※この作品はR-18です。

恥丘征服   作:トラロック

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09 漆黒聖典番外席次

 

 一日がまた暮れようとする頃、数台の馬車が街にたどり着いた。

 商人は朝方訪れる傾向にあるが夜間の移動はだいたいしない。危険だから。ただ、ナコトは野盗達は普段、どういう生活をしているのか気になっていた。

 いつ来るか分からない馬車を襲撃するのは非効率的だし、必ずしも裕福というわけではない。貴族も偏狭には殆ど足を運ばないので。

 やはり日中は真面目に働いているのかな、と。

 そんな事を考えていると宿に報告が入った。正確にはヘッケランが訪れてアルシェとロバーデイクが到着したことを告げる。

 通常であれば再開を喜び、今後の事などを話し合うのだが待つのに疲れていたナコトとしてはさっさと次に移りたかった。

 つい、そういう思考に陥る。

 

「ここまで来るのに遠すぎ。具合が悪くなった」

 

 顔の青いアルシェ。限られた食料と警戒の為に寝不足気味なため、宿屋の片隅に雑魚寝を始める。

 あまり事情を把握していなかったナコトが今更のように思い出す。

 彼女の妹達は王国に連れてこなかったのか、と。本当に今更な疑問に言うべきか迷った。

 帝国が故郷だから知り合いに預けたままだった、ということなら納得できる。

 知らない土地に子供二人だけ預けるのは何かと不安だ。

 

「……仲間が揃ったところで……早速向かいますか?」

 

 ナコトにとって外の時間は関係ない。けれども、ヘツケラン達は違う。

 街の外の恐ろしさを知っているから。これはクレマンティーヌも同様だ。だが、単独でなら闇夜に紛れる事も有用であることは知っている。

 それとやはりアルシェの妹達の今後の事も考えなければならない。この小都市にまともな教育機関は無いので。

 

「それよりこちらの方は?」

 

 ロバーデイクにクレマンティーヌを紹介するヘッケラン。

 お互い見知らぬ者同士、挨拶は簡単に済ませた。

 充分に休んでいたナコト達と違い、長旅で疲れたロバーデイク達は休ませた方がいいという事になり、それに従うナコト。

 焦っても事態が進展するわけではないし、なにより秘密基地より落ち着いて話せる場所だ。

 

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 帝国から南方の小都市まで場所を乗り継いでくるのだが、夜間を避けているとはいえ毎日が気が休まらなかった。

 盗賊こそ出てこなかったがモンスターが次から次へと現れる。一番多いのが猛獣系。次が武器を持つ小型の亜人種『小鬼(ゴブリン)』だ。

 数で言えば圧倒的に猛獣が多かったが、体力すぐに尽きてしまう。

 幸い、アルシェの魔法が優秀なお陰で脱落者は出なかった。

 

「ああ、あとアンデッドも少し出てきましたね。それほど強いモンスターが居なかったのは運が良かった。これも日頃の行(おこな)いでしょうか」

「……それも今だけだ。俺達が向かう場所にはもっとたくさんのモンスターが居る。見たらきっと驚くだろうな」

 

 ヘッケランの疲れた顔と言葉にロバーデイクは小首を傾げる。イミーナも腕を組んで頷いている。

 鍛練はモンスター退治。言葉として聞くと大したことが無いように思えるが、クレマンティーヌとしては少しばかり不安を覚えていた。

 情報収集に置いて他の聖典より劣るとはいえ、国の近場でそのような拠点がある事を聞いた覚えが無い。

 ごく最近の事だとしても大掛かりな建設であればだいたい耳に入るものだ。兆候とか。

 

「それで……。目隠しでもして移動するの?」

「場所はバレたくないので、そういう方法を取りたいですが……」

 

 クレマンティーヌは建設に関わった人間達はどうしていたのか疑問に思った。それと話しでは農家からの物資供給があるとのこと。

 どれだけの人数が関わっていたか知らないが秘密裏に処分でもしない限り、隠蔽は現実的ではない。

 おそらく転移に関わるアイテムを使うつもりなのだ、と予想する。

 

「……それから。これ以上の追加は居ませんよね?」

「アルシェさんの方は妹さん達だけです」

「俺達の方は全員揃っている」

 

 待たせている御者達や支払いなどを尋ねる。

 払っていなければナコトが資金を出す。そう言うとロバーデイクは苦笑しながら未払いであることを告白した。

 バハルス帝国から強行軍に近い日程でここまで来たので。それなりに金額が増えてしまって困っていた。

 資金を入れた革袋を平然とロバーデイクに渡すナコト。

 

「待つのは疲れました。さっさと移動しましょうか」

「せっかちな依頼人だな」

 

 夜間の酒場に行こうと考えていたヘッケランは飽きれたが酒を飲まないロバーデイクとしては金銭ドラブルが早々に解決して嬉しかった。

 細かい打ち合わせをせず、豪快な手法を取るナコトにクレマンティーヌは思わず口笛を吹く。

 もし、自分だったら踏み倒す算段を考える。ただ、それはそれで余計な敵が増えるだけだ。

 

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 多少吹っ掛けられることを考慮しても無事に支払い契約を終えたロバーデイクは残った資金をナコトに返した。

 人数が揃ったところで日用品のまとめをそれぞれに言いつけ、道具を用意する。

 アルシェ達は寝たままで構わないとしてヘッケラン達には改めて簡単な内容を伝える。

 増強はモンスターをたくさん倒すこと。それによって得られる恩恵は不明だが、方向性は書面に書き記すこと。

 当たり前の様な項目を述べていく。それをどういう風に実現するのかは彼らには窺い知れないが、ナコトも知らないと言った。だが、無責任にするつもりは無いと告げる。

 

「鍛練期間は帝国でいうと冬の用意を始める季節になりますね。この辺りは温暖なので少し冷える程度だと思いますが……」

 

 気が付けば中火月(三年目の八月)の中頃。日差しが強くなる季節であり、大雨のおそれもある。

 豪雪になった場合、中がどれくらい冷えるか分からない。けれども風呂場が凍る事は無い筈だ。閉じ込められたとしても問題は無い。

 場合によれば何か考える、と。

 

「まだ何か必要なものとか、用事はありますか?」

 

 ナコトの言葉にクレマンティーヌ以下、誰も意見は出さなかった。

 必要な日用品は殆ど買い集めてあるし、酒樽も買えるだけ積み込んだ。後は追加注文だが、こちらは運ぶのに時間がかかるので後日となる。

 大量の資金を消費したが経済を回すのに有効なので後悔は無い。元より他人から巻き上げたようなものだ。還元したと思えば良心が痛まない。

 それと素材を保管する容器の用意もしなければならないのだが、今以上に急ぐと楽しみが無くなるので保留にする。

 ヘッケランに荷物を集めるように言いつけ、宿代を清算しておく。

 寝ているアルシェ達はイミーナとクレマンティーヌに運んでもらい、全員に外に出るように命令する。それから酒樽を運ぶために用意した馬車に乗ってもらった。

 

「では、行きますか」

 

 馬車を進ませ、都市から出てある程度進む。

 方向は適当で街が見えなくなるころに雑木林近くに馬車を止める。

 

「念のために目隠しを」

 

 ヘッケランとイミーナは諦めているのか、文句一つ言わずに従った。ロバーデイクは彼らが従っているので倣い、クレマンティーヌは最後の段になってため息をついた。

 嫌な思い出が蘇った。けれども、彼ら(ヘッケラン)が従ったところを見ると拘束されるようなことは無さそうだ。だが、安心はできない。

 従う振りをして結び目は甘くした。これは単に目隠しが嫌だったからだ。

 その後、それらの懸念が無駄に終わる。

 ナコトが何らかの魔法を使用したところで意識が途切れた。そのすぐ後に意識を取り戻すと空気が変わった事を感じた。

 

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 目隠しを解くように言われてそれぞれ従い、最初に飛び込んできたのは白い世界だった。

 薄暗く、目に痛い明るさは無く、とにかくひたすらに広い場所であった。ただ、寝ているアルシェと妹二人は周りを見ることは無かった。

 まず、そのアルシェ達を用意した小屋に寝かせる。

 

「……何、ここ……。こんなに広い場所があるなんて……」

 

 クレマンティーヌは大層驚いた。

 秘密基地にしては規模が想像以上だった。なんだここは、と何度も驚きを口にする。

 ロバーデイクも言葉を失うほど驚いていたがヘッケラン達が軽く説明する。

 

「法国の感知を掻い潜ってこんなものを作れるはずが……」

「ここがモーデの旦那の隠れ家だ。ここは俺達が寝泊りする部屋になっている。向こうには同じくらい広い部屋の大浴場がある」

「……幻じゃないの?」

「それらは実際に確認しないとなんともいえないな。あんたは自分の小屋を選んでくれ」

 

 ヘッケランは彼女にそう言った後、ロバーデイクに自分達の小屋を説明し始める。

 とにかく圧倒的だった。天井が高い。壁も凄い。

 地上への通路と思われる階段があったが、すごく高い。そういう印象を受けた。

 こんな施設がスレイン法国の近くにあるとは到底信じられない。

 それにもまして、馬車に乗っていた自分達をいつここまで運んだのか。

 

「……生きている内にこんなことを体験できるとは……」

 

 先行きの不安も吹き飛んでしまった。今日一日は童心に返ったように好奇心で過ごせそうだとクレマンティーヌは思った。

 感心している彼女とは裏腹にヘッケランとナコトは淡々と荷物を運んでいた。

 彼らの為に用意した小屋の前が賑やかな様相になり、酒樽の保管の為に作った氷室(ひむろ)の扉を開ける。

 地下世界は外とは違い、気温差があまり起きない。数百メートルもの地下ともなると肌寒く感じくらいだ。

 

「今日はもう休んで結構です。時間経過が分かりにくいかと思いますが、室内を明るくする頃が夜明けだと思って下さい」

 

 淡々とそう言って作業に戻るナコト。

 トイレと風呂場を伝え、食料などは各小屋に運んでいるものを自由に使う様に。

 火を使う場合は煙が立ち込めるが、通気性を良くしているので専用の場所で焚き火も出来ると伝える。

 

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 それからそれぞれ静かに部屋の中を確認し、寝床の用意を整える。それから一つ二つと消灯していく。

 クレマンティーヌはしばらく広い空間内を徘徊していたが開かない扉に出くわしたり、地上に繋がる階段を上ったり、とにかく確認作業に時間を費やした。

 せっかく来ていきなり逃亡は考えていないが、逃げ道の確保は基本だ。

 ある程度まで登った後、下を見ると相当な高さであることを知る。

 どうやってこれだけの空間を作り上げたのか、全く想像できなかった。

 階段には手すりが付いていて降りる時は大変役立った事が苦笑を覚えさせる。

 

「上から降りようとする時、脚が震える気がする……。利用しやすいように考えられているわけだ……」

 

 途中途中に踊り場があり、転落防止対策もしっかり取られている。

 下まで降りると落下の心配がなくなるので精神が酷く落ち着くのが分かる。

 一言で言えば凄まじい。それにもまして自分はいつここに運ばれたのか全く分からなかった。

 飄々としたモーデという人物は想像以上に危険な存在だと認識を改めなければならない。

 

「……こんなところで鍛練とか……。他の部屋には何があるんだ?」

 

 ここだけ広くて他は小さかったら笑い話になるが、そうでなければ脅威でしかない。

 おそらく同程度の広さだと思う。それを事前に見た男(ヘッケラン)の言葉を思い出したので。

 クレマンティーヌは自分の部屋として決めた小屋に戻ると狭さが安心感を与えてくれた。

 手の届く範囲が自分には丁度いい。心底そう思った。

 武装を解いて荷物をまとめ、用意されたベッドに飛び乗ればあっという間に眠りに落ちた。

 それからいくらか時間が経ったらしく、目が覚める頃には窓から光りが差し込んでいた。

 ただし、それは日の光りではない。広い部屋を明るく照らす魔法のアイテムによるものだった。

 何となくベッドから上半身を起こすと外から話し声が聞こえてきた。そういえば集団生活の為に見知らぬ者達と謎の施設に来ていた事を思い出す。

 一見すると何の変哲もない小さな部屋。けれども一歩外に出れば広大な空間を持つ拠点の中だという。

 城の中とも違う巨大施設。そんなものが今クレマンティーヌが居る場所だ。

 小屋の中には寝室と居間が一緒になっている以外、台所や洗面台は備わっていなかった。ただ寝る処として作られた簡素なものだ。それでも道具を持ち込めば料理くらいは出来そうだが。

 頭にタオルを巻いて小屋から出ると白い光りが出迎えた。

 飾り気のない広大な空間は例え薄暗くとも眩しく感じる。それはとても不思議な印象を受けた。

 

「……みんな早いねー……」

 

 まず目についたのはヘッケランとイミーナという半森妖精(ハーフエルフ)の女性だ。

 その場で軽く運動をしていた。

 二人は既に戦闘準備の為の装備を身にまとっていた。

 

「おはようございます」

「……洗面台とか、どこ?」

「それならここをまっすぐ壁まで行った部屋にありますよ。小屋に無いのは……、大浴場があるからで……。眠るだけっていう簡単なつくりのようで……」

 

 イミーナはその事に疑問を抱かなかった。そもそも水道を引いていないのだから小屋で顔は洗えない。だから、水筒などを持ち込んでタオルを濡らしてから顔を拭く。

 そういう方法で今まで来たので洗面台が無くても気にならなかった。

 

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 壁まで行くとしてもえらく遠い。それだけで行く気が失せる。

 身だしなみを気にしなければ特段の不便はない。その為に桶が置かれている。それを確認するとなるほどとクレマンティーヌは納得した。

 多少の労力はかかるが不便な場所ではない。トイレが遠いのも気になるけれど、施設の主が使う分には問題なく、外来の自分達は不便であるだけ。

 聞けばヘッケラン達が来てから小屋を製作したという。だから足りないものが色々とある。

 

「……えらいとこ来ちゃったな……」

 

 距離的な不便さを除けば衣食住に困らない。鍛練が目的なら余計に快適さは要らないものだ。

 軽くため息をつき、与えられた部屋にある食料を探す。

 殆どが保存食で傷みやすいのは氷室と呼ばれるものがある部屋だ。それは各自自由に使えるとのことで鍵はかかっていない。

 

「これも訓練の一環なのかな」

 

 飢える心配は無い。水も豊富。

 道具類は最低限のものは部屋に備え付けられている。

 軽く見渡しただけで冒険者としては充分な部屋だと判断した。そうではない者にとっては少し不便である。

 軽く腹を満たした後、頑張って壁際まで移動する。するといくつか扉が見えた。

 近くまで寄らないと分からないくらい壁に溶け込んでいた。それらを開けばえらく小奇麗な洗面台やトイレ、簡易的な風呂場が見える。

 蛇口を捻れば冷水が出てきた。水浴びであれば充分だが温水が使いたい場合は大浴場に行かなければならない。

 それらで顔を洗ったり、身体を水拭きすれば意識はすっきりした。

 小屋に戻る頃にナコトとロバーデイクの姿が見えた。

 

「おはよー」

「皆さん、おはようございます。ようやく揃ったわけですが、食事や風呂場で何か意見はありますか?」

 

 すぐクレマンティーヌは手を上げ、色々な不便さを伝えた。

 水を引く為には工事が必要で不便だが壁際の部屋で当面は我慢してもらう。台所については簡易的なものしか作れない。

 温水は大浴場のみに適応される、と。

 

「元々私一人で運用するつもりでしたので。皆さんの事は考えていませんでした。工事関係者の方々には特別にその場限りのものを色々と用意していたので」

 

 それにヘッケラン達は永住するわけではない。無駄なものは極力作らないように心掛けた。その結果が簡素な中身だ。

 もし、彼らの要望を叶えるとすればそれが出来る頃には三ヶ月ほど経過してしまうのではないかと予想する。特に水道工事は色々と面倒くさい。

 彼らには窺い知れないが担当する人材が別に居て、人知れず快適な浴場を提供するために動いている。というか動かしている。

 広大な部屋が小奇麗なのも見(・)え(・)な(・)い(・)従(・)者(・)のお陰だ。

 

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 もし急ぎでないならば職人を呼んで工事させるとナコトは言った。それから新たな人材であるロバーデイク、アルシェ、クレマンティーヌに簡易的な忠誠を誓ってもらう。

 魔法的な束縛が無い事を伝える。

 

「この施設に居るだけの間です。妹さんたちは……、どうしましょうか。階段とか登って落ちないように言ってもらえますか?」

「はい」

 

 娯楽が無いので後で本や何か遊べるものを考えておくと約束する。

 学校は近くに無いし、魔法的にしばらく寝かせたままにすることも可能ではあるが、いきなりだとアルシェが不安がるのでしばらく様子見に徹する。

 それから机と椅子を用意して、紙を手渡す。それぞれに名前を書かせ、強くなりたい希望職などを書かせた。

 これは口頭だと忘れそうなのと忠誠と同じく拘束力はないと伝え、読み書きができない者は出来る者に書いてもらようにと言いつけておいた。

 

「……紙に書くのはいいとして……、本当に強くなれるの? 見たことも聞いたことも無いんだけど……」

「ちゃんと言う事を聞いてくれるといいんですが……。やる事は単純です。こちらが用意したモンスター……。クリーチャーともいうべきものをとにかく倒してください。手加減とか遠慮はせずに」

「……へー。それだけ?」

「姐さん。人間が混じってたらどうします?」

「……ここに居る人間達で最後は殺し合うとか?」

「鍛練なのでそういう物騒な事はしなくて結構です。最後までって立っていた奴だけ優先する、というのは無いので安心してください」

 

 ナコトの言葉は信じられない。けれどもやってみなければ分からない。

 それぞれ胡散臭さを感じつつも方法は分かった。だが、理解はあまり出来なかった。これは体験したヘッケラン達にも言える。

 ここでアルシェが手を挙げた。

 

「魔法しか出来ない者は倒しにくいと思うのですが……」

「モンスターに魔法を使い続けてください。ただそれだけ。最初は何も考えずにやってください。強さを実感できるようになるのは後々になってからだと思いますので」

 

 疑いと疑問を抱きつつ紙に必要な事を書いていく面々。

 それらが終わると後から来たアルシェ達に新しい装備を渡す。それらは好きなように選ばせた。

 クレマンティーヌも軽装鎧が薄汚れてきたのと人に見せるには恥ずかしい格好だと自覚していたので取り換える事にした。

 武器も豊富に取り揃えられていたが魔法的な加護がかかっているのは見当たらなかった。

 

