アストルフォが腹を刺され、悲鳴を上げたと同時に駆け寄ろうと動いた。
しかし、それは黒騎士によって阻まれる。
「あ……」
再び伸ばされた手は鉄の音を鳴らして白野を捕らえようと動く。
白野は反射的にコードキャストを起動させ、黒騎士を攻撃しようとする。
だがその向けた腕は一瞬で掴み上げられた。
「つっ!?」
握り潰さんばかりに込められた握力は辛うじてそうならずに済んでいる。
それは目の前の狂戦士に僅かばかり残された理性の賜物か。それとも本能がそうしたのか。
呻くような声と共にどこかへと連れ去ろうと動く黒騎士。
しかしそこで青い疾風が駆ける。
「させません!」
不可視の剣を持ったアルトリアが白野を掴む黒騎士の腕を狙って斬り込んで来た。
そうなる前に白野の腕を放した黒騎士の隙を突いてアルトリアは母娘を抱きかかえて距離を取る。
「遅くなりました!」
白野を背にして剣を構える。
状況はかなり悪かった
アストルフォは負傷し、目の前の黒騎士も相当な手練れ。
それも赤ん坊を抱えている女性を背に戦わなければならない。
「ハクノ。私があの騎士を引き離します。その間に彼の治療を!」
それでもこの場でアストルフォを見捨てる選択は取りたくなかった。
理解したのか白野は表情を引き締めて頷く。
その強い意志の宿った瞳に安堵しながら目の前の敵を見据える。
「行くぞ!」
その見た目に似つかわしくない気迫と共にアルトリアは黒騎士に挑もうと動く。
だが。
「やはりバーサーカーひとりを行かせたのは失敗でしたか。いえ、ここでサーヴァントを2体も
アルトリアを目がけて鎖の付いた杭のような剣が飛来した。
反射でそれを切り払うアルトリア。
その武器には見覚えがあった。
「メドゥーサ……!」
紫の長い髪。ボンテージ姿の長身の女性がこの場を遮った。
「貴女も大帝の側に就いたのか」
「えぇ。私の目的はSE.RA.PHの平定です。大帝がそれをもたらすなら、そちら側に就くのが道理でしょう。岸波白野。大帝からあなたの捕縛を命じられています。大人しく同行してもらいましょうか」
サーヴァントが2体。いよいよもってアストルフォの救出が難しくなってしまう。
僅かな間考えを張り巡らせているとメドゥーサに向かって後ろから黄金の槍が飛来した。
メデューサもそれに気づいて自分の武器で叩き落とす。
「アルトリア!ハクノたちを早くっ!」
目を覚ましたアストルフォの言葉にアルトリアは即座に反応して白野を抱きかかえてこの場の離脱を図った。
「待って、アルトリア!?まだ、アストルフォが!!」
「お叱りは後で!この場で戦えば、私たちはともかく、その子が巻き添えで命を落とす可能性があります!聞き分けてください!」
「逃がすとお思いですか?」
バーサーカーとメドゥーサが逃がすまいと動く。
しかしその前にアストルフォが動いた。
「
アストルフォが自身の宝具の1つを使い、2体のサーヴァントの動きを一瞬だけ封じた。
「へへ……やった……!」
それで力を使い果たしてアストルフォは意識を失った。
『サーヴァント、アストルフォだよ!そんなに強くないけどこれからよろしく!』
そう言って差し出された手を覚えている。
無邪気で明るく。強くないと言ってるくせに私を聖杯戦争で勝たせると豪語したサーヴァント。
結局、それは叶わなかったけど、そんなことは敗けた時にはもうどうでも良くて。
最後まで自分に寄り添ってくれる人が居ることが嬉しかった。
どんな奇跡か。再び生きることを許され、彼と子を儲けた。
『わぁ……やわらかい。この子がボクとハクノの子供なんだね。よく頑張ったね、ハクノ!』
初めて娘を抱きかかえ、愛おしそうに見つめる眼差し。
それから2人で桃野の寝顔を眺めながら色々な話をした。
どんな風に育つのかなと想像し合った。
大きくなったら3人で色んなことをしようと話した。
ヒポグリフに乗せてSE.RA.PHの空を駆けて空の上から見た街を見せてあげようと娘の頭を撫でた。
不安はたくさんあったけど、アストルフォが手を引いてくれるならそんな不安は小さなことでしかなくて。
アストルフォが私を振り回してくることが幸せだった。
それだけで満たされていた。
