「君の名は?! ジャギ!!」略して「君ジャギ」 西… 作:高尾のり子
「君の名は?! ジャギ!!」略して「君ジャギ」
西暦2020年、高校2年生の宮水四葉は89才になる祖母に揺り起こされて目を開けた。
「そろそろ起きんしゃい」
「…ぅぅ…」
四葉は可愛らしい声で、可愛くない仕草で、頭痛がする頭を押さえた。ティヤマト彗星の落下から7年、吹き飛んだ自宅を建て直すまでの仮住まいとして、高校にほど近い空き家に住んでいる。日本建築の和室で和布団に包まれていた四葉は可愛らしい顔を、大きく歪めて呻く。
「痛ぇ……いつもの痛さと違うぜ……これは…」
「あんた……四葉やないね」
一葉は7年前にも上の孫娘に起こった現象を覚えていて、すぐに悟った。
「ああん? なんだ、この婆ァ?」
四葉は起き上がると、一葉を睨みつけた。もう明らかに、いつもの四葉でないと誰の目にもわかる。
「婆ァ、てめぇ、死にたいか?」
「……」
一葉は少し考え、部屋にある鏡を指した。
「まずは鏡で自分の顔を見てみぃや」
「っ! 貴様ァ!! このオレの顔をっ!!」
四葉は立ち上がって一葉を見下ろそうとして、あまり身長差がないので、少し戸惑う。
「おっ? …婆ァのくせに、デカい婆ァだな」
「それは、きっと、あんたが縮んどるんよ」
「なんだとぉ?!」
四葉は可愛らしい顔を、憎らしく歪め、一葉の頭髪をつかんで全身を持ち上げようとしたけれど、腕力が足りずに一葉に手を払われてた。
「こ、このオレ様の手を…っ?! な、なんだ、この手は…」
四葉は自分の手を見て愕然としている。
「この、ひ弱そうな手が……オレの…」
四葉は手のひらを見つめ、握ったり開いたりしている。
「まあ、落ち着いて聞きぃや。あんたは入れ替わったんよ」
「ああん?! やはり貴様、死にたいようだな。婆ァ、オレの名を言ってみろ」
「……それを教えてもらえるとありがたいんよ。うちは宮水一葉いいます」
「そうか、お前、死にたいのか」
「案外と長生きでの。来年90になるんよ、あんたは、いくつのお人やったの?」
「もう一度だけチャンスをやろう! オレの名をいってみろ!」
「………」
一葉は日本語を話しているのに、どうにも話が通じないので困った。四葉がパジャマの前を大きくはだけさせた。
「お前、オレの胸の傷をみても誰だかわからねぇのか?」
「……四葉……可哀想に……それ、絶対、外でせんといたってや」
一葉は少し涙ぐみ、ぷるんと可愛らしく成長した孫娘の乳房から目をそらした。そして、手鏡を取ると、四葉に向ける。
「まずは、お顔を見て、状況を知ったてや」
「なっ?!」
四葉は鏡に映る自分の顔を見て、再び驚愕する。
パシっ…ペタペタ…
手で自分の顔を触り、確かめている。
「な、なんだ、この女みてぇな顔は?!」
「それが、今のあんたよ」
「この手……この声……っ、胸の傷もねぇ! どうなってやがるんだ?!」
「せやから、あんたは、うちの孫、宮水四葉と入れ替わったんよ」
「黙れ婆ァ!!」
四葉は威嚇するために拳を壁に叩きつける。
ドンっ!! グキっ…
「ぐっ…ぅぅ…痛ぇぇぇ……こんな薄い壁に…」
叩きつけたときの自己イメージでは壁を粉砕するつもりだったのに、四葉は手首を捻挫して、かなり痛い思いをしていた。木造住宅の壁は少し凹んでいるけれど、四葉の手首は腫れてきている。
「四葉の身体を大事にしたってな」
「このオレ様の腕が……筋肉が……こんな、ひ弱な……」
四葉は腕や胸、お腹を触ってプルプルと震えている。
「戻れる方法はあるさかい、まずは落ち着いて、顔を洗ったってや」
「………」
「こっちよ」
もう威嚇するのはやめてくれたので一葉は洗面所へ四葉を案内した。
「ほな、これが四葉の歯ブラシやけど……まあ、本人のもんやし、使こたって」
「……水道? おい、婆ァ、ここは水道が使えるのか?」
「こんなド田舎でも、水道は使えるさかい。ほれ」
一葉が水道をひねると、水が流れ、四葉は感動した。
