祭りを後にした二人は、仲良く手を繋いで冥界の白玉楼に来ていた。
到着するなり、幽々子は自分の部屋へ行き、部屋に置いてあるおやつ代を必要なだけ手に取る。
それは金銭の管理を妖夢に任せきりにしている幽々子にとって唯一の自由に使えるお金であり、非常に大事なものである。しかしそれを霊夢の為に使うことにためらいはなかった。
それほどに、霊夢に言われた言葉は幽々子にとって嬉しいものだったのだ。
幽「準備終わったわ~。それじゃあ行きましょうか!」
金を取り出すとすぐに、幽々子と霊夢は祭りの会場に向かって飛んでいく。そこに向かう途中でも、二人は手を繋いでいた。
幽「さあ、着いたわ~!食べたいものがあったらなんでも言ってちょうだい!」
霊「ほ、ほんとに・・・いいの?私なんかに奢って・・・」
幽「いいのよ~。霊夢は私が何十年も言ってほしかったことを言ってくれたんだから、これでも足りないくらいだわ~。」
霊「そ、それじゃあ・・・お肉、買ってもいい?一度でいいから、お肉をお腹一杯食べてみたくて・・・」
霊夢は、生まれてこの方肉を思う存分食べたことがなかった。彼女の食事は、基本的に野菜ばかりなのだ。
霊夢の暮らしは非常に貧しく、収入源はごく稀に入る僅かな賽銭くらいしかなく、普通に考えればとうに餓死してもおかしくないほどの極貧生活を送っていた。
そんな彼女が今日まで生き残ってこれたのは、ひとえに妖怪たちの協力があったからに他ならない。植物に詳しい妖怪から、野菜の育て方を教わったり育てやすい野菜の種を貰ったりすることで、なんとか飢えを凌いできたのだ。
しかしそれでも、肉だけはどうにもならなかった。妖怪たちの食べる「肉」とは、すなわち人の肉なのだから。
妖怪流のやり方で肉を確保しようとすれば人殺しになってしまうため、霊夢はほとんど肉を食べたことがなく、肉を思う存分食べることが長年の夢だった。
幽「ええ、いいわよ~。お金あげるから、買っていらっしゃい。」
霊「あ、ありがとう・・・・!ほんとありがとう・・・!」
幽々子から一枚の札を手渡され、霊夢は香ばしい香りを振り撒くチキンステーキの屋台へ向かっていく。
そこで一枚のチキンステーキを買い、まずはその香りを堪能する。
霊「すー・・・・はー・・・・いいにおい・・・!肉って、最高よね・・・」
自分の長年の夢が叶う瞬間を、霊夢はその全身で祝福していた。ずっと、ずっと欲しかったものを、身体中で感じていた。
幽「おいしそうに焼けてるわね~。霊夢が食べるところを見たら、私も買いに行こうかしら。」
霊「べ、別に見る必要はない気がするけど・・・見てどうすんの?」
幽「だって~、気になるじゃない。霊夢がお肉を食べたらどんな反応するのかって。うーまーいーぞーって叫んだり、口から光線を出したりしたら面白いでしょ?」
霊「・・・あんた、私をなんだと思ってんのよ・・・まあいいわ、それじゃアツアツのうちに・・・・あむっ!」
幽々子の冗談に突っ込みを入れつつ、霊夢は記念すべき人生初のチキンステーキを口に入れる。
幽々子の見守る中、溢れる肉汁をその舌で感じた瞬間、霊夢の瞳から涙が零れ始める。
霊「な、なに・・・・これ・・・!?グズ・・・おいし・・・・!おいじい・・・・!!」
あまりの美味さと嬉しさに涙を溢れさせながら、霊夢はチキンステーキにかぶりつき、肉を堪能する。
霊「こんなの・・・ずるいわよ・・・!反則よ、このうまさ・・・・!なんなのよこれはぁ・・・・!!」
幽「あらあら、泣くほどおいしいの?もうひとつ買ってきましょうか?」
霊「あ・・・ありがどう・・・!!ありが・・・グスッ・・・・ありがとう・・・っ!!」
生まれてこの方ずっと貧乏生活を続けてきて、始めて巡りあった贅沢すぎるひととき。
こんな幸せを堪能できることを、霊夢は涙しながら喜んでいた。
霊「お金を気にしないでいいって、こんなに・・・・こんなに、気持ちいいことだったのね・・・!」
