機動戦士ガンダム MSV エリオット・レムの記憶 作:翔田美琴
宇宙世紀0081年。10月31日。
また来たか。
毎年恒例のハロウィンの季節。
一年戦争中は、そんなことを気にしている余裕なんてなかったが、今は戦争も終わり、連邦技術本部付き士官となった私には、家族のための時間はある。
今は地球に住んでいる。場所はイギリスのある住宅街。
このハロウィンの季節になると、私は少し憂鬱になる。
娘のジェニファーの仮装パーティに必ずと言っていいほど巻き込まれるのだ。
その度、まことに変なコスプレ…もとい仮装される身にもなって欲しい。
毎年、シーツのお化けやら、ドラキュラになる私を想像してみれば、あまりに滑稽だろう?
日付は10月31日。つまり今日がそのハロウィン。
街の子供たちの間では、このハロウィンが近づくと楽しみという子が多い。それは娘のジェニファーにも言えることで…。
我が家・レム家でも数日前から、そのハロウィンに向けて準備を整えているわけで。
別に嫌な季節ではないが、今年はどんなコスプレをさせられるのかと思うと、憂鬱な気分だ。
でも、今年のハロウィンは何だか変なハロウィンだった。
それは、朝。
私はサイクリングを兼ねて街へ出た時のこと。
我が家の隣家であるバートン家の奥様に会った。
「エリオットさん。おはようございます~」
「おはようございます。どうしたのですか?」
「あの~、折り入って、お隣さんであるエリオットさんにお願いしたいことが」
「はあ…?」
「今日、主人の同僚が急用で日帰り出張を言い渡されたらしいのですよ。でも、バートン家の方は今日は私も主人も、会社の接待があって、どうしても今日は無理なんですよね」
「一体、何の用ですか?」
「ベビーシッターらしいです」
「ベビーシッター?」
「とは言っても、5歳くらいの女の子らしいんですけど」
「あの、その女の子『らしい』というのはどういう意味なんです?」
「主人も会ったことないので、はっきりとわからないようなんですよね」
「うーん…。ちょっと、妻に相談していいですか?」
「はい。その出張を言い渡された方は、午後13時頃に来るらしいです」
「午後の13時ですね」
私は一度、家に戻った。
ちなみに今日は土曜日。ただし、娘のジェニファーはまだ学校に行っている。
「アネット?」
「あなた?どうしたの?」
「お隣のバートン家の奥さんから、ベビーシッターの依頼があったよ」
「ベビーシッター?」
「しかも、どうも、預かる子は、妙に情報が少ない」
「男の子?女の子?」
「女の子らしい。5歳くらいの女の子」
「ふーん。ジェニファーから話は聞いた?今夜、ハロウィンパーティを開きたいって言っているわよ」
「丁度いいか。その子もパーティに招くか?」
「いいんじゃない?パーティは数が多い方が盛り上げるわ」
「…それにしても、いつの間にこんな飾りしたんだ?」
我が家の家の中はいつの間にやらハロウィン一色だった。
旧世紀のディズニー映画・ナイトメアー・ビフォア・クリスマスのジャック・ザ・ハロウィンよろしく、かぼちゃのオブジェやら、かぼちゃのランプやらが飾ってあった。
「あら?最近、気軽に買えるようになったのよ?こういうの」
「へえ…?」
「ベビーシッターの話、どうするの?」
「君がいいなら、私も構わないが?」
「別にいいわよ?あの子も喜ぶわ」
「じゃあ、お隣に行ってくる」
ということで、隣家のバートン家に向かった。
バートン家の人達とは、近所付き合いがあるので、結構、交流はある。実際、アネットとバートン家の奥さんである、ノイズさんとは仲が良い。
チャイムを鳴らした。
すると、そのノイズさんが出迎えてくれた。
