---和泉紗霧---
あのあゆって子を見ていると、私の間違いに気づかされる。もっと、兄さんに素直に接すれば良かった。恥ずかしくて、真面に顔が見られずに、兄さんと壁を作ってしまった自分。あの時、もっと兄さんに甘えれば良かった。兄さんと食卓を囲み、会話しながら食事をすれば良かった。
後の祭り…もう、あの時には戻れない。
兄さんとあゆを見ていると、悔しくて仕方がない。
「紗霧…気持ちは分かるが…」
ムラマサちゃんに慰めて貰っている。エルフちゃんに心配を掛けてしまっている。不甲斐ない私は、どうすれば良いのだろうか?
「今からでも遅くないわよ」
って、エルフちゃん。だけど…あの二人に割って入れない。あんなに無邪気に甘えられない。
「紗霧ちゃん、大丈夫?作品が上がって来ないけど」
みゃーさんにも心配されている。兄さんは心配してくれているのだろうか?私は、兄さんの作品に挿絵を描きたいのだけど。
「正宗君の新作は?」
ムラマサちゃんも、和泉マサムネ先生作品欠乏症気味である。
「勇者マサムネをネットでアップしているでしょ?」
「そうなのだが…う~ん…」
兄さんらしく無い作品である。もっと、クレイジーに前向きに生きて欲しい。勇者マサムネには。
「わかったわ。正宗君には話ししてみるわ」
みゃーさんも大変である。兄さんの作品が出ないと、私とムラマサちゃん、エルフちゃんが機能しないから…
---羽島京---
「新作の予定は無いんですか?」
正宗君の部屋で、率直に訊いた。
「朝霧沙樹として、出していますが…」
「そうじゃ無くて、和泉マサムネ先生の分です」
正宗君は立ち上がり、紙の束を私の前に置いた。
「う~ん…全部、没だって…」
こんなに書いていたのか…う~ん、神楽坂さんのハードルが高いようだった。
「これ、私達で精査して、修正が効くか、検討して良いですか?」
力無く頷く正宗君。書いてはいるようだった。だけど、没の山かぁ~。
没原稿を手にして、高校生組の部屋に戻った。
「こんなに書いていたわよ。でも、全部没だって…」
禁断症状が出ていた三人が没原稿に群がり、貪るように読み始めた。私も読んでみたのだが…ラノベでありがちのハチャメチャさが無い。朝霧沙樹の作品に近いテイストである。正宗君は、ラノベは卒業かな。
「もっと、クレイジーに動かないかな」
って、紗霧ちゃん。確かにそんな感じだ。朝霧沙樹と和泉マサムネのクレイジーさは違う。朝霧大先生はファンタジー色で、和泉先生は冒険活劇色だったはずだ。
「これはこれで面白いのだが…」
皆、何が足り無いかに気づいたようだ。たぶん、娘が出来たことが大きいのだろう。妄想する相手の年齢層が高いのだ。大人の恋…そんな感じである。ラノベの読者層は、もっと若いヒロインを望んでいるだろう。そして、大人の恋なんか求めていない。以前の伊月のような、現実でやったらダメなこと…そんな現実とは離れた世界を求めているはずだ。
「やはり…娘さんくらいの年の少女を、どうこうは出来ないのか」
ムラマサ先生が呟いた。そうの通りなんだろう。
「私が兄さんを引き戻してみる」
紗霧ちゃんが、何かを思いついたようだ。何をするのだろうか?
---和泉紗霧---
一人で兄さんの部屋へ向かった。
コンコン
「兄さん、今、いいかな?」
「紗霧か?あぁ、大丈夫だよ」
兄さんの声…ドアを開けて、兄さんがいる部屋に入った。パソコンに文字を打ち込んでいる兄さん。これは、朝霧作品かな。
「どうしたんだ、紗霧。お前が、ここに来るって、珍しいけど」
珍しい…その通りだ。もっと素直に接していれば良かった。衝動的に兄さんの背中に抱きついた。
「どうした?」
兄さんの身体がビクッとしたようだ。予想外の行動ってことか?
「兄さん…私…」
「ふぅ~」
溜息を吐く兄さん。嫌われたかな。
「紗霧…娘が出来たけど、いいか?」
いいか?何がだ?
「なかなか機会がなくて、渡せなかったけど…」
私の目の前に、小さな箱を出した兄さん。なんだろうか?これって…恐る恐る開けて見る。中には指輪が入っていた。手に取って見ていると「M to S」と内側に彫られていた。それって、そういうこと?
