---和泉正宗---
雲1つ無い青空、白い小さな雲が見えた。桜の花びらが舞う坂道…それは坂の上から飛んで来た白いベレー帽だった。地面に落ちきる前に、僕はそれをキャッチした。手にしたベレー帽は、仄かに暖かい。誰かが今まで被っていた物のようだった。坂の上、飛んで来た方を見ると、僕と同じくらいの歳の少女が、僕を見つめていた。このベレー帽は、彼女の物だと直感をし、彼女の元へ走り寄り、ベレー帽を彼女へ手渡した。
「ありがとう…」
僕を見つめる少女。かわいい…でも、どこか儚げである。それが僕の彼女に対する第一印象だった。
「私…加藤恵…あなたは?」
「僕は…和泉正宗…」
それが、彼女との出逢いであった…
「また、逢えるかな?」
僕の目を見て言う彼女。
「縁があれば、きっと逢えるよ」
それ以来、彼女とは逢っていない…
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ドンドンドン!
淡い初恋との出逢いを夢で見ていると、天井から聞こえる床をスタンピングする音で起こされた。あぁ、もうこんな時間か。洗顔をして、台所に向かう。朝飯を作らないと。
ドンドンドン!
床のスタンピング音。
「今、作るから、もう少し待ってくれ!」
2階にいる妹へ声を掛ける。
俺は和泉正宗。高校1年生だ。訳有って、引きこもりの妹と二人暮らしである。妹…和泉紗霧は、1年前のある出来事以来、僕とも顔を合わせていない。妹のコミュニケーション手段は、床のスタンピングである。
妹の好きなオムライスを作り上げ、妹の部屋の前まで持っていく。
コンコン!
ドアをノックして妹へ知らせる。
「紗霧、オムライス…置いていくぞ。あと、欲しい物があったらメモに書いておいてな」
昨夜の晩飯の食器をどかし、今朝の朝食を置いていく。階下へ降り、汚れた食器を洗い場で洗って、自分の食事…手間の掛からないトーストと珈琲を食す。これが毎朝の日課である。
---和泉紗霧---
兄さんが階段を降りていく音がした。ドアをこっそりあけ、朝食を部屋に持ち込む。兄さんの手料理は大好きだ。特にオムライスは好きである。朝から私の為に、手間の掛かる料理を作ってくれる兄さんが好きである。
兄さんと初めて逢った日…忘れない…あの時、一目で…でも、アレ以来、兄さんに会っていないけど…一年前、私の母さんと、兄さんの父さんが再婚して、新婚旅行の当日、私は初めてこの家に来た。兄さんと初めて会った。この兄さんとならと思っていたのに…その日、母さんと兄さんの父さんは事故に遭って…
オムライスを食べらながら、過去を振り返っていると、階下から有り得ない音がした。何か、大きな物が倒れた音だ…
『兄さん!』
咄嗟に浮かんだ兄さんの苦しむ姿。私は恐る恐る部屋を出て、恐る恐る階段を降りて、恐る恐るリビングに足を踏み入れた。そこには、兄さんが倒れていた。
「兄さん!」
駆け寄り、声を掛ける。でも反応が無い。額に手を当てる…熱は無い。手首に指を添える…脈はある。静かな寝息だけが聞こえて来た。顔色は悪い…これって、寝不足による過労かな…私のわがままな行動でかな?
