「君の名は?! ジャギ!!」略して「君ジャギ」 西… 作:高尾のり子
筋肉隆々になった四葉に迫られて沙耶香は壁際に追いつめられていた。
「ま、ま、待って! な、なんで?! ど、どうして、私?!」
「自分の胸に訊いてみたら?」
「あっ…、で…でも…ち、違……あれは違うの!」
沙耶香が否定しても、四葉は看護婦から奪っておいたスマフォを眼前につきつけてくる。そこには抱き合っているように見えなくもない沙耶香と司が写っている。
グシャッ!
四葉が圧倒的な握力でスマフォを握り潰すとバラバラに落ちた部品を踏みにじってから、再び沙耶香を睨む。
「こんな気持ちになるなんて思わなかった。友達を本気で殴りたい、力任せに何度も何度も殴ってやりたい、こんな真っ黒い気持ちになるなんて」
「ひっ…ひぃぃ…」
今の四葉に殴られると瞬殺されるとわかるので沙耶香は腰が抜けて座り込む。
「これが嫉妬……最悪の感情」
「四葉、待って! 違うんだ! 誤解だよ!」
「司は黙っていて、これは女同士の話だから」
「うっ……でも、暴力はダメだよ。暴力は」
「……ええ……友達を殺したくはないから。でも、実際、よくサヤチンさんは耐えたと思うよ。お姉ちゃんを殺さなかった………だから、私も……すーーーっ…はぁぁ……」
四葉が深呼吸すると膨張していた筋肉が細くなり、元の四葉に戻った。
「…………」
それでも本気で怒っている顔で沙耶香を見下ろしている。
「…ご……ごめん、四葉ちゃん……でも、違うんよ。あれは…」
「まだ言い訳する?」
「っ……」
「私の目を見て答えなさい」
「は、はい」
「私の意識が無い間、一度も司を盗ろうと思わなかった? 一度も」
「………」
沙耶香が無意識で目をそらして右下へ瞳が動く。
「目、そらしたね」
「ち、違う……そ、そんなつもりじゃ…」
「どんなつもりでも、あんな写真を見せられた私の気持ちがわかる?」
「…………ごめんなさい…」
「くっ…ごめんで許せると、いいねッ! この真っ黒い気持ちをさァ!!」
四葉が手を振り上げて、それから暴力を思いとどまって手を下ろす。
「仕返しはする。っていうか、後顧の憂いをなくしておく」
四葉は病室にある机に近づくと、そこにあったボールペンとメモ用紙を手に取り、沙耶香に突きつける。
「はっきりさせたいから書いて」
「……何を?」
「司にラブレター、きっちり司に気持ちを伝えて」
「っ…わ、私は、別に…」
「もう今さら誤魔化さないで卑怯者」
「ぅっ…」
「さあ、書いて! 去年、私に見せてくれたよね?! エープリルフールにこんなラブレターを渡したらテッツーどんな反応するかな、って。あれって遊びっていうより、私への予防線だったでしょ? 司が私のこと好きなの気づいてて、自分は司のこと好きかもしれないって私には教えておく。そうすれば、司が私に告白したとき、振ってくれるかもしれない。そんな計算してさ」
「…あ…あれは……」
「司、たぶん、サヤボボが男として司を意識したのは中学の修学旅行のときだよ。あのとき外国人に道を聞かれてサヤボボが困ってるのを司が英会話で助けてあげたでしょ。たぶん、それがキッカケ」
「そんなことあったかな……」
「記憶に残らないような、ちゃっちいエピソードだから」
「……ひどい……四葉ちゃん……ひどいよ……」
「悔しかったら司が心変わりするようなラブレター、ちゃんと書いてみたら?」
そう言いながら四葉は全裸だったので着る物を探すと、一葉が用意してくれていた着替え一式を見つけた。さらに病室に専用シャワー室があることに気づいて父親に感謝しつつ入っていく。
「私がシャワーを浴びてる間に完成しておきなさい。最後のチャンスよ」
「「………」」
病室に残された沙耶香と司に重い沈黙が訪れる。書く前からネタバレされたラブレターを書かされる沙耶香と、それを待たなければいけない司。
「……………」
「……………」
「……ボク、何か、飲み物でも買ってくるよ。3人分」
「うん……ありがとう…」
一人にしてもらった沙耶香は意を決して書き始める。
本当に今さらだけど、
どう伝えようか、
とにかく、
私は、
「………う~…」
書き出しが決まらない。それでもペンを取る。
気持ちを伝えることが怖い、ずっと想っていたけれど、私たち三人の関係を壊したくなくて、
私、名取沙耶香は勅使河原司くんが好きです。
ずっと、いえ、四葉ちゃんが言ったとおり、あの修学旅行のときから好きになり、それから、ずっと好きです。
司くんが四葉ちゃんを好きなのも知ってた。
今、こうなって強制的に、
こうなったから伝えるわけじゃなくて、いつか、伝えたいと想っていて、それが今になって、
今から伝えます。
好き。
司くんが大好き。
テッツーが大好き。
この気持ちを、知るだけでいいから、知ってください。
ううん、知るだけでは、やっぱり、淋しいけど、もう四葉ちゃんとテッツーは、
「…………これじゃダメ」
そこまで書いて丸めて捨てる。
私、名取沙耶香は司くんが好きです。
きっかけは、もうバラされてしまったけど中学の修学旅行のとき外人さんに道を訊かれて困っていた私をカッコよく助けてくれた、あの瞬間、大好きになったよ。
あれから、ずっと好き。
ずっと司くんが大好き。
だから、私のことも見てほしい。
私の気持ちを知ってほしい。
これからも、ずっと好きでいるから。
勅使河原司くんを名取沙耶香は大好きでいます。
「………ああ……」
赤裸々に気持ちを書きつけたために頬が熱くなってしまい、沙耶香は顔を両手で覆う。シャワー室のドアが開いて、四葉が出てきた。
「書けた?」
「……うん」
「そう、見せて」
「え………四葉ちゃんに?」
戸惑っていると四葉は机にあったラブレターを勝手にとって黙読していく。
「う~……」
呻りつつ、沙耶香は四葉を見る。四葉はシャワーを浴びて髪を整え、可愛らしいツインテールに結っていたし私服も着こなしてる。さっきまで一週間も入浴できていなかった姿から完璧に身支度を調えた女の本気がうかがえる姿に変わっていた。それが沙耶香にも伝わってくる。
「じゃあ、次は私への手紙を書いて」
「え? 四葉ちゃんに…」
そう言われて沙耶香は全裸だった四葉の身体やクリトリスの形、四葉の匂いと味を思い出して赤面するけれど、四葉は冷たく言ってくる。
「何、赤くなってるの?」
「だって、四葉ちゃんにラブレターって、それって、どういう意味……」
「バカじゃないの。謝罪の手紙に決まってるでしょ。私と司は付き合ってたよね。目の前で見てたはず。なのに、ちょっと意識がない間に盗ろうとした。そのことについて、きちんと謝って」
「……ごめんなさい」
「口先だけじゃなくて、きちんと書いておいて」
「……はい、わかりました」
「で、司は、どこに行ったの?」
「みんなの飲み物を買いに行くって。自販機、すぐそこなわりに遅いから、たぶん、時間をつぶしてくれてるんだと思う」
