---和泉紗霧---
待望のゴールデンウィークに突入前夜、旅行の準備をしている。寒さ対策をみゃーさん、エリさんが考えてくれていた。
「カーディガンはいるわよ」
タンスから、カーディガンを出す。
「ババシャツは?」
「持っていないよ~」
高校生である。そんな物は着ない。
「そうか…じゃ、ヒートテックとかの中に着るのは?」
タンスから出して、カバンに詰めた。
「バッテリーを多めに持って行きなさいよ」
って、デジカメ用のバッテリーを手渡してきたエルフちゃん。兄さんの住んでいる環境を知りたいらしく、デジカメで撮影してきてほしいと、デジカメとバッテリーを貸与してくれた。
「これ、持っていてくれ」
入学式の日に、エルフちゃんとムラマサちゃんと撮った写真を、ムラマサちゃんが手渡して来た。
「うん、見せてくるね」
少しでも記憶が戻るように、それぞれが、琴線に触れそうな物を手渡して来た。恵さんは、あの白いベレー帽である。年数を感じる黄ばみが有るけど…
「みんな、見せてくるよ♪」
--------
翌日、みゃーさん運転の車に私と伊月さん、ちっひーが乗り込んで、出発した。中央道を途中で降りて、山の林道へ入りこみ、いくつかのトンネルを抜けると、開けた場所に出た。
「あの橋の先よ」
橋を渡り、2分くらいで門のある森があった。表札には『和泉』と書かれている。ここなんだ。みゃーさんは手慣れた手つきで、門を開けて、坂を登っていくと、右へと折れた。
そこは平地で、L字状の建物があった。ここにいるのね…高鳴る鼓動。
みゃーさんが呼び鈴を鳴らすと、京香さんが出て来た。
「皆さん、いらっしゃい♪紗霧、入学式にいけないで、ごめんなさいね」
私を目にするや、駆け寄ってきて抱きついた京香さん。なんか、丸くなった気がする。兄さんが苦労を掛けたのかな?
「さぁさぁ、入ってください」
リビングルームに通された。暖炉が有る…薪が燃えている。5月だと言うのに、確かに涼しい気がする。
「先生は仕事中ですので、先にお部屋に案内しますね」
二階へ案内された。6畳位の客間にみゃーさんと共に入った。窓からの眺めは、森である。
「大自然の中の小さな家でしょ?」
確かに…心安まる空間だと思う。ここで兄さんは静養しているんだ。
「ここ、温泉があるのよ♪」
温泉…家にあるんだ…いいなぁ。
「ねぇ、拠点を見に行かない?」
拠点って、ここじゃないの?みゃーさんは、伊月さん、ちっひーを誘い、今昇ってきた坂道を昇り始めた。10分ほど昇ると、近代的な建物が建設中であった。ここなのか。縁の本社ビルより広い建物である。
「1階が仕事関係、2階、3階が住居部分になるの」
「土地はどのくらい有るんだ?」
伊月さんが訊いた。
「右手に見える山から、左手に見える畑のヘリまでよ。先生の支援者の人が、生前譲与してくれたの」
大地主さんに支援者がいたんだ。兄さん、すごい…
「山の恵みと畑で作物を栽培して、自然を満喫する場所よ。都会から離れられない人達は、本社に残って貰って、ここで大丈夫な人だけ、こっちに移って貰うの。で、飲食店の用地は林道沿いにあるの」
ちっひーは目を見開いて周囲を見ていた。
「スゴい…正宗君…スゴいよ…」
ちっひーの目から涙が零れていく。
「ここなら、動物が飼えるんだ…」
ちっひーの夢、酪農をしてチーズを生産すること…ここなら叶うと思う。そこまで、考えて、ここに住んだのか?
「そうだよ。記憶が飛ぶ前に、ここを貰って、図面を引いていたの。記憶が飛んだのは、ここから病院へ転院してから…」
悲しそうなみゃーさんの顔。
「総てを準備し終えて、彼は文字通り消えたの…」
無念そうな伊月さん。
「まだ、消えていないよ。兄さんはいるんでしょ?」
みゃーさんに縋る私。
「そうね…記憶が戻れば…いや、戻してあげないと…」
遠くの山並みを見て何かを考えているみゃーさん。
--------
久しぶりに兄さんと一緒に食事をする。意外なことに、達也さんと深雪さんが、ここにいた。縁を出て行ったの…なんで?