「水だ………こんなに透き通った水が……蛇口から簡単に……」
「あんた、どこから来たんよ?」
「ここは、どこだ?」
「岐阜県やよ」
「岐阜だぁ~……オレ様は関東あたりにいたはずだぞ」
「せやから、うちの孫と入れ替わっとるんよ。身体と心が」
「わ……わけのわからねぇことを…」
「まあ、顔を洗いいや。寝癖も、ちゃんと直したってな」
「ちっ……」
舌打ちしたものの四葉は透き通った水に手を伸ばすと顔を洗った。
「……はぁ……気持ちいいぜ……何年ぶりだ……」
「………。タオル、ここにあるよ」
「おう」
顔を洗った四葉は寝癖のついた髪を手櫛で整える。オールバックに撫でつけた。一葉は大胆なオールバックになった孫娘を見て、タメ息をつく。
「まあ、今は、そんでもええわ。朝ご飯を食べながら、細かいこと話すさかい、落ち着いて聞いたってな」
「………」
四葉はお腹を撫でた。そして、天井を見上げる。
「電灯がついてる……ここには電気もあるのか?」
去年、節電のためにLED球にかえた電灯が洗面所を明るく照らしている。一葉は田舎暮らしという自覚はあったけれど、いくら何でもバカにされている気はするものの、相手の性格が乱暴そうなのは、もう十分にわかったので無難に答える。
「まあ、昔はダム建設に反対した地区も近くにあったよって、電化は遅れたけど、今は普通にあるよ」
「電気が……」
四葉はスイッチを押して電灯をつけたり、消したりしている。
「こっち来てや」
「…おう…。……畳か、久しぶりだな…」
四葉は案内された和室の畳に座ると、懐かしそうに撫でた。
「いい感触だ……」
「………。ともかく、ご飯を食べんしゃい」
「ぁ、ああ。……米か……米も作ってるのか?」
「わずかな平地しかないけんど、田んぼも少しあるんよ。衝撃波と降り積もった灰のせいで、何年も満足に収穫できんかったけんど、三年ほど前からようやくやね」
「そうか………、美味い……」
四葉は箸を使って、白米を食べると噛みしめた。不意に町内放送が始まり、壁掛け式の放送機器が音声を流してくる。
(こちらは糸守町選挙管理委員会です。現在、告示されております町議会議員選挙立候補者の政見放送をお送りします。今朝は勅使河原三葉さんから…)
「あのバカ娘が…」
苦虫を噛み潰したような顔で一葉は放送機器の音量を最小にした。
「選挙だぁ? ここでは選挙なんかで支配者を決めているのか?」
「くだらんことや、気にせんでええよ」
「ああ、くだらねぇな」
そう言いつつ、四葉は美味しそうに鯖の塩焼きを頬張っている。一葉は静かな声で語りかけた。
「そんなことより、落ち着いて聞いてな。あんたは身体が入れ替わった。けど、そう長いことやない。そのうち、自然と戻るさかい、それまでは宮水四葉として生活してやってほしいのよ。学校にも行って、ごく普通に」
「学校まであるのか……」
「あと、あんたの名前、教えてくれはる?」
「オレの名を聞きたいか?」
「……一応」
「オレ様は一子相伝の北斗神拳唯一の伝承者のケンシロ……いや、ジャギだ」
「ジャギさんやね。名字は?」
「北斗ジャギ」
「北斗ジャギさん……一子相伝か……あんたも、大変な家のお人なんかもしれんね。うちの神社も三葉が、ああなったからには、四葉に継承させるしか……血は争えんのかねぇ……」
「ふっ、血で血を洗う戦いこそ、望むところよ。ようは勝てばいいのよ、勝てば」
四葉は不敵に微笑み、みそ汁を啜った。
「ぅ…美味いな……こんなに美味い飯は本当に、いつから喰って……」
「お口に合って幸いやわ。ほな、ちゃんと四葉として生活してくれたら、お夕飯も提供するよって、頼むね」
「………ちっ……婆ァが…」
悪態をついたけれど四葉は食べ終えて、教えられた制服を着ると、外に出た。
「まぶしい……空が澄んでやがる……植物も、こんなに……」
四葉はしゃがみ込むと道ばたに生えている草花を見つめた。その背中に二人の級友が近づいてくる。
「おはよう、四葉」
