ユミナが置手紙を残して望月冬夜達の住む家を出て行ってから、早一週間が経過したある日の朝。
その日は、夜明け頃からどんよりとした灰色の空が広がっており、陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
雨は降っていないし、風も強い訳ではないが、いつ大雨が降っても、いつ強風が吹き荒れてもおかしくはない状態だ。
いつ雨風が襲ってくるか分からない今の天候は、まるで、「彼女」の未来を暗示するかのようであった。
「ううっ、頭がクラクラするわ……。」
望月冬夜とその仲間である女の子達が住む家の一室で、エルゼ・シルエスカは、いつも通りの時刻に目を覚ました。
目を覚ますなり、彼女はベッドから上半身を起こし、立ち上がろうとする。
だが、立ち上がる瞬間、エルゼの体は突然ふらつき、バランスを崩した。
エルゼは咄嗟に片手をマットの上について自分の体を支え、もう片方の手で自分の頭を押さえると、そのままベッドの上に座り込む。
「まさか、八重に続いてユミナまでいなくなるなんて……。」
いつものパーティから2人もメンバーが抜ければ、モンスター討伐などの任務をこれまで通りの要領でこなす事は出来ない。
しかし、望月冬夜とその一行の実力や評判は既に多くの人に伝わっており、休みたくても仕事が引っ切り無しに舞い込んでくる状態だ。
冬夜はもちろん、妹のリンゼ、更に家に同居していないリーンまでもが仕事を精力的にこなしている以上、エルゼが泣き言を言う訳にもいかなかった。
だが、戦闘時に前衛を務めるエルゼの体力的な負担はやはり大きく、さすがの彼女も少し疲れを溜め込んでいたのだ。
もっとも、彼女が疲れている理由は、他にもあるのだが。
「うぐっ、はぁ、はぁ……! ま、また、発作が……!」
以前、転生者の男がエルゼの部屋に仕込んだ魔法のガラス玉による催淫魔法と、冷蔵庫に詰められたイロハの母乳をエルゼが毎日欠かさず飲んでいた事により、エルゼの肉体は既にサキュバスの因子に侵されていた。
このサキュバス化の影響で、エルゼはこの一週間ほど、突然性欲が異常に高まる現象に悩まされていたのだ。
しかも、性欲の急激な上昇は、エルゼが眠っている間であっても容赦なく起こり、「発作」によって夜中に目が覚める事も多かった。
ただでさえ、日々の戦闘で疲れているというのに、その上、睡眠もあまり取れていない状態が続けば、人一倍体力のあるエルゼであっても、体力が削られていき、やがて限界を迎えるだろう。
だが、幾ら疲れていても、発作によって生まれた強烈な性欲だけは、エルゼも無視する事が出来なかった。
性欲の高まりと共に、エルゼの股間は熱を帯び、ジワリと体液が漏れ出てくる。
「あたし、一体どうしちゃったの? こんなの、こんなの……!」
サキュバスは性欲に逆らえない。
故に、エルゼの心が幾ら拒もうとも、彼女の手は自らの股間に伸び、熱くて堪らない場所に指を入れて掻き出す。
「はっ、はっ、あんっ! 気持ち、良いっ!」
はしたなく声を上げ、エルゼは自慰に耽る。
指が何度も大事なところを出入りする感触や、ピチャピチャと音を立てる液体が、エルゼの性欲を更に刺激し、高めていった。
同時に、エルゼの思考からは理性が抜け落ちていき、自らの性欲を満たす事だけが彼女の脳内を占める。
周囲に対する注意力が落ちたエルゼの喘ぎ声はボリュームを増して、やがてその嬌声は彼女の部屋の外にまで届くほどになった。
