆしき事態だ。だが、アンティリーネは楽しかった。

 自由に戦えることが。

 

「〈回転風車〉」

 

 十字槍を振り回すも即座に避けられる。すぐ解除し、次の武技に体勢を移そうとした。その時にすれ違いざまに斬撃が飛んできた。

 思わず目を瞑りつつ起動予測からなんとか顔を逸らさせる。しかし、掠(かす)った。

 ナコトの意を返さない斬撃は単なる攻撃でしかない。それなのに武技に匹敵する迫力が伴っていた。

 痛みは頬と鼻。わりと深く切り込まれた。

 

「……か、顔を狙うとは卑怯な……」

 

 文句を呟きつつも次の一手を待ち構える。

 感覚に頼る戦闘に追い込まれた事も驚きだが、怪我を負ったことが大きい。

 鍛練以外で痛みを感じることは無かったが、やはり攻撃を受ければ痛い。そんな当たり前のことに今更ながら気づいた。だからといって引き下がることは出来ない。

 

「〈石踏〉、〈不動〉、〈鉄骨〉、〈金剛骨〉、〈不落城塞〉」

 

 筋力増強。その場に踏ん張り、攻撃が当たれば自身のダメージを減少させ、その上位版も使用。更に致命的な攻撃に完全耐性を持たせる。

 都合五つの武技を使用し、相手への攻撃に備える。

 攻め手から防り手に移るが仕方がない。顔を傷つけられた。

 

「〈月爪〉……。そしてー〈絶死絶命〉っ!」

 

 防御は固めた。次は攻勢。

 アンティリーネは跳躍からの切りつけと共に自身の二つ名を冠した最強の武技を敢行する。

 もし決まれば相手を殺すことになるが、それだけの相手と認めた。だが、通じない予感もあるので後悔はしていない。寧(むし)ろ、どうなるのか気になる。

 大きな十字槍が上空から襲い掛かってくる。それを避ける事は簡単だが武技は魔法と似ていて分かっていても避けられない場合がある。その不可思議な現象を前にしてナコトは苦笑する。

 小細工では切り抜けられない、と。

 であれば迎撃するしかない。方法は至って単純だ。

 空から飛んでくるのであれば撃ち落とせばいい。しかし、それが簡単にできれば番外席次はものの数ではない。

 大ダメージや急所攻撃に完全耐性を持っている状態のアンティリーネ。そんな彼女を小手先で撃ち落とせるわけがない。攻撃に構わず武器は下りてくる。そうなれば死しか待っていない。

 

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 手持ちの武技の中でも最強格の『絶死絶命』は使う機会は殆ど無かったけれどアンティリーネにとっては自慢の攻撃だ。

 重量級の十字槍を高速回転させ、一気に相手の首を狩る。内容は至って単純だが、それだけに小手先を必要としない。

 思い切りのよい技は単純であればあるほど相手にとって避けにくくなる。未熟者の大ぶりな攻撃とは質が違う。

 だが、ナコトも只者ではない。

 最初の『月爪』をあっさりと武器で防いだ。それはそれで予想の範囲内だ。しかし、次は簡単には防げない。武器ごと命を刈り取る技だ。

 

「ありゃーん」

 

 情けない声をアンティリーネは発した。

 速度の乗った自慢の攻撃をナコトは何らかの武技を使った、かのように避けつつ攻撃を仕掛けて来た。やはり、とは思ったけれど後の祭りだ。

 繰り出した攻撃を途中で引き戻す暇が無かった。

 自分の目で見ても信じられ程、彼の動きは気持ち悪いほど滑らかで、こちらの技を避け切った。

 相対距離や迫力なども加味されている必殺の技。初見ではまず後方に飛び退くのが正しい選択と言える。ただし、逃がさないけれど。

 ナコトが行(おこな)ったのは身体を僅かに傾かせるもの。熟練者が良くやる身体の動きだ。しかし、そんな簡単な事で避けられるほど絶死絶命という技は甘くない。なのに上回られた。

 一つの技を極めたと自負するアンティリーネの最強技は想像以上の速度を出したナコトの体術に負けた。それだけではない。

 身体を捻って躱しつつ武器を振るってきた。それを彼女に避けるすべはない。

 見た目は武骨なブロードソード。それが十字槍を掴む手首を薙いだ。

 身体から離れた武器はもう片方の手で掴む、という軽業師のような真似が出来るはずも無く。

 一気に重さを失った肉体を懸命に制御しつつ地面に着地する。

 

「……うーん、痛い。痛いわー。……あーあー、血が……」

 

 高速戦闘の為に痛みが来るのは遅かったが血が出ると痛くなる。やはり攻撃を受けたんだな、と改めて自覚する。

 武骨な武器とはいえ高速で振るわれれば鋭利な武器と大差が無い。

 見事な太刀筋で血管の切り口がはっきりと見えた。

 

「……こんなケガは初めてよ。やっぱり痛いものね」

 

 遠くに飛んでいった十字槍を今も掴んでいる右手首。利き手を失ったがアンティリーネは仕方ないな、という軽い調子でため息をつく。

 止血もせずに地面に血を滴らせながらナコトを見据える。

 

「やっぱり貴方……、相当強いのね。明らかに私の動きを捉えていた」

「ただ強くても面白くありません。だから、貴女に勝ったとしても私には得になりませんよ」

「そうかしら? 少なくともスレイン法国としては強い存在は脅威であり、味方に引き入れたいと思うわ。私の推薦なら確実よ」

 

 番外席次を下したものを引き入れればアンティリーネにとって自由な時間がもっと多く手に入るかもしれない。

 『神人』や特殊な装備の存在があるからすぐに解放とはいかないけれど。

 白と黒に赤が加わり、世界に色が生まれた。そんな気配を漂わせるアンティリーネ。

 

「……まあ、これ以上の損耗は不毛……。今なら私を倒す絶好の機会だけど……、見逃してくれるのかしら?」

「増強に来た相手を殺すのが目的ではありませんよ。素直になってくれるのであれば私も大いに助かります」

 

 手首を失った右腕を振った後、肩を竦める。

 痛みに耐性があるのか。それとも強靭な肉体を持つがゆえの余裕か。

 見た目にはアンティリーネにはまだ余裕が感じられたが戦意は失っていた。

 

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 ナコトは相手に近づいても反撃してこない事を確認した後、治癒魔法で手首を再生させた。すると十字槍を握っていた方は光りの粒子となって消滅し、手袋が地面に落ちた。

 どういう原理なのか未だに分からない。

 肉体が消えても地面に滴り落ちた血液は残ったまま。それもまた謎である。

 

「再生まで出来る治癒魔法は本当にありがたいわね。……でも、すぐに戦える程ってことはないみたいね」

 

 白い素手が露(あらわ)になったアンティリーネは再生した奇麗な右手に安心したようだ。さすがに欠損したままというのは彼女にとっても元気を無くすレベルだったようだ。治った時の喜びようは声に出さずとも顔が光り輝くくらいの明るさが証明した。

 切り札として敵に弱みを見せるわけにはいかない。だからこそ普段から気丈に振舞う必要がある。その枷(かせ)を取り払えば歳相応の感情が溢れ出る。

 彼女の実年齢は不明だが、ナコトよりは高齢である筈だ。森妖精(エルフ)に連なる種族である、という情報が正しければ。

 

「私の自慢の武技が破られた時点で勝負はついたも同然だけど……。敗北者である私もこのままモンスター討伐すればもっと強くなるかしら?」

「それはやってみなければわかりません」

 

 ナコトの実力は未知数だがかなり強い事は理解した。それも事務的な作業のように。

 まだまだ実力を隠し持っていると見て間違いないと思うのだが、アンティリーネとしては素直に悔しかった。

 本国の切り札という自負もあった自分があっさりと負けた。いや、自分で敗北を認めた。

 もう少しアイテムを補充していれば、という言い訳を抜きにしてもナコトは強いと感じた。これ以上は不毛以外の何物でもない。

 それに複数の武技を使っているのに彼は普通に防御したり、躱したりした。普通の人間にそんなに簡単に避けられるような技ではないのだが。

 

「勝ち負けを決めに来たわけじゃないから……。まあ、うん……。本末転倒よね」

 

 広大な施設を作り、膨大なモンスターを用意する主(ナコト)に興味を持ったからこそ戦いを挑んだわけだが、想定以上に強かった。

 技術的なものを抜きに。単純な戦闘技術のみで圧倒する。

 それは出来そうで出来ない武術の深淵ともいえる。それを気の抜けたような顔で行使されるとやる気がそがれる。特に研鑽だけば誰にも負けない自信があった。だが、負けた。

 負けた場合は相手の言いなりになるのが弱肉強食の世界の心理だ。

 

「スレイン法国は人間を増やすために一夫多妻を許容する国なの。どう? 私と子作りでも。貴方は勝者になったわけだし、その権利を得たわ」

「……子育てが大変そうですし……。今のところ今以上の面倒ごとは避けたいです」

「あら残念……」

「それに子供が出来るまで半年以上もかかります。それまで退屈を紛らわせるような方法が浮かびません」

 

 その一環としてアンティリーネ達を強くしつつ一覧表作りを始めた。

 少なくともナコトには必要な能力がいくつか存在し、それを手に入れられるか調べる必要があった。

 数年ほどかけてのんびりと時間を楽しもうというのが目下の目的だ。今はまだ急ぐ時ではないと判断している。

 

「貴女がよければ色々と実験したいことはありますが……。今はスレイン法国に狙われたくないので仕事はちゃんとやります」

「……王国や帝国の依頼は受けないって事でいいわけ? その辺りは政治の問題なんでしょうけれど……。分かりやすい言葉だとスレイン法国への敵対行為……、かしらね」

「戦争に発展するような揉め事は勘弁してほしいところです」

 

 その気になればアンティリーネを殲滅しうる実力があるのに治癒魔法を使った。それは今はまだその時ではない、という感じなのか。元より興味が無いか。

 負けた側からすればナコトからの要望には出来る限り応えたいと思っている。さすがに籍は移せないけれど。

 

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 最強格が落ちた事で漆黒聖典は敗北が確定したも同然だ。ザイヤーはそれらを側に居ながら知る事が出来ない。ある意味では滑稽な人形だ。しかし、アンティリーネはあえて馬鹿にはしないと決めた。

 全員死亡よりはましだから。

 

「貴重な人材は使い捨てでは困りますので、自害は無しです」

「……大抵、言う事聞かない奴は死罪だと思うけれど」

「そればかりでは誰も来なくなります。少なくとも私はそう思っておりますよ」

 

 安易に処分するのも面倒な手間がかかる。であれば、最初から関係を持たない方が気が楽だ。

 夫婦などは後々必要になってから考えればいい。無理そうなら諦める。元よりアバターは色々と不都合というか不可解なものを感じるので。

 せっかくアンティリーネに勝ったので命令をしてみようと思った。まず装備品は鑑定だけする。

 