「おはよう、四葉ちゃん」
勅使河原司と名取沙耶香だった。
「お前たち、オレの名を知っているのか?」
しゃがみ込んでいる四葉はスカートなのに何も気にせず大きく脚を開いていたし、何より胸の前のボタンを一つも留めずに全開していたので司は赤面して目をそらした。幼女が砂遊びするときのような無邪気で無警戒な座り方なので、白いショーツの股間が司の目に焼き付いてしまっている。四葉は邪気のこもった視線で二人を見上げたまま、脚を開いているので、沙耶香が慌てて、二人の間に入る。
「四葉ちゃん、スカート!」
「あん? ……ああ、この身体、女だったな」
四葉が立ち上がると、スカートの裾はおりたけれど、今度は全開にしている胸元が白く輝いている。ブラジャーも着けていないようで、制服のブラウスだけだった。
「四葉ちゃん、前も留まってないから!」
沙耶香が急いでボタンを留めようとしてくれるけれど、その手を四葉が払った。
「うとおしいぞ! このアマ」
「っ…ひどい……、もしかして、四葉ちゃんは、いつもの四葉ちゃんじゃない。別の人なの?」
「貴様、このオレを見て誰だかわからねぇのか?」
「わかんないよ。また東京の人?」
「そうか、お前、死にたいのか」
「何言ってるか、わかんないから。それ東京のジョークなの?」
「もう一度だけチャンスをやろう。オレの名を言ってみろ」
「……タツ…なんとか、さん? 7年前に来てたって話は、お姉ちゃんから聞いたことあるけど…」
「オレはウソが大嫌いなんだ」
四葉が右手で沙耶香の胸元をつかんだ。か細い女子高生の腕なのに、ぐいっと力を込められると、沙耶香の爪先が浮く。まるで筋肉の潜在能力を100%使っているかのような力強さで沙耶香は苦しくてもがいた。
「四葉、やめてやれよ!」
さすがに司が止めに入ると、四葉は疲れてきた手を離して、今度は司を睨む。
「お前、オレの名を言ってみろ」
「……、……宮水…四葉だったと思うけど……今は入れ替わって……誰かに?」
「そうか、お前も死にたいのか」
「だから、何が言いたいんだよ?!」
「お前、オレの胸の傷をみても誰だかわからねぇのか?」
四葉が全開のブラウスを両手でグイっと広げると、乳房があらわになって司の脳裏に乳首が焼き付いた。
「…き……傷なんて……無いよ……四葉……」
「あん?」
言われて四葉は自分の胸を見る。
「……ない……なんだ、この胸は……あ、ああ、そうか。今は女の身体になっているんだった」
四葉が顎に手を当てて悩む。
「うむむ………。まあ、とりあえず、今は様子見するしかねぇか。おい、お前、このオレの身体についてる名前は、宮水なんだって?」
「四葉だよ」
「そうか。お前の名は?」
「ボクは勅使河原司。四葉は、テッツーって呼ぶけど」
「よーし。貴様は?」
四葉が沙耶香を見る。
「私は名取沙耶香、呼び名は……」
「サヤボボだよ」
司が笑いながら言うと、沙耶香が怒る。
「その名で呼ばないでよ!」
「お前らは、この四葉の何だ? 手下か?」
「手下って………同じ学年の友達だよ。ちょうど、ボクらの兄や姉が同じだけ歳が離れてて、よく行事ごとなんかで、いっしょに行動したからさ」
「兄弟か……ちっ…」
なぜか、舌打ちした四葉が胸元を開いたままなので、沙耶香がボタンを留めてやる。
「四葉ちゃんの中身が、別の人に入れ替わってるのは、わかったから、せめてボタンだけは留めさせて。女の子なんだから」
「…ちっ…」
四葉は今度は二つほどボタンを留められてから沙耶香の手を払った。
「四葉ちゃん、えっと……四葉ちゃんって呼んでいい?」
「………まあ、いいだろう」
少し迷って四葉は頷いた。気持ちのいい風が吹いて、四葉のオールバックにしている髪が揺れる。それを見て司がつぶやく。
「ツインテール……似合ってたのに…」
「あん?」
「な、なんでもないです」
「そろそろ学校に行こうよ。遅刻しちゃうから」
沙耶香に促されて歩き出した。しばらく歩いて四葉がつぶやく。