「疲れたらやめていいです。無理に全滅させなくても。では、ヘッケランさん。皆さんを案内してあげてください。後はご自由に。私は……、大浴場の用意をしておきます」

「分かりました」

 

 皆に書かせた紙を集めて移動を開始するナコト。

 残った者達はヘッケランから説明を受ける。

 移動場所は前回と同じ。ただし、初めて入る事になる者達にあまり驚かないように言いつけておく。

 

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 不安と期待が入り混じるアルシェは新しい杖を強く握り詰め、モンスターが待ち換えているという部屋の扉の前に立ち尽くす。

 ここより先は未知の領域。ロバーデイクもクレマンティーヌも自然と息を飲む。

 

「モンスターはただ立っているだけだ。襲ってこない。死ぬと倒れ、それ以外では立ち上がってくる。どれを討伐しても構わないそうだが、出来るだけ強そうなのを選ぶように、と言われた」

「……全く理解できないんだけど……。本当にそんなことがあり得るの?」

「俺達も驚いたが……、ありえるらしいな。全く、世の中には色々と不思議な事があるものだ」

 

 横で聞いていたクレマンティーヌも聞き覚えのない事に戸惑っていた。

 束縛系の魔法でも使って揃えたのか、と。

 とにかく、反撃の恐れが無いならそれはそれで楽ではある。が、そんな簡単に事が進むものなのか、今もって信じることは出来なかった。

 それも扉を開けてから自分の考えが甘かったと理解するまで結構な時間がかかった気がした。

 モンスターが配置されているという部屋は正に地獄絵図。

 どこに潜んでいたのか、というほど膨大な数だった。

 入った事のあるヘッケランとイミーナでさえ前と違う顔が混じっているところを見て驚いたほどだ。

 

「……壮観だな」

「……嘘……、なんでこんなに……、モンスターが待ち構えているのよ。に、逃げなくていいの? 本当にいいの?」

 

 凶悪な面構えの亜人達が一斉にアルシェ達を見据えた。少なくとも彼らは動かない人形ではない。拘束もされていない。

 ただその場に立って、武器を構えたまま。

 

「よし、行くぞ」

「待て待て。あんたらこれを見て中に進むの!? っていうか、こいつら本当に襲ってこないわけ? ……いやまあ……、こうして話しているのに来ないところは間違っていないかも、だけど……。この中に突っ込めっていうことでしょ」

「そうですよ、姐さん。そして、こいつらを倒していく」

「アルシェも驚いたと思うけど、魔法を存分に使っていいからね」

「……あのモーデとかいう奴は何者なんだい?」

「……それは俺達も知りたいところだ。とにかく、……これだけの事が出来る化け物であることは間違いない」

 

 それぞれ驚いたり感心したり、様々な表情を見せていた。

 慣れたヘッケランとイミーナに比べ、戦い慣れたクレマンティーヌでさえ躊躇する現状だった。しかも、この中に入ってモンスターを倒し続けろ、と言う。

 正気の沙汰ではない。けれども、現実だ。

 驚いた居る間に近場に居たモンスターをヘッケラン達が倒していく。すると言われた通り、死んだモンスターは起き上がらない。更に側に居るモンスターは仲間が倒れても顔は襲撃者に向いたまま。反撃は無い。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 ヘッケラン達が作った道にロバーデイクに入り、その後をアルシェとクレマンティーヌが追従する。

 スレイン法国の近くにこれだけのモンスターが隠れ住んでいる。それを知ったクレマンティーヌは苦笑するしかなかった。

 躊躇したがナコトの言う通り、襲ってくる気配はない。ただ、立ち上がり身構えているだけだ。

 

「……やるだけ……やってみますか。本当に……」

 

 死んでいる場合ではない。

 数は把握できないが数千体。それがどうして居るのか、不毛ではあるが脳裏から中々追い出せない疑問を抱きつつ武器を構える。

 刺突武器を得意としているが今回は短刀だ。手ごろな武器で軽い運動を、と思っていたので。

 まず、まだ倒れていないモンスターの側に行き、適当に切り付けてみた。すると血が出るものの反撃は無かった。話しかけても何も応えなかった。

 

「……こいつらを倒させることが鍛練? ……全く、どういうことなんだか……」

 

 ヘッケラン達よりは鮮やかに武器を振るい、次々と討伐していく。

 反撃が無い分楽だが、通常の戦闘ではあり無い事は忘れていない。この戦闘を続けた後で地上に戻ればきっと手痛い失敗をする。

 迂闊に反撃してこないと思い込んでしまう恐れがあるからだ。だからこそ、どこかで慎重にならざるを得ない。

 ヘッケラン達以上の速効性を持ってモンスターを倒す横でアルシェは自身が持つ低い位階魔法を頑丈そうなモンスターに打つ込み続けた。

 強くなることは勿論のこと、新しい魔法を覚える欲求もあった。

 いつもであれば後方支援が多く、なかなか単体でモンスターを倒せる機会が無くて困っていた。

 

「……それでも、こんなことで強くなるれるの?」

 

 半信半疑だが仲間達と一緒に戦えるのは嫌いではない。

 小屋に残してきた妹達が気になるが途中でやめることも出来ない。

 アルシェを除けばモンスターはどんどん倒されていった。それでも部屋が広大なので絶滅させるには至らない。

 死体が邪魔になったり、体力面からも継続が困難になったり。

 そんな中、クレマンティーヌだけは脅威の討伐数を稼いでいた。無駄の少ない手数で次々と亜人達は地に伏していく。

 

「ヘッケランとイミーナも容赦なくモンスターを倒していきますね。我々と違って……。大丈夫ですか、アルシェ」

「……大丈夫。だけど魔力はもうすぐ無くなりそう」

 

 聖職者(クレリック)のロバーデイクが疲労してきたアルシェの側に駆け寄る。しかし、手に持っているメイスは血に染まっていた。

 斬撃より叩きつけで肉体を潰すことに主眼が置かれた武器なので敵に振るえば意外と悲惨な現場と化す。

 彼も見た目は人のよさそうな渋めの男性だが長年請負人(ワーカー)をやってきただけあってモンスターを倒すのは手慣れたものだった。

 

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 ヘッケラン達が暴れまわってから一時間、二時間と経過していく。

 彼らとて休息無しで数時間もの間、戦闘し続けられるほどの体力はない。基本的に温存しながら戦う。

 間断なく戦闘が出来る場所はここより他に覚えはない。

 それぞれ限界を感じて休み始めるころ、クレマンティーヌも疲労を感じてきた。なにより無抵抗の相手を作業のように倒すのは初めてだった。

 普段であれば楽しい作業となる筈なのに、やはり無反応である事が気になって仕方がないし、面白くない。

 楽しく殺す現場ではないと頭では分かっているけれど。

 

「……まだまだ居やがる……。一日で倒しきるのは……無理そうだ」

 

 何より一人で数万人も相手にすることは無い。

 それでも百体ほどは倒せたかなと。

 亜人種の討伐はスレイン法国に居た時から慣れ親しんだものだが、無反応である事が不気味で集中することが難しい。しかし、それも時間の問題だ。

 気持ちを無にしていけばいいだけだ。それでも完全とはいかないけれど。

 

「手が痛え……。硬い敵が多きなってきた。……そもそもこんなに相手したことねえ……」

 

 倒したモンスターに腰掛けつつ小休止する。

 ヘッケラン達に顔を向けると結構な数を討伐していたが驚くほどではなかった。もし、英雄級のような存在であればもっと多く、もっと派手な技とか見られたはずだから。

 しかし、これほどの数を好き放題に倒したことは今までの人生において覚えが無い。

 もし、これで本当に強くなれるとすれば脅威である。法国が黙っているわけがない。なにより、法国での鍛練はこんなものではなかった。

 

「……他の席次たちが居たら……。番外は勝手に飛んでこないとしても……、ここの異常性を放っておくわけはないか」

「姐さん。もうへばったんですか?」

 

 遠くからヘッケランが声をかけて来た。

 すっかり姐さん呼ばわりだが不思議と嫌な気はしなかった。名前で呼ばれる事自体が珍しいのだが。

 

「初日にいきなり身体を壊したくないんでね。私は……適当なところで引き上げるよ」

 

 何だかパーティメンバーにされている気がしたが、単独行動が基本のクレマンティーヌはその後、早々に現場から引き揚げた。

 残ったメンバーはアルシェの側に集まり、小休止に入る。

 

「アルシェに倒せそうなモンスターが居ればいいのに。身体が大きいのと硬いのがいっぱいだ。……人間も居たが今回は見当たらないな」

「……人間……。それ本当なの?」

「ああ。倒しやすいモンスターとしてな。亜人と同じく反撃はしてこない。どうなっているんだか、さっぱり分からない」

 

 倒した感覚では生物であることは間違いない。それなりに一向に反撃してこないし、逃げまどわない。なにより、何もしゃべらず、淡々と立ち続ける。

 完全に動かないわけではない所が不気味だった。

 

「それで……、皆さん強くなりましたか?」

「いいえ。淡々とした作業のせいか、実感が湧かない。これで本当に強くなれるのかな」

「そうね。でも、意味なく大量殺戮させているとも思えない。何らかの秘密がある筈……」

「倒す事に意味がある……。その仮説で我々は戦わされているのかもしれません。実際、実戦に勝る鍛練はありませんから」

 

 そうだといいな、と素直に言える雰囲気ではないが、まさか、という疑問も拭えない。

 このままモンスターを倒していていいのか、分かりやすい指針が欲しいとそれぞれ思った。

 謎の施設『チャタル・ヒュユク』内にて大量のモンスターを討伐する事になったヘッケラン達四人とクレマンティーヌは一通りの仕事を終えて小屋に戻る。

 それぞれ食事や身の回りの整理を行いつつ、風呂場の様子を窺う。

 大浴場への道程は特に問題なく、既に湯気が立ち上っていた。

 問題は混浴である事。恋人同士であるヘッケランとイミーナは除外するとしてアルシェ、ロバーデイク、クレマンティーヌはどうしたらいいのか、話し合いの場を設ける。

 

「私は向こうの小さい風呂場を使うよ。さっき見たら結構しっかりしていたし」

「広い浴場に一人きり、というのは不安です。出来れば二人ずつが……」

 

 順当に考えれば男女別々に分かれた方が問題は起きない。それにイミーナも異議を唱えなかった。

 それぞれ勝手に移動を始めるが主であるナコトが何処に居るのか見当がつかない。

 おそらく秘密の部屋があり、監視しているのでは、と予想する。

 何らかの事態が発生して大事故や死人が出ては困る筈なので、絶対に居ないとはいえない。

 しかし、実際のところ施設の活動を再開させた後、彼は寝ていた。

 単調な作業が始まるのは分かっていたし、最初の数分だけ様子を見れば変化が乏しいのは明らか。それにまだ一日目だ。

 変化が分かるようになるのは一週間も経たなければならない。

 主が何をしているのか勝手に憶測し、混乱するのは中に居る者達の勝手だ。それをいちいち気にするほど神経質ではなかった。

 それと立ち入り禁止区域はしっかりと設定している。外部からの侵入に対しても。

 もし、起きる事があるとすれば中から外に出る時だ。

 昼頃になり、鍛練の続きの為にクレマンティーヌとアルシェの二人はモンスターが大量に居る三の部屋(ルヴァ)に向かった。他の者は身支度や地上への出入り口の確認だ。

 閉鎖空間ではあるが天井の高さを除けば気になる事は少ない。精々、部屋数が少ない事くらいだ。

 

「私は雑魚を倒していくけど、あんたはどうする?」

「私は魔法を唱えるだけ。他は好きにしていい」

 

 軽く言葉交わした後はモンスター退治に赴くだけ。

 正直に言えばクレマンティーヌも戸惑っていた。そして、倒すだけでどうして増強に繋がるのか、理解できない。

 言われるがまま倒すのだが、何とも変な気持ちだと呆れる。

 アルシェは回復した魔力をまた枯渇するまで使い続けるだけ。現行の魔法で倒せない大型種に苦戦していてはヘッケラン達の仲間としてやっていけないと思いつつ。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 二人の戦闘が終わる頃には夕方となっている。しかし、中からは外の景色か分からないので時間経過のみが頼りだった。

 空気の入れ替えとして長い階段を上っていくと扉があるのだが、振り返ると異様な高さによる恐怖心のようなものが襲ってくる。

 地上から二〇〇メートル以上はあるので、足を滑らせれば武技を使ったとしても無事では済まない。それゆえの恐れだ。

 ただ、上り下りに関して手摺(てすり)が設置してあるので、それを頼りにすれば問題は無い。

 

「うわー、高-い。よくこんな空間を作ったもんだよ。どうやって掘り抜いたんだろう……」

 

 職人を入れるとしても大工事だ。これはスレイン法国も承知しているのか疑問に思った。

 とはいえ、自分はもうかの国とは縁を切っている。けれどもやはり気になる。

 こんなに凄い施設があると思っていなかったから。

 扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。

 

「……ん」

 

 開けた先は闇。午後の日が落ちて暗くなっていた。それだけではなく、密集した雑木林が視界を阻む。

 場所は山中。他に光りの痕跡は無し。

 隠れ家が目立つところにあるわけがないが、外の空気の匂いに特段の異常は感じられない。気候的に肌になじむところから法国の近辺なのは何となくだが分かった。

 

「脱走かい? お嬢さん」

 

 聞きなれた声が頭上から聞こえた。

 謎の施設の主のものだとすぐに理解する。咄嗟に武器に手をかけてしまったのは外の景色に気を取られてしまったから。

 

「外の空気を吸いに来ただけ。それより、姿を隠して何してたのさ」

「んー。寝てた。……外はもう暗くなっている。それとも帰りたくなった?」

 

 出入り口の部屋と思われるところから静かに着地するナコト。

 薄暗い光りを受けたその顔は先ほどまで寝ていた様な疲れた様子があった。

 遠くに行かない事を条件に外の様子を見る事を許されたクレマンティーヌは辺りの様子窺う。

 

「ここは山岳付近のすぐ近くだ。表からは発見しにくい」

「……でも、職人たちは入れているんだよね?」

「必要な時は解放している。襲撃されたくないから隠しているわけ。……地下世界に早くも飽きた?」

「……モンスターに驚いた。それとあれらを倒して本当に強くなれるのか、っていうのと……。風呂場とか食事場とか不便」

「ヘッケランさん達にも言ったけれど……。元は私一人で運営する場所だから。客人用の利便性は無いよ。小屋とかは急造だ」

 

 質問に次々と答えるナコト。あまり秘密は多くなさそうだと判断する。尤も、重要な部分は隠されている筈なので無難なのを選んだ。

 施設の上は雑木林。けれども屋根を突き破るほどではない。これは最近、植樹されたものだからだ。

 近くには黒いボロボロの覆いで隠された一軒家があり、そこがナコトの自宅となっている。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 迷わない範囲を見回ったクレマンティーヌは逃げ出すことなく戻ってきた。

 近場に灯りは無く、モンスターの気配なのか監視の要員なのかは分からないが、複数の気配が動いていた。

 現状、自分が開けた扉の光りだけが薄っすらと辺りを照らしている。

 

「たまに……、外に出ていい?」

 

 階段を下りながらクレマンティーヌは言った。

 それに対し、息抜きであればいいと答えておいた。それ以降は言葉も無く淡々と降りていく。

 現状のままモンスターを数日かけて討伐してもらうことを改めて告げておく。

 少しずつ強くなってしまうと増強に障害が生まれる。それについて深く気にしなくていい事を伝えるも、それがどうして駄目なのか分からないので不安が広がる。

 もちろん、ナコトとしても上手い説明が思い浮かばないわけだが。

 それから三日目に差し掛かる。殆ど作業のように繰り返されるモンスター討伐だが、気が付くと補充されているのが謎だった。

 どこかの部屋にまだ大量に居るのだと深く考えなかった。

 

「……こんなんで強くなれたって気がしないんだけど……」

「俺達もだ。こんな作業を一週間も続けなければならないらしいが……」

 

 早くて一週間という説明だ。それ以上もあり得る。

 それとは別に提供される食事には満足していた。一緒に連れてきたアルシェの妹達が退屈していないか心配になる程度だ。

 二週間から一ヶ月。その間の寝食は保証されているとしても人の居る街や学校に通わせたい気持ちが強くなる。

 かといってどこかに預けておくのも不安だ。やはり手元に置いておくのが一番だ、とアルシェは思うようになってきた。

 人員以外であれば必要なものは出来る限り用意するとナコトは言った。早速、必要な物資をまとめた紙を提出する。

 

「……口封じとか。私がしないと言っても信じてくれなさそうだから何も言わない。君達はただ作業としてモンスターを倒し続けてくれればいい。結果については……、まだしばらくかかる。いっそ、全部倒す勢いでも構わない。それと仲間同士で殺し合いは無しだよ」

 

 そう言って去っていくナコト。

 確かに彼に何を言おうが信じない自信があったヘッケラン達は淡々とモンスターを倒す事に専念する。これにはクレマンティーヌも細かい指示が無い分分かりやすくて助かっていた。

 好きな時間に終えて酒も飲める。食事も充分に用意されている。

 少し食べ過ぎて太ってきたかな、と心配になるほどだ。

 アルシェは妹達の面倒の傍ら、魔法の勉強を続けていた。といっても帝国から取り寄せた簡易的な学術書でだ。それ一冊でも結構な値段だが、ナコトが用意した。

 

「一生住んでもらうつもりは無いし、いずれここも更地にするかもしれない。とにかく一つずつ実験を繰り返して前に進む」

 

 アルシェの妹達にナコトは優しく語り掛ける。

 街と往復することは出来ないので、入用のものは出来るだけ用意することを約束した。

 そして一週間後。今度は一人でモンスターを討伐するようにとナコトは言い出した。

 

「だいぶ慣れたようだから。ここからは一日を一人が潰して数を稼ぎます。五日間……。その後で増強の程度を見ます。もう少しの滞在を要請しますが……、精神的に耐えられない人は手を挙げてください」

「……次の五日間で本当に強くなるの? また延長を強制するつもりじゃあないでしょうね?」

「物足りなければ延長します。その辺りは君達次第だ。ちなみに帰りについては希望があれば近くまで案内するよ。ここから自力で帰れ、とか酷いことは言わない。約束しよう」

 

