4月のある日、明日奈は宿直として執務棟に残っていた
何時もとは違い、静かな執務棟
その廊下を、明日奈は一人片手に懐中電灯を持って歩いていた
宿直とは言っても、大したことではない
当直艦以外が出歩いてはいないかを見回りする位である
他には不審者が侵入していないかを確認するのもだが、鎮守府は軍事施設だ
故に、セキュリティは並大抵ではない
その時明日奈は、足音を聞いた
(また、駆逐艦娘の誰かかな?)
祐輔艦隊の艦娘は、半数近くが人間から艦娘になっている
だからか、中には育ち盛りと夜に食堂の冷蔵庫から銀蠅(盗み出すことを指す)をする艦娘も居る
明日奈が当直になったのは二回目だが、一回目の時にもそういった艦娘を捕まえたことがあった
だからこの時も、それだと思っていた
だがまさか
「こら! 何してるの!」
居たのは艦娘ではなく、全身を黒いウェットスーツで覆った人間だった
「な……」
予想外の事態に、明日奈は硬直した
しかしそれは、致命的な隙だった
その間に相手は、肩のナイフシースからナイフを抜刀
明日奈に飛び掛かった
最初の一撃は、咄嗟に掲げた懐中電灯で受け止めた
しかし次の瞬間、明日奈は突き飛ばされて壁にぶつかった
壁に背中を強打したことで、明日奈は強制的に息を吐き出させられた
しかしすぐに、視線を前に向けた
それは、侵入者を見失ってはいけないと思ったからである
しかしその時、既に相手は持っていたナイフを突き出していた
(ダメ、拳銃……間に合わないっ!)
この時、明日奈の左手は腰のホルスターに伸びていた
しかし、直感で間に合わないと分かってしまっていた
その時だった
明日奈に迫っていた凶刃を、横から伸びてきた手が鷲掴みした
「大事な部下に、何をしようとしている」
ナイフを鷲掴みにした人物
祐輔はそう言った直後に、侵入者の腹部に肘打ちを叩き込み、相手がナイフを放すとそのナイフを捨てて、一気に肉薄
次々と拳や足を繰り出し、最後には
「はあっ!」
背負い投げしてから、頭に踵落としを叩き込んで気絶させた
そして、動かないのを確認すると縄で両手両足を縛った
すると、明日奈に視線を向けて
「無事ですか、明日奈さん?」
と問い掛けた
「私は大丈夫だけど……これって」
「恐らく、難民解放戦線でしょうね……キリスト教恭順派」
難民解放戦線
それは、世界的宗教
キリスト教の恭順派と呼ばれる一派が頭となって現れた国際的テロ集団である
深海悽艦を神の御使いと崇め、それと戦う今世界各国の提督や艦娘達を悪とみなして襲撃してくる過激派組織である
そして、その行動には世界各国で溢れる難民が原動力となっている
深海悽艦により、沿岸部の街や島国は崩壊
そこから流れた難民達は、国連が主導して世界各国に設けられた難民キャンプに収容されている
しかし、その環境は劣悪なのが大半である
日本は比較的マトモらしいが、それでも死者が出ることもある
そういった扱いに憤った者達が、何処かで軍事教練を受けて参加しているのが難民解放戦線
通称、RLFである
「だけど……何処から……」
「先程、他の地区を回っていた武藏さんから連絡がありました。鎮守府の物資搬入港、そこの排水口にラング一式が捨て置かれていたそうです……今度、セキュリティの見直しをしないとなぁ」
明日奈の問い掛けに、祐輔はそう言いながら頭を掻いた
すると、足音が近づき
「誰か!?」
と直哉が小銃を持って現れた
その体は血に濡れていたが、動きから直哉ではないのが一目瞭然である
「直哉君。僕と明日奈さんだよ」
と祐輔が言うと、直哉は小銃を下ろして
「祐輔さん、明日奈さん、ご無事で!?」
と二人に駆け寄った
すると祐輔が
「ん、僕は大丈夫。明日奈さんも大丈夫みたい」
と言った
そして
「直哉君、何人倒した?」
と問い掛けた
「俺は二人です。今、弾と一夏が三名と交戦中のようです」
祐輔の問い掛けに、直哉は右耳を押さえながらそう言った
どうやら、無線を聞いているらしい