「エリオットさん」
「どうも。先ほどのベビーシッターの件で来たんですけど」
「どうでした?」
「いいですよ。引き受けても。今夜、我が家ではハロウィンパーティをやるんで、丁度いいかな…と」
「ありがとうございます。それじゃ、そのベビーシッターを頼んだ本人にもスマホで伝えておきます」
「ええ。頼みます」
「バートン家も大変ですな…」
「そうですね。今夜は会社でパーティなので…」
「うちの娘も喜ぶと思います。かくいう私も助かりました。毎年、この季節になると、私も仮装させられるので」
「エリオットさんが仮装?意外ですね」
「恥ずかしくて見せられないですよ」
「でも、平和そうでいいですね」
平和…か。確かにそうかもしれない。
数年前から戦争のことで頭がいっぱいだった私には、家族にも戦争に参加していることも話していた。
私は元々、ジオン公国軍の技術士官だった。
しかし、ジオン公国は一年戦争を敗北し、私はその後もサイド3へ残留を希望していたが、度重なる連邦軍の依頼で、連邦軍技術本部付き士官になったのだ。
今はとりあえず、平和だった。
水面下では平和とは言えなかったが、大きな戦乱もなく、少なくともこうやって普通にハロウィンを楽しめるのだから、平和といえるだろう。
お隣のノイズさんと打ち合わせをして、そしてまた、我が家に戻った。
アネットに午後13時頃に、そのベビーシッターの依頼者が来ることも伝えた私は、今日は土曜日ということで、モーニングコーヒーを飲んだ。
「ベビーシッターの依頼者の名前は聞いてきた?」
「ああ。屋代(やしろ)さんというらしい」
「日本人?」
「らしいな」
遅めの朝食を食べながら、噂する。
今日の朝食にも、かぼちゃが使用されていた。
何だか、今日はかぼちゃまみれになりそうだ…。
かぼちゃのサラダにスープに…。とことんハロウィン一色。このままだと、ランチもディナーもかぼちゃだらけになるんじゃないか…?
ちなみに、テレビもハロウィン一色だった。
「あなた?」
「ん?」
「今夜の仮装、何にするか、決めた?」
「う…。や、やっぱり、俺もするのが?」
「ジェニファーの為にやってあげなさいよ?あの子、何だかんだで、あなたの仮装を楽しみにしているのよ?」
「でもなー、そろそろネタが尽きてきたぞ?去年はドラキュラの仮装だったし、その前はシーツのお化け。なら、何の仮装がいいんだ?」
「どうせなら、ジオンの制服でも着たら?あの格好、まさにそれこそ仮装パーティ状態だったわよ?」
「あれか…」
ジオン公国軍の中佐待遇の制服。
まだ、私のクローゼットの中に入っている。
どうしても、あの服は捨てられないものだった。
それは、私にとっては、あの国は転機の国だったし、娘が生まれたのもジオンに移住してから。
特別な感慨があった。
あの国で私の人生も変わった。
この世界の運命も変わった。
私はその“運命の始まり”と呼べる人間かもしれない。
まあ、その話は長くなるからいずれ話すとして、私は朝食を食べ終わると、自分の部屋にあるクローゼットを覗きに行った。
奥の方に、ほこりが被らないように、クリーニングに出してそのままの状態で保存してある。
何だか懐かしいな。
思わず、羽織りたくなった。
あの頃、毎日着ていた、ジオンの軍服。
そのまま、ワイシャツの上から、着替えてみた。
どうやら、あの頃から体形は維持出来ているらしい。
身体にフィットして寸分違わず着れた。
今だから言えるが、確かに仮装パーティにそのまま出れる状態だな…確かに。
中佐待遇の軍服は、派手だった。ちなみにマントの丈も私のは長い。腰まである黒い表地に裏地は赤のマント。
今年は思い切って、これにでもするか…?
