機動戦士ガンダム MSV エリオット・レムの記憶 作:翔田美琴
「会場にお集まりの紳士淑女の皆さま、ようこそ『クラウンベトーネ劇場』へ。では、これより今宵のメインイベントを始めたいと思います」
「やっと始まるのね。待ちくたびれたわ」
「ここにいる皆さまの内のたった一人の方に”永遠の命”を授けましょう。しかし、皆さまにはある”ゲーム”に参加していただこうと思います」
「ゲーム?」
「そう、永遠の命を賭けたゲーム。皆さまに賭けて貰うものは己の生命です。つまり命を賭けたゲームを全てクリアした、たった一名の方に”永遠の命”を、その他の皆さまには己の命を賭けていただきましょう」
「何ですって…!?」
会場はにわかに騒然としてきた。
それはそうだろうな。”永遠の命”をもらうなら、己の命を賭けろというのは当然の対価だろう。
生き抜いた者には命を、生き抜けなかった者には死を、簡単なルールのゲームだ。
だが、何も知らない者達は、その命懸けのゲームに参加するという言葉に反発している。
だが、舞台にいる司会者は意に介していない様子で”当然”とばかりに言葉を続ける。
「それはそうでしょう。この世の奇跡を手に入れようという皆さまです。なら、対価として当然、命を賭けて貰いませんと割が合わないでしょう?」
傍らにいるジェニファーは私に振り向く。彼女としては少し怯えた目で声を掛けた。
「お父さん。これは…!?」
「だろうと思ったよ。ジェニファー。”永遠の命”を手にするなら、これくらい危険なゲームであることは覚悟していたさ」
「今更、逃げられるとは思えない。何としても突破するしかないだろうな。怖いか?」
「ううん。怖くないよ。お父さんと一緒なら」
「そうか。本番はこれからだ」
「いくら永遠の命を貰えるからといって自分の命を賭けられるか!」
「私は帰るわ!」
騒然としているオペラ劇場の出口に人々が殺到している。だが、通路の底が抜けて、人々の悲痛な叫びと共に地獄に叩き落とされた。
その場に残った者は覚悟を決めている様子で静かに座席にいる。
そうして、命を賭けたゲームが始まる。
「それでは、いきましょう。謎ナンバー001番。皆さま、周りをよくご覧ください。この中で最も古いもの下に集まってください。なおこの問題には制限時間がございます。この音楽が鳴りやむまで問題の答えの場所に集合してください。ぐずぐずしている時間はありませんよ」
そうして、静かなオルゴールの曲が鳴り出した。
そうして、ゲームが始まった。
実はこのオペラ劇場は、様々なものが展示された博物館のような雰囲気のオペラ劇場である。
魚の化石、恐竜の化石、美しい宝石細工、周りを見ればどれもこれも、答えには見える。
とりあえずまずはこの劇場の造りを見る為にホールから出て、劇場の中を歩いた。
その道すがら、私はそもそもの依頼人に出会った。
「エリオット・レムさん」
「君は……ジャニス・イアン。元ジオニック社第2経理部の秘書だったよな」
「はい。今は夢が叶ってオペラ女優になれましたけど」
「すみませんでした。こんな騒動に巻き込んでしまって」
「いや、別にいいよ。私も前々から気になっていたことだし。困っている女性がいたら、助けるのが紳士というものだろう?」
ジャニスと語らっている間、ジェニファーは周りを見渡して答えを探している様子だった。
「お父さん。ここにある展示品、どれもこれも古いものだから答えになりそうなものが沢山あるね。とても制限時間以内に全ての年代を調べるのは無理だよ」
「……そういうことか。なら、ホールに戻ろう」
「え…?」
「答えは出ているんだよ。ジェニファー」
私達はそのまま元居たホールへと帰ってきた。その場にいる者は皆、落ち着いた様子で座席に座っていたり、それぞれオルゴールの音楽が鳴りやむのを待っている様子だ。
夜空を見上げると三日月が輝いている。
ジェニファーはまだ答えがわからないらしい。ずっと疑問に満ちた目を私に向けていた。
「答えの場所ってここ?」
「ああ。夜空を見上げてごらん?」
「綺麗な三日月だね」
「あれが答えだよ。問題の答えのヒントは謎ナンバー001の中に潜んでいたんだ。思いだしてごらん?問題を出した者は”周りをご覧ください”とは言ってくれたもの、”この劇場の中で”という言葉を使わないで、”この中で”という言葉を使った」
「そうだね」