「そう。………。私も行くから、戻ってくるまでに書いておいて」
「はい」
沙耶香が返事すると、四葉は病室を出て行った。
「……謝罪の手紙かぁ……」
再び沙耶香がペンを持つ。
ごめんなさい、四葉ちゃん、
四葉さん、
私は四葉さんに、ひどいことをしました。
でも、どうか信じてほしい、あれは誤解なの。
あの写真は抱き合っていたわけじゃなくて、四葉ちゃんの意識がなかなか戻らないから、私もテッツーも心配になって、泣きそうになって、それで慰め合っていただけ。それを盗撮されて、あんな風に見せつけられて、どんなにか四葉ちゃんが傷ついたかと思う。
ただ、盗もうなんて気持ちは少しも、
「………少しも……ない…わけじゃ…ないって四葉ちゃん見抜いて…」
沙耶香は隣りにある完成したラブレターと見比べる。そして、書きかけの謝罪の手紙を丸めて捨てた。
私は卑怯な女です。
四葉さんの意識がない間に、あわよくば司くんと仲良く、
いえ、もっと振り返ると、私たちのお姉ちゃんたちのこともあって、盗ったり盗られたりも男女の
「………これじゃ、責任転嫁……最低だ……」
破いて捨てた。
私は最低なことを考えていました。
意識がない四葉さんのことを心配する一方で、ずっと好きだった司くんと同じ時間を過ごせることに喜びを感じていなかったといえばウソになります。
だって、急に二人が付き合うことになって、四葉ちゃん、もともとテッシーのこと異性として意識してる風じゃなかったのに、
「……あ~……違う」
また捨てる。
ごめんなさい。
意識がない四葉ちゃんのお見舞いに来ているうちに、司くんを好きって気持ちが抑えられなくて、もしも、四葉ちゃんの意識が戻らなかったら、この先どうなるんだろう、って考えたとき、私の中に悪い心が生まれました。
とても悪い心です。
でも抑えられなかった。
このまま四葉ちゃんが眠ったままでいるなら、私が、司くんと、そう考えてしまって、
私は最低です。卑怯者です。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
四葉ちゃんを深く傷つけたこと心からお詫びします。
どうか、こんな私ですが、これからも友達でいてください。
「………これかな……」
ようやく頷けるものが書けた頃、四葉と司が戻ってきた。司はペットボトルを3本、四葉は5本もペットボトルを持っている。
「おかえりなさい。どうして、そんなに買ったの?」
「仕返しするから」
四葉が5本のペットボトルを沙耶香の前に置いた。
「これ、全部、飲んで」
「これ全部………」
沙耶香の前には500ミリリットルのボトルが5本も並んでいる。
「早く飲みなさい」
「はい……」
司のこと以外でも四葉は怒っているようで、沙耶香は諦めて大量のペットボトル飲料を飲んでいく。
「……はぁ………ううっ…」
1本目は飲めても2本目から胃が膨らんでくるし、3本目になると苦しい。それでも時間をかけて5本を飲みきった。おかげでウエストがきつくなり、スカートを少し緩めた。
「……ううっ……」
沙耶香が飲んでいる間に手紙へ目を通していた四葉は謝罪の手紙をつきつけてくる。
「まずは、これから、そこに立って読んで」
「はい」
沙耶香は部屋の中央に立つ。四葉と司はソファに座った。司は心配そうな顔をしているけれど、女性同士の人間関係に踏み込めず、四葉から何か指示されているようで黙って座っている。沙耶香が音読を始めた。
「ごめんなさい。意識がない四葉ちゃんのお見舞いに来ているうちに、司くんを好きって気持ちが抑えられなくて、もしも、四葉ちゃんの意識が戻らなかったら、この先どうなるんだろう、って考えたとき、私の中に悪い心が生まれました。………とても悪い心です。でも抑えられなかった。このまま四葉ちゃんが眠ったままでいるなら、私が、司くんと、そう考えてしまって、……私は最低です。……卑怯者です。ごめんなさい! ごめんなさい! 四葉ちゃんを深く傷つけたこと心からお詫びします。どうか、こんな私ですが、これからも友達でいてください。ぅうっ…ぐすっ…ごめん、四葉ちゃん、ごめんなさい」
読んでいるうちに泣き出した沙耶香が頭を下げているけれど、四葉は冷たく怒った顔のまま、今度はラブレターを指した。
「次」
「……え……今?」
謝罪の手紙の後に、赤裸々に想いを綴った手紙を読めと言われて戸惑う。このタイミングでは読み上げにくい内容なのに、早く読みなさい、と四葉は目線で語りつつ、並んでソファに座っている司の肩に頭をもたげ、腕を組む。これでは沙耶香が想いを伝えたところで、どうにもならない陣形で、ただ単に想いを空費させるだけの、絶対的に四葉が有利で沙耶香が不利な戦況だった。
「さあ、読んでみてよ。大きな声で」
「………」
「早く」
「………はい……わ…私、名取沙耶香は……司くんが………………す……好きです。………………………」
「続きは?」
「………きっかけは、もうバラされてしまったけど…………中学の修学旅行のとき外人さんに道を訊かれて困っていた私を………か……カッコよく助けてくれた、あの瞬間、大好きに………なったよ。………あれから、ずっと……好き。……ずっと司くんが………大好き。………だ……だから、私のことも………………………」
「最後まで全部」
「……………み……見てほしい。………わ…私の気持ちを……知ってほしい。これからも、ずっと………好きでいるから。勅使河原司くんを………名取沙耶香は………大好きでいます。ううっ…ああっ…」
沙耶香が手紙で顔を隠して泣く。ぽろぽろと涙が手紙に降っていく。大切な想いを告白させられているのに、その対象の司はソファの上で四葉と座っていて、沙耶香から目をそらしている。答えは聞くまでもないし、聞きたくない。四葉が冷厳と言ってくる。
「じゃあ、もう一回、謝罪の手紙、さっきより大きな声で」
「え……もう一回? なんで?」
「ふーん、一回で謝罪の気持ちが伝わるとでも思うの?」
「……いいえ……もう一度、読ませてもらいます」
沙耶香が手紙を持ち替えて音読する。
「ごめんなさい。意識がない四葉ちゃんのお見舞いに来ているうちに、司くんを……好きって気持ちが抑えられなくて、もしも、四葉ちゃんの………意識が……戻らなかったら、この先どうなるんだろう、って考えたとき、私の中に……悪い心が生まれました。……とても………悪い心です。でも抑えられなかった。このまま四葉ちゃんが………ね…眠ったままでいるなら………私が………司くんと………そう考えてしまって、私は最低です。卑怯者です。ごめんなさい。ごめんなさい。四葉ちゃんを深く傷つけたこと心からお詫びします。どうか、こんな私ですが、これからも友達でいてください」
「なんか、さっきより気持ちがこもってない感じ」
「……ごめんなさい」
「ラブレターも、もう一回」
「…………どうして?」
「もう一回」
