※この作品はR-18です。

恥丘征服   作:トラロック

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05 アルシェの決意

 

 更に数日が過ぎる頃には大規模な拠点の階層の一つが完成を迎える。

 どれか一つでも出来上がれば他の作業員を導入できるので効率も少し上がる。

 単純な構造の筈だが、それゆえに重量の問題から逃れられない。

 柱の本数を止むを得ず増やす許可を出す。

 下水の方は大雨でも耐えられる仕組みになっているので、土砂崩れでもおきない限りは安全だと言われた。

 事前に土砂の地質調査を行(おこな)わせ、安全性については保証されているけれど。

 二つの吹き抜けとなっている部屋は天井を作れば完成だが、明り取りの窓の設置に戸惑っていた。

 それと天井に何者かが乗った時に崩れ落ちないようにする補強工事も頼んでおいた。

 これは最初にナコトが簡易的な足場を組むことで解決する。

 普通の作業員は足がすくんでしまうような広い穴での作業が出来ないので。

 ちょっとした空中の散歩道が出来上がった。それを他の部屋にも作っておく。

 見掛けは不恰好だが後の整備などを考えると必要になるかもしれないので、そこは作業員の言う通りにした。

 完成した部屋のタイル張りに勤(いそ)しみつつここまで来た、という感慨深げの気持ちが湧く。

 出来た途端に飽きてしまう場合は『燃え尽き症候群』とか『鬱病』の類(たぐい)だと思う事にした。

 現代人は何かと醒めやすい。

 それを癒す魔法はおそらく無いに等しい。

 膨大なタイルも人海戦術を使えば結構工期は短縮できる。

 そうして一回を丸々風呂場にした場所は終わり、その上の階層も数日で終了する。

 吹き抜けの壁の増強は上部を除けばあらかたが完成している。

 どの部屋にも丈夫なつり橋を蜘蛛の巣のように渡し、移動し易くする。

 金貨用は特に壁を厚くする注文をしていたが、他の部屋が圧力に耐えられるように色々と工夫をしてもらった。

 作業員には貯水池という説明で通じた。水圧に耐えられるほどならきっと金貨にもある程度は耐えられるアイデアを出してもらえると思って。

 二階層のアイテム貯蔵庫という予定になっている部屋も後数日で作業が終わる。

 どの部屋にも時計を配置し、光りを多く配置する。

 空調設備もしっかりしてもらうと本格的な拠点として完成しつつある事に喜びを感じた。

 問題は侵入者対策だが、強硬な相手には脆(もろ)い筈だし、それの対策にまた膨大な時間が掛かりそうなので諦める事にする。

 大事な部分の扉を頑丈にしてもらうだけで今は充分だ。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 そうして下風月(十二月)になり、一部の地域では雪などが降り始める季節。

 上部を残してほぼ施設の中身は完成した。

 後片付けを除けば仕事を終えた作業員達が天井部分に集まり、一気に工事を終えていく。

 単純な形だが規模が大きい謎の施設の名は暫定的にだが『チャタル・ヒュユク』にしようと思う。

 確か『おっぱいの丘』という意味があったような気がするが、細かい単語を調べる便利なものが転移先の世界には無さそうなので調べたい時はとても困る。

 たぶん、おっぱいの丘は違うかな、と思えてきた。

 外に作られた村などは撤去した方がいいのか最初は思ったが順調に人々が営んでいるようなので好きにさせる事にした。

 彼らの利益の一部がナコトの懐(ふところ)にも入るようだし、かえって治安維持に貢献してくれるかもしれない。

 既に出来ている保管担当の部屋に荷物を移動させれば自分の拠点という気持ちになってくる。

 人に見せられないものの保管については色々と考えておかなければならないけれど。

 形としては満足した。後はどう改造するかだ。

 外側から見ると山の麓の一部を削り取った様子がうかがえるが、それは後で偽装として隠す。

 中と外での作業も後数日で終わる。

 口封じするほどの大層な作りではないけれど、今まで長く作業してくれた人達に対してナコトは深く感謝した。

 ゲス人間として後で口封じするのが相応しいのかもしれないが、また後で何か作ってもらう時に変な噂で人が集まらない事態は避けたい。

 賃金を貰って帰る人を見送ったりしながら工事は終了した。

 一気に人が居なくなったが近隣の農村にはまだ人が滞在している。

 都市から来ていた商人も一部は引き上げていったが、居なくなると寂しいものだ。

 備蓄として溜めていた食料の倉庫も随分と増えてしまった。一部は農民に開放し、ナコトはエ・ランテルに向かった。

 まずは情報集め。

 エロい事ばかりしていると事態が何も進展しないので真面目に過ごしていたが、やはり根底の自分はゲス野郎かもしれない。

 不純な目的に全力を尽くしているとは誰も思っていない筈だ。特にあの施設はそ(・)の(・)為(・)に作り上げたのだから。それを忘れてはいけない。

 冒険者組合に行くと巨大な毛玉が居た。

 大人ほどもある丸い身体。尻尾は鱗に覆われていて今は身体に巻かれている。

 怪しいものを食べて巨大化したような姿にしか見えないが、顔を覗き込めば確かに見覚えのある生き物だ。特に日本では。

 

「なんでござるか?」

 

 と、ござる口調で巨大な毛玉が喋る。

 人語を解するとは驚きだ。

 珍しいモンスターだが種族的に膨大に増殖されては困るので無視する。

 どう見ても『ハムスター』にしか見えない。

 それより他のモンスターの情報が無いかと冒険者ギルドに入ると漆黒のメンバーが椅子に座っていた。

 別に居て駄目な事はないけれど体格がいいせいか、割りと目立つ。

 とにかく、依頼書を眺めてモンスターの情報が無いか確認する。

 近隣に出没する厄介なモンスターはだいたいが人食い大鬼(オーガ)が多い。

 何でも屋の割りにモンスター退治が意外と少ないのは残念なことだが。

 ならばバハルス帝国にいってみるのもありかもしれない。

 近隣ばかりでは新しい発見は無い。

 王国貨幣を交易共通金貨。通称『交金貨』に両替しておく。

 これは人間の国で共通に使える通貨だ。もちろん国ごとに比率は違うのだが王国と帝国は一対一となっている。

 偽装して地面を駆けたり、空を飛べば隣りの国に行くのにさしたる苦労は無い。

 普通の移動であれば一週間くらいかけるそうだが、無駄に時間を浪費するわけにはいかないナコトにとっては早い方がいい。

 王国民だからとて進入禁止というわけではない。

 三日ほどの強行軍でバハルス帝国の帝都『アーウィンタール』にたどり着く。

 情報集めは帝都の方が多そうだから、という理由だ。

 

「……久しぶりの我が家って程も無いが……」

 

 数ヶ月来ないだけで新鮮な空気を感じ取れる。それは飽きた、というより感覚がリセットされたようなものと思った。

 常に新しく感じられるわけではないけれど、気持ちが浮つくのは今の自分には必要な事のように感じた。

 まず宿を取り、それから移動を開始する。

 帝国の中で一番の広さを持つ城下町といったものだが、様々な建物が存在している。

 魔法に特化した研究施設と学院があり、闘技場に奴隷市場がある。

 国の首都はどこも人の往来が多くて賑やかだ。逆に寂しいと困るけれど。

 今回は人(・)間(・)狩(・)り(・)をどうしようか迷うところだが、一通りの資材などが揃ってからでもいいだろうと判断し、まずは観光だ。

 いきなり冒険者組合に行き、依頼書を眺める。

 帝国語もそれなりに勉強はしているが、こちらは意外と読みにくかった。

 見るより聞く方が早かったりする。

 帝国と同盟関係にある竜王国が近隣の獣人(ビーストマン)の侵攻に遭って困っている、という話しが聞こえた。

 東や南方の地域には人間以外の国がいくつかあり、自分たちが住んでいる地域は亜人や異形の国に囲まれているという。

 その中で王国と帝国が争っているのは危険だと市民感覚では思っている。

 スレイン法国が亜人狩りをしている話しに繋がるけれど、ナコトの目的は今のところ国とはま(・)だ(・)無縁でいたいところにあった。

 あとは野良の竜(ドラゴン)などの情報だが目撃例が少ないものはどうしようもない。

 アゼルリシア山脈に霜の竜(フロスト・ドラゴン)が居るのは聞いていた。つい忘れていただけだが。

 目ぼしいモンスターの情報は無く、依頼内容も王国とさして変わらない。

 冒険者に夢を見てはいけないのかもしれない。それでも居ないと困る便利屋さんだ。

 大した収穫は無く、昼間から飲食店に行き現地の料理を堪能する。

 見た目は悪いけれど不味くは無い。

 魔法学院というところに行ってみたいところだが見学できるのか不安だ。特に外部の人間に対して気軽に許すとは思えない。

 以前確認した限りでは帝国民である事が条件に入っていたと思う。

 国営の帝国魔法省も同じだ。

 必要な魔法を得るには専門家から教えを請う方がいい。それはナコトでもそう思う。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 様々な人間が集まる店を転々とし、露天なども確認する。

 冒険者が扱うマジックアイテムは大抵が中古品。それも品揃えがすこぶる悪い。

 値段も高額。

 それでも売りに出されるわけだが、誰が買うのかと疑問に思う。

 冒険者のような組合に属さない者達を請負人(ワーカー)と言うそうだが、それらが買い求めるようだ。

 全てが自己責任で何の保証もない実力主義の集団。

 非合法な仕事も請けるので依頼人についても自分たちで調べる事もある、と言われている。

 成功報酬は全て自分達の懐に入れられるが命の危険と常に隣り合わせ。

 最上位の冒険者も危険度いえば似たようなものだが、報酬がいい為に請負人(ワーカー)になる者は多いらしい。

 印象的には冒険者よりも修羅場を潜ってきたような荒くれ者達が集まりそうな酒場に向かう。

 店の名前は読めなかったが酒場であれば何でもいい。

 没落貴族が多い帝都において治安はあまり悪くない。それは請負人(ワーカー)が多いから、ともいえる。

 日中から喧嘩三昧という印象があったけれど、店内は至って平穏だ。

 多少の言い争いがあるくらいは普通。

 これで殴り合いならお約束の異世界ファンタジーともいえなくはないけれど、そこまで酷いことは無かった。

 黙って座るよりは何か注文した方がいいと判断し、店主を探すが姿が見当たらない。

 すると近くに居た人物が慌てて駆け寄ってきた。

 その人物は身体がとても華奢で耳が尖っていた。髪の毛は染めているのか、黒髪と金髪が多い中では紫色に近い色合いだった。

 顔は白人系で非常に美しいと思えた。これで男性というには疑問がある。

 服装はいかにも冒険者風で刃物を仕込んでいそうな動き安いものだった。

 

「すいません、ここの主人は買い物で留守でして……」

 

 声質の感じから女性だと思うけれど体型から判断するのが本当に難しい。

 

「そうですか」

 

 つまり主人が来るまで待つしか無いのか、とナコトは少し残念に思う。

 排泄が出来るとはいえ満腹感まで平坦だったり、無限に食べられたりはしないようで、一定量を食べればちゃんと満足することは確認した。

 問題は栄養だが、そこはよく分からない。というか今の身体から成長とかするのか疑問だ。

 

「飲み物くらいは出せますけど」

「じゃあ、コーヒーを一杯」

 

 営業スマイルを見せる人物。とりあえず、女性と決め付けておく。

 先ほどまで見ていた限りでは目つきの鋭い戦士のように見えた。

 種族はおそらく森妖精(エルフ)か半森妖精(ハーフエルフ)。

 市中では中々お目にかかれないが奴隷市場ではたまに森妖精(エルフ)が流れてくると聞いている。

 個人的には森妖精(エルフ)が居るからといって無理に半森妖精(ハーフエルフ)も欲しがったりはしない。

 更にハーフだと何と呼ばれるのか気になるけれど。

 鋭い耳なら半森妖精(ハーフエルフ)のままだったりするのかな、と。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 温かいコーヒーを飲みつつ周りの会話に耳を傾ける。

 次の依頼や仕事について。家族や帝国について。

 統一された危険な話題というのは聞かれない。

 帝国は今、逼迫した状態ではないということだ。

 大抵は危機が訪れると似たような話題で賑やかになるものだ。しかし、普段は物騒なものよりは雑多な話題が多くなるのは当たり前かもしれない。

 請負人(ワーカー)が日常的な会話をしてはいけない規則は無い。

 しばらく黙っていると店主が戻ってきたようだ。

 さっそく食べ物を注文する。

 先ほどの女性は仲間と思われる人物の席に戻り、営業スマイルからふてくされた顔になった。

 その後色々と人の出入りが起き、交わされる話題はそれぞれ違っていた。

 特に目的の話題は無いが黙っていると色々と話し声が聞こえるのは彼らにとって好ましいことなのか、それとも日常だから気にしないのか。

 話題を求めに来たナコトが文句を言っても仕方が無い。

 仮に何も話さない無音の世界なら耳鳴りが酷いだけで面白くもなんともない。そう思えば気は楽になる。

 とりあえず、ナコトは聞いているだけでは埒(らち)が明かないので自分から動く事にしようと思った。

 先ほどの半森妖精(ハーフエルフ)が席に戻ったところには他に三名の連れがいた。

 人間の男性二人と二十代にまだ満たない容貌の女性が一人。それぞれ見た目では一般市民というより冒険者風の身なりだ。鎧を着込んだ通行人が普通の市民とは思えないので。

 首に冒険者プレートが見当たらないので三人共に請負人(ワーカー)だと思われる。

 確証が無いのは家に忘れてきた、と言われてしまえば言葉が続かなくなるからだ。

 自然と彼らの近くに席を移して聞き耳を立てると金銭の話しのようだ。

 内容から借金問題だと思われる。それは誰にもでも起こりえるもので珍しい事は無い。

 多くの者は潤沢な資金があれば危険な仕事など進んでやりたがらない。中には強くなる為だけ、という者も世の中には居るけれど、大抵は借金関連が多いと思う。

 店で働くより手続きが簡単なのとそれほど危険な仕事はしない。それでも稼ぎたい者が請負人(ワーカー)になると聞いた事がある。

 命を懸けてまで金を稼ぐ理由は人それぞれだが、切迫した人生を送る者は誰もが危険に足を突っ込んでいく。そして、大抵は破滅していく。

 他に道があれば歳若い者が危険な道など選ぶわけが無い。

 ナコトも大金持ちというよりは金を持っている人間から搾取して財を築き上げたクズだけど。

 今は自分の稼ぎも持っている。大半は潰した貴族の資産だが。

 

