---和泉紗霧---
季節は巡り…春…外では桜の花びらが舞っている。兄さんは、どうしているのだろうか?京香さんとどこかで静養している兄さん。ネットで『勇者マサムネ』を投稿し、それに私がイラストをつけている。それが、現在の兄さんとの唯一の縁である。
はしゃぎすぎた。反省している。京香さんが言うには、みんなを消さない為に、自分が消えた…そんな感じでだそうだ。あの夏合宿の前、幸せ過ぎると感じ、私達が喪失するのでは無いかっていう恐怖と闘っていたそうだ。
そして、幻覚を見て、幻聴を聴いて…追い込まれていった兄さん。そして…
京香さんも反省しているそうだ。『作家として生計を立てられ無かったら、養子にする』と、追い込んでしまったと…両親を亡くし、妹の幸せを考えていた兄さんに、追い打ちをしてしまったと…
そして月日は兄さんがいないのに巡っていき、私は高校生になった。兄さんの通っていた高校へ通うようになった。エルフちゃん、ムラマサちゃんと共に毎日、学校へ通っている。
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京香さんは仕事を辞めて、兄さんと共に暮らしている。兄さんの面倒を見ている。兄さんと…羨ましいと思った時期もあったが、心が壊れた兄さんとでは地獄であろう。
勇者マサムネは、呪いを受け、ケダモノに堕ちた。でも、とある少女の桜吹雪の術で正気に戻っていく。救われない話の先に描かれた最新の話である。やっと、トンネルを抜けたようだ。
高校を卒業すると、深雪さん、達也さんの兄妹は、館を離れた。ちっひー兄妹、うまるちゃん兄妹は残っている。お兄さん達が、縁で仕事をしているから。
うみこさん達は、ここを離れて行った。兄さんがいないから…
兄さんを喪失して、ここは壊れ始めている気がする。そんな変化が起きていた、大型連休の前。みゃーさんから、縁メンバーにとある発表がなされた。
「今年の夏合宿は、エルフ島ではなく、第2拠点で行います」
と…第2拠点ってなんだ?突然の発表にざわめく会議室。
「朝霧先生が再始動されました♪」
嬉しそうなみゃーさんの口から、待ちわびていた言葉が出た。兄さんが戻ってきたんだ。縁に。
「ゴールデンウィークに、第2拠点の現場を視察してきます」
兄さんが拠点を新たに作ったのか…それは、ここには戻らないってことだ。
「まだ完成していないから、視察メンバーは2.3名になります。宿泊出来無いから」
「行きたいです!」
真っ先に手を挙げる私。
「じゃ、後は伊月とちっひーにするわ。残りの人達は夏合宿を楽しみにね♪」
「私は?」
裸族が訊いた。
「なゆは風邪引くからダメよ。夏でも涼しい場所だから、完成しないと全裸で寝ると危険なのよ」
それって、高原…なのかな。大自然の中の家にいるのかな。都会好きには向かない場所なんだろうな。引きこもりの私、裸族のなゆちゃんなら、問題は少ないと思うけど。
---土間うまる---
いつに無く、お兄ちゃんの顔が険しい。何か問題でも発生したのだろうか?
「うまる…話があるんだが…」
お兄ちゃんの前に座った。
「なぁ、お前と関係を持ったと思うか?」
何を今更なことを言っているんだ?もう、お兄ちゃんとは…
「どうなんだ?」
「今更、何を言っているの?」
「お前、不思議に思わないのか?」
不思議?何がだろうか?
「うまるが僕と寝る時って、こまる状態なんだぞ…」
だから?こまるも私も私だけど…何かがひっかかる。何だっけ?
「はぁ~。いいか、こまる状態で出来ると思っているのか?」
出来る?
「子供?」
「違う!その前段階だ!」
何かに怒り始めたお兄ちゃん。濡れ衣だよ~。
「じゃ、質問を変える。小学校低学年の女子が交われるのか?」
あっ!