この後も霊夢は無心で肉にかぶりつき、落ち着いたのは実に10枚ものチキンステーキを平らげた後だった。
霊「フ・・・・ふふふふふ・・・!もう死んでもいいわー・・・・もう心残りないわー。」
幽「・・・それはちょっと行き過ぎな気もするけど、でも喜んでくれて嬉しいわ~。私も、お仕事した甲斐があったわ~。」
霊「え?仕事って・・・何の?」
幽「何って、冥界の管理のお仕事よ~。閻魔ちゃんから冥界の永住権とお給料を貰うのと引き換えに、みんなの死後の暮らしを良くするお仕事をしているの。知らなかったかしら?」
霊「え・・・・・あんた、働いてんの!?」
突然明かされた驚愕の事実に、霊夢は驚きの声を上げた。霊夢から見た幽々子のイメージは、大きな屋敷で日がな1日暢気に茶を啜って暮らしているといった感じで、仕事をしているなど考えたこともなかった。
霊「でで、で、でも、あんたお嬢様でしょ?その・・・親の財産とか、そういうので暮らしてんじゃないの?」
幽「そんなの、とっくの昔に無くなってるわよ~。私が何百年前から白玉楼にいるか、知らないわけじゃないでしょ?」
霊「あ・・・・・」
少し考えてみれば余りに簡単で当然のことだが、霊夢は今までイメージが先行していてその事に気づけずにいた。
というより、金のことを考えると憂鬱になるので、録に考えてもいなかったのだ。
幽「従者に払うお給金や、食費が無いと大変な事になっちゃうから、働かないわけにいかないのよ~。まあ、幽霊たちはお金の使いようが無いから、その子たちにはあげてないけれどね。実質お金が必要なのは、私と妖夢くらいなものだから。」
霊「お金、渡さないの?せっかく働いてんのに・・・・」
幽「仕方ないのよ~・・・彼らには実体がないから、ご飯も食べられないしお遊びをすることもできないの。だから、彼らがどうしてうちで働いてるのかわからないのよ~。」
霊「わかんないって・・・それって主人としてどうなのよ?」
幽「私もそう思うけど、でもあの子たちはいつの間にかお屋敷にいて、いつの間にか念力を習得してお掃除やお洗濯をするようになったの。念力なんて、余程の気迫がなければ普通の人間の霊が使えるものじゃないわ。そんな姿を見せられたら、何も言えなくて・・・」
白玉楼にいる名も無き幽霊たち、当たり前のように幽々子の側に侍っている彼らだが、その実態は謎に包まれていた。
実体が無いのを念力で補い、生活用具を渾身のポルターガイストで動かすことにより行われる執念の奉仕。
彼らがなぜそこまでして仕えるのか、それは誰にもわからない。
幽「そこまでしてくれてるのに何もしないわけにはさすがにいかないから、お給金やお食事じゃない方法で何かしてあげたいのだけど・・・・今のところは、みんな一人一人に「ありがとう、ご苦労様」って言ってるだけなの。これじゃあ物足りないってわかってはいるけど・・・」
霊「ふうん・・・・案外、それが目的で来てんのかもしれないわよ?あんたの傍にいたいから・・・とかさ。あんた美人だから、あり得るわよ?」
幽「・・・そ、そんな風におだてても、何も出ないわよ?そりゃあ、そう言われたら嬉しいけど・・・でも、うちにいる幽霊は何百といるし、全員がそんな理由でいるなんて思えないわよ~。」
霊「わかんないわよ?あんたにその数百人の魂たちみんなが魅了されて、あんたの下で働きたいって思ってるかもしれないじゃない。それならその気迫だって説明つくわよ?」
幽「そ、そうなのかしら・・・?もしそうだったら・・・ちょっと、嬉しいけど・・・・」
霊「きっとそうなのよ、たぶんね。ところで・・・ずっと気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」
さっきまで話していた話題がおおむね終わった辺りで、霊夢は以前からずっと気になっていたある疑問を幽々子にぶつけようとしていた。
幽「気になってたこと・・・?なにかしら?」