「………」

 

 やはりクズはクズだった。

 世の中のたくさん努力している人達にごめんなさい、と謝罪する史上最低の愚か者。

 それはさておき、どう声をかけたものか。

 実験動物になってください、という斬新な挨拶がいいか。

 魔法でこっそりと操るか。それは最終手段したいところだ。

 一人で活動するソロプレイヤーは友達作りがとても苦手だ。どうしたものか。と、本当に本気で悩むナコト。

 都合のいい出会いは無い。ならば当たって砕けるのが一番だ、と頭では分かっている。

 複数人より一人ずつ狙う方が楽かな、と思わないでもない。

 四人の顔は男性が苦笑で、半森妖精(ハーフエルフ)が眉根を寄せ、一番の若手が深刻そうな顔だった。

 仲間の借金をみんなで肩代わりする事は普通はしない。

 同情してばかりだと自分達の稼ぎが減る一方だと分かっているからだ。仲間とはいえ自分達にも生活があり、余裕が常にあるとは限らない。あと、何でも頼れば解決すると思われては信頼関係がいずれ崩れてしまう。

 どこの世界も金銭問題は様々な軋轢(あつれき)を生むものだ。

 その前に食べ終わった食器や代金を支払っておく。

 食事どころも欲しいところだ。近隣の農村に頼めないか検討しておこう、と。

 ナコトは飲食不要のアイテムがあるから別に食事に困ってはいない。再生実験が上手くいくように、という願掛(がんか)けとして適度に食べるようにしている。

 ナコトが聞き耳を立てていることに気付きつつも話しは続ける請負人(ワーカー)チーム。

 自分達も他人の話しに聞き耳を立てるので文句を言う気はないけれど、見慣れない人物だったのでそれぞれ気にしていく。

 新手の借金取り、という感じはしないが話しかけてくれたら話題を終わらせられるのに、と思った。

 催促するのも野暮だ、と判断するも話しかけにくいと察知したのかもしれない。それには男性陣も同意する事だ。

 他人の借金問題にわざわざ首を突っ込む物好きにはお目にかかった事が無い。

 

「……なあ、アルシェ。……後ろの奴も借金取りじゃないよな?」

 

 そう言われて一番歳若いメンバーのアルシェは声をかけた男性の後ろに居る人物を覗き見る。

 少し態勢を傾けて聞き耳を立てている姿だったが、全く見覚えのない人物だと答えた。

 

「ただの野次馬じゃないの?」

「食べ終わったようだから相談事が迷惑……、という線は無さそうですね」

 

 と、他のメンバーが言った。

 

「人相は普通だし、私らの事は知らない奴か、知ってて興味本位で探っているか、だね」

 

 真正面から見た半森妖精(ハーフエルフ)が答えた。

 延々と金の話しをしても仕方が無いので良い話題逸らしになって少し気持ち的に安心出来た。そうアルシェを除くメンバーはそれぞれ一息ついた。

 メンバーのトラブルは何かと解決しにくいものがある。力になってやりたいのは誰だって思うところだ。

 借金の額が金貨数百枚ともなれば自分達の一度の稼ぎが吹き飛ぶほどだ。それをすんなりと受け入れるのは難しい。

 この帝都には没落貴族が多く、アルシェのような理由で借金返済の為に冒険者や請負人(ワーカー)になるのは多い。

 中には森妖精(エルフ)を買う為だけという不純な輩(やから)も居るけれど。

 借金の話題を逸らす為に後ろに居る不審人物に声をかけたほうがいいか決を取れば三人共に手を挙げるような雰囲気だった。ならば、と次の行動はとても早い。

 

「おいあんた……」

 

 と左右の腰に剣を治めた軽戦士(フェンサー)と思われる男性が声をかける。

 半森妖精(ハーフエルフ)以外は金髪だった。

 声をかけられたナコトは慌てずに相手に顔を向ける。

 

「さっきから俺達の話しに聞き耳を立てていたようだが、何か用か?」

 

 用が無いなら帰れ、と言う場合があるが依頼人ということもあるので、すぐに追い返すことはしない。突発的だったので追い返しそうにはなったけれど、グっと息を呑んで耐えた。

 

「……どう声をかけたものかと……」

 

 というナコトの言葉にもう一人の重厚な鎧をまとう神官風の男性が苦笑する。

 四人の中では最年長かもしれない。短い髭を軽く撫で付けた。

 この宿屋兼居酒屋は主(おも)に請負人(ワーカー)達のたまり場で、情報収集にも使われる。そして、何より料理が上手いと評判であった。

 だから請負人(ワーカー)目当ての人間がよく訪れるので、話しかけてはいけない規則は無い。

 

「興味本位なら帰れ。依頼ならこっちに来い」

「……ヘッケラン。雑すぎ」

「そうですよ。我々が荒くれ者だと思われてしまうじゃないですか。請負人(ワーカー)とて飯の食い扶持(ぶち)は大切にするものです」

「……すまない。つい勢いで……」

 

 三人が和(なご)やかに対応しているのに対し、アルシェだけは始終難しい顔のままだった。

 他人に関わっている場合ではない、という雰囲気を醸し出している。

 御呼ばれしたのならば行かない道理は無い。

 椅子を移動させて五人テーブルとする。

 魔法で従わせるより自然な流れは気持ち的にも悪い気はしない。

 何でも命令す目のが好きなクズでなくて良かったとゲスな人間が思うのはやはり同族嫌悪かな、と思ってしまう。

 安易に否定できないのはある程度は自覚しているから、ともいえる。

 性格とか似た人間には会いたくないな、というのは素直なナコトの気持ちだ。

 

「こんにちは」

 

 まずは挨拶から。

 腕を組んで下々(しもじも)を睥睨(へいげい)しながら靴を舐めろ、という言葉の方がゲスっぽいかなと思いつつもふざけた事はやめておく。

 尊大な態度が好きな人間はだいたい調子に乗るものだ。しかしながら偉い人間の気持ちなど底辺のナコトにはさっぱり理解出来ないけれど。

 

「よろしく。名乗りの前に俺たちの事は分かっているのか?」

「請負人(ワーカー)という名前くらいです」

「どんな仕事も金次第だ。もちろん、危険でヤバイのは要相談ってところだ」

 

 請負人(ワーカー)の全てが命知らずのならず者ではない、という事だ。

 彼らとて命は惜しい。だからこそ依頼人の身辺調査などを行(おこな)って仕事を請けるか判断する。

 金は欲しいけれど命と天秤にかければ、どちらが大事かは他の請負人(ワーカー)もだいたい似たような答えが返ってくる。

 

「依頼なのか? 冷やかしはお断りだぜ」

「はっきり言えば依頼です。ただ……、同時に実験でもあります」

「……きな臭くなってきたな……。まあいい」

 

 変に隠さず実験と言う相手だ、と戦士風の男性は一つ頷いた。

 借金取りでなくて少し安心した。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ナコトの要望は二つほど。

 一つは手ごろなモンスターの入手。二つ目は手に入れたモンスターを実際に使って経験値稼ぎが出来るかの状態を把握する為の実験を行(おこな)う協力者を欲している。ただ、それを素直に彼らに言っても理解されるとは思えない。

 冒険者達の強さからいって、人は簡単には強くならない、という風潮があるようなので。

 鍛練と多くの冒険の結果。だからこそアダマンタイト級など国ごとに一握りしか存在しない。

 ナコト達のようにモンスターの狩り場にて経験値を積む、という概念がそもそも無い世界だ。

 何をどうやって強くなるのか、この世界の誰もが欲しがる情報だ。

 それに個人のステータスを見るコンソールの存在を彼らは知らない。

 元の世界である日本にてナコトもコンソールが出せるとなれば驚く。

 これはゲームだからこそ成り立つ法則だ。

 自然の法則を捻じ曲げるプレイヤーはある意味、異世界にとって脅威と言える。

 

「持ち帰れるモンスターがいいんですが……。適度に強そうなのは居ませんかね? アンデッドとか気持ち悪いの以外で」

「……この辺りだと飛竜(ワイバーン)かな。後は虎っぽいのが居たと思うんだが……」

 

 当然の事ながら闘技場から盗んでくるわけには行かない。

 森の奥に緑竜(グリーンドラゴン)が居たようだが、それらは誰かが退治した筈だと言われた。

 市民に倒せないようなのは後回しでもいいが、強敵そうなのはなかなか出て来ないようだ。

 特に帝国周辺は屈強な兵士達が防りを固めているので弱いモンスターはだいたい排除されている。だからこそモンスターを見つけるのは難しい。

 少し南方に行ったところにある『カッツェ平野』にはアンデッドモンスターがよく出没し、倒してもきりが無いほど湧き出てくると言われている。

 そこならモンスター自体は見つけることは難しくない。

 

「討伐ではなく捕獲となると……、難しいですね」

 

 モンスターの住んでいる場所は分かるが危険を冒してまで捕まえるとなると抵抗を感じる請負人(ワーカー)集団。

 依頼人は首から提げている金級冒険者プレート。

 話しが怪しすぎる。

 もちろん、依頼料によっては考えないこともない。

 

「自分で探すのも飽き……、いえ、面倒臭いというか……。なんというか……」

 

 似たような事だが何処に居るのか分からないモンスターを探すのは本当に大変だ。特に自分好みのモンスターは。

 都合よく見つかるわけが無い。同時に自分の実験に付き合ってくれそうな人材も。

 冒険者組合に出せそうに無い依頼は請負人(ワーカー)に頼る方がまだ確率が高まる。

 

「取って来い、と言う気はありません。居場所さえ分かれば自分で行きます」

 

 見つけるまでが大変だ。

 今まで冒険者の仕事で強そうなモンスターに会った事が無い。

 ランクの影響もあるかもしれないけれど。

 上位に行けば目立つし、国から要請されたり自由が封じられる可能性がある。

 白金級で落ち着こうとは思っていた。

 

「えらく自信がありそうな言葉だが……」

 

 と、請負人(ワーカー)からすれば金級程度で何を偉そうに、と。

 金を貰えばモンスターを捕まえてくるのか、と言われれば悩むところだ。

 金は確かに欲しい。それに対してわがままを言ってはいけない。

 

「闘技場の支配人に頼み込む、という手も……」

 

 と、戦士が言うと無骨な鎧を着た男性が肘鉄を仲間に食らわせる。

 依頼を放棄するのは金額を聞いてからでも遅くない、という考えからだ。

 確かに面倒臭そうな仕事であり、不可解な部分はある。だが、今は資金がとても必要な事態だ。出来そうなものは受けるべきだ、という事を小声でやりとりしていく。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ナコトとしては自分で依頼を出すのは初めてなので勝手が分からない。

 施設の建設とはまた違うので。

 冒険者が請負人(ワーカー)に依頼を出すことは王国では聞かない。だから手探りだ。

 断られるかもしれないし、徒労で終わることもある。

 観光ついでなので別にどちらでも構わない。

 

「試しに……、モンスターはどれだけ必要なんだ?」

「強さ別や種類別で……、十体ずつほど居れば充分かなと……」

 

 同じモンスターを各十体。それはなかなか難しい注文だ。

 特に強い者ほど数は少ない。

 

「……ちょっと無理かも……」

 

 一度に達成することは確かに無理だ。しかし、一種類ずつなら出来る可能性はある。

 依頼主に仕事の目的を聞くのは野暮だ。でも、知りたい気持ちはある。

 そのモンスターを使って何をするのか、と。

 

「昇進の為か?」

「んっ?」

 

 ナコトが首を傾げた。

 それはつまりそういう事は関係ない、という風に見える。

 では何に使うのか、と。

 

「モンスターを使って興行でもするのか?」

「実験です。適度にモンスターを集めて、それを冒険者や請負人(ワーカー)に倒してもらう。それによって人間の強さを把握する」

 

 聞いていて理解出来ない事柄にアルシェを除く三人は首を傾げた。

 アルシェの場合は金銭以外は興味なし、という感じであらぬ方向を向いていた。

 

「捕まえるより討伐した方が早くないか?」

 

 それだとただのモンスター討伐依頼だ。それなら請負人(ワーカー)は必要ない。

 冒険者が何故、という疑問があるから理解出来ないのではないかと思い、それぞれ頭を振って雑念を払っていく。

 ナコトが言いたい事はおそらく自分達が思っているようなものではない。というのは分かった。

 強くなる目的なら自分が試せばいい。他人を強くする、というのはいまいち理解出来ないが、言葉をそのまま受け取るならば相手を強くする実験と聞こえる。

 それは何だか怪しくも胡散臭い。

 実験だからどういう風になるのか分からないわけだから、ナコトに尋ねても無駄かもしれないとは思う、と。

 

「俺たちを強くしてくれるのはありがたいが……。仮にそうだとしても……」

 

 それともモンスターと戦わせて苦しむ姿を見たいとか、と思う反面、何かが違うとも思える。

 はっきりしない目的なのは分かった。

 

「貴方に何もメリットはないと思うのだけれど?」

「何のメリットですか?」

 

 質問を質問で返すナコト。

 

「強くなる為にモンスターを手に入れたりとか、倒したりするのは貴方自身でやればいいでしょって話しよ」

 

 そう聞いてナコトは拳(こぶし)を掌(てのひら)に落とす仕草をする。

 確かにその通りだ、と。

 ナコト自身の強さはすでに最高に達している。それ以上になる事は無いと思っているし、実際のところ強(・)く(・)な(・)る(・)事(・)が(・)目(・)的(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。

 物事には無闇にやたらな強化では通じない部分がある。

 適切な強化によって得られる職業(クラス)や特殊技術(スキル)があるかもしれないし、この世界独自の職業(クラス)が存在するかもしれない。

 クレマンティーヌという女が使った未知の技の例もある。

 それと死亡以外のレベルダウンによる新たな可能性は後に回したいと思っていた。

 施設が未完成で金貨も充分な量が無いので無茶な事が出来ないからだ。

 色々と調べられるものは何でもやってみようと思った。

 

「私が強くなっても面白くないと思いますが……。その点はどうです? 貴方たちが未知の強さを手に入れる可能性を他人に委ねてもいいと?」

 