「無理…」
って、ことは…まさか…
「そういうことだ。僕とうまるは肉体関係に至っていない。うまるは僕に甘える時はこまる状態だからな。彼に嵌められたんだよ」
周囲の者に幸せになって欲しいから…自分が消えても、大丈夫なように…そうだ、いつだって正宗君は…真剣に考えてくれていた。
「じゃ…」
「夏合宿まで、気持ちを整理しておけよ、うまる」
---羽島千尋---
「何を言っているの、義兄さん…」
「だから、ちっひーとは関係に至っていないんだよ」
今更、何を言っているんだ…義兄さんは…
「毎晩、一緒に寝ているのは確かだが…」
モニタに義兄さんと添い寝するボクの姿が流れた。
「仮定の話をタイヘイさんにしたら、部屋に記録用のカメラを設置してくれて、一ヶ月ほど記録したんだが、やっているシーンが無いんだよ」
毎週1回は交わっていたはずだ。なんで、無いんだ?
「深層心理への暗示…夢に作用するらしい。アイツは、願望を叶える夢を見せていたに過ぎない」
「なんで?」
「高校生であったお前への配慮だ。妊娠したら、高校を卒業できなくなるし、俺も作家なんかやっていられなくなるからな」
そうだ…忘れていた。いつだって、そうだった。ボクと義兄さんのことを、考えてくれていたんだ。どうして忘れていたんだろう…
「アイツは俺達に、出来るだけのことをしてくれたんだ。やった結果も考慮してな。天才のやることは理解出来無いと思っていたけど、アイツのことは理解している」
全身から力が抜けていく。そこまで読んで暗示を掛けたのか…将来のことまで…
「ちっひー、アイツに会ったら、想いをぶつけろよ!アイツが怯むくらいにな♪」
脱力感一杯のボクと違って、義兄さんは嬉しそうに見えた。
---司波深雪---
冷めた目で私を見ているお兄様。
「決めたんだ。彼に残りの人生を預けようと思う」
耳を疑う私。
「お前はお前の好きなように生きろ」
「お兄様…」
「そんな目で見るな。いい加減、夢から醒めろよ、深雪!」
今更、無理…だって、お兄様とは…
「いいか、お前の体験の相手は俺では無いんだ」
「そんなはずはないです、お兄様」
「俺には、陰毛の臭いを嗅ぐ趣味は無い…」
「そんな…だって、いつも…」
「それは、お前が嗅がせるからだ。それにだ、俺の好みはトランジスターグラマーだ。深雪のようなスレンダーな女性では無い」
お兄様のお言葉は、ショックだった。その上、身体を捧げた相手が違うなんて…
「では、誰と?」
「俺と深雪…いや、みんなに暗示を掛けたんだ、アイツは」
「アイツってどなたですか?」
「それすらも忘れたのか?わかった。会わせてやる。一緒に来い!」
お兄様に、車の助手席に乗せられた。車は20分ほどで停車した。森の中にある家…
「ここだ。降りろ」
車を降り、お兄様の後に続く。その家の呼び鈴を鳴らしたお兄様。
ガチャッ!
ドアが開き、見知った女性が出て来た。
「あれ?達也君、どうしたの?深雪さんも…」
「先生はいらっしゃいますか?」
「今、仕事中よ。少し待てる?」
「えぇ」
現れた女性は、国立高校時代の先輩の七草真由美さんだった。彼女と話すお兄様の顔は笑顔だった。そういえば、彼女はトランジスタグラマー系である。もしかして…
家の中に通され、リビングルームのような部屋のソファーに座った。
「達也君は珈琲でいいよね、深雪さんは紅茶だったわね」
キッチンらしき場所へ向かう真由美さん。
「彼女が先生の身の回りの世話をしているんだ」
お兄様は、ここに何度も来ているようだった。ここはどなたの家だろうか?先生って、どなただろうか?