「愛人も多くて、同じ位の年の娘がいる、どうしょうも無い男だけど、いいのか?」
まさか、兄さんの作風が変わったのは、私のせいなの?指輪を取りだし、自分の指に嵌めてみた。う~ん、サイズが合わないぞ、これ…緩い…詰めの甘さは、兄さんらしいけど。
「あれ?緩かったか…あゆの指で試したから…」
あぁ、そうか、計測する機会が無かったのか。一緒にいられなかったから。
「私でいいの?」
「一目惚れだよ。初めて逢った、あの日からずっと…」
あの日から…あの次の日から…私は…兄さんを拒絶してしまった。
「ごめんね、兄さん」
「謝るな。俺の方が迷惑を掛けっぱなしだし」
「ねぇ、私…成長したよ」
「あぁ…見ればわかる。だけど、高校をまず卒業してくれ」
あぁ、そうだよね。その為に、別々に暮らしていたんだし。
「俺も子育てが忙しいし…」
うん?もし兄さんと結婚したら、あの子は私の娘に…まるで姉妹のような親子…そうだ♪
「兄さん、姉妹みたいな親子の話を書いて」
「なるほど…俺と紗霧とあゆの話か…書いてみるよ」
◇
自分の部屋に戻った。指輪は箱に戻し、ポケットにいれてある。無くしたら大変だからね。自慢する物でもないし。
「どうだった?」
みゃーさんがいた。
「ネタを提供してきた。書いてみるって♪」
「ネタ?なんのネタだ?」
ムラマサちゃんが乗り出して来た。
「うん?なんだこれは…」
あっ!ポッケから箱が盗まれた。マズい…
「指輪だと…正宗から紗霧?お前、裏切ったのか~!」
って、指輪を返してくれたムラマサちゃんが、部屋を飛び出して行った。まさか、指輪を強請るのか?
---千寿ムラマサ---
「正宗君、あの指輪はなんだ!」
「うん?紗霧が自慢したのか…アイツ、しょうがないなぁ」
あ!しまった。誤解をされている。
「花ちゃん」
誤解を訂正しようとする間は無かった。そのまま、ベッドに押し倒された。私の上に載る正宗君。どうする気だ。
「今まで、ありがとう…」
まさか、別れを切り出されるのか…涙が零れていく。
「どうして泣いているんだい、花ちゃん」
「別れたく無い…正宗君、私を斬り捨てないでくれ。君の為なら、何でもするから」
命乞いをする私。
「斬り捨てないよ。だって、俺を支えてきてくれたじゃないか」
正宗君の唇が私の唇と重なる。私の腕は、正宗君の首と頭を抱き締める。あぁ、このまま時が止まって欲しい。正宗君の手が胸に…心臓がバクバク言っている。股間が熱くなっていく。
だけど、正宗君は私の願い通り、そのままであった。時が止まったかの如く。
「花ちゃんのしたいように、なるべくする。だから、もう少し待ってくれ。せめて、紗霧が高校を卒業するまで…」
彼は私の心が読めるのか?私から離れ、私を起こす正宗君。
「わかった。でも…私も欲しい…指輪…」
「冬休みまでに用意して置くよ。しょうがないなぁ、紗霧の奴は…」
あぁ、誤解を解き忘れた。このままでは、紗霧が悪者になってしまう。再度、誤解を解こうと思ったのだが、正宗君が私の指のサイズを測り始めて、言いそびれてしまった。すまん、紗霧…骨は拾ってやる。
---山田エルフ---
夕食後、正宗に、あの池の畔へと連れ出された。告白かな…心臓がドキドキしている。
「エミリー…紗霧のこと、ありがとう。もうしばらく、傍にいて欲しい」
まさか、別れ?なんで?
泣きながら正宗に抱きついた。
「別れたく無いよ。ねぇ、いつまでも傍にいたいよ。紗霧とは仲良くするからさぁ~」
私の背中に腕を回す正宗。密着する私の正宗。
「エミリーがいたいだけ、一緒にいてくれ」
別れでは無い。じゃ、なんで連れ出したんだ?
「正宗…私…」
「紗霧にケジメはつける。それでも良ければ、一緒にして欲しい。わがままなお願いだけど…」
紗霧が別格なのは分かっている。だから、
「それでもいいわよ。正宗…私はアンタと一緒にいたい…」
蛍が私達を歓迎するかの如く、私達の回りを飛んでいる。
「正宗…大好きだよ…私の初めて…貰って下さい」
大胆な言葉を口にした私。うぅっ…耳が熱い。
「高校を卒業したら…今は、ダメだよ」
それはそうだよね。そういうと思った。正宗が正宗に戻った気がする。
「卒業するよ。紗霧と一緒に。だから…」
「愛人でもいい?」
紗霧がいるし…しょうがないか。私は彼の唇に、自分の唇を重ねた。
---神楽坂あやめ---
和泉先生が、プロットを書き上げ、目の前に置いた。何時ものように、原稿では無く、プロットだけである。それに目を通していく。
自分よりの歳上の娘が出来た若妻の物語。どこかで聞いたような人間関係である。若妻は高校生であり、義理の娘は1つ先輩…その二人が巻き起こす学園騒動記のようだ。
「これならイケるかな。試しに1冊分書いて見てくれる?」
ドサッ!