「ん……」
目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。
ベッドの上で体を起こし意識を覚醒させるとハッとなって辺りを見渡す。
するとすぐ横に娘の桃野が寝かされていてホッとした。
安心して娘に触れるとむず痒そうに身体を動かす。
「起きましたか」
「アルトリア……」
部屋に入ってきたのはアルトリアだった。
「敵侵攻の防衛には成功しました。またすぐに攻め込まれるかもしれませんが……」
「アス、トルフォは……?」
俯いて不安そうに質問する白野にアルトリアは一拍置いて答える。
「街の中を捜索しましたが彼は見つかりませんでした。おそらくは、敵に連れ去られたものと」
その答えに白野は顔を青褪めた。
しかし、すぐに深呼吸をして息を整える。
それを見たアルトリアが意外そうに眼を見開いた。
「驚きました。もう少し動揺するかと思いましたが」
「そうしたいって気持ちはあるけどね。でも私が不安がるとそれはきっとこの子に伝わるから」
自分の横で眠る娘に触れる。
どうすればいいかなんて皆目見当もつかない。
それでも母親である自分が動揺すればきっとそれは娘にも伝わってしまう。
だからたとえ表面だけでも平静でいなければならない。
自分はもう、母なのだから。
その思いが白野を踏み止めさせていた。
「それに、アストルフォは無事だよ。だってまだ繋がりは感じるから」
令呪を見せる白野。
それは令呪の有無ではなく、自身のサーヴァントの存在を感じられるという意思表示として。
もっともここからどうすればいいのかまったく思い浮かばないのだが。
「とりあえず、月の王と合流するというどうでしょう?ローマは今空中庭園で各地を移動しながら大帝の勢力に抗っていると聞きます。理由はわかりませんが、向こうが貴女を狙っている以上、月の王に保護を求めるのが無難かと。モモノのこともありますし」
お付き合いしますよ、笑うアルトリア。
「そう、だね。お願いできる?」
「お任せを」
そう言って手を差し出すアルトリア。
こうした凛々しい動作を見ると、やはり彼女も騎士なのだなと思い知る。
そして今、彼女の存在はこの上なく頼もしかった。
アルトリアは移動中によく気を使ってくれた。
赤子を抱きかかえる白野のために敵と鉢合わせにならずにローマの勢力と合流できるルートを考えてくれた。
しかし、何事も頭の中のシミュレートと現実は違う訳で。
「ほう?中々に鋭い剣だ!ここまで私と打ち合える者は久方ぶりだぞ!」
移動中単独行動を取っていた敵サーヴァントと遭遇した。
長い茶の髪にクー・フーリンに似た戦闘服を纏う女性ランサー。
そして数は少ないがエネミーやアグレッサーの存在がじりじりとアルトリアを追い詰めていた。
ましてやアルトリアは白野たちを守りながら応戦しているのだ。
歯痒い思いをしながら白野はこの場で自分が出来ることを考える。
それでも何かしなければと考える。
そこで自分の左手の令呪に目が行った。
それがレガリアを持つ者の特権ではないとしたら?
今のSE.RA.PHでマスターの資格があれば複数の英霊と契約できるとしたら?
ただの思い付きだ。成功する保証はない。失敗したら自分だけでなく娘と友人も終わる。
しかし―――――。
相手サーヴァントの槍から膨大な魔力を感じた。
それだけで白野は自分の中にあった失敗する可能性を投げ捨てた。
「
真名ではなくクラス名で彼女を呼んだ。
「告げる!」
失敗したときのことは考えない。どちらにせよこのまま行けばこちらが敗けると敗北の経験と勘が告げている。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝が剣に!
白野がなにをしようとしているのか。察したアルトリアは彼女の下へと跳んだ。
「セイバーの名に懸け誓いを受ける……!貴女を我が主と認めよう、ハクノ――――!」
触れた手で契約を終える。
即座にコードキャスト使用し、セイバーの能力を強化した。
「だぁっ!!」
強化された速力は敵サーヴァントの宝具発動前に斬り込んだ。
今回やっちまった感が自分の中ですごい。