朝、起きると、自分の部屋にいた。蘭も深雪もいない、五反野の俺と紗霧の家にある自分の部屋である。蘭とか深雪とかは夢だったのか…そうだよな。俺はもてない、売れ無い作家だし…
ドンドン!
と、天井が鳴った気がした。お姫様の朝ご飯を作らないと…キッチンへ向かい、紗霧の大好きなオムライスを調理して、紗霧の部屋の前に置いた。
コンコン!
ドアをノックして、声を掛ける。
「紗霧、朝ご飯を、ここに置いておく。ゆっくり味わって食べるんだぞ」
うん♪
って、紗霧の声がしたようだ。俺は自分の部屋に戻り、作品作りをしようと階下に降りた。そこには、何故か喪服を着た花ちゃんとエミリーが佇んでいた。
「またなのか?なぁ、正宗君…」
花ちゃんの声は呆れているような、悲しそうな声である。
「正宗…ねぇ、しっかりしてよ~」
エミリーが泣いて縋っている。
「誰か、亡くなったのか?」
啜り泣いている二人。
「いいから、喪服を着なさい!今日は大切な日なんだから…」
俺は、喪服に着替えさせられて、誰かの葬式へと連れて行かれた。
その祭壇には棺は無く、骨ツボだけが置かれていた。花に埋もれるように、骨ツボの主の遺影が飾られている。その遺影は…そんな…どうして…だって…さっきまで…
俺はその場に蹲り、喉が潰れる位叫んだ。
「さぎりぃぃぃぃ~!」
◇
夢…目が覚めると、隣に深雪がいた。彼女を起こさないようにベッドから起き出し、外出着に着替えていく。
俺が殺したのか…いや、いつか殺してしまうのか…紗霧を…ここにいたらダメだと、俺の本能が言っている。スケッチブックと鉛筆とナイフを持ち、カバンに詰め込み、こっそりと裏口から出た。
「お出かけですか?」
こっそり出たはずが、高遠さんに見付かってしまった。
「一人でフラフラしたい」
「そうですか…では、これをお持ちください」
スマホと、キャッシュカードを渡された。
「そのスマホは私の番号だけ登録してあります。困った時はいつでも頼って下さい。キャッシュカードは、いわゆる裏口座です。あなたのお金ですから、問題はありません」
「どうして?」
「私はあなたの侍従です。主様の為に動くのが務めです。この地図に、抜け道を記載してあります。クマは出ませんから、安心して、山向こうの村へ出られると思います。ごゆっくり、湯治をしてみてはいかがですか?」
湯治…休みことが大切なのか…
「ありがとう…高遠さん」
高遠さんへ一礼をして、僕は彼に教わった道を進むことにした。
---司波深雪---
朝、起きると、正宗君がいなくなっていた。
『一人で旅をしてみます』
と、書き置きを残して…
「冬休み前のテスト期間だから、五反野には知らせないわ!」
って、みゃーさん。
「作家陣は、創作活動をして。捜索は、蘭さん、深雪さん、美和子さんにお願いするからね」
頷く私達。
「どうやって、出たんだ?」
地図を片手に美和子さん。冬が近いので、朝は薄暗いはずだ。運転免許の無い正宗君の移動手段は徒歩だと思う。自転車も乗らないし。
「林道を探してみます」
蘭さんがバイクに跨がり、林道方向へ出て行った。私と美和子さんは車に乗り、駅方向を探しに行く。目の前の道は、この2択しか無い。後は、山超えだけど…体力的に難しいだろうな。
---和泉正宗---
夜…温泉地に着いた。どこか宿を探さないと…ふと、目に付いた一軒の宿に足が向き、引き寄せられるように、その宿にチェックインをした。
「204号室で良いですか?」
「えぇ、大丈夫です」
老夫婦と中学生くらいの仲居さんで、切り盛りしている宿のようだ。こんなにも大きな旅館なのに…少し不思議である。
「お食事は朝と晩だけです。温泉は入り放題になっています」
仲居さんに心付けを渡しておく。
「長逗留になりますが、よろしくお願いします」
「はい」
温泉に入り、食事を食べ、部屋で、仲居さんと老婦人の絵を描いていく。うん?何かの気配を感じる。ふと、手を伸ばすと、柔らかな物に触れた。ゆっくりと手を沿わせて、輪郭を感じ、絵に起こしていく。これって、胸?はぁい?