「つまりは劇場の中にあるものじゃない。ここから見える最も古いものが見える場所に集合することが答えだ」
「最も古いのは、あの幾億年の昔から輝く夜空の星たち。だから、それが見える場所……すなわちこのホールなんだ」
そうして私が問題の答えを語っている間に、オルゴールの曲も鳴り終わった。
微かなオルゴール独特の曲が終わる余韻が品を感じさせる。
「時間切れです。謎ナンバー001番の答えは、何億年もの昔から燦然と輝きを放ち続ける夜空の星たち。このホールにいる方は見事に次のゲームに進む権利が与えられました」
「では次。謎ナンバー002番。皆さま、周りをご覧ください。最も大きな王冠が見える場所に集合してください」
「最も大きな王冠?」
「しかし、この劇場の中には無数の王冠のオブジェクトがある。いちいちサイズを測っている時間はないわね」
「この出題者は何かと人を集めたがる傾向にありますな」
「ねえ?お父さん。あの入り口の王冠も結構な大きさだったよ?」
「あのエントランスホールの王冠か?」
確かにエントランスホールの王冠は、大きさが桁違いだった。恐らくはこの劇場の中では最も大きな王冠と言える。
だが、妙に引っかかる。そんな問題をわざわざ出す奴がいるのか?皆も一目瞭然でわかる問題の答えだ。そう言えばこの劇場の外観をよく思い出して見れば、”王冠”に見えなくもない。
「ジェニファー。ここの劇場の名前は?」
「『クラウンベトーネ劇場』だよね」
「よし。とりあえずここからは去ろう」
「エントランスホールに行くのね」
「……まあ、な」
そう言いながら、私はそれとは逆の場所へ向かった。海が見えるバルコニーだ。
恐らくこの答えは……。
絢爛豪華な内装の劇場は全部、品格が高いレッドカーペットが敷かれている廊下だった。調度品も贅沢この上ない。
私はその長い廊下をジャニスとジェニファーを連れ歩いた。
ジェニファーは心配そうな言葉を呟いて私に話しかける。
「もう、みんなはエントランスホールへ向かったのかしら?」
「でも、この道はエントランスホールとは真逆の方向ですよ?」
「お父さん。ここで探検している時間は…」
「いや。こっちでいいんだよ。ジェニファー」
「え?」
「エントランスホールの王冠は囮。最も大きな王冠は別の場所にある」
「どういう意味?」
「順を追って説明すると、まず第1問目では皆を集合させる答えを出題者は求めた。そこで第2問目でも同じパターンの問題が来たと思わせたんだ。だが、答えは違う。これはある意味、逆転の発想だね」
「逆転の発想」
「そもそも、私達が何の為にこのゲームをしているんだ?」
「永遠の命を賭けたゲーム」
「そう。たった一人しか手に入らない”永遠の命”なのに、何故挑戦者をわざわざ生き残らせる必要がある?命を賭けたゲームにあんな”囮”を使った答えが出る訳ないさ」
「それよりももっと恐ろしい答えがある」
「恐ろしい”答え”…」
「ああ…」
そうして、海上のバルコニーへ足を向けると、第2問目の答えがわかった人物たちは、この劇場から去ろうと吊るされたボートを下ろしている光景が目に見えた。
ボートは二隻。ここにいる人間は私達を含めて12人程か。皆で協力してボートを海へ下ろそうとしている。
「大丈夫ですか?気を付けて」
「手慣れていますな」
「私はこれでも昔は船乗りでしてね、こういう作業は毎日のようにしていたのでお手の物ですよ」
初老のまるで冒険者みたいな男性は手慣れた手つきで、ボートを下へ下ろす作業をする。
ハンドルで回して、上の方に吊るされたボートを少しずつ下へ、海へ下ろしていった。
こちらも手伝った方がいいかな。
「私もお手伝いしますよ」
「てっきり、囮のエントランスホールへ行ったのかと思ってましたが、途中で気付いたのですか?」
「ええ。どうも、あからさまな答えだと思って、こちらに来ましたけど、思った通りだった」
「急ぎましょう」
ここに居合わせたジェニファーと同い年くらいの女の子は一人呟いた。そんなこともわからないのかとため息混じりで馬鹿にするように。
「この劇場は『クラウンベトーネ劇場』。あなたが呟いた言葉でしょうが」
「??」
「あ~あ。また、ライバルが増えちまったな。しかも、一人は異様に頭が切れると見える」
「仕方ないもの。あのモビルスーツの開発者の始祖が相手ですもの。あれくらい頭が切れる人間でなかったら宇宙世紀もおしまいだわ」
