機動戦士ガンダム MSV エリオット・レムの記憶 作:翔田美琴
切ない父親の親心を描いて、途中で歌がありますが、ガンダムUCの歌「RE:I AM」から借りました。
あれは…あの子が我が家に戻ってくるのを見かけた時…。
雪が舞う白銀のクリスマス・イブの日のことだった。
あの子が、同級生と思われるボーイフレンドと一緒に帰ってきた時だった。
仲睦まじく相合傘をして家に帰ってきたんだ。
そして…しばらく談笑して…その後、あの子はそのボーイフレンドとキスを交わしていた。
それを偶然、目撃してしまった。
その時、あの子とボーイフレンドとのキスを見て、俺は怒るどころか笑ってしまった。
”何て子供っぽいウブなキスなんだろう”って。
でも、その自分自身に湧いた感情に俺は自分に自分で笑って…泣いた。
あんなキス…俺には出来ないって。あんなピュアなキス、もう俺には出来ないって…。
「何故そう思うの?」
傍らでベッドで寝ているアネットはそう俺に訊いてきた。
俺は、今は珍しく夫婦の営みの後だったから全裸で彼女と共のベッドに寝ている。薄暗い室内。外は白銀の雪が降りしきっている。
クリスマス・イブの夜。世間はこの聖夜を祝福しているが、それは我が家でも同じだった。
暖房が効いているおかげか全裸で寝ていても寒く感じない。静かな聖夜だった。だけどこの夜は熱いセックスを彼女としている。
珍しいと言われた。あなたから求められるのは久しぶりだと。
だけど、”私もあなたに抱かれるのは大好きだから、そうしたい”って言ってくれた。
そう。ジェニファーがボーイフレンドとピュアなキスを交わした日の夜がこの聖夜だった。
「何でそう思うのかって?」
彼女を自分の左肩に抱いている俺は…天井を見つめている。今は照明が消されて薄暗い。
乱れた銀髪。額には汗。ただ…何故か唐突に涙が溢れた。
「お前、もう俺といて何年になる?」
「かれこれ…30年は経っているわ」
「大学生の頃…初めての夜の時にもこうしていたよな?」
「うん。あの頃から身体つきは変わっていない。顔は変わったけど」
「あの頃のキス…憶えているか?」
「うん。何だか…恥ずかしそうにしていた」
「昼間さ…ジェニファー、ボーイフレンドと家に帰ってきただろう?」
「妬いているの?」
「別にそんな意味じゃない。だけどさ。あの子…ファーストキスだったんじゃないかな…?初心(ウブ)なキスだった。見ていて、さ…」
「見ちゃったの?」
「偶然な。あのクリスマス・イブの日は丁度年末年始の休みだったし」
「怒らなかった?」
「怒りは湧いてこなかった。でも、はた目から見て…なんてピュアなキス…初々しいキスなんだろう…って」
彼女の前だから不思議と言葉が出てくる。
思わず、一筋…涙が溢れて自分の頬に流れるのを感じた。
「もう…あんなキス…俺には出来ない」
「あんな初々しいキス…俺には出来ない。だってさ…!!」
そこで思わずつい癖のように彼女の顔を掴んでいつも交わす…このねっとりした濃厚なキスをしてしまった。
舌をお互いに淫らに絡ませ合う。甘い吐息を絡ませ合う。大人の皆がしている夫婦同士のキス。
こうやって男は、女の性欲を掻き立て交わる。激しく、淫らに、どこまでも、いつまでも…。
そうやって”愛”を確かめ合う。”絆”を確かめ合う。
俺は涙を流しながら、こう言った。
「俺はいくら初々しいキスをしたいって思っても…こういう”大人のキス”が自然と身についてしまっているんだ…」
何度も何度も、彼女の唇を奪う。舌を絡ませ、弄んでしまう
「こうやって…君の舌の味を味わいたいって…思ってしまうんだ」
「エリオット…!!んっ…!んんっ…そんなに激しく…!!」
「今に…ジェニファーも…君みたいなキスを交わすんだ…。俺みたいな男と…!」
涙が勝手に出てくる。悲しいんだな。きっと。
今に…娘は…俺の下から去っていく。
ウェディングドレスを身に纏って…”さよなら”が来る。そんな”恐怖”。
俺の親は、アネットと結婚した俺のことをどう思うのかと聞く前に…亡くなった。あの一年戦争で。
自分が作ったモビルスーツのせいで。故郷も失った。友人も失った。
自分が蒔いた種だ。そして咲いたのは花ではない。火花という”血”の花。
