---金剛叶---
意識が覚醒していく。瞼を開くとタイヘイが私を見つめていた。これは夢かな?ほっぺを抓ると痛い…夢では無いようだ。
「叶…後で、お礼と謝罪しろよな。お前、立入禁止領域に無断で入ったそうじゃないか」
タイヘイが怒っている。なんで?
「どうして?」
「覚えていないのか?お前、僕の将来の弟君に怪我を負わせたんだぞ」
タイヘイの弟?いたかな?いや、将来の弟って…あっ!妹さんの彼氏…今回の依頼主…だぁぁぁ~!
「怪我?私、何をしたの?」
「救出してくれた彼に、襲い掛かったそうだ。酷い怪我だ。見ていても痛そうだし」
何かをやらかしたようだ。記憶に無い…有るのはタイヘイと…うふっ♪
「あとなぁ…お前の気持ちに気づいていなかったよ」
私から視線を外したタイヘイ。私の気持ち?気づく?
「それも記憶に無いのか…お前の寝言で、お前の本心を知った。複雑な心境だ」
寝言?うん?夢でのこと?えっ!え、えぇぇぇぇ~!
「私、何を言ったの?ねぇ…」
うっすらと残る夢の軌跡…タイヘイとあんなこと、こんなことをした…まさか、口に出していたのか…
「ごめん…今は妹のことで手一杯だ」
ごめん?それって、遊びだったの?ねぇ、タイヘイ…
「抱き抱えて、耳タブをハムハムして…あんなこと、こんなことをしたのに?遊びだったの?」
きょとんとしているタイヘイ…え?タイヘイで無かったの?あれって…
「誰のことを言っているんだ?僕は妹に、叶が大変だから来てくれって呼び出されたんだ。で、この部屋でお前が目覚めるのを待っていただけだぞ!」
あれ?じゃ、アレは誰?
「もしかして…お前…正宗君を僕と間違えて襲ったんじゃ…それで、抵抗した彼にあんな怪我を…」
目を見開いて私を見下ろしているタイヘイ…えっ!そうなの…?
「どんな怪我?」
「彼の頬には、お前の指3本分の爪痕…」
手の平でタイヘイの頬を撫でて、唇を重ねた…そんな記憶がうっすらと…何?相手を間違えた…がーーーーん!
「お前の汚れた身体を洗っている時に、いきなり暴れたそうだぞ」
身体を洗う?そういえば、全裸にバスローブだけだ…完全に無防備状態…なのに、タイヘイは手を掛けていない。
ちょっと待って!汚れた身体?記憶を甦らせる…そうだ、獣達に回されて…体液塗れにされたんだ…はぁ?
「ちょっと…混乱しているんだけど…なんで、全裸にバスローブなの?」
「全身を洗ったからだろ?」
「だから、なんで全身を洗ったの?」
一瞬訪れた静寂な時間…タイヘイが大きく息を吐いて、意を決したように話し出した。
「お前の立ち入った、立入禁止エリアなんだけど、女性にだけ効く媚薬性ガスが充満しているそうなんだよ。お前は、そこで醜態を晒し、抱え込んでいた欲望をブチ撒いたらしい」
抱え込んでいた性欲ってことですか…えぇぇぇ~!