「一品物は実用的ではありませんから。やはり武器は振るってこそ価値がある、と私は思います」

「そうよね。ただ持っているだけでは宝の持ち腐れ……」

 

 激しい戦闘の後の為か、アンティリーネはしおらしくなったように見えた。

 中世ファンタジーでは負けた相手に従僕する決まりでもあるのか。もしそうなら片っ端から女性戦士を倒していけばハーレムは楽にできる。

 楽であるがゆえに飽きも早いんだろうな、と思った。

 

「頭を撫でられるのは……、でも勝った貴方なら特別に許してもいいわ」

「急に素直になると怖いですね」

「強い者に付き従うのは世の習わし。私も何人も倒してきて今の地位についている。だから、漆黒聖典の彼らは私に逆らわない。本国の命令が最上だけど、今は私が最上だから」

 

 未だに戦い続けているザイヤーを休ませ、アンティリーネ達の話しを聞くナコト。

 適度に休憩を挟む事は予定に入っているので、問題は無い。

 彼女も尋ねればある程度の事は答えてくれる。それはそれで話しやすくなってありがたかった。

 

「余程憎たらしい相手でもなければ再戦はしないわ。……絶対でもないけれど……。勝つまで止めないのは世界の存亡をかける時……。それ以外は私もしつこいのは嫌いよ」

「それは……ありがたい。ずっと狙われたくないので」

 

 自分の実力があまりナコトに通じない事は理解した。これ以上の挑戦は施設を破壊する事に繋がる。そして、そこまでする気持ちが湧かない。

 強いけれど無関心、というか興味を持てない。では、恋愛対象に入るかと問われれば否だ。

 確かに強い男は好きな部類だが冴えない人間では面白みが無い。少なくともアンティリーネの目から見てナコトは凡庸だ。その子供も大した期待は持てない。

 しかし、育てる分野では利用できそうだと思った。良き隣人になっておけば国の利益に繋がるし、自由への道が開ける気がする。それと強い存在と戦う機会が増えるかもしれない。

 なにせ、ここには難度二〇〇超えのモンスターがたくさん居る。

 

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 敗者となったアンティリーネは効くかどうか精神支配を試みるようにナコトに打診する。おそらく彼はそれを目的としている節がある。

 何の命令を与える気なのか。あわよくば妊娠関連であれば面白いかも、と小柄なアンティリーネは邪悪に微笑む。それと忘れないうちに自身の装備品は渡せない事を念押しした。

 

「……でも、無防備に食らうのは嫌なものよね」

 

 ザイヤーを横目に見ながら呟く。

 効果が分かっているものは特に、と。

 アンティリーネの知識にある精神支配は魅了(チャーム)系だ。元よりこの手の魔法の使い手は少なく、また数も多くない。対処方法もあまり無い所から結構厄介な能力だと認識している。

 第六位階までの魔法の使い手が居ることは分かっているが魔法の全貌は未だに不明。秘匿事項が多いのも問題だった。

 

「我々が扱う魔法もそれほど多くは無いし、攻撃系が多いわね」

「魔法文化があるのに研究はあまり進んでいないのですね」

 

 粘体(スライム)が死体を処理する光景を見ながらナコトとアンティリーネは語り合う。ザイヤーも休憩に入らせ、屠殺場は静かな時を迎えていた。

 鍛練させる人間が潰れては困るので休息は適度に入れている。いくら無理矢理動かしているとはいえ拷問の為に行(おこな)っているのではない。

 

「ここに居るモンスターは自我が無い……。だから私はそうなる事が怖い。……出来ればやめてほしいわ」

 

 ここで少し茶化そうかとナコトは思ったが止める。魔法の内容を良く知らない相手からすれば脅威であり、あまりに怖がられると次に生かせなくなってしまう。

 こうして他人に気を配れるようになったことは良い傾向なのか。答えは出せそうにないが、少なくとも『チャタル・ヒュユク』を作ってよかったと言えそうだ。

 元々の使用方法からすれば現地民にとって醜悪で邪悪。脅威しか感じられないものだが。

 

「あれらは洗脳とは違うんですけどね」

 

 苦笑しつつアンティリーネに最大化(マキシマイズ)などの特殊技術(スキル)を併用した魔法を段階を上げつつかけていく。途中から彼女にとっては聞きなれない魔法名に行き当たったところで表情から感情が消えた。

 武器を手放した事といくつかの同意があったからこそ通じたといえるかもしれないが、実際のところは分からない。

 完全耐性でも通用させる方法がユグドラシルにはある。それを踏まえれば通用しない魔法は存在しない。

 

「……かといって精神操作系が最強とは言えないけれど……」

 

 そもそもこんなに近くに居て、分かってて魔法を受けてもらったのだから。万能とは言えない。

 ある程度の魔法を無効化する方法があるからこそ戦略が立てられる。それに通用させるには色々と大変だ。簡単ではない。

 

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 大人しくなったアンティリーネに無難な質問を投げかける。特定の質問を数回受けると自害する命令があるけれど自分は大丈夫と答えてきた。

 他の漆黒聖典に余計な質問は危険だ、ということらしいが蘇生魔法を扱えるので死んでも構わない。わざと死なせる事はしない。

 ザイヤーが側に居るので彼には退出を願おうと思い、衣服を奇麗にした後で仲間の下に戻るように指示を出す。

 それから屠殺場にナコトとアンティリーネの二人きりになった。モンスターの死骸はザイヤーが退出するついでに済ませておいた。

 掃除役の粘体(スライム)は実に優秀だ。必要な量以上は食べないし、多くの残骸を別の部屋にあるゴミ箱(シュレッダー)にどんどん投入してくれる。最初は相当巨大化するのではないかと危惧したものだ。

 

「移動しましょう」

「……分かったわ」

 

 大きな十字槍を肩に担いで素直にナコトの後ろをついてくる。

 もし、精神支配が通じていないなら襲ってくる可能性がある。その時の対処は考えているが、鍛練初日に事を起こすほど彼女は短気ではないと信じてみる事にした。

 戦闘時の彼女は本当に楽しそうだった。それをいきなり台無しにするほど仕事熱心とも思えない。

 多少襲われる事を意識しつつ向かった先は大浴場。彼らの為に既に湯は沸かしている。

 部屋の半分はモンスターの増産に使っている。それらは中央の仕切り壁によって見ることは出来ないし、上空は湯気で塞がれている。

 浴場である『四の部屋(ユリゼン)』は階層。ナコト達が居る浴場は下の階層。上は空室でと(・)り(・)あ(・)え(・)ず(・)モンスターの保管庫にしている。

 灯りは全ての部屋にあるが魔法によるものだ。

 本来は一人で使う為の施設なので着替えの部屋は無い。しかし、ヘッケラン達の協力が得られたので急遽増設した。

 簡易的なので強度は弱い。元よりその分野が得意というわけではない。

 

「まずは……、子作りということで……。妊娠願望がおありなのですか?」

「……ええ。私より強い男でなければ駄目だけど……。質問の回数で自害なんかしないわ」

 

 平坦な言い方で受け答えをするアンティリーネ。

 今の言葉の後で脱衣所に入った。もし、受け答えに拒否を示すのであれば中には入らず立ち止まる。

 精神支配と言っても本来は簡単な命令しか受け付けない。良いなら前。駄目なら後ろ。それの応用だ。

 複雑な命令や相手に理解できない言語は通じない。

 衣服で他人に見せたくない部分はそのままで、と投げかけると返事が返ってきた。一つ一つ確かめるようにアンティリーネに声をかけていく。

 数分ほど待つと湯気が立ち込める浴場内に衣服を脱ぎ去ったアンティリーネが現れる。

 魔法の灯りに照らされる少女然とした裸体は不健康そうな青白さがあった。頭部の髪の毛は用意したタオルによって包まれている。

 前を隠さず湯船に向かって歩く。

 ナコトは念のために不可視化していた。服が湿り気を帯びるので彼も全裸になっている。

 懸念だった陰毛はなんと左右で色違い。徹底した色分けに感心した。

 彼女はかけ湯をしてから湯船に白い素足を入れる様は戦士ではなく艶っぽい女性そのもの。

 西洋風の風呂の湯船に湯を張る文化がある。泡風呂は貴族くらいだ。

 風呂事情にそれほど詳しいわけではないが平民は基本的に水浴び程度。浴場は金を払って入る。ちなみにナコトの世界では蒸気を浴びるタイプだ。

 文化事態は情報として存在しているけれど。

 

「……あー、気持ちいいわー」

 

 肩までしっかりと浸かったアンティリーネの頬は赤く上気する。

 精神支配で全くの無反応を呈しているわけではない事が理解できる。温度を感じるな、という無茶な命令は受け付けない。というか無理だ。

 冒険者ナーベや受付嬢達がそうだったように魔法の効果は万能ではない。必ず抜けがある。

 

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 数分ほど湯を楽しむように、と言うと感情が赴くまま身体の位置を変えながら一息つく。

 全く動かないわけではない。自発的に顔を洗ったり肩を擦ったりする。

 少し浅めの湯船に移動し、大の字に寝転がる。縁に素足を乗せればナトの視点から彼女の足の裏が見える。

 森妖精(エルフ)は肌の露出をしない潔癖な種族とものの本には書いてあるが実際の彼女達は徹底した潔癖症というわけではない。

 アンティリーネの場合は戦闘用の装備品の都合だ。それと彼女の秘匿された種族についてはクレマンティーヌからの情報だ。それとステータスに記載されているので質問してまで聞こうとは思わなかった。

 

「……私……なんでお風呂に入ったのかしら……。……まだまだモンスターを倒すんじゃなかったの?」

「今日の分は終了です。無理をしては身体に悪い」

 

 側からナコトの声が聞こえた。それでも気にした様子を見せないアンティリーネ。

 恥じらいとは無縁の生活を続けてきた為なのかは分からない。ただ、独り言に返事が返ってきた事に少しだけ驚いていた。

 その後、ナコトから声をかけられると答えられる範囲で喋り続けた。

 内容は漆黒聖典やスレイン法国の情報ではない。今の気持ちや風呂は気に行ったか、などのささやかなものだ。

 

「……ああ、良い湯加減……」

 

 彼女の首元と縁に乗せている足の下に柔らかい枕を差し入れた。

 耐水性は無く、水をどんどん吸っていく。あくまで緩衝材だ。

 仰向けになった彼女の胸元は女性にしては平坦だが、元々なのか種族の特性か。

 人間でも貧乳から巨乳まで色々ある。大事なことは僅かでも膨らみ乳首があればいい。出来る事なら乳輪は小さめで桃色。

 女性器も使い込まれてくるとグロテスクになってくる。特に小陰唇は毒々しい色合いになる。幼い者は肌色と遜色ない。

 数分ほど浸かった後、別の湯船に移動するように頼んだ。次も寝台型だが湯は入っていない。

 特別に作らせた蒸気型だ。造りは単純で普通の湯船を『簀(す)の子』のような隙間のある板で覆ったものだ。そのままだと背中や首などが痛むので先ほどの緩衝材を敷き詰めてある。

