機動戦士ガンダム MSV エリオット・レムの記憶 作:翔田美琴
俺はバートン家の者達がいるはずのエリアスの書斎へと向かう。
エリアス・バートンが使っていた書斎へと入る俺。
そこは高級感漂う匂いで満たされた木製の部屋だ。
バートン家の一族が一堂に会していた。
未亡人のすみれ、第1秘書のパトリック、顧問弁護士のウォルター、そして噂の美女3姉妹。
「お茶、いかがですか?」
「いや。俺はいいよ。仕事中だからね」
見ない顔のメイドだ。だが、それはそんなに珍しいことではない。事実、数え切れない程のメイドが会社の雑務をこなしている様子は俺は知っている。
「君は?」
「新しく入ったメイドのエミリと申します」
「可愛い名前だね」
いかにも男の保護欲を刺激する可愛い女の子だった。”守ってやりたい”なんて思わせるタイプの女の子だ。
彼女はこの部屋の雰囲気に気おされているのか、少し居心地悪そうにしている。
「ありがとうございます。あのお名前、うかがってもよろしいでしょうか?」
「俺は…」
「そんな奴に茶など出さなくていい。他にやることがあるだろう?」
「申し訳ありません」
「全く新米は気が利かなくて困る」
「……すみません。失礼します…」
彼女が退室すると今度は俺を睨みつけた。今度は俺が次の犠牲者ってわけか。
「遅かったじゃないか?どこで油を売っていたんだ」
「……すみませんでした」
「弔問客の接待が待っている。ぐずぐずしている暇はないんだぞ!今夜のパーティがすみれ奥様にとって、いやバートン家にとってどんなに大切なのか、わかっていないのか!?」
「……はあ」
(わかっているから、こうして来たんだろうが)
上にペコペコ、下には居丈高な太鼓持ち野郎め。そのスカした顔にナックルをかましてやりたい気持ちになるが、まあいい。
ここは黙って頭を下げておこう。大志を抱く男ならここは黙って頭を下げておくべきだ。そうしたらパトリックは更に調子に乗りこう言った。
「この大変な時期に役立たずは必要ない。私の言っている意味、分かるだろう?……クビが嫌なら精を出して働けって意味さ」
「……」
俺はこいつのこういうところが嫌なんだな。ソフトな口調で嫌味を言いながら、やけに身体に手を触れる、この部分が。
本人はスキンシップのつもりなんだろうが、気持ちが悪くてしょうがない。
「この件が一段落したら君にも…」
「パトリック!そんな話は後でいいだろう?」
「すまないな。こいつがあまりにも使えなくて、つい、な…」
「いいから。会場へ急げ。開宴までに手配しておくことがいっぱいあるんだから」
「わかった。わかったって。とにかく、粗相のないように気をつけろ!今夜のパーティはバートン家にとって非常に大切なものになるんだからな。死ぬ気で務めろ!死ぬ気で!」
「……わかりました」
(やれやれ)
やはり、MS開発者と言えども下っ端は辛い。
「随分、油を絞られていたじゃない?」
「奥様……」
嫌なところを見られてしまった。屈辱的な光景をいい女に目撃されるのはいくら俺でも少し辛い。
「はい。でも、自分が至らないのが悪いのですから」
「まあ、偉いのねえ?」
まるっきり子供扱いだな。これは。
「いい機会だから、娘たちに引き合わせてあげるわ」
ジオニック社に入社して以来、数にも入らない技術屋にどういう風の吹き回しだろうか?