少し上に手を動かすと、なだらかな肩、細い首、そして顔らしい物を感じた。それらをデッサンしていく。輪郭だけであるが、かわいい女性のようだ。見えないけど…
「君は誰?どうして、ここにいるの?」
うん?スケッチブックに鉛筆が走っている。まるで見えない手が文字を書いているようだ。
『湯ノ花幽奈といいます。この部屋に地縛しています。う~ん、絵描きさんですか?初めて絵を描いて貰えて嬉しいです』
って、書かれていた。
「しばらく、ここに滞在する和泉正宗です。よろしくお願いしますね」
「はい♪」
こうして、地縛霊と同居することになった俺。俺はどこか壊れているのだろうか。非科学的であるが、受け入れているし。
◇
幽奈は寝相が悪い…隣の布団で寝ていたのだが、俺の布団に入り、触ると全裸のようだし。しかも触っても起きない。このチャンスに、全身を描く事にした。全身を触っていく。骨の出っ張り、肉質…
「あぁぁぁぁぁ~!」
しまった下腹部だったのか…指でなぞってしまったようだ。お尻だと思っていたのだが、寝返ったのか、前だったようだ。
『え!どうして…あっ!私のヌード画…あぁ、ごめんなさい。寝相が悪くて…全裸で夜這いしていたんですね~』
「幽奈…抱いていいかな?」
彼女の総てを知りたい。
『恥ずかしいなぁ。そんなことを言われたの初めてだし…いいですよ』
手探りで幽奈と交わる。
「いいっ…交わるって、いいもんですね。正宗君の鼓動を体内で感じています」
脳裏に響く幽奈の声…交わるって、幽奈とリンクするってことなのか?
幽奈の頬に頬を重ねている俺。手で幽奈の胸の感触を確かめていく。幽霊でも乳首って立つんだ…新たな発見をしたり…アレが締め付けられる感触を受けたり。
「あぁぁぁぁ…幸せです…正宗君に逢えて良かった…」
そして、朝を迎えると…
◇
宿で寝ていたはずの俺。なのに。道ばたで寝ていた。う~ん…幽奈は夢だったのか?スケッチブックを見ると、幽奈のスケッチが残っている。老夫婦と仲居さんのスケッチもある。どういう事だ?はて?
湯煙が見える方向へ歩を進めていく。夜だったから、狸に化かされたのかな?う~ん。妙に艶めかしかったけど…
そうだ。泊まった宿の絵を描いておこう。スケッチブックに宿のラフスケッチを描いていく。これに似た建物で、話を聞けばいいかな?
湯煙は見えているのに、なかなか温泉宿に着けない。また、化かされているのか?夕方近くになり、道しるべが見えて来た。この先に温泉地はあるようだ。道しるべ通りに、歩いて行く。川沿いの道に出た。宿を探し回る。大きな建物が見え始めた。あれ?川向こうに見覚えのある建物を見つけた。スケッチブックで確認すると…これだ!実在する建物のようだった。
だけど、宿では無いみたいだ。名前も違う。『ゆらぎ庵』だったはずが、『ゆらぎ荘』になっているし。どういうことだ?一応、従業員の人に訊いてみるかな。玄関を入ると…
「正宗さん…正宗さんですよね?」
中学生くらいの女の子に声を掛けられた。
「仲居さんですか…これ、どういうことですか?」
今朝のことを仲居さんに話してみた。
「う~ん…それは神隠しにあったんだと思います。時間を踏み超えたのかもしれませんね」
理解不能な非科学的なことを言われた。時間を踏み越えた?
「幽奈さんは?」
「長逗留されますよ?204号室をお使いください」
仲居さんに後押しされて、204号室に入ると…懐かしい気配がして、懐かしい感触を感じた。何も見えないけど。
「幽奈さん?」
『はい』
背中に文字が書かれた。
「待っていてくれました?」
『はい。もっと、絵を描いて下さいね』
◇
食費朝夕2食付きで家賃2万円だそうだ。入居手続きをした。204号室を指名して。
「正宗さんなら、問題無いです。以前の宿泊費も預かったままですし」
入居者は俺の他に、女性が3名だそうだ。ここに幽奈は含まれていない。
「和泉正宗?もしかして、縁プロジェクトの和泉マサムネ先生ですか?」
魔乳に近い女性が抱きついてきた。誰?この人は?