「どんな幻影を見たのかは、お前しか知らないし、僕は知りたくも無い。彼曰く、叶自身の体液で塗れていたそうだ」
え…お嫁に行けない…そんな醜態を…助けて…タイヘイ…しかし、淡々と語っているタイヘイからは救いの手は望めそうも無い。
「お前の闇に気づけなくて、悪かった」
しかし、タイヘイは私に謝っている…
「思い返せば、そうだよな。そういうことだったんだよな…今まで…」
え~っと…恥ずかしいよ。そんなに思い悩まないで欲しい。
「叶、お前のことは嫌いでは無い。でも、さっきも言ったけど、今は妹のことで手一杯、頭が一杯なんだ。だから、すぐには無理だ」
これって…告白…タイヘイからの…
「待つ…待ちます…だから…タイヘイ…」
「それよりも、先にやることあるだろ?」
目の前には、鬼のタイヘイがいた…そうだ。謝罪とお礼をしないと…タイヘイの妹さんの彼氏に…タイヘイの目付きが恐い…
---土間うまる---
みゃーさんとマサムネ君が帰ってきた。破傷風が恐いので、病院へと二人で行ったのだ。彼の頬はガーゼでガードされ、包帯で固定されていた。
「消毒してもらって、鎮痛剤を貰って来たよ」
「心配は無いみたい。ただ、痕は残りそうだって」
頬に3本の筋の痕。ひっかき傷ってわかる。
「あぁ、しばらくは顎に力が入らないから、そういう方向の食事にしないと」
「わかりました」
彼の言葉に千尋さんが笑顔で返事をした。この家の食事は千尋さんが担当するようだ。
「うまるさん」
「はい」
私に何か出来ることが無いかを考え込んでいると、彼から声を掛けられた。
「うまるさんには、紗霧の面倒をお願いできますか?俺、ゲームとかしないし、アニメも見ないので、紗霧の話相手をお願いしたいんですけど、ダメですか?」
適材適所です。得意分野です。
「はい♪」
「ゴメン、鎮痛剤が効いてきて、眠い…少し寝ます」
自分の部屋に入ってしまったマサムネ君。もっと、話をしたいのに…
「うまるさんは、表情で考えていることが、バレバレですよ♪」
って、千尋さん。そうかもしれない。
「ボクも、もっとマサムネ君とお話したいんです。ボク達は仲間ですね」
って、私に微笑んだ千尋さん。まぶしい…その笑顔は…
----------
週明けて学校…お友達に転校することを伝えた。
「うまるさん…お引っ越しですの?」
シルフィンさんが寂しそうにな顔になった。
「お兄ちゃんの赴任先が変わったから、一緒に付いて行くんです」
きりえちゃんは、事情を知っているので、にこやかに私を見ている。月一ペースで、五反野に描いた絵を持ち込んで、絵本にする作業をするそうだ。絵本担当はマサムネ君、紗霧ちゃんペアである。
「私も一緒に行っていいですか?」
海老名ちゃんが、とんでもない事を口走った。付いて来るの?なんで?
「それはダメです。だって、海老名ちゃんは家族で無いから…」
「そんな…」
涙目になる海老名ちゃん。だって、お兄ちゃんの転勤に、関係ないし…
「引っ越し先に遊びに行きますわ♪」
「でも、遠いよ。日帰りは無理だよ」
「うまるさんの家にお泊まりしますわ♪」
「私も♪」
この二人…どこまでも付いて来そう…彼の役に立つ人材なら、連れて行くのはいいけど…海老名ちゃんは食べるのが専門だし、シルフィンさんは…器用貧乏系だし。まぁ、私も器用貧乏系なので、なんとも言いがたいけど。
家に帰り、引っ越しの準備をしていく。ゲーム機やゲームソフト、アニメ関連は捨てずに持っていく。紗霧ちゃんと共有することになっているし。捨てる物は…あまり無い…それは良いことなのか、悪いことなのか微妙だけど…
お兄ちゃんもあまり捨てる物は無いみたいだ。そうそう、あの日以来、お兄ちゃんが変わった気がする。あの上司と何か遭ったようだ。女の勘がそう言っている。
「お兄ちゃん、あの女と何か遭ったの?」
「何も無いよ。有るとすれば、激怒した程度だよ。正宗君に怪我を負わした自覚が無いからね」
って、笑顔で話をするお兄ちゃん。なら、いいか。
「うまる…好きなように生きて欲しいけど、お前は僕の妹だ。それはいつまでも変わらない。だから、小言は言い続けるからな♪」
って、嬉しいような、うざったいことを言うお兄ちゃん♪
「新居ではスナック菓子とコーラの持ち込みは禁止だ。いいな?」
いきなりの禁止令…でも、内うまるに戻ることは出来無い。
「じゃ、お兄ちゃんは、女の持ち込みは禁止ね♪」
「持ち込みたい女性はいないよ。うまるだけいれば良い」
苦笑いするお兄ちゃん。
---和泉正宗---
珍しく神楽坂さんが上機嫌でやって来た。
「和泉先生、新作が好調な売れ行きですよ」
ならいいか。
「で、シリーズ物をお願いしたいんですよ」
ハードルを上げて来た気がする。
「和泉先生がシリーズ物を書いて頂けないと、困るんですよ」
言いたいことは分かる。先輩の件だな。俺の作風に影響を受けている、俺の上位互換作家。俺の動向が彼女の作品に与える影響は半端ない。
「提出は何度もしていますが…」
「ですから、没にならないシリーズ物をお願いします。異能バトル学園物がいいなぁ」
あぁ、先輩にそっち系を書いて欲しいんですね。とは、言う物の手持ちの企画で、そっち系は『無邪気な三人』しか無い。何ども肉付けをし直しては提出しているが、未だに没原稿のレギュラーである。
「神楽坂さんに言われた姉妹物ではダメなの?」
「あれは、縁のスピンオフですよね?それとは別に、もう1つ主軸をお願いします。ね、和泉先生♪」
ハードルが更に上がっていく気がする。何か無いかな?