 ナコトは最大限の譲歩を提示した。それ以前から彼が特別無茶な要望を出したことは無い。

 ただひたすらにモンスターを倒すだけ。

 衣食住も淡々と用意してきた。そんな彼の目的がいまいち分からないから怖いと思っている。

 それと食事は肥え太らせるために大量に食べさせられているわけではない。調理は自分達で行(おこな)っているので。

 

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 一日目はロバーデイクがモンスター討伐することになった。これはナコト自ら指名した。

 理由は単純に後から疲れるメンバーの癒しを担当してもらう為だ。先に鍛練を済ませておけば回復もそれだけ早くなる。

 最後はクレマンティーヌとなっている。これもナコトの指名だ。

 ヘッケラン達は四人パーティなので。

 

「実際にはもっと長い期間をかけるものだが……。この建物での生活は早い段階から精神に負荷をかけてくる。私も何事にも興味を持てなくなって困るくらいだから、長居はオススメしない」

 

 苦笑しながらナコトは言った。

 当初ほどの好奇心が無いのは人とのかかわりが希薄な施設に居るためだと予想する。しかし、それでもここでしか出来ない事はある。

 彼らには窺い知れない様々な事柄の用意が整いつつある。それらが済めばヘッケラン達にいつまでも滞在してもらう必要は無くなる。

 実行する日はまだまだ先だが、焦りも覚えている。これ以上この施設に関わるべきではない、と。自分が作り上げたのに。

 

「装備品は餞別に渡します。他に聞きたいことはありますか?」

「無事に帰れるかどうか以外は特に無いな」

「助手を必要としていたのでしたら……、我々を監禁しておくものですよね?」

「……君達は私に色々な事を教えてくれるのか? 早く帰りたいと思わないのか? どちらにせよ、快適な場を提供できる自信が無い」

 

 一人で活動するのは楽ではあるが寂しく思う。かといって文句を言い出す輩(やから)と一緒の生活も息苦しいものだ。

 それと日程を消化した後は多少研究するとしても残りは未定。

 こんなところで過ごしたいと思う奇特な人間が居るならば見てみたい。既にナコト自身が嫌になっている。

 もう少し狭くするべきだった、と。

 

「雇い主に目的ばかり聞くような厄介な助手よりは従順な人材がいい。また新たに探してみるさ」

 

 言い終わると同時に範囲魔法にて黙らせる。その後、一つずつ追加の魔法を施せば従順な人形の出来上がりだ。

 会話を楽しもうと思うのは最初だけ。すぐに煩わしくなる。

 単独(ソロ)プレイヤーというのは協調性が無い人間が多い。元より集団行動が苦手だし、直そうとも思わない。だからといって対人関係が苦手という事も無い。

 ナコトは相手を騙すことが苦手だから直球の方法を好む。

 自己暗示が直球かは人によって様々だ。強引な操りよりは平和的だ。

 この魔法の利点は自己判断で行動する。全てを事細かに命令するのは面倒である。

 

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 人形一体目であるロバーデイクの挑戦。

 元々の攻撃力が低いため、屈強なモンスターを大量に討伐する事に向いていない。元より不死者(アンデッド)のモンスターに向いている。しかしながらこの施設には不死者(アンデッド)の類(たぐい)は用意していない。

 仕方が無いので高レベルの人(・)間(・)を用意するしかない。

 経験値はモンスターの種類で決まるのではなくステータス的な強さだ。主にレベルが関係している。

 幼い子供では属性が変わるかもしれないので悪人縒りを用意しておく。それと彼には目隠しで戦闘をしてもらう。

 メイスでゴスゴスと撲殺している様は仲間には見せられない。けれども仕事の鬼としてやらせた。

 途中、休憩を離さんで数百人規模の人間を殺害してもらった。もし、両親があるならば大量殺人に抵抗か罪悪感を持つ。けれども、彼らは肉人形だ。本物は何処かで何も知らずに暮らしている。よって殺した者達に哀れみは不要だ。

 チームで参加させていたら仲間内での殺し合いが起きてもおかしくない程、彼の足取りは不安定だった。やはり一人でやらせて正解だった、と納得するナコト。

 更に人材を追加し、一日目の討伐数はさすがに一〇〇〇人には届かなかった。体力的にも無理があったと認める。

 深夜に差し掛かり、作業をやめさせた後、返り血などを奇麗にして仲間に返す。それから彼のステータスを確認すると膨大な経験値が手に入った。それと自動的にいくつか能力などを取得している。

 この世界の住人はやはり機械的ではなく無意識の内に経験値を振り分けるようだ。それでもまだ大量の経験値が控えていた。

 勝手に上がったレベルはおよそ四。彼らの世界では凄い上昇となるのかもしれない。

 念のためにもう一日参加してもらう事にした。必要に応じて日数が変動する事を改めて彼らに説明する。

 

「予定が伸びて不都合がある人は早めに言ってほしい。出来る限り善処する」

「分かりました」

「……いやいや、何だか力がみなぎっているのが分かります。一気に新しい魔法を覚えたような解放感がありますね。……戦闘の記憶は全くありませんが」

 

 ロバーデイクは体感的に増強を理解して喜んでいる。それに対してやって良かったとナコトは安心する。しかし、アルシェは信じなかったようで、ナコトを睨みつけていた。

 クレマンティーヌは早く自分の番が来ないかな、と小さく呟いていた。

 待ち遠しいのは理解できるが我慢してほしいと改めて念押しする。一人で色々と準備する関係で時間はどうしてもかかる。

 

「ちなみにモンスターを倒す作業だけど、ただたくさん倒せばいいわけじゃないから。つまり好き放題殺人事件を起こしても意味が無いってこと。これ大事だから」

「ええー。殺し放題なのに?」

「そう簡単には進まない。とにかく、君達は騙されて続けてください。待ち組の人は欲しいものとかあったら言って下さいね。出来る限り用意します」

「酒樽がいっぱいあるけど飲んでいいの?」

「飲み過ぎはいけません。注文するのも大変なので。……あと、運ぶのも意外と大変です。食べ物もしっかりと食べてください。肥え太らせる目的は無いので適量を意識してください。風呂場はご自由に。トイレも問題が無ければ使っていいですから」

「はーい」

 

 ロバーデイクは少し嬉しそうだがアルシェはやはりナコトが胡散臭いと思っているようだ。そんな彼女をヘッケラン達は宥める。

 彼女の妹二人の面倒も見られるようにしたのに、とナコトはどうすればいいのか悩んだ。

 外に出しても長期間見つからない事になるのは嫌なので、今しばらくは我慢してもらう所存だった。

 

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 一番最後のクレマンティーヌが暇を持て余すので待ち人には眠ってもらおうかなと思った。

 少し強引だが問題が発生しにくくなるし、アルシェの妹達も不安を抱いたまま過ごすのは嫌だろうから、と鍛練に参加しないのは眠ってもらう事にした。

 そうしてロバーデイクが規制数を討伐し、ヘッケランとイミーナの番になった。

 彼らは序盤から大して討伐していなかったので強引に規定数以上の討伐に専念してもらう。

 ここに来て彼らの自主性は喪失していたが仕方が無いと割り切る事にした。

 経験値稼ぎだけでは何も進展は望めない。後の楽しみに取っておくことにして作業だけ優先的に進める。

 数日後にアルシェの番となる。彼女の場合は攻撃力がそもそも貧相だ。他の仲間以上に時間がかかると予想する。その為、もっと殺傷力のある魔法を選ばせる必要がある。

 

「まず、君には方向性を聞こうと思う。この魔法の一覧表で覚えたいものを丸で囲んでほしい。将来的に必要だと判断するものに限るよ」

 

 いくつか魔法名が書かれた羊皮紙を提示する。

 それらは位階ではなく、単なる名称のみが記されている。

 現在アルシェが習得している魔法は第三位階まで二〇個に満たない。

 彼女は自身の事をあまり知りえていないが取得している職業(クラス)レベルから考えれば多い方だ。それに現地では割と優秀であることが窺える。しかし、それでもナコトから見れば貧弱だ。

 

「有名どころだと火球(ファイアボール)だが……。火属性以外も選べるよ」

 

 魔法は属性によって名称が異なるが同じ位階に属する場合、威力にそれほど違いは無い。

 オススメの属性というものは無く、雷属性でも闇属性でも光属性でも構わない。しかし、全属性を満遍なく覚える事は難しい。

 人それぞれに適した属性があり、同じ属性の魔法を習得したり威力が上がる傾向にある。

 ナコトであれば精神操作系だ。代わりに属性攻撃魔法はそれほど大したことが無い。

 殆どの魔法が使えるとしても使えるだけだ。一番だったり、最強だったりしない。

 職業(クラス)レベルの割り振りで同じ魔法でも差が出る事がある。

 

「それと君が進む職業(クラス)の方向性も示しておこう。じっくりと考えるといい」

「……なら、クレマンティーヌさんを優先して。私は最後でいい」

 

 提示された情報はアルシェにとって驚くべき内容だった。

 知ったかぶりとも思えないのは集団をあっさりと眠らせた魔法に気づいたからだ。

 そもそもナコトの能力が未知だ。アルシェを以(もっ)てしても不可解としか言いようがない。

 彼女は相手がどの程度の位階を操るか分かる『生まれながらの異能(タレント)』を持っている。通称『看破の魔眼』と呼ばれるものだ。

 それ(タレント)を以てしても底が見えなかった。おそらくかなり高位の魔法を扱えるのでは、と。

 見た目には胡散臭い男性にしか見えないが、信じざるをえない気がした。なにより身体に危険を伝える信号が鳴り響いている。こいつに敵対するのは危険だ、と。

 

「分かった。自分の進む道だ。じっくりと選ぶといい。それらは最終決定ではなく、あくまで討伐し易くする為のものだ。方向性がある程度決まってきたらもっと適切な職業(クラス)になるように配慮しよう」

「……よろしく」

 

 恐れつつ頭を下げた彼女にナコトは軽く息を点く。

 少しは信頼されたのか、それとも何らかの覚悟を決めたのか。

 一方的な拒否反応を示さなかっただけありがたい事だと思う事にした。

 

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 繰り上げで順番が回ってきたクレマンティーヌだが、彼女には武技(ぶぎ)の調査を手伝ってもらいたかった。もちろん、討伐もやってもらう。

 ユグドラシルには無い技術体系なのでとても興味があった。

 おそらく自分のものには出来ない。それでも調べたい気持ちはある。興味を持つ事は何でもやりたいので。

 ヘッケラン達には目隠ししたが彼女には不要だ。元が女暗殺者だから。殺人程度は動じない、と思う。

 他の者と同様に二日掛けて討伐してもらうが熟練の戦士だけあって効率がいい。

 一日目で他の者以上の討伐数を稼いだ。経験値の伸びはその分抑制されてしまうが問題は無い。

 意識のない作業の繰り返し。例え意識があったとしても感じ方に特段の変化があるわけではない。寧(むし)ろ状態が悪化しては困るので余計な情報は遮断する。

 二日目を終え、ナコトが満足する数値を叩きだしたところでアルシェを除く者達を目覚めさせ、魔法や職業(クラス)の選定を任せる。

 紙に書かれた事柄に丸を付けていくだけ。その方法に彼らが納得するとは思っていない。だとしても詳しく説明する気も無い。そこは企業秘密な部分だから。

 ここまで来るのに随分と時間がかかったなとナコトは疲れを覚えていた。しかし、必要な人材を確保しなければ先に進めない。

 単なる興味だけで人生が終わっては勿体ないので。

 素体の供給は安定期に入っている。後は保存期間の調査だが、これは実際に一〇〇年以上経たないと分からない。

 二〇年ほどは様子見だと試算しておく。

 

「一度強化すれば次の鍛練は数倍以上の時間がかかります。弱い内が華です。人生設計に時間をかけても構いません。……アルシェさんの鍛練が終わるのは少しだけ長くなると思いますので、じっくりと考えておいてください」

「提示された職業(クラス)って奴が多くて迷うな」

 

 豊富な職業(クラス)があるから強さが千差万別になる。そうでなければ画一的な強さばかりになって面白みが無い。

 ナコト自身は退屈な日常のままオンラインゲームを続けてきた。これといって拘りは無く、適度に楽しく遊べればいい、と思っていたので面白くないキャラクター造形だ。

 異世界転移すると分かっていればもう少し考えた。けれども、そんなのは想定できるものではない。

 それと身体はアバターだ。本当の肉体ではない。

 現実の身体が生きているからアバターが存在しているのか。それとも関係が無いのか。

 後者であっても地球への帰還はいずれ考えなければならない。自身の存在を確定させるために。

 その為には多くの検体と実験結果が必要だ。

 

「ねえねえ。全部取りって出来ないの?」

「おそらく出来ません。それが出来れば苦労は無いけれど……。限度があるから色々と精神的に助かる事もある。そう私は思います」

 

 クレマンティーヌの気持ちも分からないでもない。

 確かに全部取得できれば面倒な手続きを踏ませる必要は無い。しかし、ナコトの知識には限度が存在した。だからといってこの世界にも適応されているとは思えないけれど。

 感じたままで言えばこの異世界にも限度はある筈だ。それを取っ払った連中が世界に君臨していない筈が無い。

 居ない、ということは出来ない事の証明である。そうナコトは思う。

 

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 彼らが選定に時間をかけている間、見回りと掃除、食料の備蓄状況を確認しておく。

 眠らせているアルシェの妹達の様子もこっそりと見ておく。殆どの面倒はヘッケラン達にも出来るけれど。

 欲しい情報を得れば約束通りバハルス帝国の魔法学院に通わせてもいいかな、と思った。

 今のところ助手を欲していたナコトだが、本格的に動けるまでにはなっていない。

 膨大な魔法や技術のリスト作りをしなければならないので。

 

「……そういえば、討伐はさせましたが強化はまだやってませんから。モンスターを倒すだけで終わりってわけではありません」

 

 忘れないうちに彼らに言っておく。

 ロバーデイクは体感的に強くなったことを感じたようだが、それほど速効性は無い筈だ。現地民特有の感じ方かもしれないけれど。

 

「強くなった途端に夜逃げしそうなので」

「……うーん。ありえそうで申し訳ない」

 

 得体の知れない施設には長居したくない。ナコトとてそう思う。しかし、今は滞在してもらわないと困る。ま(・)だ(・)討伐しかやっていないのだから。

 魔法により自己暗示を施してもいいのだが、それはそれで面白みが無くなってしまう。

 ある程度の自主性を保たせているので会話することに嫌悪感は無い。これはナコトとしては珍しい事だった。

 自分で設計した施設が精神的に辛い場所になるとは思わなかった。その弊害として他人との触れ合いが欲しくなったのは嬉しい悲鳴というものだ。お陰で善人らしい付き合いが出来ていると思った。

 あと、鍛練が終わったら彼らは故郷にでも帰るかもしれない。そうなると本格的に寂しくなる。漸(ようや)く会えた彼らをこのまま帰していいものか。

 逆に居る事で邪魔になる事もなくはない、とも思う。そこら辺がもどかしいところだ。

 それからアルシェの鍛練二日目が始まる頃に彼女の妹達を起こし、彼らに面倒を見させた。ずっと眠ったままでは気になるだろうから、という配慮で。

 場所的にも他の人間を招きにくい。退屈を感じさせるので脱走を企て易くなる。

 だからといって魔法で精神支配してもいいものか。いや、それを決めるのはナコトだから良いに決まっている。

 

「鍛練が終わった後、残るか出て行くか。……今のところ新たな人材の目処は立っていない。さてどうしようか、と悩んでいるところだ」

 

 口約束だけでは信用できない。だからといって魔法で縛りたくも無い。

 今の段階で精神支配はどうもやり難い。どうしてかと言えば仲良くなり始めた相手だからだ。

 特にロバーデイクは協力的だ。荷物運びの手伝いや食事の用意までしてくれる。これはナコトが魔法による指示を出したわけではない。

 クレマンティーヌは酒ばかりでは腹の足しにならないと早々に悟り、肉と野菜を満遍なく食べるようになった。特に身体が資本の彼女はとにかくたくさん食べる。そして、沢山出す。

 自己鍛練での汗のかき方も凄まじい。

 真のアスリートは常人には及びもつかない身体機能を有しているとナコトは改めて驚いた。

 

「……それから残るか出て行くかも決めてもらおうか。助手希望者なら外出も許可する。勝手に居なくならない契約交わしてもらうけれど……。それ以外は……、意志を尊重しよう」

「分かりました」

 

 それらはアルシェの鍛練が終わった時、時間をかけて話し合ってもらうように言いつけておく。

 個人的に祖国から狙われるクレマンティーヌが残りそうだが、武技以外での使い道が無い。

 そもそも『チャタル・ヒュユク』に娯楽が無いのが一番の問題だと思った。だが、どうすればいいのか、アイデアの無いナコトにとってかなりの難題だ。

 

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 アルシェのモンスター討伐が三日目に突入する。

 低い位階魔法での攻撃だから時間がかかる。少し先取りで高めの攻撃魔法に切り替えても討伐数はそれほど増えない。だからといって倒せないわけではないし、一〇〇体以上は倒してきた。

 基礎ステータスが低いのも問題だが、攻撃力のある武器を装備できるわけではない。気長に待つしかない。

 回復担当のロバーデイクを控え、とにかく数を稼ぐことに専念させる。

 MPが少ない事も長期戦の原因だ。一時間ごとに休憩しなければならない。

 そこで魔法回復担当の犬頭メイドの存在を思い出す。信仰系の職業(クラス)によっては自身のMPを他人に譲渡できる特殊技術(スキル)がある。それを使わない手は無い。

 三人ほど追加すれば休みなしでアルシェは頑張れる気がした。

 

「……その間に彼らの選定はどうなったかな」

 

 短期間で決めろ、というのも無理があるけれど。

 彼らが選ぼうとしている職業(クラス)はあくまで目安だ。中にはユグドラシルに存在しないものだったり、現地特有の特別なものが現れている可能性もある。

 イミーナは半森妖精(ハーフエルフ)の影響で何らかの特殊職業(クラス)が出てきても驚かない。

 そんなことを考えつつ酒を飲んだ後でぐっすりと眠るクレマンティーヌの寝顔を眺める。

 ベッドに大の字になっている彼女は長身で筋肉質。腹筋の割れ具合は見事だ。

 ここ数日は鍛練と食事だけ。娯楽に飢えている筈だか逃亡者ということもあり、長期間の潜伏は割合慣れているという。ヘッケラン達も請負人(ワーカー)という仕事についていた時は長期間の調査で身動きが取れなくなることは良くあったそうだ。