まるでセレブのような美しいドレスの女性は腕を組み、瞳を閉じて、微笑を浮かべた。
横には伝説の左足と呼ばれた男性がハンドルを回しながら、ぼやく。
「もう少し…。焦らないで下ろしましょう。私達の足となるボートを壊すわけにはいきませんから」
「ええ…」
そこで、ジャニス・イアンはあの不思議な少女に出会った。彼女に”自分は永遠の命をもらって生き返った”と言った少女が、ジャニスに恨めしそうな言葉を掛ける。
「何で……エリオット・レムを呼んだの……?あの人を勝たせてはダメ!あたしたちの願いを邪魔する男を何で呼んだの?忘れたの…?ジャニス…?あたしたちの願いを今度こそ叶えるんだから…!」
「ミレーヌちゃん……」
ボートが海へ下りたところで、皆は急いだ様子でそのボートに乗る。
そして沖合に向かって船を漕ぎ出した。このボートにはジャニス・イアン、ジェニファー、それから今回の新作オペラを書き下ろした音楽家に、初老の考古学者、あの不思議な少女に、ジェニファーと同い年くらいの遥かに頭が切れる少女と私が乗っている。
2隻目には多額の金を払って新作オペラ、もといこのゲームに己の欲望のままに参加した面々が乗っていた。
「このボートに乗っているのは、このメンツか。ふふっ。楽勝だな」
「それはどうかしら?あまり……周囲の人間を舐めない方がよろしくってよ……。このゲームに勝ち残って、永遠の命と美貌をわたくしの手に…」
「どこかで見かけたことがあるって思ったら、ゴシップ誌で紙面を騒がせるセレブ、ロジャース卿の未亡人……ジュリア婦人ではなくて?」
「あなたは確か、売れっ子ミステリー作家のアシュリー・ワグナー?」
「ええ。そうよ?ちなみに私の目の前に座る舐めた口をきいた中年は某貿易会社ワールドオーシャンズの社長、ギルバート・シュタイナー」
「フン!」
「それから、その隣にいるのが、かつて”伝説の左足”とまで謳われた伝説のサッカー選手の…」
「ルイス・ヴィンセント…か!」
「その名もえらく落ちたけどね」
ルイスはそう自嘲的に呟くと、ズボンの下の左足を見せる。その左足は目にも無残に病気を患って大きな腫瘍が出来てしまっている。
「俺は何としても…永遠の命が必要なんだ……!この病気を治すためにも!」
ジェニファーは目の前で私と一緒に船を漕ぐ初老の考古学者に質問を投げかける。
「あの……どこに向かうのですか?」
「最も大きな王冠を見るためにだよ」
「ジェニファー?ここからなら見えるから試しにオペラ劇場があった方向へ顔を向けてごらん?」
「あ…!?オペラ劇場が、王冠の形をしている…!」
「あれが最も大きな王冠という意味だよ。つまりは……」
「ボートの上の皆さま……見事第2問、正解です。しばらくはこのまま船旅をお楽しみください」
「なお、この劇場は爆破させていただきます。皆さまがもうあの劇場に戻ることはできません」
すると突如として、ボートからエンジンが飛び出し、全自動でエンジンがかかるとそのまま加速をして、私達を乗せたまま動き出した。
その直後、『クラウンベトーネ劇場』は跡形もなく爆破された。恐ろしいまでの爆発の余波がボートに乗る私達にまで襲い掛かる。紅蓮の炎に包まれあのオペラ座の夜の劇場が、何もかも炎に包まれ、燃え尽きていく……。
しばらくの間はこのまま船旅かな。もう後戻りはできない。
こちらのボートでは考古学者の男性が、まだうら若い少女に話しかけている。
「そう言えば、あなたは……」
「アメリアでいいわ」
「アメリアさんはどうやってあのオペラのチケットを予約出来たのですかな。あのチケットの代金はそうそう若い人には払えない法外な値段だと思ったが」
「アメリアさんはチケットを予約したのではないのです。主催者から招待されたのです」
「アメリアさんは十代にしてチェスの英国選手権優勝の経歴があります。私は娘のミレーヌにこの新作オペラを捧げるつもりで書き下ろした。だから、ミレーヌのように若く美しい才能あふれる女性に聞いて欲しくて、ロンドンタイムスなどを参考にして招き寄せたのです」
「しかし……まさか、あなたまで招かれていたとは思っていませんでしたな。エリオット・レム」
「私もまさか新作オペラの招待状が来た時はさすがに驚きました」
だが、私がここに導かれた理由はかなり後になってようやく知ることになるのをこの時点ではまだ知らない私がいた。