「学園に巣くう何かと戦うのはどうかな?」
最近、経験したことをモチーフに妄想を作っていく。地下室に住まう魔物、毒されていく生徒達…友達を救おうと立ち上がる仲間達…簡単なあらすじを落書きのように、思い浮かんだことをメモ書きしていく。
「うん?ふ~ん…有りかな。その線で書いてみてください」
企画は通った…問題は締め切りだが…
「4月に新刊なんか、いいですよね♪」
3月頭辺りか?もう2週間くらいなのだが…
「早書きの和泉先生に期待ですよ。没原稿は減少傾向ですしね」
月5作が4作に減っただけではあるが…意気揚々と先輩の家に向かった神楽坂さん。う~ん、締め切り…作家に取っての強敵であり、永遠のライバルか?
ドンドンドン!
床のスタンピング音…飯の支度しないとなぁ。
「紗霧、今作るよ。もう少し待っていてくれ」
キッチンに向かう。何を作るかな?
---土間うまる---
紗霧ちゃんが床をドンドンドンと蹴っている。お昼の準備の合図らしい。
「スマホとかで連絡しないの?」
「うん?それだと…兄さんの声を聞くと…お腹が減ったって、言いづらいんだよ」
って、恥ずかしそうに言う紗霧ちゃん。なので、感情を床にぶつけているらしい。
土曜の午前中は、担当編集者の訪問が有ることが多いらしい。午後からは、仕事場に行くので、担当編集者は、個別の話は個別の家でするそうだ。仕事場では、合作関係の話だけって、暗黙のルールがあるらしい。
こまる状態になっても対処出来るように、紗霧ちゃんの部屋に寝泊まりしている。午前9時から30分だけ、ネットテレビを視聴するのが、紗霧ちゃんの土曜日の日課だそうだ。その時間は、紗霧ちゃんのコレクションの本を読んだりしている。それ以外は、二人でゲームしたり、お話をしたりして過ごしている。
「うまるさんなら歓迎だから…兄さんのお嫁さん…」
耳が熱い…紗霧ちゃんに言われると重みが違う…
「問題は兄さんだよね」
人は誰しも闇を抱えている。だけど、マサムネ君の闇は深すぎる。女性への接し方がクール過ぎるのだ。全裸の女性を目の前にしても、躊躇無く冷静に行動できる。お兄ちゃんだったら、一瞬怯むと思うんだけど。
館の住民達も、何が彼をそうさせたのか、アレコレ考えているらしい。紗霧ちゃんもそうらしいけど。
「兄さんは…ぼっちなんだよ。今も…」
彼の家族になった者は消えていく。彼は家族を欲しているが、家族が消えていく事実も認識していて、家族を持っていいのかを悩んでいるって、紗霧ちゃんは考えているようだ。
「紗霧ちゃんは家族でしょ?」
「うん…そうだけど…相棒って意識があるんだと思う…」
寂しそうな紗霧ちゃん。似たような環境の私…自分に置き換えてしまいがちである。お兄ちゃんは、私を家族と思っていてくれているよね?
「紗霧!出来たぞ!オムライスだよ~!」
階下からマサムネ君の声がすると、満面な笑顔になった紗霧ちゃん。
「食べようよ。兄さんのオムライス、絶品なんだよ♪」
お兄ちゃん大好きな紗霧ちゃん。私もお兄ちゃん大好きだし…似た者同士かな?