「驚きましたよ。先生の支援者が俺の叔母様とは…」
土地を譲渡してくれたのは達也さんの叔母様だった。この敷地の隣に達也さんの継ぐ家があるそうだ。
「僕も驚きました。達也さん兄妹が、隣人とは」
兄さんは、深雪さんが眼中に無いようだ。寂しそうな表情の深雪さんが、兄さんを見つめている。
「京香さんに知り合いがいたとは」
京香さんが苦笑いをしている。知り合いとは私達のことだったから。本当に記憶が無いようだった。私のことだけでなく、京香さんのことも記憶に無いそうだ。
京香さんは悔やんでいた。良かれと入院させたのだが、それによって、兄さんは記憶を無くしてしまったから。
「先生、私は天涯孤独では無いのが、わかりましたか?」
「はい♪」
京香さんは兄さんに話を合わせた。兄さんにとって、実の叔母なのだが…
「あぁ、こんな時間だ。皆さん、すみません。仕事の時間なので、失礼します」
兄さんは立ち上がって、私達に頭を下げて、奥の部屋へと戻っていった。
「こんな感じよ、紗霧…」
兄さんがいなくなると、涙を流し始めた京香さん。
「深雪さんも、ちっひーも、私も分からないなんて…」
ものスゴくショックだ。あんなに大切にしてくれていたのに…今の兄さんの眼中には無い。
「どうすれば、戻ってくれるのかしら」
深雪さんは俯いた拳を力一杯握り絞めていた。
「ボク…ここで働く。いいよね、義兄さん」
「俺も一緒だよ、ちっひー」
「俺達は隣家なんで、一緒には住みませんけど、ここへは毎日顔を出します」
「私もここにいたい」
自分の心に正直になる私は叫んだ。
「紗霧はダメです。高校を卒業してからにしてね」
って、京香さん。
「でも…」
「兄さんの墓前で、あなた達二人を、無事に高校卒業させるって言ったの。でも、正宗はもう無理…せめて、紗霧だけでも卒業して。ねぇ、お願いだから」
京香さんが私に頭を下げた。でも…兄さんだったら、どうするか。
「わかりました。でも、長期休業の度に来ます。いいですよね?」
「うん♪」
京香さんが妙にかわいい…兄さんの前ではかわいい女性になろうとしているのか?少し、ライバル心が芽生えた私。
「で、明日はどうします?俺は、先生と山の見回りに行きますけど」
って、達也さん。
「お供して良いなら、一緒に行きます」
「わかりました。山を案内します。深雪も頼むぞ」
「はい、お兄様」
---司波深雪---
真由美さんと食器をなどを洗い、真由美さんの後に、お風呂に入った。まさか、紗霧ちゃんまで眼中に無いとは…どうすれば、いいのだろうか…
ガラッ!
全裸の彼が入って来た。
「あっ!ごめん、考え事をしていたから、間違えた」
彼は女湯から出ようとした。私は咄嗟に彼の背中に抱きついた。
「一緒に入りませんか?お身体を洗いますから」
久しぶりに感じる、彼の鼓動。背中越しではあるが、私の胸に感じる…忘れていた感触が徐々に身体に甦ってきた。
「でも…嫁入り前の女性と一緒はマズいよ。まして、達也さんの妹さんでは」
「私ではダメですか?私は魅力が無いですか?」
「そんなことは無いよ。綺麗な肌です。まるで透き通る肌の人魚のようだ」
あの作品だ。あの『セントールの恋』のモデルは私だ。
「ケダモノになりそうだから、やめます」
何を思ったのか、私は彼の唇に唇を重ねた。狼狽える彼。徐々に私の方へ身体を向けてきた。恐る恐るではあるが、私の身体に触れてきた。そう…彼の指の感触…身体が彼を求め始めた。腕で彼の背中を抱き締めた。乳房を彼の胸板に押し付けていく。下腹部に、固い物がムクムクしている感触がある。
彼はどうして良いか分からずに、私にされたいようにされている。私の準備は出来ている。彼の肉体に触れて、準備が出来たかを確認して、彼を私の中に招き入れた。
「まずいよ」
自分の唇で彼の口を塞ぐ。彼の感触を身体の中で確かめる。そして、自ら腰を使う。放心状態の彼の代わりに…
ほぼ同時に果てた。溜まっていたのか、彼の放出量は今までで最高である。刺さった状態で、漏れているし…
「どうでしたか?」
「最高な気分です。でも…僕で良いのですか?読書くらいしか出来無い男ですよ」
「アナタでないとダメなんです。私は、アナタに恩を返したい。失った記憶の一部なんですから」
「以前に会っていたのですか…すみません、覚えていなくて」
恐縮している彼。そんな彼の身体を洗い、彼と暖まり、寝床を共にした。お願い…戻って来て…
丑三つ時…彼が声を上げた。
「なんで、深雪が…」
思い出したのか?彼の表情は恐怖で歪んでいる。
「ダメだよ。俺に近づくな!俺はケダモノだ…深雪を壊してしまう!!」
頭を抱えて、部屋の隅で蹲る彼。それで、記憶を封印したのか?彼は彼自身に暗示を掛けて、記憶を閉ざしたのか?