 挑戦的なナコトの言葉にいまいち理解出来ないが少し腹が立つ言い方だな、と軽戦士(フェンサー)風の男性は思って少し睨むような顔になった。

 

「面白い面白くないで言えばメリットが分からないので何とも言えません」

 

 と、重厚な鎧を着た男性が言った。

 強くなる事がメリットだとしてもナコトに何の益があるのか。

 それこそがメリットだ、というには些(いささ)か説明不足だ。

 言葉どおりを受け取るならば自分達がどういう風に強くなるのかを知りたい、となる。

 痛めつけるのが目的ではない、と仮定した場合だが。

 そうだとするとナコトの目的は効率のいい強化という事なのか、と首を傾げる。それも金級冒険者が挑戦しようとしている。

 これで不審に思わない者は居ない。

 

「……いや、効率的にモンスターを倒して強くなるという実験が事実なら……」

 

 もしそれが確立されるのであれば誰もが強さを得られる事になるし、アルシェの才能も伸ばせるかもしれない。

 特に魔法分野は伸びが悪い。

 筋力強化なら鍛練で済む筈だ。それ以外の方法など聞いた事が無い。

 だからこその実験だと思うけれど。

 

「……ヘッケラン。報酬によればいい話しかもしれませんよ」

「はっ?」

「……実験云々はさておき、たかがモンスター集めです。ここは少しでも稼ぎませんか?」

 

 話しの内容では特定のモンスターを倒せ、というわけではなく適度に強いモンスターとなっている。

 自分達が倒せないようなモンスターならば断る可能性はあるけれど、それ以外は報酬次第では受けても良い筈だ。

 実験は良く分からないけれど、と続けた。

 

「……そうよね。請負人(ワーカー)はお金がとっても大好きな職業だものね」

 

 と、半森妖精(ハーフエルフ)も呆れつつ言った。

 内容はともかくとして収入を得なければならないのが自分達の今の現状だ。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 モンスター集めも実験も難しいというのであればナコトとしては強引な手に出る以外に方法は無いのかな、と少しだけ思った。

 あまりにも思い通りになっては困るれど、かといって挑戦しないのも勿体ない。

 金銭に関しては大掛かりな施設『チャタル・ヒュユク』の建造で一気に減ったので大盤振る舞いは出来ないが、村の収益の一部で少しずつ回復が見込めている。

 彼ら(請負人)に払う程度の資金は確保しているけれど、いくらくらい吹っかけられるものか。

 金貨千枚ならぶっ殺そうかな、という物騒なことが脳裏に浮かぶ。

 意味も無く強くするわけではなく、魔法学院に通う生徒も手に入れば御の字だが、王国に連れて行くのが大変だ。

 拠点は動かせられないので。

 

「モンスターは闘技場での交渉ということで……。実験に関しては手持ちのモンスターで試すしか無いですね」

「……既に確保してるのか……」

 

 大半が人間だ。

 ナコトとしては大量殺人を試みたいとは思わない。けれどもモンスターの種類が足りない。

 適度に強くて倒しやすいモンスターはやはり人間が一番適任だ。

 後は彼らが来てくれるか、だ。

 無理なら他を当たるけれど、折角お近づきになったので彼らに来てもらいたい。

 

「我々を強くする実験だとして、何の得が貴方にはあるのですか?」

「興味とか暇つぶし。何にでも飽き易く、楽しみを欲している。その一環かな」

 

 嘘をつく器用さはナコトにはない。だから割りと本心で言った。

 他にうまい言葉があれば違う表現を使っているところだが、残念ながら交渉事も得意と言えるほどではない。

 自慢出来るものが殆ど無いといってもいいくらいだ。

 

「……わー……。すっごい胡散臭い……」

 

 と言いつつも言葉からは嘘をついているようには聞こえなかった。

 実験内容が酷いものなら冒険者より請負人(ワーカー)に頼む方がいい、ということもあるのかもしれない。

 金次第で受けてくれると仮定すれば、だが。

 

「ここの魔法学院の生徒を何人か攫(さら)うわけにも行かない。早い話しが実験動物になれ、と言った方がいいのかな」

「……はっきり言われると抵抗がありますね」

 

 だが実際、実験動物を欲しているのは確かだ。

 それを普通の依頼で出しても誰も受けてくれる筈が無い。

 強くなるかはこれから確認するんだろうけれど、本当にそんな事が出来るのかヘッケラン達は疑問に思った。

 出来るかどうかは実際にやらなければ分からない。当たり前だが、やる前から分かっていれば依頼などしない。

 

「生徒も欲しいのか?」

「魔法の一覧表でも作ろうかと思って……。魔力系、信仰系、精神系、その他系と……」

 

 茫洋とした面(つら)をしている割に専門用語が出て来てヘッケラン達は驚いた。

 事前に知っていれば不思議は無いか、と思うのだが何故か、冷や汗が出るような嫌な気配を感じた。

 こいつに関わると危険だ、と。

 

「強引な方法が不味いのは分かっているので、攫うとかは言ってみただけですよ」

「……そうか。しかし、学院の生徒は連れ出せないだろう? かといって得体の知れない者を入れるとも思えない……」

 

 帝国の未来に関わる人材を育成しているのだから。

 下手をすれば皇帝に目をつけられて摘発されるかもしれない。

 仮に何もかも成功すると厚待遇に早変わりする。あと、色んな事が劇的に変化するかもしれない。

 急激な変化は国に危機を招くものだ。だが、過度な情報公開よりいくつか制限を設ければ新たな未来が切り開ける可能性があるのは間違い無さそうな気がする。

 ここで今まで無言のまま難しい顔で佇んでいたアルシェがテーブルにダンと叩くように手を置いた。

 

「金貨五百枚。前金で貰えるなら引き受ける」

「お、おい!」

 

 敵意に満ちた眼差しだがナコトを真っ直ぐ見据えるアルシェの瞳はとても力強いものがあった。

 

「その前に借金問題を片付けなくていいんですか?」

 

 と、普通に切り返すナコト。

 

「そ、それは……。これから何とかする」

「娘さんが大金を欲しがる理由は秘密とか?」

「簡単に言えば没落貴族の親御さんが浪費家ってだけだよ」

 

 本当に簡単に言ったヘッケランに対し、他の二名の仲間は呆れたようにため息を漏らす。

 大雑把過ぎたのか、それとも他人に簡単に言った事に対してなのかは分からない。

 改めて請負人(ワーカー)チームは名乗りをあげる事にした。

 『フォーサイト』と名乗るチームメンバーは今居る四人。

 リーダー各は軽戦士(フェンサー)風の男性『ヘッケラン・ターマイト』といい、ついで半森妖精(ハーフエルフ)のイミーナ。

 神官戦士の『ロバーデイク・ゴルトロン』と最年少の『アルシェ・イーブ・リイル・フルト』という魔法詠唱者(マジック・キャスター)。

 ナコトはあえて名乗るのを控えた。それはまだ彼ら(フォーサイト)を雇っていないからだ。

 

「観光ついでに来ているので急な大金は持ち合わせがありません」

 

 もちろん嘘ではなく本当の事だ。

 ナコトは思っていた以上に吹っかけられてしまい、少しだけ困ってしまった。

 また王国まで戻らなければならないので。

 せいぜい金貨二百枚程度。適度に周って数十枚の消費という予定でいた。

 念のために財布の中身を見ると五百枚ほどの重量の枚数には見えなかった。

 

「……普段の相場で金貨五百枚は適正なのですか?」

「たぶん、言葉の綾(あや)だ」

 

 本当に出せたら大したもんだと思ったが、さすがに吹っかけすぎなのはヘッケランでも思った。

 普段からそんな大金を持ち歩くのは大層な貴族くらいだ。

 それと支払う気満々のナコトにも驚いた。

 

「借金問題を先に片付けてしまいましょうか。せっかく乗り気のお嬢さんの為に」

「物好きというか……。そう簡単に済むとは思えないが……」

「浪費家を治すのは難しいかもしれませんが……。殺害以外でとなると……。アルシェさんと結婚する内容で手付金を叩きつける、というのは如何ですか?」

 

 突飛な言葉にヘッケランとロバーデイクは苦笑する。

 確かに話しを早くまとめる場合では良い案だと思った。

 娘の稼ぎのあてを無くせば多少は効果が出るかもしれないし、懲りずに借金生活を送るかもしれない。

 少なくとも縁切りならばアルシェが苦労する理由は無くせそうだ。

 

「……どうするアルシェ。救いの神の提案にお前も何か言わないと駄目じゃないか?」

「貴族根性に染まった人間の性格を変えるなんて簡単な事じゃないと思うけれど?」

 

 結婚はもちろん偽装だろうけれど、いつまでも夢を見ていると何も解決しないまま日々が過ぎてしまう。

 本来はお嬢様と呼ばれてもおかしくないアルシェが薄汚い仕事に身をやつしているのは全て家が没落したからだ。

 バハルス帝国皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』の采配によって多くの貴族が粛清の負い目に遭った。より正確には無能と判断された貴族位を次々と剥奪した。その中にはアルシェの家も含まれる。

 親は今でも皇帝に恨み言をいい、貴族の生活を続けようと浪費を続けている。

 高貴な自分達には相応しい生活があると言って憚(はばか)らない。

 使用人を雇っているので月々の支払いもアルシェが懸命に働いた資金で賄(まかな)っている。それでも娘の苦労を理解しない親は毎日のように豪遊しようとする。

 見限りたいがアルシェには妹が二人いた。

 機を見て連れ出したいが使用人たちの事を考えるとなかなか前に進めなかった。

 

「………」

 

 突然降って湧いた幸運に対し、アルシェは戸惑った。

 確かに良い案ではある。だが、実際に行(おこな)うとすると足がすくむ。

 貴族時代の優しかった両親の顔が決断を鈍らせる。それに母は貴族根性が残っているとはいえ家に残すのがとても不憫だ。

 だからといって今のままでいいはずが無いのは分かっている。

 

「……ま、まず使用人と打ち合わせしないと……。あと、妹達を連れ出す算段を整えないと……」

 

 借金取りに金を返しても両親はまた懲りずに金を借りる。そして、それをアルシェがまた返す事になる。

 その不条理の輪を断ち切らなければ自分(アルシェ)は前には進まない。それは分かっている。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 決断は早い方がいい、というナコトの提案でひとまず様子見としてアルシェの実家に行く事にした。

 帝都の内の一角には多くの元貴族が住んでいる区画があり、外見的にも一般住宅より豪華な様相を醸し出していた。

 中には無人となり、雑草が生い茂っているところもあるけれど。

 庭の手入れをする庭師が居なければ家は黙っていても荒れる。それは家の持ち主が手入れをしないからだ。

 人にやらせるのが当たり前と思っているので。

 

「誘拐する案もありますが……。後々、帝国に追われるのは嫌なので、出来れば合法的な方法がいいです」

 

 と、途中で気が付いたナコトの言葉に後ろに控えていたヘッケラン達は苦笑した。

 確かにその通りだ、とそれぞれ同意していく。

 まずアルシェが先に家に入り、両親と対話する。

 元貴族となったにもかかわらず贅沢な暮らしを忘れられず、借金をしながら様々な高額商品を購入する。

 アルシェが頑張って稼いでも一日で消費してしまうほどに。

 使用人たちの給与もここしばらくアルシェが頑張って払ってきた。

 

「……もううちは貴族じゃない。ジャイムス、使用人たちを解雇するのに必要な金額を教えてちょうだい」

 

 長年フルト家に仕えてきた執事に様々な命令を下す。

 いつまでも浪費家の両親の面倒を彼らに見させるのも終わりにしなければならない。

 実質、フルト家をまとめているのは両親ではなくアルシェだ。

 ため息ばかりつく彼女の元に走り寄る小さな影が二つ。

 五歳ほどの歳の妹二人。クーデリカとウレイリカだ。

 

「……いい子にしていた?」

「うん」

「お姉さま、お帰りなさい」

 

 小さな妹達はいつもと変わらぬ元気な笑顔を見せてくれる。

 本当なら連れ出したくはない。けれどもこの家に長く居るべきではない、とアルシゥの全身が告げている。

 給金を払い、両親から離れなくては自分達に自由は訪れない。

 

「あのね、ウレイ、クーデ。もう少ししたら私引っ越すから、一緒について来て」

「お引っ越し?」

「そうよ」

 

 三人姉妹で仲良く暮らす。両親は連れて行けない。

 あの人達はここで死ぬべきだ。

 優しい母と別れるのは辛いけれど、この暮らしは長く続けてはいけない。

 アルシェは今こそ彼ら(両親)と決別する決心をしなければならない、と強く思った。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 合計金額が出るまで時間がかかるようなので今日は一旦、外に出てナコトと合流する。

 

「……いい機会だった。皆には悪いと思っている」

 

 側に居るヘッケラン達に頭を下げるアルシェ。

 

「結婚は狂言だとして、これからどうします? 私の拠点はまだ完成していないので、本格運用は意外とまだ未定ですが……」

「完成していない? 何かの実験施設のこと?」

 

 『チャタル・ヒュユク』という仮に過ぎない名称の施設だが、ナコトはとりあえず頷いておいた。

 彼らを招く事は別段、問題ではない。

 地上には工事関係者の為に作らせた宿舎がまだ残っている。そこを使ってもらう事になるかもしれない。

 

「食料は充分にありますし、近くに村もありますので普通に暮らす分には問題はありません。危険な仕事で命を散らすのもいいかもしれませんが……。折角知り合った人が居なくなるのは……、少し勿体ない」

「確かに危険な仕事で大金を稼げるとしても死んでしまったら勿体ないわな」

「我々も安易に命を捨てたいわけではありませんよ。しかし、食料に困らないというのは魅力的ですね」

 

 食糧の備蓄は栄養補給のためには必要だと判断した為だ。

 飢饉などに対してではない。実際に国全体が困れば解放する用意はある。

 

「あと、私の住まいは王国なので帝国に来るのも大変なんです」

 

 今回は観光のついで、なので何も無ければ帰るだけだった。

 どうしてもヘッケラン側が帝国に用があって残ると言わなければ王国に招きたいと思っている。もちろん、永住しろ、とは言わない。

 

「わざわざ王国から……」

「目ぼしいモンスターが居なくて」

 

