---和泉紗霧---
そして、今年も夏合宿の季節に…私もエルフちゃんも補習無しで、始めから参加出来ることになった。危なかった。1点に救われた感がある英語…
そして、あの別荘のある孤島へ、私達が足を踏み入れた。息苦しい程のドキドキ感。兄さんに会える喜びよりも、兄さんの娘に会う緊張により、目眩がしそうなくらい気持ちが悪い。
見覚えのある建物が見えて来た。目の前のビーチでは、詩羽先輩、エリリンさん、知らない女の子がビーチボールで遊んでいた。あの子かな?私よりも大柄に見える。私よりも健康的に見える。私よりも…
「紗霧、何を泣いているのよ~」
って、エルフちゃん。
「だって…」
ムラマサちゃんが優しく、私を抱き締めた。少し、落ち着きを取り戻したかな。
建物に入ると、ちっひーと兄さんが仲良く、料理をしていた。
「兄さん…」
兄さんの元へ駆け寄る私。だけど、何かに蹴躓いて…
ドスン!
兄さんの元へヘッドスライディング…
「紗霧。慌てなくても、俺はここにいるぞ」
って、兄さんに肩を抱かれて、起き上がらせて貰った。
「兄さん…何が遭ったの?」
兄さんに抱きつき、泣いてしまった。色々な想いが、私の中を駆け巡っていく。
「朝霧先生♪」
「うん?あぁ、あの時の…そうか、新人さんが入社したって、みゃーが…君だったのか」
事務方の新入社員の羽川翼ちゃんが、兄さんに挨拶している。
「先生、おかげで、妹は助かりました。ありがとうございます」
って、同じく事務方の新入社員である美坂香里ちゃんが、兄さんに礼を言っている。
「うん?あ…あのアイス大人買いの子のお姉さんかな?」
「そうです。美坂栞の姉で、香里といいます」
「そうか、良くなったのか」
「妹も、元気になったら、入社したいと言ってました」
う~ん、兄さんは、色々やらかしていたようだ。知らない間に…
「正宗君のおかでで、優秀な社員を二人手に入れましたよ」
って、みゃーさん。二人共通学していた高校では、学年一の成績を残してきたと言う。私と大違いである。頭の良い子が好きなのかな?
「そうだ、みんなに紹介しないと」
あの知らない少女が入って来た。
「戸籍上では娘だけど、実質は俺の妹になるあゆだ。みんな、よろしくね」
「あ…和泉あゆです。よろしくお願いします」
あの少女がぺこりと頭を下げた。
「戸籍上では16歳だけど、実際は小学校5年くらいだから、大人の扱いはしないで欲しい」
実際は小学校5年生?見えない。私よりも大人に見えるし。
「千寿ムラマサだ。よろしくな」
「はい♪」
ムラマサちゃんは、彼女に挨拶に行っている。え?!エルフちゃんもだよ。
「山田エルフです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
「恵、もう大丈夫なのか?」
「ムネ君♪もう少しだよ」
しまった。あの女もいたんだった。一杯一杯な私は、注意散漫になっていたようだ。何もかも出遅れているし。
「部屋割の表は、ここに張っておくわよ」
って、みゃーさん。コウさん達イーグルジャンプ陣は、後から来る様だ。って、兄さんの部屋にあの少女が…ズルい…私の兄さんなのに…奪われた感がある。
「エロマンガ先生、お仕事の準備をしてください」
「そんな名前の人は知らない…え?もう仕事なんですか?」
みや~さんが笑顔で、笑っていない視線を向けてきた。
「エロマンガ先生、先月、締め切り落としましたよね?」
「だから、そんな名前の人は知りません…って、先月は試験勉強で…」
「学業と仕事の両立がルールですよ~。わかっていますか~?」
あぁ~、兄さんが遠くなっていく。私はみゃ~さんの手で缶詰状態に…
---和泉正宗---
「今夜のメニューは?」
伊月先生に訊かれた。
「海の幸で舟盛りですかねぇ」
今朝、近くの漁師さんから、海産物を買い込んである。千尋さんと共に、下準備中である。
「うちのちっひーと一緒になってくれるのか?」
「兄さん、いきなりだね」
千尋さんが苦笑いしている。
「俺は、こうしてみんなといるのが好きです。それじゃダメですか?」