「ねぇ、戻って来て下さい」
「ダメだ!頼むから、記憶をこじ開けるな!なっ、深雪!」
そこまで言うと彼から、静かな寝息が聞こえて来た。二重人格…紗霧ちゃんが言っていた。たまに、夜中に和泉マサムネになる時間があると…それが今だったのか。彼を抱き抱え、布団へ戻し、自分の寝室に戻った。朝目覚めて、私がいると、彼が混乱するだろうから。
------
翌日、彼のいない場所で、お兄様に見た現象を伝えた。
「そうか、彼は自分自身に暗示を掛けていたのか…幻覚剤で、みんなを壊しそうになったから」
「どうすれば良いですか?」
「徐々に暗示を解くしかないな。一気にだと、混乱をして、最悪なケースになるかもしれない」
徐々に…
「彼の現れる時間帯に、一緒にいることが大事だ。深雪、出来るか?」
「やってみます」
彼を取り戻すために、彼と対峙をする決心をした。このことは、お兄様から京香さん、真由美さん達に伝えられた。
---和泉紗霧---
収穫はあった。深雪さんが、兄さんの闇を看破したそうだ。私達だけで無く、自分にも暗示を掛けていた兄さん。戻って来る日は近いのかな。ちっひー達は、拠点が完成したら、引っ越しをするそうだ。客間を占有すると、ますいってことで。
「どうだった?」
家に帰るとエルフちゃんが、真っ先に来て、訊いた。
「ダメ、写真に反応しない。目の前にいる私すら、興味が無いんだもの」
「紗霧ちゃんにもか」
ムラマサちゃんが、驚いた顔で固まった。
「うん…ちっひーにも、深雪さんにも…そもそも京香さんのことすら、記憶に無いんだもの」
「私のベレー帽は?」
「デビュー作で書いたベレー帽にソックリだって…良く見つけたねぇって…」
想い出の品作戦は惨敗だった。でも、深雪さんの丑三つ時作戦なら…この作戦を皆に伝えた。
「深雪だけ、おいしい想いでは無いか」
って、詩羽さん。そうなんだよ~って、原因の一端の私が、やっちゃいけないことだし。
「でも、うまくいけば、みんなの正宗君が復活だよね♪」
って、エリさん。みんなの?私の兄さんですけど…あぁ、独占欲は捨てないと、それが原因だし。
「で、一番近い街まで、どのくらい?」
恵さんに訊かれた。
「車で1時間はみないと…山の中だもの」
都会の街並好きには無理な場所である。
「免許は必要だね」
って、恵さんはサバサバしている。コイツが一番手強い。
「で、高校卒業しないと、永住権が得られないみたいだよ~」
と、私にとっての一大事を報告した。
「私も転居したいです」
と、絵本作家のきりんりんこと切絵ちゃんが声を上げた。まぁ、作風的にはそうなるよね。
「私は、マサムネ君が戻ってきてから、転居したい」
って、ムラマサちゃん。まだ高校二年生なんですけど…
「私は紗霧ちゃんと休日の度に、遊びに行く派だな」
って、エルフちゃん。私と一緒に?まぁ、高校1年生組だものね…
「私は向こうが仕事のメインになるから、転居するけど、タイヘイ、ヒカリを頼めるかな?」
って、叶さん。
「わかった。いいよ。妹が二人になるのか♪」
って、タイヘイさん。うまるちゃんは複雑な表情ではあるけど。
「あぁ、転居組は狩猟免許を取って欲しいそうだ」
って、伊月さん。害獣対策で畑をやるにはあった方が良いそうだ。
「転居はしないけど、合った方が良いな。クマ鍋とかシシ鍋とか♪」
タイヘイさんは嬉しそうである。あっ!詩羽さんもだ…
「銃が撃てるんですね」
うみこさんが不敵に笑っている。いつの間に来たんだ?
「おい、リアルサバゲなんかするなよ!」
って、コウさん。だな、それは危険である。
「うん?伊月は免許取れないでしょ?」
みゃーさんから指摘が…あっ!
「あぁ、そうだな。責任能力無しだからか。免許要らずのエアガンにするか」
うみこさんが何かのカタログを伊月さんに手渡した。
「おっ!これは…殺傷力のあるエアガンのリストじゃないか。手回しがいいな♪」
いや、それは違法物だと思うのだけど…
兄さんの残してくれた予定に、皆が期待と夢を膨らませていた。