---和泉正宗---
智恵のいる病室に足を踏み入れた俺とみゃー。智恵は上半身を起こし、どこか遠くを見つめている。静かにゆっくりと近づいて行く。
「あ…ムネ君…みゃーさん…ごめん…イラスト…護れなかった…」
智恵は紗霧の描いたイラストを護りたかったそうだ。だから、必死に抵抗して、しかし、大人の男二人相手では、智恵では何も出来無かったそうで、逆に後ろから胸などを弄ばれたそうだった。
「イラストはまた描けばいい…智恵の方が大切だよ」
「うん…ありがとう…ムネ君…」
感情の籠もらない言葉…しかし、智恵の目からは大粒の涙が1つ、また1つと零れていく。お医者さんの話では、一過性のショック状態なので、精神的にさほど心配は無いと言うが…心に刻まれた傷は、医者でも見抜けない…それは俺がよく知っていることだし。
ベッドの横にあった椅子に、みゃーと俺は座り、智恵を見上げるようにした。
「あのね…ムネ君…」
言葉が続かないようだ。言いたい事は分かる。これでも一応ラノベ作家だし。でも、たぶん、智恵は男性恐怖症に陥っているのかもしれない。手がゆっくりと俺の方へ近づいて来る。手を握って欲しいのだろうけど…俺からは触れないように、彼女の手の近くに俺の手を置いた。恐る恐る、俺の手に触れる智恵。
「ムネ君…優しい…暖かい…」
彼女の視線は相変わらず、どこか遠くを見つめている。しばらく、智恵のしたいようにさせて、俺の手から智恵が離れたので、みゃーと二人、立ち上がって帰ろうとした。
「ムネ君…また…来て…」
「あぁ、また来るよ♪」
みゃーと共に病室を後にした。
---羽島伊月---
ちっひーには悪い事をしてしまった。たぶん、いつか自分の部屋を俺が捜索すると予想して、あのような仕掛けをしたのだろう。妹だと俺に知って欲しかったのだろう。妹だから、俺の狂気に耐えられなかったのだろう。妹だからいつか無茶を無理強いされると思ったのだろう。妹だから俺の前では弟を演じてきたのだろう。
結局、俺はちっひーを束縛していたのだろう。だから、親父はちっひーが見つけた新しい居場所を、俺が壊すことに警戒をしていたのだろう。
実際問題…俺に妹がいたら、小説は書かない。書かないでも、妄想しなくても、妹は存在するのだから。俺に妹がいたら、どんな無茶をするのだろうか?その結果がもたらす結末は見たく無い。壊れたちっひーはちっひーでは無いから…
妄想だから良いのかもしれない。小説内だから良いのかもしれない。実際だと良い訳ないよな。俺はちっひーを否定したのと同じだ。妹であるアイツは、身を守る為に弟を演じきってきた。俺と出会ってからずっと…たまには家に帰ってこいって、事実を言おうとしていたのかもしれないなぁ。
自己反省中の俺の前で、刑事が何か言っているが、耳に入らない。スルーだな。
---不破春斗---
嘘発見器に掛けられたが、俺は何もしていないって結果になった。弁護士先生によると、責任能力無しになるらしい。現場に到着した警官の前で、俺は女性に暴行していたそうだし。
ストーカー法の方も責任能力無しにされるのかな?罪に問われないなら、京さんに会いに行っても良いってことになる。どうなんだろう…
「おい、反省も無しか?記憶に無いっていいなぁ。被害者が浮かばれないなぁ」
俺も被害者だと思う。なんで、好きな女性に会いに行くのに、制限を掛けられるのだ?それって、理不尽ではないのか?その辺りを弁護士先生に、攻めて貰った。
「責任能力無しの意味を知っているのか?」
責任を取らないで良いのだろ?ソレくらい知っている。
「お前のようなヤツを罰するのは時間と金の無駄ってことだ。ルールが守れないってことだからな。捜査も裁判も無料じゃないんだ。血税が使われているんだぞ。それなのに、捜査した結果、刑が確定しても、反省することが出来無いお前のようなヤツは、また同じことをする。血税の無駄遣いなんだよ。まったく…お前は今後、病院へ入院確定だ。お前の家族の資産を食いつぶすまでだぞ」
「俺は病気では無い。入院する必要は無い!で、いつここから出られるんだ?」
「お前…俺の話を聞いていたか?」
「京さんに会いに行きたいんだ。ここから早く釈放してくれ。時間と金の無駄なんだろ?」
ちゃんと理解しているよ♪
---和泉正宗----
作家陣と神楽坂さんが仕事場に集まっている。今回の件についての意見交換会である。
「法務担当に訊いたけど、民事で訴訟するしか無いなぁ」
と、神楽坂さん。会社の法務担当の人に今後、どうしたら良いかを訊いて来てもらったのだ。こういうのはプロの意見が間違い無いから。