「はい………私、名取沙耶香は司くんが……好きです。きっかけは、もうバラされてしまったけど中学の修学旅行のとき外人さんに道を訊かれて困っていた私をカッコよく助けてくれた、あの瞬間、………大好きに……なったよ。あれから、ずっと好き。ずっと司くんが……大好き。だから、私のことも………見てほしい。私の気持ちを知ってほしい。これからも、……………ずっと好きでいるから。勅使河原司くんを名取沙耶香は………大好きでいます。……………」
もう熱い想いではなく絶望と徒労感のこもった声だった。それでも四葉は容赦ない。
「また謝罪の手紙。ちゃんと反省の気持ちで」
「はい……」
沙耶香が震える手で読み始めると、司が可哀想になって四葉の背中を静かにトントンと触れて目線で、もう許してやれよ、と伝えたけれど、四葉は司の瞳を見つめ返した。
「………」
「………」
四葉が無表情に瞳の奥を見つめてくると、司は後ろめたいことはないはずなのに後ろめたい気持ちになって目をそらした。沙耶香の朗読が続く。
「…抑えられなかった。このまま四葉ちゃんが眠ったままで…」
読み終わっても、また四葉が冷たく言う。
「次、ラブレター」
「………はい…」
もう沙耶香も涙が出なくなって、静かに赤裸々なラブレターを読んだ。
「謝罪の手紙」
「…はい…」
「……」
司は四葉の表情を恐る恐るうかがう。表情は無く、まだ一欠片も許す気持ちは生まれていない様子で、司は女の嫉妬による怒りの怖さを知った。謝罪とラブレターを何度も繰り返し繰り返し朗読させるという精神的リンチが続き、沙耶香の目も声もうつろになっていく。一時間以上も朗読を続けさせた頃、沙耶香が尿意を覚えて懇願する。
「トイレに行かせて」
「そこから一歩でも動いたら謝罪の気持ちがゼロだって見なすから」
「ぅぅ……」
沙耶香が膝と膝を擦り合わせて尿意に耐える。四葉は看護婦が残していった医療カートを指した。
「オムツがほしいなら言って、取ってあげる」
「……」
「早く朗読を続けて。休まずに。あ、喉が渇いたなら、これ飲んでいいよ」
四葉は司が持っていた3本のうち1本を沙耶香の足元に置いた。
「あなたが大好きで私から盗ろうとした司が、あなたの分として買ってくれたお茶だから、どうぞ」
「………」
長い朗読のために喉はカラカラだったけれど、膀胱は満杯で今にも漏らしてしまいそうだった。
「朗読」
「…私は最低です。卑怯者です。ごめんなさい。…」
再開した朗読が5分もしないうちに止まり、沙耶香がブルブルと震えて前屈みになる。
「うっ…うっ…」
「一歩でも動いたら許さない」
「…ううっ…」
よろめいている沙耶香は右手で強く股間を押さえた。もう手で押さえていないと、オシッコが噴き出してきそうで立っているのもつらいのに、一歩も動けない。
「朗読」
「…外人さんに道を訊かれて…うっ…困っていた私を…ううっ! カッコよく助けてくれた、あの瞬か…ああああ!」
押さえていた沙耶香の股間が濡れていく。スカートの色が変わって内腿を薄黄色い尿が流れ落ちていき、靴下と靴も濡らして足元に水たまりをつくっていく。
ぴちゃぴちゃ…
「ひっ…ひっぐっ…ううっ…」
沙耶香が啜り泣きだしたのに、四葉は言い放つ。
「朗読、休まないで」
「はひっ…、…あの瞬間…だ…大好きに…うっうっ…わううっ…」
ぴちゃぴちゃ…
まだ、おしっこを漏らしているのにラブレターを読まされるという拷問だった。
「早く朗読」
「…ひっうっ…なったよ。…ううっ…あれから、…ずっと…好き。…ぐすっ…ずっと司くんが…大好き。ぐすっ…だから、私のことも…見てほしい」
「見てほしいらしいよ、司。おもらししてる姿。クスッ…バカみたい、オムツを使えばいいのに」
「四葉……そろそろ許してあげようよ」
「朗読」
「……ぐすっ…、私の気持ちを…知ってほしい。…」
ぽたぽた…
もう、おしっこが終わり、だんだんと下着とスカートが冷たくなってくる。気持ち悪く濡れた靴下と靴も冷たいけれど、四葉は氷のように冷たい。
「オシッコの匂い、臭いね」
「っ…ううっ…ごめんなさい…」
「朗読」
「…こ…これからも、ずっと…好きでいるから。勅使河原…司くんを…名取…沙耶香は…大好きでいます。…ううっ…うわあぁ! ひううっ!」
みじめすぎて号泣し始めたのに四葉は自分の分のペットボトルを一口飲むと、次を求める。
「ほら、次は謝罪の手紙でしょ」
「ううっ…ぐすっぐすっ…」
「もう謝罪の気持ちは無くなったの?」
「あっ…あります……読みます…ごめんなさい。意識がない四葉ちゃんのお見舞…」
四葉は朗読を聞きながら、おしっこの水たまりが拡がってペットボトルを汚してしまわないように沙耶香の足元から机の上に移動させ、それからゴミ箱を探った。ゴミ箱には沙耶香が書きかけてボツにした手紙が何枚も入っていた。それを拡げて目を通していく。
「本当に今さらだけど? 本当に今さらよね」
「っ?! それは!」
沙耶香が手を伸ばそうとすると一睨みされて動けなくなる。四葉は推敲段階の沙耶香が心に浮かべて廃案にした考えを拾って晒していく。
「気持ちを伝えることが怖い、ずっと想っていたけれど、私たち三人の関係を壊したくなくて」
「や、やめて、四葉ちゃん、それは、考えてる途中のものなの!」
「司くんが四葉ちゃんを好きなのも知ってた。今、こうなって強制的に? 強制的にねぇ」
「お願い…やめて…」
沙耶香が両手で耳を塞いだ。
「テッツーが大好き。この気持ちを、知るだけでいいから、知ってください。ううん、知るだけでは、やっぱり、淋しいけど、もう四葉ちゃんとテッツーは、…って。わかっていて盗るって、どういう気分なのかな。うちのお姉ちゃんもやったけど……ひどい話だよね」
「ううっうっ…」
四葉はラブレターの廃案分から謝罪の廃案分へと移る。
「私は四葉さんに、ひどいことをしました。でも、どうか信じてほしい、あれは誤解なの。…誤解って便利な言葉ね」
「読まないで、お願い!」
「慰め合っていただけ。それを盗撮されて、あんな風に見せつけられて、どんなにか四葉ちゃんが傷ついたかと思う。ただ、盗もうなんて気持ちは少しも、…少しも? 少しもないのに、謝罪の手紙を書いてるの?」
「それはボツなの!! 違うの!! 読まないでよ!!!」
「え? なんで私、怒鳴られるの? 怒られてるの、どっち?」
「………お願いします、それは読まないでください」
「こっちの方が本音っぽいよね」
「違う! そんなこと思ってないから!」
「思ってないこと、どうやって書いたの? 別人格?」
「…………」
沙耶香が黙り、四葉は破いてあった手紙もつなぎ合わせて読む。
「私は卑怯な女です。四葉さんの意識がない間に、あわよくば司くんと仲良く」
「っ?! それだけはやめて!!」
「いえ、もっと振り返ると、私たちのお姉ちゃんたちのこともあって、盗ったり盗られたりも男女の……男女の、何って書くつもりだったの、これ? 盗ったり盗られたり、当たり前ってこと?」