 だから帝国に来てモンスターの話しをしたのか、と納得するヘッケラン。

 地域によって様々なモンスターが住んでいる。それらを求めるのに帝国に来るのはおかしなことではない。

 後で闘技場にも行く筈だし。請負人(ワーカー)はたまたまだった、と。

 魅力があるのか、と言えば未知数だ。それは内容からしてナコト本人も自覚している。

 危険度は低く報酬さえもらえるならば文句はない。王国金貨だとしても両替すればいい話しだ。

 

「後はせいぜい口封じか……」

「大っぴらに宣伝されても困りますからね」

 

 と普通に答えるナコト。

 どういう風に機能するか分からないものをヘッケランは無闇に宣伝したりはしない。

 仮に色々と強く慣れたとしたらふれ回るか、独占するかの二択が考えられる。

 三択目は少しずつ宣伝する、というものかな、と。これは学院の生徒も対象だと言っていた事に起因する。

 成功例を引っさげれば凄いことになる。もちろん、誰でも強化が出来るという事は色々と混乱を生むことにも繋がる。

 金を貰う請負人(ワーカー)は自分達が不利益にならない限りは無視する確率が高い。

 折角仲間になったアルシェを家庭の問題で失うのは惜しい。彼女は貴重な戦力だ。

 普通なら新たな仲間を引き入れるところだが、それぞれ愛着が湧いてしまった。今更冷酷に排除できるほどヘッケランは割り切れていない。

 ロバーデイクもイミーナもアルシェを妹のように可愛がっているから。

 ただ待つのも退屈なので先ほどの宿屋で待ち合わせの約束をしたナコトは大急ぎで王国に戻り、一定の資金を交金貨に両替する手続きをする。

 片道でも早くて半日はかかる距離があるので、充分、時間つぶしにはなる。

 複数の都市に赴き、両替を終えて帝国にたどり着いたのは五日後。その間、フォーサイトの面々は各々時間を潰して待っていてくれた。

 それは信用された、ともいえる。

 胡散臭い相手の事を忘れて次の仕事の準備を整えていてもおかしくないのに、とナコトは思うが素直にありがたいと思った。

 これが魔法による効果であれば何の感動も無かった。

 小さな幸せを感じる気持ちがまだ自分にはあると確信し、苦笑する。

 

「……王国から往復するにしては早すぎやしないか?」

 

 普通に考えれば二週間はかかってもおかしくはない。もちろん馬車移動での計算でだ。

 『飛行(フライ)』のような第三位階魔法を駆使したとしても短期間での往復はヘッケランの知識では覚えがない。

 それとも近くに秘密の拠点が既にあると考えた方が自然かもしれない。

 どのみち戻ってきたのだから深く追求するのはやめておこう、と。

 アルシェは懐から借金の合計金額や使用人達に支払うべき金額が書かれた内容の羊皮紙をテーブルの上に広げた。

 帝国語はまだ未修得のナコトにとって数字くらいしか読み取れなかった。

 総額金貨三百五十枚、とアルシェは言った。

 王国金貨とほぼ同等の価値なので冒険者や請負人(ワーカー)の稼ぎからいっても高額だ。

 これは毎回稼いで少しずつ返済したにも関わらず減るどころか少しずつ増える謎の現象の借金だった。

 早い話しが親が勝手に色々と買ってくるのが原因だが。

 小さな香水でも金貨数枚。

 絵画に彫刻と芸術作品を集めたくなる貴族の性(さが)というやつかもしれない。

 これらを返済したとしてもアルシェには妹達を育てる養育費が必要になる。今の親では到底不可能だと思われる。

 いずれ身売りされるに決まっている。

 話しを聞いたナコトは『安い』とは言わなかった。

 大掛かりな拠点建設に多大な費用をつぎ込んだ後なので、今後の生活費を少し考えてしまった。

 賃金の大半は払い終えているし、月末には多少の収入が入る事になっている。それでも一冒険者に過ぎないナコトには新たな収入が必要だ。

 それはまだ未定だが、何らかの事は考えなくてはならない、とは思っている。

 借金の額を見たヘッケラン達は一様に呆れたり、感心したりした。

 わりと高額なことに驚いている、ようにも見える。

 

「返済したとしてもあの親はまた金を借りると思う。……けれども一区切りを着けたいとは思っている」

 

 少なくとも長年仕えてくれた使用人達への俸給は払ってあげたい。

 それに対してナコトは無言で皮袋を羊皮紙の上に置いた。

 

「これで君は私の所有物となる。……でいいかな?」

 

 物騒な単語が聞こえたがアルシェは皮袋の中身を確認する。

 見たことも無い枚数の金貨が見えた。すべて交金貨だが、これでも返済には当てられる。そして、これを受け取れば確かに自分は得体の知れない冒険者の言いなりになるしかない。

 妹達の為に自分を身売りするのは抵抗があるけれど。

 

「……ええ。少なくとも……、あの家族への恩はこれで全部返した事になる」

 

 明日から娼婦の仕事で稼ぐ事になるかもしれないし、新たな借金生活が待っているかもしれない。

 

「私は割りと飽きやすい。君の裸をある程度観賞したら、その後は自由にさせるかもしれないよ」

「……そういうのは聞きたくなかったわ」

 

 だが、はっきり言われる方が今はいいのかもしれない、とアルシェは思う。

 自分が今後どうなるのか知っておいた方が覚悟が決めやすい。

 

「裸は割りと見てきたから、君がどうしても必要だ、とかは無い。妹達も連れて来ていいよ。強さについては真面目にやらせてもらうけれど」

 

 アルシェどころかフォーサイトごと王国に連れて行く予定だが、あまり絶望に叩き落すような事は言わない方がいいかな、とナコトは思った。

 悪趣味は自覚しているが、それをひけらかすと頼みごとを聞いてくれる人が居なくなってしまう。それは是非とも避けたいところだ。

 

「王国に行くとしてもいきなり口封じはしないけれど、あまり思い詰めないでほしい。場合によっては運営管理もお願いしたいところだ。仲間が居ないので」

「それは給金次第だが……。一人頭金貨百枚ずつくれるんなら、実験って奴に付き合ってもいいぜ」

 

 と、ヘッケランの挑発に対し、新たな皮袋をテーブルの上に乗せる。

 

「その言葉に嘘は無いな?」

「……おぅ……」

 

 後先考えないフォーサイトのリーダーの言葉にイミーナ達は呆れ果てて言葉が出て来ないようだった。

 皮袋の中身は当然の如く金貨が詰まっていた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ナコトへの借金返済に切り替わる事になるけれど、返済期限は設けず実験に付き合ってくれればいい、という条件が提示された。

 それを断る理由はアルシェには無いし、妹達の面倒は近くの村でもできるという事なので。

 緊急性を必要とする請負人(ワーカー)家業を辞めて堅実な冒険者や普通の仕事に就いてもいい、とナコトは言った。

 

「実験が終わればまた帝国での暮らしに戻ってもいい。往復が大変なので」

「片道でも結構かかりますからね」

「しばらく親御さんには自分たちで苦労したらいい。そのまま餓死するか、目が覚めるかは分からないけれど……」

 

 アルシェは苦渋の決断を選んだ。新しい人生を歩む為に。そして、それに後悔してはいけない。

 一先ず受け取った資金で早速使用人達に給金を払い、解雇作業を進める。

 その後で妹達を連れ出してヘッケランと合流させる。

 親の借金についてはまだ問題がありそうだが、アルシェは目の前の問題に意識を向け、証文と交金貨を借金取りに叩きつけるように全額返済した。

 その後のことは一切、関知しないと捨て台詞を吐くのは忘れない。

 仲間の元に戻ったアルシェはこれで自由になった、わけではない。

 得体の知れない実験の為に新たな人間から借金したも同然なのだから。

 一応、綺麗な状態になったアルシェはナコトの側に座り、改めて仲間たちを見据える。

 何が起きたか理解していない無垢な妹達に顔を向ける。

 今日からこの人の性奴隷になったのよ、と言ってやりたい気持ちを懸命に押し殺し、笑顔を作る。

 

「次はモンスターの確保か……」

 

 アルシェ達が聞いた限りではモンスターと苛烈な殺し合いをさせるわけでは無さそうだが、どうするのか疑問だった。

 ただの殺し合いで強くなるのか、と言えばたぶん強くなる。では、失敗した時は新たな請負人(ワーカー)を雇うのか、と。

 

「モンスターと戦わせることで合ってるんだよな?」

「まあ、そうですね。自分より少し強い相手を倒す方が効果的だと予想してますから」

 

 と、何でもないことのように答えるナコト。

 平然としているところが不気味なのだが。

 金で殺し合いも出来る財力があるぞ、という自慢なのかは分からないが底知れなさは感じた。

 

「命の保障はあるのかな?」

 

 仕事を受けるにしても一応は言っておかないといけない。

 今はまだ帝国内だ。拒否することも出来る。もちろん、金は惜しいけれど。

 

「たぶん大丈夫でしょう。妙な特殊能力を持つようなモンスターはさすがに危険ですから。……石化とか猛毒とか……」

「たぶんって……」

「何か不安でも? 大暴れすると施設が壊れますので、それほど大それた内容にはならないと思いますよ」

 

 作らせたばかりだし、早々に壊れては修復にまた金がかかる。

 安全第一で行(おこな)うのだから特に問題はない、と予想している。

 

「色々と他にも人材を集めたりする予定ですから、最初は軽い運動程度にします」

「つまり休憩もあり、外にも出られるんだな?」

「死ぬまで酷使したりはしませんよ。貴方達の死ぬ姿を見ても面白くないと思いますから」

「……ここの市民達は殺し合いを楽しむ傾向にあるからさ。心配してたんだ」

 

 闘技場では人と獣が戦い、敗北は死を意味することもよくある。そして、人が死ぬようなことに観客は熱狂する。

 ヘッケランも一度は参加し、生き延びた経験者だ。

 殺し合いは見て楽しむものであり、参加するものではないと思い知った。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 アルシェを除くフォーサイトはナコトの申し出を受けるのかはまだ決めかねていた。

 彼女と共に行く方が賢明なのか、それとも今まで通り危険な仕事に従事して金を稼ぐべきか。

 ヘッケランはイミーナとロバーデイクにそれぞれ顔を向ける。

 何も言わないで下さい、という優しい笑顔があった。

 ただ、ヘッケランにはその笑顔が何を意味しているのか良く分からなかった。

 

「魔法学院の生徒が欲しいって話しだが……。アルシェをまた通わせてもいいってことには出来るのか?」

「対象は多い方がいいですからね。とはいえ、一度通(かよ)って何年も戻ってこないのは困りますね」

 

 飽きやすいから。

 ナコトとしては熱がある内に色々と試したい。

 彼女がどうしても通いたいなら、それを尊重することも考慮する用意はある。

 

「……恩は返す。簡単に逃げたりはしない」

 

 あまり要望を飲んでもらいすぎるのも悪い。

 妹達を連れ出せた今は他の事は考えられないので。

 

「永遠に実験を続けるわけではないと思いますが……」

「あまり深くは考えていません。成功しなければ諦めるし、上手くいっても先の予定は未定です」

 

 まず必要な魔法の情報を集める必要がある。

 いくつか目当てのものがあり、それを手に入れられるのか分かれば次の段階に行けそうな気がする。

 何でも『トライアンドエラー』して見ないことには始まらないものだ。

 アルシェの次は闘技場だが、こちらは支配人と呼ばれる者に普通に会えるものなのか、ナコトは知らない。

 

「面会予約は取っておくべきだな。あそこは意外と忙しいらしい」

 

 ドアを蹴破って無理に侵入するか、洗脳という言葉が浮かんだが、それはやっちゃ駄目な方法だと苦笑しながら脳裏から退散してもらう。

 それからアルシェの生活費の事を思い出したので交金貨二十枚ほどを渡しておく。

 

「無一文のままでは体裁が悪いだろう。服とかも考えてあげなければいけないな」

「……ありがとう」

 

 ヘッケラン達には目的が済むまで黙ってついてこさせる必要は無いので、彼らに自由時間を与えることにする。というかまだ本契約は交わしていないから強制は出来ない。

 もうしばらくは好きにさせてもいいと判断し、ナコトは闘技場に向かう。

 アルシェは仲間と残って妹達の面倒でも見ていればいい。

 それで逃げ出したところで別の誰かを勧誘するだけだ。

 多少の出費も自分の業(カルマ)を減らすと思えば安いものだ。

 地の果てまで追いかけるような粘着質的な行動は自分にとって本当に危機だと感じた時くらいかもしれない。そこまでには至りたくないけれど。

 ヘッケラン達と分かれて闘技場を目指すのだが、変な要望でも聞いてくれるのか心配だった。

 自然界のモンスターを見つけられないのが悪いのだが、そういう依頼の出し方を聞くという方向で当たってみようと思った。

 急に人数が減り、寂しくなったなと思いつつ目的の場所にたどり着く。

 帝都は広いけれど大型施設は目立つので立て看板の様子を見ればだいたいの位置は把握できる。

 大勢の観客で賑わう帝国の娯楽施設の一つ。

 複数のモンスターと冒険者チームとの団体戦もあるという。

 勝てばよし。負ければ死が待っている危険な娯楽。それでも戦いを挑む者はきっと名声と賞金などが狙いだと思われる。

 死ぬまで戦い続けなければならないルールならナコトとて参加はしたくない。

 適度な勝利で充分だ。

 まず詰め所と思われる場所を探すのだが、それが何処にあるのか全く分からない。

 興行であるから事務所は必ず無ければならない。

 通りを歩く人々に声をかけつつ闘技場の外周部の一角に付随した建物にたどり着く。

 

「すみません」

 

