---和泉京香---
そもそもの疑問…あの子は、どうして催眠術による暗示が出来たのであろうか?その答えが、治療の補助をしていた達也さんの口から聞けた。
「自分に暗示を掛ける為に、覚えたようです」
逆行催眠による正宗の記憶の解析…やっと、そもそもの疑問に辿り着いたそうだ。
「自分に?何の為に?」
「睡眠時間を削る為のようです」
睡眠時間…あぁぁぁ…作家として生計を立てる為の期限のせいだ。私が追い込んだのだ。
「没原稿とは言え、月に5冊を執筆し、更に別の名前で1冊を執筆していた上、学校へ通学、テストの成績も良いことから、勉強をしていたと思います」
その上、紗霧の面倒もだ…あの子は寝ていなかったのか?
「眠らないでも、眠気が起きないように、暗示を掛けたのだと思います」
寝た気になっても、実際は寝ていない。そんな生活を正宗は1年くらい続けていたのだろう。ガールフレンドが増えていく切っ掛けの時まで…
「睡眠時間の喪失は、彼の精神を蝕んでいった可能性があります」
いや、確実に蝕んでいたと思う。私との約束を果たす為に、あの子は、命すらも削っていたのだろう。その結果、本来の正宗は第2の人格になったのかな。
「総てが解決すると、今までの彼では無くなります」
「どうまるんですか?」
「予想できません。本来の彼を知りませんから」
本来の正宗…甘えん坊だった。高校生だった私と授乳ごっこをしていた。兄さんを奪ったあの女と同様に、自分を天才だと言っていた。明るく元気で人懐っこい子だった。あの時までは…
あの女の死で、正宗は変わってしまった。一人で留守番が出来無くなった。兄さんが帰るまで、外でフラフラしていた。見かねた私が、正宗を保護したこともあった。明るさが陰り、藻掻いていた。
ネット小説に出逢い。生きる気力を取り戻したと、兄さんが喜んでいた。明るさを取り戻し、色々なことに興味を持っていった。そして、紗霧の母親が兄さんを、私の前から連れ去った。その時、正宗と紗霧を保護しようと思ったのだが、正宗が抵抗をした。そんな彼に私は…無理な課題を突きつけた。早く、保護をしたかったから。なのに、あの子は…
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
達也さんの声で我に帰った私。
「ちょっと、ショックだったので…大丈夫です」
全然、大丈夫では無い。私は正宗を壊したのだ。あの子を保護しようと思ったのに、逆に地獄へ向かわせていたのだった。兄さん、どうしよう…取り返しの付かないことを、してしまったようだ。
どの正宗に戻るのだろうか?もう、小説は書けないのだろうか?天職と言っていたのに…私はそれを奪ったのかもしれない。今の彼には無理みたいだし。
「京香さん、どうしたの?」
あの子が近寄って来た。
「大丈夫ですよ。で、先生はどうですか?」
「先生って言わないでください。名前で呼んでくださいね。以前は小説家だったそうですが、今は単なる読書家ですから」
笑顔で言う彼。その姿を見るのが辛い。読書が仕事だという正宗。もう、ダメなのかな?
「最近はどんな本を読んでいるのですか?」
「僕の遺作っていわれている『兄妹』です♪」
断筆しちゃうのか?ダメだよ…正宗…
「もう書かないのですか?」
「わからないです。どうやって書けば良いのかが…」
「では絵を描かれてはいかがですか?」
「絵?う~ん…それは有りかな。画家を目指そうかな♪」
画家?違うって、あなたは小説家なのよ~、心で正宗に叫ぶ私。
---司波深雪-----
お兄様が真由美さんと婚約をすると言う。固まる私。いつの間に?