ドラキュラの格好におあつらえ向きの軍服だった。
またその制服を脱いだ私は、ハンガーにかけて、今夜はそれを着ようと思って、部屋から出た。
昼12時。学校からそのハロウィンを楽しみにしている、娘・ジェニファーが帰宅してきた。
「ただいまー!」
「おかえり。ジェニファー」
「パパ!あのねー?」
「ん?」
「今夜のハロウィンのことだけど、学校で面白い企画があがったんだよー?」
「どんなのだい?」
「今年は一回、家族でハロウィンパーティをして、その報告した後、後でもう一回、みんなで一緒にハロウィンパーティをするんだって!」
「へえ…?変わった趣向だな?」
確かにそれは変わった趣向だった。
昨年は周りの、つまり近所同士が集まって我が家でパーティをしたが、あの時は本当に恥ずかしかった。
柄にもなくドラキュラにコスプレした私は、どうも調子に乗ってしまったようで、後から恥ずかしい気持ちになった。
どうやら、そのコスプレというのが、自分には面白いと感じるのだろうな…。
「ジェニファー?」
「なに?ママ?」
「今年は3人だけじゃないわよ~?」
「どういう意味?」
「後、一時間程で客人が来るのさ」
「お客さん?」
「何でも5歳くらいの女の子が来るんだってさ」
「わーっ!いいな!その子と一緒にハロウィンパーティをするんだね?」
「そうだな」
すると、その時、アネットのスマホが着信メロディを奏でた。
「ん?」
「もしもし?」アネットは電話に出る。
『すいません。お隣のノイズです』
「ノイズ」
『さっきは旦那さんに頼んでごめんなさいね』
「いいのよ?どうしたの?」
『例のベビーシッターの件で電話したんだけど、詳しい情報が来たから』
「5歳くらいの女の子って聞いたけど?」
『そうなのよ。依頼人の屋代さんについても情報があるわ』
「その屋代さんってどんな方?」
『今時珍しい日本人系の方なんだけど…』
「だけど?」
『どうも怪しいのよね。その娘さんというのが』
「怪しい?」
『なんて言ったらいいのかしら?あえて言うなら、普通じゃないって感じ』
「普通じゃない?」
おいおい。随分とまた、怪しい展開になってきたぞ。
思わず聞き耳を立てるジェニファーと私。
『それこそ、エリオットさんからは、マジかって声が聴こえそう』
「ああ。大丈夫よ。意外とあれで刺激には慣れているから」
『でも、本当にマジかって感じだから』
「本当?」
『なんか聞いたところによると…人形って噂よ?』
「に、人形?!」
マジか!?って本当に叫びそうだった。
ますます怪しい。何なんだ?今回のベビーシッターの件は?
『一瞬、エリオットさんから、マジかって声が聴こえてきそうだと思ったわ』
アネットはそういう私の顔を見つめる。
「本当。そういう声を今にも出しそうだわ」
『何だか頼んで良かったのかしら?』
「今更、後には引けないじゃない?何とかしてみるわ」
『本当。ごめんなさいね。この件が終わったら、挨拶にうかがうわ』
「頼むわ。もうじき来る時間ね?じゃあ…」
彼女が電話を切った。
「引き受けて良かったのかな…?」
「何とかなるわよ。たぶん」
そうして、午後13時。約束の時間になった。
その屋代さんは、時間ぴったりに来た。
家のチャイムが鳴る。
「来たわね」
「私が出るよ」
…そこにいたのは確かに日本人系の男性だった。
しばらく無言…。思わず扉を閉めたくなったのは言うまでもない。
これが真夜中の訪問者だったら、十中八九、通報されること請け合いだ。
怪しいぞ。確かに。
やがて、その男性が口を開く。まさに機械的な口調で。変にかしこまって。人のこと言えないけど。
「こんにちは。あなたが今晩お世話になるレムさんですか?」
「ええ」
「私、屋代という者で、今晩は娘がお世話になると聞いて、大変ありがたく思っています」
「いや。いいですよ。今晩、我が家でハロウィンパーティをするんで、人数が多ければ賑やかになりますし」
「それで、その娘さんは?」
私は質問する。何せその人は一人だったから。
「これは失礼した。モニカ!来なさい。…って照れているようだ。連れて来よう」