「ここは、ずいぶん復興しているんだな」
「そうだね、直撃だった、あっち側は、あのままだけど」
沙耶香の視線の先にはティヤマト彗星の直撃を受けた地区がある。大きなクレーターが残っていたし、道路も寸断されている。ちょうど、そのタイミングで選挙カーが通りかかった。
「いまだ復興は道半ばなのです!! なのに国と県は糸守町の人口が少ないといって補助金を削ろうとしてくる!! 私は糸守を守りたい!! 勅使河原三葉です!! 勅使河原三葉!! 勅使河原三葉に、どうか清き一票をお願いします!!」
大きな拡声器から響いてくる勅使河原三葉の声を聞いて、沙耶香が吐き捨てるように言った。
「……何が清きよ……不倫女が…」
「なんだ? 殺気立って、あいつを殺したいのか?」
「ええ! 殺せるものならね!!」
「サヤボボ、お前、そんなことを四葉の前で言って…」
司が止めるけれど、沙耶香が怒鳴る。
「いいじゃない! 今の四葉ちゃんは、四葉ちゃんじゃないんだから!」
「あん? わけのわからねぇことを抜かしてると、お前を殺すぞ」
「ごめん……これには、わけがあって…」
「ボクから説明するよ。うちの恥でもあるから。もともと、ボクの兄、勅使河原克彦とサヤボボの姉、名取早耶香は、この町にいた頃からの付き合いで東京で結婚したんだ。四葉の姉、今通った宮水三葉と東京の男性も同じ日に同じホテルで合同挙式したんだ」
「運命の出会いとか言いよって、付き合って間もないのに結婚しよってんよ。そんなん、うまくいくはずあらへんやん。入れ替わってたときでも、しょっちゅうケンカしてバカだのアホだの顔に描いておったのに。そんで、たった三ヶ月で離婚しよって、寿退職しとったから東京で行くあてものうて、うちの姉ちゃんのマンションに転がり込んだかと思ったら、あの泥棒猫がっ!」
あまりに悔しいのか、沙耶香は電柱に拳を叩きつけた。さきほどの四葉と同じく手首を捻挫して腫れてしまうのも、痛いのもかまっていない。司が説明を続ける。
「ようするに不倫だよ。で、結局、兄は、あの三葉を選んで離婚して再婚、そういうことさ」
「両方の親の力に頼って、札束で人の顔を叩くような慰謝料を積んで、うちの姉ちゃんの気持ちをズタズタにしよってん。おかげで、姉ちゃんは声が出せんようになってしもて。そのくせ、自分らも離婚するときの泥沼のゴタゴタで仕事辞めてしもて。東京で再就職もできんで、田舎に逃げ帰ってきよったんよ。どのつらさげて選挙にまで出よるんよっ!」
もう手が痛いので沙耶香は電柱を蹴った。
「ボクの家は土建屋、宮水のお父さんは多選の町長。そして今、この糸守町には市町村合併の話がきてる。東京は、金のかかる山間部の復興より、麓の市街地に住民を移住させて、この地区の復興は中止したいんだ。それで、合併賛成派と反対派に分かれての選挙に娘までかり出して。血筋なのかもね、ずいぶんと前向きに出馬したそうだよ。糸守を守るといえば、聞こえはいいけど、結局は地方の利権を守りたいのさ」
「…………」
四葉は黙って聞いていたけれど、難しい話は苦手なのか、首を回して、オールバックの髪を掻き、問う。
「ようするに女がらみの惚れた盗っただな。まあ、今は悪魔がほほえむ時代だからな」
「ホントそう! 悪魔みたいな女! 邪神の巫女よ! 反吐が出るわ、あの反吐女! ……あ、四葉のことじゃないよ……四葉のことは、そんな風に思ったこと無いから、ホント!」
沙耶香がフォローを入れたけれど、四葉は気にせず、手のひらを握り、拳に変えた。
「とどのつまり、殺したいほどムカつくってことだな。いいだろう。オレ様が殺してやる。ちょうど、この身体で、どれほど戦えるか、試してみたいところだったんだ」
候補者名を連呼していた選挙カーは再び、四葉たちの前に戻ってきている。小さな町の選挙なので集落を回ると、同じ道に戻ってくるのが、パターンだった。通り過ぎようとする選挙カーの前に、四葉が立ち塞がった。
キーッ!