 監禁じみた対応にして申し訳ないと思いつつも彼らの強靭な精神力に素直に驚く。とはいえ、それでもナコトの魔法に抗えるものではなかった。

 彼女は今、服を取り去った全裸状態を晒していた。金髪と同様の金色の陰毛が女性器の周りに生えている。

 豊満な胸は左右に零(こぼ)れ落ちそうで落ちない肉厚さを維持。先端の桃色の乳首は奇麗であった。

 白人系の肌を持つ為か、それだけでも美人に見える。

 胸を押し上げても目が覚めないクレマンティーヌ。強く殴れば目覚める。痛みを与えなければ数日は昏睡状態だ。専用の魔法をかければ数百年も寝かせられ。ただし、解呪する者が居なければ数万年も目覚める事が出来なくなるおそれがある。

 時には役立つ効果も使い様だ。

 太腿を押しのけるように広げると大陰唇が連動するように開く。

 足の裏から見る風景を写真などに残せないが、そればかり集めるのもナコト自身はどうかと思っていた。裸が見られてしまったために面白みが無い。かといって内臓を引きずり出すけにもいかない。

 今回は部分搾取ではなく大きな部位を切り出す。前回のは無かったことになるが仕方がない。技術がまだ未熟だったから。

 単純作業なので無心でアルシェ以外が餌食となる。

 あまりにも暇だったからか、無駄に数が多くなったが気にしても仕方がない。

 その後、時間はかかったがアルシェの討伐作業が済み、ついでに搾取も終えて、彼らの選定も終盤に差し掛かる。

 ここからは単なる筆記試験の体(てい)だ。

 それとアルシェは攻撃力を高める為とはいえ簡単に高い位階魔法を習得させられた。その事実にも驚いていた。

 どうやって、とまずは疑問を抱き、ナコトの底知れぬ恐ろしさが時間差でやってきた。

 人間種が多いので職業(クラス)レベルだけに意識が割けるナコトは彼らの基準で難度を二〇〇強に引き上げてみた。それと取得魔法は要望があったものを中心に。

 ヘッケランとクレマンティーヌの武技も習得させられるようだが、こちらは効果を調べるのに手間取った。

 彼らは知らないがナコトが見ているのは専用コンソール。その仕様上において未知の能力は本来出ない筈だ。特にユグドラシル由来ではないものは。

 転移した影響なのか、それともこの世界の独自仕様なのか。謎が多い。アバターだからこそ世界に影響を及ぼせるのか。そこら辺は不明だ。

 もし、元々の身体であればコンソールなど操作できない筈だ。まして人間にレベル表記などあるわけがない。

 出来るからやっているわけで。実際はとんでもない事の連続だと思われる。

 鍛練もせずに急に新しい魔法や武技が出せる筈はない。そこはメモした内容を伝えるのだが、当然首を傾げられる。ナコトであってもそう思うほどに。

 そもそも魔法がどうして使えるのか謎だ。ゲームの仕様で惰性的に扱っていたが。

 

「……急に理解が深まった。そんな感じでしょうか」

「いきなり新しい武技が出来ると……怖いね。確かによく分からないわ」

 

 一先ず能力を与えたものの、それで終わりではない。

 ここから様々な能力の幅を調べなければならない。そして、搾取した今、彼らはもう必要が無い気もする。

 別素体では無意味な事もあるかもしれないのでオリジナル体に頑張ってもらった。杞憂かもしれないがやらないよりはましだし、気持ち的にも有意義である筈だと信じてみた。

 ロバーデイクは高い治癒魔法に歓喜し、アルシェは不安な顔を示していたが実際に高い位階魔法を扱えて嬉しそうではあった。

 

「折角の力も過剰であれば生かす場があまり無い事を知るかもしれません。私が与えたのは知識では無いので……」

「……そうか」

「肉体的には物凄く増強されているのが分かったわ。それがとてつもないくらいだってのは……」

 

 筋肉の量はいきなりに倍にはならないが相当な腕力がつき、それに慣れるのが大変くらい。

 イミーナは自身の腹筋を何度も確かめたが急激な筋肉の増量がなされなかったことに安心した。今度はかなりの筋肉がつくかもしれないが。

 クレマンティーヌも早々以上の増強に戸惑っていた。それほど期待はしていなかった。それが蓋を開ければびっくりする結果だった。だが、ナコトの口振りでは最強というわけではないらしい。そこがまた疑問である。

 そもそもこれだけの事が出来る人間が果たして弱いのか。そう思うと空恐ろしいと他の者達も気づき始めた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 増強は終わった。後はヘッケラン達の身の振り方だ。

 ナコトとしては更に地にするまでこの施設の情報を内密にしてくれれば問題は無い。とはいえ、多くの素材を保管する施設が無いので当面は利用し続ける。

 何もない施設に居るより近くの都市に移動して話し合う事にする。その時も目隠しさせられた後で一瞬にして景色が変わる事になる。

 クレマンティーヌ以下、しばらくは無言だった。それとアルシェの妹達を連れてくるのを忘れたのですぐに連れてきた。

 

「……集団転移の魔法ですよね、やっぱり」

「相手の同意が不可欠ですが……。今は私の仲間という事で色々と都合がいい。まずは酒場で賑やかさを取り戻しましょう」

「……はい」

 

 増強だけで満足してはいけないとアルシェ達は思い知る。それとクレマンティーヌは感心したり、驚いたりを繰り返していたが始終無言だった。

 今の自分が最強では無い事を知り、迂闊に逃亡したところで勝てない存在が居ると分かってしまったので、大人しくすることにしたようだ。それと久しぶりの人の気配がする都市に来て気分が悪くなるのも嫌だった。

 眠らされる事が多かったヘッケラン達は数か月も監禁されていた様な気分だった。しかし、実際は二週間に差し掛かる程度だ。

 買い物なり、酒場に向かう事などを許可し、ナコトはのんびりと散歩を始めた。

 必要な素材は手に入った。しかし、自分一人で調査するには現地の知識はどうしても必要だ。ステータス画面だけでは分からない事もきっとある、と。

 異世界に来て魔王を倒すような主人公らしいことはしてこなかったが、特に問題は起きていない。他の転移者が何かしている筈だと楽観視していた。都合よく王国の城に招かれたりしなかった。勝手に侵入したことは除外している。

 

「……別に人助けしなければいけない規則は無いよな」

 

 他人が困っていたら放っておけないような厄介な性格ではない。だが、多少なりとも悪い事をしたなという罪悪感はある。罪という点ではたくさんの殺生を重ねてきた。その影響で興味が薄れているのかもしれない。

 率先して殺人が好きな性格にならなくてよかった、と今は思う。

 いくつかの魔法によって他人の人生を捻じ曲げてきたが、それは自分がやらなくても誰かがやっている事もある。特に関わろうが無視しようが世間で殺人事件や性犯罪が無くなるわけではないし、ここで空を見ている間にどこかの国が燃えているかもしれない。

 それとこのまま無為に過ごしていけば老け込んでしまう。それを覆す魔法を手に入れなければならない。

 不老長寿の都合のいい種族は異形種くらいだ。しかしながら、彼らは種族レベルを持つ。肉体的に人間より優れているのかもしれないが、子孫繁栄には難題が残る。

 

「……この先、どこに行こうか」

 

 リ・エスティーゼ王国とローブル聖王国。クレマンティーヌの母国であるスレイン法国。

 候補あっても施設を隠蔽しなければならないと思うと二の足を踏む。

 単なる旅行者であれば何も考えなくていいのかもしれないが、それはそれで色々と巻き込まれる恐れがある。今はそれらをあえて避けた進み方でいる。今更、世界の存亡にかかわる気も無い。

 露店商を見物しているとこの都市は急激に人口を増やし、活気づいている事に気づく。

 ナコトが裏で出資したとはいえ、旅行者だけでここまで発展するものか。それとも王国は外資獲得に本腰を入れたのか。

 後者のような気がするし、その様に貴族に働きかけた気もした。残念ながら政治周りは放置気味で覚えが無い。

 次の都市や村に行くのに便利な街道が走っている。それを利用しない手は無い。

 問題があるとすれば野盗とモンスターだ。後者は冒険者の需要に見合っているが前者は一筋縄ではいかない筈だ。その辺が気になってきたら手を出すことにする、とナコトは思った。

 この辺りは大陸の中ほど。海の幸はほぼ無いが川魚が僅かに手に入る。肉類の多くはモンスター。それも恐竜種が店頭に並んでいた。

 さすがに亜人種の肉は置いてないが、需要はあるらしい。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 この世界の動物は全てモンスター扱いだ。それは人間種も含めてだが。

 一般的な牛もモンスター、またはクリーチャーという属性でくくられている。

 全てが人間を襲うような凶暴なものでは無いにしても生活するには色々と問題があるのがファンタジーの不可思議なところだ。

 香辛料は魔法で出せると言われているが元々は誰が広めたのか。知識が無ければ胡椒は使えない筈だ。

 知識に偏りがあるのかもしれない。

 そもそもでいえばゲームキャラクターの姿で往来を歩けるのも不思議なところなのだが、それを解明するにはかなりの時間がかかりそうだ。

 

「おじさーん、串焼き一つ」

「あいよー」

 

 明るい子供の声が聞こえた。それだけなら注目はしなかった。

 ナコトが何気なく視線を彷徨わせると声意外に特徴的な風景が飛び込んできた。異質と言ってもいいくらいに。

 欧米人の様な人種が多い中で東洋人は地味だが目立つ。今回の場合は姿だ。それも黒と白のモノトーン。

 色白の肌を持つ白人系にしてはよ(・)り(・)白い。以前出会った『ナーベ』に匹敵する。

 二色だけなのに見た目が派手。

 右側と左側で色が違う髪色。右が白で左が黒。目の色は髪の色と真逆。

 肩に自身の身長よりも大きな十字槍を担いでいた。

 今まで出会った事のない人種であることは間違いない。ここまで特徴的な人間を忘れる事は無い筈だから。

 見せの対応からも人間種で間違いない。背中に垂れるのは白い髪の方だが地面につくくらいの長さがあった。

 服装は一般市民とは違うが鎧ではなく普段着のような物。それだけであれば戦闘用には見えない。おそらく十字槍が無ければ少し変わった格好の人物で済まされる。

 珍しい人種が居たからといってすぐ声をかけるのは頭の悪い主人公だけだ。ならば声をかけなければならない、とナコトは苦笑する。

 思考では声掛けしろと言っているが少しの間見物する事にした。あまり活動的になりたい気分では無かったし、意外な人物に驚いていたこともある。

 注目しているのはナコトだけではない。通りを行き交う商人も驚いているようだった。主(おも)に十字槍の存在のせいだと思うけれど。

 軽い仕草で長大な武器を操るところから、かなりの実力者なのだと思う。しかし、ナコトから見ればそれがどれだけのもの(熟練度)なのか理解できない。

 達人級と言われても実際に戦ってみないと強さは判断できない。ナコトは戦闘特化の脳筋プレイヤーというわけではないので。

 黒目は目慣れているが虹彩が白くなっている瞳はつい見入ってしまうくらい気になった。

 戦闘のできる人間として顔は童顔に近い。性別は判別しにくいが声の感じから女性のように聞こえる。それ以外は特徴と呼べるものは見当たらない。

 イミーナのように華奢な体型だと外見から読み解くのは難しい。

 ゲームの中では専用のウインドウが片隅に表示される。それが無い状態で見ただけで相手の強さを判別するのは至難の業だ。

 

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 買い食いしている謎の子供の後を視線で追っていると周りの視線に気づいた彼だか彼女だか(白黒)は手を振りながら応えていった。

 この近辺では有名なのか、通りを歩く市民に聞いてみると変わった格好だから気になったと答えた。

 ナコトは自分の感性がおかしいわけではないと知り、安心した。

 王国の有名人について把握しているわけではないし、他国の名のある冒険者も殆ど知らない。というか冒険自体僅かしか経験が無い。

 モモンに聞けば教えてくれるかな。それともナーベを弄り回したことを告げられ、今頃激怒しているか、それとも、と思考が脱線していく。

 金髪碧眼と地味めな黒髪は王国においては珍しくもない。冒険者の中には髪染めている者が居るという。赤毛も何人かは見掛けたことがある。

 紫の髪のイミーナは種族的な影響があるのかもしれないが、それらを踏まえても通りを歩いている白黒は異質だと感じた。

 

「……やはり存在感かな」

 

 気になるからといって石をぶつけようとしてはいけない。こういう場合の主人公は大抵、気軽に話しかけたりするものだ。無視してもどこかでかち合うことになるが、相手方が用件を持ち込まない限りいきなり殺しに来ない筈だ。

 実はすべてを監視していた、とかいう万能監視能力でも発揮しない限り。

 数年が経過している時点で何もない、ということは相手方も積極的な介入をする気が無いということだ。そこまで労力を惜しむのは利益にならないとかで。

 未知の種族か職業(クラス)持ちであれば手に入れたくなるが、果たして自分(ナコト)自身にとって必要となる人材か、という疑問に答えるには時間がかかりそうだ。

 あれ(白黒)よりもっと奇抜な冒険者が居たらどうするのか、という疑問に気づいた。

 

「……奇抜過ぎも考え物だな」

 

 全員が素朴な装備とも限らないし、名声の為にわざと目立つ格好をしている者も居る。

 ナコトは存在感を隠す意味でも素朴派だ。

 散歩がてら歩いていただけだが、早めに酒場に向かおうと思った。ああいう目立つ存在を放置して見学を続けていたら仲間達が死んでいたって事になりかねない。

 情報は早い内が華である。

 周りの者達と同様の速度で現場を後にしてみたが追跡の気配はない。というよりも同じ行動した者達が全員狙われなければならなくなる。

 早々都合の良いことなどあるのかと疑問に思いつつ。

 何度か利用している酒場に向かう。

 昼間でも利用者が居るのは食事が出るからだ。他の街から物資の供給を働きかけているので今のところ枯渇する事態は起きない筈だと思っている。通りに賊が拠点でも築かなければ、だが。

 自分の拠点を目立たなくする為に小都市と村を作るのは些(いささ)か規模が大きいが、これくらいでなければ大きな施設は隠蔽しにくい。それに街や村が発展すれば国庫も潤う。

 利害関係が一致している間は行動が容易くなる。

 

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 酒場に向かうとヘッケランとイミーナとフードを目深に被ったクレマンティーヌが同じテーブルで食事していた。

 昼間から酒を頼んではいたが度数が低いものらしく、余程の量を飲まない限り酔いつぶれないとか。

 元々酒に強い人間のようだが、見た感じでは常識はずれな様子は伺えない。

 増強が成されたとはいえ急に態度が急変したりせず、大人しく過ごしている。

 

「……へー、白黒の子供ねー」

 

 ナコトはヘッケラン達にさっき見た人間の様子を伝えてみた。

 大きな十字槍というキーワードを持つ存在であれば特徴さえ言えば分かる事もある。しかし、彼らは知らないようだ。

 国を跨ぐ有名人というのは本当に極わずかしかいないらしく、長く請負人(ワーカー)をしていた知識は無い、と。

 ただ、クレマンティーヌはコップを取りこぼしていた。

 

「……白黒で十字槍!? ……そ、そいつ、本当に居たのか?」

 

 辺りを挙動不審の様子で見まわしながら小声で尋ねてきた。

 知り合いに特徴が似ている人物が居たようだ。怖がる態度で充分に理解できた。

 

 そいつはヤバイ奴だ、と。

 

 言える範囲でいいから教えてほしいと尋ねると彼女はとても言いにくそうな顔になった。

 苦笑を浮かべつつ、声を潜めているところから地獄耳の能力でも持っているのかもしれないし、それだけ恐ろしい人間であるともいえる。

 ナコトとしては実に興味深い相手だ。

 現地で脅威と呼べるのはモモンくらいだと思っていたので。それと森で出会ったアウラ達だ。

 誰かに仕えているところから部下というよりはNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)としか言えないけれど。

 クレマンティーヌが恐れるのはプレイヤーか、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)のどちらなのか。それとも第三者的な新しい概念を持つ存在か。

 ゲーム時代の知識は当てにならないとしてもナコトの記憶には無い存在であることは確かだ。知らない人が多く居るのは認めるところだが。

 

「……本国に隠居している筈の漆黒聖典の中でも飛び切りヤバイ奴さ。元第九席次であった私でさえも戦うのをためらうくらいには……。……追っ手かどうか分からないけれど、身の安全を保障してくれないかい? 助手でもなんでもやるからさ」

 

 なりふり構わず言葉を捲(ま)くし立てる。横で聞いていたヘッケランも迂闊に言っていいのかい、と心配で尋ねる程だ。

 ナコトとしては言質を取った、と喜ぶべきところだが緊急のようだからあえて茶化すことはしない事にした。

 調子に乗って返り討ちにあっては今までの苦労が台無しになる。ここは慎重に進めるべきだと自分の心が言っている。ならば、それに従わなければ後悔する。

 

「せっかく強くしたのにいきなり死なれては寝覚めが悪い。協力者には感謝を。この気持ちを忘れると……、私は強引な手しか打てなくなる」

 

 ナコトが言う強引な手はおそらく魔法による人心掌握の事だとヘッケランは思った。

 確かに無理強いは信用を無くしやすい。自らの手の内を完全に隠蔽しているかと思えば魔法については色々と後悔していたりする。その辺りが良く理解できないが、悪い人間とも思えなかった。

 何らかの下心があるだけで実は善人か。それとも他に何か理由があるのかと予想する。

 

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 スレイン法国の暗部部隊『六色聖典』の一つである『漆黒聖典』は席次と呼ばれる実力階級があり、十二席存在する。その中でも更に規格外の人間に与えられるのが『番外』だという。

 簡単にだがクレマンティーヌは説明した。

 席次の基準は曖昧で空席が出来ると補欠が埋める仕組みになっていて今の第九席次も既に誰かが務めている筈だと言った。

 

「……でも、第一と第二席次くらいはとんでもない奴が治まるものさ。世界の守護者を気取って入るが口だけじゃないよー。それと番外は私も実力を測りかねるけれど見掛け倒しって事はないから。装備品からして特級物が与えられている。一般の冒険者でも敵(かな)わないんじゃないかなー」

 