「呑子さん、初対面の方にそれは…」
仲居さんが苦笑いしている。抱きつき魔なのか?
「私、荒覇吐 呑子です。マンガ家ですよ~」
吐息にアルコール臭が…
「すみません。マンガ見ないもので…」
「正宗さんって、有名人なんですか?」
仲居さんに訊かれた。
「売れ無いラノベ作家ですよ」
「え~、売れっ子ですよね。もう1つのペンネームは♪」
あぁ、バレているようだ。
「幻想小説も書いています」
「大きな声で言えないけど、この人が幻の作家の朝霧沙樹先生ですよ~」
「「えぇぇぇぇぇ~!」」
驚きの声の合唱が聞こえた。
「仲居さんと老夫婦の絵は仕上がったら、プレゼントしますよ」
「いいんですか…」
スケッチを見せた。
「あぁ、懐かしいなぁ。女将さんだぁぁぁぁ~」
少し涙ぐむ仲居さん。もう、あの老夫婦は引退されて、亡くなったらしい。一体、俺は年十年の歳を踏み越えたのだろうか?
そのおかげで、安住の地を見つけた気がした。ここなら、紗霧達に害を与えないで済みそうだ。日々、デッサンと絵を描き、新作『踏み越えた時』を書き始めた俺。画材は呑子さんに分けて貰ったり、買ってきてもらった。
幽奈をモデルにして、画集の制作もしている。ネットを使えば、場所を特定されないで、原稿が送れるし。
---司波深雪---
もう3ヶ月だ。年を跨いだので、五反野の住民にもバレてしまった。
「兄さんが家出…どうして?」
紗霧ちゃんが泣き崩れている。
「正宗君…今度は何に追い詰められたんだ…」
目を腫らしているムラマサちゃん。
「正宗…どうしてよ~」
エルフちゃんは、だいぶショックを受けていた。早く見つけないと…焦る私達。そんな中、大先生の新作が売り出される情報をみゃーさんが掴んできた。
「生きている証拠よ。どこかで、リハビリをしているのかもしれないわ」
何かに追い詰められて、出て行ったのか。何に?それがわからないと、迂闊に連れ戻せない。無理やりだと、あの悪魔が目を覚ましてしまいそうだ。
1月の半ばに発売された新作。皆で読みふける。何かのヒントが無いか、見つける為にだ。
「時か…ロスタイムが多いからなぁ」
と、伊月先生。入院期間、多重人格期間もあり、彼としての時間には、ロスが多かった。
「昔に戻りたいのかな?」
と、みやーさん。
「どうだろうな。戻りたいというか、感覚的には昔のままで、時間だけが知らない間に過ぎているって感覚もしれないな」
と、伊月先生。同感である。ロスタイム故、記憶と現実にギャップが多いのかもしれない。
「後、探していないエリアは…山向こうの温泉街か…彼の体力では、山超えをしたとは思えないが…」
とお兄様。
「行ってみます。ダメ元で…」
私と美和子さんで、その温泉街へと向かった。車でも結構時間が掛かる。山超えのルートが無い為、山を迂回して、回り込むルートだからだ。
駅前のロータリーで駐車して、宿をチェックしていく。ひなびた温泉街なのか、人通りが少ない。湯治客が多いのか、土産物屋さんも少ない。観光地では無いようだ。
「どこかの宿にチェックインして、聞き込もうか」
って、美和子さん。頷く私。宿は、ここの辺りで、一番大きな宿になった。美和子さん曰く、従業員が多いのがポイントらしい。
「探し人の場合、地元の人に訊くのが一番だよ」
だそうだ。温泉に浸かり、疲れを取って、翌日から、聞き込み始めた。ふと、川向こうに大きな宿らしき建物がある。だけど、宿リストには載っていなかった。
「あの宿は?」
地元の人に美和子さんが訊いた。
「随分前に廃業した旅館だよ。今は、温泉付きの下宿屋をしているんだよ」
温泉付きの下宿屋…長く住むにはもって来いな場所だ。美和子さんも、頷いている。その下宿屋、ゆらぎ荘へと向かった私達。