---和泉正宗---
僕は悪い奴として、死ねたのだろうか…僕は新しい母さんに頼まれた。
「紗霧をよろしくね」
って…なのに、僕は紗霧の傍に居られなくなった。幻覚剤のせいにはしたくない。僕が僕の手で犯したことだ。僕は新しい母さんとの約束を守れなかった。だから、新しい母さんは父さんを連れて旅立ったのだろう。
僕は京香さんと約束を果たせなかった。和泉マサムネ名義で、作家として自立した生活基盤を作れなかった。ごめん、紗霧…京香さんの子供として、生きてくれ。
僕が母さんと買い物に行かなかったから、母さんだけ旅立ったのだろう。
そうだ。僕が悪いのだ。僕が居なければ、母さんは父さんを残して旅立たなかった。新しい母さんは父さんと共に旅立たなかった。紗霧は京香さんの子供として、不自由無く暮らせたはずだ。
僕の行き先は地獄だろう。孤独は慣れている。いや慣れないといけない。
今までの人生が走馬燈に映し出されていく。その度に、反省をし、皆に謝っていく。
---和泉京香---
病室のベッドで正宗が眠っている。譫言で私の名前を口にしている。
『京香さん…ごめんなさい』
何度も何度も…こっちが謝りたいのに…達也さんは、正宗が誰かに贖罪したいんだと言っていた。それが私らしい。今の正宗を見ていると、そう思える。正宗の願望は、悪人として死にたいだった。なんで、そんなことを考えているのよ。そんなことを考えるようにしてしまったのは、私なのかもしれないのに。
「ごめんね、正宗…」
正宗は自然呼吸で寝ている。栄養補給用の点滴以外、睡眠薬の投与で寝かされている。自殺の恐れがあるから。
「京香さん…兄さんは?」
夏合宿で、この地を訪れた紗霧。彼女だけ別行動で、病院に来た。
「寝ているわよ。今の正宗は寝るのが仕事なの」
「京香さん、食事は摂っていますか?顔色が悪いよ」
私を心配してくれる紗霧。
「大丈夫よ」
深雪さんが持って来てくれた差し入れを見せた。あんな目にあっても、正宗を想う彼女の気持ちは有り難い。
「どうすれば、兄さんは治るの?」
治らないとは言え無い。どうしましょう。
「生きたいって想える気持ちが芽生えれば…きっと」
私は正宗の為に生きたいと思っている。兄さんの忘れ形見で唯一の肉親だから。この子を一人には出来無い。私と一緒にいたいからって、学校まで付いて来ようとした正宗、遊びに行く私に付いて来ようとした正宗…兄さんの思い出は少ないけど、この子との思い出は沢山あるのだ。
中出しされた時、この子の子供を産みたいと、真剣に思った。禁じられた関係だけど、心底願った。でも叶わなかった。タブーを犯した為に、この子が罰を受けてしまったようで切ない。
「そうだ、これを渡しておくわ」
あの子が書き溜めた原稿。1日のうちで、あの子である時間は短い。その短い時間で書き上げた『勇者マサムネの冒険』の完結編を紗霧に手渡した。紗霧は最初から読まずに、結末辺りを読み始めた。
ようやく口説き落とした彼女との結婚式の前日、勇者マサムネは、彼女の幸せを願い、そして一人で魔王との最終決戦へ向かうところで、話は終わっている。
「こんなの勇者マサムネじゃないよ~」
そう、こんな哀しいテイストでは無かった。そして、紗霧は最初から読んでいないので、わからないだろうけど、彼女のモデルは紗霧だった。閉ざされた扉の向こうで暮らす女性。心が通じ合う者が現れないと、開かない呪いの扉で閉ざされていた。その扉を開けて、彼女にプロポーズするのであった。
正宗は紗霧に…一緒に暮らす為に、私という魔王の出した課題に、戦いを挑んだのだろう。自分自身を投影した作品に思えてしかたない、
ごめんね…正宗…課題なんか出さなければ良かった。
---白川京---
小淵沢ベースで夏合宿が開かれた。正宗君は不在ではあるが、それは昨年もそうだし。
「今回も作家組は1ヶ月で1作書き上げてください。共作、合作もありです。後、ここに移住するかの結論も最終日までに考えて置いてください。あぁ、高校卒業した人だけよ」
現状のメンバー分の部屋は用意されている。土地はまだ有るので、足り無い場合は増設も出来るとは思う。
「質問です。夏でここまで涼しいとなると冬は?」
エリさんだ。
「鍋が美味しいです♪」
その位の寒さだ。
「インフラはどうなんですか?」
なゆだ。