そうやって連れてこられたのは、5歳くらいの、愛くるしい…女の子…ではなかった。
それに対して、さすがのアネットもびっくりしている。
というか、本当にびっくりしたのは私だが。
シリコン製だろうか?…まさにそれこそマジか状態。
そう。私の手元にあったのは、まさに何の比喩もない。
精巧な作りの人形だった。
赤い髪のロングヘアーに、これは瑠璃色というのか、鮮やかな青い瞳が特徴的。身体の作りはまさに、どこからどう見ても『人形』だった。
「……本当に、娘さんですか…?」
アネットは言葉を絞り出す。
だが、この屋代さんはさも当然とばかり応えたよ。
「ああ。そうだが。何か問題でも?」
その静かな迫力に気おされたのは言うまでもない。
呆然と立ち尽くす私達夫婦に、彼は頼みたいことをメモしてきたと言い、そのメモ用紙を彼女に渡した。
「ここにして欲しいことやお願いごとを書いてきた」
そして、その人形に「いい子にしているんだよ」って言って屋代さんは、静かにその場から去っていった。
後に残されたのは呆然と立ち尽くす私達。
すると、ジェニファーは、ずっと気になっていたことを口走った。
「何!あの人!?お人形を娘と言って去っていったよ!パパ!」
「パパだって聞きたいくらいだ!何なんだ?あいつ?」
この状況、ジオンで技術者している時より、刺激が凄いかも知れない…。
アネットは、メモ用紙見つつ、状況を整理しようとしていた。彼女も動揺が抑えられない。顔が引きつっている。
「モニカにして欲しいこと。させてあげたいこと…」
『体が汚れたらお風呂に入れてあげてください。服の着替えは持たせてあります』
「着替え?受け取ったか?」
「ちょ…ちょっと、あなたの足元!」
「って何?!」
いつの間にやら人形用のトランクが、私の足元にあったのだから、肝が潰れるほど驚いたよ。
チェックしてみるつもりなどなかったが、一応確認だけはした。一揃いの衣類があった。もちろん、人形用のだ。
頭がクラクラしてきた。
ジオン公国軍の時よりも、この目の前の刺激の方が強い。
はっきし言えば、私は魔法の類は信じていない。
技術者がそんな非科学的なこと信じると思うか?
でも、現実にそんな非科学的なことが起きているし、意外と私はこれでも繊細な方だ。
アネットはメモ用紙の続きを読む。
『お手伝いできることがあれば、させてやってください。娘の有意義な時間を過ごさせていただきますようお願い申し上げます』
「ねえ?この子も魔法でこうなったのかな?」
娘が夢みたいなことを言う。
確かにそう言われないと、私も納得がいかないが…。
ジェニファーの夢をぶち壊しにするわけにもいかない私は、アネットに流した。
「どうなんだ?」
「ま…まあ…確かにそう言われれば…そうかもね」
「それにしてもきれいなお人形さんだねー?」
「確かに」
今はダイニングルームのテーブルの上にその人形が乗っている。
まさか、動きだしたりしない…よな…。
私は薄ら寒い想像をする。
自分でも非科学的な想像が働いている。
そりゃあ…ないだろう…。
無理矢理、そう思ったが、どうも今日がハロウィンということで、何だかそういうことも起きそうだと思う。
で、我が家の女性陣は、そのお人形に早速、着せ替えなどをしている。
切り替え、早過ぎるんじゃないか?
さすがについていけない私は、ソファにどっかり座って、傍観者を決め込んだ。
こういうところが昔から変わっていない。
徹底的に傍観者を決め込むところとか…。
「夕食のおかず、買い物に行きましょうか?」
「うん!後、今日のハロウィンパーティのための飾りも買いたいなー?」
「そうしましょうか?」
「パパは?」
「今日はパス。何か、どうにでもしてくれって気分」
投げやりに応えた。
いや、本当にそういう気分だよ。
例えじゃなくて、本当にめまいがする。
ここは女性陣に任せよう。
ジェニファーとアネットは、買い物支度を整えると、そのモニカという名の少女…もとい人形を連れて、買い物に出かけていった。
後に取り残された私は…まだ、めまいがしていた。
しっかりしろ。この程度で、めまいをしてどうする?
ジオン公国軍で散々、めまいがすることは経験してきただろう?
