「よし、ここまでは作戦通り。転生者の少年を無事に逮捕できたようだな。」
サキュバス化して俺の奴隷となったユミナを使い、俺は転生者の少年を国家権力に捕まえさせた。
これで、あの家には使用人を除けばエルゼ・リンゼの双子が残るのみ。
「ご主人様。1つお尋ねしてもよろしいですか?」
「どうした、イロハよ。」
作戦の成功をほくそ笑む俺の元に、イロハがやって来た。
彼女が先日ユミナに負わされたダメージは、俺の治癒魔法によってほぼ回復し切っている。
また、破れたボンテージ衣装は俺の「モデリング」の魔法で修復したので、もう外見は以前の元気なイロハと変わりない。
しかし、まだ腹に子を仕込んではいないので、そろそろ仕込み直してやるか。
そんな事を考えている俺をよそに、イロハが質問をしてきた。
「冬夜殿を排除するだけなのなら、このような手の込んだ事をせずとも、寝込みを襲って首を掻き切ってしまえば良いのではありませんか?」
「ふむ、それは当然の疑問だな。」
俺が元いた世界の某ジャーナリストに、「いい質問ですねぇ!」と言われそうなくらいには、イロハの質問は的確なポイントを突いている。
だが、これにはきちんと理由があるのだ。
「ただ殺すだけなら確かに簡単だろう。でも、奴は俺と同じく、神様から力を貰って転生した人間だ。奴が死んだ後再び神の元に送られた場合、奴を殺した相手を神が調べ、そこから芋蔓式に俺の事が発覚する恐れがある。」
元々、俺は神の勘違いによってこの世界に転生した存在なのだ。
その俺が転生者の少年の殺害に噛んでいると神に知れれば、俺の転生はなかった事にされるばかりか、即刻地獄行きになる可能性すら考えられる。
従って、もっとも安全なのは、転生者の少年を殺さずに無力化する方法だ。
そこで、俺は奴を牢屋送りにするという選択をした。
しかしながら、転生者の少年は転移魔法である「ゲート」を使える。
仮に牢獄に閉じ込めたとしても、奴は容易に脱出できるだろう。
だが、もし牢獄から奴が脱走したとなれば、奴は正式に大犯罪者として指名手配される。
その後に奴が再び逮捕されたのなら、脱走の罪や反抗した罪を上乗せし、死刑に処すのだ。
こうすれば、奴が死刑になった後神の元に召されても、奴は犯罪者という肩書きを得ているために、神のお情けにあやかる事は難しくなるだろう。
故に、俺が転生者の少年を死刑に導いていたとしても、それが発覚する心配はないという訳だ。
「転生者の少年は、敵対した奴に対しては容赦しない性格だとお前もユミナも言っていたな? ならば、逃走中の奴が道中で追っ手に見つかった場合、奴は追っ手を攻撃する可能性が高い。そうやって罪を奴が重ねていけば、俺の策はより磐石なものとなるだろう。」
転生者の少年の逃走劇は、テレビ番組とは異なり、追っ手であるハンターへの攻撃は禁じられていない。
だが、そこが仇となり、少年が「追っ手に傷害を負わせる」という罪を犯すように誘導できるのだ。
「えーっと、よく分かりませんわ。」
懇切丁寧に説明してやったというのに、イロハは理解できないのか。
まあいい、こいつはそもそも頭脳労働に向いていないからな。
その辺りは、ユミナに任せておけば良い。
愛玩用の女はむしろ馬鹿な方が可愛げもあるしな。
「と・こ・ろ・で、ご主人様。わたくし、もう体調の方もすっかり落ち着きましたし、そろそろご主人様の子供が欲しいですわ♪」
「随分と強引な話題転換だな。」
しかし、この性に貪欲なところこそが、彼女がサキュバスである事の何よりの証明だろう。
俺としても、ついさっきからイロハに子供を仕込み直す事を考えていたくらいなので、イロハのおねだりは渡りに船だ。
「イロハよ、今夜は一晩中眠れないと思っておけ。」
「はい! 楽しみにしておりますわ、ご主人様!」
「うむ。では、夜になるまで、お前にも一働きしてもらうぞ、イロハ。」
「承りましたわ、ご主人様。ご期待を裏切らない働きをして参ります。」
イロハは足を揃え、俺に向かって一礼した。
ユミナの影響か、近頃のイロハは以前よりも立ち振る舞いに品が出てきたなと思いつつ、俺はイロハに指示を与えたのだった。
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望月冬夜が逮捕された後、屋敷に残されたエルゼとリンゼは、リビングのテーブルで今後の事についての話し合いをしていた。
「冬夜さんが戻ってくるまで、ここで待つしかないよね、お姉ちゃん。」
「当たり前でしょう。でも、あいつは本当に戻ってこられるのかしら……。そもそも、本当にユミナはあんな嘘をついたの?」