「レティスさん。ちょっといいかしら?」
「何ですの?お義母様」
「この子が長女のレティス」
「……」
ニコリともしない彼女に俺は恭しく頭を下げた。
「MS開発者のエリオット・レムです。よろしくお願いします」
レティスから返事はなかった。それどころか俺の方を見ようともしない。顔を背けて腕を組んでいる。姿は茶髪のロングヘアーに、焦げ茶色の冷徹な瞳が印象的だった。ワインレッドのロングドレスが品が良い。
「お義母様、もうよろしいかしら?」
さすが、バートン家のクールビューティーだけあり、このそっけなさは折り紙付きだ。ぞくぞくするほどの冷たい瞳がたまらない。
「私でお役に立てるのであれば何でも仰ってください。いつでもお話は聞きます」
「……」
さじを投げても無駄とはこういうのを言うのだろうか?ひたすら無視である。
「これから何かと力になってもらわなくちゃならないんだから、声くらいかけて差し上げたらいかが?」
「では、バートン家で働く者の心得を言って聞かせます」
うおー。いきなりだな。
「レムといいましたね?最初に断っておきます。バートン家は格式を重んじる家柄。使用人として一線を越えるようなことは決して無いようにお願いいたします」
「以前、お父様の覚えがよろしいことをいいことに図に乗ってバートン家に入りこんでしまった女がいますが、今後そうしたことは一切私が許しません」
「はあ……」
「レティスさん。それ、どういう意味かしら?」
「何事も節度が大切という意味ですわ……」
レティスは当てつけがましいことをすみれに言う。
「主人と使用人は身分が違いますわ。それを忘れたらケダモノと変わりありませんわ」
「私にはよくわからないのだけど?」
「お父様の寵愛をいただいていたとは言え、ただの愛人だった女を母親と認めるわけにはいかないということですわ。では私はこれで……」
すみれが義理の娘の後ろ姿を鋭いまなざしで睨み付けている。
レティスとすみれが不仲とは聞いたがこれ程のものとは…。すみれを母親とは認めない。何か曰くでもあるのだろうか?
先妻…いや先々妻の連れ子のレティスとすみれの間に血の繋がりはないから単に仲が悪いというだけかも知れないが。
「ごめんなさいね。あの子も父親を失って動転しちゃっているのよ」
「いえ。お気になさらないでください。それにしても、綺麗なお嬢様ですね」
「そうね。でも、それが、あの子にとって幸せだったかどうか…」
どういう意味かは知りたかったがやめた。俺はまだそんな身分ではない。
逡巡する俺を後目にすみれが部屋の隅で寂しそうに佇んでいる娘に声をかけた。
「シオンちゃん。こっちへいらっしゃい?」
「はい、お義母様……。何か御用ですか?」
目の前に現れたのは、とても純真な無垢なる乙女だった。焦げ茶色の髪の毛…黒く大きな純粋な輝きの瞳。メイドのエミリもいい加減、男の保護欲を刺激する女性だが、彼女は別格だろう。うっかりすると命まで捧げてしまいそうだ。
「こちら、MS開発者のエリオット・レムよ」
「あの…初めまして…」
シオンはぺこりと頭を下げた。人を見下したレティスとはえらい違いだ。
「どうも……」
「見たところいい子みたいだから、困った事があったら何でも相談してみるといいわ」
「はい。レムさん、よろしくお願いします」
「私に出来ることなら何なりと」
「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえると、私、とても嬉しいです」
(おお…なんていい娘だろうか…。まさか、エリアス老人にこんなピュアな少女がいたとは)
「シオン!下っ端の技術屋と口を利くんじゃありません!」
「でも……」
末娘は怯えた目で姉を見つめていた。この驕慢な姉は、スカーレット・バートン。驕慢な言動そのままの驕慢な体を持つ、鮮やかすぎる灰色の髪と鋭く光る青い瞳が特徴的だ。
「あっちへ行きなさい!」
彼女がシオンに向かって”あっち行け”と片手で手を振った。まるで野良犬を追い払うような感じだ。だが、末娘は大人しく驕慢な姉に従った。
「わかりました…お姉さま…」
「スカーレットさん……。あんな言い方したら、シオンちゃんが可哀相じゃない?」
「ふん!あの子にはこうでも言わなければわからないのよ」
「この子が次女のスカーレット。わがまま放題に育ってしまって……」
「あなたには関係ないでしょう?」
「スカーレットさん」
「さっきから言おうと思っていたのですけど、お義母様。さっさとその喪服、お脱ぎになったらいかがですか?」
何だか、怪しい雰囲気になってきたぞ、話が。
「……」
「まさか、バートン家の未来を占うパーティにそんな縁起の悪い格好で出席するじゃないでしょうねえ?」
「スカーレットさん!」
未来を占うパーティ…?そう言えば、さっきパトリックの奴も同じような言葉を言っていたな。
葬儀なんかより、このパーティの方が余程意味があるらしい。
「あら?怒ったの?金目当てでお爺さんと結婚するような人だから、嫌味の一言くらい痛くも痒くもないと思っていたのに」
「スカーレットさん。あなたも大人なんだから、少しは口の利き方に気をつけて頂戴!」
「あなたに指図されることじゃないわ」
「お父様が亡くなった今となっては私がバートン家の当主。これからは私に従ってもらうわよ」
「ふん!私は認めないわ。あなたみたいな遺産目当てに近づいた詐欺師にバートン家の財産は一銭も渡さない!」
人目に気にしない強気な態度。まったく恐れ入った女だが、すみれも負けていない。
「馬鹿なことを。お父様はこれからのバートン家を私に委ねて逝かれたのよ」
「ふん。どうかしら?そんな話、あなたとパトリックが言っているだけじゃない。私は認めませんから。あなたのような淫売にバートンを自由にはさせないわ」
なるほど、バートン家の跡目争いって訳だな。アネットからの情報通りだな。
どうやら未亡人と先妻の娘たちの熾烈な争いが始まっているようだな。
「……見苦しいところを見せちゃったわね」
息一つ乱さず俺に微笑んで見せるすみれ。さすがは先妻を追いやってバートン家を手中に置いた女だ。
「これがバートン家の実態よ。……どう?幻滅したかしら?」
「いえ、そんなことは」
(むしろ、面白いと思いますよ?)