 軽く酒を飲みつつ説明を続けた。そうしないと身体が震えてしまうからと弱音を吐く。

 この酒場には隠し通路があり、何らかの騒動が起きた時はいつでも逃げ出せるようになっている。他の店にも非常口というものがある。

 ナコトは都市を丸ごと自分好みに設計させている。地下通路も含めて。

 クレマンティーヌを都市外に出すことは容易いが、それ以降は保証されていない。

 転移魔法でも覚えさせれば良かったのかもしれない。それには専用の職業(クラス)が必要となる。戦士である彼女には少し厳しい条件だった。

 無駄話しをする余裕も無くソワソワしているクレマンティーヌを店主の側に移動させ、客側から見えない位置に匿ってもらう。

 ただ、目的の人物が漆黒聖典や追っ手という保証は無い。けれども、やらないよりはましだと判断する。一応、抜け道については教えておいた。

 それ以前に転移させればいいと気づいたのはヘッケラン達のテーブルに戻った時だった。折角作った抜け道を使わせよう、という事で頭がいっぱいになっていた。思わぬ失態に苦笑が漏れる。

 

「……都合よく当人が来る保証は無いけれど……。彼女が怖がる程というのは逆に興味が湧きますね」

「旦那は恐れ知らずだねー。俺達も危険だと分かってて進むのには勇気が要るよ」

 

 だが、確かめもせずに怖がるのもどうかとヘッケラン達は思った。それにクレマンティーヌとは違い、悪い事はしていない。

 イミーナは逃げ出す理由が浮かばなかったので追加の料理を頼んだ。

 それからしばらく待ってみたものの入り口を破壊しながら現れるような猛者は現れず。

 件(くだん)の番外席次は既に街から去ったのではないか、と思い始めた。それはそれでナコトとしては勿体ない気もした。かといって態々(わざわざ)自分から騒動を招き寄せるわけにもいかない。

 更に待っていると買い物に行っていたロバーデイクとアルシェ達がやってきた。

 

「しばらくこの街に滞在してもいい事にします。数日は自由行動ということで……」

「分かった」

「延々と拘束するのも精神衛生上よくありませんからね。……かと言って広い場所でなければ困りますし……」

 

 倉庫としての役割もある。それと可動はしていないが羊皮紙の生産も始めたいと思ている。その知識の獲得も大事であった。

 手持ちの魔法の在庫は有限だ。

 素材はたくさん集まっている。それでもまだ色々と足りない気がする。もっとたくさんの素材と知識がナコトには必要だと感じてた。

 世界を平和にすることではなく、世界そのものから解放されるために。

 勇者になりたいわけじゃないし、人間的に一生を幸せに暮らしたいわけでもない。ただ、常に危険と隣り合わせも困る。

 

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 クレマンティーヌの気配が消える頃、酒場の客が入れ代わり立ち代わり変わっていく。

 酒樽の輸送に関しては多少の負担をしているが、今のところ問題は無さそうだ。

 毎日のように消費される酒類は都合よく用意できるものではない筈だか、どうなっているのかナコトは知らない。

 広大な土地を持つ村民達の努力があるからこそ成り立つのかな、と薄っすら思った。

 

「……で、旦那の予定はどうなっているんですか?」

「んー? 全くの未定。しばらく一覧表作りに没頭して……、失敗したらやり直しって感じ……。気分転換に帝国の魔法学院ってところに行ってみたい気持ちはあるけれど……。施設を放置することも出来ない」

 

 隠しているとはいえ誰かが自力で見つける可能性がある。それとクレマンティーヌ一人だけ留守番させるわけにもいかない。彼女は十中八九調査しようとする。

 死ぬような罠は設置していないが、貯蔵しているも(・)の(・)を見たらどう思うのか。

 

「研究というものは……、気の長い作業になるものだ」

 

 ただ、あまりにも長く時をかけることは出来ない。アバターとはいえ人間種だ。寿命が設定されている。

 長寿の森妖精(エルフ)ならまだしも普通の人間だ。人生を謳歌して終わり、というのは創作物の中だけの話しだ。終わりなく進む人生において結末は死以外にないのが一般的だ。

 どうせ死ぬなら手当たり次第に何でもやってやろうと最初は思っていたが、やりたいことを済ませると改めて元気に行動したいとは思わなくなる。燃え尽き症候群と言われても良いくらいに。

 

「一旦更地にして都市の近くに改めて作って人の往来も出来るようにすれば賑やかになるか……。それはそれで侵入者が増えてしまう」

「興味本位の野盗が出て来ないとも限らない」

「新たに作るとしても建設費用が嵩むよね。一人で作る分には良いんだろうけど……。……ああ、それだと野盗が狙うか……。あと、冒険者」

 

 何にしても謎の施設を作れば興味を覚えた不審者が現れる。そうするとナコトが動きにくくなる。それゆえに助手や警備員のような人材が必要になる。

 ヘッケラン達は理解しつつも協力する事には否定的だった。なにより何もない大空間はに長期間居たくない。街に来た途端に息苦しさから解放されて安心を感じられた。

 

「……正直、君達はもう用済みという感じだ。アルシェさんは帝国に行ってもいいくらいに」

 

 素材は手に入れた。無理に自意識を持つ彼らを必要とする理由は無い。しかし、自発的に喋る存在が居ないと寂しい事もある。それに恋人同士の痴態はた(・)ま(・)に(・)でも見たくなる。

 各地に情報を集めに行ってもらう諜報員のような役割をしてくれるなら大助かりだ。小柄なアルシェを一人で行かせるのはナコトでも不安だが。

 それらを含めて色々と考えなければならない。そう思うと気が重くなる。

 

「新しい魔法や高い位階魔法をどんどん覚えられる今、私はモーデさんのお手伝いを今しばらくは続けてもいいと思います」

「……私は妹達が心配……」

 

 ロバーデイクは気が楽だな、とヘッケランは呟くがチーム全体としては明確な目的があるわけではない。今は単なるナコトの依頼を遂行しているに過ぎない。特に前金が凄かったので。

 用が済んだと彼(モーデ)が判断したのであれば次の仕事に向かうだけだ。淡白にヘッケランは思っていたが仲間はそうでもなかった。イミーナはリーダーの目例に従う所存なので黙って酒を飲み続けた。あまり飲み過ぎないように少しずつ口を付ける程度だった。

 即日に結論は出ないだろうと判断し、数日は自由行動にする。その間、結論が出たものに強力資金を出すことを約束して解散した。というよりナコトだけ出て行く形になった。

 

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 ヘッケラン達と分かれることになっても宿は共通なので後で再会する形になる。

 憂鬱というほどではないが一つの結果が出たことで次の目標探しに向かわなければならない。そう思いつつ酒場から出ようとした時、件(くだん)の白黒と鉢合わせになる。

 

「ごめんなさい、どうぞ」

 

 相手側から恐縮させられ、ナコトは条件反射的に頭を下げて返礼する。

 大きな十字槍が出入り口に引っかからないように気を付けながら白黒は中に入っていった。その際、あまりにも目立つ格好だったので客達の視線を浴びたが、当人は気にした風でも無く空いた席に座る。

 いったん外に出たナコトは店内への隠し通路を使い、様子を窺う事にした。透明化の場合は気配を察知されると面倒なことになる。特に熟練の冒険者であればそれだけで違和感を覚えて警戒してしまう。ナコト本人も気にするのでよく理解していた。

 店主は客達にあまり関心を持たない。だからといって注文を無視することは無い。そこは商売人として責務はちゃんと果たす。そうするように仕向けている。

 ナコトの仕込みのお陰で小都市の治安はそれほど悪くない。外から来る商人たちの全てを掌握しているわけではないので、全く悪いところが無いわけでもないけれど、目立った騒動は起きていない。これから起こるかもしれないが。

 冒険者であれば武器の持ち込みは場所によっては禁止されるが酒場では大きなもの以外は許されている。今回の場合は近くの壁に置かなければ他の客に迷惑となる。その辺りは白黒も承知していたようで、ちゃんと立て掛けた。

 

「エールを二杯。それとチーズ」

「お嬢ちゃん、未成年じゃないのかい?」

 

 店主の言葉に白黒の人物は不敵な笑みを浮かべる。

 近くに居たヘッケラン達も噂にしていた人物をみて色々と納得していた。確かに白黒だ、と。

 

「……少なくともここに居る客達よりは高齢だと思うわ。……人を見た目で判断しない事ね」

 

 子供っぽさを無くした大人の雰囲気をまとわせた言葉。しかし、そう見せかけているだけで実例が低い事もありうる。

 この世界の成人は十五歳くらいと低い。それでも若いうちから酒を飲むのは身体を壊す原因となる、とナコトの知識ではそうなっている。現地の人間達も無理に子供に酒を飲ませるような真似はしない。今のところは。

 アルシェはエールすら飲めない。その妹達も同様に。

 エールとはワインよりも度数が低い少しだけ酒っぽい飲み物だ。

 発泡酒のようなものらしい。

 

「……イミーナとご同郷の種族か? 頭飾りで確認できないが……」

 

 白黒の耳は見られない装飾によって隠されている。

 よく長髪キャラクターが目や胸を隠す様に彼女は耳を隠していた。だからといって耳が長い理由事を隠している、ともいえない。

 意外と単なる装飾で終わる事はあるものだ。意外かどうかは人に拠るけれど。

 

「耳以外で確認するのは難しいわね。といっても左右で色違いの瞳を持つにしても白黒は初めて見るわ。魔族という線も無くは無いし」

 

 滅多に現れないが悪魔系のモンスターが存在し、森妖精(エルフ)に似た特徴を持つ事がある。少なくとも背中に翼や頭に角が生えている事があるので森妖精(エルフ)と区別できないほどのことはない。

 イミーナの記憶や知識の中に白黒に類似するモンスターは出てこなかった。

 その後、酒と食事を用意された白黒は騒ぎ出すことなく料理を食べ始めた。それ自体は特別な様子は無い。ただ、存在感が凄いというか色合いが別世界の様相だった。

 取り立てて特別な事が無いので見物をやめて引き下がろうかと思った。しかし、クレマンティーヌが気にするほどの相手なので本当にヤバイ奴と名高い番外席次なのか気になって、興味は失せなかった。

 適度に観察を終えた後で抜け道に身を隠す。洞察力のある者の場合、長時間の観察は命取りだ。

 

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 白黒は『お嬢ちゃん』と言われて否定しなかった。だが、それを素直に受け取ることは出来ない。潜入の為の欺瞞行為ということもありえるので。

 地下通路の執着地点の一つである宿屋に出る。

 クレマンティーヌは外に向かったのかもしれないが、一人で無暗に逃げ回られるのは困る。探すのが大変だから。

 別れるにしても一声かけてくれた方が助かる。

 ナコトは自分の部屋に向かう。そこで一息つくと一人で居る事に気が付く。

 白黒は地面を粉砕しながら追跡してきたりはしなかったが、それくらいの事を想定していたのが馬鹿らしくなった。

 

「……スレイン法国か」

 

 今のところ向かう予定は無い。次の候補はローブル聖王国とバハルス帝国だ。南方攻略はリ・エスティーゼ王国の後になる。

 ふと忘れていたが『女体キャプター』としては色々と出会いを求めなければならなかった。珍しい人材は特に。

 無理に進めると痛い目を見るので注意が必要だ。

 そういえばクレマンティーヌの追っ手であるならスレイン法国にとって一番の近場の都市に最強角を送り込むだろうか。近いからちょっと寄ってみた、という程度かもしれない。

 もし本格的に追う気があるなら質問責めか、警戒心を露にしないものか。それとも熟練の戦士だから気楽そうに装っているだけとか。

 色々と考えられるが街中を破壊して回らない内は様子見だ。

 

「……そんなことを考えるなんて……」

 

 まるで冴えない主人公みたいだ、とナコトは苦笑する。

 のんびりと過ごすには娯楽が少ない。興味が湧くそうなものを探そうとすると足りないものに色々と気が付く。

 日本に居た自分の暮らしも良いとは言えないが、現代人は原始的な暮らしに物足りなさを感じる。便利なものが多過ぎた。

 不便を許容する気持ちはナコトにはまだまだ足りない。

 一息ついていると扉をノックする音が聞こえてきた。ナコトが居ると分かって鳴らしているのであればヘッケラン達だ。当然、クレマンティーヌも含む。

 壁を透視するような便利に能力は無いが警戒だけして扉に声をかけると。

 

「……貴方の大事な仲間、クレマンティーヌ様だよ」

 

 小声の返答が返ってきた。聞き覚えのある声だが魔法によって変声位は出来る。とはいえ、そこまで器用な事は教えていないし、ナコトと敵対している者の存在は今のところ確認できていない。少なくともヘッケラン達の方が敵が多い筈だ。

 急に敵の存在を示唆するものだから妙に警戒心が高くなってしまった。かといって気楽に開けて胸を刺されるのも嫌だ。

 少しの手間をかけ扉を開ける。すると声の主であるクレマンティーヌがフードから顔を覗かせる。その後ろに敵が居て武器を突き付けていたりはしなかった。

 

「……良く考えたら外に一人で出た時、待ち構えられたら終わりだから戻ってきたよー」

 

 緊急時でも冷静に判断できるところは偉いと思った。

 部屋の中に彼女を案内し、扉を閉めるとクレマンティーヌは大きく息を吐いた。

 追っ手の影は無かったものの疑心暗鬼になっていたようだ。丁度いい機会なので酒場に件(くだん)の番外席次が来たことを告げると大層驚いた。

 

「あの子は人間なのか? それとも人間種だけど別の種族?」

「詳しくは……。外部から連れてこられたことは聞いているよ。森妖精(エルフ)に連なるらしいから半森妖精(ハーフエルフ)かも」

 

 それと見た目に似合わず実力は本物だと告げる。しかし、他人の言葉なのでナコトにはどれほどのものかは想像できない。

 目の前の彼女より強いところで程度が知れる。とはいえ、それは今日か前の話しだ。今も勝てない程脅威かは不明。だが、戦いたくない相手だと彼女は言った。

 強敵に対する恐怖心を持つクレマンティーヌをベッドに座らせ、深呼吸させた。

 一応、急用と今後の予定を尋ねておく。特に無いのであれば見つかるまで面倒を見る。それくらいは許容できる。ヘッケラン達と違い、単独行動が好きな彼女の存在は貴重である。特に人数的に。

 複数人だとそれぞれに目的や用件があってバラバラの行動になりがちだ。チームなら一緒だと思われがちだが、男女別だ。風呂場まで一緒の浴場になりにくい。

 嫌な気配を感じたままでは気が滅入るだろうから眠らせておく。

 いくら難度二〇〇を超えていても人間種だ。精神耐性が低い者が多い。だから、その手の魔法が効きやすい。

 

「君には悪いがずっと怯えられるのも困るし、敵が存在したままも困る。……今はゆっくりとお休み。後で食料や酒を買い込んでおくから」

 

 寝息を立て始めたクレマンティーヌの頬を撫でる。健康的な暮らしをさせてきたので最初の時よりも血色の良い顔だ。

 資金面については定期的に入る予定になっているけれど、あまり使い続ける事態は良くないと思っている。

 使途不明金の額は少ない方が怪しまれないものだ。いくら国庫を潤すと言っても過剰では意味が無い。と、余計な思考の脱線をしている暇は無い。すぐに彼女を施設に転移させておく。

 一人残ったナコトはヘッケラン達の到着を待つだけだが、それはそれで暇だ。だから、問題の人物を観察する上でお近づきになれるか試してみようと思った。

 特徴的な人材はと(・)り(・)あ(・)え(・)ず(・)観察し、確保する。

 

「……速効首が飛ぶとは思えないが……」

 

 もしそうなる場合は酒場の時に起きている。

 返答の感じでは性格的に問題がありそうとは思えなかった。

 早速出入り口に向かうと敵が待ち構えていた、というご都合主義的なシチュエーションは無く、それはそれ゛期待外れと思いつつ外に出た。

 昼を少し過ぎた時間帯は数人の住民が行き交う程度。彼らは旅行者や商人相手に生活している。人が営む上で僅かばかりの交流を彼らは退屈と感じないのか不思議に思う。

 それこそが『スローライフ』かもしれないが、今のナコトにはまだ楽しさが理解できない。

 様々な物にあふれていた現代人特有の病気かもしれない。

 

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 宿から出ても景色に変化も違和感も無い。何かを期待しては後々厄介なことになるので散歩と同じように歩いてみる。

 個人的にスレイン法国とは敵対していない。その筈だ。たかがクレマンティーヌを匿っているだけで狙われる謂(いわ)れは無い。

 女体以外に目的が無かった。他には特に思い当たるものは無い筈だ。

 

「あーん、泣かないの。一緒にお母さんを探してあげるから」

「……あーん」

 

 遠くで白黒が迷子と思われる子供をあやしていた。肩に巨大な十字槍を担いで。

 違和感はあるが行動に特別なものは無い。仲間の姿が無いが単独行動なのか、最初からソロプレイヤーなのか。

 何にしても人助けは報告特有の教義でもあるのか。偉いと思った。

 ナコトも暇な時は迷子の親探しくらいする。冒険者の依頼ではない、としても。

 小さな子供相手に依頼が無ければ行動しない、という規則は無い。そこはわりと柔軟である。その筈だ。

 子供の手を引いて親御を探す風景に武器は武骨だが微笑ましく見えた。そんな人物に話しかけるのは少しわざとらしい。いや、少しどころではないか、と。

 アルシェ達と同様にじっと見つめる作戦は時間がかかる上、自分がされたらいやなものだ。今回は直接話しかける、という安易な方法も違う気がした。

 自然な触れ合いは中々に難しい。やはりここは石の一つでもぶつけた方がいいのか、と思っていると子供の親が見つかったようだ。かなり感謝されて白黒が恐縮している。ここに石を投擲する奴はきっとロクでもない悪人に違いない。

 市民を誘導させると二手で気づかれる。そういう機微に敏感であれば尚更だ。

 

「……策を練るよりはどストレートの方がいいか」

 

 指揮関係の職業(クラス)特殊技術(スキル)を持っているわけでもないし、と。

 例えあったとしても上手く使えるかは分からない。感覚的に分からない能力が多数存在する。特に見えない数値の変動とか。

 ナコトは親と子供を見送りつつ手を振る白黒の下に近づく。いかにも不審者という感じだが他に方法があるわけでもない。

 こういう場合の正式な向かい方を実は知らない。知り合いならまだしも他人に接触するのは難しい気がした。

 事前連絡でもしていれば話しは違うのだろうけれど。

 