そこに運悪く、エルゼの妹であるリンゼが近付いてくる。
「お姉ちゃん?」
なかなか朝起きてこない姉を心配して、リンゼはエルゼの部屋の前までやって来ていた。
すると、何やら扉の内側から、エルゼのものと思しき喘ぎ声が聞こえるではないか。
処女ながら密かに性的な知識は割と持っているリンゼは、すぐに姉が自慰中である事を悟った。
「あ、朝から何やってるの、お姉ちゃん……。」
エルゼの部屋の扉の前で立ち尽くしたまま、リンゼは呟く。
だが、自慰に夢中のエルゼが、扉を挟んだ先で発せられた小声に気付くはずもない。
扉越しにリンゼの耳まで届く嬌声は、更に大きくなり、卑猥な内容のものへと変化していく。
「あっ、あっ、ああああっ! すっ、凄い! あたし、今凄く感じてる! おかしくなりそう!」
止まるどころかエスカレートするエルゼの声に、リンゼは愕然としていた。
しかし、同時に、自分とほぼ同じ遺伝子を持っている双子の姉がこれほどまでに激しく喘いでいる事に、リンゼもまた、興奮を覚えつつあった。
「お姉ちゃん……!」
胸が小さいのを気にしている姉ほどではないが、リンゼも、姉に付き合わされる形でイロハの母乳を毎日飲んでいる。
リンゼの肉体もまた、サキュバス化が徐々に進行している状態なのだ。
エルゼの性欲に当てられる形で、リンゼの性欲までもが急激に上昇し始める。
「ううっ、私、何てはしたない事を考えてるの……?」
そう言いながらも、リンゼの股間は既に濡れ、乳首もピンと勃っていた。
「冬夜さんはまだ寝てるはずだし、大丈夫だよね?」
八重とユミナがいない今、この家にはエルゼ・リンゼ姉妹と望月冬夜の3人だけが住んでいる。
冬夜さえ起きてこなければ、リンゼまでもがここで自慰を始めたとしても、何ら問題はない。
「私も、もう我慢できない!」
しかしながら、リンゼにはまだ、僅かに羞恥心が残されていた。
そのお陰で、「姉に自分の喘ぎ声が聞こえないように」という思考が働き、リンゼの足は彼女の部屋に向かっていく。
そして、自分の部屋に飛び込むと、リンゼは乱暴に扉を閉めて鍵をかけ、ベッドに上って自慰を始めた。
「はぁ、はぁっ、んんっ、冬夜さん!」
リンゼは自分の服を捲くり上げ、股間のスパッツの中にも手を入れて、自身の敏感な場所を指で掻き回す。
だが、サキュバスの性欲は、その程度の自慰で解消し切れるものではない。
「はっ、はっ、何か、足りない……。もっと、気持ち良い事、したい……!」
リンゼは、サキュバス化の進行度こそ姉に劣るが、サキュバス化以前から、性欲は実は強い方だった。
そのため、元々性欲が薄かった姉とは対照的に、リンゼの方がよりサキュバス化の影響が色濃く出始めていたのだ。
「男の人……冬夜さんの所に、行かなきゃ……。」
自慰だけで性欲を解消し切れないと見るや、リンゼはベッドを降りて自分の部屋を出ると、冬夜の部屋へ向かっていく。
だが、その足は、廊下の途中ではたりと止まった。
真っ赤な顔をした姉と、偶然にも出くわしてしまったからだ。
「お、お姉ちゃん? おはよう。」
「あ、う、うん。おはよう、リンゼ。あんたも今起きたところなの?」
「違うよ。私は、冬夜さんを起こそうと思って……。」
「だ、だったら、あたしも一緒に行くわ。いいでしょ?」
「えっ?」
姉を伴っていては、冬夜を襲う事など出来るはずがない。
エルゼの提案に衝撃を受けたリンゼだが、その衝撃のお陰で、理性を取り戻す事に成功した。
(わ、私ったら、何を考えていたの!?)