でも、あの時はかなり突っ張っていたからな。
平和が訪れるのはいいが、自分の精神状態はまだ、平和には完全に慣れていない状態だった。
その後三十分はめまいと戦った私は、ソファに倒れ込むようにして、窓から見える空を見上げた。
(ハロウィン…か)
三十分後、ジェニファーとアネット、そして例の人形も一緒に帰宅してきた。
何やらいろいろ買ってきたようだ。
どうやら、この家をとことんハロウィン一色にするらしい。
アネットはスーパーの袋からかぼちゃを出す。大きいのから小さいのまで4つくらい。
その横には果物ナイフ。
それでかぼちゃのランタンでも作るらしい。
後はジャック・ザ・ハロウィンの飾りなどを買ってきたようだった。
後はコスプレ用の衣装。
昔からジェニファーは魔女の仮装が大好きだった。
今年も魔女に仮装するのだろう。
かと思えば、大人用の魔女の衣装まで。
思わず訊いた。
「何だ?アネット?君も今年は魔女へ仮装か?」
「最近、安い値段で衣装とか買えるようになったのよ?」
「ふーん」
「今夜はかぼちゃのランタンで灯りをともして、くりぬいたその実でスープとサラダとクッキーとケーキね」
「全部、かぼちゃか。かぼちゃまみれだな」
「かぼちゃは栄養にもいいのよ?」
「わかったよ。何も言わない」
「パパは何に仮装するの?」
「ジェニファーには見せたことのない格好だぞ?」
「どんな?」
「ジオン公国軍の制服」
「わーっ!見たい!パパの軍服、カッコイイってママが言っていた!」
「今夜は久しぶりに着てやるよ。まだクローゼットにあるし」
そうこうしていると午後16時。
太陽が西に傾き始めて、茜色の夕焼けが見えた。
その間もハロウィンパーティの準備に余念がない。
「今日はねー、かぼちゃで、ジャック・オ・ランタンを作るんだよ~?」
飾りはLEDライトで灯りがつく、ジャック・ザ・ハロウィンの形のかぼちゃ型ランタン。その他、小物の買ってきたらしい。悪魔のしっぽやら、黒猫の耳飾りやら、カチューシャ。今夜の灯りは、LED照明ではなく、そのかぼちゃのランタンにするらしい。
「これが一番大きいからパパが作ってね?」
「やってみるか」
「それから…」
一つ一つ、スーパーの袋から取り出しては、テーブルに並べていく。必要な道具を出しているのはアネット。片腕にはモニカを抱いている。何度も言っているが、人形だ。
大きなカボチャを両手に悩む私。ランタンって要は、中身をくりぬいて内側からろうそくを立てて灯りを楽しむあれのことか。
随分と時代がかったものだが、確かにムードはある。
窓から見える景色は、さっきまでの茜色の夕陽が、徐々に暗くなり、満月が照らし始める。
この季節としたら妙に生ぬるい風が、吹いてきた。
「あっ。洗濯物」
「干しっぱなしだな。取りこみにいこうか?」
「行きましょう?」
人形のモニカをテーブルの上に置いて、家の二階に上がる私達三人。それぞれ自分の服をより分けて、自室に持ってゆく。その間はものの5~6分だったはず。
だが、ここで、あり得ない光景を見た。
一つ目のあり得ない光景。
「ええっ!?」
「嘘!?」
「……!?」
ダイニングルームに戻ってきた私達が見た光景は、暗闇の中、人形であるモニカが、果物ナイフ片手に、自分位の大きさのカボチャを…ジャック・オ・ランタンにしてあった光景だった。丁寧にもきちんと皮をむいて、きちんと造形してかなりのクオリティ。線を引いた通りにくりぬいて、人間が作ったようなかなりの造形美だった。
しかも、その果物ナイフが暗闇に刃をきらめかせて、冷たい銀色に光っている…。
アネットはもちろん、ジェニファーも、ただただその暗闇に光るナイフを見て恐怖に顔を青ざめていた。
さっきまで、その魔法やらを受け入れていたジェニファーだが、あまりの恐ろしさに、むしろ勝手にナイフを扱った、その人形に憤慨して怒った。
「もうっ!危ないでしょ!子供が勝手にナイフを使ったらいけないんだよ!」
声を荒くするジェニファーだが、微かにその声を震わせている。慌ててアネットも注意をした。
「そ、そうよ…。それは危険な物だから、一人では危ないわ…」
当の私はどうしたかって?