霊「あんた、何百年も屋敷にいるって言ったわよね。つまり、あんたの歳は何百歳ってことよね・・・そんだけ歳いってて、やらしい知識がひとつもないってのはどういうことなの?」
幽「えっ・・・!??」
しかし、霊夢のぶつけた疑問は幽々子にとって余りに予想外なもので、目を丸くして驚きの声を上げてしまう。
幽「ちょっ・・・・!霊夢!いきなりそんな・・・・やらしい・・・・なんて、言われても・・・」
霊「だって気になるじゃない。普通は興味本意でこっそりそういう本読んだり、ばれないようにこっそりアソコをいじったり、一度はするもんじゃないの?っていうか、何百年も暮らしてて一度もそういうのに興味を持たないとか、ムラムラしないとか、ちょっと考えらんないわね。私なんか10年ちょっとでもうこんな風になってるし。」
幽「そ、そんなこと言われても・・・・だって、そういうのを見たらいけないって言われたし・・・」
霊「誰?誰がそんなこと言ったの?」
幽「紫がそう言ったのよ・・・・こういうことには絶対に手を出したらだめって、ずっと言われてきたわ。」
霊「・・・・・へ!?ゆ、紫が・・・そう言ったの?」
幽々子の口にした名前を聞いて、霊夢はひっくり反らんばかりに驚いていた。
それには、ある理由があった。
霊「紫がそんなこと言うなんてあり得ないわ・・・!だって、あいつは私が女好きになった元凶なのよ!」
幽「げ、元凶って・・・どういうこと?」
霊「・・・そうね、知らないみたいだから教えるわ。あれは、4~5年くらい前・・・私はちょっとした偶然で紫の家に迷いこんだことがあったの。」
幽「紫の家・・・私ですら、行き方を知らないのに・・・どうやって行ったの?」
霊「それは長くなるからはしょって話すと、紫の家は普通にしてたら行けない時空の狭間にあって、そこに私の能力を使って入り込んだんだけど・・・本当に長くなるから今度ね。とにかく私は紫の家に行って、そこでとんでもないものを見たの。・・・・・あいつが、どっかの町娘を連れ込んで、性欲を発散してるところを見たのよ。」
幽「う、うそ・・・!?紫が、そんなことを・・・・!!」
それは、幽々子にとって余りにも衝撃的な事実だった。
自分には性的なことへ興味を持たないように仕向けておきながら、その一方で彼女は倒錯的な行いに溺れている。
紫の行動は、全く意味不明なものだった。
霊「んで、それを見ちゃった私はその光景が頭から離れなくなって、いつの間にか女好きになってたの。だから、紫があんたにそういう風な事を言うのは全然信じらんないわ・・・というか、あんたなんか真っ先に餌食になってそうだけど・・・」
幽「で、でも、紫は私の前では全然そんな話はしなくて、そんな素振りも見たことないわ。紫がそんなことしてるなんて、私には・・・・」
霊「でも、本当のことよ。紫は自分の家に女の子を連れ込んで、押し倒してるわ。・・・・驚いた?」
幽「え、ええ・・・びっくりしたし、まだ信じられないけど・・・でもきっと、本当のことなのよね・・・」
霊「いろいろ調べたけど、紫にさらわれたって奴は結構いるのよ。私の推測だけど、あいつ可愛い女の子だったら誰でもいいんじゃないかしら?見境のないレズ女よ、あいつは。」
幽「そう・・・・かわいかったら、誰でもいいのね・・・・」
霊夢の「可愛いければ誰でもいい」という発言を聞いて、幽々子の表情が驚きから一気に複雑なものへと変わる。
幽「かわいかったら誰でもよくて、でも私には見向きもしてくれないのね・・・・なんだかそれって、複雑だわ・・・・」
別に紫とそういう行為に及びたいわけではないが、女好きである紫が自分には見向きもせず、他の女に手を出しているのはどことなく癪だった。
幽々子にも、自分の容姿を誉めてもらいたいという気持ちはある。かわいい、美人などと言われれば、思わず踊ってしまうほど嬉しい気持ちになる。しかし今の状況は、幽々子には手を出す価値もないと紫に思われているとしか考えられなかった。
幽「おしゃれしたって見てくれないし・・・こんな扱いされたら、傷つくじゃない・・・・紫の馬鹿・・・・」