 アンティリーネは先ほどと同じように大の字になって寝転ぶ。そこへナコトが彼女の全身に湯をかけていく。

 温度は控えめで、軽めの『サウナ』といったところ。違いは焼石を使っていない。

 既に温まった身体に新たに湯を駆けられてご満悦の表情になる。

 その後、石鹸水で泡立てた泡を全身にかけ、優しく揉み込んでいく。

 ナコト手ずからのマッサージを受けて甘い吐息をつきながらさるがまま身を任せる。

 腕や脚はもちろんのこと、首元を強めに押す様に。

 その後は脇と太腿に手を伸ばす。ここで抵抗するかどうかが問題だ。

 脇は触られても大丈夫と答えた。

 足の裏はくすぐられると笑うが過度に攻めたりはしない。

 石鹸で泡立てたと言ってもすぐに破裂してしまう。キメの細かい泡を作るのはなかなか難しい。

 色白だったアンティリーネの素肌が湯の温かみなどの影響か、赤みを差してきた。

 

「もう少し攻め込んでもいいですか、お客さん」

「……ええ。貴方は勝者だから遠慮はいらないわ~」

 

 負けを認めた相手の行動は断らない。けれども絶対ではない。

 ある程度の線引きが存在する。それはアンティリーネの口からは言えない筈だから無理に聞こうとは思わない。

 何気ない会話で無難なものを答えてくれるだけで充分だった。

 濡れた肌を揉み込むどくどくの音が二人の耳に届く。それ以外は高い天井から落ちてくる水滴くらい。

 ムードに合った音楽はここには無い。ゲームのようなBGMがあれば異世界の雰囲気は台無しだ。

 そうして前面が終わり、一旦裏返す様にひっくり返ってもらった。

 傷跡の無い奇麗な背中と肉月の良い尻が出迎える。それを先ほど同様に石鹸水をかけて揉んでいく。

 実年齢は分からないがやたらと肉感が柔らかい。

 はたから見ればアンティリーネ一人で悶えているのが滑稽と言えるけれど。ナコトが不可視化状態なので仕方がない。

 

「遠慮する必要が無い、という言葉が真実なら……。貴女も我慢、というか緊張せずに楽になさってくださいね」

「……はーい」

 

 確認作業をしないと相手の気が変わる。

 精神支配において命を懸けて守る部分は解呪の原因になる。それらを避ければ基本的に何をやっても許される。

 念のために他の魔法も併用しているけれど。

 脇は軽く擦(さす)る程度。くすぐりは自分がされると嫌だし、見ているだけで悶えそうなので却下。

 一通り全身に泡を行き届けさせ、彼女の返答が真実かを確かめる事にする。

 目の前に突き出されている尻をかき分け肛門を見下ろす。石鹸水で濡らした指をまずは一本突き入れてみる。

 

「ひゃ、ひゃあ……」

 

 軽く仰け反るように反応する。だが、遠慮するな、と自分で言った言葉で抵抗をやるざめを得ない。

 ナコトの指がゆっくりと沈み込む度に身体を微動させる。

 痛みではなく気持ち悪さのようなもの。それから言い知れない感覚。

 ナコトの感触では硬くは無くほぼ肉なので柔らかい。それを適度に揉み解していく。

 

「なんか……出ちゃいそう」

「遠慮は要りません。全部洗い流しますから」

 

 俯きつつ涙目になりながらもアンティリーネはうつ伏せのまま待機した。顔を覗き込めば相当赤くなっている事が窺えた筈だ。

 人差し指と中指の二本に変え、突き入れたり引き抜こうとしたりする動きを続ける。その合間に嬌声を漏らしていたが無視する。

 強靭な肉体ゆえに彼女が肛門に力を籠めれば指は締め付けられる。しかし、軽く指を曲げる動作をすると身体を跳ねさせて喘ぐ。

 それを数十分ほど続けた。合間に身体が冷えないように湯をかける事は忘れない。

 

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 拡張作業を継続させるために太い棒でも突っ込んでおくところだが道具を用意し忘れた。代用として自身の男根をねじ込むわけにはいかない。

 指を引き抜いた後の肛門の様子を間近で見物できるのは眼福としか言いようがない。

 萎みかけてきた肛門に溶液を注ぎ込む為に使う『漏斗(ろうと)』を差し込んだ。その時、奇妙な声を上げるアンティリーネが可愛いと本心から思った。

 そこに度数の高い酒を一樽分ゆっくりと注ぎ込む。樽といってもコップ一〇杯分程度の小ぶりのものだ。

 

「……おぉ、おお……? なな、なにされてるの私……」

「ただの民間療法ですよ。……後で全部流れ出ますから身体の力を抜いてください」

 

 言いながら震える漏斗に酒をどんどん入れていく。

 一般人に同じことをすれば急性アルコール中毒になる危険性があるが治癒魔法があるので問題が起きても対処できる筈だと考えた。実際に事が起きないと理解できないので経過観察するしかない。

 酒を注ぎ込まれているとは露知らず、身体の奥がどんどん温かくなってくる事を理解するアンティリーネ。それから少しずつ視界がぼやけ、歪み始めてきた。

 肛門というか直腸から薬やアルコールを摂取する方が速効性があると聞いた覚えがある。しかし、それを自分でやろうとは思わないナコトは彼女で実験してみた。

 この方法は様々な創作物が使っていた手法なので本当に効果があるのかは知らない。

 そのうち彼女は呂律の回らない言葉を言い始め、身体をくねらせる。

 

「お尻が……気持ちいいのぅ。ほーうわぁ」

 

 漏斗に入れた酒が全部入ったことを確認した後、器具を引き抜く。その後、栓をねじ込み立ったがやめた。

 下半身を板に打ち付けて笑い出しているアンティリーネが心配になってきたので。

 見た感じでは完全に酔っぱらっている。顔も赤い。意味をなさない言葉を漏らして笑っている。

 ナコトはそんな彼女の尻を回るように揉んでいく。その後、肛門周りが蠢(うごめ)き出す。

 盛り上がったり、凹んだり。

 異物を入れられたことで力を入れているようだが上手(じょうず)に出来ないようだ。

 器用に尻を突きあげたところで指を深く突き入れる。すると激しく腰を動かし始めた。

 

「……お腹がぁ、ぐるぐるぅ……」

 

 どう表現していいのか分からない為に支離滅裂な言葉が出てくる。

 それらが治まった後で仰向けにすると肛門から液体がおしっこのように流れ落ちた。

 その音を聞きつつ脇と太腿を揉み込み、脚を開かせる。

 形の良い女性器の大陰唇が開き、続いて小陰唇が顔を出す。

 続いて小ぶりの胸をしっかりと揉み込み、乳首周りを擦る。専門職では無いので適当だが。

 

「……うへへ……」

 

 口元を歪ませて笑い出すアンティリーネ。抵抗の意思は無い、という表現のようだ。

 先程尋ねた回答を証明するように陰核を摘まんでも腕は動かなかった。

 程よく鍛えられている為か、腹筋は引き締まっているが顔は完全に緩んでいた。

 不可視化を部分的に解除し、陰茎だけ姿を現すような器用な真似は出来ない。そういう用途は想定されていないと思うので当たり前だと思うけれど。

 相手が気にしないように、という配慮ではあったが何度も声掛けしているのでそろそろ姿を見せてもいい頃合いだと判断した。しかし、姿を隠した本当の理由は単純に気分だ。その日によって変わるので相手の気持ちは後付けに過ぎない。

 

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 酒に酔う様子から毒物への完全耐性などは持っていない事が分かった。死なせる意図は無いので後で酔いを醒ます。

 それにしても子供っぽいというか見た目通りの反応に驚いた。

 姿を現してから無邪気にはしゃぐ姿になったアンティリーネは閉鎖的な環境で自由に飢えていたんだなと思わせる。

 これらが全て演技であるならば大した存在だ。

 

「強いオスがいいのー。弱いの要らな~い」

 

 声がはっきりとしていて可愛らしい。ボソボソと喋る大人が多い中ではわりと耳に残る特徴的な声にナコトの方が気恥ずかしさを覚える。

 寄っている事で遠慮のないセリフが次々と漏れ出てくる。

 歳相応かと思いきや性交渉を知る熟年の女性にも引けを取らない。実際に何度か子作りに励んだのか、それとも自分で破ったのか。処女膜は無く、奇麗な膣の穴が覗いていた。

 ということは彼女より強い男が過去に居た事になる。または最初から膜の無い種族ということも。

 捕らえた森妖精(エルフ)の身体を隅々まで調べていないので確証は得ていない。その辺りは大して興味が無かった、というのが本音であった。

 治癒魔法の使い過ぎで感覚がおかしくなっているかもしれない。

 魔法が効いているか、酒の効果かは分からないが膣を擦っても抵抗しない。

 尿道が広がるか興味があったが流石に痛がると思うのでやめた。というよりナーベに出たのは人間以上の柔軟性があったからだ。

 普段は整った顔立ちで引き締まりが窺えたが、実際にはかなり皮膚が伸びる。粘土ではないかと思うくらい。伸ばした後はしっかりと元の形に戻る。伸びたままにはならない。

 膣穴も広げようと思えば三倍以上に広げられるのだから元々の種族が何なのか知るのが怖くなった。とはいえ、ステータスを少し見たので大体は判明している。

 彼女らも世界の秘密にはまだ触れていないようだ。おそらく冒険者モモンも。

 ああいう輩(やから)とはあまり敵対しない方が無難だ。誰に対しても友好的に振舞っておけば意外と世の中を渡る事が出来る。

 運悪く悪人に引っかかるかもしれないが、その時はその時だ。そうナコトは割り切った。

 無駄に思考をしている内に肛門から零れていた酒が尽きたようだ。次に出るのは排泄物だが、仮に出ても適切に処分するから気にしない。

 何事も我慢は良くない。

 肛門から酒を入れて口から出るような人間であったら、それはそれで驚く自信がある。

 

「……にゃー」

 

 確認しながら彼女の身体を弄(まさぐ)っているせいか、台詞が気持ち悪くなってきた。

 彼女も卑猥な言葉を言う様になってきている。正直、聞いていて恥ずかしいし、言ってる側も同様だ。

 かといって無言のままというのも味気ない。

 膣穴に指を入れて揉みこんだりしながら穴を拡張する。骨が当たらないので柔らかい。

 白黒に分かれた陰毛の見晴らしが良い恥丘を撫でたり陰核を適度に擦り性的な雰囲気を促進させる。

 元々女性との付き合いは無く、ちゃんと正しい行為なのかは知らない。間違っていても潮吹きすればいいや、という軽い認識だ。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 膣内が粘液によって湿り気を帯びてきた。乾燥を防ぐためかは分からないが男性も過度な興奮で透明な粘液を分泌する。それと似たような物と理解しておく。