---羽島千尋---
担当刑事さんから連絡があった。母さんに謝罪をしたそうだ。智恵さんにも…ただ、奪った物に関しては記憶が無いそうだ。で、刑事罰は無し…精神診断をした精神医を、妹愛についてのディベートでことごとく撃破したそうだ。どんだけ、強い妹愛なんだな?精神医達の診断結果は、筋金入りの妹愛主義者で、治療で治るものでは無いらしい。困ったことだ。責任能力無しのレッテルが貼られ、この先、行動を制限されるらしい義兄さん。
ただ、ボクに対しての謝罪と反省はあったそうだ。今後の収入の10%程度をボクに慰謝料として支払い、今後ボクとは関わらないと書面にも記して、誓ったそうだ。
一方の春斗さんだけど…一時的な気の迷いとして、器物破損の前科がついたそうだ。暴行罪については智恵さんが取り下げたらしい。酒に飲み込まれた末の結果で執行猶予を弁護士が勝ち取ったそうだ。
これで、年末の事件は、一応のケリはついたようだ。晴れやかにとは行かないけど、気がかりは少し解消はしたと思う。
3月に迫り始めた頃、学校で3者面談が行われた。だけど、マサムネ君、ボク、恵さんは2者面談になった。担任の先生を前にして、ボク達は並んで座っている。3名とも特殊事項保持者という括りらしい。マサムネ君は両親がいない、恵さんはストーカーからの退避の為の編入、ボクは家庭の事情による編入だったから。
「和泉は、今後どうするんだ?」
先生がマサムネ君に訊いた。
「このまま、作家をして、妹を支えていきます」
「進学はしないのか?」
「しないです。そんな無駄なお金は使えません。それよりも、作家でダメな場合の為の投資をしたいです」
「投資ねぇ…どんなことをするんだ?」
「仲間とお金を工面して、別の収入口をつくります。マンション経営とか、飲食店の経営とか…」
「大風呂敷を掲げたな。お前、資金は足り無いだろ?」
「いや、今すぐには無理ですが、5年もあれば、溜まるはずです」
「億単位の金が必要になるぞ」
「ミリオンを連発して稼ぐ方向です」
「はぁ?お前累計20万部程度だろ?」
先生はマサムネ君の作家としての価値を見誤っていた。もう1つのペンネームは、ミリオン連発中である。
「です…ですから、仲間と協力しあってです。夢は大きい方が良いでしょ?」
マサムネ君はもう1つのペンネームの事は持ち出さずに、先生には夢と言った。夢でなくて、もう走り出しているのに…
「そうだな。夢はデカイ方がいい。で、次に加藤、お前はどうするんだ?」
「私はムネ君のしたいことをサポートしますよ~」
相変わらずのポーカーフェイスの恵さん。感情は顔にまったく出さない。
「大学には進学しないのか?」
「しません。大学では学びたいことは無いですから。それよりも資格を色々取りたいです。ムネ君の役に立てる資格をね」
「う~ん…そうか。まぁ、お前の両親には、お前のしたいようにさせたいって、言われているからな。次は羽島、お前はどうするんだ?」
「マサムネ君の役に立ちたいです。将来的には、マサムネ君の構想している飲食店で働きたいです」
「お前もか…和泉のような冴えない男にどうしてだ?」
確かに、学校内では冴えない男に分類されるだろう。見た目も行動も…
「ボクがボクである切っ掛けを作ってくれた恩人ですから」
女の子として、初めから扱ってくれた。義兄さんから護る為に、母さんが再婚した以降は男の子として扱われて来たボクを…
「マサムネ君は、ボクの心の支えですから。だから、生活面で支えたいんです。ボクに出来る事は」
「お前の両親からも、お前のしたいようにさせたいって、言われたよ。まぁ、和泉は信用に値する男だと思う。売れ無いラノベ作家ってだけでな」
ボクは知っている。先生も和泉先生のコアなファンであることを…
帰り道…
「別に俺じゃなくて、もっと良い男になびいてもいいんだぞ」
って、ボクと恵さんに言葉を掛けてきたマサムネ君。
「縁があるから、再会出来たんだよ、ムネ君。私はこの縁を大事にしたいんだよ。それにスゴい恥ずかしい事をして貰ったし~」
「あぁ、アレな…1日3回の薬塗り…まぁ、完治して良かった♪」
少し頬を赤らめた恵さん。とっても恥ずかし想い出なのかな?
「千尋君もそうだよ。俺に拘らないでも…」
「拘りたいんです。ボクの王子様だと思っていますから♪」
「王子様?俺はそんなガラじゃないよ。単なる妹好きの売れ無いラノベ作家だよ」
笑顔で言うマサムネ君。その肩書きが好きだよね、君は…うふっ♪