「よしよし、ユミナの調教は順調なようだな。」
ユミナの部屋にガラス玉を仕掛けてから、今日で3日目。
俺は毎日、監視の魔法でユミナの様子を眺めていた。
彼女は王国の第一皇女ではあるが、同時に、まだ12歳の子供だ。
そのため、普段はしっかりしているものの、いざ恐ろしい目に遭うと途端に精神的な弱さが露呈する。
そんな彼女が見せてくれる調教の成果は、俺にとって非常に面白いモノとなった。
「ユミナは大分弱っているみたいね。あと一押し、ってところかしら?」
「そうだな、ホルシュタン。そろそろ一思いに叩き堕としてやるべきか? もう少し遊びたい気持ちもあるが、あまり時間をかけると転生者の少年やリーンがユミナの異変に気付いて行動を起こすかもしれない。まだ戦力が充分でない現状、あちらから仕掛けてこられるのは御免被りたいしな。」
「あたしも同意見よ。あなたにはあたしの姉妹であるサキュバスの姫達を起こしてもらわなくてはね。それまでに死なれては困るわ。」
こいつもなかなか言うじゃないか。
俺を自身の手駒呼ばわりするとはな。
まあ、これはお互い様か。
俺にとっても、ホルシュタンや他のサキュバスの姫達は重要な駒なのだ。
しかし、将棋で例えるなら、俺達の現状はせいぜい金将・銀将に香車、桂馬辺りが半分集まった程度と言える。
肝心の飛車も角も、俺はまだ1つも持っていない。
魔眼持ちのユミナを堕としたとしても、飛車や角を手にしたとは言い難いな。
ここからどうやって、どのような順序で、転生者の少年の取り巻きの女共を捕らえていくか。
まるで詰め将棋だな。
「とりあえず、今は目の前のユミナが最優先だ。ホルシュタン、よろしく頼むぞ。」
俺はガラス玉をホルシュタンに差し出す。
すると、ホルシュタンは魔法を唱え、ガラス玉に吹き込んでくれた。
あとは、これをユミナの部屋に仕掛けるだけ。
それで、彼女は終わる。
人としての人生を終え、明朝にはサキュバスとなった姿で、俺の元に馳せ参じてくれるはずだ。
王女様が俺の雌奴隷になる姿、楽しみに待たせてもらおう。
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ユミナは覚束ない足取りでベッドから起き上がる。
ここのところ、毎日のように悪夢に魘され、禄に睡眠が取れていないため、彼女は起きたばかりだというのに疲れた表情をしていた。
「今日の仕事、私は休ませてもらおうかな……。」
今日も朝からモンスターの討伐に向かう予定が入っている。
しかし、万全の体調でないのにモンスターと戦うのは自殺行為だ。
体調が良くないのなら、討伐に出るべきではない。
「冬夜さん達をあまり心配させたくないし、顔だけは出さないと。」
本当は、このままベッドで寝ていたいとユミナは思っていた。
だが、顔も見せないでいれば、絶対に心配される。
ユミナは体に鞭打って、服を着替えてからリビングまで移動した。
「おはようございます、皆さん。」
疲れを感じさせない淑女の笑顔を、ユミナは心がけた。
そのかいあってか、冬夜はユミナの体調不良に気付かなかったらしく、笑顔でユミナに挨拶を返してきた。
「おはよう、ユミナ。今日も元気そうだね。」
「は、はい、私は元気ですよ、冬夜さん。」
体調不良を理由に今日のモンスター討伐を休むつもりが、それを言い出せない流れの会話になってしまった事に、ユミナは焦る。
しかし、幸い、ユミナの様子がおかしい事に気付いた人物が他にいた。
「ユミナ、あんた顔色悪くない?」
「そ、そうですか、エルゼさん?」
「言われてみれば、確かにおかしいですね。最近いつも疲れているみたいでしたし、お姉ちゃんの言う通り本当に具合が良くないのでは?」
エルゼ・リンゼ姉妹が、心配そうにユミナの顔を覗き込んでいる。
だが、その一方で、冬夜は頓珍漢な台詞を口にした。
「そうかな? 僕には普通に見えるけど。ユミナも元気だって言ってたし、エルゼやリンゼの勘違いじゃないの?」
「あんたねぇ……。」
エルゼとリンゼは、冬夜の台詞に対して溜息をついている。
冬夜は女の子の心情などに鈍感だが、それがこの場面でも相変わらず発揮されている事に、彼女達姉妹は呆れているのだ。
そして、呆れているのは、ユミナも同じだった。
(冬夜さんは、私に関心がないんでしょうか? 私の事なんて、どうでも良いんでしょうか?)