「ダメでないよ。ただ、兄として、妹の心配をしたいだけだよ」
「兄さん、私の心配より、自分の心配をした方がいいよ」
伊月先生の後にはみゃーさんが立っていた。
「なぁ、他人の心配より、自分の心配をしようね、あ、な、た♪まだ、今月分が、おわっていませんよ。伊月先生!」
「え?!明日からじゃダメ?」
「ダメですよ。仕上げないと、今夜のエサは抜きですよ」
嬉しそうに宣告するみゃーさん。顔から血の気が引いていく伊月先生。この二人の関係は、結婚しても変わらないようだった。
◇
「なぁ、小腹が減ったんだけど」
詩羽先輩とあゆがやってきた。先輩にはカレーライスと、あゆにはたい焼きを出した。
「お兄ちゃんのたい焼きサイコーだよ♪」
あゆは美味しいそうにパクついていく。
「これはどうかな」
千尋さんが、今川焼きをあゆに出した。
「これも美味しい。ちっひー、サイコーだね~」
あゆは千尋さんのことを、愛称のちっひーと呼んでいた。
「ありがとう、あゆちゃん。新作がんばろうっと」
たこ焼きにチャレンジしに、焼き場に戻る千尋さん。
「で、新作は書いているの?」
詩羽先輩に効かれた。
「えぇ…『湯煙の女』って言うのを書いています」
幽奈との思い出をネタに、文字に起こしている。朝霧沙樹の担当曰く、『現地妻シリーズ』だと呼ばれている。
「ふ~ん、さすが早書きだね。こっちも順調だよ。ネットにアップして、反響がすごくて、単行本にする作業をしているわよ」
英里さんは、単行本になる前から、コミカライズ化していた。編集部の許可は取れているらしい。
「で、本職の方はどう?」
「あぁ…神楽坂さんから、OK出ないです」
相変わらず、和泉マサムネ名義の方は、体たらくである。
「勇者マサムネは、どこへ向かっているんだい?」
「どこでしょうね。目的も無く彷徨っている、そんな感じかな。どこへ向かえば良いかも、分からない」
紗霧の元へ戻ることが恐い俺。傷つけてしまいそうで、恐いのだ。
「ふ~ん…まぁ、それもいいのかもな。君の通った後には、何かしらが残っている訳だし」
俺は何を残してきたんだ?恐怖と惨劇かな。
「俺は何をしてしまったんですか?」
俺は俺の事を知らない。
「覚えていないことを、無理に想い出すことは無いわよ」
「でも…」
「もう少し、自分に自信を持った方がいいかな。君の人柄が好きで、こうして、みんな集まっているんだよ。それは君が残した物は、良い物だってことだからね」
って、言われても…
◇
夕食の下準備が終わり、部屋に戻って少し休憩…部屋に戻ると、ベッドに深雪がいた。
「久しぶりに一緒に寝ましょう」
ベッドから降りた深雪は、何も羽織っていなかった。俺の手を引きベッドサイドに招き、俺の着ている物を脱がしていき…
ベッドに横たわり、深雪と身体を合わせた。
「俺なんかでいいのか?」
「いやだったら、ここにいないですよ」
深雪の指で誘導され、俺は深雪の体中に入っていく。暖かい…深雪の体温を全身で感じ、深雪の鼓動を全身感じていく。生きているって実感を、改めて感じていく。
「私を好きにしてください。私の身体が欲していますから」
何をどうすれば良いんだ?こうしているだけで満足な俺。何もしない俺に対し、深雪は俺の上で蠢いている。全身に深雪が這っている感じだ。深雪の乳首、深雪の乳房…総てが、俺に纏わっていた物を、そぎ落としていく。何が纏わってっていたんだ?深雪の身体が折れに溶け込んでいく。心が軽くなっていく感じである。
二人でシャワーを浴び、水流に歓迎されながら、俺達は愛し合った。
---和泉紗霧---
「次は、このポーズをお願いします」
モデルのムラマサちゃんに、ポーズの出していく。
「こうか?」
「そうです」
う~ん…本にはならないけど、ネット小説である『勇者マサムネ』に挿絵を入れていく。これが、私のお仕事である。
エルフちゃんは、新作のプロットを唸りながら産み出していた。
「勇者マサムネはどこへ向かうんだろうな」
って、ムラマサちゃん。どこだろうな。私の元だといいんだけど、あのあゆって子と、二人でどこかへ行くのかな?