 よく性的興奮してきた女性が股間を濡らす、という描写がある。創作物では過剰演出されているものだが根拠が無いわけではない、と今更になって知った。

 折角酩酊も気分を悪くされては困るので『毒治癒(キュア・ポイズン)』を使っておく。

 酒による酩酊はユグドラシルでは毒扱いになっているので。

 白と黒の瞳がグルグルに回っていた彼女の様子が少しずつ落ち着いてきた。一瞬で我に返るようなことは無く時間差がある。

 

「……あー」

 

 軽い頭痛はまだ少し残っているかもしれない。

 しかし、肛門から零(こぼ)れた酒は湯船に落ちているわけだから蒸気に多少アルコールが混ざる。しかも腸内を通っているので良い匂いとは言い難い。一旦彼女に移動を命じ、すぐさま匂いを消して、湯を入れ替える。

 軽い頭痛に耐える彼女の身体に奇麗な湯をかけておく。

 アンティリーネが落ち着いたところでナコトが今度は寝転がる。男根は既に勃起させておいた。

 意図的に扱えるとは言え一瞬で切り替わったりはしない。

 その為に彼女の裸体を揉み込んでいたのだから。

 彼女はよろめきつつ言われた通りに移動を開始する。思考力が少し落ちたようで、より一層従順になっているように感じられた。

 深呼吸するような息遣いでナコトに跨り彼を見下ろす。

 腰の位置を調整しつつ恥丘に男根が当たったところで止まる。それから彼の亀頭に陰核を当て、腰の動きだけで擦りつける。

 

「……もし貴女の条件に当てはまるなら……腰をもう少し前へ」

「……ええ」

 

 そう言いながら腰をナコトの方に移動させようとする。すると前に行くと彼の男根が膣に入りそうになると気づいて止まる。

 条件という言葉で止まる必要は無いと気づき、少しずつ移動する。

 亀頭が小陰唇に埋まるところで止まった。そして、そのまま膣で亀頭を撫でるように動かし始める。

 ナコトはそのままの状態で彼女の僅かな膨らみの乳房と乳首を揉んでいく。

 引き締まったスポーツ選手の様な体形なので珍しくは無いが掴みどころが極端に少ないのが勿体ないと思わないでもない。

 適度に張り出した美乳の方が好みだ。

 アンティリーネはナコトの指示に従い膣に挿入せず、彼の男根を掴んで自身の膣を擦り始めた。頭の中では早く入れたい、という言葉を連呼して。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ナコトは自分(アンティリーネ)を負かせる実力の持ち主である。だから、子作りの対象に合致する。それなのに膣の奥に入れる事が出来ない。既に身体は準備を整えているというのに。

 待ちきれないとでもいうかのように膣から粘液が零れだし、彼の亀頭を怪しく濡らす。その影響もあり、滑りが良い。

 

「ああ、ああ」

 

 亀頭が膣を滑り陰核を擦る度に声が出る。それは一定のリズムを刻むが同じ単語しか出てこない。

 他人との性行為の経験が殆ど無い為に正しい行為が何かは分からない。しかし、感覚的に動かし方は分かっている。

 こうしたら気持ちがいい。それに頼って男根を自身の手で動かして膣に刺激を与える。

 穴の奥に入りそうで入らない位置のまましばらく続けた。

 見下ろす格好なので腰の部分が見えにくいが時折顔を出す亀頭の赤さが目立つ。ああ、これが男性の生殖器なんだな、と。

 この棒を膣の奥に深く突き入れて激しく動かしたい。そうすればもっと気持ちがいい。そんな感想が頭の中に広がる。

 想像していくうちに鼻息と息遣いが荒くなる。

 硬い亀頭が擦れる度に自身の膣の柔らかさに気づく。

 

「……う~、じっれたい~」

 

 荒い鼻息を立てて相手の股間を見る目は得物を狙う野獣のようだ。

 彼女の視界にナコトの顔は無い。あるのは屹立する男根のみ。見下ろす格好だが意外と見る事が出来る事に驚きと感動を覚えた。

 

「ねえねえ、ねえっ。もういいでしょう?」

 

 気が付けばおねだりする言葉が出ていた。

 延々と擦るだけでは満足できない、とでも言うかのように。

 欲しい欲しいと連呼する自身の言葉に気づいて顔をより一層赤く染める。それでも手は止まらない。

 あと少し腰を屈めればいいだけなのに何故かそれ以上下に行かない。相手の腕力に止められているわけでも無いのに。

 女として生まれてここまで性行為に執着するとは思わなかった。言葉で欲しいと言うのは女の性(さが)かと軽蔑する感情が浮かぶも快感には勝てそうもない事にも気づく。

 先程肛門に指を入れられた時のむず痒さが蘇り、自然と下半身に力がこもる。

 

「ほら、こんなに……。ほら、ほらっ」

 

 段々と苛立つアンティリーネ。

 自主的に動いたり喋ったりするようになった場合はしばらく様子を見る。それが精神支配の影響を見るうえで一番の見どころだ。

 感情面が大らかになり自分の願望が現れやすい。だからこそ彼女の動きや言葉はナコトの指示が無くても継続している。

 指示されないと微動だにしないのは最初くらいだ。今は一言二言言うだけで勝手に判断する。後で正気に戻ると物凄く恥ずかしくなるけれど、その辺りの記憶は消す様にしているので大騒ぎになる事はまず無い。

 消しきれない部分は印象位なので神経質に対応することもない。

 男根を押し込もうとするも亀頭の先端が軽くめり込む程度しか進まない。それを何度も繰り返している内に粘液がまとわりつき、くっついたり離れたする度にいやらしい音が鳴る。

 口を尖らせてつつも懸命に動き続けている彼女の女性器が相手の男根を咥えようと口のように小陰唇が動く。だが、亀頭にベタリと挟み込むも滑り出てしまう。

 奥に突き入れたい気持ちの表れか、涎(よだれ)を垂らす様に粘液が滴り落ちる。

 ここまでじらされた彼女は可愛くおねだりするするか、漆黒聖典の強者として振舞うか、少しだけ興味が湧いた。

 どちらも良い声を聞かせてくれそうだが怒らせたくはない。相手にかけている魔法は好感度を上げるものだ。それが台無しになると次に続かない。

 膣に入れてくれればおっぱいを揉まれようと肛門に指を入れられようと文句は言わない、という気配を感じる。実際、身体に触れても抵抗はしなかった。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 段々と狂乱してくるアンティリーネは卑猥な言葉などお構いなしに言葉責めを繰り出してきた。

 それをBGMのように聞きつつも射精はしていない。

 刺激を受ければだいたい自分の意志で制御できる不思議なアバターに疑問を未だに感じが、出来ているのでそういうものだと理解するしかない。

 あまりにも煩くなったので一つ試してみるかと思い立つ。

 

「……私と……結婚してくれますか?」

 

 そう言うとそれまでの淫乱ぶりが嘘のように引いて彼女の表情から感情が抜け落ちる。

 一気に熱が冷めたような様子に驚きつつも黙って見守る。

 

「……スレイン法国に籍を置かない限り無理。それと……夫婦生活に興味ないから」

 

 あっさりと拒否された。

 最高にまで高まっていた好感度が一気に氷点下になったような気分だ。

 意を決して告白してみたら玉砕した、という感じはあまり感情表現が得意ではないナコトとて結構傷ついた。

 元より彼女に恋愛感情は持っていなかったし、今のは軽い興味から出た言葉だ。魔法による効果だとしても落差の激しい光景は衝撃だった。

 熱は冷めたとしても未だに亀頭の先端は彼女の膣に埋まったまま。あと少しで見えなくなる。

 感情こそ急停止したが身体の感覚は流石にそこまで器用ではなく、一分後には身体全体が赤みを帯びてきた。そして、吐き出されると意気は湯気のように見えた。

 

「もしかして、性行為する為には結婚しなきゃならないの? それは……なんか嫌ね」

「強者がお好きなら可能性があるかなと……」

「……生憎と貴方のような強者であろうと生まれてくる子供の方に興味があるから親は別に要らない。単なる種馬に過ぎないの」

 

 少しずつ言葉に力がこもり乱暴になる。

 そしてすぐに先ほどの様な血走ったような目つきで男根を見るようになった。

 その後、感情の赴くままに言葉を発してよいと言った途端に女性の声で卑猥な単語が羅列されていく。

 自分今最も欲しいもの。どうしてほしいか。それれ何故なのか。

 今までため込んできた鬱積の様なものが本流として漏れ出てくる。

 息も絶え絶えになりながら白と黒しかなかった彼女に赤や桃色といった色味が強くなってくる。ただ、それでも結婚は駄目だとはっきり言い切ってきたので、精神支配の抑止力のようなものを感じて怖くなった。

 その後、男性器を連呼するようになり、おねだりが凄くなった。そのまま仲間と引き合わせたら凄い事になりそうだ。誰も居なくて良かったとナコトは安心する。

 しかし、少女然としたアンティリーネに男根を掴まれたまま平常心を保つナコトも他人から見れば超人級だ。あれだけしごかれれば射精するだろ、と文句が飛んできそうだ。

 それにしても性欲に対する執着の激しさは目の当たりにすると恐ろしい。彼女というか女という存在は異性に対してここまで野獣になれるのか。

 その点では男性であるナコトも女性器に執着しているけれど。ここまで酷い欲望を持っていたかな、と他人事のように思った。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 これ以上じらしていると男根をもぎ取られそうだ。既に乱暴に振り回されて少し痛い。

 ナコトだから少しで済んでいる。一般人なら数分で千切れている。

 全然刺さらない事で泣きそうな顔になって自分の膣と男性器を見つめ始めた。

 溢れ出る粘液が水たまりになるのではないかというくらい垂れていて、小便を漏らしているようにも見える。

 何もしていないわけではなく、ずっと彼女の胸を揉んでいた。

 

「もうっ! 結婚すれば入れてくれるわけ? ……酷い男ね、貴方……」

 

 とうとう怒り出す。しかし、結婚と性行為を天秤にかけて悩みだす姿は淫乱と呼ぶには可愛いありさまだ。

 よく使われる淫乱は女性を蔑視する言葉だが逆の立場である男性は性犯罪者でしかない。

 その上で彼女らを悪く言う権利は全くもって無いと言い切れる。

 性的興奮を覚え、互いに身体を重ね合う事が出来るのだから。悪く言ってはいけない。

 ナコトは相手に淫乱だなどと言ったことは無いし、これからも言うつもりはない。

 この世界に来て結婚経験者になったナコトも円満な夫婦生活に憧れが無いわけではない。初期が酷かっただけで。

 年齢を重ねたりすれば平穏な生活が恋しくなる。

 アンティリーネは見た目は子供っぽいが意見を除けば優良物件だ。しかもスレイン法国は一夫多妻を認めている。

 そう。多妻が許される国。

 アンティリーネは特別な存在だからと多くの夫を娶る権利を持っているとか。ただし、それには前述の条件を満たす必要がある。

 

「スレイン法国では結婚とは特別で神聖なもの。……無理に夫婦にならずとも子供だけ寄こしなさい。それだけで貴方は夫のようなものとして認知してあげるから」

 