ただただ慄然とするだけだった。
この刺激、ジオン公国軍の時よりも強い。いや、凄い。
だが、これで終わるような生易しいハロウィンではなかった。
とりあえず、妙にクオリティの高いかぼちゃのランタンを見つつ、私達はハロウィンパーティの準備を、まるで何かに取り憑かれたようにした。
部屋はかなり無理矢理な笑い声をあげて。
私もその人形が作ったかぼちゃのランタンを手本にしつつ、見様見真似で作る。
アネットとジェニファーも、ディナーの為に、かぼちゃのランタンを作りつつ、くりぬいたかぼちゃを料理に入れる。
傍から見れば、この作業に没頭する私達は、何を真剣にしているのだろう?と思うだろう。
そうこうしている内に、今夜のディナーが出来上がっていく。かぼちゃのシチューに、かぼちゃのサラダに、ケーキにクッキー。本当にかぼちゃまみれだな。
しばらく、かぼちゃは摂らなくてもいいくらい。
ただ、我が家・レム家のダイニングルームのLEDライトがあまりにも白い照明を放っていた。
何だか生ぬるい風が徐々に冷たくなってきた。
季節風という感じではない。
むしろ、恐怖だろうな…。
そうやって、全部の支度を整えると、一度、私達は自分の部屋に向かった。
今夜はハロウィンパーティ。
そう、コスプレ…もとい仮装する為にだ。
私も自分の部屋に行き、ハンガーに吊るしたジオン公国軍の中佐待遇の軍服に、実に2年ぶりに袖を通した。
とりあえず、こうなったらとことん、再現してみたくなる。
白い手袋をはめ、ズボンも軍服に。ついでだから、靴も長靴にした。
数年前に存在していたジオン公国軍の技術士官が、鏡に映る。後は少々髪の毛をとかして、よし、完璧。
その時間は10分くらいかな?
自分の部屋から去った私は、魔女に仮装したアネットとジェニファーを見た。
「パパ!それがジオン公国軍の制服?」
「ああ。どうやら、あの頃からは体形は変わっていないようだな。ぴったりだ」
そうやってダイニングルームに戻ると……
またあり得ない光景があったのだ。
『キャアアアッ!!』
思わずアネットとジェニファーが、私に抱きつく。
女の叫び声。獣のような唸り声。
私はダイニングルームを見回す。
テレビの残酷なホラー映画だった。
「大丈夫…。ホラー映画だ」
だが、それを観ていた者が問題だった。
「……!!??」
「ひいっ!」
「モ、モニカ…ちゃん?」
真っ暗闇のダイニングルームで、誰もいないはずの部屋でその人形が…テレビを見ていた。
リモコン片手に…。
テレビからは残酷なホラー映画が流れている。
今度こそ、ジェニファーも恐怖を憶えたようで、軍服の私の腰にしがみつく。
またしてもジェニファーは憤慨した。
声を恐怖で震わせて怒る。
「ダメでしょ!テレビは明るい所で見なきゃ、目が悪くなるんだよ!」
「そ、そうよ…。ジェニファーの言う通りだわ…」
アネットも恐怖に声を震わせる。
だが、私は平常心だった。
何だかこれを着ていると、何が起こっても平気なような気がする。
私達は冷たい夜風が通るダイニングルームで、ハロウィンパーティを開いた。
かぼちゃのランタンの中のろうそくに火を付ける。
すると、風でその火が消えた。
フッ…。
またダイニングルームは真っ暗闇になる。
「窓、閉めないか?」
「そ、そうね」
アネットは開いていた窓を閉めた。
私はもう一度、ろうそくに火を付けた。
暖かなオレンジ色の灯りが部屋中に灯る。
お…?…何だかいいムードだな。
そんなこと、思ったら、三度目のあり得ない光景が来た。
そのオレンジ色に染まる、私達レム家のダイニングルームに、ジェニファー以外の女の子が、そこにいたのだ…。
赤い髪の毛のロングヘアーに、瑠璃色の瞳を持つ、活発そうな可愛い女の子が、そこに…!