「……それは……書き損じです」
「これって最低の責任転嫁じゃないの。ようするに、うちのお姉ちゃんが盗ったから、妹の私から盗ってもOKってこと?」
「………そんなこと思っていません」
「そうとしかとれない」
「…………誤解です」
「私がいないところで姉のひどい悪口を言ってるのは知ってる。それは当然だと思う。けど、それと同じことを自分がするって、どうなの?」
「……………同じ? ぜんぜん違う!! お姉ちゃんは結婚してたのに盗られた!!」
「結婚してない私からは司を盗ってもいいってこと?」
「そんなこと言ってない!! ぜんぜん違うから取り消して!! お姉ちゃんが、どんな思いをしたか!! あんな盗撮写真の比じゃないのに!!」
「……………。どうして、私が怒鳴られてるの?」
「ハァ…ハァ…取り消して、でないと許さない」
「…………そう、じゃあ、取り消すわ。で、あなたの謝罪は?」
「……………あと、どうすれば許してくれるのよ?!」
「何その言い方」
「…………」
「朗読、再開して」
「ごめんなさい。意識がない四葉ちゃんのお見舞いに来ているうちに、司くんを好きって気持ちが抑えられなくて、もしも、四葉ちゃんの意識が戻らなかったら、この先どうなるんだろう、って考えたとき、私の中に悪い心が生まれました」
やや棒読みになった沙耶香の朗読が再開され、すぐに謝罪の手紙が終わり、またラブレターになる。さらに謝罪の手紙になり、再びラブレターになり、その繰り返しが30分も続くと、また沙耶香は尿意を覚えた。たっぷり2.5リットルも飲まされたので一度で排出しきれていなかった。
「ううっ……トイレ、行かせて、また漏らしちゃう」
「オムツでも着ければ」
「………」
「朗読は?」
「…とても悪い心です。でも抑えられなかった。このまま四葉ちゃんが眠ったままでいるなら、私が、司くんと、そう考えてしまって、私は最低です。卑怯者です」
また沙耶香は膝を合わせて我慢するけれど、すぐに限界が近づいてくる。さきほど酷使した尿道括約筋が二度目の圧力に、すぐに負けてチビチビと漏れてきた。
ぽた…ぽた…
まだ濡れていた下着とスカートに少しずつ吸収され、そして浸潤して膝の裏を流れたり、ショーツの股間から直接に滴って床の水たまりに波紋を拡げている。
「あっ…くうっ…」
少し漏らすと膀胱が反応して一気に収縮をはじめ、あっさりと括約筋が開いてしまう。
ジョワアアア!
熱い尿が股間とお尻にまで拡がって、沙耶香は身悶えする。
「ああぁ……ハァ…ハァ…」
「気持ちよさそうに漏らして」
「……四葉ちゃんを深く傷つけたこと心からお詫びします。どうか、こんな私ですが、これからも友達でいてください」
「サヤボボってさ、おしっこもらして気持ちよくなるでしょ?」
「………別に」
「さっき私を変なイかせ方してくれたよね。おしっこをクリトリスに当ててさ」
「…………」
「ああいうこと、自分でもやってるの?」
「…………」
もう脳が疲れ切っていた沙耶香は誤魔化す知力が働かず、目をそらしただけだった。
「やっぱり。あんなこと急に思いつかないよね、普通」
「…………だったら何よ?」
「そんな変な癖がついたのも、あの修学旅行の帰りでしょ」
「………あの日のこと、ずっと秘密にしてくれると思ってたのに…」
「思い出すよね。帰り道の東海北陸自動車道が大渋滞してさ。あそこって一車線になる手前だっけ? サヤボボがバスの中で中学生にもなって、おもらししたの」
四葉は拘束されていたときの仕返しのように、今は一歩も動けない沙耶香の耳元に囁きかけ、フーと吐息も吹きかけた。シャワーを浴びたときに歯も磨いた四葉の口から甘い香りがして、沙耶香は目を細める。
「………かばってくれた恩は忘れてないつもりよ……今になってバラされると思わなかったけど……」
沙耶香がチラリと司を見る。司は女の戦いを黙ってみているけれど、申し訳なさそうで居心地が悪そうだった。四葉が囁きを続ける。
「そうだよね。こんな小さな町で中学生になって、おもらししたら高校になってもメンバー変わらないから言われ続けるもんね」
「………私の代わりに四葉ちゃんが……」
「うん、まあ、とっさに隠してあげようと思って、自分の喉に指を突っ込んで、サヤボボのスカートに吐いたから、おもらしは隠せたよね。その代わり私が車酔いで吐くにしても、隣の人に吐きかける非常識な女って思われたけど」
「あのときは、ごめん、ありがとう」
「でも、本題はあのとき、おもらししてるサヤボボの顔、なんか気持ちよさそうだったんだけど? ずっと我慢してた開放感もあったかもしれないけど、イってなかった?」
「それを話したら、もう全部、許してくれる?」
「ううん、半分まで許してあげる」
「半分………」
「で? イってたの?」
「……うん」
沙耶香が恥ずかしそうに頷いた。四葉は楽しそうに微笑む。
「で? あれから変な癖に目覚めて、自分でやってるの? おしっこを指で押さえてクリトリスに当てたり」
「………うん」
「司のこと考えながら?」
「…………うん」
「変態だね、それ」
「ううっ……お風呂場でしか、しないもん」
「保健室でしたでしょ。さっき私のスマフォを見たら、先生から正直に言えば怒らないし秘密にもするけどベッドにオシッコしましたか、体調はどうですか、ってメールが着てた。一応、また濡れ衣かぶってあげたけど、絶対サヤボボだよね?」
「あ…あれは……ジャギさんだった四葉ちゃんが指で、龍なんとかっていう場所と、ホクト有情なんとかって……おかげで私、……バージンを四葉ちゃんの身体に奪われた感じなんだよ。気持ちよすぎて、オシッコ出ちゃったの」
「ジャギさん………北斗神拳を、そんなことに使ったの……たしかに龍頷と有情拳なら加減すれば、女の子を……ごめん、サヤボボ」
「この件で、もう半分も許してよ」
「う~ん……どうしようかな、もう少しイジメるつもりだったけど」
「もう十分痛めつけられたよ。あと、どんなことするつもりだったの?」
「私がされたみたいに左右の耳から言葉責め。司にも内容は指示してあるよ。で、ラストは宮水スペシャル」
「…………どっちも怖いんですけど」
「龍頷と有情拳もしてあげようか?」
「あれ、女の子の意思とか完全無視だしヤダ。快感だけど快感地獄だもん」
「四葉、そろそろ夜が明けるよ」
さっきまで怒鳴り合っていたかと思えば、急にヒソヒソと仲良さそうに会話されて司は女性の人間関係がわからなくなってくる。すでに3時を過ぎて4時になろうとしていた。
「司、こっち来て」
「あ、うん」
呼ばれて司も近づいた。
「サヤボボ、もう手紙は捨てていいから両手を頭の後ろで組んで」
「……こう?」
言われたとおりに沙耶香は後頭部で手を組む。沙耶香はキャミソールを着ていたので両腋が露出された。
「お見舞いにキャミソールで来るって盗む気まんまんだよね」