 万国共通の挨拶かは分からないが王国と同じく通用した言葉で声をかけていく。

 翻訳の都合で言葉だけは王国も帝国も普通に通じている。それはとても不思議だが。

 中に居たのは警備担当の兵士達で、ナコトは彼ら要望を話し、支配人との連絡手段を聞き出す。

 生意気なことを言えばすぐ洗脳、という言葉が浮かぶがあえて我慢する事にした。

 時には不自由さも必要だ。いざという時に油断してしまう可能性があるので。

 別方向の探知については今は考慮しない。それらは把握できればいいだけで無視しておく。

 見えない情報戦は実のところ得意ではないけれど、最低限度の防衛程度は取らせてもらう、という程度だ。

 支配人は別の場所にある邸宅に居て、常に闘技場に居るわけではないという。

 面会の予約を頼むとすんなりと通じたが、いつ会えるかまでは不明。

 当たり前だがただの市民が気軽に合えるような人間ではない、というくらいの事はナコトでも理解している。

 ダメもとで頼んでいるだけだ。

 偽名かアバター名。どちらを言えばいいか迷うがモーデにしておこうと思った。

 プレイヤー名を知る者対策として偽名を使っていたと思い出しただけだが、あまり意味は無いかもしれない、と思わないでもない。

 知られて困る事があるとすれば大した相手ではないと分かり、襲われることくらいだ。

 名の知れた大きなギルドの一員でもない普通のソロプレイヤー。

 普通であるからこそ駆逐される弱者精神は意外と自分を卑屈にさせる。

 少し被害妄想が過ぎるのでは、と思わないでもないけれど。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 宿の場所を告げた後、ナコトはヘッケラン達の元に向かうが既に姿は無かった。

 逃げられたのか、それとも商店街めぐりでもしているのか。

 どちらであろうと候補は他にも居る。

 王国で出会った『漆黒の剣』が丁度良い素材に見えた。後はやはり魔法詠唱者(マジック・キャスター)を幾人か欲しい。それと錬金術師(アルケミスト)と鍛冶師だ。

 他は思いつかないが、必要とあれば見つける計画を立てる。

 物思いを中断し、人通りの多い広場に向かい人々の往来を眺める。

 平和なひと時だが、元の世界ではもっと陰湿で暗い雰囲気がある。それに比べれば気持ちが晴れやかになるのは滅多に経験出来ない事だ。

 ゲーム世界ですら暗い雲に覆われていた。

 ここは青空がとても澄んでいて美しい世界だ。

 だからといってエロい事をやめるかと言われれば、答えは否だ。

 この世界が全裸で生活するのが当たり前の酷い仕様設定であれば服を着る事に拘るかもしれないけれど、隠す以上は多少暴きたくなる。

 特に女性は。

 性に貪欲であるのは無欲よりましかもしれない。

 それすら無い場合は生きていることすら興味が持てなくなるのではないかと思う。

 それはどう考えても嫌だと思う。だからこそ、欲望には忠実でいたい。

 

 美人とおっぱいと女性器が大好きです。

 

 大声で街中で叫べたらいいが、そこはさすがに恥ずかしくて出来なかった。

 出来たら捕まるかも、と思ってしまった。誰も居ないところでなら既に叫びまくったけれど異世界では案外平気という事もあるかも。

 現地の人間に通じない単語であれば首を傾げられるだけで済む。

 年齢で言えば未成年あたりが多くなるが、程よい可愛さがあるから仕方がない。

 かといって赤子がいいか、と言えば幼すぎるとナコトでも思う。

 とにかくあらゆるものに平均より下回る気持ちしか湧かないアバターが少し憎らしいが、万全であればもっと酷い人間になっているかもしれない。

 抑制出来ることは油断しなくていいが気持ち的に発散したくなる時は発散したいと思う。

 何かに夢中になれる者は素直に羨ましい。

 そうして一時間ほど広場を眺めていると見知らぬ子供たちが近寄ってきた。

 物珍しい人間だ、とでも思ったのか。

 精液まみれにするぞ、と脅してみようかと思ったがセリフが酷い。逆にそれで喜ぶようであればこの国の人間がどうかしているのか、自分は既におかしいのかの二択だ。

 後者っぽいけれど。

 禁欲しているわけではないが、無欲な生活を続けていた反動がアバターを通して起こっているのかもしれない。

 ならばもう少し抑制を緩めてほしいところだ。

 

「……予定が終わると何も浮かばないな……」

 

 面会の予約と言っても報告が無ければ動けないし、帰るにしてもアルシェを見つけなければならない。

 魔法学院に行くにしても見学はきっと断られる気がする。

 強引な手法だと全部叶いそうだが。

 正攻法が嫌いではない。面倒と感じる事があるだけだ。

 一人ずつ丁寧に口説き落とすのにどれだけの時間がかかるやら。なら手っ取り早く魔法を使えばいい。

 飽きたら面倒な手法で気分転換。

 人生とはそういうものの繰り返しだ、と思う。

 帝国の冒険者組合や魔術師組合に寄ってみようかなと思い、移動する。

 帝都だから二つともある筈だ、というのは思い込みだ。

 奴隷市場で森妖精(エルフ)を買うのも手間だ。いちいち全部入手する必要も無いけれど。

 本場の森妖精(エルフ)はどの程度の美しさなのか、それは少し興味がある。

 奴隷という事で酷い格好だと残念だが。

 歩いている途中で宿屋で一日待機する事にした。のんびりしすぎて行動意欲が無くなったともいえる。

 安宿で寛(くつろ)いでいると夕方に差し掛かってきた。

 国は違えど外の景色の移り変わりはだいたい同じようだ。

 帝都には城があったっけ、という事を今更思い出すナコト。

 忍び込む用意でもしようかな、と思っていると外が既に真っ暗闇に覆われていた。

 時間が経つのは早いものだと驚く。

 ちょっと意識を集中しただけで数日経つようでは植物モンスターみたい、と思って苦笑する。

 長命の生物などは一日二日の経過など無に等しい、というのは言い過ぎかもしれないけれど、それくらい時間の感覚が人間と乖離している。

 時間に追われていた現代サラリーマンも異世界では無駄に生き急ぐ自殺志願者のようにしか見えない。

 黙っていても人は死ぬ。だが、魔法を駆使できるのであれば長く生きることも可能とするし、条件次第では不死化も不可能ではない。その場合の不死は本当の意味での不死化なのか疑問だが。

 アンデッドモンスターが居るくらいだからある程度は許容されているのかもしれない。

 既に二年以上が経過している。

 このアバターの寿命が尽きれば自分はどうなるのか。

 元の世界に戻れるとしても元の身体が老化か、衰弱死していれば意味がない。

 夢から覚めたようなオチも嫌だな、と。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 次の日になったけれど予定が無い。

 朝食を食べつつ王国に帰るべきか、それともまだ何か情報集めをした方がいいのか迷うところだ。

 帝国魔法学院の生徒を見つけるか、潜入するか。

 魔法的な防りがあるはずだからすぐにバレそうだ。あと、変に掻い潜ってしまうと驚かれる気がする。

 第三位階で天才だと言われている世界のようなので。

 容器類の追加発注などもあり、そこらの子供を操って遊ぶのは今は控えたいところだ。

 今回はモンスターの入手に主眼を起きたかった。

 あれこれと考えていると昼になりそうだった。とはいえ、帰る以外に目的はない。

 面会の情報も来ないところをみれば門前払いともいえる。一冒険者に会ってくれる物好きは中々居ない。それも金級の無名だ。

 よくよく考えれば普通に散財しただけだな、と。

 イベントを起こすのに必要経費がかかるなら別段、悔しくはない。それもまた人生だと思えば楽だ。何も起きないよりは、と。

 転移序盤でやりつくしたせいか、無気力な状態は早く解決したい。

 それには何か大きな事を企(たくら)まないと。

 一人で世界征服はつまらないし、仲間を得るところから始めるもいいかもしれない。

 または自力で地球に行く。それが可能ならば壮大ではないか、と口元が少し緩む。

 とんでもない時間がかかって到着時には滅びていそうだが。

 寿命の問題も解決しなければならない。

 いくら無気力でも簡単に死にたくないし、レベルダウンの解決もしていない。

 蘇生魔法があるとして、自分が死んだ場合は誰が復活してくれるというのか。

 普通に死んで終わりだ。それはとてもつまらない。

 その為には魔法の一覧表作りが必要になってくる。

 後は適度にモンスターを確保する手段だ。こちらは都合よく呼ぶ召喚魔法では意味がない。

 自分で呼び出すモンスターから経験値を獲ることはゲームでは出来ない。転移後でも同じだと思われる。

 傭兵モンスターは実際に試して確認するしかないけれど、おそらく無理っぽい、と。

 色々と考えつつトイレにこもれば長い一本糞が元気よく落ちていく。

 今のところ腹を下すことは無いけれど、病気にかかる事があるのか疑問だ。もちろん、風邪で苦しみたくはないけれど。

 人並みの生理現象が起きるとアバターが夢幻(ゆめまぼろし)ではない存在だと思えてくる。だが、見た目からも自分の本当の姿ではないのは確かだ。

 他人の身体という意識から自分の身体だと思うまでにはまだ少し時間がかかると思うけれど、あまり深くは考えたくないなと思う。

 暇になったからとて適当な女探しをする気力は無いが、冒険者達の武具やアイテムを売買する北市場というところに向かう事にした。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 帝国の冒険者や請負人(ワーカー)達が不要になったアイテム類を露天に並べるのだが、中古品ゆえに数が少ない。

 中には一個だけ、という場合もあるし、掘り出し物が見つかる可能性もある。

 店主が冒険者達なので性質の悪い客は迂闊に彼らに手出しはしない。だからこそ治安がとてもいいと言われている。

 ナコトはそれらを一通り眺めていくが目ぼしいアイテムは見つからない。

 カンストプレイヤーから見ればどれもゴミ同然だが、売買が成立する値段でなければ自分のアイテムはきっと誰も買ってくれない。

 特に目的があるわけではないので、ざっと眺める程度で次の場所に向かう。

 朝方は学院に通う生徒達の姿が多く見られるし、商店街の準備を整える人々の生活模様も色々と見る事が出来る。その後、昼になればまた違った賑わいを見せる。

 当ても無くナコトは歩き続けているとイベントの起こらない異世界とは実に味気ない、という感想に思い至る。

 毎日が戦場では逆に煩(わずら)わしく思うんだろうな、と苦笑する。

 それは我がままだけれど、暇な時間が多いと趣味のひとつも欲しくなる。それが拠点造りかもしれない。

 では、帰るかと思っても闘技場から連絡が来ないと黙って帰るのも失礼かな、と思わないでもないし、少し困る。

 得体の知れない相手の事など無視しろ、という相手かもしれない。

 それはそれで別にいい。違う機会で違うアプローチをするだけだ。

 ダメもとで魔法学院に行って見学できないか聞いてこようかな、と。

 色々と考えつつ歩いても誰かにぶつかるような都合のいいイベントは起きない。というよりはナコトはそんな程度で油断はしないし、周りの人間の動きが読めないほどステータスは低くない。

 しかし、ちょっと普通すぎた事を今更のように後悔する。

 何かに特化すれば何かが著(いちじる)しく低下する。それがバランスの取れたゲームだ。

 今の自分はバランスの取れた存在かと聞かれれば否と答えられる。

 見かけ上は確かに平凡だが。

 少し欲望の配分がおかしい。もう少し熱心さが欲しいが、それは設定か何かなのか。

 破天荒を良しとする気はないけれど、物足りなさは解消したい。

 それにはやはり拠点を完成させて稼動させるしか無い。あと、モンスターとある程度の人材の確保がどうしても必要だ、という結論に至る。

 それにしても思考する事が多くなったものだと呆れつつ苦笑する。

 道端でニヤニヤする機会が多く、はた目からは気色悪がられているかもしれない。それは素直に恥ずかしいと思う。

 独り言よりはマシと思ってもらいたいものだ。

 

 急に暇になって何をすればいいのか分からなくなった。

 

 行動指針などを全て自分で決めなければならない場合、こういう時に第三者からの意見が欲しくなる。

 都合のいい仲間はそこら辺には落ちていないものだ。

 適当に散歩した後で宿に戻る。

 今後の予定をどうするのか、といえば一度は王国に戻らなければ何とも言えない。

 容器類はさすがに持ち帰れそうにないし、自前の在庫も心許ない。

 随分とアイテムを消費してしまったので補充も考えなければならない。などなど、考えることは山積みだが決定打に欠ける。その時丁度、帝国語を覚えた方がいい事に気付き、また商店街に向かう。

 翻訳は相変わらず普通に効果を現しているが、文字は見ただけでは分からない。

 本当は発音も違う筈だが、そこはどういう補正がかかっているのか疑問だ。

 品物の名前を書き写したり、店主に色々と質問したりしながら単語を集める。

 王国語とは違うのは分かったが、こちらも読み解ければ拠点を帝国に移しても問題は無くなる筈だ。それはすぐの案件ではないけれど。

 竜王国は帝国と同盟関係にあるらしく、言語はだいたい似ているというのは聞いた。

 スレイン法国に関しては街の中にある神殿に居る人間に聞くのが早道かもしれない、と通行人から教えてもらった。

 いちいち精神支配するより手間ではあるがトラブルが起きないのはありがたい事だ。

 親切な人間が多いのは王国と一緒で、疑り深い姑息なプレイヤーはただただ頭が下がる思いだ。

 人を信じすぎるとバカを見る、というのは自分の世界の格言のようだが、この世界では温かみのある人情はとても心地よい。それを汚(けが)しているのが申し訳ないと思うほどだ。

 クズでごめんなさい、と心で謝罪。それで反省しているかと言えば、人はそんなに簡単に心変わりはしないものだ、残念ながら。

 王国と帝国の人間に差は無く、精神支配しても面白みがない。

 和風。洋風。様々な人種形態があれば胸の内で興奮が湧き上がるかもしれないところだが、そこは少し残念だ。

 半森妖精(ハーフエルフ)の姿が拝めただけ少しは運がいいと思うべきか。

 小一時間ほど単語を集めた後、また宿に戻る。

 行ったり来たりを繰り返しているが店主からは特に言及はない。あったとしても料金を払えばいいだけだ。

 大きな荷物を保管しているので仕方が無いが、それを気にするのは自分(ナコト)だけかな、と小首を傾げる。

 現代人は何かと他人の行動が気に障る。それがこの世界の住人にも起きないとは限らない。特に神経質な相手は一度、嫌いになったらとことん難癖を付ける。

 ナコト自身も多少は神経質なところがあるかもしれない、と思う部分は認めるところだ。

 気にしない楽天家は少し羨ましいが。

 自分が持っていない個性を持つ仲間はやはり必要なのかもしれない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 部屋にこもって資料をまとめ終わる頃には昼になっていた。

 宿の一階部分では何人かの人間が食事をしながら会話していた。

 主(おも)に冒険者が多く、一般人はあまり見かけない。それは冒険者のガラが悪くて近づきたくない印象を与えているからかもしれない。

 王国ではわりとそういう悪党っぽい人種は多いのだが、情報交換の際はとても真面目で親切だったりする。あと、一般人に危害を加える者は見た事がない。

 いわゆる『礼儀を教える』的な振る舞いだと思われる。

 