選挙カーは急ブレーキをかけ、低速だったおかげで四葉を撥ねずに衝突寸前で停車した。四葉はブレーキングを見切っていたように微動だにしない。
「気に入らねぇヤツは、みんな殺してやる。それがオレのポリシーよ」
「危ないでしょ!! 何考えてるの?! バカっ!!」
助手席でマイクを握っていた三葉が、車窓から顔を出して四葉を怒鳴る。四葉は邪気に満ちた微笑みを浮かべた。
「フっ…これから貴様に生き地獄を味わわせてやろう」
「何を言って……まさか、四葉、あなた、入れ替わりがおきて…」
あまりに様子が違う妹を見て、すぐに三葉は悟った。妹の目は本物の殺気で光っている。とても危険な空気がした。その危険さは司も感じたので、あらかじめ告げておく。
「殺すって本気じゃないから! 殺したいほどって意味でさ! っていうか、トラブルは、うちの家も困るんだ!」
「あん? じゃあ、手足の二三本、引きちぎってやろう」
「そ、それもダメだって!」
「けっ…じゃあ、手足の一二本、へし折ってやろう」
「骨折も、ちょっと、マジで困るから!」
「ちっ……まあ、いい。それなら、いい秘孔がある」
「四葉! いい加減にしなさい! 選挙は、子供の遊びじゃないんだ!」
選挙カーの後部に乗っていた三葉と四葉の父親が降りてくる。
「邪魔するんじゃない!!」
「邪魔は貴様だ」
四葉は近づいてきた父親の顎へ、飛び膝蹴りを入れた。
バコッ!
「あぐっ!」
鋭い蹴りで父親を失神させた四葉は舞い上がったスカートの裾を気にせず、選挙カーから降りてきた姉と対峙する。
「四葉っ?! なんてことするの?! いいえ、あなたは四葉じゃない!!」
「そうよ、オレ様は四葉ではない。オレの名を言ってみろ」
「えっ……」
「さあ、このオレ様の名を言ってみろ」
「……そんなの知るわけ……」
「お前、オレの胸の傷を見ても誰だかわからねぇのか?」
四葉が胸をはだけさせると、三葉は妹のために怒鳴る。
「やめなさい!! わかったわ!! また、タキっ! あんたが入ってるのね!! 妹の身体でリベンジポルノなんて、どこまで最低なの?! 離婚して正解だったわ!! あなたの父親だって、そう!! 結婚生活の継続なんて、できない! もう血筋なのよ!! 何が胸の傷よ?! どっちが傷ついたと思ってるの?!」
「もう一度だけチャンスをやろう。オレの名を言ってみろ」
「チャンスっ?! 笑わせないで?! あなたと暮らすなんて二度とごめんよ!!」
「ほ~~、それではオレの名を言ってみろ」
「バカタキ!! 二度と私の前に現れないで!!」
「オレはウソが大嫌いだ」
「あいかわらず人の話を聞かないのね!!」
「くらえ!」
四葉が鋭く右手を伸ばして、人差し指で三葉の胸のあたりを突いた。
「きゃっ?!」
「フフフ…」
「この変態! また、私の胸を!!」
「胸椎の秘孔、龍頷を突いた。貴様の身体は、むき出しの神経で包まれている」
「はあ?!」
「指で触れただけで全身に激痛が走る」
四葉が三葉の肩に触れる。
「触らないで! 変態…ぃ、いぎゃやあ?!」
三葉が苦しみ悶えた。軽く触れられただけなのに、そこに激痛が走り、身悶えしている。
「ぐううぅぅ! 痛いぃいい! あぎゃやあああ!」
「フフ…痛いか。痛いだろう。じっくりと痛みを味わうがいい」
「ああああ!! 痛い痛い痛い!!」
三葉は衣服や靴が触れているだけでも痛いようで、無理して履いていたパンプスを脱ぎ捨て、さらに立候補者らしいタイトなスーツを着るために、補整下着で締めつけていたウエストが焼けるように痛み、無我夢中で脱ぎ捨てている。
「ハァ…ハァ…ぅぅううぅ…」
ぽよんと白米の食べ過ぎで25才にしては膨らみすぎた腹部が揺れている。立候補中の女性が道ばたで半裸になるという事態に選挙カーの後続車に乗っていた運動員たちが慌てて出てきて、三葉を車に乗せるけれど、持ち上げられると身体に激痛が走り、また喚いた。
「いやあああああ! 触らないで! 触らないで!! 痛いぃいいい! いぎぎいぃいい!!」
「勅使河原先生、しっかりしてください! しっかり!」
「ちょ、町長さんも運ぶんや!」