「電気、通信回線は確保しています。ガスはプロパンですが、風呂を沸かす用途での使用になります。暖房は電気と薪になります」
「薪?各部屋にあるの?」
詩羽さんだ。
「無いですよ。火事は恐いですからね。この1階ロビーにある、あの暖炉の排熱でのセントラルヒーティングです。暖を増設したい人は、電気での暖房、コタツとかセラミックヒーターを用意してください。尚、各部屋の容量は15Aですから」
エアコンは無理である。電気ケトルとか、電子機器の充電とかに回せなくなる恐れがあるから。
「温泉は?」
ムラマサ先生だ。
「ここには無いです。正宗君の家のお風呂に通ってください」
確実に湯冷めはするけど…
「けっこうハードな生活なのね」
って、エルフ先生。
「その代わり自然の恵みは堪能できます。スキー場は近いし、目の前の川で釣りが出来ます。秋にはまつたけ狩りもできたり」
「クマ対策は?」
恵だ。
「狩猟免許持ちがいますので、その方達と山へは行ってください。ここまで侵入されないように対策はしてありますが、まぁ、そんな感じです」
都会で交通事故に遭うより、遭遇率は低いらしい。
「あと、病を患っている正宗君の為、羽島兄妹は正宗君の家に入居になります。隣人である司波兄妹は通いになります」
正宗君の病状はみんなに知らせてある。このベースに呼び込むには、現状難しい。
「じゃ、とりあえず解散です。毎朝、ミーティングはしますから、寝坊しないでくださいね」
前日の正宗君の様子を知らせる為のものである。
---司波深雪---
真由美さんと私で住む場所を交換した。お兄様の婚約者である真由美さんには、四葉家のしきたりを覚えて欲しいから。私は正宗君の傍にいたいからだ。
万が一の為のエマージェンシーボタンを、ネックレスに埋め込んだ。外されたり、操作した場合、お兄様が救援に来てくれる。まぁ、伊月さん兄妹が一緒に住むので、多少はリスクも減ると思う。京香さんもいるし。
「私もここに住もうかな」
って、エリカ。紗霧ちゃんが夏合宿に誘ったそうだ。剣士のイラストに不具合があるそうで、そのモデルだそうだ。
「しかし、達也君が真由美さんと婚約って、驚いたよ」
お兄様を狙っていたエリカ。ショックかなと思ったけど、意外にサバサバしている。
「そうか、あぁいうボディが好みだったのか。私や深雪じゃタイプ違うもんな~」
違う。寧ろ、正宗君の好みかもしれない。
---和泉正宗---
僕しかいない闇の世界にいる。今までに書いた物語が流れている。結局、アニメ化された作品は無い。その程度の作家であった。もっと書きたい気がする。もっと物語が見たいきがする。もっと…目の前に小さな輝く点が見えた。徐々に大きくなっていき、僕の前身を光で包み込んでいく。
「正宗」
「兄さん」
「正宗君」
誰かに呼ばれている。誰の声だっけ?思い出せない。
「脳波は安定してきています。だいぶ回復はしていると思います」
安定?回復?何の話だろうか?
「寝る時は脳波計を付けてあげてください。装着方法は達也君がわかりますから」
脳波計?はて?
「目覚めたようです」
目覚めた?誰が?
「このまま。ストレッチャーに乗せましょう」
上に持ち上げられて降ろされた。僕はどこかに運ばれていく。死体安置所かな…
車に乗せられたようだ。霊柩車かな?
「着いたわ!」
「正宗君♪」
多数の者達の誰かを呼ぶ声。僕の名前だっけ?そうか、葬儀場に着いたのだな。それにしては、声が弾んでいる気がする。そうか!僕は悪人として死ねたのだな。だから、みんなが喜んでいるのだろう♪
って、棺ではなくベッドに運ばれた僕。頭に何かを装着された。腕に針が差し込まれ、尿道にはチューブがねじ込まれていく。痛い!あれ?死んでいないのか?どうして?
周囲を見回そうとするが、瞼が重い。う~ん、見られない。ここはどこだ?
数時間おきに誰かの気配を感じる。誰だ?まさか、何かの実験材料にされたのか?植物人間はいやだなぁ~。
数時間後、隣に柔らかい物が触れている。なんだろうか?何かの実験なのか?
「正宗君…ごめんね…」
女性の啜り泣く声。誰だ?僕の関係者か?思い出せない。う~ん…
「もう背負わなくていいんだよ。お兄様は真由美さんと婚約しました。だから、私の王子様になって…ねぇ、正宗君!」
僕に縋り付く女性。お兄様?真由美さん?いやいや、君は誰だ?