霊「あー・・・・いやほら、紫にもさ、手出しできない理由があるのかも・・・ほら、大事なものほど遠ざけるっていうし!」
幽「そうだといいけど・・・・でも、どんなに着飾っても無視されるのはやっぱり納得できないわ・・・そんなに、見たくもないほど醜いのかしら・・・・・」
霊「いや、あんたが醜いなんて言ったらこの世界にいる女のほとんどはバケモノになるわよ。あんたが不細工なんてことは絶対無いわ、私が保証する!」
幽「でも・・・・・・・」
霊「そこまで不安なら、もう紫の頭ひっ掴んでむりやり見させればいいのよ。今度会った時にでもね。今ここで気にしたって、しょうがないでしょ?紫の考えてることなんか、わかんないことのが多いんだから。」
幽「・・・・そうね。今ここで気にしたってしょうがないわよね・・・・よし!それじゃあぱーっと食べに行きましょう!」
霊夢に言われてついに幽々子も吹っ切れたのか、或いは嫌な事からの逃避か、祭りにある屋台を食べつくす勢いで廻り始めた。
先ほどまで大量に飲み食いしていたにも関わらずまるで衰えない幽々子の食欲は、霊夢を大いに驚愕させた。
こうして、当初は霊夢にご馳走するために用意した資金は幽々子の胃袋に消えていき、霊夢一人分には十分すぎるほどあったお金も随分と減ってきていた。
そんな時、幽々子はある屋台を見つけた。それは、先ほど資金不足で止めざるを得なかった金魚すくいの屋台だった。
幽「あら、あれは・・・・ねえ霊夢、ちょっと行ってきてもいいかしら?」
霊「別に私のお金じゃないんだから気にしなくていいわよ。好きなだけやってきなさい。」
幽「じゃあ、行ってくるわね!」
残りわずかとなったお金を手に、意気揚々と金魚すくいの屋台に向かっていく幽々子だったが、結果は芳しくなかった。
一度集中を途切らせてしまったせいか、以前コツを教えてもらったにも関わらずまるでその通りにできなかったのだ。
そして失敗の回数は嵩み、ついに致命的な事態を引き起こしてしまう。
店主「また、失敗だな・・・・譲ちゃん、まだ挑戦するかい?」
幽「ええ、もちろん・・・・・あら?」
店主にお金を渡すために袖の下を確認した幽々子だったが、そこには一枚の金も入ってはいなかった。
元々は霊夢に奢るための金だったのを幽々子が使ってしまったため、必要以上に出費が嵩んでしまったのだ。
おやつ代の全てではなく必要な分しか持ってきていなかったことが、幽々子にとって最大の失敗だった。
霊「お金・・・・無くなったの?」
幽「ええ・・・もう少し持ってくればよかったわ~・・・・こんな大事なときにお金が無くなるなんて・・・・」
またしても金魚すくいを中断せざるを得なくなり、とても残念そうな顔をする幽々子を見かねて、霊夢はある決心をする。
霊「じゃあさ・・・これ、使ってよ。ちょっとしかないけど、何回かは・・・できると思うから。」
幽「え・・・・でも、これって・・・・」
震える手で、霊夢は僅かに残った全財産の全てを差し出す。
霊「よく考えたらさ、これっぽっちのお金が残ったって何にもなんないのよね。だから、いっそのこと全部使っちゃおうかと思ったのよ。それに・・・」
霊「今日は私、あんたに謝るために色々と覚悟を決めたつもりだったけど、さっきは出し渋っちゃったじゃない?あれ・・・やっぱり気になってたのよ。やらせてあげればよかったって、後悔してた・・・だから、今度こそ正真正銘、覚悟を決めるわ。」
幽「霊夢・・・・・ありがとう。絶対に成功させてみせるわ!」
霊夢の後押しを受けて、幽々子は再び金魚すくいに挑む。
震えながらもお金を渡してくれた霊夢の気持ちに応えたいという想いが、途切れかけた集中を高めていた。
幽(ゆっくり、そ~っと・・・・)
金魚に気付かれないよう細心の注意をはらってポイを動かし、見事に金魚を捉えてみせたが、最後の最後でポイが破れてしまった。
残る資金は、あと2回分。失敗は許されない。
霊(がんばれ、幽々子・・・!)
