---和泉正宗---
朝目覚めると、見えない幽奈と抱き合っている日々に慣れた頃、幽奈が窓辺から誰かを見つめていることに気づいた。学生服を着ている男性。メモを手にして、コチラに近づいて来ている。幽奈は彼を見つめていた。
幽奈の本来の待ち人だと、なんとなく感じた僕は、荷物を纏めて、部屋を出た。そして、事情を仲居さんに話した。
「そうですか…出て行かれるんですか」
仲居さんはどこか寂しげであった。
「また、ふらりと来ていいですか?」
「勿論です。いつでもいらしてください」
仲居さんの顔に笑顔が戻って来た。そこに、先程の彼が訪ねて来た。
「すみません。下宿をしたいんですが…」
仲居さんは彼の元へとむかった。そんな彼女に一礼をして、ゆらぎ荘を後にした。さて、どこへ行くかな?
「そこの彼氏!車に載っていかないか?」
って、振り返ると呑子さんがいた。
「すまない。仲居さんとの会話を聞いてしまったよ」
立ち聞きされたようだ。
「どこか行く宛てはあるのか?」
「特に無いんです」
ふらり旅である。目的は特に無い。あるとすれば、紗霧から離れることだけだ。
「どこか遠くでのんびりとですね」
「う~ん…どこにするかな。のんびりとかぁ…冬の海でカニ三昧はどうだ?」
って。食い道楽の旅になりそうだけど…そう言えば、呑子さんは、締め切りは大丈夫なのか?
---司波深雪---
美和子さんと共に、ゆらぎ荘へ向かった。玄関を入って、目の前には、大先生の落款が押された絵画が展示されていた。ここだ。
「何か、ご用ですか?」
中学生くらいの少女が仲居さんの姿で現れた。
「人を探しています。あの絵の作者は、ここにいますか?」
「あ…先程、退去されました」
って…一歩遅かったようだ。私達の動きに気づいたのか?
「どこへ行くか、訊いてますか?」
「いえ…彼の次の下宿人が現れて、そちらの対応が忙しくて、ロクに話も出来ませんでした」
彼女はどこか寂しげであった。正宗君が出て行ったことにショックを受けているように思えた。
「もし、彼が戻って来たら、こちらへ連絡してください」
と、みやーさんの名刺を手渡した。
---和泉正宗---
呑子さんは、締め切り逃れで、俺と逃避行に出たようだ。スマホの先にいる担当さんから、長説教を受け、帰ることになった。
「どうする?」
「このまま、ふらりとしてみます」
「困ったことが出来たら、連絡をしてね」
呑子さんの連絡先が、俺のスマホに登録された。そして、車に、カニを満載して、帰路についた呑子さん。さて、俺はどうするかな。
ローカル鉄道での旅。車窓から見える景色をスケッチに描いていく。下車をして、海辺に行き、砂浜に腰掛けて、北の冬の海を描いていく。
「スゴい…鉛筆だけで、ここまで描くなんて…」
後から女性の声がした。振り返ると、長い黒髪で丸眼鏡の少女がいた。
「画家さん?」
「あぁ、売れ無い画家です」
「そうなの?売れると思うけど…」
俺の隣に座り込み、脇に置いてあったスケッチブックに、目を通している。
「ねぇ、一人旅?」
彼女の問いに頷く俺。
「一緒にいていい?」
「貧乏クジを引くよ」
「慣れているわ」
彼女は絵が描き終わるまで、俺の隣に座って、俺の姿を見ていた。
日が傾き、二人で宿場街へ向かう。そして、温泉宿にチェックインして、1つの部屋に二人で入った。宿帳で二人の関係を「兄妹」と書こうとしたら、彼女が「恋人」と書き込んだ。
「ありがちだけど、失恋して…でも、君の絵を見て、もう少し生きてもいいかなって…」
二人で内風呂に入り、彼女が独り言のように呟いていた。
「ねぇ、私って魅力無いかな?」
「俺的には魅力有りすぎるかな」
「そうだよね。好みの問題なんだよ。分かってはいるんだけど…」
彼女は泣きながら、俺に抱きついた。彼女の両手で頬を挟まれて、唇が重なりあっていく。
「君も訳有りなんでしょ?」
頬の傷跡を指でなぞりながら訊かれた。
「まぁねぇ。現実逃避旅だよ」
「仲間だね」
自然な動作で交わる俺と彼女。纏わり付くような彼女の体内。彼女を振った男は損をしたと思う。こんなにも気持ち良いのに…もったい無い。見た目よりも大きく形の整った胸。食べず嫌いで損をしたな、その男は…
彼女は見た目と違い、激しかった。波立つ湯面。声を上げずに、刺激を愉しみ、刺激と求めている。俺は彼女のされたいように、刺激を与えていく。たぶん、彼女の中では俺の体液と温泉の湯が混じり合っているのではないだろうか。
「後を責めて良いよ。私をボロボロにして…お願い…」
彼女の望みを叶えて上げる。彼女の使える穴を総て使い込んでいく。彼女の意識が果てるまで、彼女の意識が果ててでも。
目の前には、動かなく成った彼女がいる。微かに呼吸で胸が上下している程度である。手首を縛り上げ、視界を塞ぎ、跪かせた。額が床に着いている。意識の無い彼女は、もはや人形のようで、色々なポーズを取ってくれ、それらをデッサンしていく。
テーブルの上に載せ、両足をテーブルの足に固定して、秘部を観察しながら、デッサンしていく…
◇
朝、目覚めると、彼女は俺を咥えていた。
「あっ、おはよう♪」
笑顔で俺を見つめている。
「昨夜は私を堪能してくれたのね」
彼女は視線で、俺のスケッチブックを指した。
「あぁ、今の君の総てを、描いたよ」
「そう…なんか、久しぶりだよ。こんなにも晴れやかな気分は」
「君を振った男は大損したな」
「そう、思う?ふふふ♪」
俺の言葉が嬉しそうな彼女。宿をチェックアウトして、駅で彼女と別れた。俺は彼女の本名を知らない。彼女も俺の本名を知らない。一夜限りの一期一会である。
---司波深雪---
手がかりが見付からない。この温泉地から、どうやって移動したのだろうか?