「彼の家に行って、再会したんだよ。まさか、正宗君の家のメイドをしていたのは、驚きだった」
「私もですよ。まさか、隣人が達也君だとは」
驚きはまだあった。叔母様…私の母の元婚約者が、真由美さんの父親で、私の父親でもあると言うことだ。
「深雪さんが、私の妹だったなんて…父さんに聞いた時は、固まったわよ」
叔母様も、真由美さんの父親も、婚約についての話し合いで、顔を合わせて固まっていた。
「弘一さんの娘さんと達也がねぇ…偶然って恐ろしいわね~」
「それはこっちのセリフだよ。まして、先生の土地の提供者でもあるんだろ?」
叔母様も真由美さんの父親も、彼の支援者だった。支援者として、真由美さんを彼の手伝いとして送り出したそうだ。
「さすが、彼は縁の紡ぎ手だな。こんな偶然を、同時に複数起こさせてしまうなんて」
正宗君がいなければ、お兄様は真由美さんと婚約することは無かっただろう。そして、私は父親に会うことも無かったと思う。
「でも、残念だわ~。小説がもう書けないかもしれないって…ねぇ、達也さん、なんとか成らないの?」
「難しいです。何かの切っ掛けが有れば、書けるかもしれませんが。それが何なのか、予想も出来ません」
小説家では無く、読書家だと言う正宗君。治療の結果、妄想することが出来なくなったそうだ。記憶は徐々に戻ってはいるけど…
「気長に待とうじゃないか。資金は俺も真夜も援助する。彼の望むことはさせていくから、心配はするな」
この人は、私を娘として認知するそうだ。瞼の父…でも、会いたいと思ったことは無かった。お兄様がいてくれたから。今は彼がいてくれるから…でも…
「お願いします。彼の支援を…お父さん…」
そう伝えるのがやっとである。
「こんな俺を父として認めてくれるのか…ありがとうな」
「弘一さんでも泣くんですね」
私の父を冷やかす叔母様…いや、私の母…正宗君が私に両親をプレゼントしてくれたのだと思う。彼と出会わなければ、出生の秘密は闇の中だったし…
「娘の深雪が世話になっているし、彼の支援は続けるよ。なぁ、真夜」
「勿論です♪」
---和泉正宗---
深雪のことを書いている。深雪のことを思い出したからだ。過去に書いた物を参考に、初期プロットという物を書いてみた。それを、京香さんに見せた。
「う~ん、個人情報は出しちゃダメですよ」
あぁ、そうだね。創作物にしないとダメか。
「後、知らない部分は想像で、物語を作らないと、ダメかな」
そうだね。う~ん、小説家って難しいなぁ。絵なら見たままを描けば良いのに…
「手直しをしたら、また採点してくださいね」
「はい♪いつでも言ってくださいね。あぁ、そうそう、コレをどうぞ」
スケッチブックと色鉛筆を手渡してくれた。これで、絵が描ける。
「後…絵の具もチャレンジしたいんだけど…」
「わかりました。買ってまいります」
京香さんが嬉しそうに部屋を出て行った。さて、何を描くかな…頭に浮かんだ物を描いてみる。透き通る肌の深雪…背景はどうしよう?窓から外を眺めてみた。うん?直に見る景色と窓ガラスを通してみる景色が違う気がする。そうなると、透き通る肌を通して見る景色も変わるはずだよな。
京香さんの部屋に行き、絵を見せて、欲しい物を伝えた。
「透き通る肌を通して見る景色を再現出来る物ですか…クリアなアクリル板でも買って来ますね。ガラスだと危ないから」
買い物リストに書き込む京香さん。今日は真由美さん、達也さん、深雪がいないそうだ。
「深雪は、今日は来ないのかな?」
「用事が終われば…まぁ、わかりませんけど」
そうだね。用事が終わらないとダメだよな。部屋に戻って、風景画にチャレンジした。
---司波深雪---
京香さんから連絡があった。正宗君が私に会いたいらしい。
「深雪、行って来い。何かがあってからだと、後悔するから」
「はい」
彼の元へ急いだ。隣家と言っても、バイクで30分くらいかかる。その時間がもどかしいが、安全運転で向かう。事故を起こしたら、会えなくなるから。
「正宗君!」
家に着くなり、彼の部屋に飛び込んだ。部屋にはいなかった。そこには、彼の描いた絵が散乱していた。窓から見える風景…私を描いた物が埋まっていた。絵の中の私は、肌が透き通っている。彼の絵に見入ってしまい、時間を経つのを忘れてしまったようだ。そうだ、彼を探さないと。彼の寝室を覗いてみる。布団が盛り上がっている。ここにいたのか。彼のベッドに近づくと、何者かに後から抱きつかれた。誰?正宗君?