「う~……もう許してよ。ごめん、四葉ちゃん」
「司、言っておいた、あれやるよ」
「あれ、か……」
司は気が進まなさそうに少し顔を赤くした。そして司と四葉が顔を近づけて沙耶香の両腋の匂いを嗅ぐ。
「ちょ…、ヤダ! 何してるのよ?!」
「仕返し♪」
「うう~……四葉ちゃんみたいに、いい匂い、しないもん」
「どんな匂いだったか、司と耳元で囁いてあげる」
「絶対ヤダ!!」
「キャンセルしたい?」
「お願いだから、もう許して!」
「じゃあ、宮水スペシャルいきます」
「それも嫌な予感しかしない」
「予感や予知ができるようになったら一人前だよ」
そう言いつつ四葉は夜食にと買われていたコンビニのオニギリを開けると、半分に割った。
「はい、これを口に入れて、よく噛んで」
「………やらないとダメ?」
「ダメ♪」
「………」
諦めて沙耶香が口を開けると、オニギリの半分が挿入される。
「飲み込まないで、よく噛むんだよ」
「…うぐ…うぐ…」
「よく噛めたと思ったら、自分の両手に出してみて」
「……あ~…」
でろり、と咀嚼物が沙耶香の両手に落ちる。白米と海苔、沙耶香の唾液が混じり、少し泡立っていて見た目にキレイとは言いにくい。
「じゃあ、私も」
今度は四葉が残りの半分を口に入れて噛む。
「ん~♪」
ほどよく噛むと、自分の両手に吐き出していく。
すーーっ…
咀嚼物はキレイに噛み込まれ、白米と海苔の混じり方もあざやかで、唾液は泡立たずに艶やかに光っている。
「おおっ……さすがプロ…」
司が感心している。二人の咀嚼物は、まるで寿司職人が握った物と、素人が初めて握った物が違うように雲泥の差があった。こんなことにも技術の洗練があるのかと、驚くほどの違いがある。
「こんなに差があるのか……」
「こんなことさせて、どうする気よ、これ」
沙耶香が困った顔で咀嚼物を手で包んでいる。かなり見られたく無さそうだった。
「司に食べてもらうの」
「ええ?!」
「はい、どうぞ」
四葉が笑顔で差し出すと司は赤面しつつ、四葉の咀嚼物を四葉の手から食べる。
「フフ、くすぐったい」
「……ごちそうさま」
「美味しかった?」
「……うん……けっこう…」
実は子供の頃から食べてみたいと思っていたので、無表情を装おうとするものの顔が嬉しそうだったし、ズボンの股間が勃起で膨らんでいる。
「はい、サヤボボの番」
「わ、私の……え、でも……こんなの汚い…」
沙耶香が戸惑っている。
「司、さっきのラブレター、率直に、どうだったの?」
「それは………まあ……嬉しかったというか……女の子に好かれて、悪い気はしない、というか……ありがとう、というか……まあ……そんな感じ」
「だってさ」
「四葉ちゃん……」
「ほら、手を出して、司に食べさせて」
「……う~……汚いよ、こんなの………それに……間接キスに……」
「食べるか、食べないかは司しだい。さ」
四葉が沙耶香の手首をもって咀嚼物を司の方へ向けさせる。
「司、どうする? 食べる、食べない?」
「…………じゃあ」
司は沙耶香の咀嚼物を沙耶香の手から食べた。
「……テッツー……」
恥ずかしいのに、ものすごく嬉しくて沙耶香が涙を浮かべた。
「司、感想は?」
「これも……美味しかった」
赤面しながら司が飲み込む。やはり、やや勃起している。
「……四葉ちゃん……どういうつもりなの?」
「バックアップっていう考え方も、悪くないかなって」
「バックアップ?」
「もしもさ、私がお母さんみたいに早く死んじゃったら、残された司って淋しいでしょ? お父さんも東京で済ませてるみたいだけど。いっそ他人より友達の方がいいかなって」
「………女として、それでいいわけ?」
「たった一つしかないパンをめぐって殴り合うか、分け合うか。ほんの小さな島一つをめぐって核戦争をするか話し合うか。かけがえのない男の子をめぐって、かけがえのない友達をなくすか、仲良くするか。答えは、そう難しいことじゃないと思うよ」
「……………」
「こういうものも、あるしね」
四葉が司のポケットからコンドームを出して見せた。沙耶香が悩む。
「う~ん………少し考えさせて」
「何年でも、どうぞ」
朝日が昇って病室に光りが入り、四葉に後光が差したように見えた。
一ヶ月後、高校の五時間目に、きちんとツインテールに結い上げた四葉は窓際の席で授業を受けていたけれど、なにかが起こるような気がして窓から空を見上げた。
「………入れ替わり? じゃ……ない……何かな…」
空は良く晴れていて平穏だったし、再び誰かと入れ替わるような予感でもないのに、なんだか胸騒ぎがする。
「う~ん………」
頬杖をついて胸騒ぎの理由を考えてみる。その次の瞬間、胃袋が突き上げられるような強烈な吐き気が襲ってきた。
「ぅっ?!」
これは我慢できない、吐く、とわかるほど強烈だったので四葉は立ち上がってトイレに走ろうとしたけれど、間に合わない。
「うっ…うえええげぇええ!」
ぼたぼた…
さっき食べたばかりの昼食が嘔吐物になってドロドロと四葉の両手に拡がる。机や教科書を汚さないようにと両手で受けている。
「ううっ…おええっ! えぼっ! うええええげえええっ!」
ぼたぼた…ビチャビチャ…
小さな手では受け止めきれず、零れて制服の袖を汚し、机にもビチャビチャと嘔吐物が落ちる。クラスメート達が気の毒そうに四葉を見ている。先月、入院していた話は全員が知っているので、まだ体調が回復しきっていないのに無理して登校していたのかな、と可愛らしい女子が嘔吐物で汚れていくのを生温かい目で見つつも、やっぱり何人かは宮水神社の祭りのことを思い出している。ユキちゃん先生と保健委員はバケツと雑巾を用意するために走り、沙耶香と司が心配そうに歩み寄る。
「おええっ……おええっ……うえええっ…」
もう胃が空っぽになっても四葉は吐いている。苦しくて涙がにじみ、咳き込んで鼻水も垂れる。
「ハァハァ…おええっ…うっ…うええっ…ケホッケホ!」
「四葉」
「四葉ちゃん…」
司が心配して背中を撫で、沙耶香は誰にも聞こえないほどの小声で四葉に囁く。
「本当に気持ちが悪いの? それとも、みんなの前で嘔吐プレイしたいの? 昨日、さんざんミーちゃんオムツに気持ちよくおもらしさせてあげたから、今日は私の順番だと思って朝からオシッコ我慢してるのに、順番飛ばしなの?」
「うっ…うええっ! …ほ……本当に…うえっ! おええ! 気持ち悪い…おええ!」
胃が空っぽになっても、指を喉に入れているわけでもないのに、嘔吐が終わらない。
「うええっぇぇ…げぇ…ケホッ…ハァ…ハァ…く、苦しい…息が…うえ! うええ! ひーハァ! うえええっ!」
大きく舌を出して吐いてみても、唾液と鼻水が垂れるくらいで何も出てこないのに、それでも四葉は吐き続けて、呼吸が苦しいのと腹筋が何度も強く収縮するために、オシッコも漏らしてしまう。
ジョ! ジョわ! ジョジョ!