「駅の監視カメラはチェックしたけど、写っていないわ」
って、美和子さん。警察手帳を使い、チェックしてきたそうだ。
「後は、車かぁ。彼は運転免許無いから、ヒッチハイクかな」
ヒッチハイクだと、足取りを追えない。困ったなぁ。美和子さんと二人で、どうするかを悩んでいるところに、紗霧ちゃんから連絡が入った。
「兄さんの新作がネットで公開されていました。urlは…」
教わったurlを閲覧してみると、『勇者マサムネの冒険』が更新されていた。話のあらすじは、ラスボスを倒した勇者は、それまで周囲を顧みずに、ラスボスを倒すことだけを第一にしていた。だけど、ラスボスを倒して、周囲を見回すと、あんなに恋い焦がれていた姫を傷つけていたことに気が付いた。それでも勇者の傍にいたがる姫。そんな姫から距離を取るため、勇者は生きる目的を探しに旅に出た、って感じである。なんて、わがままな勇者だろうか。
「そうなると、紗霧ちゃんを殺しかねないと思って、関係を断つつもりでは」
って、美和子さん。正宗君にはロストした時間がある。記憶にない期間がある。その時に紗霧ちゃんへ何かしたと思い込んでいるのかもしれない。実際には、闇の人格から私達を護る為に、自分の命を消そうとしていたのだけど。
「マズいなぁ。自殺願望が再発していないと良いけど」
美和子さんも私と同じ考えのようだ。彼の書いた小説から、手がかりを探す。崖の上から海を眺める描写がある。これって、ドラマで良く使われる、あの崖かな?
「美和子さん」
「そうだな。北の海だな」
車に乗り込み、日本海側を目指した。
---和泉正宗---
浮かんだネタを元に、作品を書き上げている。長逗留しても疑われない温泉旅館で、浮かんだネタを文字に変換していた。
ここにしたのは、近くに『ゆうがお』という美味しい小料理屋さんがあったからだ。夕食はそこで取り、季節を感じられる食事を満喫していた。ふきのとうか…そろそろ春だな。紗霧は無事に高校3年生になれたかな?
「作品は書き上がりましたか?」
若女将に訊かれた。
「もう少しだよ」
「書き上がったら、旅立ちですか?」
「ですね。でもまた、ふらっと天神屋に泊まりに来ます。その時に、またここにも来ますよ」
「そうですか。では、新作料理を用意して、待っていますよ」
ここの若女将は、大学生らしい。天神屋の大旦那様に見初められたそうだ。
書き上がった原稿を封筒に詰めて、朝霧沙樹の担当者へ郵送し、また宛ての無い旅を始めた。
---和泉紗霧----
無事に高校3年生になれた4月の終わり…大先生の新作が出た。タイトルは『幻の女』だ。表紙は浜辺から見た海の景色。波は荒々しい表情で、遠くには太陽が沈みかけている。
所々にある挿絵は顔が分からないが、生々しい女性が描かれている。どこの女性だ?縁にはいないタイプの女性のようだけど…
「まぁ、新作が出たってことは、正宗君は生きている証拠だな」
無事に高校を卒業して、専業作家になったムラマサちゃんが、気休めを言う。私は無事な兄さんの姿を見るまで安心出来ない。
「そのうち、ひょっこり帰ってきたりして」
って、私と共に無事に高校3年生になったエルフちゃんが、気休めを言う。でも、帰って来て欲しい。もう、無茶はしないから…紗霧は良い子になりますから、引きこもりは卒業したし、パンティの強奪もしませんから、帰って来てください。
「これは能登半島か…」
ムラマサちゃんが呟いた。深雪さん達は金沢で捜索をしていたそうだ。捜索範囲が、少しずれていたのか?