だが、それを隠して俺は神妙になって答えて見せた。
「奥様も大変ですね」
「力になって欲しいって意味、分かるでしょう?」
「私なんかでお役に立てるのでしょうか?」
「パーティが終わった後、私の部屋に来てくださらない?お話、したいことがあるの」
(奥様直々のお誘いですか)
すみれは何か意味ありげに俺を誘った。その目は股間にいっている。
フェロモンたっぷりの視線を浴びて、俺の雄の部分が率直な反応を示している。
「わかった?……忘れちゃダメよ……」
返事を待たずにすみれは立ち去った。MS開発者の俺の意志など咀嚼しないってことだな。それにしてもあの喪服。着替えさせるのはもったいないぜ。
「また獣みたいな目で奥様を見てる」
アネットがすべてを見透かすような目で俺を見つめていた。
「だから、見てませんって」
「ふふ…。冗談よ。それにしても浅ましいわね」
「あの3姉妹のことだろう?」
「そうよ。エリアス様が亡くなって間もないのに、もう争いが始まっている」
「これだけの資産です。当然のことじゃないですか?」
「それもそうね」
そう言うと、アネットは俺にキーを寄こしてくれた。軽い感じで手渡す。
「これ、あなたにあげる」
「アネットさんの部屋のキーですか?これ?……もしかして、俺を誘っている?」
「残念でした。これはあなたの部屋のキー。これから忙しくなるからって奥様が手配してくださったの」
部屋番号が記されたキーだった。俺のような下っ端がいつも使用するようなビジネスホテルとは違い、ここは重厚な造りだ。
ジオニック社の中層は実はホテルになっていて、このコロニー一番の格式を誇るホテルであり、そのスイートルームはVIPクラスしか解放されていない。
「嬉しい?普通のシングルだけど、あなたの給料では泊まれそうにない部屋よ?」
「へえ…?」
「ドレッサーに着替えを用意しておいたから、あなたもそれに着替えてパーティ会場へ来て?」
「遅れるとまたパトリックさんにどやしつけられるわよ」
「それは勘弁って感じですね」
「そら、急いだ、急いだ!」
(全く…人間関係、グチャグチャの一族だな。だが、その方が俺には都合がいい)
用意された部屋とやらに向かうことにした。
それにしても、毎日のようにジオニック社に通って驚くが豪華な内装だと思う。
バートン家の本拠地だけあって、隅々まで豪華な調度品で埋めつくされているってわけだ。
庶民から吸い上げた金で作り上げた怪物の宮殿…。
建設業界にも顔が利いたエリアスのことだ。資材も相応のものを使っているに違いない。
廊下一つ取っても、異様に行き止まりが遥か遠くにあるように見える。
毛足の長い絨毯のおかげで足音一つ聴こえない。
がどうにも落ち着かないかな。
そう思ったら、そこにあのメイドのエミリが現れた。
どうやら俺に用があるらしい。
「あの…?」
「やあ、さっきのメイドのエミリちゃんだっけ」
「わたしの名前、覚えていただけたのですね」
「ああ。そう言えばまだ俺の名前、教えてなかったよね。俺の名前はエリオット・レム。よろしく」
「レム様…ですか?」
「そんな”様”付けしなくていいよ。俺も下っ端だし君も言い方は悪いけど下っ端。下っ端どうし仲良くやろう」
「それで、何か用があるのかな?」
「はい。ご主人様がエリオット様が使われる個室にご案内するようにと申し使っております。わたしに着いてきてください。その部屋にご案内します」
「助かるね」
そうやって俺は彼女の案内で、俺の個室に向かうことになった。
程なくたどり着く。この部屋がしばらくの俺の拠点となるわけだな。普通のシングルだが、それでも調度品は高級感がある。