「へ、へーい。そこの道行くお兄さんかお姉さんか知らないけれど……」

 

 ぎこちなく声をかけてみる。

 こういう場合はヘタな演技の方が言い訳しやすい。たぶん。

 声が届いたのか白黒が辺りを見回す。いかにも自分ではありませんよ、と振舞っているようだが、他に該当しそうな人物は居ない。

 

「私に声をかけたの? ……というかさっき酒場に居た人だよね?」

「どうしても気になってさー。そんなに大きな武器を持ってて目立つし、冒険者か何か?」

「……似たようなものだよ。ちなみに女だから」

 

 良かった。余計な事を尋ねる手間が一つ減った、とナコトは安心する。

 仲間は見当たらないが物陰にでも潜んでいるのか、気配を探ってみるもそれらしいものは感じない。

 これだけ目立つ相手が一人というのは本来あり得ない気がした。だが、クレマンティーヌもそれなりに目立つが単独行動していた。それと似たようなものかな、と。

 

「仲間が居るか気になる?」

「一人で居る相手に声をかけるのだから、そりゃあねー」

 

 子供っぽい笑顔から冷徹な女の顔に変化した。だが、そうだとしてもナコトには涼風の如く。

 明るい雰囲気の声質を低めた物言いでナコトを頭から足元まで見定める。

 お調子者のようで油断のならない相手というのは理解した。それと唐突の声掛けは自分でも勇気が要るし、怪しいものではないと言うのも説得力が無い。それを分かってて近づくからには目的がある筈だと試算する。

 白黒から見たナコトは平凡だが怪しい。その一言に尽きる。それは自分にも言える事なので深追いは自滅しそうだと思った。

 

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 広場の中央で話し合うのは色々と衆目を浴びるので何処かの建物の壁際に移動する事にした。今のところ人に聞かれては不味い話題は無く、白黒もたくさんの人間に目撃されている以上、身を隠すことをやめている。元よりもはや無意味だと自覚した。

 ナコトの目的は至って単純。勧誘である。

 白黒は身の程知らずが自分に近づいてきた、という所までは思ったが攻撃態勢に移ったりするのは色々と面倒ごとを誘発するので大人しくすることにした。

 

「……要は私の力を借りたいわけ? それともお酒でも奢(おご)ってくれるの?」

「仲間……というか共に旅を……というのも違うか……。上手く説明できないが……。しばらく付き合ってほしい」

「付き合えって? この私にそんなことを言って来た人間は殆どが墓の下よ」

 

 とはいえ、貴方には窺い知れない事だけど、と聞き取れないほどの小声で呟く。

 一人で仲間も居ない目立つ人間が強いか弱いかは普通であれば分かる筈が無い。だから、声をかけて色々と知っていく。それ自体は白黒も理解している。

 彼女にとっての問題は興味を覚える内容かどうか、だ。

 

「冒険者なら依頼すれば引き受けてくれるんだろう? 物騒な案件……というほどでもないんだが……」

「あー、殺しの依頼は冒険者は引き受けちゃいけないんだったわね」

 

 己の十字槍に顔を向けて苦笑する。

 この武器は人類の敵に振るわれるために存在する。それを単なる依頼で人間を殺すことに使うわけにはいかない。もちろん、特別な事情があれば規則は変えられるものだ。それを彼女は良(・)く(・)知っていた。

 ナコトは白黒の首元に冒険者を示すプレートが無い事に気づいた。大抵は首から下げているものだが、義務というほどの拘束力はない。クレマンティーヌも多数装備品として身に着けていた。今は奇麗に無くなってたが。

 

「興味を持った貴方は私を雇いたい……、という理解でいいのかしら?」

「……まあ、そんな感じです。期日契約という形で良いなら……」

 

 相手に依頼する形の多くは護衛だ。特に貴族が出すことが多い。次にこまごまとした荷物運び系が多い。モンスター討伐は低級には請け負えない。

 洞窟などのダンジョン系は昔から調査されているので新たに見つけるのは困難となっている。せいぜいが野盗の洞窟調査だ。未知の探検は殆ど無いに等しい。

 その前に冒険者ですら無いような怪しい人間を雇いたいと言い出す方もどうかしている。そこは無理な論法だと自覚している。とにかくきっかけが欲しかった。

 ナコトという人間がいかにも怪しいと訝(いぶか)しむも持っている十字槍の存在があるので仕方がないと気づいた。少なくともそれなりの実力者に見えてしまうのであれば雇い入れも無理はないな、と。

 軽くため息をつきつつ話しを聞くことにした。どうせ暇だし。とはいえ、長く徘徊することも出来ない。

 

「無理を通せば一週間くらいは自由なんだけど……。それでも三日が限度かしら」

「……そちらの都合もあるでしょう……。はっきり言えば貴女の事を知りたい。装備品も強さも。仲間として引き入れるかといえば、それはそれで色々と問題が出ると思うので……」

「……仲間はちょっと無理かな。これでも重要な役回りだから。……でも、僅かな時間付き合う事は可能よ。内容次第だけど……。装備品は……、まあ目立つ得物だしねー。知りたくなるのも無理は無いけれど……」

 

 譲渡は不可能だが調べられることは自分(白黒)が黙っていれば可能ではある。無理に強奪してくれる方が楽しめる事もあるけれど。

 相手方(ナコト)の目的は不明だがいやに下手なのが気になる。大抵は見た目で侮り、下卑た笑みを作るものだ。

 母国でもあまり情報は出していない筈だが、それとも裏切り者(元第九席次)が伝えたのか、と疑心暗鬼になる。

 仮にそうだとしても敵は排除すればいい。丁度いい腕慣らしだ、と思った。

 

「私の目的は端的に言えば強さの探求でしょうか。様々な職業(クラス)や魔法を資料としてまとめてみたい、というものです。自分が強くなりたい、というものとは違うのですが……」

「自分が強くなるのが一般的だと思ってたけど……。その話しだと様々な強さを資料にまとめている事になるわね」

「まだ作り始めたばかりですから。世の中には珍しい能力を持つ人が多くいます。だからといって何でも自分のものに出来るわけではないし、修得しなくてよかったと思う事もあると思います」

 

 自分に益になる能力かどうかを調べるのであればナコトの言う事に納得できる。

 都合よく自分の思い通りの能力を得ることは少ないし、意図的なものは弊害を生みやすい。もし、それらの枠組みを自在にできるのであれば強さを追い求める者にとっては理想である。

 かくいう白黒も強い男を求めていた。少なくとも自分よりも強い存在であれば種族は問わないと言って憚(はばか)らない。尤(もっと)も、不死者(アンデッド)まで許容できるとは言わない。ものにはやはり限度がある。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 二人が話し合ってしばらく経つ頃に黒髪で槍を持った冒険者風の男性が近づいてきた。こちらは見るからに男性的な顔だった。

 白黒はその点では中性的で女性と言ってくれないと判断を誤っていたところだ。

 新たに現れた者は十代後半から二十代中盤ほど歳に見える。しかし、ナコトの主観での年齢はそれほどあてにならないし、自信も無い。

 

「お一人で歩き回られるのは困ります」

 

 声を聞いて男性だと確信した。

 相手は物腰が丁寧で白黒に恭しく頭を下げてきた。立場が上の存在である事が窺える。

 番外席次の知り合いという事は同じ漆黒聖典かそれに類する存在。といっても詳しいわけではないので単なるスレイン法国の戦士かもしれない。

 

「んー。折角の非番なんだから好きに移動させてよ。本国は窮屈で叶わないんだから」

 

 そう言いながらナコトに近寄る白黒。

 まだ帰りたくない、という意思表示だと受け取る。それを利用すれば彼女を手に入れる事が出来るかもしれない。

 槍使いの男性は顔を押さえて失望した様な状態になった。聞き分けの無い娘に振り回されて苦労が絶えない、といった感じに見えた。実際、そうなんだろう、と。

 自由の為ならナコトの味方になる。それはつまり物事が彼の思い通りになる、ということだ。

 という流れを感じたナコトはあまり面白くなかった。意見が通るのはありがたいがわ(・)ざ(・)と(・)ら(・)し(・)い(・)のは嫌いだった。だからといって好機をみすみす逃す気は無いけれど。

 

「私としては一人よりたくさんの方が面白そうなんですけどね」

 

 無理に一人だけ引き抜こうとは思っていない。それを示唆すると槍使いの男性は首を傾げた。話題にそもそも参加していないのでナコトの言動は意味不明に聞こえた。

 側に居る白黒は苦笑した。そう来たか、と小さな呟(つぶや)きが漏れる。

 

「へー。私一人じゃなくてもいいんだ」

 

 確かに話しの内容から想像するに多種多様な職業(クラス)が居れば居る程いい事になる。

 どういうつもりなのかは直接確かめればいいだけだが、それを成すには色々と問題がある。

 暇を潰すには持ってこいではあるが意外な人物の存在に白黒は興味を増していた。

 滅多に外界に出られない身分だった為に様々な事を知る事が出来て嬉しかったし、楽しくもある。これほど笑いがこみ上げてくるのは何年ぶりだろうか、と。

 

「数日程度はいいじゃない。彼も延々と私達を拘束しようとは思っていないようだし」

「……お戯れを」

「私は娯楽が欲しい。彼は私を楽しませてくれるそうよ。どんな事なのかとても興味があるわ。……案外、第九席次の所在も知ってたりしてね」

 

 第九席次という単語で男性は眉根を寄せた。

 今の単語は秘密の暗号に匹敵する情報だったのだとナコトは察したが表情には出さない。

 正直に言えば席次については順番程度の知識しかなく、クレマンティーヌの事なのは理解しているが、その程度では動じない。

 バレて困るのは彼女(クレマンティーヌ)であってナコトが困るのは保管している物の情報だ。

 

「……ん?」

 

 そのクレマンティーヌは今のところナコト預かりになっている。今ここで存在を明らかにするのは不味い気がした。金に為に簡単に譲り渡すような事をしては信用に関わる。

 でもここはリ・エスティーゼ王国の領内。スレイン法国の言い分はたぶん、通じない。

 犯罪者の引き渡し条約でも結んでいればナコトは従う君が発生すると思うが、その辺りは承知していないし、王国の法律に詳しいわけではない。

 領主を洗脳している時点で大罪人ではあるが。

 

「……んー、まあ、第九席次については風花の管轄だから私が直接動くことは無いけれど……。珍しい職業(クラス)を集めたりとか面白い事をやっているそうよ。私達の更なる飛躍の情報が手に入ったりするかもしれない。本国からの強制送還まで時間はまだある筈でしょう? 少しは私も羽を伸ばしたいものだわ」

 

 歌う様に白黒は身振り手振りを交えて言った。その行動は正しく舞踏であった。

 黙っているのが嫌いなタイプかもしれない。というよりも普段から自由の効かない生活を強いられているともいえる。

 無性に喋ったり動いたりしたくなる気持ちはナコトもよく理解できる。しかし、外の世界は荒廃し切っていて防塵マスクをつけていなければまともに外出も出来ない。

 その点、この世界は澄み切った空気が常に供給される。肺の病気のおそれもかなり低い。

 こういう世界を工場排水や煙で汚すべきではない。それは残酷な事を繰り返してきたナコトとて思う。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 白黒にも都合があり、突如としてナコトを擁護しているが彼もそれを承知して利用する。こういうお互いの利害が一致していくのは阿吽の呼吸のようで怖くもあり、嬉しくもある。

 ただ、危ない橋を渡る気は無いので攻め過ぎないように気を付けなければならない。

 槍使いの男性である若者は仕事を優先させたいが白黒の我がままを諫(いさ)めるほど強く出られないようだ。力関係からも彼女の方が強いのだと分かる。

 

「……あまり我がままを言ってもらっては困ります」

「ちゃんと帰るから、その間くらいは自由を許してほしいものだわ。……とはいっても本国は後始末で忙しいし、私の出番も無さそう……。なら、ここで飲み食いしても良い筈だし、たった数日の休暇もくれないなら暴れてやろうかしらって思わなくもない」

 

 彼女が喋るたびに唸る槍使いの若者。

 言葉の端々に本国の秘密情報が含まれているようで眉根を寄せていた。

 ナコトにとって重要そうな単語は今のところ無いけれど。話し方が演劇っぽいのはこの世界特有の問題であってナコトからすればわざとらしい言い方が鼻につく。

 住んでいた世界が違うものだから常識の差異は仕方がない。それを指摘する事はおそらく間違っている。

 

「貴女に暴れられては……。……私の権限でも数日が限度ですよ」

「……そうなると全員は……無理そうね。……で、こちらの話しは終わったわけだけど……。聞きそびれていたけれど……、貴方のお仲間は何人くらい居るのかしら?」

 

 確信めいた質問を投げられたので辺に隠さず、ヘッケラン達の分だけ答えた。

 合っているとも間違っているとも言えない言い方で。

 

「彼らは既に鍛練を終えたので、このまま別れるか今しばらくお手伝いに協力してくれるか考える時間を与えた最中です。そうするとまた私一人の時間になってしまうのですが……」

「……ふーん。特殊な職業(クラス)を欲すると聞いたけど……、実際に見てみないと理解できそうにないわね。口だけでどうこう出来るんだったら苦労はしないか」

「そうですね。何事もやってみないと分かりません。それと強さの基準は人それぞれです。結果に納得するかしないかは私でも保証できない」

「……試しに彼を強くして頂戴、と言ったら出来そうかしら? 一応、うちの国ではかなりの実力者なんだけど……」

 

 そう白黒に言われた槍使いの若者は苦笑した。

 ナコトとしては相手の情報が無いまま強くしろと言われても困る。最低限の情報をまずは手に入れなければならないので。

 それに本格的に強くするには『チャタル・ヒュユク』に来てもらわなければならない。

 アルシェ達のように『生まれながらの異能(タレント)』によって見るだけで相手の強さが分かったりしない。その手の便利な魔法があればいいのだが、物事は早々都合良くいかなかった。

 そんな魔法があればあったで大問題だと思う。

 

「程度にもよりますが……。文句を言わなければ単純な増強は難しくないです。新しい技を教えろ、というのはちょっと困ります。得手不得手の技術がありますから。出来ないことは出来ないと言います」

「……単純な強さっていうのは……、力が強くなったり魔法を長時間使えるって理解でいいのかしら?」

「そうですね。でも、感じ方の違いもありますから。第四位階までしか使えなかったのに第五位階まで扱えるようになった、くらいが分かりやすいかと」

「……位階魔法ってそんなに簡単に上昇できるものなの?」

 

 と、白黒は若者に尋ねた。

 戦士職である彼にとって答えにくいものだったようで、分かりませんと言った。

 ナコトに質問された場合は出来るとつい言ってしまいそうになる。

 無暗に職業(クラス)レベルを積み重ねた上で選択できる魔法は増える。しかし、それだけでは面白みが無い。

 自分が使いたい魔法を習得できた方がいいに決まっている。位階は高いけれど使い道が無ければ無意味に近い。

 

「……あー、つまり……」

 

 頭を押さえつつ槍使いが不穏な気配を感じたようだ。

 理解力がある者が聞けば荒唐無稽の言葉が続いている事に気づく。

 強さを意図的に操作するすべはほぼこの世界には存在しない技術だからだ。秘匿されている事を考慮しても信じがたい事であることはナコトも感じている。

 これはプレイヤー特有の数値化されたステータスなどに慣れているからこそ言える事である。そして、自由自在とまでは言わないがある程度は意図的に強さを誘導する事が出来る。

 彼らはそういう事前情報の存在を知らずに生きている。知らない事が多くて当たり前だ。

 

「人跡未踏の技術も貴方にかかれば容易いと?」

「ある程度は容易いと思います。ただ、無敵の存在にはなれませんよ」

「……それが口だけではなく現実に出来るとしたら面白そうね。さっき見かけた冒険者も中々に強そうだったわ。あ(・)れ(・)も貴方のお陰なのかしら?」

 

 あれとは酒場に居たヘッケラン達の事だとナコトは思った。

 何らかの能力にかかれば見るだけ、側に近づくだけで分かる事もあるかもしれない。所謂(いわゆる)強者の気配というやつだ。

 残念ながらナコトには感じ取れないものだ。

 

「何にしても実際に私達が強くなれば貴方の言葉の真実性が高まる。……もし、それが本当であればとても脅威だわ。スレイン法国始まって以来の危機に発展するかも」

「……それはどうでしょうか。そんな方法が誰にでもできるなら……、私の予想ではとっくの昔から出来ていなければおかしい事です」

 

 白黒は自分の考えを否定されて驚いたようだ目蓋を大きく開いてナコトを見つめる。

 確かに安易な増強が真実だとして、それが今まで出来ていないのはおかしいし、スレイン法国が誇る部隊が強くなれない事に納得が出来ない。

 意図的に情報を隠蔽し、一部の者だけが強者になっているのかもしれないが、それでも国家の危機を放置していられるものか、と。

 もし、自分達以外の者であればナコトを抹殺する方を選ぶ。ただ、それはたった一人だけ情報を持っているのであれば、だが。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 声掛けしたものの金貨一人一〇〇枚以上を要求されると困る。一定の蓄えはあるとしても無限ではない。ユグドラシル金貨とは違って現地の貨幣は魔法媒体に使えない貴重なものだ。

 世界に存在する資源の絶対量は変えたくない。そうしなければ価値が高騰し、物価がおかしくなる。程よい流通こそ健康的であるとナコトは思う。

 意外と乗り気の白黒の娘は槍使いを説得しているようだが、こちらは頭が固く難敵のようだ。

 彼女を拘束できる期間が短いようなので今以上の人数が来たとした場合、一遍に強化できない事を伝える。

 

「二人以上となると……一人につき三日くらいは欲しいですね。本来は短期間で終わるようなものではなく、じっくりと腰を据えたいのですが……」

 

 三日というのは白黒の為の時間だ。それ以外で余裕があれば一週間や数か月くらいはかける気でいた。しかし、思いのほか施設に滞在し続けることが精神的に多大な負荷として襲ってくるのでやむを得ない。

 しかし、事務的な作業はそれほど気にならないのだが。

 

「聞いた? それだけの期間で強くなれるらしいわよ。私達の今までの苦労は何だったのかしらね」

 