「おいおい、泣くなよ。なぁ、紗霧」
兄さんのことを考えると、涙が出てくる。
「しょうがないなぁ」
ムラマサちゃんが、私に近寄り、優しく抱き締めてくれた。徐々に、爆発しそうな感情が収まっていく。
「兄さんはどこへ行くんだろう…」
「紗霧的には、どこがいいんだ?」
「私の元…戻って来て欲しい。あの頃の兄さんに…」
閉じこもっていた私の為に、毎日食事を作ってくれていた兄さん。閉じこもっていた私を、みんなから護ってくれていた兄さん。あの頃に戻りたい。あの頃に戻って、閉じ籠もらずに、兄さんと生活をやり直したい。もう無理だけど、それが私の願いである。
「マサムネは何がやりたいのかな?」
エルフちゃんが呟いた。そうだよね。兄さんのやりたいことを、させて上げたい。兄さんがそうだったように。私のしたいようにさせてくれた兄さん。ムラマサちゃんのしたいようにさせていた兄さん。エルフちゃんのプロポーズは断ったけど、それなりにさせていた兄さん。いつだって、兄さんは私達のしたいようにさせてくれていた。
「どっちにしても、あのあゆって子が成長するまでは、動けないだろうな」
そうだ。兄さんが、途中で投げ出すとは思えない。あの悪魔が起き出さない限りは。
「でも、ショックよ。あんな大きな娘を作るなんて」
って、エルフちゃん。見た目、エルフちゃんの方がお子ちゃまに見えるし。
---毛利蘭---
う~ん…聞いていた話よりも、見た目が大きな娘さん。お母さんは孫のようっていうけど、私の子供って言うにはデカ過ぎるんだけど…
「蘭、ごめん」
私に謝る正宗君。
「うぅん、正宗君がしたいようにしていいのよ。私は、正宗君をサポートしたいだけだし」
いや、嘘である。一緒になりたいに決まっている。でも…ライバルは多い。深雪さんが一番のライバルだ。スタイルもいいし、彼の為になんでも出来るって豪語しているし。そういう意味では私は覚悟が足り無いのかな。
「ありがとう…蘭」
唇を重ねて来た正宗君。彼の首に腕を回し、舌を彼の口の中へ入れていく。私って、こんな大胆だったっけ。そう思える行動だ。
私の優位性は…お母さんの存在かな。正宗君が頼ってくれている私のお母さん。あゆちゃんを、自分の孫と言い切っているし。それは、私の娘ってことに…激しく彼を求めていく私。彼をベッドに押し倒し、彼と身体を会わせて行く。私の香りで燻してあげたい。そんな気分である。
---和泉正宗---
夕食がスタートした。神楽坂さんがこのタイミングで到着。早速、酒盛りに参加しているし。刺身の売れ行きが良い。千尋さん、俺、花ちゃんで、魚介類を刺身にしていく。エミリーは焼き魚と、焼き貝の担当である。小腹の減った組用のカレーライスも用意してある。
「お兄ちゃん、たい焼きは?」
「あぁ、もう少し待てるかな?」
「うん、待っているよ」
あゆが作業を見ている。
「千尋さん、たい焼き頼めるかな?」
「正宗君、ちっひーでいいよ。わかった。あゆちゃん、一緒に焼こうか」
「うん」
嬉しそうなあゆと千尋さんが去って行く。俺は、いつの頃から千尋さんと呼ぶようになったんだ?記憶がボンヤリしている。
刺身を作り終えると、花ちゃんが、アラ汁を作り始めた。
「ここはまかせていいかな?」
「あぁ、疲れたのか?」
「そんな感じだよ。部屋にいるから」
「わかった」
俺は、部屋に戻った。宴会場と違い、静かな部屋。作業台に座り、書きかけの絵を仕上げていく。画集を出す予定なので、少し絵を溜めているところである。スケッチブックを手にして、幽奈を思い出しながら、湯煙に佇む幽奈を描いていく。
---羽島京---
大先生の書き上げた1枚を見て、皆で唸っていた。この場に大先生はいない。深雪さんに頼んで、大先生を部屋で休ませている。
それは川岸の絵であった。川の向こうには綺麗なお花畑が見える。川の手前には、何個かの石を積んだ山がある。これって…
「マズくないか?」
「これって、三途の川ですよね?」
彼は見た物しか描けない。って、ことは、死にかけたってことだ。どこで?どうして?
「美和子さん、そういう情報ってあります?」
「う~ん、正宗君が死にかけたって、情報は無いんだけど…いつ、見たんだ?」
その見た時期が問題である。ここで見たのであれば、大問題だし。
「温泉地の絵が数点ありますね」
そうなると、温泉地で死にかけたのか?どうして?
「考えられるのは、山越えの際かな。体力的に厳しいって、除外したルートがあるんですよ」
そうなると、問題は少ないけど…新作の『湯煙の女』を読めば、謎が解けるのか?