「お客さん。あんたに面会したいとよ」

 

 と、不意に店主から声をかけられて、それが自分だと分かるまでに数秒を要した。

 料金を払う時に名乗るような事はしていないので、すぐには気付かないものだ。

 格安宿は記帳しなくていい所が多いので。

 

「そうそう、あんただよ」

 

 自分に指差せば相槌する店主。

 その後で姿勢の良い使用人風の男性が近づいてきた。まったく見覚えのない人物だ。

 

「モーデ様ですね?」

 

 違いますよ、と即答するところだったが懸命に堪(こら)えた。

 ナコトという名前自体偽名なので、こちらでも違いますよ、と言いそうになる。

 

「え……はい……」

「闘技場の主人への面会の日時が決まりましたので、報告に上がりました」

 

 昨日の今日で結果が分かるのはありがたい。

 ナコトは出来るだけ低姿勢で対応した。

 

「主人に代わり、私がご用件を伺うことになっております。まず……、どのような件で面会なさりたいのでしょうか?」

 

 手近な椅子に座り、話し始める。

 用件の内容によっては拒否される可能性がある、という事だ。

 簡単な面接という理解でいいと判断する。

 

「モンスターを入手したいのですが、その方法が分かりません。闘技場の主人に少しばかり助言でもいただけたらと思いまして」

 

 普通ならばモンスターを討伐するところを入手すると言うのは変だと思うのは普通だ。

 案の定、相手は意味が分からなかったようで首を傾げた。

 

「……それは冒険者に依頼などして……。色々なつてを借りて我々はモンスターを獲得していると認識しております」

 

 そうする話しが終わってしまう。

 要は自分で手に入れて来い、という結論なら相談など無意味だ。確かにその通りであり、正論ではあるけれど。

 

「それにモンスターの売買は民間には行(おこな)っておりません」

 

 でしょうね、と言いそうになった。

 確認の為に尋ねたのだから仕方がない。あるいは、という望みがないとも言えない。

 

「買えないなら勝ち取ったり、奪い取る方法がありますが……。私はまず一通りのモンスターを見てみたい。それを参考にしたいところです」

 

 そもそもこの世界や地域にどんなモンスターが居るのか、はっきりしていない。

 噂程度ではロクなものが居ないようだし、レアもののモンスターの情報はあっても会える保証は無い。

 まず既に居るモンスターの確認だけでもお願いできないものか。

 

「それこそ冒険者ならば……。いや、冒険者だからこそ難しいのですね」

 

 規則に縛られた組織が自分勝手に行動できるほど自由度は高くない。

 個人的な要望はやはり交渉から始めた方が無難だ。それは間違っていない。

 どう見ても低級、というか金級冒険者がどんな目的でモンスターを欲しているのか使用人にはさっぱり理解出来ない。

 何かの依頼なのか。個人的なら酔狂としかいいようがない。

 けれども予約してきた以上は対応しなければならない。

 面会は可能だがナコトことモーデという男は胡散臭い。

 そういう輩(やから)を館(やかた)に招いてもいいものかと使用人は悩みだす。来てもらう分にはおそらく問題は無い。

 警備担当はと(・)て(・)も(・)優秀だ。

 問題はどのような会談になるか、だ。

 変に強引な手に出られるのは面白くない。けれども金で何でも解決されても困る。そこは支配人の裁量に委ねられてしまうが、簡単には応じない筈だ。

 闘技場の支配人としての矜持をしっかり持っている人物だと知っているから。

 モンスターの使い道は様々だが、都市の中を混乱に陥れるようなことは避けたい。さすがにそんな大それた計画などは立てないだろうし、わざわざ公(おおやけ)の場でモンスターが欲しいだのは言わない筈だ。

 どの道、使用人の一存で決めることは出来ない。自分は相手から話しを聞き、予定の日時を伝えるだけだ。

 最終的な判断は結局のところ支配人に委ねられる。

 ナコトは予定日を聞き、去り行く使用人に一礼する。

 予定日は二日後の昼。場所は支配人の住まう館(やかた)である事を確認したナコトは一旦、王国に戻る事にした。

 色々と道具を入れ替えたり、資金の補充も念のためにしようと思って。

 アルシェ達とは帝国を出ても会えなかった。一応、請負人(ワーカー)達が使っている食堂は確認した。

 逃げられたかな、と少し残念に思いつつも自分の予定は進んでいるので、いきなり止める事は出来ない。

 往復は一日がかり。

 そして、約束の日時にナコトは支配人の館(やかた)に赴く。

 人生は思い通りに行かない方がワクワク感はある。もちろん、同時に不安も大きいけれど。

 人に頼るか、自己完結するかの違いだ。

 支配人の館(やかた)は帝都でもかなり大きく、興行という分野でどれだけ活躍しているかが窺える。

 アルシェ達の邸宅よりも大きいのではないか、と思われる。

 大きな門があるが馬車用で人用の通用門を開けて中に入る。

 この世界にインターフォンなど無い。鍵がかかっていれば声を出して問いかけたりする。あるいは中に居る庭師や使用人などに。

 そうして邸宅まで進んだナコトは大きな館(やかた)の扉をノックする。

 約束した時間に来たのだから留守ということはないと思うが、誰も出てこなかったら寂しいと思う。

 

「どちらさまでしょうか?」

 

 ほんの数分後に中から声が聞こえてきて扉の覗き穴を塞いでいた蓋が開く。

 

「面会予約した……、モーデと言います」

「モーデ様……。失礼ですが、紹介状はお持ちで?」

 

 当然持っていない。というより紹介状が必要だと言われていない。

 

「いえ。宿に使者が来て約束日時のみ伝えられましたので」

「畏(かしこ)まりました。少々、お待ち下さいませ」

 

 双方向のやりとりが出来ない場合、どちらかの不手際で面会できないことは珍しい事ではない。

 それでも確認作業は行(おこな)われる。

 よくあるパターンでは秘密の会合の場合などがあり、裏手に案内されたりするが今回はどうなのか。

 正攻法で来ているのだから身なりで判断して追い返す手段とか。

 色々と思いつく選択をしていると覗き穴から声が聞こえてきた。

 

「確かに承(うけたまわ)っていたようです。中でお待ち下さい、とのことです」

「どうも」

 

 手続きが面倒臭いのは中世ファンタジーでは当たり前の事なのか。

 便利な文明の日本とは比べ物にならない遅さだ。だが、それでも独特の世界観は嫌いではない。

 対応も丁寧だし、いきなり暗殺者(アサシン)をけしかけられるかは分からないけれど。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 程よい不便さもいずれは面倒臭いと感じるのかもしれない。

 邸宅内を通された後、待合室のような部屋に案内された。その時、一人のメイドが付き添いで現れたのだが、それが人間では無かった。

 着ぐるみのように見えたが、この世界ではありえないとすぐに理解する。

 その人物はどう見ても兎が二足歩行している生き物。

 亜人だと思われるが人間的な表情は全くない。だが、とても可愛らしい。

 メイド服から覗く手足も毛深い動物のもの。

 外装を与えられたNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)とは思えない。

 人間的な顔ではないのでどういう感情を見せているのかはナコトでも分からなかった。

 

「何かお飲み物でもお持ちしましょうか?」

 

 可愛らしく喋る兎メイド。基本的な亜人はだいたい醜悪な顔という事だが実は異形種に分類されるのでは、という思いが浮かぶ。しかしそれはユグドラシルというゲームの設定であり、この世界の亜人の定義と違うこともある。

 もしそうであれば、他のモンスター(クリーチャー)も期待が持てる。

 人馬(セントール)や有翼人(ハルピュイア)とか。

 

「果実水でもあれば……」

「畏まりました」

 

 無遠慮かもしれないが、その方が相手も変に警戒しないと思ったまでだ。

 丁寧にお辞儀したメイドが去った後はしばし静かな時が流れる。

 意外な人物に出会い、久々に心が躍るような気持ちになった。

 この世界はまだ楽しみが残っているようだ、と。

 数分後に飲み物が運ばれ、喉に冷たい液体を流し込む。

 仮の身体であるはずなのに体内の感覚が分かるのはやはり不思議だ。精神を分離し、出来上がった肉体に憑依した、という概念でもあるのか。

 そうだとしても自分で設定した部分はどうなっているのか疑問だ。それは何度も思うことになるかもしれないけれど。

 成長と老化も今後確認しなければならない。

 髪の毛とか爪とか治癒魔法などで平然と整えられているようにしか思えない。特に髭も生えていないデフォルト。

 便利な反面、それでいいのかという疑問もある。

 新陳代謝とか。

 魔法はとにもかくにも偉大だなと思っていると先ほどのメイドに呼ばれて、移動を開始する。

 見れば見るほど可愛くて欲しくなる。

 性別は不明だがどちらでもいずれ見つけるか、精神支配かなと物騒な思考が浮かんでくる。

 手に入れても使わなければマネキンと変わらないのが問題だが。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 館の主人はとても忙しいと聞いていたが他に面会予定で待機している人間は見当たらない。それぞれ別室に居るのかもしれないが屋敷の中は比較的、静かだった。

 帝国に長年住んでいるわけではないので詳しいことは分からないが、転移して二年経過しても都市の全てを掌握するに至っていない。

 地味な生活をしていると一年など大して長く感じられないのかもしれない。

 もちろん大きなイベントがあったわけではないので緊迫感が無かった為とも思われるけれど、自分の知るファンタジーは一年くらいで大きな戦争が起きたり、陰謀論が渦巻き、だいたい短期間で世界が平和になって終わるものだ。

 積極的に政治などに介入しないせいで何も起きていないように思えるだけかもしれないけれど、世界は常に動き続けている。

 この世界にどれだけのプレイヤーが転移しているか分からないが、それぞれ自分が主人公として選ばれた存在だと思って行動している筈だ。

 ナコトもその一人かもしれないが、この世界でなすべき目的が提示されていない中で出来ることは多くない。または完全な自由意志に委ねられている、ともいえる。

 どちらにせよ、大きな動きが無い間は自分のやりたいようにやらせてもらう。

 色々と考えても出来ることは一度に複数の仕事はできない。まずは拠点『チャタル・ヒュユク』の完成と内部の整理だ。

 その後は色々と人材などを集める事になる。

 

「お待たせしました。面会の順番が回ってきましたので……」

 

 物思いに耽っている間に随分と時間が経過したようだ。

 一気に時間を進めるような強引な手法が取れない分、忍耐力が必要だが仕方が無い。

 執事風の男性に案内されたナコトは応接間と思われる部屋の前に案内された。

 少し大きめの扉に軽くノックをする執事。

 全ての登場人物の名前を把握しているわけではないし、名乗らせているわけではないが知っておいた方がいいのか、単なるモブキャラで無視した方がいいのか少し迷うところだ。

 名前を知ったとしても覚えていられる自信は無いけれど。

 中に居た人物の許可が降り、部屋の中に案内される。

 

「ようこそ」

 

 壁には無数の武器が飾られていた。これらは全て主人のコレクションであることは一目瞭然だ。人に見せる為に飾られているところから自分で使う事は無いと思われる。

 本当に大事な宝ならば部屋の奥深くに大切にしまうものだ。

 それらの武器に囲まれた中で出迎えてくれたのは初対面の人物。

 当たり前だが帝国内で見かけたりする事もあるので最初の返事が変わることもある。

 間違いなく、ナコトは初めて見る人物だった。

 短く刈り込まれた髪の毛に小太りで屈強な戦士というよりは裕福な商人という印象を受ける。

 

「この闘技場の運営を任されているオスクと言います」

「……モーデです」

 

 ついナコトと言いそうになった。

 伝え聞いた名前と違っては怪しまれてしまうので何とか間違えないように気をつけた。

 それくらい気を許してしまいそうになるほど愛想の良い人物に思えた。

 

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 得体の知れない金級冒険者に過ぎないナコトに対してフレンドリーな態度を崩さないのは人柄なのか、社交辞令なのかは分からない。

 感じとしては気さくな性格なのかもしれない。

 横柄な態度なら張り倒す自信はあるけれど、さすがに目立つ行動は不味いと思った。

 

「どうぞお掛け下さい」

 

 気軽な言葉に少し驚きつつナコトは言われるままに重厚なソファに腰を下ろす。

 宿屋などに置いてある質素な椅子は見当たらない。

 

「本日はどのようなご用向きですかな?」

 

 事前に会談の内容が伝わっている筈だが、あえて尋ねるのは話しやすさを演出する為か。とにかく、長い沈黙に陥る心配は無さそうだ。

 

「はい。こちらで扱っているモンスターの入手方法などを教えていただきたいと思いまして」

「モンスターは……、様々なつてを頼って手に入れました。特に変わった方法は無いと思われますが……」

 

 上級の冒険者に依頼すればだいたいのモンスターが手に入る。

 もちろん、請負人(ワーカー)にも大金を支払う事がある。

 中には軍を動員するほどのものも存在する。

 興行は帝国にとっても大切な娯楽。決して個人の趣味で行(おこな)っているわけではない。当然、手に入れたモンスターを個人に販売したりは勝手に出来ない。

 

「普通に考えても個人で手に入れるのは難しいですね」

「……個人では無理ですか……」

「都市で購入するのは、ですよ? 自分で捕まえてくるのが早道だと思います」

 

 変な要望ではあるけれど、買えない場合は生息場所を教えろ、という事も考えられるとオスクは思った。

 だが、興行主は依頼人に頼りきりで詳しい情報は実は持っていない。

 亜人種の住んでいる場所なら少しは教えられそう、と思うけれど。

 さすがに闘技場に参加して勝ったら、とか条件を出すと国からお叱りを受ける事態になるかもしれないので迂闊な発言は出来ない。

 皇帝自身が許せば恩赦みたいな事が起きないとも言えないけれど、オスク自身に決定権は無い。

 あるのはモンスターとの死闘だ。

 入手ではなく戦闘行為なら許可できる。ただし、勝ったところ素直に譲渡という話しにはならないのが頭の痛いところだ。

 帝国の平和を脅かす行為に抵触してしまう。

 