 夫婦生活に興味は無く、戦いが好きなアンティリーネにとっては煩わしいだけのもの。

 それでも無理を通すにはスレイン法国を滅ぼすような事態に発展させる必要がある。

 戦う理由が無ければ漆黒聖典はその存在意義を失って消滅する。その後は考えていないので強い男が決めて行けばいい。そういう理屈を述べた。

 だからといって早速かの国を滅ぼそうと動き出す事は無い。国を潰すことは思っている以上に面倒ごとが多い。

 

「……非公式なら夫と認めてあげる。それで満足しなさい。……そうしないと本国総出で貴方を殺しにかかるから……」

「ありがとうございます」

 

 よし、言質は取ったぜ、と喜ぶところだが夫婦生活への憧れは今(・)は(・)無い。これも魔法の効果による誘導尋問の一種だ。

 性欲に抗えない女はなりふり構わず相手の言いなりになる。それはそれで恐ろしい事だ。

 拷問を加えたら国家機密を白状する。その程度の人物だと認めているようなものだから。

 尋問する側にも問題が無いわけではないが。

 夫と認めたから早く入れろと怒り出すアンティリーネに苦笑を見せるナコト。

 元々は彼女達の増強であって寝取りとか夜這いとかものにするとかの話しではないし、目的でもなかった。

 本当に彼女を手に入れたい場合は性交渉など必要ない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 この前に根本的な事を聞かなければならない。

 あえて避けるが妊娠しにくい身体のはず。イミーナの例もあるので絶対に無理とは言わないが人間以外との性交渉によって妊娠する確率はとても低い筈だ。

 それを尋ねるとその低確率で自分は生まれたと答えた。

 なら余計に確率は下がりそうだが、それでも妊娠願望を持つ女性としては願わないわけにはいかないらしい。

 無駄かもしれないけれど可能であるならば自分より強い男との子供が欲しい。それは間違いなく本心からの願いである、と。

 彼女の場合は相手が強ければ種族は問わない。蜥蜴人(リザードマン)でも妖巨人(トロール)でも構わないと言い切った。

 

「当たり前だけど生殖能力を持ってないモンスターは論外よ。……粘体(スライム)とか不死者(アンデッド)とか……」

 

 生殖器が付いていれば虫でも構わない。そうアンティリーネは言った。

 人間至上主義の国家に異形の子供が生まれれば大騒ぎだ。だが、それでも彼女にとっては国より大事な事らしい。

 そういう我がままを通せるだけの権利があると思われる。

 

「……意地悪を覚悟して……、お願いを聞いてください」

「……んー? 怖いな……。でも、聞くだけだからね」

 

 本来の目的とは違うが興に乗れば突き進まなければ勿体ない。

 ナコトの要望それ程難しいものではない。拒否するかしないかが問題なだけだ。

 意に沿わないからと言って無茶な事や意地悪を押し通す気は無い。魔法の効果がどれだけ強いか知る上では貴重なタイミングだと判断したまでだ。

 

「私の妻となる事を心から願うなら……。正式な夫婦かどうかは問題ではなくて……。性交渉してもいいと思うのであれば……」

 

 貴女の身体をください、と素直に言うべきか迷った。おそらく禁則事項とやらに引っかかりそうなので、どういえばいいかいきなり詰まってしまった。

 中腰の様な体勢を続けているアンティリーネとしては早く言え、という気持ちが強い。だが、内容を無視することが出来ない事も分かっている。

 目蓋を思いきり開いてナコトの言葉を待つ。

 

「貴女の……下半身を好きにさせてもらってもいいですか?」

「……んー。ああ、そうよね。そうなるわよね。……もう滅茶苦茶にしてくれてもいいわ。元よりそのつもりだし。ああ、それでいいわけ?」

「ついでに瞳も欲しいです」

「……ん。ほんとに欲深い男……」

 

 どういう理解の仕方をしたのかは分からない。けれども彼女の心は決まった。

 本当の要望はさすがに言えはしないが、将来的には説明する時が来ると思う。その時までは秘密の一つや二つは残してもらう事にする。

 ナコト側も相手の秘密を全て知ろうとは思っていない。

 

「……でも、そうなると……。その理屈だと貴女の妻になるわけよね、しかも正式に。私、好きにしていいって言っちゃった……。あーあ、策略に引っかかっちゃった……。本国に言えない事が……」

 

 残念に思いつつも口元は歓喜に歪んでいた。

 騙される方が悪い、という理屈で言えば今更な話しだと理解し、これで思う存分楽しめると思い、嬉しくなった。

 我慢した甲斐がある。そうアンティリーネは気持ちが逸(はや)ってきた。

 

「心から妻となる事を了承するならば……。というのは些か意地悪ですが……、こうでも言わないと貴女ほどの強敵は御(ぎょ)せません」

「……いい性格しているわ、貴方……。この私に向かってそんな口を……」

「妊娠はしないと思いますが……。貴女の安否は気にしておきます。例え命を落としても……」

「死んだ後のことも考えてくれるの? 蘇生魔法? それはとても……、心強いわね。なら……、遠慮なく活動出来そうね。我らの漆黒聖典は……」

 

 ナコトの言葉はアンティリーネの脳内で目まぐるしく疑問と推察が繰り返される。どういう意図があるのか。自分の答え方によっての影響力など。

 それらと魔法の効果が鬩(せめ)ぎ合う。

 優先すべき事と禁止事項。欲望と駆け引きと人生経験の勘も混ざり合う。

 非公式なら妻は肯定。性交渉も肯定。スレイン法国の離反は否定。漆黒聖典も現時点では切り捨てられない。

 武装も解除するわけにはいかない。主(おも)に譲渡は無理。

 様々な施策が短時間で行(おこな)われた。

 

「敗北を認めた以上は妻になる事も性行為も許容するわ。それでいい? 残念だけどスレイン法国との縁はそう簡単には切れないの」

「構いません」

「……ああ、後心から……。よろしくね、旦那様。アンティリーネを末永く愛してくださいませ……」

 

 可愛い声色で言われて思わずナコトのアバターの心臓がドキリとした。

 本当にその気になりそうだったが思い留まる。別にそれでも良かったのかもしれないが、早計だと思うので初々しい気持ちは後に取っておく事にする。

 魔法によって従わせているようなものだから素直に喜べない事情もある。その気になれば街中に居る女性ともすぐ結婚することは可能だ。後の責任は取らないけれど。

 

「……少しあざとかったかしら? 貴女の要望はだいたい聞いた筈だけど……、まだ何かあるのかしら?」

「婚姻の誓いは大抵……接吻が相場だと思います」

「……ふーん。そんなことでいいんだ」

 

 欧米人であれば家族間の軽い接吻程度は日常的だが日本では相手に触れる事すらままならない。ゲームでも規制されている程だ。

 ずっと寝転がっているナコトにアンティリーネは顔を近づける。

 白い容貌の幼顔との距離が狭まると拒否感が湧く。それは単純に日本人特有の羞恥心かもしれない。しかし、ナコトとて経験が無いわけではないので息きを飲みつつ覚悟を決める。ただ、膣に亀頭の先端部をめり込ませたまま接吻しようとするアンティリーネの度胸は魔法の効果だけとは思えないくらいの強靭さを感じた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 氷のような冷徹さを秘めたアンティリーネは魔法の効果で表情が乏しくなっているが心の内は様々な感情が渦巻いている筈だ。

 頬を赤らめているのは性的な興奮によるもの。それ以外は何の興味も示さない。ナコトという人間の姿形なども。

 大事なことは強いかどうかだけ。

 戦闘民族たる彼女は一人の女として彼の妻となることを心から認めた証しとして唇を重ねる。もし、上辺(うわべ)だけなら接吻は無効となる。

 化粧っ気のない顔が間近にある事にナコトは胸の内では興奮していた。

 単なる唇だけの接吻ではなく舌を潜り込ませ、相手の舌と絡める本格的なもの。しかし、彼女の表情は酷く冷めていた。目蓋を少し下ろした瞳は敵を見るもの。

 接吻は一分ほど。けれどもアンティリーネは決して嫌がらずナコトの指示無く自分が納得するまで続けたようだ。おそらくもう少し、と言えば再開するか機嫌を損ねる。

 せっかく裸の女性が覆いかぶさってきたので勿体ないと思った。しかし、二人が性交渉に入っている間、別の部屋ではアルシェと漆黒聖典の面々は椅子に座って待機したまま。ザイヤーもおそらく何も知らずに精神支配されたまま大人しく休んでいる筈だ。

 何とも奇妙な光景だなと思いナコトは苦笑する。

 散々弄(もてあそ)んだ上で申し訳なく思うが記憶は制限させてもらう。さすがにこのまま帰すのはしのびない。既に同意のもといくつかの記憶は僅かながら見させてもらった。

 といってもいきなり核心部分は見えない。ほんの数時間前の光景程度だ。

 魔法が通用する事が分かった後はもう彼女の好きにさせる。おそらく半狂乱になると予想するがあまり乱れないように願っておく。

 

「……一夫多妻……それともいいかも……」

 

 しかし、実際には多くの自我の無い女たちになる筈だ。円満とは言い難い不毛な日常になる。もし自我がある場合は会話が豊富になる。

 それぞれの風俗を聞く機会にもなる。

 彼女の華奢な脇を撫でつつ指示を出す。その文言は至極単純なもの。

 本当に性欲を満たしたいなら遠慮なく前に進め、と。本心でなければ何も起きない。それはそれで好都合だ。

 スレイン法国の秘蔵っ子が汚れないので。しかし、当人はナコトの言葉を受けて邪悪な笑みを浮かべる。

 膣と亀頭が触れ合うだけだったものが少しずつではあるが深く沈んでいく。

 一気に腰を落としたりせず、感覚を楽しむようにゆっくりと男根が膣の奥に吸い込まれる。

 アンティリーネ側は漸(ようや)くやってきた感覚に打ち振れていた。これよこれ、と大きな声で喜びを表す。

 最後まで腰を沈めると大きく息を吐いた。

 

「……もう。あまりに長く待たせるからおしっこしたくなっちゃったじゃない」

 

 周りはまだ温かいが僅かな風でも身体が冷えてくる。

 寝転がったまま器用に隣りの浴槽の湯を掬(すく)い取り、彼女の身体にかける。その時、下腹部に広がっていた粘液が洗い流されていく。

 粘液というかほぼ液体だが。日本では『愛液』と呼ばれる。正式名称は知らないが性的興奮で勝手に出てくるものと理解しておいた。

 毎回男に飢えていたらお漏らしと変わらない。禁欲的な生活でその辺りの制御は心得ている筈だが、じらし過ぎたことは認める。

 膣の奥にナコトの男根を収めて安心したアンティリーネは腰を浮かせようとした。その時、膣壁を刺激される感覚と共に尿意がやってきた。

 同時に感じる気持ちよさに思わず声が漏れ、羞恥で頬が赤らむ。

 尿意に耐えつつ腰を動かそうとすると物凄く気持ちがいい。このまま続けたいところだがおしっこは我慢は出来そうにない。

 