四葉が嘔吐するのと同じタイミングで小水が噴き出して、前屈みで嘔吐しているのでショーツで吸収しきれなかった尿失禁が内腿を濡らしたり、ショーツから滴って床に落ちるのが、よく見える。気の毒そうに見ていたクラスメートが、ますます気の毒そうに見てくれる。今は嘔吐が苦しいだけで本人も必死でも、それが終われば羞恥心で苦しむことになるだろうと同情してくれている。ほとんどのクラスメートが同情している中でも、町営の子はニヤついて見ていてスマフォで四葉の姿を撮影しようとして、ユキちゃん先生に怒鳴られている。
「こんなに苦しんでる女の子の姿を撮るなんて!! 人として最低です!!」
「あ、差別発言」
「そういう意味じゃありません!! 撮るのをやめなさい!!」
「おええっ! うええっ…ハァ…ハァ…うっ…うええ! ゲホッ…ゲホっ…ううっ…おぇ…おええっ!」
引き続く嘔吐が苦しすぎて四葉は嘔吐物を受けていた手で胸を押さえてしまい、制服全体がビチョビチョに汚れる。さらに空嘔吐が続いて大便まで失禁してしまう。
ブブっ! ブリっ! ブリっ!
大便も嘔吐と同じタイミングで肛門から出てきて、音が響いて、匂いも拡がり、四葉の白いショーツが茶色く染まり、モコモコとお尻のあたりが膨らんで、受け止めきれなかった分がショーツの横から溢れ出して腿を汚しながら床に落ちていく。
「ハァハァ! うえ! うう…おええ…ハァーひ…ハァーひっ…おえっげええぇ!」
四葉は涙もポロポロと零して、また空嘔吐する。
「おえっ…おおええ…」
クラスメート達は心底気の毒そうに四葉を見守る。盛大な嘔吐の上に大小便まで教室で垂れ流してしまい、もう不登校にでもなるかもしれない、と同情していた。けれど、町営の子は嗤っていた。そして、ごく少数の生徒で歳の離れた姉が妊娠したことがあったり、大きく歳の離れた弟や妹がいる者は、女性が大小失禁するほど嘔吐し続ける姿を見たことがあって思い当たることがあった。
「ハァーひっ…ハァーひっ…ぐすっ…ぐずっ…」
やっと嘔吐衝動がおさまってきた四葉が羞恥心にさいなまれて泣き出すかと周囲は思っていたのに、幸せそうに微笑んで嘔吐物と糞尿にまみれた身体で自分の胸を抱き、下腹部を優しく撫でた。
「司、赤ちゃん、できたみたい」
汚れた顔なのに笑顔が誇らしくて輝いて見える。
「なっ……マジ、で…」
「あっ、あとね。言い忘れてたけど、お姉ちゃんが勅使河原姓になったんだから、司は宮水姓でお願いね。どっちの家も絶えないように」
「………わかったよ、もう、何もかも、四葉の思うとおりでいいよ」
「四葉ちゃん………私はお妾さん、ってことなのね……」
司と沙耶香は遠い目をして、飛騨山脈を見上げた。そして、全身嘔吐物と糞尿まみれでプロポーズした女の子のことよりも、それを受諾した司のことが、ゲロ養子と言われて長く語り継がれた。
大晦日、ケンシロウは年越し派遣村に辿り着いていた。
「…み…水…」
水を求めて手を伸ばし、ガクっと崩れる。薄汚れた毛布のような物をマントのように身体に巻いて寒さをしのいでいる。
「よかったら、どうぞ。公園のトイレの水道で汲んだものだけど」
まだ20代の青年が同じような境遇にいることで同情して声をかけてくれる。
「あ…ありがとう」
礼を言ったケンシロウは使い古されたペットボトルに入った水を飲む。
「ありがとう…生き返ったよ…」
「いえ、別に…」
「自分は田中ケンシロウ。君の名は?」
「名………名前か……もう長いこと、バイト君とか、ハケンさんって呼ばれてさ。もう自分の名前なんて、意味ないのかなって」
「こんな時代でも希望は捨ててはいけない」
「へっ、オッサンこそ、いい歳だろ……すんません。つい、心がすさんで。……勢いを増した向かい風の中を、進んでるような、時代に嫌気がして」
青年は配給された毛布を寒そうに掻き寄せた。ケンシロウが問う。
「君は、なぜ、ここに?」
「ティヤマト特需が終わって急に職が減ったのは、みんな知ってるでしょ。それっすよ。まあ、生活保護って手もあるんでしょうけど、オレ、オヤジが霞ヶ関とかに勤めてて、そんなん申請したら一発で連絡いくし。オヤジに、そんな目で見られるのイヤだし。今はマイナンバーなんとかで、離婚した相手にまで連絡いくし……そうなるくらいなら死んだ方がマシっすよ」
青年は痒そうに頭を掻いた。そこへ、大柄な男が駆けつけてくる。
「おい! 探したぞ、ケンシロウ!」
「ジャギ兄さん…」
「お前にいい仕事がある」
「格闘技とかは、もう……、組織で行動するのも苦手で……」
「ああ、そう言うだろうと思ってな。ごく普通の交通整理の仕事だ」
「運転免許も持ってないから、そういう仕事も…」
「大丈夫だって! 片側通行にしてるとき、片方を止めて、もう片方を流す。で、しばらくしたら、反対を流す。それだけだ。今は不況だけどよ、ちょうど後援会に入ってくれてる建設会社の社長がよ、空きがあるからって話でよ。やってみろよ、な?」
「……やってみようと思いますが……彼も、仕事がないようなのです」
ケンシロウが青年を指した。
「なんだよ、友達か。若いな」
「さっき、水をいただいて」
「お前、あいかわらず甘いな。それだけで恩に着やがってよ。そこまで甘いと、こんな時代でも生きていけねぇぞ。まあ、いい、あと一人ぐらい、なんとかなるだろ」
「ありがとう、ジャギ兄さん。君、いっしょに行こう」
「………オレっすか…」
「ああ」
「……嬉しいっすけど…」
「君の名は?」
「………立花瀧っす」
瀧が涙を滝のように流しながら微笑んだ。
二ヶ月後、放課後の高校の進路指導室でユキちゃん先生と四葉が向かい合っていた。
「宮水さん、言いにくいことですけれど、あなた、妊娠されていますよね」
「何も言いにくいことはありませんし、妊娠しています。それが何か?」
「………まだ、高校生じゃないですか」
「この国の法律は16歳から結婚できるはずです」
四葉は身体を冷やさないようにストーブのそばへ、パイプ椅子を移動させてから、まだ教師は立っているのに先に座った。
「それで、先生のお話っていうのは?」
「………今の時期、三年生からの進路を決定していくのですが、宮水さんのご意向をうかがっておきたくて」