 面白そうに白黒は笑った。

 彼らにしてみれば日頃の鍛練を無意味にしかねない程の暴論だ。ナコトとて努力を無意味だと論じりはしない。

 そもそも個々の技や魔法、技術はナコトが開発したものではないし、独自に作り上げた能力は尊敬する。しかし、効率を重んじる時間に生きる者からすれば一つの事に膨大な時間をかけることは確かに無意味に感じてしまう。

 先人達の努力は認めるが同じか、それ以上の期間を駆けたいとは思わない。ただそれだけだ。だからこそ新しい技術までは提供できないと言っている。

 

「スレイン法国としてはどうするのかしら? 単なる増強であれば脅威として見る事は出来ないし、未知の能力を開発できる場合はとても魅力的……。それを知った他の国々からすれば秘匿したくなるでしょうけれど……。問題は方法よね」

 

 扱いを誤れば自爆する。上手く制御出来れば国の益になる。

 しかし、問題はそこだけではない。

 唐突に現れた得体の知れないナコトが『できる』と言い出した事だ。胡散臭すぎる。

 白黒にしてみれば実に興味深い。暇が潰せる口実が出来た。それ以外では何の興味も持たなかった。だが、彼女は酒場で信じられないものを見てしまった。

 通常ではありえない強さを秘めた冒険者を。

 冒険者プレートが銀級程度なのは始めたばかりなのだと。しかし、自分の強者を軽く凌駕していないか、と驚いたものだ。

 

「えらく実感がこもった言い方をしますね」

「女の勘よ。のんびりと隠居していると置いて行かれそうと思うほどにね」

 

 槍使いの若者に苦笑を見せる白黒。というより彼らは一向に名前を出さない。

 知りたいかと言えば覚えていられる自信が無いのでナコトとしてはどうでもいい。

 やはり名前の連呼はむず痒い。けれども無いと困る。そんな程度だ。

 

「それだけの事をこちらの方が私に提案してくれる。胡散臭いにも程があるけれど……。暇が潰せればなんだっていい」

「……結局はそれが目的でしょう」

「でも、怪我の功名ってこともあるかもよ。私が脅威だと思わなくなるほどに強い人間が増えれば自由になれるかもしれない」

 

 戦闘は嫌いではないが長期の拘束は好きではない。だからこそ国に敵が攻め込むことを長く切望していた。その気持ちに嘘は無いが、いざとなると足が止まるものだ。

 こうして街中に繰り出せるようになって思う。

 自由は果たして自分の益になるのか、と。

 無駄に強いだけで友達の一人も出来やしない。居る事は居る。側に居る槍使い達だ。だが、もっと欲しくなる。

 女は欲望の塊だから、と白黒はお腹を擦りながら思った。

 

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 季節は日本で言えば冬間近。

 温暖な気候を持つスレイン法国近くの小都市においてナコトは未知の遭遇を果たしていた。その結果については半々の期待を寄せている。

 まずより多くの検体を必要とするのは自分に出来ない事をさせるためだ。それには適切な職業(クラス)が必要になる。もちろん、種族レベルも存在するのであらゆるモンスターの確保もい(・)ず(・)れ(・)は(・)命題になっていくと予想している。

 

「支配欲にかられた人間なら自分だけ強くなるものよ。貴方の言い分だと色んな人が対象みたいね」

「上から命令しか出来ないのは強くても面白くないだけですよ。やはり誰か彼かの助は欲しくなる。こうして話し相手になってくれる人の存在は非常にありがたい」

 

 自分の趣味に合わなければ非常に邪魔くさくなるけれど。

 今は強引に自分の趣味に合わせろ、というような無理強いは控えている。押しつけがましい事を嫌うのは自分も一緒だからやりたくない。その結果が精神支配の魔法の多様だ。

 あまり魔法に頼りすぎると自我が薄まるようなつまらなさに支配されてしまう。

 

「不死系の相手でもない限り、人間は寿命に勝てません。いくら強いと言っても……」

「真理ではあるけれど……。いえ、そうね。老いこそは大敵よね」

 

 長寿だとしても寿命が尽きる時がいずれ来る。そう思うと今を楽しまなくては勿体ない。そう強く思う白黒だった。ただ、槍使いの若者は危険思想に染まりつつある白黒の事が非常に心配になっていた。

 母国の教義によれば国の礎(いしずえ)こそが誉(ほまれ)である。その為に努力を積み重ね、時には手を汚してきた。それを今更否定する事は出来ないが止めることも出来ない。

 国に忠誠を誓うとは己を殺す事だ。

 

「……ところで貴方は王国の人間よね? 他国の人間でも構わないの? 最強の軍団とか作りそうな気配を感じるけれど……」

「居心地が良ければどこでも構わないし、王国は広い国土を持っていますから。たまたまです。領地とか人民とか税金対策とか考えるような役職はちょっと……」

 

 嫌そうな態度を見て国の長(おさ)になる気は無いと理解した。

 お世辞にも王の器は無いし、小物臭しかしない。威厳を持つ相手が善人とも限らない。

 面倒くさそうな政治に嫌気がさしている、ということであれば理解できない事は無い。それでも最強の軍団を率いるような野盗の頭領はどうなのか、疑問に思う。

 犯罪組織だと摘発で面倒くさくなるか、と気づく却下。

 

「……そうよね。いきなり王様にいい方法がありますよ、なんて言っても取り合ってくれないだろうし、こうして通りを歩く人間に声をかけた方が効率的か……。ん? それだと貴方の方法論は最近できたことになるのかしら?」

「そうですね。対象の相手が長く見つからなかったので……。それと実動させてみて長く居ると精神的な負荷が凄い掛かる事も判明しました。一人ではちょっと辛いです。でも、短期間ならなんとか平気でいられます」

 

 それが三日という時間なんだと理解する。しかし、そうだとしても方法の中身が未だに頭の中で形にならない。

 人を簡単に強くする方法。いくつか知られている物とは違うのか、と。

 でも、短期間の増強の結果は見てしまった。彼は嘘を言っていない。それを認めるのは早計だとしても確認しなければならない。

 

 スレイン法国が誇る秘密部隊の切り札としては。

 

 自分は誰にも負けるわけにはいかない。それは立派な理由になる。

 槍使いの若者は監視役として来てしまうが構わない。そう白黒は結論付けてきた。

 娯楽の為には多少の些事も強引に捻じ曲げる勢いで。

 

「……秘密部隊なのにやたらと有名なんですってね、スレイン法国が誇る最強の部隊って……」

 

 そう独り言のように呟く。すると槍使いは否定したくても出来ない事実に軽く唸った。

 リ・エスティーゼ王国に居る最強と名高い戦士『ガゼフ・ストローフ』が六色聖典の事を知っている。何度か戦った経験があるらしいが白黒は承知していない。現場に行った事が無いから。

 法国では自由が無いし、滅多に外にも出してもらえない。

 余程の危機とやらが何年先に起こるかも分からない。数十年先か、数百年先かも。

 いつ現れるか分からない脅威に怯えるスレイン法国についてはもはや愛着は無く、早く滅びてしまえばいいのに、とさえ思っている。

 それをしないのは槍使い達が敵対すると負ける可能性が高まるからだ。

 個は集団に劣る。それを良く知っている。

 

「短期間で強くなれる方法があるとして……。それはどんな方法なのかしら? 便利な魔法(マジック)アイテム?」

「至極単純なモンスター討伐です。……方法があまりにも残酷なので国の偉い人に見つかると潰される可能性がありまして。他言無用であれば特に制限はかけたくありません」

「……でも、私達は義務として情報を上に報告しなければならない。……あー、でも、モンスター討伐なら別に構わないのかしら?」

「そうですね。そんな事で強くなれるとは聞いたことがありませんが……」

 

 最近使い始めた、という話しを思い出せば当たり前だと気づく。

 つまりナコトは余程効率の良い方法を見つけたことになる。それの良し悪しは実際に見て判断すればいい。法国の益となれば良し、そうならなければ壊滅させるだけだ。ただし、法国内であれば簡単に出来る事も他国の領内となると自分達のような秘密部隊が動かざるを得ない。

 それとナコトが気軽に話しているのは危惧を含めての事だと予想する。潰される事も加味して白黒を招きたい気持ちがあるのだと。そうであるならば槍使いの若者も護衛としてついていくしかない。そう思うと気が重くなるのであった。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 行く気満々になっている十字槍を肩に担ぐ女性(白黒)を引き留める事は無理だと悟り始めた槍使いの若者は大きくため息をつく。

 話しからもナコトという男性は危険な匂いしかしない。しかし、実力的に言えば負ける筈がないという自負はあっても任務に支障をきたすわけにはいかないので警戒は解けない。

 それと短期間で人間を強化する方法に興味もある。

 どのような方法かは自分で見て判断するしかないが、本(・)国(・)で(・)の(・)騒(・)動(・)が無ければ気苦労も幾分か軽減できたはずなのに、と。

 

「分かりました。しかし、長期間の外出が問題視されれば私も庇(かば)えませんからね」

「そうこなくっちゃ」

 

 実に嬉しそうに微笑む白黒。それだけ見れば可愛らしい女性なのに、と小さくため息をつく。

 娯楽に飢えているのは確かだし、彼女の機嫌に適うような事柄はスレイン法国には殆ど無い。皆無と言ってもいい。

 戦闘が好きでも彼女は強すぎる。自分が『神人(しんじん)』と呼ばれていてもそう思うほどに。

 はっきり言えば規格外だ。そんな彼女の事を相手の男性は知らない。というか情報を秘匿しているから知らなくて当然なのだが。

 今は平然と話しているようだが、その強さを目の当たりにしても同じような態度で居られるのか正直に言えば見物だと思っている。

 

「私は早期に帰還するかもしれないけれど……。どうせなら全員でお邪魔したいわね。全体的に実力の底上げくらいはしておかないと痛い目を見そうで……」

「一気に複数人は……。出来なくは無いけれど期間が結構かかりますよ。あと、言ってませんでしたが……。結構条件を厳しくしますが……、言う事を聞いてくれないと困ります」

 

 相手の要望は尤(もっと)もだ、と槍使いの若者は思った。何も条件が無いのは怪し過ぎる。

 であれば彼の出す条件とは何なのか。金品は許容できる。武具はほぼ無理。

 各自の能力の情報の秘匿は条件を相手にも飲んでもらわなければならない。

 

「えー、なになにー。互いに殺し合えとか?」

「仲間同士の争いは無いです。単に魔法に抵抗しないでほしい、という事です。命令しますから、抵抗されると時間ばかりかかります。それとも言う事を素直に聞きますか? さっき見かけた冒険者は結構抵抗しました。討伐モンスターを倒すのに抵抗を覚えたりしまして」

「モンスターなら私は結構平気かも。強いモンスターを相手にさせられれば怖気づくのも理解できるわ」

「あくまで能力の増強ですから。死んでもらっては困ります。そこは気を付けております。報酬は一人金貨五〇枚くらいまでで勘弁願えると嬉しいです」

 

 金貨の代わりにナコトが受け取るのは能力の情報。

 白黒は話しの内容を思い出して彼が知りたいのは珍しい能力だ。秘密にするように詰め寄りのは嫌がる。だが、他言無用であるならば彼が知りえたとしても別段いいのではないか、と。

 仮にクレマンティーヌの身柄を引き渡せと言った場合はカードの一枚として使われてしまう。なので金での買収はわりと有効的だ。

 本当にクレマンティーヌが居たとしても彼女は何の役に立つのか白黒には分からないけれど。

 

「貴方個人はそれを他国に売って儲けるわけ?」

「趣味と実益ですが個人的なものに使いますよ。例えば魔法の場合は一覧表を作っておけば後の人が楽になります。それが情報漏洩だとしても習得できる可能性がある人に貴方達の国が口止めする権利を有しているとは思えません」

「……確かに」

 

 自分の達の能力は生まれもあるが最初から意図して得たものではない。それを事前に口止めなど出来るわけがない。

 スレイン法国がどれほど強大でも個人の個性に口出しする程の法律は持っていない。他国の人間なら尚更だ。

 

「他人様の能力を情報という形で売る事はありません。別段、個人を倒すために知りたいわけではないので。有名な冒険者の能力とかは出す気は無いですよ。どこの誰の情報をだせ、と言われても困ります」

「了解しました」

「確かにそうよねー。そういう情報を欲している人との付き合いは無いの?」

「無いです。友達もほぼ居ませんから。……出来ればお近づきになりたいな、という思いはあります。あの人達と別れなければならないのはそれなりに寂しいですけど、引き留めるほどの理由が無い」

 

 と、ついつい本音を言ってしまったナコトは苦笑した。

 アルシェ達が特別何かに優れているわけではないし、イミーナが半森妖精(ハーフエルフ)だとしても彼らの人生を繋ぎ留めておく理由が無い。

 必要なのは人的資源となる素材だ。それさえ手に入れば自我のある生物はほぼ不必要になってしまう。

 事務的には必要なのだがそれ以外では寂しさを覚える。あと、自分で友達が居ないと言うのは更に元気をなくす。

 居ればありがたいが居たら居たで色々と面倒くさい。それがアルシェ達と付き合って思った事だ。

 用件があると言えばいつ帰ってくるか分からないし、討伐を頼むと内容で嫌がるし。

 

「………」

 

 ナコトも内臓が転がるような現場には入りたくないから気持ちは理解できる。

 今から思えば人体を切断する事は中々出来ない。ゲーム的な感覚があるから出来ているだけで現実世界であれば嘔吐か目を背けるくらいは普通だ。

 中途半端に潰れている死体とか。

 

「ご、ごめんなさい。聞かれたくない事を聞いちゃったみいで……」

「……いいえ。新しい友達を探しますから大丈夫です」

 

 興味本位とはいえ余計な事を聞いて気まずさを覚える白黒。しかし、槍使いの若者は呆れていた。

 ナコトが友達の居ない寂しい人間だとしても自分達には与り知らぬことだ。そう割り切り、移動について尋ねる。白黒の機嫌を損ねれば帰還が遅れてしまうのは決定事項だから。面倒ごとは早い方がいい。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 諦めに近い感情を抱きつつ移動を了承する事になった。しかし、ナコト側は待ち人の存在があってすぐに、とはいかない事を告げられる。

 連絡を取りに行く間に本国に連れ戻されてはたまらないと思った白黒がナコトと共に酒場に向かう事になった。代わりに槍使いの若者は黙って待つより仲間を集める事にした。これはナコトも了承した。

 白黒は最初の期間で帰還しても槍使いと仲間達は滞在に制限は無いに等しい。せいぜい秘密部隊であることを大っぴらに知られなければいい。

 そうして二手に分かれ、ナコトはアルシェ達に一ヶ月分の生活費を預ける。今のところ手伝いすらも協力的ではないので、後で返答を聞くことにした。それまで街に居る事を約束する。それと事前に白黒にはクレマンティーヌの事は内緒にするように言いつけておいた。

 

「ヘッケラン達に妹達を預ける。私はもう少しこの人の側で魔法について勉強したい」

 

 アルシェが一人でナコトの側に居ると宣言し、ヘッケラン達は慌てたが一か月後にちゃんと再会させることを約束した。

 見どころがあれば助手にしたい。そういう気持ちは最初こそあったが今はそれほどでもない。武技も魔法も勉強しなければならないのは変わらないが、役に立ちそうな気配が無かった。出来れば精神支配無しでついてきてくれる者でなければならない。それには生粋の研究者体質の者を見つける必要がある。あるいは人間種だからダメなのか、それともナコト自身が飽きてきたのか。

 どちらにせよ、今の段階ではヘッケラン達は不要だと判断している。彼らには悪いが期待外れだったという結論を抱く。

 

「今以上に何かあるわけではないと思いますが……、次の再会までお預かりします」

「よろしく頼む」

 

 仲間の誓いについては次の再会まで保留にする。側に居る白黒は見た目以上に感覚が鋭い筈だ。見た目には分からないが予感めいた危機感を覚える。これこそ強者だと少し嬉しくなったが今は無暗に戦っている場合ではない。

 ナコトとして軽戦士でもある。モンスターとの戦いは嫌いではない。陰湿で粘着質な相手だと嫌気がさすが。

 彼らとの別れを済ませた後は移動手段だが、白黒の連れが何人来るか分からないのが意外と怖い。

 スレイン法国は少し聞いた感じでは宗教国家で他国に干渉してくるような秘密部隊を複数持ち、各国に神殿を設置しつつ監視しているとか。充分に怪しく怖いのだがナコト一人ではどうしようもない。

 事前に警備態勢を敷いていたが目的を達成したらチャタル・ヒュユクを更地にした方が安全かもしれないと思った。

 次はもう少し機能的にしないと居心地が悪い。

 ナコトが思い悩んでいる間にゾロゾロと冒険者風の集団が現れた。それぞれ統一された制服ではなく思い思いの服装だ。見た感じでは法国の兵士という印象は受けない。

 老若男女。年齢もバラバラ。武器も大きなものから小さなものまで。人間かどうか怪しい者が居た。

 

「……本当に全員連れて来ちゃった」

 

 ナコトも驚いたが白黒も驚いていた。

 白黒を含めれば十三人。全員ということだから十二人で漆黒聖典ということか、と。

 それぞれ一般の冒険者よりも強そうだ。年季が違うように感じられる。

 これらをナコト一人で打倒できるかと問われれば難しいと答える。集団戦にソロプレイヤーは弱いものだ。ただ、実力次第では勝てなくはない場合もある。

 安易に突っ込んで返り討ちになるのは面白くないので様子見だ。

 それと第九席次だったクレマンティーヌが居ないのに人数が揃っているところから既に新しい第九席次が居るということだが、誰がその人かは分からなかった。

 

「……どうやって連れて行こうか。何だか壊滅させられそう……」

「その点は心配はいらないわ。私の機嫌を損ねるような輩(やから)は潰すから。あんた達、勝手においたしちゃ駄目だからね」

「……は~い」

「了解した」

 

 それぞれ気のない返事が続く。

 実力主義なのかは知らないが今のところ大人しく過ごしている。それが彼女が抜けた途端に暴れ出しても困る。

 少年の様な姿で不敵な顔をしている者や日本で言う所の女子高生風の者。吟遊詩人(バート)風の女性に半裸の戦士。

 それと風貌と髪型がクレマンティーヌにそっくりな男性。

 これらの人物について街中で尋ねることは出来ないとしても彼らがどんな職業(クラス)や能力を持っているのかは興味がある。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 集まった一団を移動させるのに街中の目立つ場所では都合が悪い。