『どうしよう…兄さんがいなくなったら、私一人になっちゃう…』
大好きな兄さんの手料理以外、食べたく無い。どうしよう…おろおろする私。誰かに助けてもらわないと、私一人では兄さんを寝床まで運べない…誰に?真っ先に頭に浮かんだ知り合いに、連絡を取った。
---澤村・スペンサー・英梨々---
ネットで知り合ったイラストレーターの知り合いから、連絡があった。
「エリさん…助けて!兄さんが倒れて…どうしていいかわからないよ~」
彼女の悲痛な声…私の妹枠の紗霧ちゃんは、パニック気味であった。
「倒れたって?救急車は?」
「ダメ!私一人になっちゃう…たぶん、寝不足だと思う。兄さんを寝床まで運びたいの…だから…助けて…」
…って、言われても…う~ん…でも…彼女一人では無理だよな。
「わかった、今から行く!住所を教えて」
住所を聞き出すと、着替えて家を飛び出す。この住所なら、1時間もあれば…駅まで走る。途中、知り合いを見つけて、拉致。一人では心細いから…
---紗霧---
兄さんをベッドまで運べない。エリさんに手伝って貰おう。食事を終えて、兄さんは部屋に戻ろうとして、倒れたのか、部屋の扉が開いていた。恐る恐る、兄さんの部屋に侵入してみた。本棚と、机…机の上にはPCが置いてあった。
徹夜でどうしようもないサイトでも見ていたのかな?兄さんの見ているサイトが気になり、PCのスイッチを入れた。そこに映し出されたのは…
生原稿だった…私の相棒とも言える和泉マサムネ先生の生原稿が映し出された。兄さんが、和泉先生なの?同姓同名だから、もしかしてって思っていたけど…
部屋の中には、没原稿の山が沢山あった。こんなに仕事していたんだ…私の面倒を見ながら…なのに、気づかなかった。私が和泉先生に贈った、イラストの生原稿が、額に入れられて飾られている。ごめん…知らなかった…
私は引きこもりながら、イラストレーターとして仕事をして、小遣いを稼いでいた。孤独だった私に、光を与えてくれた和泉マサムネ先生の専属イラストレーターとして、仕事をしていた。その大好きで、尊敬している先生が…兄さんだった…偶然にも程があるだろう。同じ屋根の下で仕事を…共同作業をしていたなんて…思いも寄らなかった。
兄さんの正体を知って呆然としている私の目に、部屋の隅に置かれた原稿の束が目に入った。何かに引き寄せられるように、その原稿に目を通す。
和泉先生と作風が違う…どうして?ペンネームは『朝霧沙樹』となっている。あさぎりさき…あっ!そのペンネームには、私の名前『さぎり』が入っている。どうして…名前を入れることで共同作業している気になっていたのかな?意識の無い兄さんに、理由を訊けない。もどかしい…
だけど…兄さん…没原稿が多いからって…違うペンネームで、違う作風で稼ごうとしていたの??思い当たる節は有る。
兄さんの父さんの妹である叔母と兄さんの会話。盗み聞きするつもりは無かったが、気になり聞いていた。叔母は兄さんの稼ぎで生活出来無い場合、私達を養子、養女として引き取ると言う。その場合、私の引きこもり生活は改善させると言っていた。それに対して兄さんは、
「必ず稼ぎます。だから少し猶予を下さい。妹には…紗霧には好きなようにさせたいんです」
と、叔母に言い切ったのだ。
私の為に…兄さんはバイト漬けになると思っていたのだけど、休みの日は家に籠もりっきり…夏休みも冬休みも…あの言葉は自己陶酔な言葉なんだって、兄さんを軽蔑していた。だけど違っていた。あれって、缶詰状態で必死に稼げる話を作っていたんだ…私の為に…自己嫌悪になる私。兄さんを信じていなかったことへ…だから、兄さんは必死に売れる本を模索していたのだろうか。ペンネームを変えてまで…
スマホの呼び出し音が鳴った。エリさんだ。玄関に向かい、エリさんを家の中へ…え?知らない女の人が一緒…なんで?
「あぁ、この子は加藤恵って言うんだ。私一人では心細いから、登校途中の彼女を拉致してきた♪」
って…まぁ、とりあえず、兄さんの元へ向かう。そして、三人で兄さんをベッドまで運んだ。
「エリさん、ありがとう♪」
「いいって。憧れのエロマンガ先生の役に立てて嬉しいよ♪」
「そんな名前の人は知らない…」
「名乗れないペンネームってどうなのよ♪」
そうだけど…まぁ、思い入れのある名前だから…
「和泉正宗…えっ?ムネ君…」
兄さんの学校の制服を見ていた、エリさんの友人が呟いた。えっ!エリさんの連れてきた子、兄さんを知っているのかな?
「うん?恵、紗霧ちゃんのお兄さんを知っているの?」
「うん…昔、会ったことがあるんだよ」
昔?私が兄さんの妹になる前?ずるい…
「やっと会えたね、ムネ君♪」
私の兄さんに微笑む子…私の兄さんなのよ~!なんか、悔しい。私の知らない兄さんを知っている子に、ジェラシーが沸々と…
「えっ!紗霧ちゃんのお兄さんって、朝霧沙樹なんだ…すげぇ~」
私の読みかけの原稿を目にしたエリさんが驚いている。凄いって…有名なのかな?