「僕も二人ヤッたし、唯依達は……」
「こちらも、三人無力化した」
祐輔が言っている途中で、唯依が刀片手に現れた
その唯依の報告を聞いて
「相手は、一個分隊投入してきたのかな?」
「でしょうね。それ以上は確認されていません」
祐輔の言葉に、直哉はそう言った
そして
「二人が、三人始末したと」
と直哉が報告した
どうやら、一夏と弾の二人も倒したらしい
それを聞いて、祐輔が
「念の為に、他に居ないか捜索しましょう。陸戦妖精さん達も呼んで」
と指示を出し始めた
その時
「あんたはまず、左手を治療しなさい」
と理香が現れた
右手には巨大なスパナを持ち、左手には救急箱を持っていた
「リズさん……まさか、ハンガーにも?」
「五人程ね。ただ、そっちはあたしや妖精達でボコボコにしたわよ」
祐輔の問い掛けに理香は答えながら、明日奈に救急箱を渡した
すると明日奈が、思い出したように
「そうだよ、祐輔君! 祐輔君、ナイフを素手で掴んだんだから!」
と祐輔に視線を向けた
それを聞いて、唯依と直哉は弾かれたように
祐輔は思い出したように、左手を見た
祐輔の左手は、流れ出た血で真っ赤だった
それを見た唯依が
「指揮は私がする。祐輔は治療を受けろ……行くぞ、中尉」
と直哉を先導して去った
そして理香は、やってきた陸戦妖精達に祐輔が拘束した敵を運ばせた
その間に明日奈は、救急箱を開いて祐輔の左手の治療を始めた
すると、明日奈が
「祐輔君、提督だけど衛士でもあるんだから……手は大事にしないと」
と言って、消毒した
すると、祐輔は
「あの時は、あれが最善と思ったんです……それに、僕みたいな男はともかく、明日奈さんみたいな美人さんが傷を負うほうが嫌ですから……」
と言った
そして続けて
「特に明日奈さんは、まだ嫁入り前ですよね? 嫁入り前に傷を負わせたとなると、嫌なんですよ、僕……まあ、それを言ったら唯依もなんですが」
と言った
どうやら、明日奈が結婚していないと知っているようだ
とはいえ、左手薬指に指輪をしていないから分かるのだが
「確かにそうだけど……その前に、私は軍人です……まあ、助けてもらったのは事実ですから、ありがとうございます」
「いえいえ」
明日奈は会話しながら、テキパキと祐輔の左手を治療
そして、包帯を結んだ
「はい、治療終わりました。とはいえ、応急処置ですから、後で医務室に行ってね」
「はい、ありがとうございます」
治療終わりを確認すると祐輔は、右耳に手を当てて
「状況報告」
と端的に告げた
それを見て明日奈は、仕舞っていた片耳用ヘッドセットを耳に着けた
すると、唯依が
『今現在、執務棟一階捜索中。不審物は見つからない。捜索を続行する』
と報告してきた
それを聞いて、祐輔は
「了解。しばらくの間、捜索を一任します」
と告げた
『了解。通信終わり』
それを最後に、祐輔は一度ヘッドセットを外した
そして祐輔は、明日奈に視線を向けて
「明日奈さん、少し歩きましょうか」
と言った
そう言って歩きだしたのだが、行き先は外だった
二人は外に出ると、ある方向に向かった
それは、物資搬入港だった
そこには、武藏を含めた艦娘達が居た
「祐輔、ここだ」
「ん、了解」
武藏に指し示されて、祐輔と明日奈はそこに行った
そこに有ったのは、一つの物資輸送用のコンテナ
そのコンテナのドアは開いていて、その中にラング一式が十数人分置いてあった
祐輔はその一つを持ち上げて
「これは……見覚えが……」
と呟いた
すると、明日奈が驚いた様子で
「それは、帝国海軍特殊海兵隊の物です……大本宮で見ました」
と告げた
それを聞いた祐輔が
「つまり、海軍に横流しした奴が居る……か」
と言って、立ち上がった
そして、明日奈に顔を向けて
「明日奈さん、長官に連絡を。海軍内に、裏切り者が居ると」
と言った
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