真剣に頑張る幽々子の姿を見て、霊夢もまた真剣に祈りを捧げる。
そうして挑んだ二回目の挑戦は、金魚を乗せた瞬間にポイが破れるという形で失敗に終わった。
次が正真正銘最後の挑戦となる。ここで失敗すれば、幽々子と霊夢のこれまでの頑張りは全て水泡に帰してしまう。
そうさせまいと幽々子は水中をひらひらと泳ぐ可愛らしい金魚の姿を凄まじい集中力で追いかけ、最良の瞬間を見極める。その姿はさながら、決闘の中で集中を研ぎ澄ます卓越した剣士のような佇まいだった。
霊(すごい集中力・・・・!あのぽけーっとした幽々子がこんな顔するなんて・・・・うかつに声をかけたりなんかできないわね・・・)
がんばれ、と声をかける事すらはばかられる程の集中力で、幽々子は金魚と相対していた。
霊夢と金魚すくい屋の店主が固唾を飲んで見守る中、じっと機会をうかがっていた幽々子がついに動きを見せた。
ご飯を食べるときのような、天狗の眼ですら追えない程の速さでポイをカップの上にひっくり返し、カップの中身がこぼれたりしないよう大事に抱え込む。そして、そのカップの中には____
幽「やっ・・・・やった!!やったわ霊夢!!!!やっと取れたのよ~!!!」
幽々子の持つカップには、確かに一匹の金魚が入っていて、ひらひらと優雅に泳いでいた。
20回近くも挑戦を繰り返し、やっと勝ち取った勝利。それだけに、幽々子の喜びは大きかった。
よほど嬉しいのか、手に持ったポイで金魚を掬った時の動きを何度も繰り返し、霊夢にアピールする。
幽「こう・・・こうやってね、すぱっ!っていう感じでね、やったら入ってたのよ~!!」
霊「うん、うん!よかったじゃない、ほんとにおめでとう!」
店主「ああ、ちょっと待てお譲ちゃん!!はしゃぐのはいいがポイは大事に・・・」
はしゃぎすぎる幽々子を見て店主が注意するが時は既に遅かった。幽々子が何度もポイを振り回すせいで、空気抵抗に耐え切れずポイが破れてしまったのだ。
金魚すくいでは、一度金魚を取ったあとでもポイが壊れていなければ何匹でも取ることができる。そのため店主は幽々子にポイを大事にするよう言ったのだが、手遅れだった。
金魚すくいのルールをよく知らず、ただ喜んでいただけで損失を被ってしまった幽々子に対して、金魚すくい屋の店主は粋な計らいを見せる。
店主「どれ・・・たくさん遊んでくれた譲ちゃんには、おまけをあげようじゃないか。ほれ、持っていきな!」
幽「あら!こんなにたくさん・・・・いいの?」
霊「5匹・・・いや、6匹?おまけにしちゃずいぶん・・・・・」
店主「いいんだよ、女子供に優しくすんのが男ってもんだ!気にせず持ってきな!」
落ち込ませないためにあえて真実を伏せ、あくまでおまけとしてたくさんの金魚を幽々子に与える。
本来は小さな子どもにしか行っていないサービスであるが、今回だけは特別に大人である幽々子たちにも渡していた。さらに数も、通常より増やしている。
それだけの事をしても構わないと思えるほど、店主も幽々子に負けず劣らず喜んでいた。彼が今まで出会ってきた中で、幽々子ほど真剣に金魚すくいをやってくれる者はいなかった。それが嬉しくて仕方がなかったのだ。
幽「嬉しいわあ・・・・!本当にありがとう、だいじにするわね!」
店主「おう、大事にしてくれよな!」
親指を立て、満面の笑顔で見送る店主の店を後に、二人は祭りから少し離れたところへ歩いていく。
もうお金も全て尽きたので、別れの挨拶をしようとしていた。