俺の記憶は赤い血の色の記憶だ。血で染まった記憶だ。自分がテストの時に乗った朱色みたいな鮮やかな赤…。
ベッドから起き上がった。そこの部屋の窓から見えるのは、一面、白銀の世界。
「怖いの?」
「ああ。怖い。これが”親心”というやつか。親父はこうやって俺のことと君のことを見つめていたのだな。そんな心も判らないで、地球へ行っていたんだ」
あの時のアパートで聴いたラジオである歌がかかったのを今でも憶えている。記憶にある。
あの雨の大学の街で。
Please hear me I want to tell you
Please sing to me I wanna hear your voice
時の鼓動がまだ響く間 裸の言葉 胸に閉じ込めた
記憶の色が滲み始める 破れた世界の隅で
何も求めずにただ抱き寄せる 今の僕にはそれしかできない
震えた強がりでもプライドに見える はぐれた子供のように
最後の声さえも 風がさまようせいで消された
月に手を向けたまま 君は空の星に消えた
「側にいて」と抱きしめても もう二度と聞こえない君の歌声は
降り注いだ 雨のサイレン 僕の代わりに今 この空が泣き続ける
この曲を…アネットと共に聞いた憶えがある。
そう。降り注いだ雨は、俺の代わりに泣いていたんだ。
そして、この曲の二番の歌詞は、今の俺に言える歌だ。
これまで踏みつけてきた教えを 今掻き集めこの胸に当てても
救い求め歌うようなお遊戯に見える 物語る大人のように
言葉に寄り添うだけの 空の愛と導きはいらない
飾られた祈りでは 明日の手掛かりに触れない
いつか君に届くはずの名もなき幼い詩が描くわがままを
忘れたいよ 一度だけ 眠れぬ悲しみがその詩を抱きしめている
私の悲しみが、凍てつくように凍り付いているよ
もう一度 一緒になりたいって 心が叫んでいるよ
投げ捨てられる正しさなら 消えることのない間違いの方がいい
臆病に隠していた声を 今 この手でもう一度さらせばいい
掴む軌道も 咲く光も 乾いた心のせいでモノクロに見えた
忘れないよ 今日の景色を ありふれた願いが足元を照らしてくれる
お願いだ 君と話したい 君の声を聴きたい
お願い 私に歌って 君の声を聴きたい
I Wanna hear your voice
「アネット。頼みがある」
「何?」
「俺の身体を君の舌で愛撫してくれないか?上半身だけでいい」
「え、ええ…」
彼女もベッドから身体を起こすと向かい合って、濃厚なキスを交わしてくれた。
そのまま、彼女の唇が俺の身体をさまよう。手は左手だけがエロティックに絡ませている。右手は俺の身体を触り出していた。
彼女からの攻めを受けながら…喘ぐように…俺は言葉を絞り出す。
「今に…娘も…こうやって男の身体を…愛するのかな…?」
「こうやって…男と身体を重ねるのかな…?」
「そんな想像…あなたらしくないわよ」
「怖いんだよ。悲しいんだよ。いつか別れが来るのが」
「なら…せめて、一緒にいる時間を記憶に刻んで?」
そこで彼女が俺の瞳を見つめて励ましてくれたんだ。
「血塗られた記憶かも知れない。でも、それがあなたが選んだ道でしょう?自分がこの道を歩きたいから、この道を選んだのでしょう?」
「なら記憶に刻んで。その悲しみも恐怖も。いつか、あの子がバージンロードを歩く時、役目を果たす為に」
「…クリスマス・イブなのに、何だか暗い話になってしまったな。すまない」
「無邪気に笑って生きていきたいよね。でも、何も知らないあの頃には、もう…」
「戻れないな。…君のせいだよ?」
そして、また身体を重ねる。静かな聖夜のベッドタイムは、本当に熱い聖夜だった。
涙は止まっていない。初めてだ…。泣きながらのセックスは…。
そして、またキスを交わして、舌を絡ませ始める…。
「もう…あんなキス…俺には出来ない」
もうあんなピュアなキス、俺には出来ない。
できない…。
出来ないんだ。
したくても…これは…”大人のキス”。
あがいても、あの頃の…ウブな男だった俺には戻れない。
君のせいだよ?アネット。
いいや…。何でもない。
Goodbye Happiness
END