「気持ちよさを優先していいですよ」

 

 平然と言うナコトに驚きつつも女性と合体しているのに喘ぎ声一つ出さない事に少し嫉妬を覚える。

 自分は腰を上下させるだけで熱い吐息が漏れるというのに。

 性交渉でも彼は強いのかもしれない。何がと言われると答えにくい。アンティリーネは自問自答しながら口を歪ませる。

 膣内を滑る男根の気持ちよさは格別だ。指で擦るのとはわけが違う。

 通常では届かない所まで肉棒が刺激を与えてくれる。性行為がこんなに気持ちがいいとは思わなかったほどだ。だが、やはり尿意は押し留められそうにない。

 腰を落として男根を深く挿入した途端、快感で力が入らない一瞬に思わず声と共に出てしまった。

 

「……あん」

 

 尿道を通る気持ちよさと相まって我慢の限界を迎えた。

 最初は少量だったが我慢するほどに膣内にも響き、腰を浮かせようとすると余計に勢いが増す。

 放尿したまま性行為を続行すると更に気持ちがいい。思わず小便の勢いが強くなったがナコトは何も言わない。

 旦那様となったのだから妻の痴態に目を瞑ってくれるのだと思い、動きを続けることにした。

 腰を上下させる度に男根と尿道からの刺激を強く感じる。

 このまま続けたいが放尿は延々とは出来ない。

 ナコトの視点だと彼女の腰が一番知下に来ると放尿が飛んでくる。

 尿意が治まっても少しの間は尿道が動く。

 

「女性として人前でおしっこをしたり、見られたりするのは恥ずかしいわ」

「風呂場ですから大丈夫ですよ」

 

 そうなんだけどね、と小さく呟いた後は腰の運動を再開する。

 今まで我慢していた分、段々と速度が上がる。それに比例するように喘ぎ声も高くなる。

 強いオスとの性行為は熱望していただけに夢中になる。

 こんなにも自分は漢を求めていたのかと呆れはするが今更動きは止められない。

 そんな彼女をナコトは引き寄せる。アンティリーネと無理に抵抗はしなかった。

 引き寄せられた彼女の胸を吸うと乳首を刺激されたアンティリーネは甘ったるい声を漏らす。

 左右の胸を平等に吸ったり揉んだり、乳首もこねるように揉み込む。その間、彼女は腰を動かし続けた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ある程度の回数をこなしたところで絶頂感がやってきた。そのまま続けていると放尿感よりも強い快感が襲ってきて足腰が痙攣する。その時、下腹部から透明な液体が噴射した。

 思わず悲鳴のような嬌声を上げる。

 快感の波が治まると腰の動きを再開する。すると膣から快感が戻ってきた。

 男性と違って萎えにくい為に継続して続けられるようだ。一度の絶頂で終わるのは物足りないと彼女は思い続ける事にした。

 男性との交合は想像以上に気持ちがいい。これを自分は長年待ち望んできた。

 そんな感慨深い気持ちも相まって憚る事無く嬌声を上げる。

 ナコトも思わず赤面するような恥ずかしいセリフが可愛らしい声で聞こえてくる。

 荒い息遣いと共に気分が乗ってきたアンティリーネの顔は艶っぽくなり目も焦点が合わなくなってきた。そんな状態で腰を動かし続け、接合部から液体を噴射しつつナコトに接吻してきた。

 唸るような音を漏らしつつ舌と腰を動かす。絶頂が近づくと我慢せずに嬌声を上げる。

 それをナコトは淡々と数えていたが七回を超えたところで動きが鈍くなった。

 強靭な体力を持つアンティリーネとて慣れない性行為は精神的にも肉体的にも多大な負担となっている。

 自分の意志で腰を動かすと上下関係なく快感が全身を巡る。それに負けずに運動を続けてきた為、湯の蒸気とは別に彼女自身の身体から汗が吹き出してきた。

 何度も荒い呼吸を続け、顔から汗が滴り落ちる。

 

「……熱い、熱い……気持ちいい。でも、熱い……、喉も乾いた」

 

 魘されるような凶悪な顔で呟(つぶや)く彼女にコップに酒を入れて差し出す。すると中身を確認せずに一気に飲みした。

 一応、一気飲みは危険ですよとナコトは助言を伝えておく。

 

「……はぁ~! 冷たくておいしい~」

 

 異空間の倉庫(インベントリ)は温度管理する必要が無いので冷蔵庫にも使える。しかし、時間が経つと気になるので多くは氷を仕込んだ言質の冷蔵庫を使う。

 電気の無い国では魔法で氷を作り、氷室(ひむろ)を制作する。

 魔法文化の無い世界であれば冷たいものは本当に貴重だ。

 そういえば風呂に入っている時に酒を飲むのも危険だった様な、とナコトは危惧するも万が一の時に対処できるように自分は酒を飲ま事にした。

 年齢に関係なくナコトも得意というほどではないが酒は飲める。アバターなので毒扱いになるけれど。

 喉を潤(うるお)して満足しつつ腰を浮かせて嬌声がある。それと同時に景気よく潮吹きが起きた。その様子をまじまじと見る事の出来るナコトは女体の神秘に感動した。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 禁欲的な生活を強いられてきた為に絶頂する頻度が高いのは仕方が無いとしてもナコト側は一向に射精していないようで疑問と共に驚いていた。

 仮に射精してしまうと折角の性行為が終わるので満足しきるまでは出さなくてもいいと思った。

 腰を動かすたびに潮吹きしそうで笑えて来る、とアンティリーネは苦笑した。

 ある程度気持ちよくなった所で一休みする。しかし、相手と接合したままだ。

 

「……外はもう夜中かしら?」

 

 地下部分なので浴場からは外の様子は伺えない。

 彼女の言う通り深夜帯に入っている。他の者達を眠らせなければ精神的な負担で椅子に座ったまま気絶するかもしれない。または何人か便所に行かず、その場で漏らしている可能性もある。

 その辺りの指示は出していないので焦ってきた。

 ナコト側も休憩する事にした。というより今日の分の鍛練は終わりだ。

 魔法の効果中の筈だからアンティリーネに眠るように指示すると疲れが溜まっていたのか、その場で瞼を閉じて大人しくなった。

 身体が弛緩するように両腕がダラリと下がり、数分も経たずに寝息を立て始める。

 その間、大急ぎで部屋を移動する。ただし、全裸で。

 時間的には一日だから大事には至っていないと思う。何かあっても清掃するけれど。

 アルシェを含めた全員に眠るように指示を出す。それから隠しておいたメイド達を動員し、彼らの為に布団を用意させた。トイレは任意だ。

 指示出しを終えて浴場に舞い戻るとアンティリーネはその場から動かなかった。ちゃんと効果が表れていると判断する。

 もし、演技であれば変化が分かるのだがその兆候は確認できない。もしくは無抵抗で居ることに決めた、という事も考えられるが深読みが徒労ということもある。

 

「……ぐぅ……」

 

 軽い鼾(いびき)をかきつつ薄目を開けた状態で眠っていた。

 自然体で親近感が湧く。

 全裸でだらしない格好だが嫌いではなかった。

 呼吸の為に胸が上下する。そのうち腰を小刻みに動かした後、放尿が始まり薄く笑い出した。完全に寝ていると確信する。

 性行為の途中で中断した為に身体の調子が戻っていないようだ。

 出し終わると寝ぼけて手を股間に持っていき陰核を擦り出す。その内、膣口からも粘液が垂れて糸を引いていく。

 自慰行為は途中で終わり、深い眠りに入った。まるで力尽きたかのように。

 そんな彼女を持ち上げて別の湯船に連れていく。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 以前イミーナが腰かけたものと同じ浴槽に横たえる。身体の下には汚れが付かないようにタオルを敷き詰めておいた。

 腰から上の上半身は湯船の外。両足だけ湯に浸かる形だ。

 ナコトが陰核を刺激すると両足が開く。夢見心地のまま性行為を受け入れるような格好になっていく。これが女の本性、というよりは本能に近い行動かもしれない。

 誰でも同じ現象が起きるとは思わないが人前で見せるには恥ずかしい格好だ。

 脚が開いた事により小陰唇が開き、膣穴が目立つようになる。

 既に屹立している男根を膣に押し当てると軽く唸り出す。それからゆっくりと奥へと押し込むと腰を浮かせようとした。しかし、途中で限界がきて下がる。その拍子に男根が一気に膣の奥へ滑り込むと苦悶の表情で唸った。

 

「……んーん、うん……。うんうんっ」

 

 眉根を寄せて身体をくねらせるもすぐに大人しくなる。

 陰核を擦ると気持ちがいいのか笑顔になった。

 魔法による誘導があったとしても妻となった女は大切にしなければならない。なんて気障な事を少し思いつつ。

 鍛練に来る女性を全て妻にする気は無いが悪乗りが過ぎるな、と自嘲気味に苦笑する。

 クレマンティーヌも隠し部屋に押し込んだままだし、あまり女性を大切にしていない自分に夫が務まるとは思えない。

 そんなことを考えつつ彼女の胸を揉みながら腰を動かす。

 両足が湯船に落ちているせいか、思い通りの動きが取れない彼女は悶えだす。

 見ようによれば駄々をこねる赤子だ。口を尖らせつつ不満顔になる。

 

「んー、んー、んー」

 

 鼻息荒く抗議しようとするが彼女の夢の中ではどうなっているのかまでは窺い知れない。

 抱っこしてほしいのか、おんぶなのか。動かない筈の両腕が痙攣するように微動していた。

 腰を引くと片足が動く。ダラリと下がる状態が嫌なのかもしれない。

 青白い素肌だったアンティリーネが程よく桃色に変貌しているのは風呂に上(のぼ)せたからでも酒に酔ったからでもなく。

 女としての喜びを感じている。度重なる性的興奮は彼女の声を蠱惑的に変化させた。

 

「……子種を……頂戴……。中にいっぱい出して~……」

 

 寝言にしてはいやにはっきりとした発声だ。しかし、顔は薄目を開けたまま。寝惚(ねぼ)けているのか、狸寝入りなのかは見ただけでは判断できない。

 しかし、お願いされたからには応えてやらなければならない。

 別に夫だから、とかは言わないけれど。

 夢の中では沢山妊娠するといい、と彼女の耳元に囁いておいた。どの道、痴態の記憶は消す。楽しい雰囲気だけは残しておく。そうしないと彼女達が本権に帰った後で様々な報告をした時、大きな騒ぎが起きる可能性が非常に高い。

 毎回、性行為ばかりしているわけにはいかないし、真面目な生活も僅かだが考えている。

 それにしても子作りが好きな女性は大変興味がある。夫婦とは行かないまでも友達から始めたかった。少し状況が飛んでしまったが、これはこれで満足する事にする。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 改めてナコトは自分が性行為する事に淡白である事に気づく。