「5月の連休は、手分けして探すか?」
「ムラマサ先生、専業作家になられたんですよ。仕事をしてくださいね」
って、みゃーさんから、警告が出た。
「そちらの二人もですよ。学生と兼業なんですから、無事に卒業してくださいね~」
ですね。無事に卒業しないと、帰って来ない気もする。兄さんの捜索の情報を纏める為に、五反野勤務にしたみゃーさんと伊月先生。代わりに、うまるちゃんのお兄さん夫婦が、あちらへ移り住んでいた。
---和泉正宗---
叶さんのお父さんのツテで、北海道でのんびりしている。食べ物が美味しい。牧場の運営なんかも時間を作り学んでいる。将来、千尋さんと牧場を運営したいから。
牧場からの帰り道で、知らない女の子にコートの袖を掴まれた。
「ねぇ、たい焼きを食べたい」
少女はランドセルを背負っている。小学生か?ふと顔を上げると、目の前にたい焼きの屋台があった。そこで、たい焼きを2尾勝って、彼女と俺で1尾ずつ食べた。旨い…さすが北海道だ。小豆が旨いのか?
「ここのたい焼き、皮が薄くて美味しいんだよ」
笑顔の少女。確かに、皮の表面はカリカリであるが、薄いのに、裏面はしっとりとしている。これは、旨い…
「教えてくれて、ありがとうな…」
少女へお礼を言おうと思うと、彼女はいなかった。なんで?ふと顔を上げると、たい焼きの屋台も無い。これは夢か?状態を確認すると、俺はベッドの上にいた。夢だったようだ。起きて、シャワーを浴びて、街中を散歩する。公園のベンチに腰掛け、夢で見た少女とたい焼きの屋台を描いた。美味しそうにたい焼きをパクつく、ランドセルを背負った少女。
ふと、顔を上げると、冬なのにアイスを大人喰いしている少女が目に入った。その彼女の姿も絵にしていく。このまま描いても季節感が、わからないか。冬に食べていることが、インパクトあるのだ。風が吹いているように見える描写を加えるが、これでもダメだ。もっと俯瞰的に描くか。バックの樹木の枯れ具合とか。周囲にいる人の服装とか…
デッサンすることに集中していて、既に日は落ちていた。あぁ、もう夜か。今夜は何喰おうかな。街中を散策しながら、ホテルへ戻る。その途中でだ。あのランドセルを背負った少女を見かけた。夢で見たあの少女である。彼女の後を付いていく。途中で、たい焼きの屋台を見つけた。これも夢で見た屋台である。たい焼きを3尾買い、1つを歩きながら食べ始めた。う~ん、夢で食べた味と食感だ。あれは、正夢か?
「ねぇ、1つ欲しい…」
あの少女が、俺を見つめていた。涙目で、たい焼きをロックオンしていた。俺は、まだ2尾入っている紙袋を彼女へ手渡した。
「え?こんなにいいの?」
目を丸くして俺を見ている少女。頷く俺。彼女は夢で見た通り、おいしくたい焼きをパクついていた。
「私、月宮あゆ。お兄さんは?」
「俺は、和泉正宗だ」
「ふ~ん、そうなんだ。また、逢えるといいなぁ。今日はありがとう♪」
少女が走り去って行く。俺は彼女に興味を抱き、後を付いていくと、病院の敷地で彼女を見失った。関係者が入院しているのか?彼女に興味を抱いた俺は、病院の中へ入っていく。
「面会時間は終わりましたけど、どなたにご用ですか?」
入ってしばらくして、看護師の女性に訊かれた。
「月宮あゆって、少女です」
と、正直に答えた俺。しかし、看護師の表情が崩れていく。
「少し、お待ちください」
どこかに走り去って行く看護師。あの少女の関係者を呼びに行ったのか?看護師は、医師を連れて戻って来た。そして、ある少女の元へ連れて行かれ、容体を聞かされた。
個室で眠る少女。色々な装置が彼女に繋がっていた。彼女のベッドには彼女の名札がぶら下がっていた。彼女の名前は『月宮あゆ』…どこか、あの少女に似ているが、年齢が違う気がする。俺の知っている月宮あゆは小学生だった。だけど、目の前にいる月宮あゆは、高校生くらいに見える。
彼女の症状は、植物人間だそうだ。小学生の時に事故に遭い、そのまま目覚める事無く、成長していると言う。
俺は俺に起きたことを、医師に話した。
「そうですか…実は、彼女の生き霊を見たという看護師が多いんです。あなたの言うように、赤いランドセルを背負っていたそうです。姿は事故当時の彼女なんです」
と、事故当時の元気な少女のスナップ写真を見せてくれた。母子家庭に育ち、母親が事故で亡くなると、後を追うようにして事故に遭い、現在に至ったそうだ。
「彼女が見えたのであれば、何かの縁です。話し掛けて貰えませんか?」
話を訊くと、誰も見舞いに来ないそうだ。そもそも肉親がおらず、入院費も病院で負担しているそうだ。この状態では、退院も転院もさせる事が出来ないらしい。病院としては、彼女に目覚めて貰わないと困るらしい。
まぁ、確かに何かの縁である。その日から、彼女の元を訪れることが日課になった俺。高遠さんに連絡をして、病院へ少し寄付をしてもらった。病院へは匿名で、彼女の入院費の足しにして欲しいと伝えて…