意識が飛んでしまったようだ。目隠しをされている。どこかに吊されているみたいだ。
「正宗君?」
彼の名前を呼んでみたが、返事は無かった。だけど、何かの気配を感じる。
「うっ!ダメ…触らないで…」
何者かの手が私のボディラインをなぞっている。あっ!身体の芯が熱い。このシチュエーションに身体が反応しているようだ。
「やめてください…」
筆のような物で股間を撫でられている。声が震えている。得体の知れない者に恐怖を感じ、次に何をされるのか身体が期待していることにも、恐怖を覚えたのだ。エム度が進んでいるようだ。
「うぅっ…」
何かが入って来た?いや、入れられたのか?金属の筒のような物が差し込まれた。まさか…銃口?けっこう長い…猟銃か、ライフルかな…そんなことを考えていると、身体は興奮していることに気が付いた。乳首が立ってきている。太股に生暖かい液体が伝っている。
欲しい…もっと刺激が…頭の中は悶悶としている。以前、正宗君に見せられたお兄様の逞しい肉棒のスケッチが脳裏でフラッシュバックしていく。欲しい…お兄様の肉棒…口からヨダレが垂れている。心ではダメって思っていても、身体は欲していた。欲しい…あの逞しくて固い物が…
「とんだ変態女だな」
誰かの声が聞こえた。変態でもいい…欲しいのよ…
---司波達也---
深雪に連絡をしたのだが、応対が無い。イヤな予感がした俺は、バイクに跨がり、彼の家を目指した。ドアは施錠されていたので、合い鍵で開けて、中に入った。玄関には深雪の靴と彼の靴が有り、京香さんの靴は無い。ゆっくりと、部屋を調べて行く。彼の部屋には彼の描いたと思われる絵が散らばっていた。彼の寝室には、深雪を描いた絵が残っているだけであった。どこに行ったんだ?ベッドの中は蛻の殻だし。
客間、風呂場も調べるがいない。靴があるのだから、室内にいるはずだ。後はどこだ?この家の図面を思い出す。そうだ!醸造蔵があったはずだ。彼の部屋にある勝手口から出た先にある小屋に向かった。小屋の中に人の気配を感じた。ゆっくりと静かに小屋に侵入した。深雪の服が散乱している。
彼はどこだ?
小屋の中を探ると、深雪を見つけた。股間にライフルの銃口を突っ込まれている。彼はどこだ?彼の気配は感じられないが、
「うん?達也か?おい、手を挙げて出て来い!引き金を引くぞ!」
彼は俺を呼び捨てで呼んだことは無い。って、ことは、第3の人格か?
手を挙げて、深雪の前に出る。彼はどこだ?いた…上にだ。近づくと深雪の首にはロープ、引き金にはヒモが付けられていた。
「おまえか!俺を退治しようとしたのは」
第3の人格のようだ。消えたのでは無いのか?
「おい!メス犬よ!エサが来たぞ。喰っていいぞ♪」
深雪が俺の前に立ち、頭を下げた。彼は深雪の後に立ち、引き金を引ける距離にいた。深雪は俺のズボンのチャックを下ろし、パンツの中からモノを取りだして、舐め始めた。気持ちが良い、瞬時に反応するモノ。大きくなっていく。すると口に含んだ深雪…意識が飛びそうなくらい気持ちが良い。
もしかして、第3の人格が暗示を掛けたのか?暗示の効かなかった俺には、リアルで体験させているのか?
「どうだ?旨いか?メス犬よ♪」
言動とは違い、どこか悲しげな彼の目…そうか!深雪が望んだことなのか…心を鬼にした彼が第3の人格なのか…
「深雪!しっかりしろ!」
そうなると、ライフルは弾ははいっていないはずだ。問題は首に掛かっているロープである。締まるようには結んではいないのかもしれない。だが、確認が出来無い。心理戦か?
「おいしい…」
顔を赤らめた深雪が呟いた。更に悲しそうな目になる彼。この状況では一人しか救えない気がする。それが狙いなのか?再度、自分を消す為に…何をしでかすつもりなんだ?正宗君…
パン!
突然、乾いた音がした。彼はロープとヒモを手放した。俺は咄嗟に深雪からライフルを引き抜き、首のロープを外した。
「ちっひー、強く抱き締めてやれ♪」
声の主を見ると伊月さんが短銃を手にして立っていた。
「よっ!正義の味方の登場だぜ♪」
---羽島千尋---
危なかった。もう少しで、正宗君に当たるところだったよ。まったく義兄さんと来たら。正宗君は鎮静剤で眠りについた。その隣では、ボクが洗ってあげた深雪さんが眠っている。
「深雪が呟いたのかもしれない。彼の前でね」
達也さんが義兄さんと話している。フライングしての引っ越し。と、言っても、旅行程度の荷物しかないけど。大物類は、フライングしての引っ越しが出来無かったのだった。
「助かりました。ありがとうございます」
「いや、彼の顔を見ようと部屋に行ったら、いなくて、勝手口が開いていたから…入ってみたら、修羅場だったようだからな」
銃を手にしている義兄さん。うみこさんに買って貰ったエアガンである。空き缶を標的にして練習を重ねた結果、そこそこの腕前になっていた。
「で、彼は治っていないのか?」
「治療法が間違っていたかもしれない。元凶が違う可能性があります。元凶と思われていた第3の人格なんですが、彼本人の可能性が有ります」