幽「今日はありがとうね、霊夢。お祭りに誘ってくれて・・・・」
霊「お、お礼なんていいわよ・・・・もともと、私が悪いことしたのを謝るために呼んだんだし・・・」
幽「それでも、楽しかったわ。珍しい食べ物もいっぱい食べれたし、金魚もいっぱいもらえて、すごく楽しかったの。だから・・・・」
一呼吸置いてから、とびっきりの笑顔を、霊夢に向ける。
幽「ほんとうにありがとう、霊夢!」
霊「・・・・・・っ~・・・・!!?!??」
その瞬間、霊夢の身体は異常な反応を見せた。
動悸が早まり、呼吸が乱れ、脳が沸騰してしまいそうなほど顔が熱くなった。
今まで感じたことのない未知の感覚に、霊夢は戸惑いを隠せない。
霊(や、やば・・・・!かわいい・・・・・・っ!こいつ、笑うとこんなに・・・・・!)
(だ、だめ・・・・!直視できない・・・・!心臓が爆発する・・・・・っ!)
幽「・・・・・・それでね、霊夢にはこれをあげようとおも・・・・って、聞いてる?」
霊「え!!?あ、ごめん、もう一回言って?」
幽「もう、ちゃんと聞いてるのよ~?霊夢にはお世話になったし、霊夢のためのお金を私が使っちゃったから、その分の埋め合わせをしようと思うの。だから、貴女にこれをあげようと思って・・・・」
そう言って幽々子は胸元から一枚のハンカチを取り出した。艶やかなシルクで織られたそのハンカチは、一見しただけで最高級だとわかるほどの美しさと風格を持っていた。
幽「これは、2~30年くらい前に紫に頼んで買ってきてもらった物だけど、最近になるまで使ったことがないの。だから、新品と大して差はないと思うわ。本当はもっと良いのをあげたいんだけど、今はこれしか持ってなくて・・・・」
霊(む、胸から出したハンカチ・・・・や、やばい・・・・!興奮しちゃうっ・・・・・!!)
幽「普通にこのまま使ってくれてもいいし、そうねえ・・・・ちゃんとしたところに持っていけば、それなりのお金にはなると思うわ。私のおやつ代くらいの額にはなるんじゃないかしら?」
霊「う、売ったりなんかしないわ!するもんですか!!一生大事にする、家宝にするわ!!」
幽「喜んでくれて嬉しいわぁ~。じゃあ喜んでくれたついでに、ひとつお願いしてもいい?」
胸から取り出したハンカチを受け取り、舞い上がる霊夢に対して幽々子はひとつのお願いをする。
それはとても素朴な、しかし幽々子にとってとても大事な願いだった。
幽「またいつか、私と遊んでくれる?こんな風に・・・」
霊「そ、そんなのお安い御用よ!むしろ、こっちから・・・・・・」
幽「ありがとう!!それじゃあまた、今度会いましょう!」
霊夢とまた遊ぶ約束を取り付けた幽々子は、嬉々として冥界に帰っていった。
友達を作りたがっている彼女にとって、その足がかりを作れたことはとても重要だったのだ。
そして霊夢もまた、幽々子とは別の方向で幽々子と近づきたいと思い始めていた。
霊(・・・・さっきの幽々子、かわいかったなあ・・・・あいつ、あんな顔で笑うんだ・・・・)
(それに仲直りもできたし、ほっとしたかも・・・)
今日一日の出来事を振り返って、幽々子との仲を修復するのに成功したことで霊夢はとても安心していた。それどころか、遊びの約束を取り付けるなど、仲は急接近していた。
今日の目的を遂行できたことを祝して、今夜はご馳走にしようと霊夢は思っていた。
霊「あ・・・・・・お金、ない・・・・・・」
しかし残酷な現実を思い出し、霊夢は楽しい気分から一気に絶望の底へと叩き落されるのだった。