「ラノベ作家は、禄でも無いって風潮にならないように注意しないとなぁ」
二人とも俺よりも売れているラノベ作家だったらしい。一人はアニメ化されているそうだし。
「でも責任能力無しになると名前は出ないよね?」
「まぁ…そうなるな」
「あぁ、民事訴訟になるとバレるのか…」
みゃーのストーカーは、責任能力無しらしい。千尋君の義兄は、千尋君に対して反省はしているようだけど、今回の被害者への反省は無い上、取り調べには応じないそうだ。妹愛が強いとこうなるのか。俺も注意しないと危ないなぁ…
「う~ん、私なら没にするレベルだよ、羽島伊月って作家は」
って、神楽坂さん。
「妹の生絞り乳を飲むシーンには戦慄が走ったわよ」
って、エリさん。作品を読んだことがあるらしい。
「コウの乳って、生搾り出来るの?」
ふと、浮かんだ疑問を訊いてみた。
「出来無いって…子供を身籠もっていないと、母乳は出ないのよ!」
耳まで真っ赤にして、俯きながら答えてくれたコウ。
「現実無視の妄想作品かぁ…その方が売れるのかな…」
「和泉先生は、今の路線で良いから!」
俺の呟きに即答した神楽坂さん。問題ある作風らしい。でも、今の路線って、没原稿製造器なんですが…いいのか?
「いや、あれは私でも引くわよ」
って、エミリー。ネットでは作風が似ていると評判らしい。
「まぁ、ヒロインが全員妹だものな」
呆れたように言う詩羽さん。みんな読んだことがあるのか。
「みゃーのストーカーの方は?」
「アニメ化されているけど…いまいちだったわ」
って、エリさん。それは先輩のように監修に関わらなかったのだろうか?先輩のアニメ化作品は別物に近いし…それでも売れているのは、先輩の施した原作での設定が完璧なのだろうか?
「問題はたかさご書店よね。被害が大きいそうよ」
千尋君の兄さんが、俺の本を床に置き、小便を掛けたそうで、全損だそうだ…絶版本もあったので、俺に取っての被害も大きい。他の作者のも、跳ねた小便で被害にあったらしいし。
「智恵が店に立てるまで、販路には出来無いかな…」
くやしそうなエリさん。同人誌を置いてくれる本屋を失うのは彼女には辛いだろう。
「いや、彼女の親父さんが、販路にしておいてくれと言ってくれたよ」
と、神楽坂さん。その言葉でエリさんの表情が明るくなった。
「遠方からの注文もあり、商売的にもやっていけそうだと言うんだ。今後は、店のセキュリティーを考えるそうだ。まぁ、あの手の輩は滅多にいないだろうから、目くじらを立てる必要は無いと思う」
俺もラノベファンは、あんな暴挙には出ないと思う。智恵はラノベを求めて来た客相手に、豊富な知識を披露して、ネットでは看板女神とも言われているそうだし。まぁ、聖地扱いだものな、たかさご書店は。
「私達の製作スケジュールには影響は無いわよ。問題は千尋君よね」
詩羽さんも千尋君が心配のようだ。
「あぁ、和泉先生!年越しパーティーは計画通りお願いしますよ~♪」
神楽坂さんの楽しそうな声。手打ちそば狙いだろうな?
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大晦日…そば打ちと天ぷら、つゆ、出汁の準備をする先輩。俺とりんとエミリーはお節の調理、残りの者で大掃除という担当分けをした。
昼頃、千尋君が戻ってきた。
「昨日、母さんが退院できました。みなさん、お心遣い、ありがとうございました」
皆に頭を下げる千尋君。みゃーが、千尋君に割烹着を手渡した。
「料理で恩返しが、みんな喜ぶと思うわよ」
「はい♪」
強張っていた千尋君の顔に笑顔が戻って来た。みゃー、ナイスフォロー♪千尋君がお節組に回り、俺と先輩は、そばの準備をする。
三時くらいに、コウ達がケーキ持参でやってきた。
「コウちゃん、遅いわよ!」
料理担当のりんは朝から働いていたので、コウに強く出ている。
「まぁ、ケーキでも食べて、少し休憩して♪」
恵とみゃーが紅茶を皆に配る。俺には千尋君が珈琲を淹れてくれた。
「マサムネ君、そば打ちを手伝うよ」
って、コウ。助かるなぁ。青葉は紗霧と共にペンタブレットを手にして、皆を描いているようだ。
夕方近くなると、うまるさんがお兄さんを連れてやって来た。
「マサムネ君…兄のタイヘイです」
うまるさんがお兄さんを紹介してくれた。
「和泉正宗です。で、妹の紗霧です」
「そうか、君がマサムネ君かぁ。いい面構えだ」
「お兄ちゃん…余計な事は言わないで…ね」
真っ赤な顔でお兄さんに言ううまるさん。う~、デッサンしたい笑顔だ。でもそばの準備がぁぁぁぁぁ~!
