ユミナの放った雷撃が、イロハへと向かう。
しかし、その瞬間、イロハの全身から黒い霧が噴出し、雷撃を掻き消した。
更に、黒い霧は部屋中に広がり、ユミナの視界を奪う。
「これは一体!?」
訳が分からないながらも、ユミナは反撃の糸口を探す。
しかし、催眠魔法が既に効いていたユミナの肉体は、限界を迎えていた。
ユミナの足から今度こそ完全に力が抜け、ユミナはその場にうつ伏せで倒れたのだ。
「駄目……! 私は、こんな、ところ、で……」
ユミナの意識は、そこで途絶えた。
その直後、部屋中に広がっていた黒い霧は消え、イロハが再び姿を見せる。
この時のイロハの姿は、九重八重に化けた状態ではなく、本来のサキュバスの容姿に戻っていた。
イロハはユミナの服の襟を片手で掴み上げると、ベッドの上に彼女を放り投げる。
そして、ベッドの上で仰向けに転がったユミナの顔に手を添えた。
「うふふっ。可愛らしい寝顔だこと。でも、あなたがそんな顔でいられるのは、今が最後ですわ、ユミナ殿。さあ、始めましょうか。あなたをサキュバスに変えるための、儀式をね。」
イロハはユミナの顔に、自分の顔を近付け――。
ユミナの唇に、自分の唇を重ねた。
サキュバスと人間がキスをした場合、人間はサキュバスの力により、様々な影響を受ける。
キスされた人間が男であるならば、その男はサキュバスの虜となって、サキュバスに己の性欲をぶつけ、精だけでなく命すらもサキュバスに吸い尽くされてしまうのだ。
人間の女がサキュバスの接吻を受けたら、女の性欲が増幅され、まるでサキュバスの如く見境無しに男を漁るようになる。
だが、イロハはただのサキュバスではない。
サキュバスの姫という、究極の淫魔の1人、ホルシュタンが直々に作り上げた特別製のサキュバスなのだ。
故に、イロハは、ホルシュタンの契約者である中年の男の意志を汲んだ特殊な力を持っている。
その特殊な力とは、「人間の女をサキュバス化させてしまう」という、ホルシュタンらサキュバスの姫達と同様の能力だ。
イロハの接吻を受けた女は、性欲を極限まで高められ、やがてサキュバスとなる。
更に、今回のユミナは、予めイロハの母乳を知らず知らずのうちに大量に飲んでいた。
これにより、ユミナの全身の細胞には既にサキュバスの因子が埋め込まれているのだ。
この状態ならば、接吻だけでサキュバス化させるよりも遥かに強力なサキュバスを作り上げられる。
「お休みなさい、ユミナ殿。人間としてのあなたは、これで終わりですわ。」
イロハの呟きは、眠っているユミナには届かない。
しかし、ユミナはまるでイロハの言葉に応えるかのように、「うう……。」と小さく息を漏らした。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
まどろみの中で、ユミナはゆっくりと目を開けた。
「ここは、何処……?」
ユミナは上半身を起こし、周囲を見回す。
しかし、彼女の目に映るのは何処までも続く漆黒の空間だけだ。
地面も真っ黒ではあるが、ユミナが手や足をついて動く事が出来るため、どうやら床はちゃんと存在しているらしい。
「確か、私は八重さんに雷撃の魔法を撃ったけど、それを防がれて……その後、倒れたの?」
目覚めたばかりであるからか、ユミナの頭の回転はまだ鈍っているようだ。
そのせいで、彼女は自分の背後から近付いてくる足音に気付くのが遅れてしまった。
「お目覚めのようですわね、ユミナ殿。」
「!」
ユミナは慌てて飛び退きつつ、後ろを振り返る。
そして、彼女は驚愕した。
「八重さん……じゃない? イロハさん、でしたか?」
「はい♪ ようやく思い出して頂けたみたいですわね。」
そう言ってニッコリと笑っているのは、イロハと名乗るサキュバスだった。
彼女は豊満すぎるそのボディを露出度の高いボンテージ衣装で包み、誇らしげな笑みを浮かべている。
「あなた、八重さんだったんですよね? 正気に戻って下さい!」
意識を失う前にイロハと交わした会話を思い出しつつ、ユミナはイロハの説得に取り掛かる。
だが、イロハがユミナに返すのは無言の笑みだけだ。
「八重さん! 私と一緒に元の家に帰りましょう! そして、冬夜さんやリーンさんの魔法で、八重さんの体を元に戻してもらいましょう!」
ユミナの台詞を黙って聞いていたイロハの眉が、ピクンと不快げに釣り上がった。
それを見たユミナは、自分の言葉が相手に届いていない訳ではないと確信し、更に踏み込む。
「八重さんに何があったのか、どんなひどい事をされてそんな姿になったのかまでは、私には分かりません。でも、八重さんを助けて元に戻すために、私も、エルゼさんもリンゼさんも、リーンさんも、冬夜さんも、全力で協力します! だから……」