「……なら、こちらに居るモンスターを全て見せてほしい、という場合は可能ですか?」

「見るだけなら……」

「手っ取り早く、かつあまり被害が出ない方法が望ましい。依頼という案も考えましたが……。時間がかかるのと確実性が乏しいのが悩みの種です」

 

 確かにモーデの言う通り、依頼は運任せなところと冒険者達の安全性に不安がある。

 今日まで手に入れたモンスターで何人もの人間が命を落としているのは想像に難くない。それでも興行主としての責務や業だと思って今日まで続けてきた。

 見るだけで済むのか、という不安はある。

 かといって盗み出すのは難しい。少なくとも警備は万全だ。

 一流どころを雇っているし、と。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 売買についてはやはり自分の判断では出来ないが、せっかくの来客の為に出来ることは叶えてやりたい。

 オスクは自分の心の広さを見せることで例え低級の冒険者といえども信頼を積み重ねたいと思った。

 日頃、命のやり取りをさせているし、このぐらいでは恩返しにはならないけれど。

 にこやかに笑いつつナコトの要望を叶えることを承諾したオスクはモンスターを保管している飼育小屋に案内する事にした。もちろん一人ではなく、護衛と兎メイドも一緒だ。

 帝国で捕らえられるモンスターの大半はトブの大森林からだ。

 カッツェ平野からアンデッドモンスターも捕まえて来る事もあるし、王国の冒険者組合とも顔見知りだ。

 さすがに竜(ドラゴン)は居ない。

 見世物としては面白いかもしれないが観客の安全が保証できない。

 闘技場には天井が無いので空を飛ぶ戦闘は禁止している。それと魔法の行使も禁止だ。

 それは単に面白くないからだ。

 

「使われるモンスターは動物型が多く、観客に被害が出ないものを扱っております」

 

 檻に入れられたモンスターの一つ一つを解説していくオスク。

 殆どが猛獣だった。

 適度に強い方が観客の受けがいい。もちろん人死も出る。

 一番強いのは『武王』と呼ばれる闘技場の覇者だが、ここには居ない。

 

「……この手のモンスターには出会った事が無い……」

 

 もう少し奥深くに行かないと会えないのかな、と残念に思うナコト。

 戦闘に関しては適任ではあるが、他にも居ないのか気になるところだ。

 伝え聞いた情報では帝国には騎乗動物として『八足馬(スレイプニール)』や『鷲獅子(グリフォン)』と『鷲馬(ヒポグリフ)』が居るらしい。

 それらは帝城まで行って交渉しなければならないかもしれない。

 頼んだら貰えるような代物ではないのは分かっているけれど、それくらいの動物系も今は欲しい。

 

 もちろん、討伐用だ。

 

 一通り見せてもらった後、やはり手に入れたいと思うのだが無理は言えない。

 強引な手はすぐ浮かぶが。

 面倒ごとを少なくする上でも自分で捕獲するしかないようだ。

 モンスター名からトブの大森林とアゼルリシア山脈に生息しているようだから、早速捕獲用の準備を整える事にする。

 ついでに兎の亜人は北東方面に居る事も教えてもらった。

 手に入らないことで残念そうにしているナコトに対し、オスクは特段の感情は抱かないがモンスターを手に入れて何をしようと企んでいるのか、という部分が気になっていた。しかし、それもその他大勢の来客に言える事なので、ナコトだけが特別怪しいとは思っていない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 応接間に戻り、軽くため息をつくナコトはやはりいくつか欲しいモンスターが居たのだなとオスクは思った。

 生息場所程度で諦めてもらうとして、次の来客の事をそろそろ考えなければならなかった。

 

「何か得るものはありましたかな?」

「そうですね……。頑張って見つけますよ。実際、実物を確認出来ただけ探しやすくなったかもしれません」

「それは良かった」

 

 モンスター名だけで探して実物が想定より巨大だった、という話しは珍しくない。

 捕獲しているモンスターも何人もの犠牲を生んだ事も少なくない。

 そういう点からも安易に金銭で売ることは散っていった冒険者達に申し訳が立たない。

 ここは金と命をやり取りする闘技場だ。

 軽い気持ちしか無い者には早々にお帰り願う。

 金を積んでどうしても欲しい、と迫ってくることも想定していたがナコトはあっさりと引き下がり、丁寧に一礼して帰っていった。

 

「……今の者はどうだ?」

 

 と、オスクは兎メイドに尋ねた。

 

「……う~ん。よく分からない。中身が無い空虚な感じ」

「ほう?」

「……本当に何しに来たんだっていうくらい分からない。あそこまで欲というか感情が無い……、薄い人間かな……。結構怖いかもしれない」

 

 相手の考えが読み取れない、という意味では、と。

 様々な情報戦を繰り広げる死闘では相手の考えをどれだけ探れるかで勝敗が決まってしまう。その点で茫洋とした相手は弱者なら脅威ではないが、強者の場合は攻め込み難くなる。

 何が起きるか分からない分、戦ってはいけない相手という事もあるかもしれない。

 無駄に命を散らす気は無い自分としては例え弱者でも関わり合いたくない、という感想を告げる。

 

「単に面倒臭くなりそうっていう意味もあるよ」

「そうか」

 

 メイドは去った相手の事を忘れて次の仕事に思考を切り替えることにした。

 

「では、次のお客様をお連れします」

「うむ。それで次は誰だったかな」

「クノーン様でございます」

 

 兎メイドは部屋を出て新たな客を招き入れる。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 情報だけ得て宿屋に戻ったナコトは一息ついた。

 動物だろうとモンスターなので贅沢は言えない。改めて捜索する楽しみが出来たが、アルシェ達のことはやはり気になる。

 大金を投入したのだから無視はできない。

 

「………」

 

 顔は覚えている。だが、無理に追いかけようという意欲は湧いてこない。

 平凡すぎるキャラクター設定は困りものだ、と残念に思いつつ呆れ果てる。

 転移を想定できれば、と何度も愚痴を言うようになると精神的に老いてるのかな、とも思えてくる。

 現実ではまだ四十代には届いていない。

 やる気の無さで五十代っぽいところがあるかもしれないけれど。

 

「……ふぅ」

 

 今から老後は考えたくないな。

 アルシェ達のことは気になるが拠点の完成も忘れてはいない。

 手に入れた物質を搬入して整理しないと安心できないので。

 一先ず帰還することにし、帰る前にヘッケラン達が居た宿の様子を見ておく。

 人の出入りは多いが彼らの姿は無いようだ。それとも無為気で彼らを処分し、自分は居ないはずの彼らの姿を追い求めているだけでは、という気がした。

 人間の顔の区別が付かなくなるようではいよいよ非人間的だ。

 ため息をつきつつ検問所に向かおうとしたが、まず宿を引き払わないといけないという事を思い出す。

 色々と物忘れも起きたのかな、と心配になってきた。

 気がかりが多いと人は混乱するようだ。そしてそれはアバターでも同じように作用する。

 外見はゲームデータでもやはり中身は人間のままかもしれない。

 帰宅の準備を終えて検問所に向かうと大して収穫が無かった事を少し残念に思う。もちろん、物質的に。

 帝国語や魔法については次の機会の楽しみとして残し、帰還する。

 一日がかりで一気に戻れば作業員達の姿が見えてきて安心する。それは単に我が家への帰還という気持ちかもしれないが、安心感はあった。

 荷物を整理した後、中の様子を確認する。

 大きな部屋は既に足場などが撤去されているが二階層はまだ少し作業が続いていた。

 本来は一気に掘りぬかず、地盤を残した方が安定感があったかもしれない。

 普通のダンジョンでは地面は残したままだったし、そこは色々と議論の余地がありそうだが。

 様々な重量がかかって落盤しないか心配になり、最初に掘りぬいちゃえと思っただけだが。それが正しいことなのかは分からないけれど、何事もチャレンジしなければ分からない事があると思う。

 

「太い柱を何本も配置したんで、相当な重みがかかっても大丈夫だと思います」

「城の建設と同程度という事ですが……。単純構造とはいえ迫力があります」

 

 などの意見が聞かれた。

 柱は頑丈にしてくれ、と頼んでいたので相当な太さになっている。

 部屋自体が広いので見晴らしは多少悪くても仕方が無い。

 仮に吹き抜けにすると中心部から自重で落盤するおそれがあるので。あと、正方形型だから柱の配置は比較的楽だった模様。

 大部屋の壁も厚く作られており、隠し部屋を作れるほど。

 魔法を当てれば破壊できるけれど、厚さは十メートル以上はあるかもしれない。それでも全体から見ると薄く見えるのだから不思議だ。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 改めて見ると『チャタル・ヒュユク』の部屋は想像以上に広大だ。

 柱が多少邪魔だが倉庫として使う分には追加工事が必要かもしれない。それは一先ずの完成が済んでから考える事にする。

 

「下水工事は粗方済んでいるので風呂場などは使えますぜ」

「ありがとうございます」

 

 この辺りは乾燥地帯が近いけれど雨季はちゃんとあり、雪こそ降らないが山から絶えず水が下ってくる。

 本当に乾燥しきった地域ならもう少し先にある豚鬼(オーク)達の集落はとうの昔に滅びている。

 ある程度生活に困らない自然の恩恵がなければ生きてはいけない。

 近隣の都市を襲い続ける事だって出来はしない。

 

「……しかし、考えなしで設計するとこんなことになるとはな……」

 

 下層から地上部を見上げると巨大な穴に見える。

 ちょっとした建物とは思えない。

 

「四つの部屋にも名前が必要かな」

 

 すぐに浮かぶのは『四人のゾアたち』という単語だ。

 北の『アーソナ』、南の『ユリゼン』、東の『ルヴァ』、西の『サーマス』という名前。

 まず北がどこかだが、基準とする部屋がいいと判断する。よって二階層の保管庫をアーソナとすれば自然と残りも決定される。

 後は天井の仕上がりを残すのみだが、陽の光りを取り入れる為に窓は必要だ。そして、取り付けには足場もしっかり作っておかなければ。

 無駄を排除するとしても作業員が困っては何も進まない。

 多少のごちゃごちゃ感は味があっていいと思うことにする。

 

「時計と明かりも用意しないと……」

 

 数日かけて各部屋の天上付近にロープや梯子を設営し、作業員用の部屋も作らせる。

 壊れた時には彼らに頼る方が不信感も和らぐ筈だと思って。

 完全非公開にする部屋はあるけれど、今はまだ妥協出来る範囲だ。

 

「……わぁ……、落ちたら死ぬな……」

 

 網目状に梯子とロープが張り巡らされているけれど作業員にとっては未知の高さに匹敵する。

 床から足場を作るとしても五百メートルも積み上げなければならない。これが壁際なら特に問題は無い。遮るものがない中空は風がないとしても揺れを大きく感じてしまう。

 ある程度の高さに慣れている作業員といえど恐怖がない者は少ないのではないかと思われる。

 ナコトは魔法があるから多少は平気だが、本来の(アバターではない)自分なら命綱なしで作業できるかと言われれば無理そうだと答える。

 

「雇い主が張り巡らせてくれたお陰もあるんだ。野郎共っ! しっかり気合を入れやがれ!」

「おおっ!」

 

 血気盛んな作業達の声を聞きつつ落下者が出ないことを祈ったり、見張ったりしながらナコトは完成を待ち望んだ。

 階層の部分は相当な厚みを持たせているので現行の一軒屋を密集された程度では微動だにしない、という話しだった。

 地震については多少は揺れる程度という危機意識の無さに愕然としたが数百年の歴史において国全体が震えた事は殆ど無いという。

 魔法で地震を起こせるものがあるけれど、ナコトとしては地震大国育ちだからとても気になるのだが。

 竜(ドラゴン)や巨人(ジャイアント)が暴れても大丈夫と明るく言われた。

 壁に接着する床より中空に浮かぶ魔法の床の方が安全度は高いかもしれない。

 それを行(おこな)うには色々と用意や実証実験が必要なので、すぐに施設を稼動するのはまだ少し先になりそうだ。

 備品を入れる小さな小屋などを設置していけば、いつでも稼動できそうな塩梅(あんばい)だ。

 風呂とトイレの確認をしていると一日はすぐに終わってしまう。

 地上部分に作らせた宿舎は今のところ残すことにして、そろそろ給金の支払い時期に差し掛かってきた。

 最初の時より人数は少なくなったが適正金額はちゃんと払う。

 特別手当というものは設(もう)けていないが、完成の暁には色をつけることも吝(やぶさ)かではない。

 

「今日もご苦労様でした」

「もうすぐ天井が出来上がりますが……。また何か追加工事の時は呼んで下さい」

「はい」

 

 補修でもいいのかと聞けば笑顔で頷かれた。

 全ての工事が終われば一気に静かになる。今の喧騒はそれほど嫌いではないが、寂しくもある。人に見られて困ることは多々あるとしても。

 一仕事を終えた一部の者は実家に帰り、他の者は宿舎に戻っていく。

 近隣の村からの差し入れなどを受ける風景は去年まで人気(ひとけ)の無かった地域とは到底思えない。

 酪農を通じて様々な家畜が増えてきた。その中で羊皮紙生産の事を思い出す。

 ユグドラシルでは様々な専用モンスターの皮から作られる。

 この世界にも魔法のスクロールというものは一応、存在しているのは分かっている。

 手持ちのアイテムも無限ではないので増やさなければ無くなる一方だ。

 最上級の皮は竜(ドラゴン)から採集するのだが、それらは簡単には手に入らない。

 一部のギルドなどに乱獲されてしまうとソロプレイヤーに入手のチャンスは限りなくゼロになってしまう。

 自前で生産できれば誰も苦労はしないがゲーム的な仕様により簡単には行(おこな)えない。

 生産系の職業(クラス)を持つ者から色々とアドバイスが欲しい所だ。

 普通の羊皮紙の生産には仔牛(こうし)や仔山羊(こやぎ)が最適とされている。

 農家の者に資金を渡し、山羊を何とか手に入れてもらう。

 根こそぎではなく目標は十頭ほどと伝えて。

 羊皮紙の生産方法は後回しでもいい。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 近隣の平野も様々な作物が作られるようになり、賑やかになってきた。