霊夢が絶望している頃、幽々子は鼻唄を歌いながら白玉楼に帰還していた。
帰ってきてまず初めに、池に行って金魚を放流する。
幽「いっぱい大きくなるのよ~?場所はたくさんあるんだから。」
小さな金魚には余りに不釣合いだが、金魚鉢を持っていない幽々子にはこうするしかなかった。
また、白玉楼の庭には他に池はいくつもある。そのうちの一つを金魚のために使ったところでどうということはなかった。
幽「さて、次は・・・・・お風呂に入ろうかしら。妖夢~!!ちょっと来て~!!!」
大きな声で呼びかけるが、しばらく待っても妖夢は現れなかった。
幽々子の声を聞いた召使いの幽霊たちが妖夢を呼びに行くが、それにも何の返事もなかった。
妖夢が不在なのかと幽々子は思ったが、買出しを頼んだ記憶はなく、妖夢が夕方遅くまで出かける理由に心当たりはなかった。
幽「う~ん・・・・・妖夢が部屋に閉じこもってるのは知ってるけど、お仕事までしないのは問題ねえ・・・・あの子に限って、面倒になったなんてことはないと思いたいけど・・・・」
「いいわ、今日は私がお湯を沸かすわ。たまにはこういうのも面白いしね。」
妖夢が来ないので、幽々子はやむなく自分で湯を沸かすことにした。
たまにはこういうのもいいと意気込み、ふいごを片手に薪の置いてある場所へ向かい、作業を開始する。
幽「・・・・・・っ!?けほっ、けほっ・・・・・ぅう・・・・・すごい煙・・・・・!」
幽々子が煙に巻かれてむせている頃、本来なら幽々子の下へ行っていなければいけないはずの妖夢は部屋で何者かと相談をしていた。
真っ暗な部屋で、小さなモニター越しに作業服を着た少女と怪しげな話をしている。
妖「・・・そうですか、近々完成するんですか・・・・」
?「そうだね、小型化するのにちょっと手間取ってるけど、予定からそこまでずれることはないよ。あとは設置工事をどうするかだね。冥界なんかに大勢の仲間を連れてくることはできないから。」
妖「そこは任せてください。生前にその手の工事を行っていたという者がいますから、彼らを中心にしてこちらで全て行います。」
?「そっか、それは何よりだけど・・・ねえ、いまさらこんなこと聞くのもどうかと思うけどさ、こんなの何に使うんだい?こんな・・・・超小型カメラなんてさ。探偵ごっこでもするつもりなのかい?」
妖「余計なことを考えないでください。理由なんて、あなたが知る必要はないでしょう?」
?「まあ、ね。お金も貰ってるし、私の技術を頼ってきたお客さんを怒らす気はないよ。さてと、じゃあ私はここらで失礼させてもらうよ。行き詰ってるところを何とかしなくちゃいけないし、新しい依頼も来たからね。」
妖「新しい依頼ですか・・・そっちにかまけて、こちらがおろそかになるという事はないでしょうね?」
?「心外だなあ・・・・私は頼まれたことを例外なくきちんとこなすことで有名なんだよ?この前だって、馬鹿でかい舞台装置を一週間で作れっていう無茶な依頼をこなしたんだ。ま、大船に乗ったつもりでいてよ。じゃ、また今度ねー。」
妖「ええ、ではまた・・・」
二人の会話が終わり、モニターが消えると同時に妖夢がとても嬉しそうに笑い始める。しかしそれは幽々子や霊夢の感じた嬉しさとは別種の、どこか歪んだ喜びだった。
妖「もうすぐだ・・・・もうすぐ、私の思い通りになる・・・・!恥ずかしいところも、見られたくないことも全部暴き出して、私の好きにできる・・・・!」
「待っててくださいね、幽々子さま・・・・」