「何かお手伝いしましょうか?」
うまるさんに訊かれた。
「いや、仕事部屋で読書でもして、待っていてくれるかな?その気持ちだけでいいから」
「はい♪」
お兄さんと仕事部屋へ向かううまるさん。
「マサムネ君は、彼女がタイプか?」
って、先輩。
「何のタイプですか?」
「いや、いいんだ。さて、ラストスパートだな」
そば粉を捏ねた玉がいくつか出来ている。後には茹でる直前に切れば良い。出汁と天ぷらの準備を急ぐ。天ぷらといっても、かき揚げである。『書き上げ』て食べるって験担ぎらしい。眉唾物の験担ぎではあるが…
「こんばんわ!」
智恵の声に、皆、声の主に向かって振り向いた。玄関から元気そうな智恵の姿が現れた。
「ご心配をおかけしました。高砂智恵、復活です♪」
意外に早く立ち直った智恵。後で訊いたら、紗霧にされたことより、ショックは小さかったらしい。紗霧とエミリーがお見舞いに行って、紗霧にされたことの記憶がフィードバックしたそうだ。あの無邪気な鬼畜コンビは、病院でやらかしたのか?って訊いたら、『少しねぇ』って笑って答えた…まぁ、元気になって良かった良かった。
腹減ったって、声がしだしたので、そばの調理を始めた。それだけだと、腹に溜まらないので、他にも注文に応じて、オムライス、ナポリタン、ハンバーグなど紗霧好みのメニューで対応していく。
「うっ!美味しい…このオムライス♪」
うまるさんの声が聞こえた。おいしいなら良いか。
「いや、このナポリタンもいいなぁ」
うまるさんのお兄さんの声だ。で、肝心の紗霧はキッチンにいた。俺もエミリーも千尋君も料理番で、調理方法を見ている。
「紗霧は何を食べる?」
「う~…うまるちゃんと同じオムライスかな」
同じ物にはしない紗霧のはスペシャル版だよ。ケチャップライスと卵の間にホワイトソースと溶けるチーズを隠しておく。
「何これ…おいしい♪」
「本当だ。いいなぁ、私のと違うし…」
紗霧とうまるさんの声が聞こえた。仕掛けは機能したようだ♪
「ねぇ、マサムネ…私も紗霧ちゃんバージョンがいいなぁ」
って、エミリー。エミリーのリクエストに応えた。で、千尋君にはナポリタンのグラタン♪
「美味しい…ケチャップとホワイトソースって合うんですね」
千尋君の嬉しそうな声。
「あっ、兄さん…ズルい…千尋ちゃんにスペシャルだなんて…」
そう言われると思って準備は出来ている。紗霧、エミリー、うまるさんにミニサイズを出した。先輩が俺を見つめて、
「私にはどんなサプライズ料理なのかな?マサムネ君♪」
先輩には…カレー煮込みハンバーグ白玉…
「えっ!カレーすいとん?何?ハンバーグ入りだと…」
予想外の料理に驚く先輩。先輩の驚きの声で皆が、その一品を注目した。
「すいとんじゃないです。白玉ですよ、先輩♪」
すいとんは面倒だったので、白玉にしただけではあるが…当初はすいとんにするはずだった。味の浸み具合はすいとんの方が上だったから。
「おいしい…カレーに白玉…合うなぁ」
スプーンを片手に、先輩の器からカレー白玉を掬う、紗霧、千尋君、エミリー、うまるさん…
「料理も奇想天外なんですね」
って、千尋君。料理で色々していたら、除夜の鐘が鳴り始め…
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朝、宴会場に戻ると、酒飲み組は未だ呑んでいた。大人はタフだな。あぁぁぁ~!既にお節に手を出しているし…うまるさんのお兄さんが楽しそうだから、いいか♪
先輩、俺、千尋君でお雑煮の準備を始めた。紗霧とエミリーとうまるさんは夜更かしした為、紗霧の部屋でまだ熟睡中のようだ。
今年はどういう1年になるのかな…