 基本は麦だがナコトは野菜類の生産や王国ではあまり作られない植物の育成を頼んでいた。

 儲けに走ると同じ物しか作ろうとしなかったりするので、少しバラエティーに富んでもらいたかった。

 農家の依頼を終えれば施設の完成を待つだけだ。

 内部から見ると近代的っぽいが外からは草木に覆われて廃屋のような外観になっている。

 今は作業の為に目立っているけれど、完成すれば自然の中に埋もれた施設となる、予定だ。

 宿舎が目印になるが、それは別に構わない。

 

「……完成してなにもしないのでは勿体ないな……」

 

 点検と掃除を行(おこな)いつつ他に必要な物がないか健闘していけば完成の時が近づいてくる。

 あえて中に作った足場などの一部は残し、邪魔なものは撤去していく。

 最終的に完成したのは中土月(三年目の二月)の雪が降り積もる季節だ。ただし、ナコトの居る地域は肌寒いだけで紅葉が目立つ山が見えるくらいだった。

 王都附近は雪化粧になっている筈だ。

 職人たちに給金を払えばしばらくの別れだ。そして、ようやくにしてナコトの施設『チャタル・ヒュユク』を本格的に運用できるようになる。

 まず『エクスチェンジ・ボックス』を専用の部屋の中心に設置する。

 天井に程近い位置に四方から物資を投入できるようになっている。もちろん、掃除用具も用意されている。

 人力で投入する為の空中通路も作ってもらったし、本格的という感じに仕上がった。

 随分と日が空いて腐りかけたものがないか確認し、いくつか投げ込んでみる。

 金貨の落下により床が欠けたりしてはいずれ穴が開くかもしれない事が分かったので、緩衝材をいくつか置く事を検討する。それと壁に多大な圧力がかかる事も考えられる。

 金貨のみを貯蔵する二の部屋(サーマス)は高さが五百メートルもある吹き抜け構造だ。ある程度、事前に敷いておかないと金貨一枚とて結構な衝撃を与える気がする。

 各部屋に存在する排水溝に粘体(スライム)を投入。侵入者が居るとは思えない場所なので水の浄化をお願いしておく。

 残りは今まで集めた物資やら自分の持ち物を保管するだけだ。それだけで肩の荷が下りたようにすっきりする。

 後は外からの監視が無いか、だが。こちらはどうすべきかまだ未定だった。

 エ・ランテルの証拠隠滅以外で後できるとすれば容器などの確保くらいか。またはアルシェの捜索か。

 一人だけの施設は広すぎるが仲間はまだ入れる予定に無い。いや、あったけれど逃げられた、が正確か。

 

「とにかく、ひとまず施設は完成した」

 

 女体遊びは終わったようなものだし、次は魔法の一覧表。または職業(クラス)の一覧表作りか。

 珍しいモンスターも欲しい所だが、飼育できる自信が無いので適度に居ればいいかと思うことにする。

 最終目標はもちろん宇宙進出だ。

 そこまでを一人だけで行(おこな)うのは壮大すぎるし、おそらく途中で飽きる。

 支援者はどうしても必要だ、と思う。それにせっかく見目麗しい女体があるのだから、飾って終わりでは勿体ない。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 一の部屋(アーソナ)の地下二階部分に各種容器を置いて行く。

 小部屋は無く、少し見晴らしがいいが仕切り壁は必要かなと追加設備についてメモする。

 壁と天井にたくさんの魔法的な明かりが灯り、とても明るい。

 壁が白い事もあり、目に少し痛いかもしれないが色々と家具等を配置していけば気にならなくなるかもしれない。

 分厚い構造にしたという天井までの高さは最大で四百五十メートル。

 完全な密閉ではなく所々は収納スペースになっていたり、隠し部屋、水道管などがある。

 上の階はまだ何も置いていないが魔法的な改造は必要だと判断する。ただ、それがどのような方法になるのかは未定だが。

 

「……容器だけ並べると……、割りとグロテスクだな……」

 

 雑に収納したせいか、生々しさが際立っている。

 床は濡れてもたくさんの排水溝に流れ落ちる仕組みになっているので水洗いに関しては問題ない。それは他の部屋全てにいえる。

 床に乳房を並べた後、うっかり躓(つまず)いて散らばってしまうとどれがどれだか分からなくなる事請け合いだ。

 壁に飾るにしてもボールを並べているようにしか見えないんだろうな、と想像図を思い浮かべると苦笑が漏れる。

 配置に関して何も考えていなかったので、これは結構な長考になりそうだと思った。

 野ざらしよりちゃんとした保存容器と保存液が必要だと判断する。

 

「……知らない人が見たら阿鼻叫喚な光景だな」

 

 死体のような人体が置かれている分には平気かもしれないがバラバラになっているものはさすがに嫌悪感やその場での嘔吐が予想される。というかナコト自身も改めて見て気持ち悪いな、と思ったほどだ。特に内臓類が。

 湯船に放り込むわけにもいかないし、収納は今後の課題だ。

 人体に関して高いタイル床に直に置くと『床ずれ』を起こすかもしれない、という事に気付く。

 ベッドだとすぐに手狭になるし、高い天井を有効利用しなければ勿体ない。

 ナコトは問題点を次々とメモしていく。

 今すぐ改善することは出来ないが頭の整理にはなる。

 

「……うん。駄目だ。家具を集めよう」

 

 床に並べて悩んでも仕方が無い。

 この部屋の封印作業も考えないと誰かが入った時、驚かれて騒ぎになる筈だ。

 荷物だけは搬入し、地上に戻って宿舎の仲を確認する。一部はまだ使用中だったが汚れ具合などを確認していく。

 備蓄の状況を確認し、風呂とトイレを一つずつ見回っていく。

 確認を終えたら一旦、休息する。

 一応、自宅のような建物を作ったのだから使わないと廃れてしまう。

 中は荒らされていないようだが、埃っぽく感じる。やはり適度に使わないと駄目だという事だ。

 軽く掃除した後でベッドに入れば長い旅に疲れたのか、あっさりと眠りに落ちた。

 次に目覚めれば昼ごろとなっている有り様。

 元の世界では遅刻は厳禁なのだが気持ち的に油断したのかな、と。

 筋肉痛が無いのはアバターのステータスのお陰か。

 それから容器類の追加の為に王都との往復が続く。

 部屋に必要な家具等を置いて行くと月日はあっという間に過ぎた。

 下土月(三年目の三月)になる頃には家具類は揃った。

 宿舎はしばらく継続するとして、自宅のような建物の清掃していると近くの村から野菜などの差し入れが届く。

 季節によって育てられるものが変わるけれど、税負担の軽減と引き換えに備蓄用の食糧を提供してもらっている。余裕があれば家畜の世話も頼んだ。

 地名に残るような大都市は造られていないけれど、彼らが不自由しないように資金確保も行(おこな)わなければならない。だが、その方法が冒険者以外では思いつかないのが問題だ。

 いくら万能の魔法とはいえ国家予算が枯渇してしまえばどうすることも出来ない。

 

「……単なる自給自足なら指輪したまま永眠すればいい」

 

 お金はかからないが無為に時が過ぎてしまう。

 真理かもしれないけれど何も面白くない。

 

「モンスターを探すの忘れてた」

 

 往復に気持ちが集中していた為に忘れていたようだ。

 大急ぎで用意を整えてトブの大森林の中を捜索。

 普通はモンスターに出会わないようにするところかもしれないけれど。あと、仕事だと討伐しにくいので黙って突入した。

 帝国方面を目指すように奥へと向かう。

 直線距離だと数百キロメートルはあるのか。広大な森は果てが無いように感じられる。

 一日がかりで進んでも動物の姿は見かけない。

 更に進んだところで感知魔法を唱えておく。仕事の感覚で忘れていた事だ。

 適度に使いつつ進んでいたら、森を抜けてしまった。

 当たり前だが、真っ直ぐ進めばいずれは飛び出してしまう。

 

「……ソロだと大変だな」

 

 仲間と共に手分けして進む方が楽だと思うけれど、その仲間が居ない。

 拠点は農家の人に任せているからすぐに大事にはならないと思うが、少し心配だ。

 同時に二つの事が出来るわけではないからどうしようもない。

 小さな人間一人が森の中を線で移動するとして広大な面を調査するのに相当な時間と移動距離になる。それでも見つけられない場合はとてもがっかりする事態だ。

 飽きやすいナコトの場合は三往復くらいで挫折しそうだ。

 

「………」

 

 一定程度はモンスターに居てもらわないと困るのは都合がよそ過ぎるな、と。

 ゲーム時代の感覚が抜け切れていないのか。ユグドラシルというゲームの影響を受けたアバターだからなのかは分からないけれど。

 ゲームの世界という意識は早く無くした方がいいのかもしれない。もう三年も過ぎている。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 小一時間ほど様々事柄を頭に浮かべつつ移動を続けていると小鬼(ゴブリン)の集団を見つけた。

 森の中に小鬼(ゴブリン)の住処となる洞窟があるという噂があった。

 今回、探しているのは動物系なので見逃す。他の冒険者の獲物になるかもしれないし。

 赤い帽子をかぶった小鬼(ゴブリン)は危険度が高いので獲得しようかな、と脳内でメモを取る。よく忘れるメモ帳だが。

 そんな事を考えていると開けた場所に出た。

 枯れ木が多く、毒性のモンスターでも討伐した後に放棄された場所のようにも見える。

 数十メートルの範囲だが、休息する上では問題は無さそうだった。

 

「毒気は無し。焼け跡もなし、と……」

 

 感知魔法を使いまくったので少し休息する事にした。

 魔法を使いすぎると少し疲労感はあるが肉体的な疲労とは違うので表現に困る。

 淡々とテントを張り、仮眠を取る。

 施設が出来たのに活動させる為のモンスターが居ないのでは意味が無い。

 適度に強いものは居ないものか。

 夜行性が居るかもしれないので夜間に行動を再開する。

 闇夜の中も真昼のように映しつつ突き進む。

 

「………」

 

 太い幹の木々生い茂る森の中。何かは出て来てほしいと今は願う。

 適度に感知魔法を使いつつ辺りを探索。

 それを三往復ほど繰り返した辺りでようやく一つの反応を見つける。

 これほど見つからないモンスターならば都市部への影響も殆ど無いのでは、と。

 もう少し何がしかのモンスターが居てくれないと冒険者の仕事は自然と消滅するのではないか。それとも亜人種は大勢居るから動物類が居なくてもいい、とかいう理屈でもあるのか。

 確かにアーグランド評議国に行けば何がしかは居るかもしれない。

 いきなり大物はさすがにナコトとて無謀だと思うので保留にしていた。

 そんな事を考えてつつ反応があった場所に向かう。

 捜索を続けて随分と経つが冒険者のような人間には出会わなかった。

 隠居でもして森の中で生活する人間が居てもおかしくなさそうだが、出会いがないと寂しいのは変わらない。そして、数分後に現場に到着する。

 乱獲して動物の数が減っているのかもしれない、という考えはしたくはないがあまりにも出会いが少なすぎる。

 居てほしくないモンスターはきっと多い。そんな予感がする。

 時間をかけてようやく見つけたのは小さな獣。見た目は猫科だ。

 小さくても動物には変わらない。

 不可視化しても動物の勘で察知されるかもしれないが、ステータスの高いナコトには問題は無い。

 魅了で充分だと判断。そして、まずは一匹。

 捜索を開始し、似た動物を二匹、三匹と見つけていく。

 夜になるまで五匹。仲間からあまり離れない動物で良かったと思うことにする。

 小柄で強そうではないが、贅沢は言えない。

 開けた部分で『グリーンシークレットハウス』を展開し、処分を開始する。それが終われば動物達はそれぞれ解放する。

 絶滅させる意図は無いので。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 翌朝は捜索を諦め、バハルス帝国に向かう。

 距離的にも近いし、アルシェの捜索を少ししてみようと思っただけだ。

 帝都に入ってひとまず宿で一泊する。その後で地域を散策する。

 一ヶ月ほどは経ったが街中に変化は無い。

 請負人(ワーカー)達が使う宿を覗き込むと代わり映えのしない風景があった。

 『フォーサイト』はここしばらく姿を見せていない、と近くに居た請負人(ワーカー)から聞いた。

 居ないなら別のチームをスカウトする方が早いかもしれない。

 しばらく散歩のように街中を散策する。

 

「いらっしゃい」

 

 元気な声があるところもあれば無言で佇(たたず)む店もある。

 帝国語を勉強するのも大事だという事を思い出したので、様々な店に突入する。

 言葉は通じるので文字と文法を覚えれば依頼などを受けられるかも、と淡い期待を抱く。

 実際に帝国で働けるのかは分からないし、その予定も無いけれど。

 移動している最中で帝国貨幣の余裕があまりない事に気付く。

 交易共通の貨幣の大半を王国貨幣に戻したばかりだった。

 

「……帰るか」

 

 帝国での予定は無かったので、今度から各国に対応した貨幣の確保も考えておこうとメモに残す。

 折角宿を取ったのだから一泊はするけれど。

 イベントが起きないとファンタジー世界も退屈を感じる。けれども事件ばかり起きては気が休まる暇が無い。

 どちらがいいと言われれば丁度良い忙しさかな、と思う。

 他のプレイヤーと交流したくなる事もある。それはホームシックに似ているのかもしれない。

 単独行動ばかりだった自分も仲間を欲しがるようになるとは意外だが。

 さすがに趣味が合う人間は居ない気がする。

 元の世界に帰りたい、という欲求は湧いてこない。元の世界が酷いところだから、とも言えるけれど。

 宿に戻り、他のプレイヤーが居る前提で色々と思考してみた。

 転移の年代については言及しないでおくとして、自分と同じ境遇に置かれたと仮定する。

 まずはある程度の確認作業。それからアイテムや能力の確認。

 これが個人なら大人しくする。集団なら、きっと世界に対して脅威となる。

 というのはすぐに浮かんだ。

 人間であれば欲望の赴くままに行動しそうだ。

 常識人で非力なプレイヤーなら世界に対して表立った行動はしない。

 ある程度の強さがあるプレイヤーは力を持て余す。当然、敵対者を恐れる。

 自分を倒せるのは自分以上のプレイヤーくらいだ。だからこそ警戒態勢は取ってくる。

 あのモモンという黒い戦士のように。

 

「後ろめたい人間ほど卑屈になる、ということかな」

 

 それは当然、ナコト自身にも当てはまるけれど。

 エ・ランテルでの死体の処理は済んだし、今日まで無意味な殺生は控えてきた。

 後は意外なオチで襲われるくらいだ。

 

 

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