冬夜を連行していった男達は、王の印璽や直筆のサインが書かれた紙を持っていた事からしても、おそらく本物の憲兵団の人間だろう。
ならば、今回の冬夜の逮捕は、ユミナが発端であるのは間違いない。
ユミナは先日、冬夜と喧嘩したきり顔を見せずに屋敷を去っていった。
屋敷を出た彼女の行く宛など、王宮以外にはないはずだ。
ただ、王宮に戻ったユミナがこのような嘘をでっち上げ、虚偽の罪で冬夜を逮捕する暴挙に出る事などあり得るだろうか。
エルゼやリンゼが知るユミナは、そういった事をする人間ではない。
「もしかして、ユミナさんは本当に妊娠していたのかな?」
「はぁ? 何言ってるのよ、リンゼ。」
突拍子もない話ね、とエルゼが呆れていると、リンゼはしっかりとした口調で、エルゼに反論する。
「ユミナさんって、うちを出て行く少し前から体調が悪そうにしてたのは覚えてる?」
「あー、そうだったわね。でも、八重がいなくなったせいで戦闘の負担が増えて、疲れてたんだと思うけど?」
「ユミナさんの体調が悪かった理由が、それだけじゃなかったとしたらどうかな? 例えば、本当に妊娠していた……なんて事は、考えられない?」
女性は、妊娠するとつわりなどで体調が良くない事が増える。
また、普段よりも情緒不安定になり、イライラする等、感情を爆発させやすくなる。
ユミナもまた、そうした兆候が出ていたのだとしたら。
「確かに、言われてみれば、あの時のユミナは妊娠してるっぽい言動が多かったわね……。」
体調が悪そうにしていたのはもちろん、リンゼの些細な言葉にユミナが苛立ちを露にした場面もあった。
思い返してみれば、屋敷を出て行く直前のユミナの言動は、妊娠中の女性を思わせるものばかりではないか。
そこに気付いたエルゼは、リンゼの推測に納得した。
「自分を妊娠させた冬夜にあんな無神経な態度を取られたら、ユミナがキレるのも無理ないわよね。」
「そうだね。でもまさか、12歳の子を妊娠させるだなんて……。私、私だって、冬夜さんの事……!」
リンゼは顔を手で覆い、肩を震わせる。
その肩にエルゼがそっと手を置くと、リンゼは静かに泣き始めた。
それを見守るエルゼの瞳にも、涙がじわりと浮かぶ。
「仕方ないわよ。ユミナは最初から冬夜を婚約者だって言ってうちのパーティに入ったんだし、こうなる事くらい、分かってた……はず、なのにね……。」
「お姉ちゃん……。」
顔を上げたリンゼが、エルゼの目に浮かぶ涙を見て、驚いている。
姉も自分と同じ感情を冬夜に対して抱いていた事に、リンゼは気付いたのだ。
「私達、失恋、しちゃったんだね……。」
「そういう事になるわね。全く、あたし達、本当にこれからどうしたらいいのかしら……。」
姉妹は2人で抱き合い、静かに泣く。
失恋の痛みを、2人で分かち合うために。
だが、そんな雰囲気を、無粋なインターホンの音が断ち切った。
「あ、誰か来たみたい。私、出てくるね。」
「待ちなさい、リンゼ。またさっきの奴らかもしれないわよ? ここはあたしが出るから、あんたはもしもに備えて逃げる準備しときなさい。」
エルゼはリンゼを手で押し留め、早足で玄関へ向かう。
目の下に残ったままだった涙を拭い、エルゼはついさっき男達と対峙した時と同じく、強気な表情で玄関の扉を開けた。
「どちら様……って、あんたは……!」
玄関の外に立っている人物を見て、エルゼは目を丸くして立ち尽くした。
エルゼの眼前に佇んでいた彼女は、エルゼに快活な笑顔を向け、手を軽く挙げて応える。
「お久し振りでござるよ、エルゼ殿。」
エルゼ達の元を訪れたのは、九重八重。
暫く前に屋敷から最初にいなくなったサムライ少女が、そこに立っていたのだ。
「八重! あんた、故郷に帰ってたのよね!? もう大丈夫なの?」
「うむ、向こうでの用事も一通り済んだでござるからな。あ、これはうちの家族からのお土産でござるよ。」
そう言って、八重が紙袋で包装された箱をエルゼに手渡した。
エルゼは箱を手にすると、パチクリと瞼を瞬かせる。
「ちょっ、これ、お菓子の箱かと思ったら意外に重いわね。中身は何なの?」
「それは、開けてからのお愉しみでござるよ。」
「そ、そう。とにかく、玄関での立ち話も何だし、上がりなさいよ。積もる話もある事だし。」
「では、お言葉に甘えて。」
突然の八重の来訪のお陰で、エルゼは沈んでいた心が少し気分転換できたのか、軽やかな足取りでお土産の箱を持って廊下を歩く。
その後ろについて家へ入った八重の口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。