 息が絶え絶えになりながら快感を感じる事はほぼ無いに等しい。しかも治癒魔法を併用することで延々と続けることを可能とする。

 そんなことで本当に楽しいのか、と自問する。

 今は作業の様な性行為に何の意味があるのか。もちろん、楽しむ為と子供を作る為なのは何(・)と(・)な(・)く(・)は理解しているけれど。

 娯楽が無い、というよりは何も楽しめていない。

 未知の能力はあるが使いこなせていない事に対する何らかの渇望が性行為に繋がっているのか、と。

 小難しい事を考えたところで単純に性行為がしたいで結論は出ている。

 深い理由は無いし、飽きたらやめる。それだけだ。

 

「………」

 

 今は街で出会った女性の身体を意のままに触れられて、性行為まで出来る。

 日本ではこんなことは不可能だ。ゲームの中でも色んな規制があって簡単ではない程に。

 憧れはそのままであれば貴(とうと)かった。実現させてしまうと熱は急激に冷める。

 無意味な作業と思う事もないが何事も出来るうちは何でもやる。何にも興味が持てないのであれば死人と同じ。

 折角異世界に来て、魔法や様々な能力が扱えるのだから色々と勿体ない。そういう気持ちは今もある。

 貧乏性なのは貧しい日本の一般市民だから。社会的弱者と言ってしまうととても惨めになるけれど。

 アンティリーネの頬を愛おしそうに撫でつける。だが、第三者視点から見れば膣に男根を突っ込んだまま黄昏(たそがれ)ている変態だ。しかも少しにやけている。

 小柄な印象を受ける少女の様な彼女の太腿を撫でて。

 実年齢を無視してもアンティリーネが果たして世間一般で言う少女と同義かと問われると答えに窮する自信がある。少なくとも彼女は性に貪欲だ。飢餓状態になると卑猥な単語もお構いなし。

 もし、ナコトが元々の人間の姿というか状態であったら呻いたり、様々な言葉を勝手に言っていてもおかしくない。

 アバターだからこそ冷静に淡白で居られる。精神耐性が人並みであれば今頃はぜえぜえと呼吸困難に陥っているところ。汗も滝のように流している。

 寧(むし)ろ、それこそが本当の人間の反応だ。

 不毛な自己分析を終えて湯に浸かっていた彼女の片足を持ち上げる。当然、裸足が見える。

 意外と見る事の出来ない部分は気になるものだ。自分の足は見慣れているし、作りも同じなら興味は湧かない。しかし、性別が変わると目新しさを感じる。

 大人の男性は脛毛などで汚らしく臭そうだが、若い男の子や女性は毛が無いだけで清潔感があり、形が整っていればいるほど奇麗だ。当たり前かもしれないけれど。

 尚且つ感触が柔らかければずっと触れてみたくなる。

 ナコトは肥満体や痩せ衰えていたり汚ければ女性であろうと見たり触れたりしたいとは思わない。皺(しわ)だらけの老婆とかは躊躇いを覚える。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 身体を洗い汚いわけではないアンティリーネの素足から臭い匂いが漂うはずがない。だからといって匂いを嗅ぎたい気持ちも湧かない。

 ただ、奇麗な形だなという感想を抱くに留める。

 足首は細く、強靭さは見た目からは窺えない。しかし、それでも戦闘時は強力な脚力を披露する。

 そんな足を両方肩に乗せ、首の後ろで交差させる。両手は胸に乗せる。

 横に広げるのではなく股を狭める行為だから必然的に太腿が膣を圧迫し、中に入っている男根を締めつける。その上で新たな指示を出すと眠っている筈のアンティリーネは心得たように従う。

 声が届けば眠っていても通用する事が証明された。とはいえ、相手に理解されない命令は無意味だ。

 ナコトの首に絡ませた両足を出来る限り解かない。両手は行為が終わるまで揉み続ける。それらを実践する。

 新たにコップを取り出し、眠ったままのアンティリーネに飲むように指示する。

 今回は酒ではなく果実のジュースだ。それを三杯分ほど飲ませておく。その間、彼女の腹を撫でたり冷えないように湯をかける。

 

「……では、夢の中で妊娠する気分を味わってください」

 

 現実では叶えられそうにないので。

 単純にスレイン法国にアンティリーネの身体の異常を察知されたくないのと報復を恐れた。仲間達も控えているので延々と性行為していることも出来ない。

 増強しに来てもらったのに何の効果も出さないと申し訳ない気分になってくる。

 自身に敏捷を上げる魔法をかけてから彼女の括(くび)れた腰を掴む。

 あとはただ一定の間隔で腰を動かす。

 まずは男根を膣の奥まで突き入れ、それから腰を引いて亀頭が抜けきらない位置で止める。その距離感を保ちつつ往復運動を可能な限り素早く繰り返す。

 最初から勢いを付けた為、アンティリーネは僅かな間、声を出さなかった。それから少しずつ喘ぎ声が大きくなる。

 何度か経験した事なのでナコト側はこの正常位のような体位に面白みは感じない。特に自分の目線は胸を揉む上半身しか見えないので。

 少し離れた位置から見る方がより性行為が楽しめる。ただし、自分は気持ちよくならない。視点を変える事も魔法で出来なくはないが、身体から離れる視点は気持ち悪いと思っているので、まだ練習はしていない。

 ここで不可視化するとアンティリーネが妙な格好のまま喘ぐ間抜けな光景になる。それは想像の中だけに留めた。

 何度か腰を動かすとアンティリーネが何回目かの絶頂を迎える。しかし、それには構わず腰を動かす。

 両足をしっかりと閉めているので膣に力が入り、それにも関わらず男根が出入りを繰り返す。半ば強制的だ。たまらず身を捩ろうとするとしっかりと身体が固定されて動けない。

 息も次第に荒くなり、全身から止め処も無く汗が噴き出る。頭から足元まで熱くなる。

 青白い身体が茹でられたように桃色を帯びてきた。

 眠らされているので拒否の言葉が出せない。悪夢とも幸せな夢とも判断がつかない。

 ただひたすらに気持ちいい。苦しいけれどやめてほしくない。そんな気持ちに満たされる。

 時間が経つごとに嬌声を上げる事が嫌にならない。しっかり快楽を表現した方が気分的にもすっきりする。そう感じてきた。

 次第に寝言なのにはっきりとしたおねだりが出るようになる。それと大きな声で。

 意識が不鮮明だからか文言ははっきりしないがナコトはだいたいは理解していた。

 

「……もうすぐあげますから楽しみにしてくださいね」

「……うへっ。……もにゅ~」

 

 とはいえ女性を喜ばせるために男根だけ巨大化させる器用な真似は出来ない。もし、それを可能としたら間違いなくアンティリーネの下半身は破裂する。辺りが血まみれになるのは気持ち悪いので却下。

 魔法の中にはその手の魔法もあるにはある。まだ試していないけれど効果内容から面白そうではあるが微妙なものだ。

 その後は無心で腰を動かし続ける。行為に集中したいから無駄な会話はあまり好まない。その点では面白みのない人間と言える。

 数時間も続けるは無いし、この後の予定も決めてある。それらを頭の片隅に置きつつ最初の射精を始める。

 膣内に噴射された時、異変に気付いたアンティリーネはお腹を跳ねさせた。それから顔がにやけて幸せそうな表情となる。しかし、ナコトはすぐに自身に治癒魔法をかけて腰の動きを再開する。

 体内に出た精子が男根の動きによって奇妙の音を奏でるがナコトは構わず続けた。それにより立て続けに射精し、止まる事無く性行為は続く。

 感覚的に察したアンティリーネは戸惑いの顔を見せる。眠っていてもある程度は分かるらしい。

 射精しながら性行為を続ける男の行動は不可解だった。けれども確かに下腹部に温かい感覚がある。

 まさか小便を注がれているのか、と夢が悪夢に切り替わりそうになり、泣きそうな顔となっていく。それもまた可愛らしいものだった。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 多少の時間はかかったが一〇回近い射精を終えて体勢の解除を指示すると弛緩したように両手両足が投げ出される。その後で男根を引き抜くと勢いのついた白い精液が溢れ出て、湯船に糸を引きながら零れ落ちていく。

 度重なる嬌声を出していたアンティリーネは酸欠した様な状態で荒い呼吸を繰り返していた。

 湯船から引き揚げたナコトは徐(おもむろ)に自慰行為を始め、彼女のお腹から胸、口許と顔に射精していく。

 唐突に顔にかけられたものの匂いに反応したアンティリーネは舌で舐め取ると苦(にが)みを感じた。

 何となくそれが精液であると理解した彼女は口を大きく開けた。

 通常の男性であれば短時間に何度も射精は出来ない。けれどもナコトなら出来そうと感覚だけで思った。

 激しく呼吸を繰り返し、胸が上下する状態にあって口を開けて待つ彼女の意図を汲んで上半身に跨るように移動し、男根を唇に当てた。すると舌先で亀頭部分を確かめて咥えようとした。

 体勢的に不格好になるので彼女の頭を持ち、枕のようなもので浮かせる。その後で男根を彼女の口の中に差し入れた。早速舌で舐め始める。

 微かな精液の味が残る亀頭の先端を丁寧に舐めていく。

 その後、指示を出すと亀頭を舌の上に乗せる格好で待機した。そのまま自慰を始めて射精する。

 舌から喉の奥に精液が噴射される感覚を味わい、微笑むアンティリーネ。

 一定量を入れられた後で軽く呑み込み、残りは味を確かめてから飲み込んだ。

 このままだと夜が明けてしまうので性行為を終了する事にした。

 寝ぼけているは疲れからすぐに大人しくなり、寝息を立て始める。その間、ナコトは清掃作業と自身の身体を洗ったり、忙しく動いた。

 この後は記憶の調整や素材採取だ。これには潜ませているメイド達の協力が必要になる。

 多くの解体には一人で行(おこな)うと長い期間を必要とする。効率を求める場合は協力者の存在は必要不可欠である。

 魔法は効果内容からどうしてもオリジナルからの採集が必要というものがある。そうでなければ一体で充分なのだが、デメリットがあるからこそ万能感に胡坐(あぐら)をかかなくていい、ともいえる。

 折角性行為し、子種も貰ったアンティリーネだが早い退場が決定していた。

 気持ちがいい事と幸せな雰囲気だけ残して痴態の記憶は消させてもらう。それと記憶の欠落による不可解な齟齬(そご)の対策もしっかりと取らないと後々思い悩むかもしれないので。

 嫌な事は忘れる気質であれば楽だが、彼女の性格を全て熟知しているわけではないので、経過観察が必要だ。

 出来ればスレイン法国と事を構えるような事態は望まない。

 検体と呼んでいる肉体的な素材を豊富な人員を動員しても再生時間を早められないので多くは取れない。一〇〇を越えればいい方だ。そうして朝を迎える間にモンスターの追加作業もしなければならない。

 通常であれば疲労と眠気で顔色と体調が悪くなる。しかし、便利な魔法アイテムを使えばそのような危惧は解消される。

 単純作業の時は大いに助かる。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 いつの間にか眠ってしまったアンティリーネとザイヤー。他の漆黒聖典たちは未だに夢の中だ。