「な…!?」
「ええっ!?」
「そんな…?」
その子は明るい声で無邪気に話しかけた。
「あたしも参加していい?」
しばらく私達は、唖然、呆然、慄然。
だが、その後、私達は笑った。
ジェニファーも嬉しそうに応える。
「いいよ!ねえ!パパ!ママ!」
その娘の反応に、アネットと私は見つめ合う。
「いいわよ。ねえ?」
「ああ。ようこそ。我が家のハロウィンパーティへ」
「おじさま、ジオン公国軍の人?」
「元、だけどね」
「モテたの?」
「まさか。そりゃあ、やたらと女性士官には囲まれていたけど。仕事上で、でも…」
私はそこでジェニファーに目を移した。
「もうあの頃には、この子がいたから。髭の魅力で、まあダンディーなおじさまとは言われたけど」
「それって、暗に自分を自慢していない?」
「ふふん。まあな」
「でも、それも今は過去の話だ」
「今は…ハロウィンだし、パアッっと騒ごう?」
「…そうね!」
ジャック・オ・ランタンが、暖かいオレンジ色に染まっている。
今年のハロウィンパーティは、この突然の乱入者により、一人増えて、四人でのパーティになった。
そうやって、騒ぐこと、2時間。
夜も更け、騒ぎ疲れた所に、チャイムが鳴った。
私がジオン公国軍の制服を着たまま、玄関に出る。
昼間の屋代さんがそこにいた。
「お疲れ様です。屋代さん」
一言、私は挨拶する。
屋代さんは、私の姿にびっくりしていた。
ジオン公国軍の士官が目の前に立っている。
そして、屋代さんは質問してきた。
「もしかして…レムさんって…あの有名なモビルスーツの開発者の…?」
「御名答です」
「ええっ!?あのザクを開発した…あの?」
「ええ」
屋代さんが今度は驚く番だった。
目の前の親父が、まさかジオン公国軍の技術士官とは思ってなかったのだろう。
「モニカちゃんを迎えに来たのでしょ?」
「そ、そうでした。モニカ!帰るよ?」
「うん!ジェニファー、凄い楽しかったよ!」
「私も楽しかった!来年も来てねー!」
「うん!」
「楽しかったか?モニカ?」
「レムさんたち、凄い優しかった!」
「ありがとうございました」
「こちらこそ。また、来年。気が向いたら来てもらって構わないので」
「考えておきますね。それでは」
屋代さんとモニカは、そう挨拶して、文字通り闇へ…宵闇へ消えていった…。
「さて…もう寝るか?」
「そうね」
玄関の灯りを落とした私達は、不思議な一日を…ハロウィンパーティを終えた。
ジェニファーは騒ぎ疲れて眠ってしまっている。
満足げな表情を浮かべて、寝息を立てていた。
アネットがジェニファーの個室に、彼女を抱いて、ベッドに寝かせた。
私達は微笑み合って、それを見つめる。
「今日はいろいろ不思議な一日だったわね」
「もしかして、あの子は、神様が寄こしてくれた子じゃないかな?」
「もう一人くらい子供を作れって」
「エリオット」
「行こう?」
「今日はその服のままでいてくれる?」
「何だ?あの頃、ろくに夫婦の営みが出来なかったからか?」
二階の短い廊下を、私は彼女を肩に抱き、からかった。
「その軍服のあなた、似合うのよ。それにあの頃、軍であなた、その軍服で乱れたことある?」
アネットはまさかの質問をしてきた。
笑顔になって応えてみせた。
「ない」
私達はすぐ近くの寝室に向かった。
ベッドに座りこむ。
「なら…今夜はその姿で、乱れてみせて…?」
「途中でやめてって言ってもやめないからな」
彼女と共にベッドに倒れ込む。
私は軍服を着たまま彼女に覆いかぶさる。
今夜だけは、この服で存分に楽しみたい、そう思った。
白い手袋を外した私は、そのまま、久しぶりに彼女と身体を重ねる。
ただ、満月が、寝室の窓から、熱を帯びる私を照らした。
ジオン公国軍の制服が彼女の手で脱がされる。
襟がはだける。その下は薄いシャツのみだった。
彼女が私のシャツを脱がす。
そのまま、深いキスを交わした。
久しぶりだった。こんなキス…。
今夜はこのまま、彼女と乱れたい…。
とことん、熱く、深く、君となら…。
ハロウィンパーティの後の夜。
私達の寝室にも、カボチャのランタンが、ただ暖かい光を灯して、熱を帯びる私達を静かに照らす…。
ただ満月がレモン色に染まって、静かな夜を月光となって照らす。
あそこの大地にかつていた私は、今はここで、彼女とつながっていた…。
END