機動戦士ガンダム MSV エリオット・レムの記憶 作:翔田美琴
さて…次はすみれ奥様が相手か。
成熟したフェロモンが扉越しまで匂ってくるみたいに感じる。
そう言えば…こんな古臭い言葉が浮かんできた。『孤閨(こけい)』。
長い間、妻一人が夫のいない間一人で暮らす部屋という意味だ。
転じて、それは夫を失い悲しみに暮れながらも一人、熟れた身体を持て余す未亡人とも呼べるかも知れない。
すみれはしたたかな女だ。間違いない。くれぐれも術中に填まらないように用心してかかろう。
インターホンを押しながら考えることは、せいぜいあの妖しい色香に惑わされないように用心しようという考えだった。
「エリオット・レムです」
「どうぞ。鍵は開いているわ」
「失礼いたします」
ドアを開くと彼女がただ一人、部屋に佇んでいるのが見えた。
「遅かったのね」
「お待たせして申し訳ありません。こちらもゴタゴタしておりまして…」
「色々あるってこと?若いっていいわね」
「早速ですが……ご用件を伺いましょう」
「あなた、うちの娘達をどう思う?」
「皆さん、お綺麗かと思いますが…」
(とは言え、一言で表すなら、冷感女に、タカビー、まともなのは末娘だけ…。これが答えだな)
まともなことを言うと間違いなくひんしゅく買いそうな一言だが、それを彼女も感じていたらしい。彼女も口元を歪めてこう答えてくれた。
「可愛い顔して一癖ある娘ばかり。母親として頭が痛いわ」
(だろうね)
俺は心の中でそう答えたものだ。実際、アネットとの間にあんなシオンはともかく、レティスやスカーレットが娘として生まれると思うと俺も頭が痛い。
頭が痛いどころの騒ぎではない。父親として俺は首を掻っ切るかも知れないな。
「それであなたに相談があるの。聞いてくれるかしら?」
「私に出来ることであるなら」
彼女はヴェネチアングラスに入っているデカンダを目で示してくれた。毒々しい真っ赤な液体が入っている。
「ワイン、飲むでしょう?」
「いえ。今は勤務中なので」
「安心して。今はプライベートな時間よ?」
「そうですね。でも、私はワインは飲めないのですよ」
「あら、そう。美味しいワインなんだけど、仕方ないわね」
もちろんワインは飲めないわけではない。少なからず普通のワインなら飲んだかも知れない。全く普通の酒場のワインなら。
だが、それよりも彼女の妖しい微笑の奥に潜む得も知れない…”罠”のようなものに対してへの不安が俺にブレーキを踏ませる。
「せっかく奥様に勧めていただいておりながら申し訳ありません」
「気にしないで頂戴。それより本題に入らせてもらうわ」
真正面から向かい合うと恐ろしく美しい微笑が俺の目に入ってくる。同時に豊かな肢体も目に痛いくらいに。思わず目を背けてしまう俺がいた。
「それで、本題というのは何でしょうか?」
若干の間……重い沈黙が流れる…。そして衝撃的な”依頼”が舞いこんだ。
「うちの三人の娘を……犯して頂戴…」
思わず目を見開く俺。いきなりの言葉の爆弾を俺に投げつけてきた…!
(犯せって…!)
思わず立ちつくしてしまう…。義理とは言え自分の娘をレイプしろなんてと言う母親がいるのだろうか…?
言葉を呑み込んでしまう…。
「勘違いしないで」
「レティス、スカーレット、シオンに女の幸せを教えてあげて欲しいのよ?」
「女の幸せ…」
それが”性の悦び”というならシオンはともかく、上の二人は充分にご存知だろう。今更俺がそこでしゃしゃり出る問題ではない。
「バートン家の人間は皆、想像を絶するプレッシャーと戦っているわ。お金と権力に群がる様々な人達を相手にしなくちゃならないんですもの。常に気を張っている必要があるわ。でもそうしている間に女としての心の潤いを失くしてしまうの。わかるでしょう?」
「今はいいわ。でも歳を取っていったらあの子たちはどうなってしまうのかしら?干からびた氷の心を持つロボットみたいになってしまうかも知れない。それを思うと何とかしてあげなきゃってするのが母親の務めかも知れないって」
上の空で話を聞いている俺。まさに心ここにあらずという感じだ。ただ魅惑的な白磁のようなふくらみに顔をうずめることが出来たらどんなに天国だろうかとも思っていた。
「引き受けてくれるわよね?」
彼女の言葉でハッと我に返る。
「あなたならきっとあの娘たちに女らしい心を取り戻してくれるわ」
(随分と買いかぶられたものだな)
俺は咳払いして背筋を伸ばして改めて聞いてみた。
「さきほど、奥様はこれはプライベートの時間だと仰いました。ということはこれも、プライベートな依頼ということでよろしのでしょうか?」
「もちろんよ。こんなことお仕事で頼めるわけがないじゃない?」
「業務命令というわけではないなら、真意のほどをお聞かせください」
「だから理由は…」
「要するに俺に何をさせたいのですか?」
俺は不敵に笑って見せてやった。そして今まで集めた情報をここで整理してみる。
「エリアス・バートン様が亡くなり、このバートン家が随分と揉めていると聞きました」
「遺産については、ウォルター弁護士がきちんと処理してくれているわ。もめ事なんて」
「でも、裏金は違う。表向きは存在しないことになっている金なのだから、遺言状に残すわけにはいかない。違いますか?」
「娘さんたちからすれば、あなたは彼女達の母親に取って替わった泥棒猫に過ぎない。横合いから出て来てエリアス様の遺産を奪う泥棒猫に…ね」
すみれは感心したように呟いた。
「あなた……意外に抜け目がないのね…?」
「そうでなければ…MS開発者は…チーフは務まりませんから」
すみれがすり寄ってきた。軽い衣擦れの音が聞こえる。
「でもそんな男の方がパートナーとしてずっと頼りになる…!正直に言うわ。あの子たちを骨抜きにしてあなたの言うことなら何でも聞くようにしてやって頂戴?それを使ってね…!」
部屋の中にあるビリヤード台で遊びだす彼女は、そう言って、ビリヤードの玉を打った。俺の股間にそれが当たるよう的を絞って打つ。
甲高いビリヤードの玉同士が弾ける音が響いた。声高に。
「なるほど…」
それは、なかなか面白い”依頼”だとは思った。
あの鉄壁の3姉妹を徹底的に自分という”男”に夢中にさせろと言うなら、俺は。
「いいでしょう…。どこまでやれるかわかりませんが、その”依頼”……いや”商談”は引き受けさせていただきます」
「話がわかる男で良かったわ」
「それはどうも」
そして、ここから本格的な任務の開始がされる。
俺達の淫らな謀略が、始まった…。