「お黙りなさい!」
先程までとは一転して怒りの色を滲ませた顔で、イロハは鋭く声を上げた。
元は大きく朗らかだった八重の目とは異なり、今のイロハの目はまるで三日月のように細く釣り上がっており、睫毛の異様な長さも相俟って、彼女の表情はまさしく「魔物」とも言うべき醜いものになっている。
「わたくしは、ご主人様の愛によって、このような美しく淫らな姿に変えて頂いたのですわ! それを侮辱するなど、許せませんわよ!」
怒りを吐き出したイロハの表情が、フッと少しだけ和らいだ。
しかし、彼女の唇はまだ動きを止めない。
「ユミナ殿、あなたは胸やお尻が小さいのを気にしていましたわね? 12歳なら仕方ないとは思いますけれど、それなら、羨ましくはありませんか? わたくしの今のこの体は。」
イロハは、丸出しになっている乳房の下に手を入れ、その肉をタプンと揺らしながら持ち上げた。
現在のイロハのバストは、100センチを余裕で越えるほどの魔乳だ。
言うまでもなく、市販のブラジャーが着けられるサイズではない。
元の八重の乳房も充分に大きかったが、イロハの乳房はそれを軽く上回っている。
この強烈なサイズと、無限に生成される母乳のせいか、乳房は片側だけで5キロほどの質量を誇るのだ。
その重量感や圧迫感は、ユミナも圧倒されるほどのものではあったが、しかし、羨ましいとユミナは思わなかった。
ユミナは八重の巨乳には憧れを持っていたが、イロハの魔乳に憧れはない。
「全然羨ましくはないです。今のイロハさんの『それ』は、ただの肉の塊にしか見えません。しかも、ただ大きいだけで、垂れてて形は悪いし、その……先っぽの部分なんて、ピンクじゃなくて真っ黒じゃないですか! そんな汚い胸、私は欲しくないです!」
「あくまで、わたくしの肉体を侮辱するおつもりなのですわね? だったら、あなたには……うあっ!」
イロハが突然足を震わせ、お腹を手で押さえながら膝を突いた。
状況が飲み込めない様子でそれを眺めていたユミナだったが、そこである事に気付き、彼女はイロハに駆け寄る。
「まさか、その大きく膨らんだお腹は、妊娠してるんですか!?」
イロハのお腹は、臨月の妊婦の如くパンパンになっている。
八重が失踪してから一ヶ月も経っていない事もあり、ユミナはまさかイロハが妊娠しているとは予想すらしていなかったのだ。
イロハの顔や腕、脚などにはたっぷり肉がついており、全体的にぽっちゃりしていたために、「ただ太っただけ」とユミナはこれまで思い込んでいた。
「ううっ……! よりにもよって、こんな時に陣痛が来るなんて……! どうやら、ここで産むしかなさそうですわね……。」
汗だくの顔で、イロハは独り言を呟くと、足を大きく開いて中腰の体勢を取った。
本来であれば、愛するご主人様の前で子を産みたいと考えていたイロハだったが、今の彼女にそのような余裕はない。
「うっ、産まれるっ!」
イロハの子宮口から、赤ん坊が出口を求めて降りてくる。
サキュバスの特性のお陰で膣が大きく広がったため、赤ん坊はスムーズに産道を下り、間もなくして丸い頭の先が外界に飛び出した。
「これが、八重さんの赤ん坊?」
ユミナは、イロハの股の間から徐々に出てくる赤ん坊の姿に驚いていた。
何故ならば、赤ん坊の皮膚は真っ黒で、頭には小さな角らしき突起が見受けられたからだ。
どう見ても、明らかに人間の赤ん坊ではない。
(八重さんは、魔物に襲われてサキュバスにされ、魔物の子供を妊娠させられたんでしょうか? でも、それなら……!)
この状況から自分が逃れるために。
そして、八重を救うために。
ユミナはある決断を下した。
(今のイロハさんは、出産に全力を割いていて、私の方に意識を向ける余裕はない。仕掛けるなら、ここが最後のチャンス!)
静かに息を大きく吸い込み、ユミナは呼吸を整える。
同時に、体の芯から魔力を引き出し、己の体の表層へと掻き集めた。
(いきます!)
赤ん坊の上半身が、既に外に出てきている。
イロハの出産はもうすぐ終わるだろう。
その前に――。
(討つ!)
ユミナは手を前に構え、叫んだ。
「大いなる嵐よ、我が元に来たれ! ディザスター・ストーム!」
ユミナは風・土・闇属性の魔法適正を持つ。
それらの属性魔法の中で、今の彼女が使える最大の一撃であるこの魔法は、雷と暴風を伴う破壊の嵐。
強力な魔物であっても、これを受ければ大ダメージは免れないはず。
そう祈りながら、ユミナは嵐に飲み込まれるイロハを見守る。
しかし、イロハの姿は瞬時に暴風と雷撃によって覆い尽くされ、ユミナからイロハの様子は視認できなくなってしまった。