出された紅茶を飲んでいると、奥の部屋から男性が現れた。右の頬に三本ラインの傷跡のある男性。どこかで会ったような…
「あぁ、達也さん、いらっしゃい。今日はどうしました?」
「妹の深雪を連れて来ました」
「え?妹さん?初めまして、朝霧沙樹です」
あのベストセラー作家の…
「は、初めまして…司波深雪です」
立ち上がり頭を下げた私。こんなに若いんだ…朝霧沙樹って…
「どうですか?お具合の方は」
「記憶が曖昧ですが、身体は元気ですよ」
「そうですか」
「今日は真由美さんを妹さんに紹介ですか?」
「先生、何を言っているんですか?」
真っ赤な顔の真由美さん。そういうことなんだ…お兄様とは…
「真由美さん、僕にも珈琲をお願いします」
「はい、お待ちくださいね」
真由美さんが奥へと下がった。
「先生、妹を描きませんか?」
お兄様が朝霧先生にリクエストした。私の絵?なんで?先生は頷いて、スケッチブックを手にして、描き始めた。
「こんな感じかな?」
早い…でも、紙の上には私がいた。
「う~ん、どうして…」
「何か、気づかれたのですか?」
何かを悩む朝霧先生に、お兄様が訊かれた。
「いや、シンメトリーなんだよ…どうして…」
シンメトリー…遠い記憶の奥底で何かが反応しだした。そうだ、以前にもそう言われたことがあった。えぇっと…家でデッサンをしてくれ…誰にデッサンをしてもらったんだっけ?お兄様に紹介した覚えがあるんだけど…
『シンメトリー』という言葉が記憶を解放する鍵だったのか、記憶が奥底から湧き出していく。彼を見る目が潤んでいく。なんで、忘れていたんだろうか。こんなにも大切な人を…
「どうされましたか?似ていませんか?」
彼は、私のことを覚えていないようだ。私は思い出したのに…
「どこかで、お会いしていませんか?」
私の方から訊いた。
「すみません。薬の副作用で、記憶が無いんですよ。朝霧沙樹って名前も本名かどうか怪しいんです」
恐縮したように言う彼。あの薬のせいで、記憶障害を起こしたのかな。
「深雪、思い出したようだね」
お兄様の声に頷く私。彼に触れたい。私の総てを受け入れてくれた彼。もっと傍にいきたい。
「先生、妹をここに置いてもらえませんか?真由美さんだけでは大変ですので」
「構わないけど…大事な妹さんを手放していいのかい?」
「手放す訳では無いですよ。だって、俺は毎日、ここに出勤しますから」
お兄様は、彼の元で仕事をしていたのか。
「そうだ、明日、業者さんが来るんだ。京香さんと対応してくれるかな」
「わかりました」
彼を見つめるお兄様の目は、どこか哀しそうだった。
---和泉紗霧---
エリさんと蚕ちゃんの新作を持って、エリカさんのところへと向かっている。剣での戦闘シーンを描くために、ムラマサちゃんと、エリカさんの家である千葉道場へ通っているのだ。
「おぉ~♪いつも、サンキュー。新作のサイン本を」
喜んでいるエリカさん。千葉道場に通っていると言っても、私達が鍛錬する訳ではない。戦い方、剣の持ち方、剣士の気持ちなどを知る為である。
「今日はどんなシーンをすれば良いのかな?」
見たい、描きたいシーンを門下生と共に実演してくれるエリカさん。兄さんが残してくれた縁の遺産の1つである。
「そうそう、今年の夏合宿は山らしいのですけど、どうします?」
夏合宿にエリカさんを誘った。
「うん?行くに決まっているだろ?海かぁ~、水着勝負は出来無いのか~」
美智留さんと意気投合したというか、水着姿を張り合っていた。
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家に帰り、食堂へ向かうと、叶さんが凹んでいた。
「私のことを覚えていないんだもの…」
タイヘイさんに、何かを報告していた。
「そうなのか…薬のせいなのか、壊れた反動なのか…」
兄さんの記憶らしい。現在、記憶喪失状態だそうだ。叶さんは第二拠点のセキュリティーなどを担当したそうだで、定期的に通うことになったらしいのだが…
「つらいよ。元気な姿なのに…記憶だけが無いんだもの…」
和泉正宗がペンネームで、朝霧沙樹を本名だと思っているそうだ。
「記憶に障害があるって、正宗君も理解しているけど、直す手立ては、特に無いんだって」
記憶を戻す為、京香さんが兄さんの過去作を読ませているそうだ。
「でも、兄さん、『勇者マサムネ』を連載しているけど」
会話に割り込んだ私。
「多重人格らしい。夜中に、和泉マサムネになる時があるんだそうよ。正宗君自身は記憶に無いけど」
そんな状況で、私との縁を切らないようにしている兄さん。一人で闘っているようだ。私も何かしないと…
「で、あっちは工事は順調なのか?」
「うん、ネット回線のインフラが整えば、イーグルジャンプ組は、出向するそうよ」
うみこさん達、ズルい。私に何も言ってくれていないし。先週も会ったのになぁ~
「問題は、こっちの飲食店よね。京香さんと話したんだけど、こっちは家賃収入目的だけにして、向こうで飲食店も有りかなって」
「向こうでかぁ…知る人は知る店になりそうだな。都会よりも楽しそうだけどな」
タイヘイさんは乗る気満々である。一体、どんな場所にあるんだ?