「そうだ♪ちょっと間抜けなポースだけど…」
間抜けなポーズ?どんなポーズだ…うん?微かに懐かしい香りがしてきた。何の香りだっけかな?香りの源泉に手を伸ばす。
「えっ!」
女性の驚いた声。指先にはメッシュ状の物が触れた。これって、何だっけ?う~ん…針が刺さっている為、片手しか動かない。触れた物を掴んでみた。ふわふわして気持ちが良い。あれ?中指が沈み込んでいく。
「ちょっと…そこはダメだよ…あっ、いい…もっとゆっくり…」
中指の動きに合わさって、何やら色っぽい女性の声が聞こえる。
「ダメっ!君はチューブが入っているんだから…」
女性の荒い息遣いが聞こえ始めた。
「もうダメ…はぁ…はぁ…」
指先に触れる物は無くなった。その代わり、唇に柔らかい物が重なってきた。この感触って、どこかで…僕の口の中に誰かの舌らしき物が入って来た。ソレを舐めて見る。この味って…
「みゅ…きー…」
重なった唇が上下に動く。頷いているのか?みゅーきーって誰だ?はて?記憶をフル検索していく。そうだ、深雪なら知っている…その時、感触、香り、味がフィードバックしていく。
「深雪…」
「うん♪おかえりなさい、あなた♪」
あなた?深雪と結婚したっけ?知恵熱が出る位に記憶をフル検索するが、そんな記憶が無い。また、記憶が飛んだのか?また?僕は記憶を飛ばしていたのか?なんで?記憶が遡って再生されて行く。
そうだ!めぐみんの持ち込んだスーツケースに薬物があって…それで僕の理性は吹き飛び、妄想が暴走したんだ…総てを思い出した僕の瞼は開いた。記憶を取り戻した僕に、神様が許可をくれたかの如く。
視力が回復せず、うっすらとした深雪のディテール。
「深雪…」
手を深雪に向けた伸ばすと、深雪の手の平が優しく抱きつき、深雪の頬に誘導してくれた。柔らかくて、滑らかで、吸い付くような深雪の肌。もっと触りたい。もっと傍にいたい。死んでいる場合では無い!
「もっと、深雪の香りを嗅ぎたいぃぃぃぃ~!」
僕は僕の要望を口に出して叫んだ…
---司波深雪---
はぁ?なんてことを叫ぶの…恥ずかしくて、耳が熱いよ~。まったく…突然のことでキャラの崩壊をしてしまった私。彼の鼻先に跨がった。
「そうだよ。この香りだよ…深雪!」
う~ん、感動な再会のはずが、間抜けな絵面になった気がする。
「どうしたんだよ~!へぇ~、深雪ちゃん、大胆だなぁ~♪」
伊月さんの声。
「えぇぇぇぇ~!どうしたんですか、深雪さん」
千尋さんが驚いている。香りを嗅ぎたいという彼の鼻先に跨がっている私。
「そうだよ、これが深雪の香りだよね♪」
で、喜んでいる彼。ド変態コンビに成り下がった気分であるけど…彼は戻って来てくれた。私の元に。私達の元へ。
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翌日…京香さん、お兄様、伊月さん、千尋さん、みゃーさんの前で、事の顛末を話した私と彼、正宗君。
「正宗…深雪さんの陰毛の香りで、正気に戻ったの?!」
京香さんが驚きの声を上げた。唸っているお兄様。恥ずかしいよ~、穴があったら入りたいよ~。
「まさか、正宗の好物がソレだったとは…想像も付かないかったぞ」
伊月さんですら驚きの声を上げた。
「もっと、深雪の香りを嗅ぎたいって思ったら、死んでいる場合じゃないって」
正宗君の言葉は、もっと恥ずかしく感じる。私の香りを嗅ぐために、自殺願望を捨てたと取れる発言。さすがのお兄様も苦笑いされている。
「まさか、正宗君もド変態だったなんて…」
千尋さんの声が震えている。ド変態好きって自覚したのだろうか?
「千尋君、それは違うよ。ド変態は伊月さんの専売特許だから。僕は単なるフェチ程度だよ」
いや、充分にド変態だと思います。
「陰毛の臭いフェチって何?」
みゃーさんが固まっている。京香さんは言葉すら出ない。それだけ衝撃的なドロップアウト発言だと思います。
「みゃーさん、臭いでなくて、香りだよ。臭(にお)いだと臭(くさ)いみたいじゃない」
正宗君、普通は、そこは臭いんだよ…顔が上げられず、俯いている私。耳が熱いし…
「で、どこまで記憶が戻ったんだ?」
お兄様が訊いた。
「めぐみんにスーツケース爆弾を食らったところまで。あれで僕は暴走したんだよね?」
脳波計に目を落としているお兄様。
「この脳波なら、もう大丈夫だろう。まさか、深雪の陰毛がキーたったとは…」
苦笑いしているお兄様。何度も『陰毛』って言わないでくださいよ~。恥ずかしくてしかたが無い。
「で、小説は書けそうか?」
「何を言っているんですか?僕は、没原稿製造機と言われたクズ作家ですよ。失った時間の分、量産していきますからね♪」
こうして、和泉マサムネ先生と朝霧沙樹先生は、ド変態というレッテルを貼られて帰って来た。
あぁ~恥ずかしいよ~
深雪のキャラが崩壊しましたが、救われない話から脱出しました(^^;