「つわりもおさまってきたから、出席日数が足りれば、この高校を予定通りに卒業して通信制の大学で歴史を学び、育児の段階を見て、神職の資格を取る大学を目指します」
「……おうちを継がれるのですね」
「ええ」
「た……ただ、ご出産が、……いつになりますか? 三年生のうちですよね」
「予定日は8月で、ちょうど夏休みなので麓の病院で出産します」
「…………。……い…言いにくいことなんですけれど、妊娠中の安静を保つためにも、一度、ご家庭に入って、それから通信制の高校などを卒業されるのは、どうでしょうか?」
「校長と教育委員会に自主退学してもらえって指導されたの?」
「………」
生徒にウソはつきにくいのでユキちゃん先生は目をそらして沈黙し、大人らしく否定も肯定もせず切り口を変える。
「つわり、まだ残ってますよね。ときどき教室で吐いたりして、恥ずかしいでしょう? 一部の心ない男子から汚いなんて言われてイヤな思いをしていませんか」
「放射性物質の汚さ、しまつの悪さに比べたら、嘔吐物なんて身体に塗ってもいいくらい、汚くも何ともないですよ。本当に汚いものは10万年も浄化にかかる。それに、先生の論法は一部の心ない男子が言い立てるので、私は登校しない方がいいという、むしろ彼らの理屈を受け入れるものです。恥ずかしい、恥ずかしくないという話でも、私は妊娠を誇らしく思っていますから、何一つ恥ずかしいと思っていません」
「…………。……お相手は、勅使河原くんでしたよね」
「ええ」
「校則では不純異性交遊は禁止されているんですよ」
「純粋に子供がほしくて挿入してもらいました」
「っ、…そ…」
「挿入も禁止されていますか?」
「…………」
ユキちゃん先生は赤面して、また切り口を変える。
「体育も大変ですよね。三年生は体育祭で組み体操もあるし、マラソンも妊婦さんには危険じゃないかと…」
「ごく少数ですが、他県では妊娠した生徒に配慮して無理のない範囲で体育に参加させ、単位を認めて学業と妊娠を両立させて卒業させている例もあるそうです」
「………うちの学校では前例がないので……」
「私が最初の例になれば済むことです」
「……、……こ、校長先生から、他の生徒に悪影響があるからって…言われて…るんですよ」
「私の存在は悪ですか?」
「………そういうわけじゃ……」
本人の説得が難しそうなので、また切り口を変えてみる。
「お父さんは何とおっしゃっていますか。ご懐妊のこと」
「お前の好きなようにしなさい、と。父のところにも校長と教育長がそろって町長室に来て何か言ったらしいですね。お姉ちゃんから聞いてます」
「………」
この土地での最高権力者の娘に、どう言って自主退学してもらうか、いい案が浮かばずに黙り込んでいると、四葉がまっすぐに瞳を向けて問う。
「どうして同じ女なのに、一度のおめでとうもなく追い出す話ばかりなんですか? まず一度、この子と私に、おめでとう、って言ってもらえますか」
「……すみません。……おめでとうございます」
「じゃ、もういいですね」
四葉が勝手に話を終わらせて席を立った。
「遅くなる前に帰ります」
「あ! いえ! でも、まだ!」
「まだ、何か?」
四葉が睨んだけれど、ユキちゃん先生も強い気持ちを込めて四葉を見つめてくる。
「もう一つ大事な話があります」
「どうぞ、手短に」
「宮水さん、あなたは名取さんをイジメていますよね?」
「いいえ」
「……」
即答されて出鼻をくじかれたけれど、問題がイジメなので引かない。
「複数の生徒からの証言があります」
「どんな?」
「最近、名取さん、ときどき授業中や休み時間に失禁してしまうことがあって、その前に宮水さんがお茶やジュースをペットボトルで飲ませていたって。とても悪質なイジメですよ、それは」
「ああ、その話ですか。あれは学校のトイレが汚いから、あまり使いたくないね、って二人で言ってるから。飲み物をおごったり、おごられたりするのは、ごく普通のことですし」
「そんな言い訳が通ると思うの。昨日だって私の授業中に名取さん、失禁してしまって、とても可哀想だったのに、あなた、友達を心配してあげるどころか、なにか囁きかけて嗤っていましたよね」
「気にしなくていいよ、って言っただけです。スマイルで」
「今後、名取さんが失禁することがあったら、あなたがイジメていると断定します」
「…………………」
「妊娠の件も含めて、あなたとは何度かお話し合いが必要なようですね」
「……はぁぁ……」
四葉がタメ息をついて、うなだれ、そして自分のスカートをめくってみせる。
「先生、これ、見てもらえますか」
四葉はスカートの中に大人用のSサイズのオムツを着けていた。
「私も漏らすことがあって、オムツしてるんですよ」
「………あなたも、誰かにイジメられてる被害者なの? トイレを使わせないとか、そういうことをしている人たちがいるの? それなら先生、協力しますよ」
「何もかもイジメで考えないでください。単に学校のトイレが汚くて使うのがイヤだから一日我慢してると、たまに失敗するじゃないですか。私はオムツを着けるけど、サヤボボ、名取さんはオムツは好きじゃないみたいで。まあ、私の場合、子宮が大きくなってきて膀胱が圧迫されるから括約筋が弱いのもあってクシャミくらいで漏らしたり、吐くと必ず漏らしてるから、その対策っていうのもありますけど。とにかくイジメじゃないです、これで納得してくれましたか」
四葉は少し赤くなった顔をしてスカートを戻した。
「二人とも悩んでるの? たしかに、あまりキレイなトイレじゃないですけど、だからって……オムツを着けていたり、おもらししてしまう方が恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいですよ……今だって……もう我慢の限界…、あ、もう無理…」
四葉は括約筋の力を抜くと、オムツの中に放尿していく。
ジョボボボボボ…
勢いよくオムツに尿が当たる音が響いて生徒が失禁してしまったのがわかるので、かなり困惑した。
「み、…宮水さん、…」
「ぐすっ……ほら、先生が、いつまでも、おうちに帰してくれないから…ぐずっ……もらちちゃった。今日は我慢できゆと思っちゃのに……ひっく……ぅぅ…漏らちちゃったよぉ……先生のせいで…ぅぅぅ…」
四葉は嘘泣きしながら両手で顔を覆った。