 今更隠し立てしても手間だし無駄に時間がかかる。要点として転移だと告げて彼らに魔法行使の同意を取り付ける。

 まだ仲間ではない者に回復や治癒魔法をかける場合、出来る限り同意が必要だ。これは魔法を効果的に発揮する為だ。そうではない場合は痛めつける必要がある。

 

「勝手に動き回られると面倒なので眠らせたいです」

「……その方が効率的なの? 眠っている時が一番無防備だからねー。嫌がるわよねー」

 

 それが嫌ならナコトの言う事を聞くしかない。そうだと分かって素直に頷く者は殆ど居ない。

 彼らはそれぞれ騒ぎだすがすぐに静まる。無駄に騒ぎ出すのは非効率的だと理解しているからだ。それでも疑念が拭えたわけではない。彼らの目つきは厳しいものが多かった。

 白黒は豪華な集団が現れたにもかかわらずナコトの反応が薄い事に疑問を抱く。

 一般の冒険者であれば漆黒聖典だと分からなくとも強者の気配を感じ、アルシェのように少し怯えた顔になるものだ。それなのに彼はどうやって転移させようか、という事の方が大事だと思っている。

 無知だからこそなのか。それとも漆黒聖典など眼中に入っていないのか。

 

「転移に支障がある人はアイテムを外しておいてー。私の滞在期間が限られているから」

「……おそらく全員転移は大丈夫かと。そもそも何処に連れていく気なのかが……」

「それを知られると困る場所なのは確かよね。そうでなければ……、私の興味は早くも霧散しちゃう」

 

 白黒は自分の仲間達に言う。

 大人しくしていろ。黙って付き従え、という重圧の気配をぶつけながら。

 アルシェは生まれながらの異能(タレント)によって彼らの取得している位階の高さに驚きつつも以前であれば具合が悪くなっていたものが今は僅かばかりの不快感で収まっていた。

 今は第六位階以上も扱えるら(・)し(・)い(・)が実感はまだ無かった。それでもナコトの言葉と行動に嘘が無い事を知っている。

 彼(ナコト)は出来ると言った事を実現させられるだけの実力者である。それを今日現れた集団が知れば大騒ぎになる筈だ。その辺りはついていけないので考えたくないが、と。

 

「場所は秘密基地です。モンスターを討伐する場所には広い空間が必要で……。大型種は居ないので安心してください」

 

 近場で大型建築物は彼らの知識には城か帝国にある闘技場が浮かんだ。しかし、それでは秘密基地としては使えない。特に城にモンスターを多数入れるなどしないし、してはいけない筈だ。

 他の候補は南方にある広大な荒野がそれぞれの脳裏に浮かんだ。

 

「実際に行ってみれば分かるわよ」

 

 白黒は簡単に言うが仲間達は戸惑っていた。

 強引な論法で集められたせいもあるが、目的が全く理解できない事も不安要因の一つだ。

 ナコトは平然と集団の中に入り、距離を測る。

 範囲魔法の場合は一定距離内が必要で、そこから漏れた者は魔法の効果が及ばない。

 多少延長させることも出来るが最初は素の効果だけで試す。しかし、ヘッケラン達よりも多いので全員がちゃんと転移するか自信が無かった。

 半分程度だと思っていたが一気に来るとは、と想定はしていたが驚いた。

 小都市から徒歩や馬車を使ったとしても数日かかる距離だ。転移の方が早い。

 

「……では、行きますよー」

「楽しみだなー」

 

 疲れたようなナコトに対し、白黒は棒読みで喜びを表現する。

 その後、魔法名をあえて言わず無詠唱(サイレント)の特殊技術(スキル)で唱えた。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 転移魔法の中でも失敗しないものを選んだので、これで失敗する場合は魔法に対する対策を身に着けているものくらいだ。だが、失敗例を見たことが無いのでナコトとしてはどうなるか、実は心配していた。

 街中から一瞬で白くて広い空間へと景色が変わり、側には目を瞑った人間達が居た。

 人数を数えるとアルシェと白黒を含めて脱落者はゼロ。全員無事なようで一先ずは安心した。

 

「……なんだここは」

 

 正方形の形だが規模が大きすぎて全体像を目で判断するのが難しい。そんな施設に漆黒聖典の者達は連れてこられた。

 それぞれ驚きを口にするがナコトは黙って言われておいた。

 既に来たことがあるアルシェは自分に与えられた小屋に向かった。

 

「そうだ。皆さん用の小屋の用意をしなければ……。ようこそ、鍛練場へ。この部屋は無駄に天井が高いですけど、寝泊りする場所だと思って下さい。便所と風呂は完備していますが壁際にあるので、そこまで移動してください。……とにかく、適当な場所に座っててください。今、椅子を用意します」

 

 転移で連れてこられた一団を残し、既に設置されていた小屋に向かうナコト。

 建物の中に建物がある風景にしばし戸惑う一同。

 

「……ははは。これは凄いわ。一体どこかしらここは。異空間というわけじゃあなさそうだけど……」

「これだけの規模の建物を目立たずに存在しうるものなのでしょうか? であれば何処かの大都市の建物とか」

 

 広い空間だがこじんまりとした小屋がいくつかある以外は目立ったものが見当たらない。

 もう少し人の気配や物があると思っていた。

 白黒も規模の大きさに思わず呆けてしまった。すぐに我に返り渇いた笑いを漏らす。

 見た目にそぐわぬ不審な存在。けれども言葉に嘘は無かった、と認めなければならない気がした。今は確信が持てないけれどナコトの存在は危険が半分、面白さが半分となっていた。

 

「みんなー。敵は想像以上に強そうね。けれど、これを利用しない手は無いと思うの。我々が本当に強くなれるのか、確かめてみましょうよ」

「……興味本位ではあったが驚かされた」

「……うう。ここまでの規模は想像していなかったなー……」

「話しの内容から……、作られて間もない。我々の探知網に引っかからないのも道理と言えますが……。いやはや……」

 

 それぞれ驚きから解放されないようだが、武器を持って暴れ出す者は居なかった。

 これだけの規模であるならば多くの敵かモンスターに囲まれてもおかしくない。しかし、敵意は感じられない。本当にモンスターが居るのかも分からない。

 とにかく不思議なところであること以外は分からなかった。

 そんな彼らとは対照的にナコトとアルシェが白黒たちの為に椅子を運んできた。

 見た感じだと人員は殆ど居ないようだ。それはそれで不思議ではあるが。

 

「モンスターを討伐する場所だからもっと沢山の人が居ると思ってたわ」

「人員は募集中でして。こういう所やモンスターを怖がらない人が意外と居なくて……。それと皆さんが脅威だと判断されて壊滅する事が決定した場合も考えて、用が済んだら更地にしようかと思っていました」

「まあ、それは勿体ない……」

 

 凡庸とした男性にしか見えないが脅威と思われる事を自覚している。

 更地にするとしてもこれだけの施設を数人で潰す気なのか疑問だ。まずどうやって、と。

 

「創造と現実は違っていたという事です。思っていたのとなんか違うと……。ここまで殺風景で居心地が悪いとは思ってなくて……。装飾とか足りなくて申し訳ない」

「……モンスターは確かに居ますが……、倒すだけで強くなる理屈は私にもわかりません。けれども確かに強くなれるんです」

 

 椅子を運びつつアルシェが言えるだけのこと。理解している事を伝えていく。

 ただ、嬉しそうではなく未だに信じられないといった驚きを匂わすものだった。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 全員が椅子に座る頃にアルシェは小屋に置いてあった飲み物を持ってきた。

 人数が多く、説明する時間もかかるだろうと判断して。

 彼女にとって必要な資料は自分にあてがわれた小屋にあり、それらを勉強するまでの間はナコトの手伝いを買って出たとしても構わないと判断した。

 実際に施設の内容を十全に知りえているわけではないので自分が見たり感じたことを素直に教えているだけだ。

 

「内容が無いようですから他人様に見せられない。それでこんな施設が出来上がったわけですが……。まず、やる事は単純です。ひたすらこちらが用意したモンスターを倒し続けること。無防備ですが、倒してください。ほぼケガをすることは無いと思いますが疲れたら休んで構いません」

「む、無防備?」

「……信じられないかもしれませんが、モンスターは決して抵抗も反撃もしてきません。だからこそ、倒していると気が変になってきます。楽な作業だと思わない方がいいですよ」

 

 と、疑問を呈した相手にアルシェが言った。

 そのせいで余計に不信感が募る。それはいったい何なのだ、と。

 自分が感じた疑問を別の相手が示したことで懐かしさを感じるアルシェは苦笑する。

 他人から見た自分の顔はこういうものか、と。

 

「じゃあケガ人は出そうにないわね。……私達が想定していたのは死闘の果てに垣間見える光明……。限界を超えた先って奴だったんだけど……。そういうのじゃないようね」

「普通はそうなんでしょうけれど、それだと時間ばかりかかりますし、挫折者も多い。成功例が少ない方法よりは確実性の高い方が効率的と言いましょうか。まず、確実にできる増強からです。冒険者が強いのは経験を積んでいるからで、最初から強かったものはほぼ居ない筈です」

 

 条件によれば強者が唐突に現れる可能性も無くは無いが、確率論に照らせばそれがいつ現れるかが不明である。いつ現れるか分からない救世主を数百年も待ち望んでいる余裕はナコトには無い。

 モンスターが再生産される確証の無い世界において強くなる方法は鍛練以外に無い。しかし、そこに魔法という概念が組み合わされば可能性は少しは伸びるかもしれない。そして、それは一応の成功を見た。

 

「個人的に様々なモンスターを捕まえたかったんですが、何処に居るか分からないし、情報の集め方も分からない。出来れば竜(ドラゴン)や森精霊(ドライアード)の居場所を教えてくれませんか?」

「南方にはたくさんの亜人が居るけれど、あいつらは要らないの?」

「今のところ会う予定はありません。この施設を作ってしまって警備体制が心許ないので……」

 

 尋ねれば大体は答えてくれる。

 今のところ確信と呼べるような質問は思い浮かばないが、ここで始まるモンスター討伐はおそらく普通ではない。

 ちなみに森精霊(ドライアード)は見掛けたことはあるが今も居るかは分からないと応えていた。

 無防備のモンスターというだけで怪しすぎる。殺していいのかも疑問だ。

 

「それでどうするあんたたち? ここから先の増強とやらに参加する? 嫌なら見学でいいと思うけれど……。いいわよね、見学者が居ても」

 

 ナコトに尋ねる白黒。それに対して彼は首肯する。

 折角来た人材を見学だけで返すのは勿体ないとは思うけれど、そこは罠に嵌(は)めて、などと物騒な思考が過ぎる。

 出来れば参加してもらいたい。珍しい職業(クラス)とか知りたいので、と下心満載で言い返した。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 小間使いのように働くアルシェだが、無理はしないようにと言い含めておいた。

 何もしないよりは動いた方が精神的に楽だと答えたので、しばらく任せておく。

 謎の施設『チャタル・ヒュユク』に連れて来たがすぐに活動を始める、というわけにはいかない。

 彼らが来てくれることはナコトにとっては想定外だ。用意に少しばかり時間がかかる。それとクレマンティーヌの扱いだが、今のところ彼らが何も言ってこないので知らぬふりを通すことにする。バレたら適当なものを見繕えばいい。

 

「まず……、そこの大きな槍を持った方から始めますか。ある程度の事前情報があると助かるのですが……」

「……うーん。情報ねー。こう見えて私は本国では極秘扱いだからねー」

 

 そう言いながらも完全秘匿のまま謎の施設に来たわけだし、増強に参加してきた。そして、一番乗り気であり、お供を連れてくるように言ったのも彼女だ。

 当人が相手に何も教えないのは不公平だが、その意見を押し通せるほどの実力を持っていると本人は自覚している。

 他の者も厳密には極秘の部隊だが。

 

「ここなら秘密も何もないか……。じゃあ、それぞれ自己紹介よろしくねー。多分、言っても大丈夫そうだと思うけれど……」

 

 なにせ、相手も漆黒聖典並みの極秘施設を見せてくれたのだから返礼しないわけにはいかない。それにお世話にもなる。

 情報だけ取ってさようなら、とするにはまだ色々と聞いたり見たり体験したりしなければならない。

 単なる大型施設だけでは有益とは言えない。

 

「我らは表立って行動する事が出来ない集団です。世間ではどのように言われているかは存じませんが……、他言無用に願いします」

「……それはこちらも同じです」

 

 槍使いの若者の言葉にナコトは丁寧に対応する。

 漆黒転生には通り名のようなものがあるらしく、彼らの会話の中に度々登場している。それは彼らの名を隠すもののようだが逆に自分達が秘密部隊の者であると公言しているようなものだ。それについてはどう思っているのか。

 興味があったので尋ねてみた。あと、ここは世間的にも隔離された場所なので秘密の会話には打って付けである。

 

「普段からこういう会話なのでクセみたいなものです。基本的に他国の者との対話は少ないので」

「リーダーはこの子。通り名もそのものスバリ『漆黒聖典』! 第一席次よ。後は順番に数が増えて十二席次まで」

 

 楽しそうに黒白が言った。

 あまり公言してほしくない情報だったが相手に名乗らずに居ることは難しい事も理解している。

 それぞれ言いたくない事の一つや二つはある。けれども相手を呼ぶ時に不便なので最低限の情報は提供するようにナコトは言った。

 

● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 既にバラされてしまった漆黒聖典の面々は改めて居住まいを正し、名乗りを上げていく。

 ナコトはあまり仰々しいものは無理にしなくていいです、と言っておいた。

 彼らの名は以下の通り。

 漆黒聖典第一席次『漆黒聖典』の通り名を持ち、槍使いの青年が組織の長である。では、白黒はといえば切り札的な扱いなので秘密が多いと述べた。

 リーダーは『ザイヤー・ヴェレ・ウンドゥス』と改めて名乗った。

 第二席次は『時間乱流』という通り名で見た目は少年の様な小柄な人物。名は『シージル・タルマ・デューオ』という。武器は螺旋を描く模様のレイピアのようなもの。

 第三席次『暗黒邪道』はいかにも魔術師(ウィザード)といった風貌の老人で『クオリ・セイル・ヒュンメルケ』と静かに名乗った。

 第四席次『神聖呪歌』は大人しめの女性で『シリューネン・ミンツ・クオンタルス』と歌う様に名乗った。

 金髪で耳に鳥の羽根のような装飾品を付けている。

 第五席次『一人師団』は男性版のクレマンティーヌだ。その辺りはあえて聞かないようにしたい。こちらは召喚士(サモナー)であると教えてくれた。

 彼の名は『クワイエッセ・バゼイア・クインティア』という。苗字に該当するところが一致しているので兄妹なのだろうとは思うが親戚という線もある。そこは本人(クレマンティーヌ)が言いたくなったら教えてくれる筈だ。

 第六席次『聖剣無双』は巨大な剣を携えていた。見た目には様々な蒸気が噴出しそうな孔(あな)があり、ナコトの知識には無い形をしていた。とにかく巨大な両刃の剣に酷似した鈍器ともいえる。

 青を基調とした中層鎧をまとう金髪の男性は『ニーベル・ヒュラン・セクスティム』という。

 第七席次『占星千里』は女子高生風の衣装で戦闘民族には見えない。しかし、漆黒聖典に属している彼女は何らかの能力に秀でていると思われる。

 名前は『ノートリム・ヤイラム・セプリエン』とここまでフルネームで名乗ってきた。

 名前。洗礼名。苗字という形を取るのがスレイン法国式だそうだ。一般の人間は苗字が無かったり、洗礼名が無い者が世の中にはたくさん居る。

 アルシェは貴族の出なので市民より多い名前になっているとか。

 その方式で言えばナコトは名前だけなので平民扱いだ。偽名も名前だけ。

 第八席次『巨盾万壁』は『セドラン』といい、大きな盾を両手に装備していた。

 今の第九席次は『神領縛鎖』で前任者であるクレマンティーヌは『疾風走破』といった。

 神領縛鎖は両腕に鎖を巻きつけた治安の悪そうな地域に居そうな男性は『ボーマルシェ』と素っ気無く名乗った。見た感じだと野盗(ローグ)職っぽい。

 第十席次『人間最強』は半裸の筋肉漢。中年を過ぎてもまだ現役で活動できると言わしめる男性で巨大な戦斧を持っている。名前は『ザングー・ビョンドル・デデッケーム』と豪快に言い放った。

 第十一席次『人形劇場』は眠たそうな顔でいかにも無気力を体現した魔法使いの女性。しかし、それはナコトの見た感じのイメージだ。

 彼女の名前は『ミュライ・ソラル・ウンデキム』という。

 第十二席次『天上天下』は全身を拘束具で固めているかのようないで立ちで性別は不明だが多分男性。そうとしか言えない雰囲気を醸し出しているので。

 くぐもった声で『ピアソラ・レイノ・ディオデキー』と名乗った。

 ちゃんと言葉を話せるところから意思疎通に問題は無さそう。しかし、個性豊かな集団だなと思った。

 統一感がまるでない。それでいて必要な部分に手が届くようになっていると思われる。

 個人ではなく集団戦を得意とするような戦闘集団。そんな印象を受けた。そして、彼らの装備も一級品なんだろうなとは思うもののナコトは自分が装備できない者に関してはあまり関心を持たない。せいぜい鑑定した情報だけ貰えればいい、という簡単な物しか感じない。だから、相手の装備を奪う事はほ(・)ぼ(・)無いと言ってもいい。

 個人使用や呪われた武具を手にしてしまうのを恐れているから、ともいえる。

 最後に白黒が残った。漆黒聖典の一員であることは間違いないが、他の者が名乗りを終えたところからどうしようか悩んでいるようだった。

 しかし、勢いに任せてうっかり口を滑らせたとて彼らが口を噤(つぐ)んでくれればいい。

 

「彼らと違い、私は番外……。番外席次『絶死絶命』だけど……、この名称は内緒ね。ここではただの『アンティリーネ・ヘラン・フーシェ』という事にしておいて」

「承知しました。……後で口封じに来ない事を祈ります。そして、歓迎します」

 

 名乗りを終えた彼らに事務的に応えるナコト。

 アンティリーネと名乗った白黒の女性は微笑を湛(たた)えつつ丁寧に一礼した。

 名乗りを終えた彼らにまず武器を床に置くことを命令し、無暗に歩き回らないように言っておく。

 漆黒聖典だとしてもナコトからすれば多くいる戦闘集団の一つに過ぎない。彼らがどのような存在だろうと特別扱いする気は無い。

 

 

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