「有名なの?」
「有名だよ。ラノベでは無いけど、ベストセラー作家だよ…そうなると、まだ高校生なのか…はぁ?和泉マサムネと同一作家なのか…おいおい、作風がまるで違うだろう…って、和泉先生って、エロマンガ先生の相棒じゃないか。紗霧ちゃん、相棒がお兄さんって知らなかったの?」
「うん…さっき、知ったばかりで、当惑している。どう接すればいいかな…ねぇ、エリさん」
エリさんは、柏木エリという有名な同人イラストレーターである。彼女とは、とあるイラストサイトで知り合ったのだ。イラストのこと、プライベートなことを相談する、私にとってはお姉さん的な存在である。なので、私の兄さんに対する想いも知っており…
「そうだよな、難しいよね…散々ネットでディスりまくっていたし♪」
そうだったよ…相棒の和泉マサムネ先生を、ネットでディスりまくっていた。まずい…マズいよ~!
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「ムネ君、おほよう♪」
あぁ~、兄さんの目覚めに立ち会えなかった…あの女が声を掛けていた。
「あれ?君は?」
うん?兄さんは知らないみたい。そうか、彼女の勘違いだな♪
「あぁ、成長して顔が変わったかな…白いベレー帽…だよ」
「えっ?まさか…め、め、恵さん…どうして?」
あっ!勘違いでなくて…本当に知り合いなの…
ガーン!
あの二人…良い感じになっているし…遅れを取った感が満載だよ。
「あれ?俺…どうしたんだ?」
「寝不足で倒れたみたいだよ。ムネ君の妹さんの知人が私の友人でね。ここに連れ込まれたんだよ」
混乱気味の兄さん…
「兄さん…一人で抱え込まないで…兄さんがいなくなったら…私…一人になっちゃう」
兄さんに抱きつく。あの女に抱きつかれる前に…
「妹枠はズルいなぁ…」
私は聞き逃さなかった…あの女の呟きを。それはライバル宣言ですか?
---正宗----
意識がしっかりしてきて、状況が見えてきた。朝ご飯を食べて、登校前に原稿を書こうと部屋に戻る途中で、意識が飛んだようだ。おかげで、僕の仕事が妹とその友人達にバレてしまったようだ。
「昔から話を作ることが好きだったんだ。で、ネットという物を知って、自分の書いた物を、他の人に読んで貰える機会を得て…ファン1号の人から、イラストを貰ってね。とても嬉しかった。俺の書いた物にイラストを描いてくれたことにね。いつか、その人と一緒に作品を描けるといいなって…それがエロマンガ先生との出逢い。だから、相棒と共に描く作品は大切にしたい。だけど、それだけだと、生活費は稼げないから…妹の名前を入れたペンネームにして、違う作風で書いてみたんだよ。それが売れて…で、二足のわらじ状態になって。そのせいで、寝不足で…面目無いです。皆さんに、ご迷惑を掛けてしまって」
一応、妹とその友人の方々に、何故こうなってしまったかの理由を話し、頭を下げた。
「サインください♪」
紗霧の友人エリさんにサインを求められた。両方のペンネームのサインを書いて差し上げた。恵さんにも…そして、紗霧にも…
「紗霧ちゃん、良かったねぇ~♪」
エリさんの言葉で、顔を真っ赤にして俯く紗霧。どうした?迷惑を掛けたから、怒っているのか?
「に…いさん…」
紗霧から手渡された物…それは…えぇ?なんでこれを、紗霧が持っているんだ?それは、俺が相棒のエロマンガ先生に宛てたお礼状…へぇ?…う~ん…ってことは…えぇぇぇぇぇぇ~!
「紗霧が…相棒…エロマンガ先生なのか?」
「そ、そ、そんな名前の人…しらない…」
顔をうすピンク色にして、横を向く紗霧。はぁぁぁぁぁ~?
「まぁ、そんな感じだよ、お兄さん♪で、コレを機会に、私と恵もお兄さんのお友達ってことで♪」
エリさんからの申し出…恵さんと…やっと、逢えた…
「ムネ君との再会…縁があるってことだよね?」
あの時と同じ笑顔を浮かべる恵さん。