「ご、ごめんなさい。言ってくれればトイレに行ってもらったのに」
「ぅぅ…だかや、そのトイレがヤなのぉ…おうちに帰ってしちゃいの……あううっ…」
「そんなに泣かないで、宮水さん」
「ぐすっ…ひっく……このままじゃ恥ずかちくて帰えないよ……先生、オムツ替えてくだちゃい」
四葉はカバンから替えのオムツとウェットティッシュを出した。
「替えがあるの……よかった。………」
とはいえ、身体に不自由のない高校2年生のオムツを交換してあげる必要性に疑問を覚えていると、また四葉が泣く。
「気持ち悪いよぉ…かゆくなるよぉ…ひっ…ひっく…早く替えてくだちゃい」
そう言って四葉は机の上に寝転がると、M字に開脚してオムツ交換の姿勢になる。スカートがめくれて尿で膨れあがったオムツが丸出しになった。
「ぐすっ…ひっく…ううっ…早くぅ…うっ…うっ、うえええん! うえええん!」
「宮水さん……」
まるで赤ちゃんみたい、と言いそうになって、この生徒が母親を早くに亡くしてることを思い出した。父親とも別居してると生徒記録にあった。甘えたい年頃に両親から離れていて、なのに成績は学年トップで異常に妊娠にこだわることも合わせて、いびつに成長した心理を想像させてくる。さっきまで反抗的だった思春期らしい女子高生から一気に幼児語を話す児童になり、もう今は乳児のようになっている。
「うぇえええん! ふええええん!」
「わ、わかりました。すぐに替えてあげますから、泣かないで。ほら、よし、よし」
保育士免許はもっていないけれど、オムツ替えくらいはできそうなので四葉の濡れているオムツを開いて脱がせる。
「…ぐすっ……先生…ありがとぉ……ぐすっ…」
「………」
オムツを開くと、ふわりと四葉の尿が匂いを立ち上らせてくる。それは甘い匂いで、ユキちゃん先生の目が酔ったような色合いに変わっていく。
「………」
「………」
ウェットティッシュで四葉の陰部を拭こうとしていた手が止まり、その匂いに魅せられて、まるで蝶が花へ吸いつくように四葉の陰部を舐めてしまう。
ペロ…ペロ…
強い匂いが立ち上っている間、まるで酔ったように四葉の股間を舐め続け、しばらくして正気に戻ったユキちゃん先生はスマフォを向けられていることに気づいた。
「え………」
「今のはセクハラですよね」
四葉は動画を撮り終えてスマフォを見せつけてくる。
「…わ……私……何をやって……」
茫然自失で首を振っているけれど、四葉は追い込む。
「同性でも、こんなところ舐めてくるなんて」
「ち、違……わ、…私は…」
「去年から法改正があって、教員の生徒へのセクハラは全国ネットで情報が共有され、名前を変えて遠方ででも再就職できなくなりました。教育界から永久追放されるそうです」
「っ、ま、待って! 違うの! これは何かの間違い!」
「三つ条件があります。一つ、私が卒業できるように体育や出席日数など、十分に配慮されるよう全面的に協力してくれること。二つ、つわりが始まった日に私が吐いてる動画をユーチューブにあげている生徒がいるみたいです。これを探し出してデーターを抹消させ、テキトーな理由をつけて退学にすること。三つ、今後は校内でのスマフォなどによる動画の撮影を原則として禁じる校則を提案すること」
「…………」
「三つの条件が達成され、私が卒業証書を受け取ったら、あなたの目の前でこのデーターを消してあげます」
「……………」
「もう、こんなことに時間を取らせないでください。私は人生の時間、一瞬一瞬を大切にイキたいんです」
四葉は教師からの返事を待たず、新しいオムツを自分で着けると進路指導室を出て、外で待ってくれていた司と沙耶香に合流して帰宅した。
「二人とも今夜は、うちで食べて行ってよ。お婆ちゃんと協力して作った煮物があるから。食べる人間が二人だと、なかなか減らないの。私、あんまり食べると吐くし。お婆ちゃんは年相応に食が細くなってるから」
「二人が作った煮物か、それは、うれしいな」
「うん、おおきに。私も何か手伝うよ」
四人での楽しい夕食を終え、一息ついてから司と沙耶香を見送るために、みんなで外に出たときだった。一葉が星空を指して言う。
「今夜は、あの星が見えるねぇ」
「どの星のこと?」
四葉が問い、一葉は北斗七星の傍らに輝く星を指した。
「ほれ、あの7年前、町のみんなが見える見えないで話題になった星よ」
「それって……」
「あの北斗七星の少し横に。今夜は、よう見えるよ。7年前にも見えた気がするような、見えんかったような、あの星が」
一葉が指している星は、ティヤマト彗星落下の年、町民の多くが見ていたけれど、落下後には見えなくなった星のことだった。
「みんなで、見えるの、見えないの、言うた、あの星、今夜は、よう見えてるよ、四葉にも見えるかい?」
「………」
四葉は北斗七星を見て、まだ見えない星が祖母には見えているのだと知り、そっと抱きつくと下腹部を一葉の手に擦り寄せる。
「五葉、一葉お婆ちゃん…ひいお婆ちゃんの声、聞こえてる?」
「きっと聞いてくれてるよ。それにしても、今夜は星空がキレイで、まるで、ほしのこえが聞こえるようやね」
山奥の田舎、それも真冬なので星空は盛大だった。四葉が涙を零さないように言う。
「死兆星……その、ほしのこえは、あと5年、ううん、せめて3年、聞かないでほしかった」
そして四葉は90歳になった祖母と自分の身体が冷えないうちに家に入った。
副題「新世紀救世主伝説 北斗の拳四葉(ケンシヨウ)」完
長い二次作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。
これにて、終了となります。
君の名は。を初めて見て感じたのは「オレの名をいってみろ」という北斗の声でした。
他にも本編中にちりばめられた面白い設定、なぜ、彼はスカートを斬ったのか、なぜ、口噛み酒は半分なのか、なぜ、酒税法なんて言葉を三葉は知っていたのか、糸の声、タイムパラドックス、本当に色々とネタをくれた作品でした。
そしてトキ鍼灸院。ジャギの含み針からの爪楊枝。
書いていて楽しい、これが二次作品の醍醐味だと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。