うっ!何時ものように書き上げていた和泉先生。原稿に目を通していく。う~ん、これならいけるかな。似た作品は、いないし。
「どうですか?」
「校正に回してみるわ。データをメールしておいて」
「ありがとうございます」
嬉しそうに、部屋へと戻っていく和泉先生。
「これはどうかな?」
霞先生へ見て貰う。
「なるほど、そう来たか。義理の妹を妻に、養女の娘か…まんまじゃん」
そうまんまだ。まぁ、見た事しか掛けない朝霧大先生だからな。ファンタジー要素は無さそうなので、和泉先生作品として出せそうだ。
「それより、湯煙の女の方は問題だな」
って、霞先生。確かに…大人のラブロマンス物であるが、ファンタジー色で塗られている感じがする。旅人の男性と、この世に未練のある霊とのラブロマンスかぁ…経験したのか?
「一度、その温泉にロケハンに行こうかな」
う~ん、呪われそうな旅行になりそうだ。
---司波深雪---
美和子さんと、正宗君が脱出したと思われるルートを歩く事にした。あの川岸の絵が気になったのだ。地図でルートを割り出して、実際に歩いている。尾根伝いであるが、徐々に登っている感じである。クマなどの気配は感じ無い。このルートなんだろうな。
夕方、霧が出始めた。夜になるまでに、温泉地に着かないとマズい。一応、野営の出来そうな場所も探す。
「後1時間くらいかな」
季節が違うので、まだ明るいが、正宗君が歩いて時期だと、そろそと夜の帳が下り始めていただろう。
「霧で、湯煙が見えませんね」
温泉地の目印である湯煙が見えない。方角的には合っているんだが…目の前に灯りが見える。温泉地に出たのか?美和子さんとそこへ向かう。そこは温泉旅館のようだった。
「ここに泊まったのかな」
その旅館の敷居を跨ぎ、チェックインをした。部屋に案内され、少し休み、地図で現在位置を確認してみる。う~ん…分からない。地図には載っていない旅館のようだ。温泉で汗を流すことにした。浴衣と着替えを持ち、温泉へ向かう。
温泉は露天のようだ。衣服を脱ぎ、洗い場で身体を洗い、温泉に浸かる。湯煙と霧が混ざり合い、景色が見えない。いい湯加減である。疲れもありウトウトしてしまう。
何者かに胸を揉まれている感覚で、目が覚めた。ここはどこだ?真っ白の空間にいる私。一緒にいた美和子さんの姿が見えない。
「あぁぁぁぁ…」
股間に触手の様な物の感覚がある。幻覚系のガスが湧いていたのか?手足に巻き付いている触手。感覚があるだけで、何も見えない。どこかに引き摺られている。引き寄せられているのか?逃れようと藻掻くが、藻掻く程に、触手の数が増えていく感じだ。
「あっ!」
何かが体内に入ってきた。敏感な部分を舐められている感覚がある。乳房を力強く揉まれ、乳首を吸われている。逃げないと…
一瞬、霧が晴れて、あの絵の景色が見えた。石を積んだ山、川向こうにお花畑がある。そのお花畑から、触手が伸びて来て、私達を引き寄せていた。
身体が川に引き込まれて行く。マズい…連れて行かれる。手足の自由は無い。触手のしたようにされる。川底に引き込まれている。なのに、息苦しくない。いや呼吸をしていないようだ。こんな場所で死ぬ訳無いいかない。正宗君に逢いたいから…
何かに突かれている。四つん這いにされて…太くて固い物が口の中にある。胸の谷間にもある。だけど、持ち主の姿は見えない。ここはどこだ?
◇
爽やかな風が当たり、目が覚めた。道ばたで寝ていた私達。旅館に泊まったはずだけど…周囲を見ても、宿らしき物は無い。全裸にされて、陵辱されたはずだが、登山の服装のままである。衣服に乱れも無いし、下着も汚れていない。あれは夢だったのか?
「美和子さん、大丈夫ですか?」
「えぇ…どうにか」
彼女と話すと、見た夢は概ね一緒であった。狸に化かされたのか?周囲を見ると、進行方向に湯煙が見えた。歩いて来た方角は霧に塗れている。あの霧…なんだろう。関わるのは危険そうなので、湯煙を目指して歩き出した。
1時間程歩くと、見慣れた風景に出た。あの温泉街である。正宗君とニアミスをした、あの場所である。このルートで正解のようだ。あの川岸もあったし。そして、ゆらぎ荘へ向かった。
玄関には大先生の絵が飾られている。あの中学生のような仲居さんが出て来てくれた。湯煙の女のだいたいの筋を伝えると、
「あぁ、それは、ここにいる地縛霊ですよ」
って笑顔で答えてくれた。地縛霊…地縛霊と恋愛をしたのか?
「今は違う男性に寄り添っていますので、そっとしてあげてください」
って…正宗君は、その男性と地縛霊が引き合っていると想い、身を引いたそうだ。
「彼に逢ったら、またいつでも来て下さいとお伝えくださいね」
って、仲居さんに言われ、私達はその場を後にした。そして、ロケハンの結果を、孤島にいる霞先生へ連絡をした。