気絶している町長も車に乗せられ、選挙カーと後続車は急いで走り去っていった。
「フ…フフフ…ファッハッハハハ!! ハァ~~ッハッハッハハ!!」
勝ち誇って四葉が胸を張って高笑いしている。沙耶香も嗤った。
「あの女の悲鳴……ん~~~、いい声ね…胸がスーーッとする…」
「サヤボボ……けど、こんなことして大丈夫なのか? かりにも町長と町議の立候補者に…」
司が不安そうに問うと、沙耶香は少し考えて答える。
「大丈夫よ。四葉ちゃんから見て、父親と姉だし。家族のケンカみたいなものやんか。何より、今の醜態、噂になる方が選挙に悪影響あるもん。絶対、黙ってるよ」
「そ……そういうものか…」
「この町の選挙、田舎のローカルルールで、本当やったら拡声器を使っての選挙活動は朝8時から夜8時って決まってるのを、町長選挙のときでも登校時間にやってたり、逆に日暮れ後の自粛は早かったりするし。だいたい、さっき町長が、いくら娘とはいえ立候補者の選挙カーに乗ってたのは、どう考えても問題やもん。絶対、黙ってるって」
「な…なるほど…」
「さあ、もう学校に急ごうよ」
三人で登校して、授業中も机の上に足をのせる四葉を注意しようとする教師を司と沙耶香で必死にフォローして、昼食はおとなしく食べてくれたものの、体育の柔道では男子全員を投げ飛ばして手下宣言する四葉とクラスメートの関係を修復するのに、クタクタに疲れて、それでも目が離せないので帰り道も家まで送ることにして三人で歩いているときだった。
「あ、お姉ちゃん」
名取早耶香が、トボトボと静かに白い子犬の散歩をしているのに出会った。
「……」
妹に気づいて、早耶香は力なく微笑み、手を振ってくれる。
「なんだ、あのアマは」
「今朝、話したサヤボボのお姉さんだよ。ショックで声が出せなくなったんだ。けど、耳は聞こえているから、変なこと言わないであげてほしい。これ、ホントマジで頼むよ」
「ふーん……声がねぇ…」
「もっとも無理ないけど。親兄弟より長く、いっしょにいた人間2人に目の前で裏切られちまったんだ………生まれてこなかった方がよかった、なんて考えられると危ないから。以前は放送部で活躍するくらい、いい声の家系だったのに……」
「そうか…」
ふらりと四葉が早耶香に近づくと、連れていた子犬が吠えたけれど、四葉が一睨みすると怯えたように小さくなる。早耶香も恐れを感じてビクッとしたけれど、四葉は両手をゆっくりと伸ばした。
「大丈夫だ。動くんじゃねぇぞ」
そう言った四葉は早耶香の後頭部へ両手を回すと、かすかに指先で押した。心配になって司が問う。
「お…おい、何のマネだよ?」
「しゃべれるように、おまじないをしたんだ」
「おまじない……」
「あとは、この女の心しだいだ。心の叫びが言葉を誘う。まあ、もっと強く押せば即効性があるかもしれねぇが、オレはこの手の手加減が苦手でよ。兄者なら、一発かもしれねぇが、オレが強く突くと肉体を内部から破壊しちまうからな」
「内部から…」
「さて、腹が減った。さっさと飯が食いたいぜ」
四葉は玄関から土足であがると、一葉に問う。
「おい、婆ァ! 飯は何だ?!」
「飛田牛コロッケと葉包み寿司にしたね。四葉の好物じゃけん、あんたの口にも合うじゃろう」
「コロッケか」
四葉が嬉しそうに微笑んだ。微笑み方が男っぽいので顔の可愛らしさと相殺されて、可愛いのか、不気味なのか、わからない表情になっている。
「コロッケみたいな大量に油を使う料理ができるんだな、ここでは」
「……」
一葉は、よほど貧しい食生活をしてきたのかと悟ったけれど、あえて口には出さない。
「せめて、靴は脱いでやってくれな」
「おう」
その場に靴を脱ぎ捨てた四葉はガツガツと夕食を平らげると、眠くなった。一葉は、あえて風呂は勧めずに就寝を促す。
「今日は疲れたじゃろう。もう、おやすみなされ」
「おう。そうする」
自分の部屋に入った四葉は制服のまま、布団に潜り込む。
「布団かぁ……いい感触だ……」
柔らかい和布団に包まれて、四葉は幸せそうに目を閉じ、すぐに眠りに落ちた。
つづきます。
次回は四葉が、四葉で目覚めます。