 鍛練が残っているアンティリーネが目覚めると小屋らしき建物の中に居る事が分かった。即席の為か、造りは簡素だ。

 ベッドと姿鏡。それと運び込まれた装備類があった。他に何があるのかと見回すと水筒と携帯食料が用意されおり、今の自分の身なりは内着と下着のみ。頭部にはタオルが巻かれていた。

 勘の鋭いアンティリーネは身体の異変に僅かばかり気づく。まず、匂いが無い。特に懸念だった下半身が。代わりに上半身は匂いが幾分か残っていた。

 鍛練漬けであれば多少は汗臭いものだ。清浄(クリーン)の魔法を使われたとしても完璧に消せるのか、と疑問に思った。

 それと幸せな夢を見ていた気がする。長年感じていた下腹部の疼(うず)きが消えている。

 女性器を確認すると紫色に変色していたり、処女膜の急な復活は無かった。後者は高い治癒魔法で何度も経験はしていたので気になるほどではない。

 

「……でも、女の勘はかなり疑っているんだけどなー……。まあ、でも、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)の(・)こ(・)と(・)が出来る存在だと仮定すると……」

 

 既に自分は負けを認めている。しかし、それ以外にも負けている気がする。そうでなければ身体も感覚も納得はしない。

 平常であることが寧(むし)ろ疑わしい。しかし、装備品に異常は無い。

 痕跡を見事に消されると気持ち悪い。何かがあった筈なのに、と。

 

「……何か……条件を付けられた? この私に精神支配……。それとも……。思い出せない……。そこまでの事が出来る相手ってこと?」

 

 命を取らないのは半分は納得しているが残りが不明だ。相手の意図が窺えない。けれども身体は通常以上にすっきりしている。まるで体重をごっそりと削り取られたように。

 欠損している部分は姿鏡を見るかぎりでは見当たらない。髪の毛も短く切られたりしていない。

 であればこの違和感は何なんだ、とアンティリーネは思い悩む。

 舌触り。喉の奥の微かな苦み。しかし、それは時間による唾液の渇きかもしれない。

 体内全てを浄化し切る事は無理だとしても確認も出来ない。そこまで徹底的に調査するのは気分的にも嫌なものだ。

 特定の言葉で身体が動かなくなるか確認してみる。とりあえず、思いつくかぎりの罵倒馬頭やスレイン法国の機密。この施設についての事など。

 悉(ことごと)く何も起きないし、発声にも異常は見られない。

 変わった事といえば姿鏡に映る白と黒の髪と瞳の色が反転した自分の顔がいやに艶っぽい。まるで女(おんな)の顔だ。

 当たり前のようで何かが違う。

 

「………」

 

 下腹部に異常は無い。だが、それでも漢(おとこ)を知った顔が鏡に映っている。

 服を引っ張り胸を見ると心なしか少し膨らんでいるように、というのは気のせいかもしれない。それはそれで残念な事だが。

 一日程度で身体に変化が起きるのは常識的に言って考えられないが、顔は確かに変わっている。

 頬にうっすらとだが赤みが差しているのは卑猥な夢の影響か、それとも現実の事なのか。

 膣口に指を入れて匂いを確かめるも精液のものかどうかは分からなかった。漏れ出している痕跡は無く、下着は奇麗なまま。ただし、今の行動で汚れが移るかもしれないけれど、それは無視した。

 

「……肉体関係を結ぶような条件といえば……、婚姻……。それを許可したのかしら?」

 

 そうだと仮定すると自身の顔の謎も解ける。

 だが、精神支配ですんなりと言いなりになるものか。その前段階で色々とあったのではないか。その部分が欠落している気がする。

 モンスター討伐に来て身体が目当てだった、というのであれば他の漆黒聖典の女性も対象となりそうなものだ。

 切り札たる自分が真っ先に陥落したのであれば自動的に漆黒聖典は潰えたも同義。

 そう思うと気分が重くなる。

 

「……あの男が旦那様ねー……。ああ、旦那様、旦那様。……うん、なんかしっくりくるから効果は覿面(てきめん)だった。……えっ? 夫婦の契りとか交わしちゃったの私……」

 

 その後、姿鏡の前で様々な声色でナコトを『旦那様』や夫に関連する言葉で呼称してみた。

 可愛らしく。敵意を含める。素っ気無く。棒読み。

 その中でも親しみを込めると頬が赤らむ。これは台詞を言うのが恥ずかしい為か。それとも自身がナコトを夫と認めているからか。

 どう考えても恋する乙女か、性交渉を済ませた女の顔だ。

 

「私の性器は新品同然……」

 

 新品な訳が無い。そうなってしまったと考えれば答えは後者だ。自分より強い男の子供が欲しいと常日頃から公言していたのだから。

 意図的に忘れさせられてしまった。何のために、と自分に問えば発覚を恐れたから。

 バレて困る事と言えば本国への報告。その為に詳細を伏せるより魔法的に忘却させてしまえば何も言えなくなる。

 実際にモンスター討伐の後のことが思い出せない。見知らぬ場所で熟睡など普通はしない。せいぜい軽い仮眠程度。

 断片的には覚えている。おそらく都合の悪い部分だけ欠落させられた。

 自慢の武技を攻略された後に色々と話したところで、朝になっている。

 

「……私個人としては……、性器を取り換えなくても……。いやでも駄目か……。ああ、勿体ない……。男を楽しんだ私の女性器はどこに消えたの~。子種は? それも取り換えたっていうの?」

 

 頭抱えて残念がる。

 人体を再生させるほどの魔法技術を持っていると理解した上で心底悔しがる。

 女としてのアンティリーネからすれば確かに勿体ない事だ。証拠隠滅の手間が省けるのも仕方がない。しかし、それでも強い男との子供は欲しい。

 方法は問わない。だが、納得したくない。

 

「ああ~っ! 糞っ、糞~っ!」

 

 姿鏡に映る女のアンティリーネに向かって悪態をつく。頬をひきつらせたその表情は見た目の可愛らしさのせいで迫力に欠けるが邪悪なオーラを発している。

 かなりの大声にもかかわらず、誰も様子を見に来ない。おそらく音を遮蔽している。

 その代わりとして戸締りは緩い。といっても施設の主くらいしか利用しない筈だから仲間達が来ても簡単には立ち入れない筈だ。

 苛立ちは自分に対して。それと無敗を誇っていた自分が立て続けに出し抜かれた事だ。

 戦士として負けたから諦める、と簡単にはいかない。

 番外席次としての矜持があり、長年の努力の積み重ねは一度や二度の敗北で折れたりはしない。だからこその咆哮だ。

 屈辱は確かに感じるも負けは負けだ。だから今の怒りは単純な本能。強く鼻息を鳴らしつつ、姿鏡を取り外して割らないように慎重に床に置く。この時は怒りを見せず普段通りの姿になっていた。

 見下ろす自分を軽蔑するような笑みを向けると相手も同じ顔になる。それがますます憎たらしい。

 彼女は下着を脱ぎ捨て鏡に跨(またが)る。もちろん、割らないように気を付けながら。

 脚を開いて跨るので鏡には普段は閉じられている大陰唇と小陰唇が何の抵抗もせず開き、桃色の膣と上部にある小さな突起の陰核が僅かに映り込む。

 下半身には何の傷跡も無く真新しい。何らかの魔法を使った筈なのに痕跡が見つからない。

 低位の魔法は回復量が僅かなものだ。アンティリーネの知識でもそれしか知らない。

 ナコトとの戦いで切り飛ばされた右の手首はどの辺りを斬られたのか分からないほど。

 自我があり、記憶も残っているけれど方(・)法(・)は気になる。

 自分の想像では辺りに内臓が散乱したり、壁に血が飛び散っている模様だった。しかし、この部屋はどう見ても奇麗だ。服にも血が付いていた筈が奇麗になっている。洗った、というよりは魔法で奇麗にしたのだ、と。

 洗面用具を使用したのであれば石鹸などの香りが漂う。実際、自分の身体、特に上半身から頭部にかけてほんの微(かす)かに石鹸の匂いがした。

 首から下は無臭。そんなことがありえるのか。答えはありえない。少なくとも秘部たる膣の奥にも水は入るわけだし、そこから芳(かぐわ)しい何らかの匂いが漂ってもおかしくない。

 今までそこまで丁寧に匂いは嗅(か)がなかったけれど。女の子なのでそれなりに匂いには気を付けている。

 

「夢なんかより実体験の方がいいのに。……旦那様は余計な気を回し過ぎ……。ああーん、どれくらい気持ちよかったのかしら。気を失うほどといったら凄いんだけど……。あっちの方でも負けたの? ねえ? ……って聞いても新品には分からないか……」

 

 膣の穴を広げつつ尋ねるも答えは返ってこない。もしかして喋るのでは、と思わなくもないが単なる愚痴にしては卑猥だと自分でも思った。

 声を当てて色々と喋らせる振りをすると本当に受け答えしているような気分になる。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 興に乗ってきたアンティリーネは顔を覗かせた陰核を摘まみつつ膣に中指を突き入れた。その時、思わず熱い吐息が漏れる。

 新品のお陰か、普段以上に感度が良い。そのせいで指を動かすたびに敏感に快感が湧いてくる。陰核の方からも強い反応が返ってきた。

 床に置いた鏡に映る自分の顔は普段は不愛想なのに今は頬を赤らめてよがり狂う女になっていた。

 

「……ああ、旦那様~」

 

 待ち焦がれてきた相手がすぐそばに居るというのに駆け出さないのは精神支配系に囚われていると自覚しているからだ。これは自分の本心ではない。魔法の効果による偽の感情である。

 理屈ではそう思えても鏡に映る自分の顔はどう見ても疑っているようなものではない。

 それに女性器をまさぐる手を止めていないのは何故なのか。

 神人とも呼ばれている自分がこうもあっさりと陥落するのだ。並大抵の存在ではない。

 敵であれば今までの経験上、排除してきた。見所がある者に会えたとしても。

 

「……なら、いいんじゃない? 最初の一人として……えへへ……、へへへ」

 

 口角が限界まで歪み、知らないものが見れば邪悪な微笑みに見えるだろうアンティリーネの恍惚とした笑顔。

 止まらない自慰行為を今は許そう。迎えるべきものの為に、と。

 残る問題は仲間と母国だが、多少の我儘を聞いてもらえば特に問題は無い。そうアンティリーネは結論付ける。

 自分を陥落させるほどの実力者だ。丁重に迎えなければ教義に反する。いや、自分の契約事項だ。

 

「……やっぱり本物じゃないと絶頂が遅いわ。意外と我儘な身体ね、私の身体というのは」

 

 無理に最後までする必要は無い、そう判断し、自慰行為を中断した。

 この施設に来たのは性行為をするためではなく自身の増強だ。多少のわき道にそれたとしても何の問題もない。

 気を取り直し、身体を清めて服を着る。

 滞在できる時間は有限だ。のんびりできる時間は殆どないに等しい。

 

 

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