正常な思考が戻ってくると、途端に、リンゼは自分のしようとしていた事が恥ずかしくなった。
そんなリンゼを、エルゼは訝しげな眼差しで見つめている。
「どうしたのよ、リンゼ?」
「う、ううん、なんでもない。私、やっぱり冬夜さんの朝食の準備してくるから、冬夜さんはお姉ちゃんが起こしてきて。」
「分かったわ。」
リンゼは真っ赤になった顔を姉にこれ以上見られまいと、急ぎ足でその場から去っていく。
妹の後姿を見届けたエルゼは、視線を前に戻し、冬夜の部屋へ向かった。
「冬夜、起きてる? 入るわよ?」
エルゼは、冬夜の部屋のドアノブに手をかける。
だが、その瞬間、リンゼの大声がエルゼの元まで聞こえてきた。
「な、何ですか、あなた達は!? そんなの、知りません!」
玄関の所で、リンゼが誰かと言い争う声が響いている。
さすがにこうなってしまっては、悠長に冬夜を襲う余裕はない。
エルゼは何事かと廊下を駆け出し、玄関まで移動した。
「リンゼ、何があったの?」
「お姉ちゃん! 実は、この人達が身に覚えのない事を……」
「どいて、リンゼ!」
妹を押し退けて、エルゼが玄関の扉の外へ出た。
玄関の外には、先ほどまで妹と言い争いをしていたと思われる男が数人控えており、エルゼに対して睨むような視線を向けている。
(こいつら、そこらのチンピラとかじゃなさそうね。)
リンゼと言い争っていた男達の年齢は、20代後半から50前後くらいまで幅がある。
もし彼らがそこらのチンピラの集まりであるならば、基本的に若い男だけで構成されているはずで、身なりも野蛮さを感じさせるような荒々しい格好だっただろう。
しかし、彼らはいずれも白い軍服らしき制服を着ており、何かしらの公的な組織のメンバーである事が一目で察せられる出で立ちであった。
「うちに何か用かしら?」
苛立ちを滲ませながらも、エルゼは務めて冷静に尋ねる。
すると、男達の中で最も年齢が高いと思われる男が、エルゼを見下ろしながら口を開いた。
「我々は、ベルファスト王国の憲兵団の者である! この家に、望月冬夜が住んでいるのは間違いないな?」
「それがどうしたっていうのよ?」
「望月冬夜は、王国の第一王女であらせられるユミナ・エルネア・ベルファスト殿下に対して度重なる無礼を働いたばかりか、子を身篭らせながら婚約を反故にすると宣言し、家から追い出したようだな? これは一体どういう事なのか、きちんと取り調べをさせてもらいたい。望月冬夜をここへ連れて来い。」
「なっ……!」
エルゼは男の発言に面食らい、表情を引き攣らせた。
ユミナが望月冬夜の婚約者であり、少し前にこの家からいなくなった事は本当だ。
だが、憲兵団の男の話は、エルゼの知る事実と激しく乖離している。
「事実無根の出鱈目よ! 冬夜はそんな事していないわ!」
「我々は、ユミナ殿下のお父君にしてベルファスト王国の王であられるトリストウィン殿下からの勅令でこちらに来ている! これがその証拠だ!」
憲兵団の男は、懐から一枚の紙を取り出し、エルゼの目の前に突き付けた。
その紙には、望月冬夜の罪状について一通りの事が書かれており、更には、王の印璽までもがしっかりと押されている。
冬夜と共にトリストウィン王と直接会った事のあるエルゼは、その印璽にはっきりと見覚えがあった。
「う、嘘……? まさか、本物なの?」
「これで分かっただろう! 改めて言う。今すぐに、望月冬夜の身柄をこちらに引き渡せ! さもなくば、お前達もただではすまんぞ!」
「くっ……!」
エルゼは唇を強く噛み締め、顔を俯ける。
どういう経緯でこうなったのかは分からないが、目の前にいる憲兵団は、おそらく本物だろう。
であるならば、一般人に過ぎないエルゼに出来る事など、何一つとしてない。
エルゼの沈黙を「反抗の意思無し」と受け取ったのか、憲兵団の男達は目配せをすると、一斉に玄関の扉から屋敷へ押し入り、未だ夢の中にいる望月冬夜を逮捕したのだった。