ここ数日、ユミナは毎晩悪夢に魘されている。
そのせいか、幾らユミナが取り繕っても、エルゼやリンゼからこうして心配される事がこの数日の間に何度かあった。
しかし、冬夜の口からそうした台詞が出た事は、ユミナの覚えている限り一度もない。
仮にも婚約者である冬夜がユミナに関心を持たず、ユミナを恋敵と考えているであろうエルゼ・リンゼの方がユミナの心配をしているのだ。
「ちょっと冬夜、あんたリカバリーの魔法でユミナを診てあげなさいよ。」
「えっ? まあ、いいけど……。」
勝気ながらも面倒見の良い性格のエルゼは、椅子に座ったまま朝食タイムを待っている冬夜に指示を出した。
だが冬夜は、未だにユミナの調子は別に悪くないと考えているらしく、釈然としない表情を浮かべている。
ただ、エルゼの強い視線には逆らえないようで、彼は渋々といった感じで椅子から立ち上がった。
その様を見たユミナの中に、怒りの炎が静かに燃え始める。
(何なんですか、冬夜さん、その顔は。早く朝ご飯を食べたいのに、とでも言いたそうに私には見えますよ? 私の事より、自分の空腹の方が大事ですか?)
ユミナの魔眼が見抜けるのは相手の本質であり、相手の考えている事を正確に読み取れる訳ではない。
だから、冬夜が本当にユミナの事よりも自分の朝食の方を大事に考えているのかは、ユミナにも分からないのだ。
しかし、この数日間ユミナが毎晩見続けている悪夢の中で、毎回夢に登場している冬夜はいつもユミナの異変を察知してくれず、助けてもくれなかった。
夢の中の出来事であるとはいえ、ユミナの心には、冬夜に対する不信の種が植え付けられていたのだ。
そこに、冬夜の今の一連の言動が、不信の種を成長させる肥料となり水となり、種は芽吹いた。
悪魔は人間の悪感情を好み、人を虐げるものだ。
淫魔もまた悪魔の一種である以上、この例外ではない。
マイナスの感情は、ユミナの肉体を蝕みつつあった邪悪な魔力の大好物の1つなのだ。
悪感情を糧とし、ユミナの肉体、そして精神の双方を、サキュバスの力が浸食し始める。
そんな事も露知らずといった様子で、冬夜はユミナに近付き、「リカバリー」の魔法を行使すべく手を掲げた。
だが、その瞬間、ユミナの手は、条件反射的に動き、冬夜の手を跳ね除ける。
「結構です! 私、何ともありませんから! それより、私、今日用事が出来たので、今日のモンスター討伐はお休みさせてもらいます! では、私、部屋に戻りますので!」
ユミナの婚約者である望月冬夜は、「リカバリー」という万能の回復魔法を使える。
彼の魔法で治癒してもらえば、この原因不明の体調不良も一発で治るだろう。
その程度の事はユミナも充分に理解している。
しかし、ユミナの中に芽生えた「冬夜に触れられたくない」という感情、彼に対する怒りが、自身の異変を治してもらう事よりも高い優先度に位置付けられてしまったのだ。
呆気に取られた様子の冬夜達を省みる事なく、ユミナはスタスタとリビングを去っていく。
一拍遅れて、冬夜が慌てて呼び止める声が後ろから響いたが、エルゼやリンゼが冬夜を諌めたため、それ以上ユミナが誰かに追われる事はなかった。
「はぁ、はぁ……。」
自室に駆け込んだユミナは、素早く鍵を閉め、ドアの前で座り込む。
(どうしよう。私、何であんな事を?)
感情のままに行動した事に、今更ユミナは気付き、頭を抱える。
だが、最早どうしようもない。
言ってしまった言葉は、なかった事には出来ないのだ。
(ううん、でも、このくらいガツンと言わないと、冬夜さんは反省しないだろうし、これで良かったんだよね?)
ユミナは考えを切り替え、「ふぅ」と息を吐いて、ベッドに倒れ込む。
お腹がすいていたので早く朝食を食べたいという気持ちがユミナの中にはあったが、さすがに今から冬夜達のいるリビングに戻る気はしなかった。
(暫く、休みましょうか……。)
体調が悪いのに怒ったため、ユミナはひどく疲れていた。
ベッドに倒れ込んでから間もなく、彼女は再び夢の中の世界へと堕ちていったのだった。