「今夜のパーティの衣装はドレッサーの中に入っております。それから何か入用でしたら何なりと申しつけてくれとご主人様が」
「いい部屋だね」
「はい。割と一般的な部屋ですけど」
「でも、こんな広い部屋で満足に寝られるかな?」
「もう、エリオット様って子供みたいです」
「小さい頃の俺はね、臆病者で夜中に怖いって言いながら、よく母親と同じ布団で眠ったものさ」
「甘えん坊だったのですね…」
「内緒にしてくれよ」
それにしても、このメイドのエミリって子は可愛いどころでは済まないな。
全くどこの人間が開発したのか、メイド服っていうのは反則だ。女性を対等の性の対象にしてしまう。
清楚の象徴であるブラウス。極端に短いスカート。フリルの多いデザイン。
そのすべてがいかにも”ご主人様、私を食べて”と誘っているようにも見えてしまう。
しかも、身分というものも不思議で、メイドは使用人の女性で、俺は一応このジオニック社の正社員。この”正社員”と”使用人”という身分はどうにも心地が良すぎる。
さっきから彼女は熱を帯びた眼差しを向けているし、何だか俺も落ち着かない。
だが、彼女のメイド服で気になる点が一つある。
洒落た書体で『264』というバッジが左胸に輝いているのだ。一体、何の識別番号なのだろうか?
俺はそれが気になってしまったので、試しに気軽な感じで聞いてみた。
「その胸の『264』ってバッジ、何だい?」
「こ、これは……」
それを聞かれた瞬間、喜びに満ちていた表情が一気に曇った。
そして、彼女はとてもバツが悪そうに、だが答えてくれた。
「この番号は私のパーティ会場での番号です。パーティの後、わたしのことを気に入ってくださった方がこの番号を呼んで、そしてお客様のご機嫌を伺いに参るのです」
「何だって?」
「そして、パーティが終わったら、その後のお客様のお相手をして差し上げるのが義務になっております…」
程よく勘が良い俺にはそれが何なのか気付いた。
俺はその”接待”をこう表現してみる。
「それって…つまり…客の夜の相手をさせられるってこと…?」
だが、それに対してエミリは今にも泣きそうな顔を浮かべているのだ。
「そんなに…はっきりと仰らないでください…」
これって人身御供(ひとみごくう)ではないか!そんな売春まがいのことをメイドにさせるなんて!
一体誰がこんな売春婦まがいのことをさせるんだ?
その問いにエミリが答えてくれた。
「レティス様です。レティス様はあなたには素質があるからきっとうまく仕事が出来るって仰ってました。それにこの仕事はいいお金になるからって」
「だからって、そんな体を…差し出すなんて」
「でも、でも!私の母親の治療費を稼がないといけないんです。それに…ここを追いだされたらどこで生きていけばいいのか…」
「……。わかった。俺はもう何も言わない。君の好きなようにしてくれ。…ただ、どうしても今夜、君の初めてを捧げられない時は俺に頼ってもらっていいから」
「ありがとうございます。やっぱり、わたしが思った通りの方で良かった…」
「何が…?」
「とても優しくて頼りになる方…」
「その第一印象の通りならいいけどね。俺も」
「じゃあ…わたしはお先にパーティ会場へ行かないといけませんので、これで」
先程までの憂鬱さはどこへ行ってしまったのだか。
これから、穢れた精液を溜めに溜めた薄汚れた老人共に生贄にされるはずなのに、まるであれではピクニック気分だな。
そんな呆れた心配をよそに、俺もパーティ用の礼服に身を包み、そして欲望渦巻くパーティへと向かった。